※この作品はR-18です。

優しき日輪と鬼殺隊の美蝶   作:蓮紅

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※キャプション必読・リクエストに関しての説明あり
*超辛口表現有り。苦手な方ご注意下さい。
・鬼滅の刃原作に関するネタバレあり。原作未読の方は閲覧注意。
・鬼滅の刃二次創作小説です。
・原作・キャラクターの性格・設定等改変の可能性大。一部キャラ崩壊注意。
・思い付き次第で何度も編集を繰り返す可能性大。お時間がある時で良いので、良ければ読み返してみて下さい。
・誤字脱字等のミス・内容の矛盾等の指摘は大歓迎。理不尽なクレームは受け付けません。
・コメント・メッセージ大歓迎。創作意欲の燃料になります。コメント・メッセージの返信は必ずさせて頂きますのでどしどし御投稿下さい。
・SS内容に関してはネタパクリと言う名の盗作を間違えてしないよう気を付けてますが、もし私が投稿した作品が既に別の作者様と作品内容が酷似していた場合、メッセージにて御連絡下さい。

※リクエストに関して
メッセージにてリクエスト内容を御連絡下さい。
以下規約
・100%受け付けられると保証された訳では御座いません。創作意欲次第で承諾する場合もお断りする場合も御座います。
・炭治郎×鬼滅女子のみ。
・作者は遅筆。またリアルの都合や他SSの執筆で投稿が遅くなる可能性大。
・CP、全年齢かR作品か、ネタの内容を御記入下さい。ネタの内容が詳細で有れば有る程、筆が進むので御協力をお願い致します。



第弐拾玖話 日輪と鬼殺隊の柱は反目す

「皆、彼は愈史郎さん。炭治郎が説明してくれた様にこの世でたった一人、無惨以外の者の手に選って……そう、珠世さんの編み出した方法で鬼になった唯一無二の存在だ。」

 

「愈史郎だ。何度も名乗るのは面倒だから、その空っぽの頭に俺の名前を叩き込んでおけ。」

 

『……っ。』

 

先制攻撃とばかりに毒を吐く愈史郎に対し、行冥達は青筋を浮かべる。炭治郎達は愈史郎の自重しないどころか、激しさが増して行く毒舌振りに益々頭を抱えていた。

 

「皆もそんなに愈史郎さんを睨まない様に……私の顔に付けている『紙眼・視(もの)』だけど、これは愈史郎さんの血鬼術で作られた物なんだ。この『紙眼・視()』の御蔭で、私は視力を取り戻す事が出来たんだよ。」

 

『っ!?』

 

新たに発覚した新事実に、行冥達は驚愕した。耀哉が目元に装着している紙の事は気になっていたが、それが鬼の血鬼術で作られた物だとは思いもしなかった。

しかし、驚愕する行冥達を余所に愈史郎は耀哉の言った事に補足する様に続けた。

 

「先に言って置くが、装着している本人に害悪など一切無いからな? 装着する事で引き起こる代償も皆無だっ。第一そんな物、危なくて本人に渡せるかっ!」

 

『……っ。』

 

愈史郎が疑われるのも心外だと言わんばかりに、そう叫ぶ様に断言した。

 

事実、行冥達は鬼の血鬼術で出来た物を耀哉に装着して欲しく無かった。

しかし、愈史郎が先手を打つ形でそう牽制されてしまい、行冥達は押し黙る事しか出来ない。

尤も、そんな事をすれば耀哉は再び視力を失い、暗闇の世界の住人に舞い戻ってしまうのだから行冥達には何も出来はしないのだが。

 

沈痛する様に沈黙する行冥達を鼻で嗤う愈史郎に、耀哉は話し掛けた。

 

「そんなに苛めないであげておくれ、愈史郎さん。行冥達は私を心配してくれているだけなのだから。」

 

「ボンクラで愚鈍な柱共(こいつら)が悪い。それから先に言って置くが、俺は言いたい事ははっきり言わせて貰う。」

 

「うむ、加減してくれると嬉しいけど……皆、此処からは愈史郎の言いたい様に言わせてあげて欲しいっ。良いね? 邪魔をしてはいけないよ?」

 

『……御意っ。』

 

耀哉は優しく、されど一度行冥達にそう言って釘を刺すと行冥達は不承不承の様子で承諾した。

耀哉の言葉を愈史郎は無碍に斬り捨てると、一呼吸おいて耀哉に質問した。

 

「ずっと疑問に思っていたんだが、耀哉。お前は()()()()()()?」

 

()()()()()()?……とは、どう意味かな?」

 

耀哉は愈史郎の質問の意味が分からないのか、愈史郎に対して質問内容の意味を尋ねた。

愈史郎は耀哉の質問に対し、溜息を一度ついてから答えた。

 

「決まっているっ。この柱合会議は「鬼殺隊と珠世様は鬼舞辻無惨を倒すために"呉越同舟"して協力する事になった。」と伝えれば良いだけだっ。

だというのに何故、柱共()()に一々認められなければならない? 産屋敷家の現当主で鬼殺隊の頭領たるお前が承諾すればこの話は終いだろうがっ……何時まで時間を無駄にしている心算だ?」

 

『っ!!』

 

愈史郎の毒舌にその場にいる全員が息を呑むが、耀哉は落ち着いた様子で答えた。

 

「愈史郎さん。私は確かに当主の座に就いているけれど、それだけの男だよ。私自身はそれ程重要な存在じゃないんだ。だけど幸運な事に鬼殺隊……特に柱の子達から慕って貰っている。そう……鬼殺隊の柱達こそが鬼殺隊で最も重要な存在なんだよ。」

 

「……っ。」

 

耀哉の称賛に満ちた言葉に、行冥達の胸中は歓喜と誇りで胸がいっぱいになった。改めて、行冥達は柱として耀哉に仕えている事を光栄に感じていた。

 

「親馬鹿此処に極まれり、だな。」

 

『っ!』

 

そんな鬼殺隊の柱達への称賛の言葉も、愈史郎には理解出来ず一言で斬り捨てられた。

行冥達は思わぬ愈史郎の一言に絶句し、これが耀哉への侮辱だと理解した瞬間、心中が怒り心頭になる。

尤も、耀哉は面白可笑しそう笑うだけだった。

 

「親馬鹿、と言われたら否定出来ないかな?……でもね、愈史郎さん。」

 

「何だ?」

 

耀哉は愈史郎を呼んだ後、ゆっくりと鬼殺隊の柱は如何に偉大な存在であるかその理由を語り始めた。

 

「鬼殺隊の柱達は当然、他の剣士(子供)達より抜きん出た才能を持っている。

血を吐く様な鍛錬も自らに貸して己を叩き上げている。

誰よりも命を賭けて任務に挑み、幾度と無く死線を潜り抜けて十二鬼月をも倒している。

勿論十二鬼月だけでなく誰よりも多くの鬼を倒し、多くの人々の命と未来を守っている。だからこそ柱は尊敬され優遇されるんだよ。」

 

「ふぅん……十二鬼月をねぇ……。」

 

愈史郎を諭す様にそう説明した耀哉だったが、当の本人は冷めた眼でその話を聞いていた。

それから愈史郎は一言、独言を呟いてから耀哉に問い詰めた。

 

「耀哉。お前は十二鬼月と簡単に口にしたが、周知の事実なのは承知で言おう。

十二鬼月は"上弦"と"下弦"で大きく二つに分かれるが、こいつらはどの十二鬼月を倒したんだ? 当然、上弦のどれかを倒しているんだろうな?」

 

『っ!』

 

「……っ。」

 

愈史郎が嫌味に満ちた表情で指摘した内容に、耀哉の痣塗れの顔は初めて動揺の色が見て取れた。

そんな耀哉を愈史郎は見逃さなかった。そして容赦も手加減も一切しなかった。また、する心算も皆無であった。

 

「どうした? お前が其処まで親馬鹿ぶりを発揮して言うんだ。一番弱い、最弱の上弦の陸ぐらいは倒した奴が居るんだろう?」

 

「……いや……まだ誰も……上弦を倒した子はまだ居ないよ……。」

 

『……っ。』

 

絞り出す様にそう言った耀哉に対して、行冥達鬼殺隊の柱は罪悪感から申し訳なさそうに顔を俯かせた。

行冥達の表情からは己の不甲斐無さを悔いている様にも見えた。

 

「はっ! ()()?!……()()、なぁ?」

 

しかし、愈史郎は容赦などしない。寧ろ見つけた綻びを広げんと無遠慮に刳り出しを始めた。その表情には加虐心と怒りで満ち溢れていた。

 

「ま、お前が口籠るのも無理は無い。上弦の鬼を倒すどころか、半月以上前に柱が一人、返り討ちに遭って死んだばかりだからなっ!」

 

『っ!!』

 

鬼殺隊にとって直視したくない愈史郎の指摘に、あからさまに顔を顰めた。耀哉もまた、沈痛の表情を隠せない。

 

「愈史郎さんっ! 杏寿郎さんの事は……っ!」

 

今まで沈黙を守り、時に伊之助達の口出しを阻止する側に居た炭治郎だったが、流石に命の恩人たる杏寿郎にまで愚弄されるなら黙っては居られなかった。

 

「落ち着け、炭治郎っ。」

 

「っ!」

 

愈史郎が炭治郎の方向へ振り向いて、穏やかな声で炭治郎を落ち着かせた。これには炭治郎も、押黙る他無かった。

 

「お前らを守った炎柱とやらは、下弦如きも混じっているとは言え十二鬼月を二体も……それも一般人(有象無象)炭治郎達(足手纏い)を守り庇いつつの孤軍奮闘の末に死んだんだ。」

 

「本当の事を言えば、折角見つけた上弦の鬼を刺し違えて道連れに出来なかった事を、役立たずだの柱の癖に不甲斐無いだのと罵倒して貶してやりたいところだ。

だがその偉業を前にしては称賛されこそすれ、貶される筋合いなど一つも無い。そればかりか、お前を守り抜いた事に俺は感謝しなければならないだろうからな。」

 

「っ!」

 

『っ!!』

 

惜しみ無い杏寿郎への称賛の言葉に、炭治郎は驚きを隠せないまま愈史郎を見た。愈史郎のその言葉に一切の嘘偽りが無い事に確信を得ると、炭治郎は思わず目頭を熱くして泣きそうになった。

行冥達もまた、自分達にとって意外過ぎると言っても過言では無い愈史郎の称賛の言葉を聞いて思わず面食らう。

 

しかし、信頼していた仲間が称賛されて喜ばない者など居ない。

心中に轟々と燃え盛っていた憤怒の業火が、僅かながら鎮火して行く。

尤も、それも束の間の出来事であったが。

 

「ただし、四年前に死んだ花柱なら話は別だ。」

 

『っ!?』

 

その一言は、これまでの中で最もその場に居る者達を驚愕させる一言だった。特に炭治郎と蝶屋敷に住む者達の驚き様は凄まじいものだった。

 

「ど……どう言う……意味ですか? 愈史郎さんっ。」

 

「ふっ……昔話をしてやるよ。」

 

動揺を隠せないまま、炭治郎は愈史郎にその言葉の意味を尋ねた。間違いであって欲しいと願いながら。

一方の愈史郎は、炭治郎を一度見てから再び行冥達と向き合って語り始めた。

 

「良いか? 鬼殺隊の柱に成れる程の才能を持つ鬼狩りははっきり言って特別な存在だ。

その優秀な肉体は、稀血に次ぐ価値が有ると俺は思っている。

もし柱が鬼に敗れて死んだなら、その肉体は髪の毛一本血の一滴、それこそ骨も残さず食い尽くされる事になる。()()ならな。」

 

「……えぇ。そうですね……。」

 

愈史郎の解説に、炭治郎が相槌を打つ。

 

「だが、その花柱……しのぶの実姉(あね)である胡蝶カナエは四年前に十二鬼月の童磨(上弦の弐)と戦い、敗北した。しかし、童磨(上弦の弐)は太陽と言う名の天敵を前にしたために、その極上の餌を眼前に放置して逃走する羽目になった。」

 

『……』

 

「っ!?」

――上弦の……弐っ!? ()()()が女性に手を掛けたの?!

 

愈史郎の語る言葉に、その場に居る全員が静かに耳を傾ける。愈史郎は続けた。

善逸も伊之助も同様である。二人はアオイから僅かばかりにカナエについて聞いているため、動揺は其処まで無いのだ。

 

だが珠世だけは、愈史郎の話を聞いて動揺していた。自身の経験と愈史郎の話が噛み合わなかったからだ。

 

「……っ。」

――あれから百年以上の年月(とき)が経って居る。その間に何かしら変化が有っても、何もおかしくは無い。先ずは愈史郎の話を聞きましょう。其処から分析と判断をしても遅くは無いわ。

 

しかし、珠世はそう結論付けて自身の動揺を一瞬で沈め、真剣に愈史郎の話に耳を傾けていた。

 

「っ?」

――珠世さんから動揺の匂いがした気がしたけど……俺の勘違いかな?

 

炭治郎は普段、冷静沈着な珠世から動揺の匂いがした事に気付いたが、一瞬だったため勘違いしたと考えた。

珠世の事以上に、愈史郎の話が気になったと言うのも、そう思った原因だった。

 

「生きながらにして喰われる不幸から逃げ延びたカナエだったが、既に致命傷を受けてその命は風前の灯火だった。其処へ当時、継子だった実妹(いもうと)のしのぶが駆け付けた。」

 

『っ!!』

 

其処まで語ると、愈史郎の表情に侮蔑の念が宿った。炭治郎としのぶは嫌な予感を本能的に悟った。

 

「普通なら、残っている命を使って童磨(上弦の弐)に関する情報を可能な限り伝えるべきだ……だが、そいつはぁ!……しのぶに伝えるべき事を伝えず、ただ鬼殺隊を辞めて一人の女として生きろと言った。全てを忘れて庶民として生きろと説得する事に僅かな命の灯火を全部使ったんだっ!!」

 

『っ!!!』

 

「も、もう止めてぇ!!」

 

「しのぶ様っ!!」

 

「しのぶ姉さんっ!!」

 

しのぶは愈史郎を止めるべく駆け出そうとしたが、両脇にいたアオイとカナヲが咄嗟にしのぶの腕を掴んで阻止した。

アオイ達から逃れようと必死でしのぶは藻掻くが、純粋な力比べではしのぶに勝ち目など皆無だった。

 

善逸と伊之助は普段見ないしのぶの姿に動揺し、動く事が出来ない。蜜璃もまたしのぶの狼狽する姿を見て動揺を隠せない。

 

アオイ達はしのぶが愈史郎を阻止しようとする気持ちも痛い程理解していたが、其れ以上に知りたかった。聞きたくても聞けなかったあの過去(とき)の事が知りたかったのだ。

一方の炭治郎と珠世は、傍観に徹するか阻止するために動くか悩んでいた。そんな苦悩する炭治郎に、愈史郎は声を掛けた。

 

「炭治郎。お前としのぶには悪い事をしていると思っている。だが、これはしのぶのためになると信じてくれ……珠世様も、どうか御許し下さい。」

 

「……分かったわ、愈史郎。」

 

「っ!!……分かり……ました。愈史郎さん。」

――どうして、愈史郎さんは何処でこの事を知ったんだろう……っ?

 

愈史郎に説得された炭治郎は、どうやって情報を入手したのか気にはなったもののその言葉を信じる事にした。

炭治郎は愈史郎の傍を離れると、しのぶに近付き自身の胸部にしのぶの頭を押し付ける様に抱き締めた。

 

「っ!」

 

「きっと、しのぶさんにとって辛いでしょうから……。」

 

「……っ。」

 

しのぶは何も言わず、しがみつく様に炭治郎に抱き着いた。そのことに関してアオイもカナヲも何も言わず、静かに見守りつつ愈史郎の話に注目した。

 

「……話を続けるが、結局カナエはしのぶのために何一つ役に立てないまま息を引き取った。だが、遺体と言う物は当時の状況を形にして物語る情報源の宝庫だ……だからこそしのぶは自分の手で死んだ実姉(あね)の遺体を解剖すると言う、己の身を裂くに等しい苦渋の決断をした!」

 

『っ!!??』

 

「――――――っ!!!!」

 

「しのぶさんっ!」

 

心的外傷(トラウマ)を抉られたしのぶは炭治郎に頭を胸部に押し付けられているため、声にならない絶叫をあげた。

炭治郎もまた、しのぶを思って頭を強く自身の胸部へと押し付ける。しのぶから漂う悲しみの匂いで泣きそうになるのを我慢しつつ、炭治郎もまた堪えた。

 

その一方で、初めて知った真実の一端を知って、行冥達にも動揺が走った。特に妹分であるアオイやカナヲ達の動揺は激しかった。

 

「騒ぐな、馬鹿共がっ。」

 

『っ!!』

 

毒々しい程の愈史郎の一言により、一瞬にして静寂を取り戻す。愈史郎は全員の怒りに火が点火される前に言葉を続けた。

 

()()()()の事で一々騒ぎ立てるなよ。こんなもの、しのぶにとっては地獄の窯の蓋が開いたに過ぎないんだからな。」

 

しのぶの苦難を知っている愈史郎は、一々騒ぎ立てる見苦しい周囲の光景に苛立ちながらもそれを表情に出さない様に努めた。

 

実姉(あね)のカナエが()()()()()せいで、地獄が始まった。幼い妹分共の面倒を見つつ、共感出来ない実姉(あね)の理想と自身が抱く鬼への憎悪と復讐心、この相容れない二つの信念を背負いながら、己を殺して実姉(あね)の模倣した笑顔の仮面を被らなけれならなかった。」

 

『……』

 

しのぶの心中を考えると、行冥達は何も言えはしなかった。

 

「カナエが倒せなかった童磨(上弦の弐)を、鬼の頸一つ斬り落とせない自分の手で倒せるなどと、しのぶは楽観的に考えなかった。しのぶが苦悩の熟考の末に思い付いた、最も成功率の高い敵討ち方法とは……己の肉体を藤の花の毒で満たすと言う、狂気的とも言える常軌を逸した方法だった。」

 

『!!!???』

 

「「「「「「……っ。」」」」」」

 

最後の情報に関しては、大いに混乱を齎した。しかし、僅かながら冷静さを保っている者達も居た。

炭治郎、耀哉、行冥、天元、しのぶ、珠世の六人である。

 

――あのデカブツ二人からは然程の動揺が見られない……さては、知らなかったが()()()()()()()

 

愈史郎は行冥と天元を見て、心中でそう評価した。

 

「しのぶちゃん……なんで、そんな方法を選んだの?」

 

汗を流しながら、蜜璃は炭治郎の胸部に顔を埋めるしのぶにそう尋ねた。しかし、答えたのはしのぶではなかった。

 

「甘露寺。お前は馬鹿じゃないんだから分かるだろう? しのぶは敵討ちを成功させるために自分が童磨(かたき)に喰われる事で"死なばもろとも"、地獄まで道連れにする覚悟を選んだんだ。」

 

『!』

 

『……っ。』

 

「しのぶちゃんっ!?」

 

「ね……姉さんっ!!」

 

「しのぶ様っ!!」

 

「おいっ! 嘘だろしのぶっ!」

 

「しのぶさんっ!」

――あの不規則な音の原因は、藤の花の毒が原因だったのか!

 

行冥達、鬼殺隊の柱以上にしのぶと同じ時間を過ごし距離感が近かったアオイ達の動揺は激しかった。

当然だ、愛する家族の死の覚悟を聞かされて、動揺しない者などいやしないのだから。

 

「……安心しろ。無惨の呪いの所為で、全部無駄になってしまったからな……いや、今回に限っては"御蔭"と言ってあの臆病者に感謝するべきか?」

 

「御蔭……っ?」

 

「御蔭だと……っ?」

 

義勇と小芭内は愈史郎の言っている意味が分からず、奇しくも異口同音にそう呟いた。

 

「成程、そう言う意味か……。」

 

「なんだァ?……何がそう言う意味なんだよ悲鳴嶼さんよォ。」

 

行冥の呟きに、実弥が反応して意味を尋ねると行冥は静かに答え始めた。

 

「その男が言っている"御蔭"の意味とは……恐らく胡蝶の身体の秘密が鬼を通して無惨に知られてしまったのだろうな。それも此処最近知られたばかり、と言ったところか。」

 

『っ!』

 

「ふんっ。無駄にでかい図体によらず存外頭が切れるんだな、お前。」

 

行冥の推測に驚く実弥ら他の柱達を余所に、愈史郎は素直に行冥を称賛した。

 

「別段大した事ではない。呪いの内容を思い出せば、誰でも辿り着けるであろう程度の問題でしかないからな。」

 

行冥は謙遜した訳でも無く、さも答えられて当然と言わんばかりに断言した。

 

「さて……ああ、この後しのぶにどうなったか簡潔に説明すると、炭治郎が自暴自棄になったしのぶを説得し慰めてから告白して、互いに将来を誓い合う恋仲関係になった。と言ったところだ。真偽を確かめたかったら本人達に聞け。」

 

愈史郎の誘導とも取れる言葉に、自然と行冥達の視線が炭治郎としのぶに集中する。耀哉も面白そうにニヤニヤ笑いながら、この状況を見守った。

一斉に視線を浴びる炭治郎は、顔を赤く染めながら、やっとの思いで口を開いた。

 

「えっと……愈史郎さんの仰っている事は間違い有りません……。」

 

「……事実です。私はもう、自分から死ぬ積もりなんて毛頭有りませんからっ。」

 

炭治郎が答えた後に、しのぶもまた炭治郎の胸部に埋めていた顔を上げてそう断言した。

だが泣いていたのか薄紫色の双眸が少し赤くなったしのぶは、直ぐに自身を未だ心配そうに見詰めるカナヲ達へと身体を向けた。

 

「皆っ。心配を掛けて……貴女達に相談もせず勝手な真似をしてごめんなさい。もう藤の花の毒は摂取していないし、今は解毒に力を注いでいるから安心してね?」

 

「しのぶ姉さんっ!」

 

「しのぶ様ぁっ!」

 

「しのぶさんっ!」

 

「しのぶちゃんっ! うわーんっ!!」

 

「しのぶぅぅぅっ! こんのっ大馬鹿野郎っ!! こんな小っこい身体で背負い切れねぇもん背負い込みやがってぇうわああぁぁぁんっ!!!」

 

しのぶは義妹であるアオイやカナヲ、親友だと思っている蜜璃、それから善逸と伊之助からも泣きながら抱き締められ揉みくちゃにされた。

 

炭治郎は押し退けられる形でしのぶと引き剥がされてしまい、珠世の護衛そっちのけでしのぶを抱擁する蜜璃達に呆れながらも、その光景を微笑ましく見詰めていた。

 

蜜璃達に抱き締められているしのぶは、自分を想って泣いてくれる事に感動し双眸を潤わせながら、その熱い抱擁を受け止めていた。

 

『……』

 

――しのぶ、良かったなぁ……。

 

義勇達は表情をさほど変えずその光景を見ていたが、行冥だけは違っていた。口にこそ出さないが、その心中は歓喜に満ちていた。

事実、行冥は通常よりも勢い良く滂沱の涙を盲目の双眸から流している。

 

「ふふっ……禰豆子さん、貴女は行かなくて良いの?」

 

珠世もまたその光景を目頭を熱くしながら見ていたが、その集まりに加わらず自身の傍を離れない禰豆子に声を掛けた。

 

「……んっ。」

 

しかし、禰豆子は加わらず珠世の手を握って微笑んだ。

それを見て、珠世は少し驚きながらも喜びを感じる。

 

「愈史郎さん。」

 

「何だ? 耀哉??」

 

その光景を静かに見ていた耀哉だったが、少ししてから愈史郎に声を掛けて尋ねた。

 

「愈史郎さんが杏寿郎やカナエの件について話したのは、どう言う意図が有っての事なのかな?」

 

『!』

 

「はっ! そんな事も分からないお前じゃないだろう?……まぁ柱共に勘違いが起きない様にはっきり言っておいてやる。

当代の柱共(お前ら)はカナエやこれまでの役に立たなかった歴代の柱共と同じ轍を踏むなと警告しているのさ。要はだな……精々、"死ぬ時は役に立ってから死ね。"と俺は言っているんだよっ。」

 

『!!!』

 

「愈史郎っ!」

 

愈史郎のあまりの物言いに、頭を抱えつつも沈黙を貫いていた珠世が口を挟んだ。

珠世の言動は愈史郎にとって神の御告げに等しい筈なのだが、今回は頭を一度下げるだけで気に留めなかった。

その一方で、行冥達は愈史郎の暴言に怒りを覚えていた。

 

「おいくらァ!……役立たずたぁ誰の事だァ!……!」

 

「ふんっ……おい、耀哉。産屋敷家……と言うか鬼殺隊と鬼舞辻無惨との戦いはこれまで何年間続いている?」

 

激昂する実弥に対し、愈史郎は鼻で嗤って無視すると耀哉にそう質問した。

 

「っ?……もう、千年以上になるね。その長い年月の間、剣士(子供)達は無惨を探しながら鬼から人々を守り続けているんだよ。」

 

「……そうか、で、鬼殺隊を設立したのは、その呪いを受け始めたのは産屋敷家の何代目だ?」

 

「……設立したのは六代目で、呪いを受け始めたのは六代目の子供から……七代目の当主からこの呪いを受け続けているよ。」

 

耀哉からそう教わった愈史郎は、顎に右手を当てて思考を始めた。しかし、それも束の間だけであり再び開口する。

 

「となると、お前で九十七代目だから……産屋敷家はお前を入れて当主に就いた者だけで九十人以上、それ以外にいた男子や子女を含めたら最低でも千人以上が天寿を全う出来ずに犬死している訳か?」

 

『っ!!』

 

顔を怒りの色に染める行冥達を愈史郎は嘲笑すると、そのまま続けた。

 

「勘違いするなよ? 俺は本来なら普通の人間と同様に生きられた筈なのに、天だか神だか仏だかに見覚えの無い呪いと言う罰を与えられた産屋敷家に、心から同情しているんだ。産屋敷家(こいつら)に罪なんて無いのにな。」

 

愈史郎は心底、産屋敷家に同情した様子でそう話した。

 

「この戦いの本当の大罪人は……おっと、その前にきちんと言って措かないとな。」

 

わざとらしく一度咳払いしてから、愈史郎は炭治郎達が居る背後へ振り向いた。

 

「あ~……今から酷い事を言うが、炭治郎、しのぶ、甘露寺、カナヲ、アオイ、善逸、伊之助。お前達は該当しない。申し訳無いとは思うが聞き流せよ? 気分は悪くするだろうからな。」

 

炭治郎の名前を一人一人丁寧に呼ぶと、愈史郎はこれから自身が行う行為に謝意を込めて詫びを入れた。

 

『……(コク)』

 

炭治郎達は「ただでさえ酷い事を言っているのに、これ以上何を言う積もりだろう?」と困った様子で愈史郎の謝罪を受け入れて頷いた。

 

「愈史郎、貴方はこれ以上何を言う心算なの……?」

 

「お耳を汚してすみません。ですが俺を止めないで下さい、珠世様……禰豆子、珠世様を頼むぞ。」

 

「(コクッ!)」

 

冷や汗を掻く珠世にも愈史郎は謝罪をしてから禰豆子にそう言うと、禰豆子は力強く頷いた。

それを見て愈史郎は行冥達と正面から向き合う。しかし、その表情は汚物でも見る様な侮蔑や軽蔑に満ちていた。

 

そんな歪んだ愈史郎の表情を見て、天元、実弥、小芭内は怒りで青筋を浮かべる。一方で行冥は盲目なのも相まってまだ冷静でいた。そして義勇と無一郎は何とも思っていなかった。

 

「何だ貴様っ。俺達に該当して、甘露寺達に該当しない事とは何だ? 鬼の分際で、俺達に何を言う心算だ?」

 

「黙れ糞蛇っ。貴様如きに急かされなくても今から言ってやるよ、この()()()共が!」

 

『!』

 

思わぬ単語を口にした愈史郎に、その場に居る人間全員が驚いた。それは耀哉も同様であった。

 

「待って欲しい、愈史郎さん。どうして、行冥達が大罪人なんだい?……そう言ったからには相応の理由が有るんだろうね?」

 

耀哉は反射的に意図を知るべく、愈史郎に質問した。その声色には力が籠っていた。自身ならまだしも、剣士(こども)と呼んで愛する行冥達を其処まで言われては黙っては居られなかった。

 

「ふんっ、耀哉。お前は無惨とは千年間戦っていると自分の口で言ったのを覚えているな?」

 

「……ああっ。覚えているよ。」

 

「それだ、それ!」

 

愈史郎は我が意を得たりとばかりに、その理由の一端を語り始めた。

 

「お前が『鬼殺隊は千年に渡って鬼から人々を守っている。』などと御大層で大仰な言い方をしたところで、要するに千年もの間、無惨に逃げられて返り討ちに遭い続けて来たと言う、屈辱的な敗北の歴史を積み重ねて来ただけだろうが!

こんな”無能の証明”としか言い様が無い恥辱に塗れた歴史、何処をどう解釈したら誇りに思えるんだ? その前に情けない、恥ずかしいと言う感情が湧くのが普通じゃないのか?」

 

『!!!』

 

「……っ……っ……。」

 

愈史郎の身も蓋も無い言い方に、耀哉は痛いところを突かれたのか反論出来ずに黙り込んでしまう。

 

「テメェッ!!」

 

「貴様ぁっ! 御館様を愚弄する気かっ!?」

 

それを見て激怒したのは行冥達だ。特に実弥と小芭内は声を上げて激昂していた。行冥も天元も義勇も無一郎も額に青筋が走っている。

しかし、愈史郎の顔色に変化は無い。それどころか行冥達を鼻で嗤う余裕すらある。

 

「柱と言うのは頭だけじゃなくて耳まで悪いのか? 鬼殺隊がどれだけ無能なのか言っていると言うのに、その俺が何時耀哉を! 産屋敷家を愚弄した!? 言って見ろ!!」

 

『……っ。』

 

愈史郎の問いに対し、行冥達は答えられず沈黙する。それを見て愈史郎の視線は、益々侮蔑や軽蔑の色が強くなった。

 

「これも全部、これまでの鬼狩り共が無惨を発見して討ち滅ぼせていないから、今日まで続いているんだろう! 第一、柱共(お前ら)は何か無惨について新しい情報だけでも入手出来たか?

未だに去年、炭治郎が浅草で無惨と邂逅した事実以上の結果を、柱共(貴様ら)は持って来ているのか!? 有るならさっさと出して見ろ!! 今この場でなぁっ!!」

 

『……っ。』

 

愈史郎に問い詰められた行冥達は、何も言えず沈痛する他無かった。愈史郎の言う様に、行冥達は無惨に関する情報など、未だに一つも入手出来ていないからだ。

何も言えなくなった行冥達に対し、愈史郎は嘲笑しながら話を続ける。

 

「そら見ろ、何一つ鬼殺隊や耀哉が喜ぶ吉報を持って帰って来ていないじゃないか。どうせそこいらの雑魚鬼を狩った程度の成果しか、柱共(貴様ら)は持って帰って来ていないんだろう?」

 

「雑魚鬼をたとえ一万匹狩ったところで、無惨からしてみれば痛くも痒くも無い! 何一つ、鬼殺隊の勝利には繋がらないんだよ!! そんな簡単な事実も理解出来ていないとか、曲がりなりにも鬼殺隊の頂点に位置する柱ともあろう奴らが、情けないっ。」

 

『……』

 

行冥達は挑発的な愈史郎の罵倒に対しても、悔し気に歯軋りをして沈黙する他無かった。愈史郎の指摘は全て正しいからだ。

 

事実、この三ヶ月の間に行冥達は雑魚鬼しか狩っていない。下弦級の鬼ではあるのだが、大局的には何ら影響を齎さないのだ。

胸を張って持ち帰れる情報など一つとして持ち合わせていなかった。

 

しかし、愈史郎は行冥達を相手にそんな他人事の事情に配慮する様な優しさなど、一欠片も持ち合わせていない。

 

「それから、お前は柱共(こいつら)は十二鬼月の下弦を倒していると言ったな?」

 

「うん……そう言ったね。」

 

耀哉がゆっくりとそう言うと、愈史郎の表情は嘲弄に染まる。

 

「そうか……そう言えば、この柱合会議の議題の一つで"数字持ちではない下弦級の実力を持つ鬼共の対策"を予定していたよな? 違ったか? 耀哉。」

 

『!!』

 

「……確かにそう予定しているね。」

 

何故その話題を唐突とも言えるこの時に言うのか、耀哉は愈史郎に疑問を持った。

そんな耀哉に構わず、愈史郎は語り始める。

 

「今から約一週間前、しのぶから鬼殺隊にとって素晴らしい吉報が齎された。吉報(それ)は無惨が自らの手で十二鬼月の下弦の鬼共を後先考えずに粛清した、と言うものだ。当然、この情報は直ぐ様、全ての鬼狩り共の耳に入り、鬼殺隊の士気向上に繋がると皆が期待した筈だ。」

 

愈史郎はしのぶを称賛する様に、そう言った。しかし、その態度も瞬く間に変化する。

 

「……だがその吉報が届いた一方でこの約一週間、各所で下弦級の実力を持つ異能持ちの鬼が何体も出現し、多くの人々が殺され、鬼狩り共が返り討ちに遭っている!……これがどう言う意味か、此処に居る柱共(貴様ら)に分かるか?」

 

そう問い詰める様に言った愈史郎だったが、間髪入れる事無く話を続ける。

 

「無惨にとって、下弦の鬼など居ようが居まいがどっちでも良かったと言う事だっ! 無惨()が少し本気を出せば、下弦級の鬼など幾らでも生み出せる、その程度の存在でしかないんだぞっ! あんな臆病者に糠喜びさせられて、鬼殺隊(貴様ら)は悔しいと思わんのか?!」

 

『っ!』

 

柱共(こいつら)が下弦の鬼すら倒した事も有る? それがどうした? 何の自慢になる?……下弦如きの鬼なぞ、珠世様や俺は勿論、其処に居る炭治郎達にでも倒せる程度の鬼でしかない! この先の戦いを考えれば、倒せて当然の相手なんだよっ!

柱ではない炭治郎達でも倒せる雑魚鬼如き、柱共に倒せて当たり前だろうが!……分かったら一々威張り散らすな。親馬鹿も大概にしろ、間抜けっ。」

 

「……っ。」

 

事実を指摘された耀哉は反論出来ず、項垂れて顔を俯かせる他無かった。

 

「て……めぇ……っ!」

 

「テメェッ!」

 

「貴様っ!」

 

「今のは聞き捨てならんぞ!」

 

「「……っっ。」」

 

愈史郎が言い放った耀哉への直球(ストレート)過ぎる侮辱発言に、行冥達は激高する。沈黙を貫いている義勇と無一郎すら、頭を上げて愈史郎を睨み付けている。

 

「静かにっ。」

 

『っ!』

 

耀哉は激高している行冥達に対し、穏やかな声で注意した。

その声を聞いて行冥達は驚き、途端に静かになった。

しかし、敬愛している主人を愚弄されて、何もしないと言う事に誰も納得して素直に従う事は出来なかった。

 

固まって動かなくなった行冥達に、愈史郎はうんざりとした表情で話し出した。

 

「どうした? 柱共(貴様ら)の大好きな御主人様が「静かにしろ。」と仰っておいでだぞ? そんな簡単な命令にも従えないのか? この無能な駄犬共がっ。」

 

『!!』

 

愈史郎の火に油を注ぐ様な暴言に、再び激高しかけた。しかし、耀哉が今度は手を前に出して行冥達を止める。

そして突き出した手を耀哉は、突き出した手をゆっくりと下ろすと、行冥達もそのまま最初の姿勢に戻った。

 

「はっ、まるで本物の犬の様だ……それにしても先刻(さっき)は実に耳障りだった。ああ言うのを"弱い犬程よく吠える"と言うんだろうな。」

 

『!!!』

 

「愈史郎っ!」

 

あまりの容赦の無い愈史郎の暴言に、ついに沈黙して状況を見守っていた珠世が、思わず止めろとばかりに声を上げた。

炭治郎としのぶは困った笑いを浮かべて、蜜璃達は愈史郎の毒舌に絶句して固まっていた。

しかし、愈史郎に自重する様子も止まる様子も見られなかった。

 

愈史郎は珠世に向かって申し訳無さそうに一礼してから、再び行冥達の方へ顔を向けて声を上げた。

 

「俺が今から柱共(貴様ら)が如何に恥知らずで無能な役立たずな存在か、その空っぽの頭でも理解出来る様に説明してやる……おい、耀哉。鬼殺隊(こいつら)が最後に上弦の鬼の討伐に成功したのは何時の話だ?」

 

『っ!』

 

「っ!……それは、今から百年以上前……正確に言うと百十三年前、一八〇〇年(寛政十二年)に起きた時の話だね……()()()()当時の炎柱が、当時の上弦の伍を討ち取ったとされている。」

 

――っ!!

 

――っ?……珠世さんっ?……どうしたんだろう? 御館様の発言の後に、珠世さんから強い動揺の匂いがする。

 

耀哉が最後の上弦の討伐例を口にした後、今度は珠世が動揺した事にはっきりと炭治郎は気付いた。

しかし、今は耀哉と愈史郎に集中するべく思考を切り替えた。

そんな愈史郎は、珠世の変化に気付く事無く話が進んで行った。

 

「上弦の伍を討ち取ったのは、炭治郎達を守った杏寿郎の先祖に当たる当代の炎柱でね。相打ちとは言え、九十五年振りに柱の手で上弦の鬼を倒したと言う、鬼殺隊にとっては大快挙だったんだよ。」

 

「そうか。つまりこの百十三年間、鬼殺隊御自慢の柱様は上弦を相手に無様な敗死を重ねた挙句、惨めに喰われ続けて逝った訳だ。何ともまぁ、涙が出そうなくらい御立派な話だな、おい?」

 

『!!!』

 

無神経過ぎる愈史郎の発言に刹那の間、時間が停まったが如く全員が凍り付いた。

しかし、直ぐに行冥達の胸中に憤怒の炎が燃え上がる。

行冥の持つ数珠が、次々とピキピキ音を立てながら罅割れて行った。

 

「派手にブチ殺されてぇのか、てめぇ……っ!」

 

激怒した天元が顔中の血管を浮かせながら、愈史郎にそう言って脅迫した。常人なら既に失禁しながら失神しているところだが、愈史郎は違った。

それどころか、そんな激怒する行冥達を嘲笑う。

 

「どうした、何をそんなに怒っている? 当代の柱共(貴様ら)の話など俺はした覚えは無いぞっ? 俺が今言ったのは過去にいた、歴代の柱(役立たず)共の話をしているだけだからなっ。」

 

「ただまぁ、如何に鬼殺隊の柱が恥知らずで役立たずな存在なのか、俺の話を聞いて理解出来ただろう? 上弦に返り討ちにされるだけでも役立たずだと言うのに、喰われて上弦共(そいつら)を強化する片棒を担いでいるんだから、恥知らずと言わずに何だと言うんだ? これ以上、何て言葉で表現したら良い? もし良い表現方法が有るのなら、後学のためにも参考に教えてくれないか?」

 

愈史郎は行冥達を見下す様にそう言ってから、そのまま反論の機を行冥達に与える事無く、吐き捨てる様に言い始めた。

 

 

 

 

「『血を吐く様な鍛錬も自らに課して己を叩き上げている。』?

鬼に有利な夜の闇の中で戦う事を常時強いられ、傷を負えば簡単には塞がらず身体の部位を失えば再び再生する事も無い生身の人間は鬼に何もかも劣っているんだから、死にもの狂いで何千何万何億倍も努力するのは当たり前だろう?

出来て当然、して当たり前、必ずやらなければならない必要最低限の努力を、それが出来たからと言ってそれが一体何だと言うんだ? 何をそんなに偉そうにほざいている?」

 

「そもそも、そんな()()()()すら出来ないから、一般隊士(下っ端)共は次から次へと雑魚鬼如きに殺されて、柱共も上弦の鬼に返り討ちに遭い続けているんだろう? 怠け者共が、努力が足りてないんじゃないのか?」

 

 

 

 

 

「『誰よりも命を賭けて任務に挑み、幾度と無く死線を潜り抜けて十二鬼月をも倒している。』?

はっ! 弱い鬼としか戦っていない癖に、単純に今日まで雑魚鬼相手に恵まれていただけだろ? そんな程度の低い戦いを全部、死線死闘と十把一絡げに自己評価すれば、楽に自分を高く見せれて便利だよな?」

 

「これは鬼と人間の戦争だぞ? 他者の命を奪うために殺し合うんだから、自分の命を賭けるのは当たり前だろうが!

『俺は強いから自分だけは死なない。』なんて勘違いしている思い上がった馬鹿がこの鬼殺隊に身を置いているなら、さっさと叩き出した方が身のためだぞ?

そう言う恥知らずの自惚れに限って、碌に人の役に立てないまま周囲に迷惑だけ掛けまくってから惨めに死ぬんだよ。」

 

 

 

 

 

「『誰よりも多くの鬼を倒し、多くの人々の命と未来を守っている。』?

貴様ら、鬼殺隊が千年通してやって来た事はその場凌ぎの人助けをして、罪無き人々に闇夜の恐怖を子々孫々にまで植え付けただけだ。

その手で救った命よりも、掌から零れ落ちた命の方が遥かに多いとちゃんと自覚しているんだろうな?

生涯に渡ってその安全を保障した訳でも無い癖に、無能な負け犬の分際で英雄になったとこっ恥ずかしい勘違いをしてないか?」

 

「ぷっ、くくくくっ。見ているこっちの顔から火が噴き出そうだ。頼むから、鬼殺隊(貴様ら)は救えなかった命で屍の山を築いていて、その頂上まで土足で駆け上がり胡坐を掻いて座っている事に自覚を持ってくれ。何時まで大恥を晒していたら、鬼殺隊(貴様ら)は気が済むんだよ?」

 

 

 

 

 

『!!!』

 

「…………っっ。」

 

鬼殺隊の柱達へ向けた、耀哉の称賛を根本から否定し、鬼殺隊の存在そのものを踏み躙り侮辱と嘲笑を繰り返す愈史郎に、流石の耀哉も言葉を失った。

 

傍聴している炭治郎としのぶは、こめかみを押さえながら頭を抱えていた。蜜璃は怒らずアワアワと狼狽しているのが、炭治郎にとって不幸中の幸いだった。

蜜璃の膂力の前では炭治郎としのぶなど、協力して立ちはだかっても勝利は有り得ない。

 

同じく傍聴している珠世に至っては、愈史郎の悪口雑言に対して頭を抱えるどころか既に青褪めていた。只でさえ白い肌が更に色を失って行きかねない程である。

しかし、愈史郎の苛烈な口撃は止まらない。寧ろ止めを刺さんばかりに勢いが増して行く。

 

「良いか? その耳の穴をかっぽじって良く聞けよ? お前らの御主人様はなぁ! 残り少ない命を燃やして、この鬼殺隊の長い長い無様な敗北の歴史に終止符を打つために、自分の代で一族の呪いを断ち切るために、これ以上哀れな犠牲者を出させないために、無惨を討ち滅ぼすために手段は問わないと決意を固めたっ!」

 

「そのために本来なら討滅対象の鬼である珠世様と俺に、自ら頭を下げて協力を申し込んで来たっ!

珠世様もまた、ノコノコ出向けば殺されるかもしれない可能性を百も承知で鬼殺隊(此処)までやって来たっ!

しのぶも鬼への憎悪を押し殺して無惨を倒すために、愛する男と共に幸せになるために珠世様と手を組んだっ!

甘露寺も、これ以上誰も死んで欲しくない、傷付いて欲しくないとこの協力に大いに好意的だった!

炭治郎に至っては、最早言うまでもない! 何せ立役者のこいつが居なければ、この合流は成し得なかったんだからなっ!」

 

其処まで言うと、愈史郎は一呼吸置いてから行冥達を再び睨みつけながら、止めの言を唾棄する様に吐き捨てる。その視線にありったけの侮辱と軽蔑の念を込めて。

 

「これで分かったか? 俺達と貴様らとでは無惨を倒す意気込みも気合も覚悟も何もかもが違うっ!!……あぁ、そうだ。雑魚鬼を狩って満足して、英雄気取りで愉悦に浸っている貴様らとは全てにおいて違うんだっ!!」

 

「そんな役立たずの恥知らずな負け犬共に、これ以上足を引っ張られてたまるか! こんな奴らから認められたいとも思わないし、認められたくもない! 信頼? 信用? そんなもの要るかっ!!

認めて貰いたいと思う程の存在価値が、貴様ら如きには一欠片も存在しないんだよ! 全く、こんな無駄な事をしている間にまた今夜、罪の無い人間が何人も理不尽に殺されて不条理に死ぬっ! これも全部っ、全っ部貴様らが能無しで不甲斐無い所為だぞ!」

 

「そんな不甲斐無い役立たずの貴様らに代わって、俺達はこれからどうやって無惨に対抗するか、上弦共をどう探し出して戦うか、やる事や考える事が山の様に有るっ!」

 

「良いからこれまで通り貴様ら、柱共はただ黙って鬼を見つけて醜く殺し合っていれば良いんだよっ! それが鬼を殺す事しか頭に無い……鬼狩りしか能が、取り柄が無い、()()()()()()なんだからなっ!!」

 

『!!!!!』

 

『…………』

 

愈史郎がそう言った瞬間、産屋敷本邸はシンッと音が無くなった様に静寂になった。

 

 

 

パァンッ!

 

 

 

しかし、次の瞬間に大音が産屋敷本邸で鳴り響いた。

 

「愈史郎さんっ!?」

 

「大丈夫だ、問題無い……いきなりなんだっ。危ないだろうが……っ!」

 

「チィッ!」

 

愈史郎が合掌する様に、両手を合わせていた。その手の中には刃物の様な物が在った。

そして舌打ちした音の方向へ顔を向けると、天元が青筋を立て双眸を血走らせながら苦々しく舌打ちをした音だった。

 

「何だこれ?……短剣……じゃないな。苦無か、これっ!?」

――苦無に何か塗られて……藤の花かっ!……喰らっていたら死にはしないが拙かったな……っ。

 

「俺達が下手に出りゃ、派手に調子に乗りやがって……!!」

 

『……』

 

「っ!」

 

行冥達もまた、天元と同様に激怒していた。自身が経験して来た過去や努力、鬼を倒すための意思や苦労ばかりか、存在すら否定して嘲弄され侮辱されている事に激怒していた。

 

小芭内は双眸を血走らせ青筋を走らせている。行冥は持っている数珠に力を入れ過ぎたせいか、既にボロボロだ。

実弥と義勇は顔を俯かせて表情が見えなかったが、実弥は一筋の血を流す程に唇を強く噛み、義勇は爪が喰い込み両手から流血していた。

無一郎だけは唯一、行冥達とは違いその表情は丸で能面の如く無表情で感情を読み取る事が出来ない。

 

その無一郎が顔を俯かせたまま、ゆっくりと立ち上がる。飛び掛からんとしていた小芭内は、動き出した無一郎を見て動きを止め、行冥達も注目した。

しかし全員の注目を受けている無一郎は立ったまま、其処から動かず不動になる。

 

「……無一郎?」

 

耀哉は不動の姿勢を取った無一郎を不思議に思い声を掛けた瞬間、事態は動いた。

 

 

 

ドゴォッ!!!

 

 

 

「っっっ!?」

 

「うわぁっ!?」

 

『っ!?』

 

突然、愈史郎が後方へ吹き飛ばされたのだ。愈史郎はそのまま後方に居た炭治郎に受け止められたので事無きを得た。

炭治郎と愈史郎は、何が起きたのか理解出来ず、原因を探るために前方を見る。

 

すると愈史郎が立っていた場所の手前に、顔を俯かせたままの無一郎が右腕を突き出した状態で立っていた。

無一郎は高速で移動し、土足のまま産屋敷本邸に入って愈史郎を殴り付けたのだ。愈史郎は咄嗟に両腕を交差して受け止めたため、直撃する事は無かった。

尤も、鬼である愈史郎にとってこんなもの、何でも無い出来事のだが。

 

「おい、好い加減にしろよクソ野郎が。」

 

『っ!』

 

緊急柱合会議が始まってから、初めて無一郎が言葉を口にした。

その能面の如く、無表情で感情が読み取れなかった顔には明確な怒りの色が見えた。

 

「ふん。人間の姿をした人形が混じってるかと思えば、お前もちゃんと血の通った人間だったんだな、餓鬼。」

 

『っ!』

 

「愈史郎さんっ!」

 

炭治郎が見兼ねて、愈史郎に声を掛けた。しかし、愈史郎は変わらない。

無一郎の一撃を受けてジンジンする右腕を抑えながら、感情を露にする無一郎に対しても容赦なくその毒舌を浴びせる。

 

「お前、俺に()()()()()()とか、そうボロクソに言われたのがそんなに気に喰わなかったか?……んっ?」

 

「っ!」

 

愈史郎が無一郎に向かって先刻と同様の言葉を吐くと、無一郎は先刻の怒りは何処へ行ったのか、そのまま動かなくなってしまった。

無一郎はある言葉を聞いて、脳内である光景を幻視していたのだ。

 

『居ても居なくても変わらない様な、つまらねぇ命なんだからよ。』

 

――誰だ? 思い出せない……。

 

――昔誰かに同じ事を言われた気がする。だけど、誰にそう言われたんだ?

 

 

 

ズキッ!!!

 

 

 

「――っ!!!」

 

無一郎の頭に突如として、鋭い痛みが走った。

あまりの激痛に無一郎は後ろに三歩程下がり、そして斜め前に千鳥足でよろけながら身体を崩した。

 

『っ!』

 

「時透君っ!」

 

「おいっ!? どうしたっ!?」

 

炭治郎が無一郎の下へ駆け付け、倒れる前に無一郎を受け止めた。

愈史郎もまた、突然苦しみだした無一郎を心配して声を掛けた。

 

「時透君っ!」

 

「霞柱様っ!」

 

しのぶとアオイがその様子を見て、炭治郎と無一郎の下へ駆け付けた。

珠世も駆け付け様と一歩踏み出したが、認められていない自分が駆け付けるのも要らぬ誤解を招くと、思い留まる。また、カナヲが珠世を制止したのも理由であった。

 

愈史郎への怒りどころでは無くなり、しのぶが簡易診察を始めるのを見守る耀哉達であったが、行冥と義勇が漸くある違和感に気付いた。

 

――……不死川……っ?

 

「不死川は……何処へ行った?」

 

『っ!?』

 

義勇の呟きで、愈史郎と無一郎に気を取られていた耀哉達が、漸く実弥がその場から居なくなっている事に気付いた。

すると少し離れたところから、悲鳴が幾つも上がった。そして少しすると、実弥が緊急柱合会議に戻って来た。

 

『っ!』

 

耀哉達は帰還して来た実弥の姿を見て驚愕した。その手には『隠』に預けていた筈の脇差の日輪刀が在り、日輪刀を握っている右手を中心に身体中が返り血と思われる血で赤く染まっていた。

 

「おい鬼ィッ……テメェが抜かしている事は正しいと認めてやるよォ……。」

 

『っ!』

 

実弥は日輪刀をゆっくりと構える。顔中の血管を浮かせて青筋を立て、双眸を血走らせながらそう言った。

その顔色は激しい憎悪と憤怒で染まっており、炭治郎と伊之助は鼻腔と肌が火傷する様な、善逸は鼓膜が破れる様な感覚に襲われた。

 

「俺ぁテメェの言う様に、鬼共を殺す事しか能が、取り柄がねぇって事をなァッ!」

 

『っ!!!』

 

実弥は言い終わった瞬間、日輪刀を構えて産屋敷本邸に乗り込んで来た。

そして勢いを殺す事無く呼吸を繰り出して剣技を放とうとする。

そのまま殺意に満ちた実弥の凶刃は、愈史郎へと向けられる筈だった。

 

 

 

ガキンッ!

 

 

 

『っ!?』

 

しかし、実弥の凶刃が愈史郎に届く事は無かった。

その本人を除いて、誰もが思いもしなかった人物が日輪刀を抜刀し、その凶刃を受け止めたからだ。

 

「っ!?」

 

実弥の凶刃から愈史郎を守るために、咄嗟に愈史郎の前に立った炭治郎は思わぬ人物の助けが入った事に驚愕した。

勿論、炭治郎だけではない。産屋敷本邸に居る、全員が驚いていた。

 

「テメェ……何の真似だァ?」

 

「何の真似?……風柱様。私達は御館様の御命令で、未熟ながらも珠世さんと愈史郎さんの護衛を務めております。御言葉ですが、そっくりそのまま貴方様にお返しさせて頂きます。風柱様こそ、何の真似ですか?」

 

「テメェ……っ!」

 

その人物とは、神崎アオイだった。アオイは実弥の眼光を真正面から受けながらも、その凶眼から視線を逸らす事無く毅然に立ち向かう。

 

「アオイの言う通りだよ、実弥。」

 

「御館様……っ。」

 

苛立ちながらアオイを睨み付ける実弥に対し、耀哉が声を掛ける形で助け舟をアオイに出した。

 

「私が今回、何のために()達から日輪刀(かたな)を預かったと思う? この様に珠世さんと愈史郎さんに危害が及ばない様にするためだ……それから先刻(さっき)悲鳴の様なものが聞こえた気がしたけど、何だったのだろうね? 後、実弥の身体に付いている血痕も気になるのだけど、私に教えて貰えないかな?」

 

「っ……しかしっ!」

 

「私の質問に、答えてくれないのかい? 実弥。」

 

「……」

 

耀哉の質問に対し、実弥は答える事が出来なかった。

顔を俯かせて無言になる実弥を無視して、耀哉は愈史郎に話し掛けた。

 

「愈史郎さん、私の剣士(こども)達が無礼を働いたね……申し訳無かった。」

 

『っ!?』

 

耀哉が頭を下げて謝罪する姿を見て、行冥達は驚いていた。そんな耀哉を見て、慌てて実弥が声を掛ける。

 

「頭を上げて下さいませ! こんな奴に御館様が謝る事など……っ!」

 

「実弥。少しの間で良いから、静かにしててくれるかな?」

 

『っ!』

 

耀哉が謝罪したまま、突き放す様にそう言われた実弥は言葉を失った。行冥達も同様である。

何時も穏やかな耀哉から、微かだが怒気を感じたからだ。耀哉から初めて見る感情の露を見て、言葉を失っていた。

耀哉の態度を見れば、どれだけ珠世達を重要視しているか口にするまでも無い。

 

非は明らかに自身にあるとは言え、実弥は衝撃(ショック)を隠せなかった。

しかし、しかし、行冥達以上に困った様子で居る者が居た。行冥達を殺す勢いで悪口雑言を吐いていた、愈史郎である。

 

「……悪かったな。俺も少し熱くなり過ぎたよ。」

 

『っ!?』

 

少しばかり冷静さを取り戻した愈史郎はバツが悪そうに、耀哉に頭を下げて謝罪した。

 

先刻の傲岸不遜で傍若無人な態度は何処へ行ったのか、そう言いたくなる程の変貌ぶりを見せた愈史郎にしのぶ達は付いて行けず固まった。

特に珠世など、非現実的な光景を見た様な茫然とした顔で何度も頬を抓っていた。

炭治郎だけは、愈史郎をそうさせた耀哉に対しキラキラとした表情で尊敬の念を抱いて見ていた。

 

少ししてから、愈史郎は下げていた頭を上げた。

耀哉は楽しそうにクスクス笑い、愈史郎は恥ずかしそうに赤面して頬を掻いていた。

 

耀哉は、倒れていた無一郎に声を掛ける。

 

「無一郎、頭の方は大丈夫かい?」

 

「……はい、御館様。すみませんでした……。」

 

無一郎はしのぶと戻って来たアオイに支えられて立ち上がり、耀哉に謝罪した。

 

「そんな事は気にしなくても良いんだよ……もしや、記憶が戻りそうだったのかな?」

 

『!』

 

「いえ、微かに何かを思い出しそうだったのですが……。」

 

「そうか……でも焦る必要は無いよ。君は必ず自分を取り戻せる。失った記憶は必ず戻る。心配なんて要らない。ただ、切っ掛けを見落とさない事だ。先刻(さっき)の様にね。」

 

「……はいっ。」

 

無一郎は耀哉に返答した後、一人で行冥達の列に戻った。

無一郎を見届けてから、しのぶとアオイも持ち場へ戻るために移動を始める。

 

「……ふんっ。()()()()()()()()()()日輪刀(かたな)を、今度はその鬼を守るために使うとはなっ。」

 

『っ!』

 

小芭内が粘着質な声で、そう呟いた。しかし、周りが聞こえる程度に大きな声量でだ。

 

「……」

 

小芭内の呟きを耳にして、アオイは一度足を止めたが振り向きもせず無反応だった。

日輪刀をクルリと回して回転納刀を決めると、何事も無かった様に再び歩き出した。

小芭内の呟きを聞いてしのぶの額に一度青筋が走ったが、無反応なアオイを見て何もしない事にした。

 

――()()()()()()()()()()?……と言うか、アオイさんの日輪刀(かたな)の刀身の色……っ!

 

炭治郎の耳からは、小芭内の呟きが深く印象に残っていた。

また、初めて見たアオイの日輪刀の刀身の色を見て驚いていた。それは善逸も伊之助も同様だった。

そんな炭治郎を余所に、耀哉は再びこの場に集結している全員に向けて話し始めた。

 

「愈史郎さんの言葉で私も些か目が覚めたよ。

そうだった……これ以上、罪無き人々が鬼に愛する者を奪われないために、これ以上私の剣士(こども)達が犠牲にならなくて済む様に、私は無惨を倒せるならどんな手段も問わない、どんな禁忌をも躊躇無く犯すと言う決意を固めていた。……すまないが、私は君達に認めて貰うのを待っては居られない。

珠世さんと愈史郎さんが如何に有能かは、もう私の身体や愈史郎さんの血鬼術を見れば分かると思う。

鬼殺隊にどれ程の貢献が出来るか分かっている者の立場として、はっきり言わせて貰うっ。」

 

耀哉は其処まで言うと、一度呼吸してから、決意を固めて断言した。

 

「御二人には蝶屋敷に滞在して貰い、共に無惨を倒す頼もしい同志として心から歓迎する。良いね?」

 

『っ!……御意っ。』

 

普段より強い口調で話す耀哉に対し、行冥達は圧倒されながら承諾した。

鬼の珠世達を受け入れがたい感情が在っても、先ずは無惨を倒す事が第一なのは事実だ。

 

また、敬愛する耀哉の生涯を賭けた決意を聞かされては、公私混交して足を引っ張るのは憚られた。

だがそれでもなお、耀哉の決定に納得出来ない者が一人だけ存在していた。

 

「いいえ、何も良くないっ!……こんな決定、認められませんっ!!……これ以上の鬼を鬼殺隊に受け入れるなど承知出来ない……っ!!!」

 

『っ!』

 

それは実弥だった。実弥だけは、耀哉の決定に未だに反対して抗議していた。

小芭内を除いて全員から白眼視され始めた実弥だが、それでも実弥の意思は変わらなかった。

 

「くっ!?」

 

「っ!!」

 

『っ!』

 

実弥は右手に持った日輪刀を左腕に刺そうとしたのだ。

それを察しした炭治郎は、日輪刀が実弥の左腕の肉を斬る前に刀身を掴んで阻止したのである。

日輪刀の刀身を掴まれた実弥は、反射的に動きを止めた。

 

「「炭治郎君っ!」」

 

「「「炭治郎っ!」」」

 

「「炭治郎さんっ!」」

 

「炭三郎っ!」

 

しのぶを筆頭に蜜璃、アオイやカナヲ、善逸に伊之助、そして珠世と愈史郎が炭治郎の蛮行とも言える行動を心配して声を掛けた。

 

だが炭治郎は掌を斬らない様に、絶妙な力加減を入れて刀身を両手で握っていた。

しかし、もし実弥が無理矢理にでも刀身を動かしてしまえば、炭治郎の両掌は斬り裂かれてしまうだろう。

 

しのぶ達はそれを懸念して、早く刀身から両手を離して欲しいと強く願っていた。

その一方で、しのぶ達は優しさと心配から炭治郎を想っているのに対し、実弥の想いは正反対だった。

 

「テメェ……さっさと手を離しやがれッ……っ!」

 

実弥は苛立ちを頂点に達しながらも、警告する様にそう口にした。

 

「お断りしますっ!」

 

しかし、炭治郎は怯まない。寧ろ、手を斬り裂かれようと離すものかと決意を固くする。

そんな炭治郎を見て、実弥は益々苛立ちを募らせた。

 

「テメェっ!」

 

「好い加減にして下さいっ!」

 

『っ!』

 

炭治郎が大声で返したため、全員が驚いて双眸を見開いた。

 

「貴方は禰豆子と同じ事をしようとしてますが、はっきり言って無駄骨を折るだけですっ!」

 

「んだとォ……。」

 

「珠世さんと愈史郎さんは長年正体を隠して、医者として多くの人々を無償で治療しその命を救って来ましたっ!……当然、その中には稀血の方だって何人も居たっ! 血の耐性なら禰豆子よりも遥かに強いんだっ!! 貴方程度の稀血で理性を失う訳が無いでしょうっ!!」

 

炭治郎は実弥を傷付けさせまいと、必死で説得する。しかし、その説得は実弥にとって火に油を注ぐ行為だった。

 

「んなもん……やってみねぇと分からねぇだろうがァ!」

 

「っ!!」

 

『っ!』

 

実弥はそう叫んでから動いた。しかし日輪刀を持つ右手ではなく、傷付け様とした左腕の方を逆に日輪刀へ近付けたのだ。

炭治郎は両手で約二尺(六十cm)ある脇差の日輪刀を掴んでいたが、刀身の(きっさき)を掴んでは居なかった。

 

そのため、刀身の鋩から実弥の左腕に喰い込み、一筋の裂傷を作ってしまった。

 

「なっ!?」

 

「ふっ……。」

 

炭治郎が口を開けて絶句する中、実弥の裂傷から一筋の血がポタッと垂れて畳に落ちた。

垂れ落ちた血を見て、炭治郎が顔を歪める中、実弥は逆に笑みを浮かべていた。

 

「おい鬼っ! 飯の時間だぞ喰らい付けっ!!」

 

「……っ!」

 

愈史郎は双眸を見開いて、実弥の血を見詰めた。

実弥はそんな愈史郎の様子を見て、実弥は手応えを感じてほくそ笑む。

 

しかし、そんな実弥の期待は、愈史郎の悪意に満ちた笑みによって一瞬にして裏切られた。

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。」

 

『っ!?』

 

愈史郎が態とらしく呆れ果てた様子で溜息を吐いた。そして右手で頭を数回掻いてから、実弥に声を掛けた。

 

「で?……気は済んだか? 三下??」

 

『っ!!』

 

禰豆子が初めて実弥の血を見た時は、理性を失い掛けたと言うのに愈史郎は汗一つ掻いて居なかった。

それは珠世も同様である。因みに禰豆子は、しのぶによって手巾(ハンカチ)で鼻を押さえられていた。

行冥達はその光景を見て、驚きを隠せない。

 

「炭治郎、日輪刀(そいつ)から手を離して良いぞ……三下、お前は本当に馬鹿だよなぁ? 炭治郎の言う様に、鬼の俺達が血肉の匂いに涎を垂らしながら人間の治療をしていたとでも?」

 

「っ!」

 

嘲弄と軽蔑に満ちた悪意の在る笑みで、愈史郎は実弥を嘲笑う。それを見て、実弥の額に青筋が浮かび上がる。

 

「その傷だらけの身体、大方その血で鬼を誘い出したり、酔わせて弱らせるなり理性を失わせて戦いを有利に持ち込んでから狩っていたんだろうが、相手が悪かったな。

そこらの雑魚鬼と俺達は違うぞ。そんな下らん子供騙しの小細工が、俺達に効く筈が無いだろうが間抜け。」

 

「俺に何度も言わせるなっ。柱共(貴様ら)は今日まで雑魚鬼相手に恵まれていただけだ。弱い鬼としか戦っていない事実を認めろっ!

第一、俺達と違って直ぐに傷の再生も出来ない癖に、そんなに自分を態と傷付けて消耗を強いる戦い方をして何になる?

警告しておくが、俺達にすら効かないこんな下らん小細工が、無惨や上弦共に通じるなんて甘ったるい妄想なんぞ考えるなよっ?!……分かったら二度とするなっ、良いなっ?!」

 

「……っ!」

 

実弥は自身が思い描いていた展開には一切掠りもせず失敗に終わった事実に項垂れながら、無意識に右手の日輪刀を下ろして行った。

 

――っ!……愈史郎さんから優しい匂いがする。口ではああ言っているけど、それでも気を使って言ってくれているんだから本当に優しい人だよね。

 

実弥が項垂れている中、炭治郎は愈史郎の無意識な優しさに感心していた。そんな中、事態を見守っていた耀哉が口を開いた。

 

「これで珠世さんも愈史郎さんも人間(ひと)を襲わないと証明出来たね……実弥、まだこれ以上……無惨を倒すために御二人と協力する事に反対する理由はあるのかな……?」

 

「……いえ…………。」

 

耀哉からは威圧感すら漂わせるその言葉に、実弥は動揺して小さい声量でしか答えられなかった。

すると、思わぬ人物が会話に参加して来た。

 

「耀哉さんっ。この先の話をする前に、この方に簡単な処置だけでも済ませて構いませんか? 医者の端くれとして、この様な怪我人は見過ごせません。」

 

「っ!……勿論だとも、珠世さん。寧ろ、私からお願いしたいくらいだ。実弥、拒否してはいけないよ? 良いね?」

 

「っ!?……御意っ。」

 

実弥は珠世の治療を受ける事に露骨に嫌そうな表情をしたが、その顔を隠す様に耀哉に跪き頭を垂れて承諾した。

珠世は耀哉から治療の承諾を得ると、くいなに預けていた医療鞄を抱えて実弥に近付いて行く。すると、愈史郎も珠世に追随しようとした。

 

「愈史郎。貴方は其処から動かず、じっとしていなさいっ!」

 

「な、何故ですかっ!? 珠世様っ!!」

 

愈史郎は何故、自分が珠世に拒絶されるのか理解出来ずに大声を出して狼狽した。

 

「……愈史郎、本当に分からないの?」

 

「はいっ! 分かりません!! 俺は一度として、珠世様が御怒りになる様な事はしていませんっ!!!」

 

「……っっ。」

 

しかし、その態度が珠世の怒りと言う火に油を注ぐ事になる。

 

「もう良いわっ! 貴方はもう私が許可するまで大人しくしていなさいっ!! 良いわねっ!?」

 

「は、はいっ!?」

 

愈史郎は悲しそうな顔をしてその場を動かず、じっとしている他無かった。

珠世は愈史郎に一切目もくれず、真っ直ぐ実弥の下へ向かう。

 

「左腕を見せて下さい。」

 

「……」

 

実弥は珠世にそう言われると、身体を伏せたまま左腕を突き出した。

 

――これ程、希少な稀血はそうそうお目に掛かれないでしょうね……。

「……この傷の深さなら、"止血帯法"までせず"圧迫止血法"で済みそうね。」

 

珠世はそう呟きながら、実弥の稀血にものともせず治療を開始した。

 

愈史郎と実弥の治療をする珠世の間に挟まる形で立つ炭治郎は、何も言わずその状況を静かに見守った。

すると間も無くして、珠世は実弥の治療を終えた。

 

「治療はこれで終了です。後は暫くの間は患部に圧力を掛けて、腕を心臓の位置より高く維持して下さい。」

 

「……」

 

珠世は実弥に医者としてそう伝えたが、実弥は返答どころか顔すら合せようともしなかった。

愈史郎はそんな実弥の態度を見て激高しそうになったが、そんな事をすれば珠世の怒りを再び買う事になるのは火を見るより明らかだったため、大人しく自重した。

 

「……ごめんなさい。」

 

「「「っ!?」」」

 

珠世は唐突に、実弥の手を握って静かに実弥に対して謝罪の言葉を口にした。

その謝罪に対し、直ぐ傍で聞いていた炭治郎と実弥、そして愈史郎は驚きを隠せない。

 

()()()に無惨を倒せていたら、貴方の世代にまで不幸を撒き散らす事は無かった……貴方がその身体の傷だらけにする事無く、御家族と幸せに暮らせていたでしょうに……本当にごめんなさい。」

 

「っ!!」

 

珠世にそう言われた実弥は、今初めて珠世の方を顔を向けた。そして双眸を見開き、視線の先に在るものを見た。

 

実は珠世はこの時、らしからぬ致命的な失敗を犯していた。

珠世は無惨の手で作られた鬼であるため、愈史郎よりも血に対する耐性は低い。それでも禰豆子より遥かに高いものであるが。

そのため、珠世は実弥の稀血の匂いを嗅いで理性を失う事など無かったが、本人も気付かない失敗を犯していた。

 

普段は擬態により神秘的なれど人間として違和感を感じない暗紫色の瞳が、本人も気付かぬ内に擬態が解除されて本来の姿を表していた。

その暗紫色の瞳に猫の如き縦の裂け目が生まれ、口にも鋭い牙が隠れる事無くその姿を見せていたのだ。

 

一方、珠世と実弥の様子を見守っていた炭治郎は、突如として違和感を覚えていた。それは匂いだ。

カナエの猛特訓(スパルタ)の一つとして高速の斬撃を受け続けて来た炭治郎は、時折感じて取れる様になっていたものと同様の匂いである。

 

――あの時と同じだ……"隙の糸"とは全く違う……この匂い……っ!

 

炭治郎は直ぐに匂いの元を探り始めた。

 

――不死川さんの右腕……っ!

 

炭治郎はそう感じ取ったとほぼ同時に、頭よりも先に身体が動いていた。

 

 

 

 

 

 

鬼殺隊が誇る柱が一人、風柱・不死川実弥は思い出していた。

 

今や幾ら手を伸ばそうとも届く事が無い、遠く懐かしい幸せだった日々を。実弥にとって、この世の金銀財宝を積み重ねても代えがたい愛する家族との生活を。

 

実弥は不死川家七人兄妹の長男だ。酒癖が悪く暴力的だった実父の不死川恭梧が知人に私怨で刺殺されたのを機に、次男の玄弥と共に下の弟妹を支えると誓った。

そして何よりも、誰よりも力になると誓ったのは母親の不死川志津だ。

 

志津は近所でも評判の働き者で男顔負けに心が強かった。夫の暴力にも涙一つ流さず、当時幼かった実弥達を守るためにその小柄な身体を盾にして生きて来た。

実弥は志津が寝ているところも休んでいるところも生涯で見た事が無かった。常に家計を支えるために働き、弱音を一切吐く事無く自分達に笑顔を絶やさなかった優しくて温かい自慢の母だった。

 

実弥が最後に見た、そんな優しい笑顔が素敵な自慢の母・志津の顔は、

 

 

 

 

猫の如く縦に裂けた双眸で睨み付け、無かった筈の鋭い牙を見せて涎を垂らし大口を開けながら、自身に喰らい付こうとする志津の姿だった。

 

 

 

 

「うわあぁっ!?」

 

「珠世さんっ!!!」

 

実弥は悲鳴を上げて右手に持った日輪刀を咄嗟に振った。

 

 

 

ザシュッ!!!

 

 

 

産屋敷本邸で肉を裂く音が鳴り、鮮血が飛び散った。




あとがき
お待たせしました。蓋を開けて見れば、真に反目していたのは炭治郎君では無く愈史郎と言うオチでした。
血が流れた本祭ですが、誰が斬られたのかはっきり分かるのは次回です。

柱の皆は大好きだけど、本編の柱合会議で抱いたムカつき具合を思い出して書いてます。ずっと前から思ってるけど、鬼殺隊は組織としてガバガバなんだよなぁ……まぁ、無惨様一党の方が遥かにガバガバなんだけどね。

次回の更新ですが、皆様も気になって仕方が無いと思うので一週間以内に投稿します。頑張りますのでよろしくお願い致します。


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のねむ様
ハーメルンユーザー
https://syosetu.org/?mode=user&uid=225760
私が心の師と仰いでる炭しの至上主義の作者様です。ですが炭カナや炭アオにも理解があり好まれています。

鬼滅の刃 小話
https://syosetu.org/novel/215572/
炭しのssになります。一部炭アオや炭カナも有り。基本一話独立の短編集です。

~恋愛~ 温かい愛の話
~悲愛~ 悲しい愛の話
~歪愛~ 歪んだ愛の話

の三種類に分かれ、『淫』の文字が付く話はR-18作品になります。

互いに描写が似ている部分がありますが、それは双方合意の上で引用しておりますので気になさらないで下さい。

登場人物の性器発言ってどう思います?

  • 有り(エロくなるからばっちこい)
  • 無し(日輪刀、鞘とオブラートに揶揄って)
  • 作者にお任せ
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