※この作品はR-18です。

優しき日輪と鬼殺隊の美蝶   作:蓮紅

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※キャプション必読・リクエストに関しての説明あり
・鬼滅の刃原作に関するネタバレあり。原作未読の方は閲覧注意。
・鬼滅の刃二次創作小説です。
・原作・キャラクターの性格・設定等改変の可能性大。一部キャラ崩壊注意。
・思い付き次第で何度も編集を繰り返す可能性大。お時間がある時で良いので、良ければ読み返してみて下さい。
・誤字脱字等のミス・内容の矛盾等の指摘は大歓迎。理不尽なクレームは受け付けません。
・コメント・メッセージ大歓迎。創作意欲の燃料になります。コメント・メッセージの返信は必ずさせて頂きますのでどしどし御投稿下さい。
・SS内容に関してはネタパクリと言う名の盗作を間違えてしないよう気を付けてますが、もし私が投稿した作品が既に別の作者様と作品内容が酷似していた場合、メッセージにて御連絡下さい。

※リクエストに関して
メッセージにてリクエスト内容を御連絡下さい。
以下規約
・100%受け付けられると保証された訳では御座いません。創作意欲次第で承諾する場合もお断りする場合も御座います。
・炭治郎×鬼滅女子のみ。
・作者は遅筆。またリアルの都合や他SSの執筆で投稿が遅くなる可能性大。
・CP、全年齢かR作品か、ネタの内容を御記入下さい。ネタの内容が詳細で有れば有る程、筆が進むので御協力をお願い致します。


第参拾話 本祭は日輪の血で染まる

「えっ?……。」

 

『……っ!?』

 

しのぶは自身の双眸に映った光景が信じられなかった。それはしのぶだけではない。

その場に居る全員がしのぶと同様に、その光景が信じられなかった。

 

炭治郎が珠世を庇う様に前へ飛び出した瞬間、実弥が咄嗟に脇差型の日輪刀を振るった様に見えた。

しかし、幾ら脳が見ている光景の認識を拒絶しようとも、事実は変わらない。

 

本当は珠世に迫る筈だった実弥の凶刃だが、珠世が斬られる前に炭治郎が庇う様に前へ飛び出したのだ。

その結果、実弥の日輪刀の(きっさき)が炭治郎の右脇腹から入り左肩まで逆袈裟に素早く斬り裂いたのである。

 

その光景が紛れも無い現実なのだと、間も無くその場に居る全員が思い知る事になる。

 

 

 

ザシュッ!!!

 

 

 

「あっ……ぐっ……っ!」

 

 

 

ピシャアアアアァァァァァッ!!!!

 

 

 

炭治郎は実弥に逆袈裟斬りで斬られて出来た刀傷から、時間差で噴水の如く夥しい血が噴き出した。

 

「っ!?……っ!!!」

 

「んなっ!?……っ!?」

 

炭治郎に庇われた珠世は声にならない悲鳴を上げ、愈史郎はあまりの事態に思わず固まってしまう。

その時全員の視界は、世界の時間がゆっくりと遅くなった様に錯覚した。

 

 

 

バタンっ!!

 

 

 

そうしていると、炭治郎の身体が重力に従い、畳に叩き付けられる様に落ちて行った。

その際に周囲だけで無く、炭治郎が倒れた畳が血で赤く染まって行った。

其処から瞬き一つも経過しない刹那の時間が経ってから、世界の時間が再び元に戻った。

 

「た、炭治郎おおおおぉぉぉぉっ!!??」

 

愈史郎は血を流し倒れた炭治郎に向かって前のめりで駆け出し、炭治郎の身体を起こし始めた。

 

「うぅっ……あぁっ……はぁ……はぁ……っ!」

 

「おいっ! 炭治郎っ!……しっかりしろっ、意識を保てっ……っ!」

――呼吸で出血を抑えようとしているのか。斬られたばかりなのに、咄嗟にそれを行うとは……っ!

 

愈史郎は内心でそう感心すると、珠世から声を掛けられた。

 

「愈史郎、炭治郎さんの隊服(ふく)を脱がすのを手伝ってっ! 直ぐに治療しますっ!!」

 

「はいっ! 珠世様っ!!」

 

我に返った珠世は直ぐに炭治郎の下へ駆け付け、愈史郎は珠世に呼応して炭治郎を後方へ運び出してから、治療に邪魔な隊服を脱がし始めた。

雑魚鬼ならば破る事も貫く事も出来ない高品質の隊服だが、実弥の日輪刀の前では意味など無さず真っ二つに斬られていた。

 

実弥の剣術の腕前も有るが、その日輪刀もまた刀鍛冶の里で五本の指に入る名鍛冶師が打った業物だ。

幾ら隊服と言っても所詮は衣服。斬られるのは当然の結果だった。

 

炭治郎を後方へ運び出したのは実弥から炭治郎を遠ざけるためだ。

 

珠世達にとって実弥は最早、何をしでかすか予想が付かない爆弾でしかなかった。

まさかとは思ったが、治療を妨害される懸念が在ったため、実弥から距離を取ったのだ。

 

「……」

 

尤も、実弥はそれどころではなかった。

乱心して己がしでかした大失態への自責の念と、生まれて初めて生身の人間を斬った感触を感じて顔を俯かせて打ちひしがれていた。

鬼を斬った時と全く違う人斬りの感触に、実弥は今にも吐きそうだった。

 

「はぁ?……えっ……なにが……え?……。」

 

珠世と愈史郎が懸命に炭治郎を治療しているのを余所に、しのぶは未だに現状を理解出来ていなかった。

いや、正確にはしたくなかったと言うべきであろう。

 

しかし、たとえしのぶの脳が眼前の光景を拒絶しようとも現実は変わらない。

 

事実、精神より先に肉体が現実を受け入れていた。

 

実弥の稀血に禰豆子が反応しない様に、口元に押さえ付けていた手巾(ハンカチ)がはらりと畳の上に落ちて行った。

両足は立った状態を維持出来ず膝から崩れ落ちていた。

全身からは脂汗が吹き出し、紫色の双眸からは絶え間なく涙が溢れていた。

 

そう、しのぶは今、弱くなってしまったのだ。

 

竈門炭治郎と言う、しのぶにとってこの世で唯一無二の最愛の男性を得た事でしのぶは総合的には強くなった。

 

しかし、こと炭治郎に関しては動揺や感情の乱れが顕著に現れてしまったのだ。

 

炭治郎を傷付けたのが鬼ならば、狂う程に激昂して嬲り殺せていただろう。しかし、相手は鬼では無く信頼する同僚だ。

通常なら起こり得ない筈の現実を眼前にして、しのぶは思考を放棄して放心状態になってしまっていた。

 

「炭治郎君が……炭治郎君がぁっ!……しのぶちゃんっ! お願いだから立ってっ!? しっかりしてよぉっ!!??」

 

蜜璃は炭治郎が実弥に斬られた事に動揺し、悲しみから涙を流す。

そして自身が知るこの状況で最も頼れる人物が動かず、放心状態になっている事に焦燥しつつ、慌ててその身体を揺らしながら声を掛ける。

 

だが、しのぶの様に酷い状態になっている者はもう一人居た。

しのぶの義妹で継子のカナヲである。

 

「…………つ。」

 

「ちょっ!? カナヲっ!!」

 

斬られて崩れ落ちた炭治郎を見て、カナヲが失神してしまったのである。

あまりにも強過ぎる負荷がカナヲを襲ったため、その精神が崩壊しない様に肉体が本能的に防御態勢を取ったのだ。

 

白眼を剥いて泣きながら崩れるカナヲだったが、そんなカナヲを隣に居たアオイが受け止めた。

 

「ちょっとっ!? こ……こんな時に一人だけ気絶して逃げたりしないでっ!? お願いだから起きなさいよぉっ! カナヲっ!!」

 

アオイは一刻も早く珠世達に合流して愛する炭治郎の治療に加わりたかったが、しのぶやカナヲの惨状を前にして放置する事が出来なかった。

失神しているカナヲを、アオイは身体を大きく揺らして必死で叩き起こそうとする。

 

「なんで……炭治郎が……風のおっさんに斬られてんの?……おかしいだろ……こんな……っ。」

――そうだっ! 禰豆子ちゃん!!

 

善逸は極度の混乱状態に陥っていた。炭治郎の脈動音はその超人的な聴力によって拾われていたため、その点では安堵していた。

またもう一つの懸念を感じて、急ぎ禰豆子を見た。最愛の実兄たる炭治郎が斬られたのだ。文字通り、本物の鬼になって暴れかねない。

 

「…………」

 

しかし、禰豆子は顔を俯いたまま、動こうとはしなかった。しかし耳に神経を集中すると禰豆子からは不気味な程、音が無かった。

 

――嵐の前の静けさ……的な怖さがあるけど、まだ大人しいだけ良かった……早く、何とかしないと。

 

そう考えていると、間も無く善逸の胸中にある感情が生まれる。

それは怒りだ。グツグツと湧き上がる溶岩の如き憤怒だ。

 

善逸は実弥が許せなかった。治療していただけの珠世に凶刃を振るった事も、尊敬する親友である炭治郎を傷付けた事も。

実弥から悲しい音や後悔の音が耳に入って来るが、今更遅過ぎる。現に炭治郎は実弥のせいで、不条理に苦しんでいるのだから。

 

しかし、善逸より先に、善逸以上に怒りを爆発させる者が居た。

 

「テ……メェ……テメェっ!! 俺の子分に何やってんだごらあ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!」

 

伊之助は怒り狂っていた。ただ単純に、炭治郎が傷付けられた。その事実が許せなかったのだ。

 

猪頭の被り物で素顔は見えないが、その表情は怒りと悲しみの二色で彩られていた。

鋸状に刃毀れしている二振りの愛刀を構えて、伊之助は呆然と立ち尽くしている実弥に向かって突撃しようとする。

 

「止めろ伊之助ぇっ!!」

 

「っ!?」

 

しかし、伊之助の試みは実現されずに終わった。善逸が伊之助に抱き着く形で阻止したからだ。

思わぬ妨害を喰らい、水を差された伊之助は善逸に激昂した。

 

「おいテメェっ、善逸っ!? 俺の邪魔をする気かぁ!?」

 

「馬鹿野郎っ! 相手は柱だぞっ!? たとえ俺達が二人掛かりでも返り討ちに遭うのが関の山なんだよっ!」

 

「善逸っ! テメェは炭治郎が斬られたってぇのにっ、大人しくしてろってのかぁっ!?」

 

「お前がそんな事したらそれこそ収拾が着かなくなるだろうがっ!? そんなの炭治郎が望まないぞっ!」

 

「っ!……っっ。」

 

伊之助は名前を態と呼び間違える余裕も無くして激昂する。

伊之助本人は気付かれていない積もりの様だが、伊之助が炭治郎と禰豆子、そして善逸の名前を呼び間違えるのは意図的な愛情表現なのだ。

 

尤も、炭治郎も善逸もそれを理解しているし、態度がバレバレなので周知の事実と化しているのだが。

 

善逸の必死の説得により、伊之助は悔しさを滲ませながらも実弥に斬り掛かるのを諦めた。

 

「炭治郎……っ!」

 

『……っ。』

 

「炭……治郎……っ!」

 

この想定外の事態に、耀哉も流石に動揺を隠し切れなかった。

行冥達は動揺を押さえながらも、状況を見守る事しか出来ない。

柱の中でも義勇の動揺振りは一際大きかった。

 

「炭治郎……っ。」

 

「竈門様……っ!」

 

「皆、落ち着きなさい。慌ててはなりません。」

 

「「「「「っ!」」」」」

 

「……ひなき、にちか、くいな、かなた。貴女達は今直ぐ珠世様の御後ろに控えていなさい。何か仰られたら、御手伝いする様にっ。」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

「母上、私は?」

 

「輝利哉っ。袋に入っている私の()()、渡してくれる?」

 

「はいっ!」

 

耀哉の妻・産屋敷あまねの鶴の一声で、動揺する実子である輝利哉達を落ち着かせた。

落ち着きを取り戻した輝利哉達だが、まずはひなき達、耀哉の娘達が一斉に珠世の背後へ移動した。

 

それを見てから、あまねは輝利哉が持っていた袋を受け取った。

 

「ありがとう……お前もひなき達の下へ行きなさい。」

 

「はいっ!」

 

輝利哉はあまねの指示を受けて、ひなき達と合流した。それを見届けてから、あまねが動き出した。

 

「甘露時様、神崎様。胡蝶様と栗花落様の姿勢を正したまま固定して頂けますか?」

 

「あ……あまね様っ!?」

 

「は、はいっ!」

 

あまねは輝利哉達と離れて、しのぶ達の方へ近付いていた。

蜜璃とアオイに声を掛け、未だ放心状態のしのぶとカナヲを座った状態で固定した。

 

「ほんの少しの間、そのままでお願い致します。」

 

「「っ?」」

 

蜜璃とアオイはあまねが何をしようとしているのか理解しないまま、あまねの指示に従った。

するとあまねが袋を左手に持ち替えると、右手を構えて力一杯込めて振るった。

 

 

 

バシィィィィッッッ!!!!! バシィィィィッッッ!!!!!

 

 

 

『っ!?』

 

あまねは先ずカナヲの頬を引っ叩いた後、続けてしのぶの頬を引っ叩いた。

この光景には全員が双眸を見開いて驚愕した。尤も、炭治郎に珠世と愈史郎、実弥はそれどころではなかったが。

口内を斬り、殴られた頬が赤く腫れる程の強力なビンタを受けて、流石のしのぶとカナヲも意識を取り戻した。

 

二人から涙の痕が残る双眸に僅かだが光が戻ったのをあまねは確認する。

口から一筋の血を流すしのぶを真っ直ぐ見詰めると、あまねはしのぶに怒号を浴びせた。

 

「しっかりなさいませっ! 蟲柱様っ!!」

 

『っ!』

 

驚きながら左頬を押さえ、しのぶは双眸を見開いてあまねを見た。カナヲも同様である。

否、それどころか一部を除いて全員があまねを凝視した。耀哉も驚きのあまり、口を僅かだが開けている程だ。

 

それ程までに、あまねが激情を露にしてする事など滅多に無い出来事なのだ。

しかし、そんな全方位からの視線などあまねは微塵も気にする素振りを見せない。

ただ、しのぶのみを真っ直ぐ見詰めていた。

 

「貴女様の手は、鬼から人々を守る手で御座いましょう!……しかしそれ以上に貴女様の手は、死の淵に立っている方々の怪我を癒し、病を治す手では無いのですか?!」

 

「っ!」

 

其処まで言うと、あまねはしのぶだけに真っ直ぐ向けていた双眸をカナヲにも何度か向け、しのぶとカナヲを交互に何度か見てから続けた。

 

「貴女方は愛する方が苦しんで倒れている時に、こうして何もせずじっとしたまま動かぬ御積もりですか?」

 

「「っ!!」」

 

しのぶとカナヲはハッとした様子で、二人同時に炭治郎を見た。

体感で長い時間が経過したと思われたが、まだ珠世と愈史郎が斬り裂かれた隊服を炭治郎から脱がしたばかりだった。

その炭治郎は未だ、斬られた苦痛に苛まれ呻き声を上げながら苦しそうに呼吸を繰り返していた。

 

「……炭治郎君の治療を始めます! アオイ、カナヲ、甘露寺さん、手伝ってっ!!」

 

「「「っ!……は、はいっ!」」」

 

しのぶは乱暴に涙を拭うと、アオイ達に声を掛けて共に炭治郎の下へ駆け付けた。

その際にしのぶはあまねに目配りをして、一礼した。あまねは返礼として、軽く頷いて見せた。

 

それを見て善逸と伊之助は互いに一度視線を合わすと、伊之助がしのぶに声を掛けた。

 

「おい、しのぶっ! 俺達も何か手伝うぞっ!!」

 

「うん……あっ、そうだっ! 禰豆子ちゃんっ! 禰豆子ちゃんも俺達に……えっ?」

――何っ!? この音っ!?

 

立っていたまま動かなかった無音の禰豆子の存在を思い出して振り向いたが、ある音を聞いて絶句した。

善逸が良く知っている音だ。先刻、自身の胸中でなっていた音なのだから。

 

善逸にも鳴っていた音。それは、グツグツと湧き上がる溶岩の如き憤怒の音だ。

 

「フッ――! フッ――! フッ――!」

 

 

 

ミシ……ミシミシ……ミシッ!

 

 

 

荒い気を繰り返しながら、禰豆子は実弥を睨み付けていたのだ。

口に常に装着している竹製の口枷から、禰豆子の咬合力で軋む音が静かに産屋敷本邸に響き渡る。

 

禰豆子が沈黙していた時、二年前の冬に起きたあの血生臭い元凶の一時を思い出していた。

故郷の雲取山で、無惨に襲われ眼前で母と弟妹達が次々と惨殺されて行くところを。

無力な自身を嘲笑う様が如く、愛する家族が嬲り殺されて行くところを。

 

この世に残された唯一にして最愛の実兄(あに)が血を流す光景が鬼化に選って封印されていた記憶を呼び起こした。

その呼び起こされた、悪夢の如き記憶が禰豆子の身に憤怒と憎悪を宿す。

その苛烈な感情が、禰豆子の肉体に大きく影響する事をこの場に居る全員が思い知る。

 

「フッ――! フッ――! フッ――! フッ――!」

 

 

 

ミシミシ!……ミシミシミシミシ!!……バキッ!!!

 

 

 

『っ!?』

 

 

竹製の口枷が砕け散って畳の上に落ちたのを合図に、禰豆子の身体に急激な変化が起きた。

 

まずその整った禰豆子の容姿端麗な顔に変化が起きていた。

尤も大きな特徴は二つ、その美顔から見て取れた。

一つは額の右側、右眼上に鬼と一目瞭然と分かる程の角が生えていた。

次に反対側、左眼の周囲に浮かんだ黒い罅割れ状の紋様だ。

 

次に変化が表れたのはその年相応の身体である。

 

身長五尺一寸(百五十三cm)と、しのぶより二cmしか違わない小柄な体型だったのだが、今では植物の紋様が描かれたスラリとした手足が伸びていた。

身長が六尺(百八十cm)以上になり、柿の実二個分程度の大きさしか無かった乳房も手足と同様、大きく成長していた。

その大きさはアオイと同等かそれ以上有り、着ている着物を大きく押し退けて今にも零れ落ちそうである。

 

まだ子供としての面影が残っていた美顔から幼さが無くなり、鬼の禍々しさと妖艶さが混じった大人の女性に成長していた。

 

「グルルルルルゥゥッ!!!」

 

しかし、その表情には憤怒と憎悪を宿していた。威嚇の唸り声を上げる姿は猛獣の如き威容だ。

その鋭い鬼特有の双眸を、実弥に向かって真っ直ぐ捉えていた。

 

『……!!』

 

「禰豆子ちゃん?」

 

「ね、禰豆子ちゃん……?」

 

「禰豆公……っ?」

 

蜜璃と善逸は当惑しながら、禰豆子に声を掛けた。善逸は、その妖艶さに頬を赤く染めていたが。

耀哉達も、禰豆子の急激な鬼化に当惑を隠せない。

 

しかし、禰豆子には義勇と炭治郎の師である元水柱・鱗滝左近次に選って暗示を掛けられている。

それは人間を家族と、鬼を怨敵と思い込む暗示だ。

 

禰豆子が人間に危害を加えさせないために左近次が行った保険とも言える苦肉の策だが、暗示自体は禰豆子の意思が大きく割合を占めている。

そうでなければ、禰豆子が鬼である珠世と愈史郎に懐いたりなどしないからだ。

 

その暗示が掛けられている筈の禰豆子だが、人間である実弥に向かって強烈な憤怒と憎悪、そして殺意を抱いて睨み付けていた。

禰豆子の殺気に当てられて、実弥は日輪刀を構えた。

 

その瞬間、誰にとっても最悪の事態が発生する。

 

「なっ!?」

 

最初に反応出来たのは行冥だった。

禰豆子が瞬間移動で実弥の前に移動し、右足を天高く掲げていた。

 

このままだと、禰豆子が力一杯で振り下ろした右足を踵落としの要領で実弥を殺害してしまうだろう。

 

因みに、急激な身体の成長で着物が小さくなったため、右足を高く上げた際に秘部は丸見えになっていた。そんな事を気にする余裕など、誰にも有りはしなかったが。

 

「っ!……逃げろ三下あああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

禰豆子の目的が実弥の殺害だと気付いた愈史郎が、実弥に向かって突撃してそのまま実弥を抱き抱え、二人でその場を離脱した。

 

 

 

ドゴォォォン!!!

 

 

 

次の瞬間、禰豆子の強烈な踵落としが炸裂する。鬼化により脚力が増幅されたその一撃は、実弥が立っていた畳周辺を粉砕し爆撃の如き轟音が産屋敷本邸に鳴り響いた。

 

「不死川さんっ! 禰豆子ちゃんっ! 愈史郎君っ!」

 

轟音の後、蜜璃は煙が立ち籠る中、禰豆子達を心配して大声で名前を叫んだっ。

 

「不死川っ!!」

 

手元に日輪刀が無い事に苛立ちながら、小芭内は実弥を心配して名前を呼ぶ。そして驚きながら、実弥の隣に視線を向けた。

それは天元や義勇、無一郎もだ。行冥は気配だけ察している。

 

愈史郎が実弥を助け出した際に、そのまま実弥を産屋敷本邸から叩き出す様に、実弥を突き飛ばしていたからだ。

勿論、愈史郎が実弥を嫌いだからではない。

 

いや、実弥の事は実際に嫌いだが禰豆子の手に掛かって死なせる訳には絶対に行かなかった。それでは、これまでの炭治郎の苦労が全て水泡に帰してしまう。

そのために、禰豆子が手出し出来ない様に陽光が出ている中庭まで突き飛ばしたのだ。

 

しかし、太陽が天敵なのは鬼である愈史郎も同様である。愈史郎は実弥だけを突き飛ばす筈が、勢い余って自身も中庭へ飛び出してしまった。

鬼が陽光に当たる場所に出たら最期、例外は無い。それは"原初の鬼"たる鬼舞辻無惨も同様の運命を辿る。

 

「っ……ぐわああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

『っ!!!』

 

愈史郎は陽光灼けに選り、肌が焼け爛れ始めた。このままだと数秒から数十秒も経たずに衣服だけ残して身体は灰燼に帰すだろう。

 

「っ……ったく! 地味に世話焼かせんじゃねぇよっ!!」

 

愈史郎の窮地に天元が素早く動いた。悪態を突きながらも、愈史郎の服を掴んで日陰になっている産屋敷本邸へ向かって愈史郎を投げ飛ばした。

 

「「ぎゃあぁっ!?」」

 

しかし、鬼殺隊第二位の力自慢である天元の膂力の限りを使って愈史郎を投げ飛ばしたため、弾丸の如く愈史郎は飛んで行き直線上に居た善逸と伊之助に直撃した。

二人は愈史郎を受け止め切れずそのまま一緒に飛んで行き、奥の襖をぶち破って大音を立てながら消えて行った。

 

「し、しのぶ姉さんっ、アオイっ!」

 

「珠世さんっ!……あっ! 愈史郎君っ! 大丈夫っ!?」

 

カナヲと蜜璃はこの想定外の緊急事態に動揺し、珠世達に助けを求める様に名前を呼んだ。

投げ飛ばされた愈史郎は焼けた肌を再生させながら、治療に加わっていた。

しかし、珠世達はそれどころでは無く、蜜璃達に答える余裕など無かった。

 

「しのぶさん、先ずは傷口の洗浄から始めるわっ!」

 

「はいっ! ですが傷口が広過ぎてこの水筒の水ではとても足りません!」

 

「っ!……追加の水は私達が持って来ます! 少しばかりお待ち下さい!」

 

「おい待てっ! 水よりお湯だっ!! それから有りっ丈の清潔な布を持って来い!!」

 

「お湯なんか沸かしている暇なんてありませんよ! とりあえず水を持って来て下さい!!」

 

「はいっ! にちかっ! 私達は水をっ!!」

 

「えぇっ! ひなき姉様っ!!」

 

「でしたら私達は布を持って来ます! かなた、行きましょう!!」

 

「はいっ! くいな姉さんっ!!……あぁ、竈門様っ! どうか御無事でっ!!」

 

「「……」」

 

珠世達は禰豆子の変化にも目もくれず、炭治郎の治療に集中していた。輝利哉達は母・あまねに言われた様に、珠世達の手伝いを率先して行っていた。

 

「炭治郎さんっ、貴方をこんな形で死なせませんからっ!」

 

「お願いっ、炭治郎君……貴方まで私を置いて逝かないでっ……っ!!」

 

「「……っ。」」

 

その状況を見た蜜璃とカナヲは声を掛けるのを止めて、誰の妨害も入らない様に動く事を決めた。

 

あまねは輝利哉達の行動を見守りつつ、耀哉の前に素早く移動すると手に持っていた袋の中身を取り出した。袋を畳に落としてから、それを広げる。

 

それは二つに折り畳まれていた、折り畳み式の特殊な薙刀だった。

あまねは刃に包んでいた袋も外して落とす。そして薙刀を構えると、あまねはそのまま耀哉に話し掛けた。

 

「耀哉様、お下がり下さい。」

 

「あまね……すまない。」

 

「いえ、どうかお気に無さらず。」

 

「いいえ、あまね様もどうか御下がり下さい。」

 

「「っ!!」」

 

耀哉とあまねの前に、行冥が音も立てずに現れた。その羆の如き巨躯をしているにも関わらずだ。

 

「御館様、あまね様。御二方は私の傍を離れませぬ様に。ですが状況次第では直ぐに、この場から御離れ下さいませ。」

 

行冥は、既に土足のまま産屋敷本邸に上がり耀哉とあまねの盾になるべく前に移動して禰豆子を警戒していた。

行冥専用の日輪刀は鬼殺隊一の超重量を誇る特殊な日輪刀であるため、『隠』達が持って来るのを待っていられなかった。そもそも、持って来れる気がしなかった。

 

「ひ、悲鳴嶼さんっ! 俺もっ!」

 

愈史郎に突き飛ばされた実弥は、日輪刀を持って耀哉を守るために行冥の隣へ移動しようとした。

だが、それを許さない者達が居た。

 

「があぁっ!?」

 

「お前は動くな。黙ってろっ。」

 

起き上がろうとした実弥は義勇にそのまま地面に伏せられた状態で拘束されていた。

毛嫌いしている義勇に拘束されている事を理解して、実弥は全身の血管を浮き上がる程に激昂する。

 

「冨岡ァァァァァァ!? 邪魔すんじゃねェェェェェェッ!!!」

 

「……黙れと言っているっ!」

 

「があぁっ!?」

 

抵抗して暴れる実弥に対し、義勇は更に力を込めて拘束力を強めた。

呻き声を一度上げる実弥だったが、再び暴れて義勇の拘束から逃れようとする。

そうしていると、禰豆子を警戒しながら行冥が二人に話し掛けて来た。

 

「冨岡、そのまま不死川を拘束していろ……不死川、お前は陽光(其処)から動くな……()()()()()こんな事態になっていると思っている?」

 

「っ!……はい……すみません。」

 

行冥のドスの効いた低声を聞いて、実弥は漸く大人しくなった。

 

「……ふんっ。」

 

顔を俯かせて沈黙する実弥を見ても、義勇は気を抜かず実弥を拘束していた。

実弥を拘束している内に、義勇はある事に気付いていた。

 

――ああっ、俺は……炭治郎を傷付けられて、怒っているんだな……っ。

 

そう思った義勇は、ふと炭治郎を見る。見てみると、しのぶ達が心配そうに治療していた。

しのぶ達なら任せられると考え、義勇もまた禰豆子に注視する事にした。

 

――禰豆子に()()()()()()()が気になるが……禰豆子なら大丈夫だろう……。

 

そう心配しつつ、義勇は禰豆子を見た。

 

「フッ――! フッ――! フッ――!」

 

陽光へ立てない苛立ちを抱えながら、禰豆子は荒い息遣いで地に着いて拘束されている実弥を睨み付けていた。

しかし、その禰豆子の側頭部にはある物が刺さっていた。それは一本の苦無であった。

禰豆子は側頭部が苦無に刺さり血を流しながら、その場を動こうとしなかった。

 

そんな状態の禰豆子の様子を注視しつつ、日輪刀が運ばれて来るのを待ちながら天元と小芭内が話し合っていた。

 

「おい、宇随っ。あの()は暫く、竈門禰豆子に効くんだろうな?」

 

「地味な疑いかけんな。良く見ろ、あいつはあの場から動いていないだろう?」

 

「確かにそうだが……にしてもあの愈史郎と言う男、咄嗟に良くやったな。」

 

「ああ、その借りは直ぐに俺が派手に返してやったがな。」

 

そう言って天元と小芭内は愈史郎を評価していた。

 

実は禰豆子が実弥を襲った時、愈史郎は天元に投げ付けられていた藤の花の猛毒付きの苦無を禰豆子に投げ付けていたのだ。

 

愈史郎が禰豆子に投げ付けた毒付きの苦無は、禰豆子の側頭部に直撃して動きが鈍らせる事に成功したのである。

その隙に愈史郎が実弥を抱えて離脱したため、救出が間に合ったのだ。

 

しかし、余裕を見せていた天元達だったが、此処で禰豆子に変化が起こる。

 

「ふんっ!」

 

『っ!』

 

禰豆子は忌々しそうに、自身の側頭部に刺さっていた苦無を抜き取ってその場から棄てた。

しかし、天元は余裕の笑みを崩さない。

 

「今更地味に抜いたって遅いぜ。その毒はもう派手にお前の身体ん中に回ってるだろうからなぁっ!」

 

自信満々にそう言って天元は格好つけて見せた。しかし次の瞬間、そのまま固まる事になる。

 

「すうぅぅぅぅ…………がああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

『っ!!??』

 

禰豆子は一度深呼吸すると、産屋敷本邸に響き渡る様な雄叫びを上げた。

 

 

 

ドゴォン!!!

 

 

 

『っ!!」

 

雄叫びが終わると、禰豆子は右足を少し上げて大きく踏み込んだ。

すると力を入れ過ぎたせいか、畳を砕いて大きな音が鳴った。

 

「……おい、宇随っ!? 毒はどうしたぁっ!?」

 

「嘘だろ、おい……っ!?」

――何でもう効いてねぇんだよっ!? 俺が自分で調合した、下弦級の鬼すら派手に完封する藤の花の猛毒だぞバカタレェェッ!!!

 

天元と小芭内は、禰豆子が僅か数秒で猛毒を解毒した事実を直ぐには認められなかった。

特に天元がそうだ。

 

天元自らが調合したこの猛毒は、雑魚鬼はおろか十二鬼月の下弦の鬼すらその動きを封じる事が出来る天元の自信作だったからだ。

だからこそ、禰豆子の回復力の速さに双眸を見開いて驚いていた。

 

天元と小芭内の会話や禰豆子の様子、全体の状況を鑑みて行冥は状況を整理していた。

――あの宇随の猛毒を物ともしないとは、それは即ち上弦級の鬼に匹敵する能力や再生力が竈門禰豆子には有るのかもしれぬ……。

 

そう判断し、行冥は禰豆子への警戒度を上げた。

 

「ハァ――ッ! ハァ――ッ!」

 

しかし、禰豆子もまた疲弊していた。急激な身体の成長と解毒で、自身の体力を大きく消耗していたからだ。

通常状態の禰豆子であれば、消耗し切ったなら直ぐに就寝して睡眠を確保するだろう。禰豆子は睡眠で体力を回復し、成長する唯一無二の鬼なのだから。

ところが、禰豆子はそうはしなかった。鬼としての本能が強化された状態の禰豆子が選んだ体力回復のための手段とは何か。

 

それは手短な人間の血肉を喰らう事だと言う、最も鬼らしい手段であった。

 

「がああああっ!!!」

 

『っ!!!』

 

禰豆子は雄叫びを上げながら、耀哉とあまね、そして行冥の三人に襲い掛かった。

 

「御館様っ!」

 

「あまね様っ!」

 

「悲鳴嶼さんっ!」

 

それぞれが三人の名前を呼ぶ中、行冥が産屋敷夫婦を守るべく拳を構えて禰豆子の前に立ちはだかった。

 

――ああっ。()()あの地獄の感触を味遭わなければならないのか……。

 

行冥がそう思ったのも束の間。直ぐに苦悩を押し殺し思考を切り替えて禰豆子に殴りかかろうとした、その瞬間だった。

 

「止めてっ禰豆子ちゃんっ!!」

 

『っ!?』

 

耀哉達を襲い掛かろうとした禰豆子を、背後から羽交い締めにして禰豆子の拘束を試みる者が現れた。

 

「甘露寺っ! 危ないから離れろっ!!」

 

禰豆子を拘束している人物の名を、小芭内が焦燥感を交えた様子で叫んだ。

しかし、蜜璃は小芭内の声に反応出来る余裕など、一欠片も有りはしなかった。

 

「駄目よっ! 絶対に駄目っ!! お願いだから耐えてっ!!!」

 

「がああああああぁぁぁぁぁっ!! があ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

蜜璃が必死で禰豆子を押さえ込む中、禰豆子もまた蜜璃から逃れ様と激しく抵抗していた。

藻掻く様に腕を動かした結果、伸びた鋭い爪が蜜璃を傷付けた。

 

「甘露寺っ!……おのれ竈門禰豆子っ、貴様ぁっ!!」

 

「なに、ごと……ですかっ!?」

 

産屋敷本邸の外に居た『隠』達が、禰豆子の叫声を聞いて漸く駆け付けて来た。

 

「見て分からんのかこの馬鹿者共っ!!」

 

『っ……。』

 

漸く駆け付けて来た『隠』達に小芭内は早速、激昂したまま苛立ちの籠った毒舌をぶつける。

しかし、それも直ぐに収まった。絶句する小芭内が見たのは眼前に居たのは、ボロボロ状態の『隠』達だったからだ。

 

唯一露出している目元から青痣が見える者、隊服がしわくちゃで土塗れの者、中には折れた腕を押さえながらも駆け付けてくれた『隠』も居た。すると天元が補足する様に説明を始めた。

 

「竈門禰豆子の鬼化が派手に進んじまってな、今ド派手に暴れてるんだよ。」

 

『っ!?』

 

『隠』達は驚いて、禰豆子の方を見た。其処には自分達の知らない禰豆子の姿が在った。

 

「ね、禰豆子ちゃん……っ。」

 

「……惚けるなっ! さっさと俺達の日輪刀を持って来いっ!!」

 

「は、はいっ!……あっ! 今、仲間が持って来ましたっ!」

 

「っ!……寄越せっ!!」

 

小芭内に怒鳴られて、『隠』達は急いで下がろうとしたがその後に他の『隠』達が天元達の日輪刀を持って現れた。すると小芭内は、自身の日輪刀を持っていた『隠』に近付き、奪う様に日輪刀を回収した。

 

「甘露寺っ! そいつから離れろっ! 今助けるぞっ!!」

 

小芭内は直ぐに日輪刀を構え、呼吸を使って禰豆子を斬ろうとした。

 

「駄目っ! これ以上っ、禰豆子ちゃんを傷付けないでっ!!」

 

「っ!?」

 

小芭内の言葉に、蜜璃は強く拒絶してより強く禰豆子にしがみ付いた。

この蜜璃の行動に、小芭内は足を止めざるを得ない。

 

「甘露寺っ……頼むから離れてくれっ! 今更手遅れだっ。竈門禰豆子は既に不死川を襲っているんだぞっ!」

 

「っ!」

 

小芭内は蜜璃を禰豆子から引き離すべく、説得を始める。

 

しかし、この一言が蜜璃を激昂させた。

 

「巫山戯ないでよっ!!??」

 

『っ!』

 

小芭内に反論するために吐いた、蜜璃の憤怒に満ちた絶叫に小芭内ばかりかその場に居た多くの者達が双眸を見開かせて驚いた。

温和で怒る場面など殆ど見せない蜜璃の姿に、全員が驚きを隠せなかった。

 

「禰豆子ちゃんはっ!……禰豆子ちゃんは眼の前で炭治郎君を傷付けられたんだよっ!! たった一人のお兄さんを……家族を傷付けられて、怒らない訳無いじゃないっ!!」

 

『っ!!』

 

「私、許さないからっ!……禰豆子ちゃんをこれ以上傷付けるなら、誰だろうと許さないから!!……絶対に許さないからっ!!!」

 

『……っ!』

 

「……っ。」

 

大暴れする禰豆子を押さえ、傷付き泣きながら反論する蜜璃を見て、小芭内は沈黙して立ち尽くした。

小芭内は、蜜璃の言葉の意味が理解()()()()()()からだ。そんな自分に愕然としていた。

 

「があ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁっっ!! があ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

しかし、そんな蜜璃の頑張りなど知るものかとばかりに、禰豆子は手足を振り回して暴れ続けた。

蜜璃の膂力は成人男性約十人分に匹敵すると言うのに、それでも禰豆子を押さえ切れなかった。

 

「……っ?」

 

姿勢を変えて禰豆子は四つん這いになって大人しくなった。漸く大人しくなってくれたのかと、蜜璃は安心したのも束の間。

禰豆子が四肢に力を籠めると、そのまま跳び上がった。

 

 

 

ドキャッ!!!

 

 

 

「があっ!?」

 

『っ!!』

 

禰豆子が跳び上がって天井に蜜璃を叩き付けた。蜜璃は背中から天井に叩き付けられた衝撃で、白眼を剥く程の激痛が背中に走った。

 

 

 

ミシミシミシミシ!!!

 

 

 

「あぐうぅっ!?」

 

天井と蜜璃の背中が軋む音が鳴り響く中、天井は衝撃に耐えきれず破れる様な事は無かった。

そしてその様な衝撃を受けても、蜜璃は決して禰豆子を離さなかった。

 

この時、炭治郎が禰豆子に送った貝殻の髪飾りが外れて、畳の上に落ちた。

 

衝撃が収まると、禰豆子と蜜璃は重力に従って落下して行く。

しかし、畳に衝突する寸前に禰豆子がクルリと身体を回すと蜜璃が背中から畳に叩き付けられた。

 

「あがぁっ!?」

 

「甘露寺……っ!」

 

再び背中から今度は畳に叩き付けられた衝撃で、同様に白眼を剥く程の激痛が背中に走った。この時に貝殻の髪飾りは砕けて壊れた。この時に蜜璃は一瞬、禰豆子を離してしまう。

 

その隙をついて禰豆子は体勢を立て直したが、今度は禰豆子の腰に抱き着く様に飛び付いて抱き締めた。今度こそ、それこそ死んでも禰豆子を離さないと自分自身に誓って。

 

「御願い禰豆子ちゃん……もう止めてぇ……。」

 

「っ!……がぅあ"あ"あ"ぁぁぁっ!!」

 

「がぅあ"あ"あ"ぁぁぁっ!!」

 

『っ!!』

 

しつこい程にしがみ付く蜜璃に禰豆子は苛立ちを隠さず、今度は立ち上がって叫びながら右手で自身の腰にしがみつく蜜璃の頭を掴もうとする。このままだと禰豆子の長く鋭利な爪が、蜜璃の頭に喰い込んでしまう。

 

「甘露寺ぃっ!!」

 

しかし、そうはならなかった。小芭内が蜜璃を心配して叫ぶ中、四人の影が禰豆子に向かって飛び込んで来た。

カナヲを筆頭に、炭治郎の治療から離脱したアオイ、そして天元に吹き飛ばされて戻って来た善逸、伊之助の四人だ。未だ暴れる禰豆子を見かねて、アオイ達も蜜璃の加勢に来たのだ。

 

「禰豆子さんっ! もう止めて下さいっ!!」

 

「お願い禰豆子ちゃん、落ち着いてっ!」

 

「頼むから止めてくれっ! 禰豆子ちゃんっ!!」

 

「止めろぉ! ガーガー言うなぁっ! これ以上蜜璃に怪我とかさせんじゃねぇっ!!」

 

「っ!……皆っ!!」

 

アオイ達四人はそれぞれ、禰豆子の四肢をしがみつく様に押さえ始めた。

しかし、それでも禰豆子の暴走は収まらない。

 

 

 

「ううぅぅ~~……っ!!」

 

 

 

 

だが、思わぬ人物が禰豆子の前に現れた。

 

 

 

 

『これ以上の暴走は許しません。今直ぐ鬼化を解きなさい。』

 

「っ!?」

 

禰豆子の前に現れたのは、しのぶの最愛の実姉であり元花柱・胡蝶カナエだった。カナエが禰豆子の眼前に現れた事で、禰豆子は驚愕するあまり動きを止めた。

 

「っ?……禰豆子ちゃん?」

――やっと……落ち着いてくれたの?

 

蜜璃は動きが止まった禰豆子を見て、漸く安堵の息をした。しかし、油断はしていない様でまだ身体から離れなかったが。

それはアオイ達も同様であった。

 

「ううぅぅぅっ!! ううううぅぅぅぅぅっ!!!」

 

「っ!……禰豆子ちゃんっ!」

 

唸り声を上げて、視線で射殺さんばかりに睨み付ける禰豆子が居た。しかし、睨み付けている前方の先には誰も、何も居なかった。

 

――禰豆子ちゃんはどうしたんだ? 誰かが見えているみたいだ。

 

善逸は禰豆子の行動に、疑問を感じながらも暴走が止まってくれている事に感謝していた。

 

『炭治郎君が傷付けられたから? 苦しんでいるから?』

 

『関係有りません。鬼の貴女は何時如何なる状況になろうと陥りようと、人間(ひと)を手に掛ける事も、反撃する事も、傷付ける事も、況してや殺す事など許されないのだと自覚しなさい。竈門禰豆子。』

 

「っ!」

 

禰豆子以外に見えないカナエは周囲に一切関心を持たず、真っ直ぐ禰豆子を見詰めて説教をしていた。

 

「ううぅぅっ……っ!」

 

カナエの厳しい説教に、禰豆子は再び唸り声を上げる。

しかし、その言葉は正しいのだと理解しているのか、悔しそうに、苦しそうに顔を俯かせた。

 

するとカナエが双眸を潤わせながら、禰豆子に近付いて行く。

そしてしゃがんで互いの額をくっつけた。その瞬間、カナエの双眸から涙が溢れて流れ落ちて行く。

 

『愛する人を傷付けられて苦しい、悲しいと思う気持ちは痛い程、理解している積もりよ。でもどうか堪えて。』

 

『貴女のためにも、炭治郎君のためにも、此処は耐えて。』

 

『貴女なら絶対大丈夫。きっと出来る。』

 

『頑張って、禰豆子ちゃん。』

 

「っ!!!」

 

カナエの激励に、禰豆子は双眸を見開かせてそのまま動かなくなった。

 

「……落ち着いたの……?」

 

「ね、禰豆公?」

 

カナヲと伊之助がそう呟くも、警戒を緩めなかった。もし再び暴走すれば、取り押さえられないからだ。

 

「んなっ!?」

 

「嘘……たっ……っ!!」

 

「おいっ!? 無理をするなっ!!」

 

『っ!?』

 

すると蜜璃達の背後から、珠世としのぶ、そして陽光灼けから回復した愈史郎の驚く声が聞こえて来た。周囲の空気もどよめいている。蜜璃達は気になって振り向きたかったが、禰豆子に全神経を集中させている今、その様な余裕は皆無だった。

しかし、次の瞬間。否が応でも反応せざるを得ない声が、蜜璃達の耳に入って来た。

 

「禰豆子。」

 

『っ!?』

 

禰豆子を優しく呼ぶ声を聞いて、禰豆子達は一斉に声のした方向へ首を動かした。

 

其処には、上半身裸で逆袈裟斬りで受けた裂傷から血を流す炭治郎が立っていた。裂傷の大きさの割には出血量が極少量なのは簡易的な縫合が施され、更に呼吸で出血を抑えているからであろう。

しかし、それも止血とまでは行かず血が流れている事に変わりない。出血による身体の異変は避けられない。

 

その証拠に額を始め、全身からは脂汗が滲み出ており、裂傷が激しく痛むのか、呼吸も荒々しいものだった。

炭治郎は笑顔で取り繕っているが、痩我慢なのは火を見るより明らかであった。

 

「皆、禰豆子を離してやってくれないか?」

 

『っ!?』

 

炭治郎の提案に、周囲はギョッと双眸を見開かせた。

 

只でさえ暴走状態と手に負えないのに、炭治郎は流血している。

そんな状況で禰豆子を解き放つなど、飢えた猛獣の前に血の滴る新鮮な肉を置くも同然の危険行為だ。

 

当然、炭治郎の提案に反発する者が出た。

 

「そんな真似、認められる訳が無いでしょう!?」

 

「炭治郎さん、私も反対よっ。それより貴方は治療に専念して頂戴っ。」

 

しのぶと珠世が真っ先に炭治郎の提案に反対した。しかし、炭治郎は穏やかな笑顔で珠世達を宥めた。

 

「禰豆子をこのままにしておく方が問題です。俺なら大丈夫ですよ。直ぐに終わらせますから、ね?」

 

「「……」」

 

炭治郎の言葉に反論したかったしのぶと珠世であったが、炭治郎の言う事にも一理在ったため、黙り込んだ。

すると、しのぶが炭治郎に睨み付けながら断言した。

 

「禰豆子さんが再び暴走したら、力付くで取り押さえます! 良いですねっ!!」

 

「……ありがとうございます。しのぶさん。」

 

『……』

 

炭治郎はしのぶに礼を言うと、周囲の心配を余所に禰豆子に接近する。そして禰豆子を拘束している蜜璃達に、炭治郎は目線で解放を促した。

 

『……』

 

咄嗟に拒絶しようとした蜜璃達であったが、互いに視線を交わすと禰豆子から手を離して拘束を解除した。

 

「あああぁぁぁぁっ!!」

 

『っ!?』

 

禰豆子が叫びながら炭治郎に接近したため、全員に緊張が走る。しかし、それも間も無く杞憂に終わった。

何故なら禰豆子が炭治郎の眼前まで進むと、炭治郎に促されるまでも無く自らの意思で立ち止まったからだ。

 

「ああぁぁぁっ……ああああぁぁぁぁっ!!」

 

「っ!」

 

禰豆子は膝を畳に付けて座り込んだ。双眸を潤ませながら、炭治郎を見詰め続ける。炭治郎は禰豆子から悲しい匂いを嗅ぎ取った。

 

「ごめんなぁ、禰豆子……お前に心配掛けて、不安にさせて、駄目な兄ちゃんでごめんな?」

 

「っ!……あうぅぅっ!……ううぅぅぅっ!!」

 

「うんうんっ、分かってるよ。禰豆子は優しいからな。こんな頼りない兄ちゃんだけど……絶対にお前を一人、先に置いて逝ったりしないから……だからもう安心しておくれよ、禰豆子。」

 

炭治郎はそう言うと、右手に引き摺っていた少し血に塗れた市松模様の羽織を禰豆子に覆い、頭を優しく撫でて上げた。

 

「っ!!……うわあああぁぁぁぁん!!! ああああああぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

『っ!』

 

禰豆子が炭治郎に撫でられた途端に、禰豆子の双眸に溜まっていた涙が溢れ出した。泣き始めて間も無く、禰豆子は腹を空かせた乳飲み子の如く号泣して泣き叫んだ。

 

「よしよーし。我慢しないでいっぱい泣けよ、禰豆子。全部、俺が受け止めてやるからな。」

 

炭治郎はそう言ってから、休む事無く禰豆子の頭を撫で続けた。

すると間も無くして禰豆子の身体は小さくなって行き、静かに眠りについて完全に大人しくなった。

 

 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……すぅ……っ。」

 

「ね、寝た?……っ。」

 

「や、やっと落ち着いてくれたぁ……っ。」

 

目尻に涙が残っていたが、泣き止んだ禰豆子が通常形態に戻ったのを見て、皆が安堵の息を吐いた。

 

「……(カクッ)」

 

「っ!……炭治郎君っ!!」

 

安堵したせいか、気を張り詰めていた炭治郎が膝から崩れ掛けた。それを見て蜜璃は咄嗟に炭治郎を支える。

 

「炭治郎君っ!」

 

「炭治郎さんっ!」

 

「炭治郎っ!」

 

倒れ掛けた炭治郎を見て、しのぶと珠世、そして愈史郎が炭治郎の下へ駆け付けた。

炭治郎は駆け付けた珠世を見て、自身から声を掛けた。

 

「甘露寺さん、ありがとうございます……それから珠世さんにしのぶさん……愈史郎さんも、勝手に動いてすみません。」

 

「……もう良いですから、早く安静にして下さい。」

 

「しのぶさんの言う通りよ。炭治郎さん。」

 

「怪我人の分際で、無茶をし過ぎだ!」

 

「……」

 

三人の最もな指摘に、炭治郎は沈黙する。しかし、炭治郎は耀哉に向かって膝を着いて嘆願した。

 

「御館様、御無理を承知でお願い申し上げます。俺を最後まで柱合会議に参加させて貰えないでしょうか?」

 

『っ!?』

 

炭治郎の嘆願に、しのぶを中心に驚愕する。直ぐに怒号に近い反論が飛んで来るかと思われたが、耀哉が人差し指を口に当てて「静かに」の身振り(ジェスチャー)だけでその場を鎮めて見せた。

耀哉は周囲が静かになったのを見計らって、困った様子で炭治郎に答えた。

 

「……炭治郎の傷は決して浅くない様に見えるけど、珠世さん。どうなのかな?」

 

「っ!……はい、臓腑まで刃が届かなかったのは不幸中の幸いですが……決して浅いとは言えません。縫合も簡単なものでしか無く、あまり動き過ぎると再び傷口が開く恐れが在ります。」

 

「ふむっ……炭治郎、珠世さんはこう言ってるけれど?」

 

耀哉は内心、大いに迷っていた。耀哉としては、当事者の一人である炭治郎をこの緊急柱合会議から外すのは断腸の思いだ。

 

実妹の禰豆子が鬼であるためか、些か鬼側贔屓と言えるが鬼殺隊の理念や本質を忘れる程では無い。寧ろ、鬼への憎悪で思考が凝り固まっている行冥達を合わせると丁度良いくらいだ。

またその温和で優しさと善意に満ちた人格は、間違い無くこの柱合会議を良い方向に導いてくれると確信している。

 

しかし、今の炭治郎は怪我人である。それも決して軽傷とは言えない。

珠世の診察結果を聞かされては外すのもやむを得無い。無理をさせるなど以ての外であった。

 

実はこの時、誰もが炭治郎の身に起きていた幾つもの幸運に気付いて居なかった。

 

その幸運とは、炭治郎が実弥に()()の日輪刀で斬られた事だ。もしもこれが普段愛用している長刀の日輪刀か散弾銃(ショットガン)ならば、炭治郎の命は既に無かった。

 

散弾銃(ショットガン)で撃たれていたら最悪の場合、炭治郎の遺体は原型を留めていなかった。

もしも長刀で斬られていたら、その刀身は炭治郎の背中まで斬り裂いて文字通り真っ二つとなり臓腑と血を産屋敷本邸に撒き散らしていただろう。

 

そして何より、実弥は十四歳から鬼殺隊に入隊し、七年間で他の柱達の中でも数少ない一千体を超える鬼狩りの達成者だ。

 

寝ながらでも鬼の頸を斬れると豪語している実弥だが、今回は咄嗟に振り払う様に日輪刀を振るったため、炭治郎は首を斬られずに済んだのだ。でなければ如何に刀身が短い脇差と言えど、首を斬られていたら只の人間でしかない炭治郎は即死する他に道など存在しない。

 

それらの事実と幸運に気付いていない炭治郎は、毅然と自身の望みを輝哉に伝えていた。

 

「はい、それは承知の上です。でも俺、最後までこの柱合会議に残りたいんです。お願いします。」

 

「……」

 

炭治郎の言葉に、耀哉は言葉を詰まらせる。しかし、次の瞬間に怒号が飛んだ。

 

「駄目ですっ! これ以上の我儘は許しませんっ!」

 

「しのぶ様の仰る通りです、炭治郎さん。もう安静にされて下さい……っ!」

 

「炭治郎、お願いっ。もうこれ以上無茶はしないでっ!!」

 

しのぶ、アオイ、カナヲの順番に、炭治郎を諌める言葉が続いた。その他の者達は何も言わず沈黙していたが、同様な思いをしている事がその双眸から見て取れた。

しかし、一度決めたら頑なになりがちな炭治郎である。この状況に置いてもそれは変わらなかった。炭治郎は黙ったまま首を横に振った。炭治郎の態度に苛立ったしのぶが、珠世と愈史郎にも声を掛けた。

 

「珠世さんっ! 愈史郎さんからも炭治郎君に言ってやって下さいっ!!」

 

「お、おう……炭治郎。こいつらの言う通り、お前は安静にするべきだと思うぞ。」

 

「分かってますよ……でも其処は曲げてお願いします。」

 

「……どうして、貴方は其処までするの?」

 

あまりに強情な炭治郎に、珠世は思わず質問した。炭治郎は一度瞼を閉じて閉眼すると、再び双眸を見開いて珠世を真っ直ぐ見詰めた。

 

「珠世さんと愈史郎さんは、俺を信頼して鬼殺隊(此処)に足を運んで下さいました。なら俺はその信頼に答えて誠意を見せなければなりません。いざと言う時はこの身を盾にしてでも守ると誓った……それだけですよ。」

 

「……だから、珠世様を守ったのか?」

 

「……でも炭治郎さん。私達は日輪刀で頸を斬られない限り……。」

 

「分かってます。それでも痛みが無い訳じゃない、傷付かない訳じゃない……。」

 

『っ!』

 

炭治郎はそう言うと、「いや、違うな……。」と苦笑して一度首を左右に横へ振った後にこう答えた。

 

「そう言った諸々の理由もありましたけど、本当はもっと単純な理由で……正直に言うと、俺はただ……ただ、珠世さんにも……愈史郎さんにも傷付いて欲しくなかっただけなんです。ごめんなさい……迷惑を掛けて……。」

 

『っ!』

 

恥ずかしそうに笑って炭治郎がそう言ったが、珠世と愈史郎は双眸を潤ませて胸が打たれた様子を見せた。

 

しかし、その言葉に反発して怒る者も居た。

 

「それで貴方が傷付いたら、元も子も無いじゃないっ!!」

 

『っ!?』

 

炭治郎の言葉に、しのぶが顔を真っ赤に染める程に激昂して怒鳴り付けた。

しのぶは拳を震わせて炭治郎を睨み付けた。しかし、次に想定外の行動をしのぶが取る。

 

「うぅぅっ……いっくっ……ひっくっ……ううぅっ……っ。」

 

『!?!?!?』

 

しのぶが炭治郎の治療で真っ赤に染めた袖で溢れる涙を拭きながら、嗚咽を漏らす。

人前にも関わらず、幼子の様に泣きじゃくり始めたので周囲が騒然となる。中には絶句して固まっている者が何人も居た。

 

「ひっくっ……ばかぁ……たんじろうくんの……ばかぁっ……えっくっ……うぅっ……。」

 

「し、しのぶさんっ……泣き止んで?……俺が悪かった……悪かったですからっ!……。」

 

炭治郎はしのぶを抱き締めたかったが、血塗れの自分がそんな事をすればしのぶの隊服も自身の血で汚してしまうのを恐れて出来なかった。

そのため炭治郎は右手でしのぶの頭を撫でながら、左手で涙を拭って必死にしのぶを宥め始めた。

 

『……』

 

耀哉達は黙ったまま、炭治郎としのぶの様子を見守る。具体的には、何も出来なかったからなのだが。未だに固まって戻らない者もいた。

 

「「……っっ。」」

 

勿論、アオイもカナヲも例外では無かった。姉分のしのぶの思わぬ様子に絶句したが、時間が経つにつれて嫉妬で苛立ち始めた。

しかし、二人が行動に移る前に愈史郎が炭治郎にある提案をした。

 

「分かったよ、炭治郎……なら珠世様の新薬を投与して、その後をお前の様子次第で決める、と言うのはどうだ?」

 

「珠世さんの新薬?」

 

炭治郎が復唱してそう言うと、視線を珠世に移した。しのぶも愈史郎の提案が気になったのか、泣き止んで様子を窺っていた。

しかし、当の本人である珠世は動揺していた。

 

「愈史郎っ!? あの薬は……っ!」

 

「しかし、珠世様。このままでは埒が空きませんよ? それから炭治郎は未だ出血が続いている事を忘れないで下さい。」

 

『っ!』

 

愈史郎の指摘で、全員がその事実を思い出した。確かに悪戯に時間が過ぎれば、炭治郎が危ないのは確かだ。

 

「……致し方ありませんね。」

 

珠世は仕方無く医療鞄から注射器を取り出して、更に瓶を一本取り出して中身の液体を注射器に入れ始めた。

空の注射器の中身が、血の如く赤い液体で満杯になる。

 

「……その薬、大丈夫なんでしょうね?」

 

「心配無用だ。珠世様が人体に危険を及ぼす薬を作るものか!……まぁ劇薬なのは間違いないが。」

 

「劇薬っ!?」

 

愈史郎の呟きにアオイが強く反応した。しのぶも同様である。

カナヲに至っては鋭く愈史郎を睨み付けて、刀に手を掛けていた。

そんなしのぶ達の様子に、珠世が声を掛けた。

 

「投薬しても炭治郎さんの命を奪う様な結果にはなりません。それだけは医者の矜持に掛けて誓います。」

 

「……っ。」

 

自身より格上の医学者である珠世の言葉に、しのぶは反論する言葉が思い浮かばなかった。

 

「では、炭治郎さん。今から始めますが、よろしいかしら?」

 

「はい、珠世さん。何時でも大丈夫です。」

 

「……炭治郎、横になって安静にしろ。」

 

「分かりました。」

 

炭治郎は愈史郎に言われた様に、仰向けになって横になった。

それから珠世と視線を交えると、炭治郎の右側に回り込んだ。一方の珠世は注射器を持って炭治郎に近付いて行く。

しかし、その前に珠世は何故か注射器を愈史郎に渡してしまう。

 

「珠世さん?」

 

「炭治郎さん。始める前に、この簡易縫合を解く必要があります。止血に使う呼吸を強めて下さい。」

 

「っ!……分かりました。」

 

『……』

 

珠世の言葉にしのぶ達は何か言いたげだったが、珠世を信じて沈黙を貫いた。

 

「では……始めますっ!」

 

珠世は宣言すると同時に、素早く縫合を解き始めた。それと同時に出血量が徐々に増して行く。

しかし、珠世が神業とも言える速さで全ての縫合を取り除くと同時に、愈史郎が右手に注射器を差し込んだ。

 

『っ!!……っ?』

 

全員で見守る中、赤い液体が炭治郎の体内に入って行く。

 

「……っああぁっ……くぅっ……。」

 

「薬が効き始めた様です、珠世様。」

 

「そうみたいね。」

 

投薬されてから三分程が経過し、炭治郎が熱に魘され汗を掻き始めたのを見て、珠世と愈史郎は安心した様子を見せた。

 

「愈史郎君……炭治郎君に何の薬を打ち込んだの?」

 

熱に魘される炭治郎を見て、蜜璃が堪らず不安そうに愈史郎に尋ねた。蜜璃の質問に対し、愈史郎の代わりに珠世が答えた。

 

「私達は人間の血肉を喰らわず、少量の血だけで餓えを凌げます。しかしその分、鬼としての再生能力は比較的低いのです……その劣位性をどうにかするため、私は再生力を高める鬼専用の回復薬を作りました。この薬は、人間用に転化した回復薬なのです。」

 

『っ!』

 

薬の薬効を聞いて驚く輝哉達を余所に、今度は愈史郎が補足するために珠世に変わって解説を始めた。

 

「どんな生物にも、傷を癒やすための自然治癒力と言うものを持っている。この薬は投薬対象者の体力と引き換えに、代謝を促進させてその自然治癒力を高める薬なんだよ。」

 

『っ!?』

 

薬の具体的な薬効を聞いて、その様な薬が作れるのかと誰もが驚愕した。

愈史郎が如何に素晴らしい薬かの如く補足説明したが、珠世は少し困った様子で補足が足りない部分の説明を始めた。

 

「と言っても過度な効能は期待しないで下さい。

潰れた眼や失われた手足、欠けた身体の部位が元通りに戻る訳ではありません。ただ、傷口を塞ぐだけです。

骨を骨折させた場合も正しく固定してから投与しないと、正常に戻らない場合もあります。

それに体力と引き換えに効能が発揮されるので、対象者が重傷過ぎると却ってこの回復薬は使用出来ません。

下手すると良くて寿命を縮めるか、最悪その場で命を落としてしまいますからっ。」

 

『っ!』

 

珠世の説明で、全員が珠世が先刻言っていた"劇薬"の意味を理解した。確かに使いどころを見極める事が出来れば大勢の命を救えるであろうが、判断を間違えると救える命も救えなくなってしまう。

 

去年起きた、鬼舞辻無惨から竈門兄妹へ送り込まれて来た刺客である朱紗丸と矢琶羽の襲撃時に、珠世が禰豆子に使用した回復薬。

これは珠世が炭治郎のために少しでも役に立てればと思って人間用に作り変えた新薬だ。

まさか臨床実験を除いて、最初に使う事になる患者が炭治郎とは、珠世も予想外の出来事では在ったが。

 

「炭治郎にそんな劇薬(くすり)、投与して大丈夫なの?」

 

「炭治郎さんはあの傷のままで自力で立って歩き、会話が可能な程に丈夫な人です。投薬しても問題無いと判断しました。」

 

カナヲの心配する声に対し、珠世は医者としてその様に断言した。しかし、炭治郎に投薬してから十分程の時間が経過しようとした時、事態が急変する。

 

「あがぁっ!? があぁぁっ!?」

 

『っ!?!?』

 

炭治郎が唐突に苦しみ出した。白眼を剥いて身体中の血管を浮かび上がらせ、身体を跳ねさせ暴れ出した。

 

『炭治郎っ!?(君っ!?/さんっ!?)』

 

しかし、珠世と愈史郎に選って身体を取り押さえられているため、禰豆子の様に暴れ回る様な事は無かった。

咄嗟に力を込めて取り押さえた珠世と愈史郎だったが、その顔には困惑の色が見て取れた。

 

「炭治郎さんっ!? 一体どうしたのっ!?」

 

「炭治郎っ!? おい、大丈夫かっ!?」

 

「がああああああぁぁぁぁぁっ!! あぐぅあああああああぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

珠世達は炭治郎の名前を呼んだが、炭治郎は反応する余裕も無く七転八倒して苦しみに耐えていた。

そんな炭治郎を見て、珠世と愈史郎は慌てた様子で更に力を込めて炭治郎の身柄を拘束した。

 

「ちょっとっ!? 本当に炭治郎さんは大丈夫なんでしょうね!?」

 

「五月蠅い黙れっ! 引っ込んでろっ!!」

 

「っ!?」

 

アオイが責める様に愈史郎に問い詰めたが、愈史郎がアオイを黙らせる。

暴れまくる炭治郎を押さえるのに必死だったからだ。

 

「うぐぅあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!?……ああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!?」

 

「くっ! た、珠世様っ!?」

 

「これは……想定外だわ……っ!」

 

『……っ!?』

 

珠世と愈史郎が焦燥感を抱きながら炭治郎を押さえて続けていた。

炭治郎が叫び続ける中、動揺が広がり始めた。

 

「くっ……珠世さんっ! 鎮静剤有りますっ!?」

 

「くぅっ……鞄の中にっ!!」

 

しのぶは珠世に鎮静剤の在り処を聞き出すと、急いで鞄の中を漁り始める。鎮静剤と書かれた瓶を見つけ、空の注射器に急いで満タンになるまで注入する。

 

「しっかり炭治郎君を押さえてて下さいっ!」

 

しかし、しのぶが炭治郎に鎮静剤を打ち込もうとしたその時、炭治郎の容態は急変する。

 

「ああああぁぁぁぁぁっ!……っ!!」

 

『っ!?』

 

炭治郎は叫ぶのを唐突に止めた。しかし、荒々しく呼吸を繰り返していた。

そして全身の水分が抜ける勢いで汗を掻く炭治郎の身体に、急激な変化が起きた。

 

 

 

シュウウウウウゥゥゥゥゥゥッ!!!

 

 

 

炭治郎の傷口から蒸気が上がり鬼の再生力を見るが如く、瞬く間に炭治郎の裂傷が回復されて行く。

とは言え、斬られて出来た裂傷痕はくっきりと残されていた。

 

『っ!?!?!?』

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!!!」

 

荒々しく息継ぎを繰り返す炭治郎を余所に、周囲は騒然としていた。人間が鬼の如き再生力を見せれば、動揺するのは致し方無い状況ではあるのだが。

 

しかし、此処で先ずは耀哉が全員を落ち着かせるために声を上げる。

 

「皆、落ち着きなさい……輝利哉、かなた、炭治郎にゆっくりと水を飲ませておやり。」

 

「はい、直ちに。」

 

「は、はいっ!」

 

実父の輝哉に言われて輝利哉が炭治郎の身体を起こすと、かなたが水の入った湯呑み茶碗をゆっくりと炭治郎の口へ運んで行った。

 

ゴクゴクとゆっくりと確実に、水を飲み干して行く炭治郎。それを後四回程繰り返してから、漸く呼吸が安定し始めた。

 

「禰豆子が炭治郎の悲鳴を聞いて飛び起きなくて良かったよ。それにしても珠世さんの薬は凄いね……誰に投与してもこうなるのかな?」

 

耀哉は珠世の焦燥振りを見てそれは無いなと内心では思いつつも、僅かに抱いた疑問を珠世に振って見る。

耀哉の質問に対し、珠世の代わりに愈史郎が何かを思い出しながら答えた。

 

「いや、四ヶ月間の月日を使い、六十四人もの怪我人に報酬を支払って臨床実験を兼ねた治療を行った結果……全治二週間までの怪我なら一日で完治する程度の結果しか出てないぞ。」

 

『っ!!!』

 

愈史郎の言葉に、驚愕しない者は皆無だった。二週間掛かって完治する怪我が一日で治るなど、先ず有り得ないからだ。感嘆する耀哉達を見て、珠世は慌てた様子で開口した。

 

「お待ち下さい。愈史郎っ、その言い方では齟齬を生じます。正確には一日で傷が癒え、もう一日使って体力を回復させないといけません。

ですので、"完治"と言う意味では二日は見なくては駄目です。それに薬効には個人差がありますから、その点は御留意下さい。」

 

珠世が行った補足説明に、全員が耳を静かに傾ける。しかし、それを耳にしても更に感嘆する他無かった。いずれにせよ、この新薬が在れば、隊士の現場復帰が劇的に早くなるのは間違い無いからだ。

 

「あの傷は全治二週間程度で完治する様な簡単な傷じゃなかった……つまり、炭治郎のこの回復力は尋常じゃない。特別なものなのだと、そう言う訳だね?」

 

「はい、耀哉さんの仰る通りです。」

 

耀哉の指摘に、珠世は大いに頷いて見せた。そうしていると、愈史郎が横から話に加わる。

 

「珠世様。この"疲労・体力回復薬"を併用すれば、一日巻けますよ?」

 

「……確かにそうだけど、薬漬けは極力避けるべきだと思うわ。」

 

「ですが、やはりこの先の会議には炭治郎が居てくれた方が俺達のため、ひいては全員のためにもなります。飲むよな? 炭治郎っ。」

 

「そうですね……珠世さんが許可してくれると嬉しいです。」

 

「……分かったわ。許可します。」

 

「ありがとう……ございますっ……珠世さん……っっ。」

 

珠世の許可が得られたため、愈史郎は早速、"疲労・体力回復薬"を炭治郎に飲ませた。

 

この薬についても輝哉から説明を求められたので、避妊薬や精力増強剤に関してはその他で十把一絡げに説明してその場を誤魔化したのだった。

 

無論、耀哉達は再び珠世の作った薬に深く感嘆したと言うのは言うまでも無く、利益は珠世に還元されるがこれらの薬は産屋敷家が一手買取して販売する事が決定したのだった。




お待たせしました。

これで緊急柱合会議編前半戦終了です。

回復薬は作中でも言っていますが、刺客襲来編の回復薬を参考に作りました。これは勿論、炭治郎君の回復・復帰を原作より早くするためです。療養中の話も勿論書きたいですが、あまりネタが思い浮かばないもので。

禰豆子の身体については原作より盛ってますが、しのぶ達への対抗心でこうなったと思って下さい。

それから治療シーンですが、裂傷の処置って作中の表現であってますかね? 医療に詳しい方、良ければご助言下さいませんか?

今回の更新は早く出来ましたが、次回の更新はその分遅くなります。今月中とは断言しますが……取り敢えず頑張って更新します。

お詫びと言っては何ですが、第伍話の一人称(しのぶ視点)を三人称視点に総書き換えした上で三千字以上程加筆しました。
それで暫くお楽しみ下さい。変更前からこの話には一部伏線を貼っているのですが、漸く回収出来そうです。

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バハザ様
pixivユーザー
https://www.pixiv.net/users/39922350

もっと炭治郎としのぶさんを関わらせてみた シリーズ
https://www.pixiv.net/novel/series/1355288
しのぶさんが原作よりもっと炭治郎君と関わっている原作改変シリーズ。
拙作が一部参考にされているそうで、光栄な話です。今後の展開に期待。

登場人物の性器発言ってどう思います?

  • 有り(エロくなるからばっちこい)
  • 無し(日輪刀、鞘とオブラートに揶揄って)
  • 作者にお任せ
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