※この作品はR-18です。

優しき日輪と鬼殺隊の美蝶   作:蓮紅

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※キャプション必読・リクエストに関しての説明あり
・鬼滅の刃原作に関するネタバレあり。原作未読の方は閲覧注意。
・鬼滅の刃二次創作小説です。
・原作・キャラクターの性格・設定等改変の可能性大。一部キャラ崩壊注意。
・思い付き次第で何度も編集を繰り返す可能性大。お時間がある時で良いので、良ければ読み返してみて下さい。
・誤字脱字等のミス・内容の矛盾等の指摘は大歓迎。理不尽なクレームは受け付けません。
・コメント・メッセージ大歓迎。創作意欲の燃料になります。コメント・メッセージの返信は必ずさせて頂きますのでどしどし御投稿下さい。
・SS内容に関してはネタパクリと言う名の盗作を間違えてしないよう気を付けてますが、もし私が投稿した作品が既に別の作者様と作品内容が酷似していた場合、メッセージにて御連絡下さい。

※リクエストに関して
メッセージにてリクエスト内容を御連絡下さい。
以下規約
・100%受け付けられると保証された訳では御座いません。創作意欲次第で承諾する場合もお断りする場合も御座います。
・炭治郎×鬼滅女子のみ。
・作者は遅筆。またリアルの都合や他SSの執筆で投稿が遅くなる可能性大。
・CP、全年齢かR作品か、ネタの内容を御記入下さい。ネタの内容が詳細で有れば有る程、筆が進むので御協力をお願い致します。


第参拾壱話 美蝶は日輪への愛と覚悟を表明す

東京府・産屋敷邸

 

 

大正二年(一九一三年) 三月十五日(土)

時間帯:朝

天気:晴れ

 

「炭四郎、もう大丈夫か?」

 

「うん、もう一人でも立てるよ。伊之助。」

 

何時も通り態と呼び間違える伊之助の心配に、炭治郎は困った様子で答えた。

現在の炭治郎は、隊服を斬られてしまったので今は耀哉の少年時代の古着を貸与して貰っている。

 

「……だって?……カナヲちゃんは炭治郎から離れた方が問題無いんじゃないの?」

 

善逸が嫉妬心を抱きながらそう尋ねたのは、炭治郎にべったりと引っ付いている一人の女性であった。

炭治郎の恋人の一人であるカナヲだ。あまねにきつく引っ張たかれて赤く腫れていた左頬は、既に珠世の治療で元通りになっている。

 

「大丈夫っ、問題無い。私は炭治郎を支えているからっ!❤」

 

「あ、あははははははっ。善逸、問題無いみたいだよ。」

 

自身を抱き締めているのか支えているのか分からない状態のカナヲを見て、炭治郎は思わず可笑しくて笑みが溢れる。

 

「……しのぶさんと言い、アオイちゃんと言い、本当に良い御身分だな……っ!!」

 

「えっと……自覚してるよ。」

――本当は其処に、カナエさんと禰豆子も入るんだけどな。

 

炭治郎はそう心中でのみ、真実を吐露した。

 

そんな炭治郎の内情など露知らず、善逸は嫉妬心全開で双眸を血走らせて、炭治郎を睨み付けた。尤も、病み上がりの炭治郎に襲い掛かるなどと言う真似はしないが。

 

現在、緊急柱合会議はどうなっているのかと言うと、昼食を挟んでの小休止に入っていた。

驚異的な回復力を見せた炭治郎であったが、それでも休息を入れるべきだと判断した耀哉の決定である。耀哉としては全員揃っての食事としたかったのだが、不可能と判断して使用人達に命じて個別で食事を運ばせた。尤も、大半の者達は先刻の大騒動で食事を取りたいと思う者はおらず、居ても軽食で済ます者ばかりであった。一部の大食らいには、気にせず食事に有り付いたのだが。

 

そしてこの小休止にはもう一つ理由が有った。負傷した蜜璃と『隠』達の存在である。

 

禰豆子に怪我を負わされた蜜璃はしのぶと珠世から入念に検査を受けて治療されていた。何度も叩き付けられたため、特に背中の骨の異常の有無は念入りに検査された。

 

そして『隠』達は怒り狂った実弥が無理矢理にでも日輪刀を奪おうとしたため総出になって激しく抵抗したのだ。

そのため死人こそ出なかったが、重軽の差はあれど負傷者が幾人も出たのである。この『隠』達は現在、しのぶを筆頭に珠世、愈史郎、アオイの四名から治療を受けていた。

 

脇差は一本奪われてしまったが、結果的に「竈門炭治郎の殺害及び喪失」と「珠世達と鬼殺隊の今後の関係の崩壊」と言った鬼殺隊にとって最悪の事態を水際で食い止めたと言う、陰ながらも『隠』史上最高の大手柄を立てたのだ。

 

尤も、全員死にもの狂いだったのでその様な自覚は無い。寧ろ、『隠』の中には自分達が不甲斐無いから炭治郎が傷付いたのだと自責の念に駆られている者も居るくらいだ。

 

事実、四半刻(三十分)前に後藤隊士を筆頭に数名の『隠』達が治療後に炭治郎の下へ謝罪に訪れている。

中には泣きながら炭治郎に詫びる者もおり、炭治郎が貰い泣きしてしまった程だ。

 

だが耀哉はこの功績の大きさを十ニ分に理解している。『隠』達はまだ知る由も無いが、後々に全員が手厚い褒賞を直接、耀哉から受け取る事になっている。

 

その影の立役者たる『隠』達の治療を終えて、先ずアオイが帰って来た。

 

「只今戻りましたぁ……ちょっ!?……カナヲっ!? あんた私達に仕事押し付けて一人で炭治郎さんを独占(ひとりじめ)してんじゃないわよっ!?」

 

アオイは炭治郎を抱き締めて幸福に浸っているカナヲを見て、嫉妬心全開で対抗する様にカナヲを押し退け炭治郎を反対側から抱き着いた。

 

「炭治郎さんっ! 私、カナヲと違って患者さんの治療を頑張ってやり遂げて来ました! ほ、褒めてくれませんか!?」

 

「勿論だよ、アオイさん……それから俺の治療も頑張ってくれて、ありがとう。」

 

そう言うと、炭治郎は「偉い、偉い。」と褒めながらアオイの頭を優しく撫でる。

 

「…っ❤」

 

アオイは炭治郎の手が後頭部を撫でる感触を感じ取ると、うっとりとしながら身体を炭治郎に預けた。

 

「アオイっ!……チッ!」

 

アオイが炭治郎に頭を撫でられて幸せそうにうっとりとした表情をしているのを見て、カナヲの心中に嫉妬の炎が燃え盛る。カナヲは轟々と嫉妬の炎を燃やしながら、小さく舌打ちをしてアオイを睨み付けた。

 

「はっ! なぁにがチッ!……よっ!? あんた真面目に包帯くらい、一人で巻ける様になりなさいよね!?」

 

「うぐっ……っ!」

 

アオイの真っ当な指摘に、流石のカナヲも反論の糸口を失った。カナヲの様子を見て、炭治郎も話に加わる。

 

「そうだね。アオイさんの言う事も尤もだよ、カナヲっ。」

 

「っ!」

 

「ふふんっ♪」

 

炭治郎にまでそう言われたカナヲは、項垂れて意気消沈してしまう。カナヲとは対照的に、アオイはその豊満な胸を張ってみせたが。

 

「別に出来ない事は恥ずかしい事なんかじゃないよ? これから学べば良いんだから。何だったら、俺で良ければ教えてあげようか?」

 

「本当っ!?」

 

「えっ?」

 

カナヲは驚愕と歓喜の二色が混じった表情をし、アオイは思わぬ炭治郎の提案に一瞬、言葉を失った。

だが、横から見ていた善逸が指摘する。

 

「でも炭治郎が教えるったって……無茶苦茶下手じゃん。」

 

「「あっ!」」

 

浮かれたり沈んだりしていた二人だったが、善逸の指摘で思い出していた。

炭治郎は生粋の感覚派であるため、教えるのが超絶に下手なのだ。

 

しかし、炭治郎は善逸の指摘に対して、怒りもせず苦笑していた。

 

「自覚はしているよ。だから直接、俺がやり方を見せて教えるって教え方になるかな? それだったら俺でも出来そうだから。」

 

「……そうか。黙って教えるなら、口下手な炭治郎でも出来そうだ。」

 

「紋逸。お前は褒めてんのか? それとも貶してんのか?」

 

善逸の呟きに、思わず伊之助がツッコミを入れた。炭治郎は苦笑するだけだったが。

 

「じゃあ、カナヲ。どうする? 俺でも良い?」

 

「うんっ! むしろ炭治郎じゃなきゃ嫌っ!!」

 

「ははっ、光栄だよ。それなら時間が出来た時にね?」

 

「うんっ!❤」

 

炭治郎はカナヲに改めて確認を取ると、カナヲは大歓迎と言わんばかりに快諾した。

カナヲは喜びのあまり、炭治郎に力一杯抱き着いた。

 

「……」

 

思わぬ援護射撃をしてしまい、アオイは項垂れて意気消沈してしまった。それでも炭治郎から身体を離さなかったが。

すると、今度はアオイに炭治郎が声を掛けた。

 

「アオイさん。俺がカナヲに教える前に、良かったらアオイさんが俺の包帯法を見てくれないかな? それで間違っていたら是非とも教えて欲しいんだ。」

 

「っ!?……私で良いんですか!?」

 

「うんっ、良いかな?」

 

「是非っ!!」

 

炭治郎の提案に、アオイは即断した。快諾と共に強く炭治郎に抱き付いた。そうしていると、アオイとカナヲは視線を交える。

 

「「……(コクッ)」」

 

二人は視線だけで互いの言わんとしている事を理解した。それぞれの幸福のために、競い合うのではなく協力する道を選んだのだ。

二人は炭治郎から離れるのが惜しいのでする積もりなど毛頭無いが、もし炭治郎が此処に居なければ、互いに固く握手を結んでいたに違いない。

 

「随分とまぁ賑やかですねぇ〜。」

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

炭治郎達は此処にいない筈の女性の声を耳にして、声がした方へ一斉に顔を向けた。

 

其処には医療行為を終えて帰って来たしのぶが居た。カナヲと同様、赤く腫れていた左頬だったが、既に珠世に治療されて元通りになっている。

 

何故、しのぶとカナヲが元通りになっているかと言うと、珠世の新薬を投薬して治療して貰ったからだ。この騒動で負傷した者達全員、投薬されて既に完治していた。炭治郎の治療で立証された新薬の実力が、改めて証明された形となった。

 

「お、おかえりなさい、しのぶさん。でも何時の間に……音なんてしなかったぞ……。」

 

「お、俺も感覚なんて感じ取らなかった……。」

 

「俺も藤の花の匂いが……っ!」

――ああっ、愈史郎さんの『紙眼』かっ!

 

炭治郎は直ぐにその絡繰りに気付いたが、敢えて指摘せず黙ったままにした。

 

「包帯法の実践なんて、勉強熱心で感心です♪」

 

「「っ!」」

 

しのぶの心にも無い言葉に、アオイとカナヲは顔を強張らせる。

 

――何時から聞いてっ……っ。

 

――しのぶ姉さん、何を言う心算なの?

 

アオイとカナヲは嫌な予感を感じつつ、黙ってしのぶの言う事を待つしか無かった。

 

「でもね、炭治郎君。アオイが炭治郎君を指導して、炭治郎君がカナヲを指導するのは回り諄いし非効率だと思うんですよ。」

 

「えーっと、まぁそう言われたら反論出来ないかも……どうしたら良いですか?」

 

炭治郎の質問に、しのぶは満開の華の如くパッと笑みを浮かべ提案した。

 

「其処で私からの提案です。アオイがカナヲに、私が炭治郎君に指導するのは如何ですか!」

 

「「っ!?」」

 

アオイとカナヲの目論見を根底から叩き潰すしのぶの提案に、二人は双眸を見開いた後に激昂した。

 

「「そんなの「何デスカ? 貴女達、私ニ何カ文句デモ有ルンデスカ??」……ありません。」」

 

手伝いもせず最初から炭治郎と過ごしていたカナヲと、自分だけ先に終えて抜け駆けを画策したアオイに対し、嫉妬に狂ったしのぶは殺意の炎を激しく燃え盛らせる。

アオイとカナヲはしのぶの様子を見て大人しく、無条件降伏をする道を選んだ。既に善逸と伊之助は正座してガクガク震えている。

 

妹分二人の返事を聞いて、しのぶは満面の笑みを浮かべつつ二人を炭治郎から引き離して自分が抱き着いた。

 

「二人ともそう言ってくれると信じてましたよ! では炭治郎君。今度時間を作るのでいっぱい勉強しましょうね!」

 

「えぇーと……。」

 

しのぶの言葉に、炭治郎は困った様子で言葉を濁した。しかしそんな炭治郎の様子が想定内だったのか、しのぶは耳元に近付いて囁いた。

 

「最初は私と貴方の二人きりで……それからアオイとカナヲも後から仲間に入れましょう?」

 

「っ! それでしたら喜んでっ!!」

 

炭治郎は快諾してしのぶを抱き締めた。そして羨望の眼差しを送る二人に、炭治郎は来る様に合図をした。

アオイとカナヲは炭治郎に従うと、そのまま炭治郎に抱き締められた。

 

「ふふっ❤ 三人一緒にだなんて強欲なんですから❤」

 

「はい、強欲で結構です! 誰にも渡しません!」

 

「「……っ❤」」

 

断言する炭治郎に、しのぶ達は嬉しそうに笑みを浮かべた。暫くそうしていた四人だったが、しのぶがふと思い出した様にこう言った。

 

「ああっ、そうでした。皆に伝えなければならない事が在りました。何でも、御館様から柱合会議を再開させるとの通達が来たんですよ。と言う訳で、急いで集まりましょう。」

 

『っ!……はいっ!!』

 

「おうっ!」

 

しのぶの言葉に、全員が柱合会議に参加するべく移動を始めた。ただ一人を除いて。

 

「……いや、絶対優先順位はそっちが先でしょっ!? そんな大事な事を忘れて何イチャついてんの!?……って俺を置いて行かないでよっ!? ねぇってばぁっ!?」

 

渾身のツッコミも虚しく、炭治郎達に置いて行かれた善逸は駆け足で付いて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

大正二年(一九一三年) 三月十五日(土)

時間帯:昼

天気:晴れ

 

「御館様。蟲柱・胡蝶しのぶ以下六名、遅ればせながら参上致しました。」

 

「やぁ。しのぶ、炭治郎、アオイ、カナヲ、善逸、伊之助。待っていたよ。……炭治郎、良く似合っている。」

 

「あ、ありがとうございます。何から何まですみません、御館様。」

 

炭治郎達は耀哉の居る大広間へ到着した。既に産屋敷家は勿論、行冥を筆頭に柱達も集結していた。

しかし、大広間と言っても最初に居た場所では無い。

 

何故ならば、最初に集結していた大広間は禰豆子が暴走したせいで半壊し、このまま継続して使用するのは不可能と判断されたからだ。

現在、復帰した『隠』達が大広間の損害具合を調査している。

 

因みに、日輪刀は勿論の事、武器になる物全てが没収された。そればかりか、針の一本も行冥達は所持する事が許されなかったのである。

あれ程の事態が発生したのだから、当然の処置である。

 

「やっほー! しのぶちゃん! 炭治郎君っ!……身体はもう大丈夫?」

 

「んーっ!」

 

「禰豆子っ!それに、甘露寺さん……っ。」

 

禰豆子とべったりくっつく蜜璃に元気な声を掛けられた炭治郎は、思わず笑みを浮かべる。しかし、蜜璃が禰豆子に傷付けられた事を思い出して、直ぐにその明るい顔を曇らせた。

 

「甘露寺さん……禰豆子がすみませんでしたっ!」

 

「えっ?」

 

『っ!』

 

炭治郎が勢い良くその場で蜜璃に向かって土下座した。勢いが過ぎて畳に頭を激突させる寸前であった。

蜜璃は土下座する炭治郎を見て一瞬惚けた様子だったが、土下座の意味を理解して静かに炭治郎に声を掛けた。

 

「頭を上げて、炭治郎君。私、謝られる事をされたと思ってないよ?」

 

「でも、禰豆子が暴走したせいで甘露寺さんが傷付いてしまったから……。」

 

「確かに傷付けられたけど、言う程大した事じゃないから気にしないで。鬼殺隊に居るんだから、傷なんて当たり前だよ。」

 

「それにね? 大好きな禰豆子ちゃんに人を傷付けて欲しくなかったし、このまま理不尽に殺されて欲しくなかったんだもの。もしそうなったら私、炭治郎君に一生謝っても償い切れないから……。」

 

「……っ。」

 

蜜璃の言葉に、炭治郎は頭を上げる。しかしその表情には、納得出来ない様子が有り有りと在った。

しか璃し、何か妙案が思いついたのか炭治郎の顔に決意の色が宿る。

 

「甘露寺さんっ! 俺に責任を取らせてくれませんか!?」

 

『っ!!??』

 

「……えっ!?」

 

「えっ?」

 

「へ?」

 

「はぁ?」

 

「ちょっ……っ!?」

――何言い出してんの炭治郎っ!?

 

周囲の困惑を余所に、炭治郎は大真面目にそう言った。

だが、その発言に怒りを覚える者が現れた。蛇柱・伊黒小芭内だ。

 

「おい、竈門炭治郎っ!……貴様それは「どう言う意味ですか炭治郎君っ。」……おい胡蝶っ。」

 

「うっさい人ですねぇ、黙っててくれます? 今忙しいんで。」

 

「貴様……っ。」

 

青筋を立てて小芭内が炭治郎に問い詰めようとしたが、喋っている途中でしのぶが割り込んで来た。

その事に不愉快に感じて、小芭内はしのぶに文句を言おうとしたが、しのぶに無碍にされて黙らせられた。

しかしそれで黙ったままで居られる程、小芭内は人柄が良くない。そのまま互いに睨み合いを始めた。

 

「た、炭治郎……っ。」

 

「炭治郎さん……っ。」

 

カナヲとアオイが不安そうに双眸を潤ませて、焦燥感を抱きながら愛する恋人の名前を呼んだ。

その一方で、蜜璃は頬を赤くしながら当惑していた。

 

「えっ……えぇっ!? 責任、責任って……っ!?」

 

「はいっ! 禰豆子の代わりに、俺に出来る範囲で何でもさせて頂きますっ!」

 

『……』

 

炭治郎の一言で、大広間に沈黙が広がる。

アオイとカナヲの焦燥感も蜜璃の頬を染めていた赤も波が引く様に引いて行く。

しのぶは「やっぱりね。」と最初から分かっていた様な態度を取るが、妹分達と同様に焦燥感を抱いていたのは火を見るよりも明らかだった。

 

「あれ? 皆さん、どうされました?」

 

「……いえ、何でも無いですよ。」

 

「貴様……紛らわしい言い方をするなっ!?」

 

「っ?」

 

周囲の反応とげんなりとした様子のしのぶと、激昂する小芭内を見て炭治郎は何が悪かったのか理解出来ず首を傾げる。

 

「なぁ~んだ、ははっ。」

 

「……っ!」

 

其処に蜜璃の明るい声が大広間に響いた。

しかし、その声色には安堵の色が在ったが本人は残念に思っていた。自覚は無かったのだが。

そんな蜜璃の様子を見て、小芭内は双眸を見開いて蜜璃を見ていた。

 

「俺に出来る事なんてたかが知れてますが、甘露寺さんの気が済むまで何でもさせて頂きます!」

 

「もう、炭治郎君ったら大袈裟なんだからっ。」

 

蜜璃は遠慮深そうにそう言ったが、蜜璃自身はまんざらでも無かった。

 

――何でも……何でもかぁ……。

 

心中でそう呟いた蜜璃の脳裏には、蝶屋敷で思わず妄想した自身と炭治郎の情交(セックス)だった。

 

「(ブンブンッ!)」

 

「甘露寺さんっ?」

 

『っ?』

 

突如として、何かを振り払おうと首を千切れんばかりに左右に振り回す蜜璃に、炭治郎達は疑問に思った。

すると、煩悩を脳裏から追い出した蜜璃は赤面したまま炭治郎に言った。

 

「え、えーと……この案件は一度持ち帰って検討させて頂きます!」

 

「……ぷっ……あはははははははっ!!」

 

蜜璃が大真面目にそう言うと、見守っていた耀哉が楽しそうに笑い出した。

 

「お、御館様?」

 

「いや、炭治郎と蜜璃のやり取りがとても微笑ましかったからね。」

 

「「……っ。」」

 

耀哉の言葉に、炭治郎と蜜璃は二人揃って赤面した。

しかし、直ぐに立ち直って炭治郎はちらっと蜜璃を見た。

 

「甘露寺さん、遠慮せず、何時でも言いに来て下さいね。」

 

「……うん。」

 

炭治郎が微笑みながらそう言うと、蜜璃は照れながら小声で答えた。

 

「……」

 

炭治郎と蜜璃のやり取りに、小芭内は何も言えず見守るしか出来なかった。

しかし、小芭内の心情など露程にも気を掛けず一人の男が動き出した。

 

「炭治郎。」

 

『っ!』

 

水柱・冨岡義勇が沈黙を破り、炭治郎に態々近付いてから声を掛けた。その両手は包帯が巻かれていた。

炭治郎は声を掛けられた事に驚きつつも、喜びながらそれに答えた。

 

「はいっ! 義勇さんっ!!」

 

「……不死川に斬られた身体の傷は……もう大丈夫なのか?」

 

「……っ。」

 

「はいっ! 珠世さんと愈史郎さんの御蔭ですっかり治りました!」

 

炭治郎が満面の笑みでそう答えたが、義勇の表情に変化は無い。

義勇はそのまま炭治郎の前に座ると話を淡々と続けた。

 

「そうか、それを聞いて安心した。……お前は水柱にならなければならない男だ。こんなつまらない死に方など、許される筈が無い。」

 

『っ!』

 

義勇の言葉に、皆が驚いた。その言葉の現す意味など、一つしかないからだ。

 

「冨岡さんは炭治郎君を継子にする御心算ですか?」

 

全員の思いを代弁する様に、しのぶが義勇に質問した。

すると、別の人物から声が飛んで来た。

 

「水柱はともかく、炭治郎を柱にするのは賛成だ。」

 

『っ!!』

 

そう答えたのは座らず壁側に寄り掛かっていた愈史郎だった。愈史郎はそのまま耀哉に向かって話し掛ける。

 

「おい、耀哉。炭治郎は半月以上前に十二鬼月の魘夢(下弦の壱)を討ち取っているんだろう? 十分、条件を満たしている。それに丁度、柱の席も一つ空いているしな。さっさと炭治郎を柱に任命したらどうだ?」

 

『っ!』

 

愈史郎はそう提案したが、その提案に反論したのは耀哉でも他の柱達でも無く炭治郎本人だった。

 

「待って下さいっ、愈史郎さん。俺が魘夢(下弦の壱)を倒せたのは禰豆子と杏寿郎さん、そして善逸と伊之助の力が合わさって倒す事が出来たんです。だから俺だけが柱になんてなれませんよ。」

 

炭治郎は一人の力で成し遂げたものではないと、愈史郎にそう断言する。しかし愈史郎の考えは変わらず、続ける様にこう言った。

 

「だったら、善逸も伊之助も……其処にいるカナヲも纏めて、全員を柱に任命してしまえば良いだけだろう? 下弦級の鬼が倒せれば、柱になる条件を満たせるんだ。お前達は全員、それを証明しているじゃないか。」

 

『っ!』

 

愈史郎の素直な称賛に、大広場に居る全員が驚愕する。珠世に至っては、双眸をパチクリさせてきょとんとしていた。

しかし愈史郎はそんな珠世に気付かず、耀哉に話し掛ける。

 

「ずっと疑問に思っていたんだ。何故、鬼殺隊の柱の上限が九名と定員が設けられているのかと……はっきり言ってそんな必要性が何処に在る? さっさと撤廃してしまえ。」

 

「……しかしだね、愈史郎さん。この九名と言う上限は、階級制度が成立した時から今日まで続いているんだよ。」

 

耀哉が諭す様にそう愈史郎に言ったが、愈史郎は鼻で嗤って一蹴する。

 

「昔から続いているから、何だ?……そんなの九人以上、同時に柱に成れる程の逸材が現れなかっただけだろ? 無惨を倒す事が一番の目標だぞ。あの腰抜けの臆病者を倒すのに何の役に立たん。そんな昔からの慣習なんて、それこそゴミ以下の価値しか無いだろうが。」

 

『っ!』

 

愈史郎の暴言に、大広場に緊張が走る。珠世は既に頭を抱えていた。

 

「愈史郎さんの言う事にも一理あるけれど、あんまり柱をホイホイ増やしてしまうと柱の威厳が損なわれてしまう可能性が出て来るんだよ。」

 

耀哉は諭す様に再び愈史郎にそう言ったが、帰って来たのは先刻以上の暴言だった。

 

「ホイホイ増えない様に誰を選んで誰を弾くか見極めるのがお前の仕事だろう? 情けない事を抜かすな……第一、百年以上に渡って上弦の鬼共に敗れて喰われてる柱に今更、威厳や尊厳なぞ一欠片も残っていないんだよっ! この小休止の小一時間で寝惚けたか、間抜け。」

 

『っ!!』

 

愈史郎のあまりな暴言に、行冥達は怒りを覚え始めた。珠世の顔は既に顔面蒼白になっていた。

一触即発の空気が漂った大広間だが、それが一瞬にして霧散する。

 

「俺はその男の意見に賛成だ。」

 

『っ!?』

 

そう言って周囲を驚かせたのは義勇だった。義勇はそのまま話を続けた。

 

「しかし、俺が賛成するのは柱の上限撤廃に関してだけだ。」

 

『……』

 

義勇の意見に、行冥達も愈史郎への怒りを捨てて静かに耳を傾ける。

 

「上限撤廃をするにしても、当然だが柱になるための条件を今より一層厳しくするべきだと俺は考える。柱への昇格条件の厳格化……これが無ければ上限撤廃は賛成出来ない。何故なら……っ。」

 

其処で義勇は一旦、閉口して沈黙した。しかし直ぐに意を決した様に開口する。しかし、それは強烈な威力を誇る爆弾発言だった。

 

「今在るこの寛容な条件の所為で、柱になる資格の無い者が柱に成り、その地位に胡坐を掻いているからだ。これは決して許されるべき事では無い。」

 

『っ!!!』

 

義勇の爆弾発言に、大広間は騒然となる。そして、この発言に怒りを覚える者が現れた。

 

「おいィ、冨岡……その資格のねぇ奴ってのは誰だっ! ああァッ!?」

 

風柱・不死川実弥だった。義勇の発言に激昂して青筋を立てる。しかし、義勇は止まらない。

 

「そんなもの、一々言わなくても分かるだろう?……俺は事実しか口にしていない。」

 

「冨岡……貴様は違うとでも言う積もりか?」

 

小芭内も怒りながら、義勇にそう問い詰める。小芭内の問いに、義勇は答えた。

 

「ああっ。俺はお前達とは違う。一緒にするな。」

 

『っ!!!』

 

「気に喰わねぇぜ……テメェ、以前(まえ)にも同じ事を言っていたなァ……俺達を見下してんのかァ?!」

 

義勇の物言いに、実弥は激昂して睨み付けていた。

 

「義勇さんを誤解しないで下さいっ!」

 

『っ!』

 

その時、炭治郎が大声を上げて実弥の動きを牽制した。

先刻起きた事件の二の舞など、炭治郎としては願い下げとしか言い様が無いからだ。

実弥が押し黙ったのを見て、炭治郎が義勇に質問した。

 

「義勇さん。今、貴方が仰っていた"柱に成る資格が無い人"って……それ、間違い無く義勇さん御自身の事ですよね?」

 

『……っ!?』

 

「……」

 

炭治郎の指摘に、大広間に驚きが広がった。

それと同時に一部の人間から発せられていた敵意や反発と言った負の感情が消滅して行き、その変わりに当惑の色が見て取れた。

 

しかし、炭治郎は周囲の反応に構わず義勇を真っ直ぐ見詰めて話を続けた。

 

「失礼ですけど、沈黙は肯定と解釈させて頂きます。何か異論があれば、遠慮無く仰って下さい。」

――義勇さんから来るこの匂い……罪悪感と卑屈の匂いだ。間違い無い……っ。

 

「……」

 

義勇は未だ何も答えず、双眸を閉じて沈黙を貫くばかりだった。義勇の態度を見て炭治郎は、遠慮無く続ける事にした。

 

「大きなお世話かもしれません。でも俺、義勇さんが皆から誤解されたまま、嫌われて欲しく無いんです。……どうして貴方が御自分に対してそう思うのか、今此処で俺達に教えてくれませんか?」

 

「……」

 

『……』

 

炭治郎の問い掛けに対し、義勇は未だ沈黙を貫く。これを見て炭治郎は諦念を抱き始めた。

 

――そうだよな……義勇さんにも、いや誰にだって……況してや鬼殺隊に居る人なら口にしたくない過去は在るよな……。

 

義勇からその理由を聞く事が出来ないと諦めかけた炭治郎だったが、其処に耀哉が助け舟を出した。

 

「義勇……どうしても言いたくないなら無理にとは言わない……でも此処に居る子達で人の過去を聞いて嗤う者は一人も居ないよ。正直に言うと、私も知りたいと思っている。君さえ良ければ、話してみてはくれないだろうか?」

 

「っ!……っ……御意っ。」

 

敬愛する耀哉の説得に、義勇は根負けしてゆっくりと開眼してから開口した。

 

「俺は水柱じゃない……六年前、十五歳の時に御館様から恐れ多くも水柱に任命されたが、俺は自分でそうだと思った事は一度として無い……何故なら俺は"最終選別"を突破していないからだ。」

 

『っ!?』

 

耀哉を除く全員が、最後に義勇が言った言葉の意味を理解出来なかった。

義勇は"最終選別"を突破していないと口にしたが、この時点で大いなる矛盾を生じている。このは"最終選別"を突破していない者とは、鬼に敗北した死人を意味しているからだ。

 

しかし、義勇は見事に"最終選別"を生き残り更に修練を重ねた結果、水柱の地位を得ているのだ。

この結果が、義勇の発言を根底から否定している。

 

困惑する周囲を余所に、普段の無口な様子からは想像も出来ない程、開き直った様に義勇が饒舌に語り始めた。

 

「十三歳の時に実姉(あね)を鬼に喰い殺された俺は、紆余曲折の末に師である鱗滝左近次先生に拾われた。其処には実父(ちち)を鬼に殺されて俺と同様に天涯孤独になった錆兎と言う少年が居た。」

 

『っ!!』

 

「錆兎は強くて優しかった。俺より遥かに才能が在った凄い剣士だった。蔦子姉さんを失って最初は泣いてばかりいた俺を、厳しく叱咤して励ましてくれた。

俺達は互いに鬼殺隊の柱になり、多くの鬼を倒して同様の被害者を一人でも減らそうと誓って切磋琢磨して共に"最終選別"に挑んだ。」

 

『……』

 

義勇は其処まで言うと一旦口を閉ざし、右側の羽織の絵柄を左手で掴んだ。そして再び開口して語り出した。

炭治郎達は何も言わず、ただ黙って義勇の話を聞き続ける。

 

「錆兎は本当に凄かった。傷一つ追わず、衣服に染み一つ作らず鬼を倒しながら他の参加者の命すら救って回った。あの時の"最終選別"で居た大半の鬼を彼が一人で殲滅してしまったくらいだ。自分の事で手一杯だった挙げ句、頭に傷を負わされ意識が朦朧としていた俺とは全然違った。」

 

義勇はそう言って更に強く、羽織を握り締めた。

 

「錆兎は俺の窮地を救った後、村田と言う少年にオレを預けてから助けを求める声の下へ走り去って行った……その後姿が、俺が見た錆兎の最期だった。」

 

『っ!』

 

「っ!」

――やっぱりこの時に……それから村田さんも義勇さんと一緒だったんだ……。

 

「気が付いたら何時の間にか"最終選別"は終わっていた。その時の死者は錆兎一人だけだった……確かに俺は七日七晩を生き延びたが、鬼を一体も倒さず、生涯無二の親友(とも)一人救えず救われただけの男に、"最終選別"を突破したなどと言えるのだろうか?」

 

「俺は本来、水柱に選ばれる様な男じゃない。そもそも柱達と肩を並べて良い人間ですら無い。親友を救えずのうのうと生きている俺は本来、鬼殺隊に居場所すら無いんだ。」

 

『……』

 

「「……っ。」」

 

義勇の過去を知り、大広間には沈痛が広がった。炭治郎と実弥は義勇の顔が見れず顔を俯かせた。

 

「なぁ、あんた。」

 

「……?」

 

そんな痛々しい空気が漂う中で、意外にも最初に開口したのは善逸だった。善逸は義勇に聞かずには居られなかった。

 

「もしかしてさ……その錆兎って人の代わりに、あんたが死ねば良かった……って思ってない?」

 

『っ!』

 

「……そうだな。少なくとも、もしも俺ではなく錆兎が生きていたら……俺より遥かに多くの罪無き人々の命が救えただろう、とは思っている。」

 

『っ!!』

 

「巫山戯けた事を言ってんじゃねぇぞ半々羽織っ!!」

 

『っ!?』

 

義勇の自虐的な言葉に激怒したのは伊之助だった。

 

「い、伊之助?」

 

思わぬ人物が激怒した事に、炭治郎達は皆面食らう。

しかし、伊之助は構わず義勇に向かって怒鳴りつける。

 

「死んだ生き物は土に還るだけなんだよっ! 何時までもべそべそしたってそいつは帰って来やしねぇんだよっ! もしもの話なんて考えるだけ時間の無駄なんだよっ! そいつと誓いを立てたんなら、生きてそいつの分まで誓いを果たす事以外、考えるんじゃねぇっ!」

 

『っ!』

 

そう叫ぶと伊之助は泣き出してしまった。それを見てアオイとカナヲが咄嗟に伊之助を慰めに掛かった。

 

炭治郎達には知る由も無いが、伊之助は義勇に那田蜘蛛山で窮地を救われて以来、義勇の強さに対抗心と憧憬の入り混じった感情を抱いていた。

そんな義勇の自虐的で弱気な態度を見て、伊之助は思わず怒りを覚えてしまったのだ。

 

「……」

 

伊之助の叱咤を受けて、義勇は顔を俯かせた。そんな義勇を見て、炭治郎は躊躇しながら声を掛ける。

 

「あの、義勇さん……伊之助がああ言った後に聞くのも何ですけど……義勇さんは、お姉さんから守られた命を、錆兎……さんから託されたものを、繋いで行かないんですか?」

 

「っ!」

 

炭治郎にそう問われた瞬間、義勇の脳裏を強烈な衝撃が襲った。それは身体の自己防衛本能から忘却の彼方に封印されていた、錆兎とのやり取りの記憶であった。

 

『自分が死ねば良かったなんて、二度と言うなよっ。』

 

『お前は絶対に死ぬんじゃない。』

 

実姉(あね)が命を賭けて繋いでくれた命を、託された未来を。』

 

『今度はお前が繋いで行くんだ。義勇。』

 

――あぁっ、痛い……何故今の今まで忘れていた? 錆兎との一番大事なやり取りだったと言うのに……。

 

――いや、分かっている。俺は思い出したく無かった。思い出すと悲しみのあまり涙が止まらなくなって動けなくなるからだ。

 

――蔦子姉さん、錆兎。未熟でごめん……。

 

「……」

 

『……』

 

炭治郎が義勇に尋ねてから義勇はピタリと動きを止めてしまい、炭治郎を筆頭に何人かが焦り出した。

 

「お、おいィ……冨岡?」

 

沈黙に耐え切れず、実弥が義勇を呼んだが返答は無かった。

 

「……義勇。」

 

『っ!』

 

すると、今度は耀哉が義勇の名前を優しく呼んだ。耀哉の声を聞いて、義勇はハッとした様子で頭を上げる。耀哉は続けて義勇に優しく話し掛けた。

 

「義勇。君がどう思っていようとも、私の水柱が冨岡義勇で良かったと……私は心からそう思っているよ。それはきっと、この先もずっと変わらない。そして忘れないで欲しい。君でなければ救えなかった命達が、少なくとも此処には二人、居るのだと言う事を。」

 

「っ!!!」

 

義勇は耀哉の言葉に、双眸を見開かせた。そして気配を感じたのでは視線を向けると、其処には炭治郎と禰豆子が真っ直ぐ義勇を見詰めていた。

 

「義勇さんっ。」

 

「うーっ。」

 

「っ……炭治郎、禰豆子……っ!」

 

「わあっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

『っ!?』

 

義勇は唐突に竈門兄妹を強く、頭を抱き抱える様に抱き締めた。二人は義勇の行動に驚いたが、それ以上に驚く出来事が在った。

 

「っ……っ……っ。」

 

義勇は静かに嗚咽を漏らしていた。しかし、其処に悲しみは無い。炭治郎の鼻が嗅ぎ取ったのは、歓喜と感謝の匂いだった。

 

「……っ。」

 

「うっ!」

 

炭治郎は涙が涙腺から零れ落ちそうになるのを堪えて、義勇の背中に手を回した。禰豆子もまた、義勇が泣いているのを見てあやす様に背中に手を回して撫で始めた。

竈門兄妹の優しさに包まれながら義勇は五分程の間、嗚咽を漏らし続けた。

 

 

 

 

 

 

「……御館様……お恥ずかしいところをお見せしてしまい、誠に申し訳御座いませんっっ!!」

 

義勇は赤く腫れた双眸と、真っ赤に染めた顔を隠す様に平伏して謝罪した。

しかし、羞恥心は否めないのか声も全身もプルプルと震わせていた。

 

「「……」」

 

しかし、義勇以外にも全身を震わせている者達が居た。天元としのぶである。

普段の様子から想像も付かない義勇の一面を見て、大爆笑したいのを必死で堪えていた。

身体は堪え切れずに全身が震えていたが。

 

しかし、しのぶはそうばかりしていられないと判断して、何度も深呼吸を繰り返して平静を取り戻した。

 

「ふぅ~~っ!……いけませんね。普段見れない光景を眼にして、平静さを保てませんでしたよ。」

 

自己反省する様にそう独語すると、何か思い付いた様に右手に拳を作ってそのままポンッ! と左掌を叩いた。

 

「御館様。忘れる前に皆さんに事後報告を済ませておきたい事が一件と御館様に御願いしたい事が一件、合計で二件あるのですが……今、伝えても宜しいでしょうか?」

 

「うん、構わないよ。しのぶ。」

 

「ありがとうございます。」

 

『っ?』

 

しのぶの言葉に疑問を抱く行冥達を余所に、しのぶは淡々とその報告を始めた。

 

「報告します。現在、蝶屋敷には禰豆子さん、珠世さん、愈史郎さんの他に第四の鬼、草薙要さんと言う方を保護してますので勘違いして斬らない様にお願いします。」

 

『っ!?』

 

しのぶの報告に、大広間に騒めきが発生した。しかし、驚いているのは行冥達、鬼殺隊の柱達だけであり産屋敷家と蝶屋敷組、珠世と愈史郎は何一つ驚かない。

実行した側と許可した側の人間なのだから、当然である。しのぶは反発が起きる前に牽制するべく、先手を打って開口した。

 

「それからこれは決定事項なので、苦情は受け付けませんから。」

 

『っ!』

 

毒の籠った笑みを浮かべるしのぶに、行冥が尋ねた。

 

「つまり、御館様は御承認されていると言う事か?」

 

「そう言う事です。保護の経緯を今から説明しますが、文句は聞きません。嫌なら今後、蝶屋敷に来て下さらなくて結構です。お相手するのも面倒なので。」

 

「胡蝶、テメェ……。」

 

笑顔で毒を吐くしのぶに対し、実弥が睨み付ける。しかしこれにはしのぶもまたその笑みに青筋を立てて応戦する。

 

「不死川さんに発言権などありませんので、黙っててくれますかね?……まさか先刻、自分がしでかした大失態をお忘れですか?」

 

「……ちぃっ……。」

 

「ふんっ……。」

 

実弥が悔しそうに舌打ちすると、しのぶはその様子を鼻で嗤う。そして要の経緯について、天草で起きた事を簡潔に説明を始めた。

 

「……と言う経緯が有って珠世さんの下で奥方の綾さん共々匿っていました。禰豆子さんの血で作った血清で凶暴性が消えましたから、問題無いと判断しています。

それから鬼舞辻無惨の呪いに関しては既に解呪済みですから、追跡の心配もありません。最後にもう一度だけ言っておきますが、これは御館様の御許可を得ています。感情的で無駄な意見以外……つまり建設的な意見に関してなら受け付けますが、何か御意見は?」

 

『……』

 

しのぶが異議は唱えさせないとばかりに、周囲を黙らせる様に理論武装してそう言った。

そのため反論の糸口を見つけられない行冥達は、沈黙を貫いた。

 

「つまり何だ? 蝶屋敷には今後、四匹の鬼が常駐する訳か?」

 

「そうなりますね。伊黒さん、それが何か?」

 

粘着質な視線をしのぶに向けて睨み付けながら、小芭内がそう言うとしのぶが淡々と答える。

小芭内はしのぶの肯定を聞いて、鼻で嗤いながら呟いた。

 

「ふんっ……その調子だと、一体何匹の鬼が住み着く事になるのやら……おい、胡蝶。これからは"蝶屋敷"ではなく、"鬼屋敷"と改名したらどうだ?」

 

『!』

 

小芭内の暴言に、何名かが顔を顰めて青筋を立てる。しのぶも青筋を立てながら、笑顔で応戦した。

 

「あら、それは良い御意見ですね。それなら不死川さんや伊黒さんの様な、良い歳して感情の制御が出来ないお馬鹿さん達の同類も相手をせずに済みそうです。検討しておきましょう。」

 

「貴様……っ!」

 

苛立つ小芭内を無視して、しのぶは耀哉に向かって話し掛ける。

 

「次に……私、胡蝶しのぶからお願いしたい儀が御座います。御館様。」

 

「何だい? しのぶ。」

 

耀哉が興味深そうにしのぶに尋ねると、しのぶは一瞬の間を置いてから意を決して話し始める。

 

「はい、今後ですが……禰豆子さんに炭治郎君の()()を摂取する許可を頂きたいのです。」

 

『っ!?!?』

 

「しのぶさんっ!?」

 

しのぶの提案に、大広間に激震が走った。事情を知る者も含めてだ。

秘密裏に行う筈だったこの事実は、誰にも知られてはならない筈だったからだ。尤も、アオイとカナヲは平然としていたが。

しかし、しのぶはそれを暴露する形で皆の前で言い放った。

 

「しのぶさんっ!」

 

「おいっ! しのぶっ!!」

 

「大丈夫です、お二人共……此処は私に任せて下さい。」

 

珠世と愈史郎の二人がしのぶに思い留まらせ様と声を掛けたが、しのぶは首を横に振って落ち着かせた。

 

「御館様に先ずは謝らねばなりません。実は五日程前から、禰豆子さんに炭治郎君の()()を摂取させ続けていました……先刻起きた禰豆子さんの急激な鬼化も、炭治郎君の()()を摂取させたがために起きたものと思われます。」

 

『っ!』

 

「そうか……それで禰豆子がああ変化を起こした訳だね?」

 

「はい。御館様にも報告せずに黙って行っていた事を、この場で伏して御詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。」

 

しのぶはそう言って頭を下げて耀哉に謝罪した。隣に居たアオイとカナヲも、姉分のしのぶに倣って耀哉に頭を下げた。

これに慌てたのは炭治郎だった。炭治郎もしのぶ達と同様に頭を下げながら、叫ぶ様に耀哉に話し始めた。

 

「お、御館様っ! この件についてはっ「炭治郎、落ち着きなさい。」……っ!!」

 

炭治郎は話している途中で、耀哉が割り込む様に炭治郎を宥めて落ち着かせた。

 

「皆も、一々騒ぎ出さない様に。」

 

『……』

 

耀哉に釘を指されるが如く牽制された行冥達は、耀哉の言い付けに従い沈黙する。

 

「胡蝶様。状況を整理致しますと……禰豆子様が竈門隊士の()()を摂取した結果、その血で作られた血清により草薙様や耀哉様への治療薬が出来たと言う功利を得た一方で、鬼化が急激に促進されたと言う問題点が生まれた……と言う認識でよろしいでしょうか?」

 

「はい、あまね様。その認識で間違いは御座いません。」

 

あまねの質問に対し、しのぶは強く頷いて肯定した。しのぶの解答を受けて、あまねが珠世に質問をする。

 

「珠世様。単刀直入に御伺い致しますが、耀哉様の御身体はどうなるのでしょうか?」

 

『!!!』

 

炭治郎達、大広間に集結している全員があまねの質問内容を耳にして珠世に注目した。

敬愛して止まない耀哉の身体の具合について、この事に気に掛けない訳が無かった。注目するあまり、もはや珠世を射殺し兼ねない程の鋭い視線を炭治郎達が浴びせる中、珠世がその重い口を開いてあまねの質問に答える。

 

「正直に申し上げますと……私では現状維持が精一杯でして、耀哉さんの御身体を完治するどころか、延命治療も叶わないと思います。」

 

『!!!』

 

珠世の結論に、大広間には落胆と失望の溜息が溢れた。あまねは表情にこそ出ていないが、良く目を凝らせば落胆の色が見て取れた。

そんな母の様子を見た輝利哉が、あまねに代わって珠世に質問した。

 

「あのっ……この先の禰豆子さんの血の濃さ次第で、何とかならないのですか?」

 

「輝利哉さんの御気持ちは良く分かります。ですが、禰豆子さんが進化して血が成長するのに比例して、御父上を蝕む呪いもまた進行しています。現状はイタチごっこに等しい状況なのです。」

 

『……』

 

「ただ……一つだけ、耀哉さんが助かる方法が、無い事もありません。」

 

『っ!?』

 

珠世が小さく呟いたその一言が、大広間に激震を齎した。

 

「本当ですか! 珠世さんっ!?」

 

炭治郎が驚愕と歓喜を以て、珠世に勢い良く尋ねる。

しかし、珠世は炭治郎に答えず沈黙する。

少しすると、珠世が重い口を開いて話し始めた。

 

「私は独自の方法を生み出して愈史郎を鬼にしました……その方法とは私が開発した鬼化薬を使用して、人を鬼に変える事なんです。」

 

『っ!!!???』

 

珠世の告白が、大広間に嘗て無い以上の衝撃を齎した。最初に我に返った行冥が、珠世に尋ねた。

 

「すると珠世とやら……まさか、その鬼化薬を使って御館様を鬼に変えれば完治するとでも……?」

 

「そのまさかです。今は手元に無いので、製薬のために少しばかり御時間を頂きますが……。」

 

『っ!!!』

 

「貴様っ!……そんな真似が許されると思っているのか!?」

 

小芭内が珠世の発言を受けて、激昂して珠世を睨み付ける。

 

「許すも許さないもありませんっ!」

 

「っ!」

 

しかし、珠世は小芭内に一切怯む事無く毅然とした態度で返した。珠世は冷静に話を続ける。

 

「私は医者です。私が出来る事は、治療法を提案してそれを行うだけ……選ぶか選ばないかは患者である耀哉さんが決める事……全て耀哉さんの意思一つです。」

 

『っ!』

 

珠世さんがそう言うと、大広間に居る全員の視線が自然と耀哉へと向かう。

 

「……」

 

『……』

 

耀哉は答えず、沈黙を貫く。沈黙する耀哉を見て、周囲は一抹の不安を抱き始めた。

 

「……珠世さん。」

 

『っ!』

 

耀哉が珠世を呼んだ事で、全員に緊張が走る。

 

「はい、何でしょうか?」

 

「その鬼化薬(くすり)を飲んで、成功しているのは愈史郎さんだけだね?」

 

「はい。私は鬼化薬(くすり)を使用してこれまで三十三人もの人間に試して、成功したのは愈史郎だけです。それでも試されますか?」

 

「ふむ……私が鬼化に成功すれば健康な身体を取り戻し、皆みたいに日輪刀(かたな)を振るって戦える様になれるかな?」

 

『っ!?』

 

『御館様っ!!!』

 

耀哉の台詞に、行冥達に極限の不安が襲った。しかし、耀哉は右手を出して行冥達を制止する。

 

「はい……耀哉さんが鬼化に成功すれば、それも可能になるでしょう。」

 

「それが出来れば私にとって素晴らしい未来が待っている……しかし、どんな禁忌をも躊躇無く犯すと言ったけれど、鬼殺隊の頭領たる私が鬼になってしまっては本末転倒と言うものだ……珠世さんには悪いけれど、その申し出は断らせて貰うよ。」

 

『……っ。』

 

耀哉が辞退した事で、大広間に安堵の空気が流れた。行冥達からすれば敬愛する耀哉が鬼に変貌を遂げるなど、悪夢以外の何ものでも無い。行冥達が安堵するのも無理は無かった。

断られた珠世も、行冥達と同様に安堵していた。

 

「はい。伝えた私が言うのも何ですが、耀哉さんが鬼になる方法を選ばなく良かったと思います……耀哉さんの御身体に対して、何の解決策にもなっておりませんが。」

 

「珠世さん……やはりこうなると、鬼舞辻無惨を倒さない限り……父上も産屋敷家もこの呪いから解放される事は無いのですね……。」

 

「残念ながら、私からはそうとしか言えません。しかも耀哉さんが御存命中に無惨を倒せても、その呪いが消滅する保証も有りません。」

 

『……っ。』

 

珠世がそう輝利哉に断言すると、再び大広間に重い空気が漂った。一筋の希望が見えたと思えば悪魔の誘いに等しい只の錯覚、蜃気楼の様なものに過ぎなかったと断言されれば、落胆は隠せない。

 

「しかし、私ははっきりと分かって良かったと思っているよ。」

 

『っ!』

 

珠世程の名医の医術を持ってしても完治しないと断言された耀哉だったが、当の本人は炭治郎達と違って落胆などしていなかった。

 

「珠世さんは残念そうに言うけれど、昨日までは一人で歩くどころか、立つ事さえままならなかったんだ……それが今はこうして一人で動ける様になり、身体中から発生していた痛みからも解放されている。」

 

「更には視力が戻って愛しい家族や剣士(こども)達の顔が見れる様にすらなった。これ以上の望みを口にしたりすれば、罰が当たってしまうと言うものだ。」

 

「っ……しかし……。」

 

「珠世さん、愈史郎さん。どうか自分を責めないで欲しい。私は貴女達に心から感謝しているんだ。本当にありがとう。」

 

「「っ!」」

 

耀哉に自身の不甲斐無さを謝罪して詫びようとしたが、逆に感謝され、そして多謝に満ちた感謝の言葉に、珠世と愈史郎は何も言えずただ頭を下げて答える他に無かった。

頭を下げる珠世と愈史郎を見てから、耀哉はしのぶに話し掛ける。

 

「しのぶ、他に禰豆子について何かあるかな?」

 

「はい。話が少々逸れましたが、最後に禰豆子さんの鬼化についてです。あの上弦の鬼に匹敵する力を今後、禰豆子さんが完全に使い熟せる様になれば炭治郎君の死亡率は勿論、負傷率が大きく下がります。それはつまり、鬼殺隊にとって大きな戦力増強に繋がる事を意味しているのです。」

 

「……そいつぁちと、派手に都合の良い方向にばかり目を向け過ぎてやしねぇか?」

 

『っ!』

 

しのぶの主張に対し、反論したのは天元だった。水を差されたと苛立ち笑顔で青筋を立てるしのぶなど目にもくれず、天元はしのぶの考えについて続けて反論する。

 

「考えても見ろよ? 竈門禰豆子が鬼化する度に、毎回ああやって派手に暴走すんのを止めんのか? 甘露寺一人ですら止められなかった奴を、竈門炭治郎が一人で止められやしねぇだろ?」

 

『っ!』

 

「音柱様、それは……っ。」

 

「くっ……っ!」

 

「……っ。」

 

痛い事実を指摘され、しのぶ達の顔から笑みが消えて不快感で歪んだ。炭治郎も反論の糸口が掴めず唇を悔しそうに噛むしかなかった。

そんなしのぶ達の様子を見て、蜜璃が焦りながらも天元に反論を始めた。

 

「で、でも宇随さんっ! 禰豆子ちゃんが暴走したのは炭治郎君が傷付けられたからですもの!……だから……だからき、きっと大丈夫だと思います!」

 

「甘露寺の言う事も一理有ると思うぜ……でもよ、だからって竃門禰豆子が怒っていない状態でも暴走しないって保証にはならねぇさ。」

 

「っ!……そ、それはぁ……そのぉ……っ。」

 

『……っっ。』

 

天元の指摘に、蜜璃は困り果てた様子で口を籠らせた。それを見て、しのぶ達は益々焦燥感に身体が埋め尽くされた。苛立ちも隠せず、天元を悔しそうに睨み付ける。

 

「おいおい、そんな派手に怖ぇ顔して睨むなっつの。竈門禰豆子の暴走を何とか出来るなら、俺も地味に反対する気はねぇって言ってるんだからよ?」

 

「「「「……っ。」」」」

 

天元は炭治郎達の反応に対し、肩を竦めながらそう言った。しかし、炭治郎達の反応は変わらない。

 

「むぅ~~~~っ!」

 

しのぶ達が、何より最愛の実兄(あに)である炭治郎が怒っている、または困っている様子を見てその原因が天元だと悟ると、禰豆子は唸り声を上げて天元を睨み付けた。

禰豆子が睨み付けて来るのに気付いた天元は、あろうことか禰豆子に近付いて視線を合わせて話し掛けた。

 

「あのなぁ……お前がしっかりすれば良いだけの話なのに、それが地味に出来ねぇからこいつらはお前のせいで派手に困っているんだぞ? お前に人間襲わせて、人殺しだの人喰い鬼にする訳には行かねぇからな。地味に分かってるかぁ? おい?」

 

「うぅっ!」

 

『っ!!』

 

天元そう言って禰豆子の額をツンツンと小突きながら、禰豆子に説教を始める。禰豆子がその内容を理解しているのかは不明だが、不服そうに唸りながら小突かれた額を両手で押さえた。

 

「おっ!……どうした?……悔しかったら以前(まえ)みたいに派手に証明してみせな? 別に難しくねぇだろ? お前が人間を襲わねぇって証拠を俺達に見せりゃ済むんだから。」

 

「ううぅ~~~~……むっ!」

 

『っ!』

 

天元に嗾けられる様に説教された禰豆子が突如、立ち上がって炭治郎の前まで近付いた。禰豆子の行動に、大広間に居る全員が注目する。

 

「……えっと、禰豆子?」

 

「すうぅぅぅはあぁぁぁぁ……すうぅぅぅぅはあぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

禰豆子が閉眼して深呼吸を繰り返すと、意を決して開眼した。すると間も無くして事は起こった。

 

『っ!?』

 

「禰豆子っ!」

 

禰豆子の身体に急激な変化が発生する。先刻暴走した状態の、成長した肉体を持った禰豆子が出現した。

 

『禰豆子ちゃんっ!?』

 

『禰豆子さんっ!?』

 

しのぶや蜜璃、そしてアオイとカナヲがその姿を見て焦燥感を抱き始めた。先刻、禰豆子の暴走した姿が鮮明にしのぶ達の記憶に残っている。

今、禰豆子が再び暴走したら擁護は不可能。今度こそ庇い切れないからだ。

 

「しのぶさんっ。待ってっ!!」

 

「っ!……善逸君?」

 

最悪の事態を阻止すべく動こうとしたしのぶ達に、善逸が唐突に声を掛けて制止した。しのぶはそんな善逸に怪訝に思うも、気になって動きを止めて善逸に振り返った。

 

「禰豆子ちゃん……また鬼化が進んでいるけど、音が凄く澄んでいて穏やかなんです……。」

 

「っ!?……それは本当ですかっ!? 善逸君!!」

 

善逸が超人的な聴力の持ち主だと言う事は、既にしのぶは知っている。また、幾ら禰豆子に好意を抱いて居るとは言え、咄嗟に庇うために嘘を吐いているとは思わなかった。

しのぶは善逸が強く頷いたのを見て、一先ず動かず状況を見守る事を選んだ。

 

炭治郎も立ち上がり、互いに触れるか触れないかと言う距離まで禰豆子と接近する。すると禰豆子が両手を大きく広げて見せた。

 

『っ!』

 

禰豆子が咄嗟に何をするのかと警戒したしのぶ達は一瞬身構えたが、その心配も杞憂で終わる。

大きく広げた両手で、炭治郎を包み込む様に抱擁を始めたからだ。身長差が逆転しており、炭治郎の顔が禰豆子の大きく成長した乳房に当たった。

 

「禰豆子……っ。」

――あぁっ……禰豆子から甘い匂いがする……。

 

「んんっ❤……。」

 

炭治郎を抱擁した禰豆子は、そのまま愛おしそうに炭治郎の頭を優しく撫で始めた。それは母親が我が子を宥める様にも、恋人同士が抱擁を交わしている様にも見えた。

優しく抱擁されている炭治郎もまた、禰豆子から発する甘い匂いにクラクラしながら甘んじて抱擁を受けていた。

 

『……』

 

「「「……っ。」」」

 

突然の竈門兄妹の抱擁を見て言葉が出ない耀哉達だったが、状況を静かに見守った。しのぶ達も同様である。

しかし、実妹とは言え見目麗しい美女に炭治郎が抱擁されているこの光景は見ていて内心では気が気では無かった。

因みに、善逸は双眸を血走らせて炭治郎を凄まじい形相で睨み付けていた。

 

「……んっ!」

 

禰豆子は炭治郎の頭を撫でるのを止めて、その手を頭に置いたまま天元に視線を戻す。その姿は「どうだっ!」と言わんばかりであった。

 

「っ……あー分かった分かった、降参だよっ……派手に俺の負けを認めるぜ、竈門禰豆子。」

 

禰豆子の意図に気付いた天元は敗北を認める様に、両手を上げて禰豆子に降伏宣言をした。

天元の言葉を気に、耀哉が続けて開口する。

 

「これでこの状態でも禰豆子は人間としての理性を保てると証明された……しのぶっ。」

 

「っ!……はい、御館様。」

 

先刻(さっき)から()()()()()()とばかり言っているけれど……詳しい説明をお願い出来るかな?」

 

「勿論です。只今より説明させて頂きます。」

 

耀哉に説明を求められたしのぶは、直ぐに承諾してこれまで行った禰豆子の実験について説明を行った。

 

「……と言う訳でして、禰豆子さんは炭治郎君以外の()()には反応しないのです。この件に関して、何か質問が有る方は居ますか?」

 

「……胡蝶、一つ……いや、二つだけ聞かせて貰いたい。」

 

「何ですか? 悲鳴嶼さん。」

 

沈黙を守っていた行冥が、しのぶにある事を尋ねるために開口する。

 

「一つ目だが……竈門禰豆子の強化、そしてその姿のままでも人間を襲わぬ理性は認めよう。しかし竈門禰豆子の鬼化が一層進んでしまえば、人間に戻すのは益々困難になるのではないか?」

 

『っ!』

 

行冥の指摘に周囲はあっ! とでも言いたい様な反応が起きた。しのぶは行冥の指摘に苦々しく感じながらも丁寧に答える。

 

「その懸念は重々承知しています。禰豆子さんを人間に戻す方法に関しては今後、珠世さんと詳細に話し合って考える予定です。」

 

「そうか、では二つ目だが……このまま竈門炭治郎の()()を摂取し続ければ、鬼化が進んで竈門禰豆子が強力になって行くのは間違いない。しかし、そのせいで鬼の本能が人間(ひと)の理性を凌駕してしまう危険性は無いか?」

 

「悲鳴嶼さん。その事でしたら禰豆子さんが今から何もしなくても、誰が禰豆子さんはこの未来(さき)人間(ひと)を襲わないと保証出来るのです? 禰豆子さんが鬼である限り、人間を襲わないとは誰も断言出来ないのですよ?」

 

行冥の懸念に対し、しのぶは正面から正々堂々と反論する。しのぶはそのまま、言葉を紡いて行く。

 

「しかし、私が言い出した禰豆子さんの提案が鬼殺隊にとって、吉凶どちらに転ぶか分からない大博打である事は認めます……ですから、凶に転んだ時の代償を支払う覚悟は出来ています。冨岡さんの二番煎じだと言う事実が私的には大いに癪ですが……。」

 

『っ!』

 

「代償だと……っ?」

 

行冥の呟きを余所にしのぶは姿勢を正して耀哉と向き合い、懐から一枚の折り畳まれた紙を取り出した。その際にアオイとカナヲもしのぶに倣い、しのぶの左右後ろで姿勢を正して耀哉と向き合った。

 

「しのぶ。その紙は何だい?」

 

「はい、御館様。私からの誓約書に御座います。お納め下さい。」

 

『っ!』

 

しのぶが誓約書を耀哉に渡そうとすると、その前に輝利哉が動いてしのぶに接近する。そして一礼してからしのぶの誓約書を受け取ると、再び一礼してからその誓約書を耀哉に手渡した。

 

「この誓約書とやらには、何が書かれているのかな? しのぶ。」

 

「はい、御館様。もしこの禰豆子さんの試みを行ってから、禰豆子さんが人間を襲って傷付け殺したりした場合ですが……。」

 

しのぶは其処まで言った後、一度深呼吸してからはっきりと断言した。

 

「その時は私、蟲柱・胡蝶しのぶ以下継子・栗花落カナヲ及び神崎アオイの三名。潔く自害して御館様に御詫び申し上げます。」

 

『っ!!!』

 

しのぶはそう言って深く、耀哉に向かって頭を下げた。アオイもカナヲもしのぶに倣って頭を深く下げた。

耀哉を筆頭に皆が驚く中、耀哉は一足先に我に返って考え始めた。

 

「ふむ、鬼殺隊の戦力増強は急務……そしてその禰豆子も理性を保てると自らの手で証明した……しのぶ達が命を賭けてのこの提案。私は喜んで受け入れようと思う。」

 

『っ!』

 

「ありがとうございます。御館様ならば、分かって下さると思っておりました。」

 

しのぶはそう言って深く頭を耀哉に向けて下げた。それは耀哉への感謝は勿論有るのだが、それ以上に自身の思惑が叶った事で隠し切れない笑みを隠すためであった。

 

絶対に禰豆子との精液摂取を目的とした炭治郎との情交(セックス)は表沙汰には出来ない。

しかし、禰豆子に変化が起き続けては隠し切れないとしのぶは判断した。

 

其処でしのぶは炭治郎の()()を禰豆子が摂取しているとはっきり公表するのではなく、()()と言葉を濁す形で真実を事実で隠す事に決めたのだ。

 

珠世と愈史郎の存在も、直に耀哉が自ら鬼殺隊に発表する予定だ。

二人が吸血行為で空腹を満たしていると知れば、禰豆子の件も聞いた者達が勝手に連想してくれるだろう。

 

「しのぶさんっ!……そのっ……っ。」

 

炭治郎はしのぶの思わぬ提案に、禰豆子から離れてしのぶ達に近付いて行く。その表情には感謝と罪悪感の色が見て取れた。

そんな愛する恋人の優しさに愛おしさを覚えながら、しのぶは微笑んで答えた。

 

「炭治郎君、別に気にしなくて良いのよ?……これで私達は一蓮托生。これからも一緒に力を合わせて頑張って行きましょう。」

 

「炭治郎のためなら私達、命が惜しいなんて思わないっ!」

 

「カナヲの言う通りです。私もしのぶ様も、炭治郎さんのためなら喜んで全てを捧げます。」

 

しのぶに続けて、カナヲもアオイも炭治郎に自身の想いを告げる。

 

「しのぶさん……アオイさん……カナヲも……っ……ありがとう。」

 

しのぶ達に謝罪したかったが、炭治郎は逆にしのぶ達の覚悟に泥を塗る侮辱行為になると考えた。そのため、炭治郎は頭を下げて心からの感謝を口にしたのだった。




お待たせしました。何とか一週間以内に投稿出来ました。
中編一話目ですが、まぁ小休止回です。前半戦は息詰まる展開でしたので。
尤も、CP要素がそれぞれ少なくてすみません。

炭治郎君の格好ですが、耀哉様十四歳時に着ていた着物をそのまま着ていると想像して下さると助かります。

次回は本当に遅くなると思います。と言っても今月中の更新が可能だとは思いますが、本当にすみません。

今回こそ比較的穏やかに終わりましたが、次回はまた荒れます。実弥の処罰について話が中心になるので。まぁ前半戦よりはまだ大人しいとは思いますけどね。

登場人物の性器発言ってどう思います?

  • 有り(エロくなるからばっちこい)
  • 無し(日輪刀、鞘とオブラートに揶揄って)
  • 作者にお任せ
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