※この作品はR-18です。

優しき日輪と鬼殺隊の美蝶   作:蓮紅

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※キャプション必読・リクエストに関しての説明あり
*超辛口表現有り。苦手な方ご注意ください。
・鬼滅の刃原作に関するネタバレあり。原作未読の方は閲覧注意。
・鬼滅の刃二次創作小説です。
・原作・キャラクターの性格・設定等改変の可能性大。一部キャラ崩壊注意。
・思い付き次第で何度も編集を繰り返す可能性大。お時間がある時で良いので、良ければ読み返してみて下さい。
・誤字脱字等のミス・内容の矛盾等の指摘は大歓迎。理不尽なクレームは受け付けません。
・コメント・メッセージ大歓迎。創作意欲の燃料になります。コメント・メッセージの返信は必ずさせて頂きますのでどしどし御投稿下さい。
・SS内容に関してはネタパクリと言う名の盗作を間違えてしないよう気を付けてますが、もし私が投稿した作品が既に別の作者様と作品内容が酷似していた場合、メッセージにて御連絡下さい。

※リクエストに関して
メッセージにてリクエスト内容を御連絡下さい。
以下規約
・100%受け付けられると保証された訳では御座いません。創作意欲次第で承諾する場合もお断りする場合も御座います。
・炭治郎×鬼滅女子のみ。
・作者は遅筆。またリアルの都合や他SSの執筆で投稿が遅くなる可能性大。
・CP、全年齢かR作品か、ネタの内容を御記入下さい。ネタの内容が詳細で有れば有る程、筆が進むので御協力をお願い致します。


第参拾肆話 巌の陰に優しき日輪の陽が差す

バァッ!

 

 

 

「うわぁっ!?」

 

『っ!?』

 

眠っていた無一郎が唐突に、勢い良く起き上がったため炭治郎は驚愕して大声を上げた。耀哉達も、無一郎の想定外の事態に驚きを隠せないでいた。

 

「何だと……まだ四半刻(三十分)過ぎたばかりだぞ……。」

 

今までの記録を大きく塗り替える無一郎の復活の速さに、愈史郎も驚きを隠せないでいた。

 

「時透君っ!」

 

「……あっ……此処……っ。」

 

そんな周囲を余所に起き上がった無一郎は、ゆっくりと周囲を見渡して現況の把握に努めた。そこで炭治郎が自身の左手を包む様に、両手で握り締めている事に漸く気が付いた。

 

「あっ……その……ごめん……。」

 

炭治郎は無一郎の視線が自身の両手に向けているのだと気付くと、申し訳無さそうに謝罪した。

 

「僕が寝ている間、炭治郎はずっと僕の手を握っててくれたの?」

 

「……うん、何もせずにはいられなかったから……ごめんね、時透君。」

 

無一郎の質問に炭治郎が答えると、再び申し訳無さそうに謝罪して両手を離そうとする。

 

「……っ?……時透君?」

 

炭治郎は無一郎から手を離そうとしたのだが、逆に無一郎は左手に力を込めて強く握り返した。

思いがけない反応に炭治郎は、疑問に思って無一郎の名前を呼ぶ。無一郎は双眸を潤ませながら、炭治郎を真っ直ぐ見詰めていた。

 

「炭治郎っ!」

 

「わぁっ!?」

 

『!?』

 

無一郎は炭治郎の名前を大きく呼ぶと、そのまま炭治郎に飛び付く様に抱き着いた。

抱き着かれた炭治郎は押し倒されるのを必死で堪えると、当惑しながらも無一郎を抱き締め返した。

 

「と、時透君? どうしたの?」

 

「ありがとうっ、ありがとう……炭治郎、君の御蔭で……僕は大切なものを取り戻す事が出来たんだ……っ。」

 

「っ……そんな……俺は何もしてないよ……これも全部、珠世さんの御蔭だから……。」

 

無一郎から香る多大な感謝の匂いを嗅ぎながら、炭治郎は謙遜して無一郎の言葉を受け止めた。

 

「うん、知ってる……勿論、分かってるよ。」

 

無一郎はそう言うと、炭治郎への抱擁を解いて珠世と向き合った。

 

「僕の記憶を……大切なものを取り戻してくれてありがとう、珠世()()。」

 

『っ!』

 

無一郎はきちんと礼節を忘れる事無く、珠世を真っ直ぐ見ながら礼を伝えてから、ゆっくりと頭を下げた

 

「あっ、いえ……私は医者として出来る事をしただけで……元はと言えば炭治郎さんの提案で実現したものですから……。」

 

礼を言われた珠世は、少し狼狽しながら謙遜してみせた。元々は心根の優しい珠世である。

これまで何千何万と言う患者を診察して来たが、やはり治療した患者や家族に心から感謝を伝えられると、自身の心に来るものがあった。

 

「うん。だからとても……心から感謝しています。二人とも、僕のために……本当にありがとうっ。」

 

『っ!!』

 

「「……っ。」」

 

無一郎は改めて炭治郎と珠世の二人に礼を言うと、満面の笑みを見せた。人形同然に無表情だった無一郎の、初めて見る笑顔を見て大広間に居る多くの者は驚きを隠せない。炭治郎と珠世は無一郎の感謝の言葉に、再び胸を熱くした。

 

「無一郎。君の記憶が無事に戻って来た様だね?」

 

「はい、御館様……御心配をお掛けしました。申し訳有りません。」

 

耀哉が嬉しそうに尋ねると、無一郎は罪悪感を抱きながら謝罪した。三年以上に渡って記憶喪失の状態が続き、耀哉を心配させた事実が原因であった。

無一郎の謝罪に、耀哉は笑って受け止めた。

 

「気にしなくて良いんだよ、無一郎。……だけど、私の予想では記憶喪失(それ)が治るのはもっと先になると思っていた。炭治郎、良く思い付いたね?」

 

「はい。()()ですが、時透君が記憶喪失なのを知りまして……実は柱合会議が始まる前に珠世さんに時透君の治療して貰えないかと、事前に相談しました。もし治す方法を珠世さんが持っていない場合、土壇場で聞いても落胆させるだけでしたから。」

 

『っ!』

 

炭治郎の告白に、珠世と愈史郎の二人を除いた面々が驚いた。炭治郎の告白に、愈史郎が付け足す様に補足する。

 

「お前らが朝飯を食ってる時に、炭治郎が一度抜け出してるだろう? その時に炭治郎が俺達の下へやって来てな。時透無一郎(そいつ)の記憶喪失の治療は出来ないか、何とか治療して貰えないかと頼みに来たんだよ。「助けてあげたいんです。御願いします。」って珠世様に頭を下げてな。」

 

「炭治郎……っ!」

 

「おわっ!?」

 

其処まで自分のために尽力してくれた炭治郎に、無一郎は感動を隠せない。歓喜のあまり、無一郎は炭治郎に再び抱き着いた。

 

先刻は炭治郎の首に両手を回して抱き着いたが、今度は炭治郎の胸に顔を埋める様に飛び付き、両手を腰に回していた。

 

炭治郎は再び抱き着いて来た無一郎に面食らって動揺したが、二度目なため直ぐに落ち着きを取り戻した。

そして無一郎の無邪気な様子は、炭治郎は生前良く甘えてくれた実弟の竹雄達を連想させた。

 

「……ふふっ。」

 

目頭が熱くなりそうになるのを長男力で抑えると、無一郎の頭に手を置いて腰まで届く長髪をゆっくりと撫で始めた。

 

「っ!……んっ。」

 

無一郎は炭治郎の手の温もりに一瞬驚くも、直ぐにその心地良さに双眸を細めてうっとりとし始めた。

 

『……』

 

行冥達は唖然とした様子で、炭治郎達の遣り取りを目の当たりにしていた。それも当然の反応である。

 

行冥達の知っている無一郎と言えば、常に惚けて人形以上に無表情な一面しかないからだ。声を掛けても良くて二回目で反応し、一回目では先ず反応が無い。

たとえ返事をしても一言二言で終わる場合が多く、殆ど会話にすらならないのだ。

 

しかし、今の無一郎はどうだろう。母犬に子犬が甘えるが如く、無防備になって炭治郎と戯れているのだ。

このあまりの変化に、行冥達は驚かざるを得なかった。

 

アオイとカナヲは無一郎を見て羨望こそ抱いたが、嫉妬はしなかった。自身が無一郎なら、同様の行動を取ったに違いない。

否、最低でも抱き着いた後に熱い口付け(キス)を炭治郎に御見舞いしている事だろう。

 

何より、無一郎が男性だと言う点が大きかった。

無一郎の容貌はそれこそ中性的で女性と勘違いしかねない程の美貌だが、何処まで行こうと男性である事に変わりない。

 

炭治郎の愛を巡って、自分達と競い合う恋敵(ライバル)足り得ないのだ。尤も、もし万々が一、億が一、炭治郎が男性にまで守備範囲(ストライクゾーン)を広げたら嫉妬を爆発させる事になるのは間違いないのだが。

 

「……っ。」

 

しかし、しのぶだけは違った。記憶を取り戻す前はあんなに無関心かつ無碍に扱っていた炭治郎に対して、今ではまるで再会した恋人同士の如く抱擁を交わしている無一郎に深く嫉妬していた。

 

未だ態度にこそはっきり出していないが、日輪刀に手を伸ばすのをしのぶは笑顔のまま必死で抑えていた。尤も、青筋は全開であったので、隠れた感情でも隠し切れていなかったのだが。

 

少なくとも、善逸と伊之助は音と気配でしのぶの憤怒を察して、二人仲良く震えていた。

 

「時透君。俺、まだ御館様に言う事があるから、ちょっと良いかな?」

 

「うんっ! 勿論だよ炭治郎っ!!」

 

炭治郎が控えめに無一郎に言うと、無一郎は直ぐに抱擁を解いた。炭治郎の隣に控えて、離れようとはしなかったが。

 

無一郎から解放された炭治郎だったが、直ぐに姿勢を正して平伏すると、耀哉に尋ねた。

 

「御館様。最後の一つ、良いでしょうか?」

 

「勿論だとも。」

 

「ありがとうございます。だったら早速……善逸。」

 

耀哉から了承を得た炭治郎は、礼を述べてから善逸に声を掛けた。声を掛けられた善逸は予想していなかったのか、驚きから動揺した。

 

「えぇっ!? 俺っ!?……な、何。炭治郎。」

 

「別に大した事じゃないよ。俺が預けた()()、まだ持ってるか?」

 

動揺する善逸を宥めながら、苦笑した炭治郎は尋ねる。

 

「手紙?……えーっと、これの事だよな?……その、炭治郎が風のおっさんに斬られる前に俺に渡した奴。」

 

「そう、それだよ! ありがとう、善逸! 預けて良かったぁ……じゃなきゃ今頃、俺の血で汚れて読めたもんじゃないよ。」

 

炭治郎は歓喜しながら、善逸に預けていた手紙を回収してそれを抱き締めた。この事から、余程大事な事が手紙の内容に認められているのだと見て取れた。

 

炭治郎は抱擁を解くと、今度は愈史郎に声を掛けた。

 

「愈史郎さん。()()、もう一枚持ってますか?」

 

「当然、有るぞ。ほら。」

 

「ありがとうございます! 愈史郎さんっ! 頂きますね!」

 

炭治郎は愈史郎に礼を述べてから、『紙眼・視』を一枚受け取った。目当ての物を手にした炭治郎は、そのまま目的の人物の下へと歩き出した。

 

「失礼します、悲鳴嶼さん。」

 

『っ!』

 

炭治郎が腰を下ろしたのは、行冥の前だった。きちんと姿勢を正してから行冥と向き合う。

 

「悲鳴嶼さん。唐突ですみませんが、こちらをどうぞ。」

 

「っ!」

 

炭治郎はスッと一枚の紙を、行冥の前に差し出した。それは耀哉が着用する事で視力を取り戻した『紙眼・視』の符であった。

 

「……竈門炭治郎、これは?」

 

「はい。『紙眼・視』と言って愈史郎さんの血鬼術で作られた符です。この『紙眼・視()』を着ければ、悲鳴嶼さんも視力を得られる様になります。」

 

『っ!』

 

「っ!!……おっさん、目が……。」

 

行冥の言葉で、伊之助は漸く行冥は盲目なのだと気付いた。一方で、耀哉達は行冥の心痛を察して胸を痛めた。しかし、炭治郎だけは別の事を考えてながら行冥の話を聞いていた。

 

「私に着けろと言うのか……?」

 

「はい、そうです。」

 

「断る。」

 

『っ!?』

 

「……」

 

視力を取り戻せると言う、願っても無い話にも関わらず行冥は即答で炭治郎を拒絶した。そのため大広間は一部の者達がざわめき出した。

 

しかし、炭治郎は冷静だった。こめかみすらピクリとも動かす事無く、炭治郎は冷静さを保って行冥を尋ねた。

 

「……拒絶する理由を御伺いしても?」

 

「無論、その『紙眼・視()』とやらが、鬼の血鬼術で作られた物だからだ。私は鬼の力を借りてまで、視力を得ようとは思わない。そんなものに手を出す心算など、何が在ろうと私には無い。」

 

「……」

 

鰾膠(にべ)も無い行冥の言い方に、炭治郎は沈黙した。すると横から嘴を挟む者が出て来た。

 

「酷いよっ! 悲鳴嶼さんっ!!」

 

『っ!?』

 

行冥に抗議の声を上げたのは、記憶を取り戻した無一郎だった。無一郎は立ち上がって、更に行冥への抗議を続けた。

 

「炭治郎が折角、悲鳴嶼さんのためにと言ってくれているのに、その優しさを無碍にするなんて、幾らなんでも酷過ぎますっ!!」

 

「……っ。」

 

無一郎のあまりの変貌振りに行冥は当惑するも、それ以上に無一郎の正論に行冥も咄嗟に反論が出来ない。

 

「時透君、俺なら大丈夫だよ。」

 

「炭治郎、でも……。」

 

炭治郎が自分の代わりに、行冥に怒る無一郎に声を掛けて宥める。すると無一郎はまだ言い足りないのか、炭治郎に不満を隠さず見詰めた。炭治郎は更に苦笑しながら、無一郎を説得する。

 

「庇ってくれて嬉しかった。ありがとうね?……大丈夫だから、後は俺に任せてくれる?」

 

「……うんっ。」

 

『……』

 

炭治郎に微笑まれた無一郎は、何故か頬を赤くしてその場を下がった。無一郎のあまりの変貌振りに、改めて周囲は理解が追い付かず困惑を隠せない。

 

周囲を気にせず、炭治郎は再び行冥と向き合う。実は炭治郎は、行冥が受け取るのを拒絶する事そのものは予想が付いていた。

とは言え、その言い方までは予想外であった。炭治郎は行冥の言い方に、心中に怒りの火が着いた。

 

「言葉を慎んで貰えますか? 幾ら貴方であっても、そんな言い方は許されませんよ。悲鳴嶼さんっ。」

 

『っ!?』

 

炭治郎が怒った様子で、行冥に反論した。思わぬ炭治郎の強気な言葉に、大広間に響きが広がった。

 

「ちょっ……っ!?」

――炭治郎っ!? 何でいきなりそんな喧嘩腰でもの言ってんのっ!?

 

善逸は焦燥感を露わにしながら、内心で炭治郎にツッコミを入れていた。

 

行冥は思わぬ炭治郎の反論に面食らったが、内容を理解して行く内に両手に込める力が増して行く。そして数珠に一筋の罅が入った。

 

「許されないとは……どう言う意味だろうか?」

 

「御忘れですか? 現在(いま)、御館様は全く同じ物を着けて視力を取り戻しているんですよ。」

 

「っ!」

 

炭治郎の指摘で、行冥は自身の言い放った言葉が如何に失言だったかを漸く理解した。しかし、炭治郎は間髪入れず話を一方的に始めたのだった。

 

「悲鳴嶼さん。貴方は誰よりも長く御館様に御仕えして来たのに、御館様が取られた手段を否定するんですか? 御館様が鬼の力で視力を取り戻した事が、そんなにいけない事ですか?」

 

「貴方も根本的に間違っています。道具や力とは、全て使い方一つでしかありません。包丁は正しく使えば美味しい料理を生み出しますが、間違って使えば誰かを傷付けて命をも奪います。それも結局、包丁を握った人の使い方次第です。」

 

「時透君は珠世さんの血鬼術で、失くしていた記憶を取り戻しました。御館様は愈史郎さんの御蔭で視力を取り戻されて、奥方様のあまね様や御子息、御息女の輝利哉様達の御顔を、悲鳴嶼さん達の御顔を再び見れた事に、世界を再び眼にする事が出来た事に大変喜ばれました。それでも貴方はその事実を祝福せず、それを否定するんですか?」

 

「……」

 

炭治郎の怒涛の勢いで来た言葉の数々に、行冥は一切の反論が出来ずに沈痛した。行冥から悲しい匂いを感じ取った炭治郎は、ハッとした表情をしてから勢い良く頭を下げた。

 

「すみません、言い過ぎました……ごめんなさい。」

 

『っ!』

 

「っ!……いや……私も軽率だった……御館様。何卒、愚かな私を御許し下さいっ。」

 

炭治郎からの謝罪を受けた行冥は一言そう言ってから、耀哉に向かって自身の失言を謝罪した。

 

「良いんだよ、行冥。そんなに気にしないでおくれ。」

 

「はっ……時透も、すまなかったな……。」

 

「いや……僕は別に気にしてませんよ。」

 

耀哉に続いて行冥は無一郎に謝罪すると、無一郎は別段、気にした様子も無く行冥の謝罪を受け取った。それを見届けてから、耀哉が炭治郎に話し掛けた。

 

「炭治郎。君はただ単純に、行冥に眼が視える様になって欲しいだけでは無いみたいだね?……その手紙が関係しているのかな?」

 

「っ!……はい、御館様の仰る通りです。」

 

『っ!』

 

炭治郎は耀哉の質問に肯定して答えると、その手紙を行冥の前に差し出した。

 

「悲鳴嶼さん。俺は貴方へ宛てた手紙を一通、預かっていました。」

 

「っ!」

 

行冥は炭治郎の言葉に驚きを隠せなかった。自身に手紙を送って来る相手に、心当たりが無かったからだ。

 

「私に手紙だと……一体、送り主は誰だ……?」

 

行冥は考えても送り主が誰か見当が付かなかったため、炭治郎に手紙の送り主について尋ねた。

 

「"沙代ちゃん"から手紙を預かっていました。」

 

「っ!!??……沙代……だと……。」

 

『っ?』

 

炭治郎の口から出た思わぬ人物の名前に行冥は激しく動揺した様子で、身体を僅かに震わせながらそう呟いた。岩柱の肩書通り、常の如く不動で動揺する事が無い行冥の動揺する様に、大広間に居る全員が注目した。

 

「はい。悲鳴嶼さんは勿論、あの娘を覚えていますよね?」

 

「……あぁ、勿論だ。忘れる訳が無い……。」

 

『……』

 

行冥から喜びや恐怖、悲しみが複雑に混じり合った匂いと音を炭治郎と善逸は確かに感じた。声色からも

それが滲み出ており、大広間に居る全員がそれを感じ取っていた。

 

それを確認した炭治郎は一度だけ深呼吸して息を呑み込んでから、意を決して行冥に語り始めた。

 

「今から八日程前に、俺は御館様から御指名を受けて鬼の討伐任務に行きました。緊急と言われていたので可能な限り、急いで現地に向かったんですが……その鬼が、沙代ちゃんの住む家を襲っていたんです。」

 

『っ!!??』

 

炭治郎の言葉に、大広間に居る者全員が息を呑んだ。特に行冥の反応は、顕著なものだった。

 

「沙代はっ!?……沙代は無事なのかっ!? あの娘はどうなったんだっ!?」

 

「っ!?……うぐっ!?」

 

『っ!?』

 

行冥は身体を起こすと、両手で炭治郎の二の腕を掴んで問い詰めた。炭治郎は行冥の質問に答えたかったのだが、七尺(二m三十cm)近い稀有な巨躯から繰り出される剛力で握り締められて骨までミシミシと音を立てていた。

 

「あ"っ……ぐぅっ……っっ!」

 

その痛みで炭治郎は行冥に答えるどころか、呼吸するのがやっとであった。

 

「ちょっとっ!? 悲鳴嶼さん止めてよっ!?」

 

「悲鳴嶼さんっ!!」

 

「い、岩柱様っ!?」

 

「おい、数珠のおっさんっ!!」

 

無一郎としのぶ、そしてアオイと伊之助が行冥を止めるために大声で呼んだ。

 

「っ!……すまぬ。」

 

しのぶ達に大声で呼ばれた行冥は我に返ると、咄嗟に炭治郎から両手を離した。

 

「っ……はぁっ……。」

 

炭治郎は行冥から解放されると、二の腕から来るジンジンとした痛みに耐えながら呼吸をした。

呼吸を整えた炭治郎は行冥に視線を向けると、しっかりとした口調で話し始めた。

 

「今から言いますね?……結論から言うと、沙代ちゃん()無事です。」

 

『っ!』

 

「そうなんだ……。」

 

「良かったぁ……。」

 

炭治郎の報告に、大広間には安堵の空気で包まれた。しかし、それも直ぐに立ち消えになる。

 

「……んっ?」

 

「えっ?……炭治郎?」

 

「……竈門炭治郎、沙代()無事とはどう言う意味だ? 何やら含んだ言い方をしたが……。」

 

「……っ。」

 

炭治郎は行冥からの質問を受けて、思わず顔を逸らして口を噤んだ。

 

「……炭治郎君?」

 

炭治郎の様子に一抹の不安を覚えたしのぶが、炭治郎に呼び掛けた。呼び掛けられたと同時に、炭治郎は重い口を開いた。

 

「沙代ちゃんの御両親は……鬼の手に掛かって亡くなりました。」

 

『っ!?』

 

最悪の結末を知って、全員が息を飲んだ。

 

「すみません……後少し、俺達が早く到着していれば……。」

 

炭治郎はその時に感じた後悔や罪悪感を思い出して、拳を固く握り締めて小さく震えた。

 

『……』

 

しかし、沙代の両親を救えなかった事を失態として炭治郎を責める者など一人も居なかった。

鬼殺隊の隊士ならば、誰もが経験している事だからだ。救出が間に合わなかった事例など、枚挙に暇が無い。

 

「……それでは沙代は……沙代は現在(いま)、どうしている?」

 

行冥もまた、炭治郎を責める様なみっともない真似はしなかった。ただ、静かに沙代の無事を確認したくて尋ねる。

 

「沙代ちゃんですが、現在(いま)は"藤の花の家紋の家"に預かって頂きました。」

 

「……」

 

炭治郎からの報告を聞いて、行冥からは安堵の匂いが漏れた。炭治郎はそれを確認すると、罪悪感を抱きながらも行冥に伝えた。

 

「……実は俺、沙代ちゃんから"九年前の事件"について聞いています。」

 

「なっ!?」

 

「「……っ。」」

 

『……?』

 

炭治郎の一言に、行冥は露骨に動揺し驚愕した。炭治郎が言ったこの"九年前の事件"と言う単語に行冥が反応したため、自然と注目が集まる。この言葉の意味が分かる者は、炭治郎の他に産屋敷夫婦しか居なかった。

 

「悲鳴嶼さん。後で構いませんから、貴方からもお話を聞かせて貰えませんか? "九年前の事件"(その事)について、話したい事が有るんです。」

 

「……」

 

沈黙する行冥を見て、炭治郎は罪悪感を抱かざるを得なかった。

 

――早まったなぁ、悲鳴嶼さんを晒し者みたいにしちゃったよ。でも皆の前で話さないと、はぐらかされて終わるかもしれないと思ったし……まぁ俺の我が儘なんだけどさ、悲鳴嶼さんの事を皆に知って欲しいと、視力を取り戻して欲しかったって思ったのは……。

 

「待てっ。」

 

「っ!」

 

炭治郎が心中から沸き上がりそうになる後悔の念を押し殺していると、行冥がそんな炭治郎の心情を察した様に声を掛けた。声を掛けられた炭治郎は、行冥に顔を向ける。

 

「私も今、知りたい。君が沙代からどの様にあの話を聞いたのかを……だがその前に、先ずは私から昔話をさせて貰うとしよう。」

 

『!』

 

行冥がそう言うと、自然と静寂が大広間に広がって全員が行冥に耳目を集中させた。行冥はゆっくりと語り始めた。

 

「私は九年前まで、親代わりだった住職から寺を受け継ぎ、其処を孤児院として身寄りの無い孤児達を引き取って育てていた。皆、血の繋がりこそ無かったが仲睦まじく、お互いに助け合い生きて来た……私は一生、死ぬまでそうやって生きて行く心算だった。」

 

「私はある事に毎晩、細心の注意を払っていた。それは毎晩欠かす事無く、鬼除けのために藤の花の香炉を焚く事だった。何故なら私の住んでいた地域では鬼の脅威の伝承が根強く残っており、亡くなった住職から念入りに注意されていたからだ。私もまた孤児(子供)達には、門限だけはキツく言付けていた。」

 

『……』

 

其処まで行冥が言うと、炭治郎達は行冥の纏う空気が変わった事を察した。また、行冥が手に持っている数珠に力を僅かに込めた事も見逃さなかった。

 

「だがある晩、門限を守らず夜になっても寺に戻らなかった少年が鬼と遭遇した。少年は命惜しさに鬼に命乞いし……自分が助かる代わりに寺に居た私と他の八人の子供達、合わせて九人を喰わせると言って鬼と悪魔の取引をしたのだ。」

 

『っ!?』

 

「なっ!?」

 

「んだとぅっ!?」

 

「なん……だそりゃっ!?……屑野郎じゃねぇかそいつァ……っ!」

 

「……その少年は私が鬼除けに焚いた藤の花の香炉の火を消して、鬼を寺の中へ招き入れてから逃走した。直ぐに孤児(子供)達が鬼に殺された。残った四人の孤児(子供)達だけでも、私は命に代えてでも何とか守ろうとした。しかし四人の内、三人は私の言う事を聞いてはくれなかった。」

 

全員が絶句する中、善逸が憤慨した様にそう呟いた。行冥は額に青筋を立てながらも、静かに語り続ける。

 

「あの当時の私は少ない食べ物を孤児(子供)達に優先して食べさせていた。そのため、私は痩せ細っていて気も弱かった……大声なんて出した事も無かった。更には目も見えぬ様な盲目の大人など何の役にも立たないと言う、あの子達なりの判断だったのだろう……。」

 

『……っ。』

 

「……」

 

耀哉達は行冥の心痛を察して胸を痛めた。しかし、炭治郎だけは別の事を考えながら行冥の話を聞いていた。

 

「私の言う事を聞いてくれたのは、一番下の沙代だけだった。沙代だけが、私の後ろに身を屈めて隠れてくれた。私を当てにせず逃げた三人の孤児(子供)達は、暗闇の中で鬼に咽喉を掻き斬られて死んだ。……私はぁっ!……何としてでも沙代だけはこの命に代えてでも、鬼の魔の手から守らなければならないと思い、決死の覚悟で鬼と戦った。」

 

行冥はあの当時に抱いた怒りを思い出し、数珠に罅を入れる程の力を入れながら語り続けた。

 

「生き物を殴る感触は地獄の様だった……あの気色の悪さを私は死ぬまで忘れない……生まれて初めて全身の力を込めて振るった拳の威力は、自分でも恐ろしくなるぐらいに凄かった。鬼に襲われる事が無ければ、私は自身の強さに生涯気付く事は無かった。私は夜が明けるまで、鬼の頭を殴り続けた。……その結果、私は沙代を守り抜く事が出来た。しかし、あの夜に私は山ほどの大切なものを奪われて失い、傷付いた。」

 

『……』

 

「「「……っ。」」」

 

天元達は行冥の心情を察するに余り有る事だった。しかし、産屋敷夫婦と炭治郎は知っている。これはまだ行冥にとって、地獄の釜の蓋が開いたに過ぎない事なのだと。

 

「日出と共に鬼が塵となって消滅した頃、騒動を聞き付けて大人達が寺に駆け付けて来た。沙代は……沙代は駆け付けて来た大人達に向かってこう言った。」

 

 

 

『あの人は化物……みんなあの人が……みんなを殺した。』

 

 

 

『っ!?!?』

 

「う……そ……?」

 

「そんな……。」

 

「「「……っっ。」」」

 

 

沙代の発言を知って、大広間に居る誰もが絶句した。しのぶに至っては口元を手で押さえ、蜜璃は一筋の涙を流していた。

事情を知っている産屋敷夫婦と炭治郎もまた、直接その惨事を耳にしては、顔を曇らせざるを得なかった。

 

「まだ四つの子供が、あれだけ恐ろしい目に遭わされたのだ。混乱するのも無理は無い。」

 

行冥はそう言って沙代を責める事は言わなかった。しかし、行冥から悲しい匂いと音を確かに炭治郎と善逸は感じ取った。

 

「……しかし頭でそれが分かっていても、私はそれでも沙代にだけは労って欲しかった。私の為に戦ってくれてありがとう、守ってくれてありがとうと言って欲しかった。その一言が有れば私は救われた、報われる事が出来た……しかし、子供と言う者は何時でも自分の事で手一杯だ。」

 

「鬼の屍が消滅した事で、孤児(子供)達の亡骸と惨劇の現場だけが残された。私は大量殺人の罪で、牢屋に投獄された。私は幾ら真実を言っても信じて貰えず、親しくしていた大人達から人殺しよ、人非人(にんぴにん)よと責められ続けた。私は失意と絶望の中で、処刑されるのを待っていた。」

 

「……私はこの事件を耳にして、急いで駆け付けて行冥を牢から解放したんだよ。無論、無実も勝ち取り容疑を晴らした上でね。」

 

『っ!……っ。』

 

耀哉が行冥を見兼ねて、代わりに結末を説明した。天元達は最後に行冥が耀哉の働きで救われたのだと知って安堵し、敬意と感謝の念を抱いた。

 

「……」

 

炭治郎は行冥の話を聞き終えると、沙代から聞いた話を脳裏で照合していた。

 

「……っ。」

 

そして悲しい事実を知った炭治郎は、静かに涙を流した。尤も、直ぐに手巾(ハンカチ)で涙を拭き取ると、毅然とした真剣な表情で行冥を見た。

 

「悲鳴嶼さん。御辛い御話をさせて、申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました。」

 

「っ!」

 

炭治郎は先ず、辛い過去を話してくれた行冥に謝罪と感謝の言葉を送った。其処から炭治郎は沙代から聞いた話を、行冥に一語一句余すこと無く伝えるために話し始めた。

 

「ですが……貴方は一つ、悲しい勘違いをしています。沙代ちゃんから教えて貰ったんですが……当時(あのとき)、沙代ちゃんが言った"()()()"ですが……それは悲鳴嶼さんの事では無く、寺を襲った鬼を指して言っていた事なんだそうです。」

 

『っ!!!』

 

炭治郎から真実を聞かされて、大広間に驚愕の空気が広がった。行冥も動揺を隠し切れ無かった。

 

「な……に……っ?……それは、本当なのか?……っ。」

 

「はい。それから沙代ちゃんは悲鳴嶼さんが投獄されたと知って、悲鳴嶼さんを助けたくて必死で弁明したそうなんですが……気が動転していると判断されて、大人達に聞き入れて貰えなかったそうなんです。」

 

「っ……沙代……っ。」

 

行冥は自分のために尽くそうとした沙代の事を知って、涙を流しながら沙代の名前を呟いた。

 

「……それから、沙代ちゃんが悲鳴嶼さんに謝りたいのは、その事だけではありませんでした……もう一つ、あの娘が謝りたい事が有るんです。」

 

「沙代が私に謝りたい事……だと?」

 

行冥は炭治郎から伝えられた内容が気になったのか、感傷に浸るのを止めて炭治郎の方へ顔を向ける。

 

「はい……沙代ちゃんに教えて貰いました。あの事件は私達の所為で起きたのだと……そう嘆いていました。」

 

「……っ?」

 

行冥は炭治郎の言っている言葉の内容が理解出来ず、首を傾げて疑問が絶えなかった。この事件が起きた発端は、門限を守らなかった少年に有る筈だからだ。炭治郎は行冥が疑問を浮かべる様子を察して、続けて語る。

 

「状況だけ見れば、門限を守らなかった少年の所為に見えます。実際、そうなのでしょう……ですが、この少年が門限を守らず外に出ていたのは……沙代ちゃん達、他の八人の孤児(子供)達が悲鳴嶼さんに相談せずに、その少年を寺から追い出したからなんです。」

 

『っ!?』

 

「なん……だと……。」

 

炭治郎に選って衝撃の事実が知らされた事で、大広間に響めきが広がった。行冥もまた、動揺を隠し切れない。

 

「何故……沙代達があの子を追い出したのだ……っ?」

 

行冥は声を震わせながら、炭治郎にその理由を知りたくて尋ねた。

 

「悲鳴嶼さんは当時、御布施や御仕事で稼いだお金をコツコツ貯めていたんですよね?……沙代ちゃんから教えて貰いましたが、その少年がお金を盗んだところを沙代ちゃんが目撃して、それを知った他の孤児(子供)達がその少年を咎めて独断で寺から追い出したんだとか。悲鳴嶼さんは盲目だから、気付かなかったのでしょうね。」

 

「なんと……嗚呼、そうだったのか……。」

 

炭治郎の説明と考察を聞いて、行冥は納得した様に呟いた。炭治郎は行冥を見て胸に痛みを覚えたが、その痛みを押し殺して呟いた。

 

「もう詮無き事で、想像の中の話でしかありませんけど……もし鬼が現れず、明日を無事に迎えられていたら……きっと、何時も通りの掛け替えの無い日常を過ごせていたのかもしれませんね……。」

 

「そう……だな……。」

――嗚呼、そうだ。何時も通り……明日が来ていれば……。

 

もはや起こり得もしない"もしも"や"たられば"の話である事は、炭治郎も行冥も充分過ぎる程に理解していた。

想像するだけ非生産的で無意味な妄想でしか無い事は頭で理解していても、考えずにはいられなかったのだ。

 

『……』

 

そんな炭治郎と行冥の様子を察して、大広間に居る誰もが何かしら声を掛ける事が出来なかった。

すると炭治郎が漸く、その重い口を開いて再び語り出した。

 

「沙代ちゃんは、酷く自分を責めていました。あの事件は私達が彼を……()()を勝手に追い出したからあんな事件が起きたんだと、私達の所為で、私の所為で先生に辛い目を遭わせてしまったんだと……そう泣きながら()()()()()説明してくれました。」

『っ!?』

 

炭治郎が語った言葉に、思わず動揺する言葉が混じっていた。すると炭治郎はある違和感に気付き、それを見逃さなかった。

 

――……善逸?

 

炭治郎が気になったのは、善逸だった。善逸から強い動揺と焦燥の匂いがしており、また善逸から大量の汗が溢れ出ていた。そして事実、善逸はある単語を耳にして動揺していたのだ。

 

――な、何で炭治郎の口から"()()"の名前が出てくるんだよぉっ!?……い、いやっ!……他人の空似だっ! そうに決まってる!!

 

善逸は必死で自身を落ち着かせようと、小さく呼吸を繰り返して冷静さを取り戻そうとしていた。

 

「……」

 

炭治郎は善逸のそんな様子を見逃さなかった。しかし、それよりも優先すべき事がある。そう自身に言い聞かせていると、行冥は炭治郎が言い放った言葉の真相を知るために、炭治郎に問い詰めた。

 

「竈門炭治郎、沙代が()()()()()君に説明したとは……どう言う意味だ?」

 

「……すみません、言ってませんでしたね……沙代ちゃんはあの事件以降……声を失って喋る事が出来なくなってしまったそうなんです。」

 

『っ!!!』

 

炭治郎から齎された新たな情報に、大広間は衝撃が走った。

 

「沙代が声を……失っただと?」

 

「はい。」

 

「……っ。」

 

炭治郎にそう断言され、行冥は沙代の身に起きていた不幸を知って動揺した。

炭治郎は身体を震わせながら、更に語り続ける。

 

「沙代ちゃんはその事で現在(いま)も苦しんでいます。「先生は目が見えないのに、喋れない私はどうやって先生に謝れば、罪を償えば良いんだろう。」って……この九年間、ずっと自分を責め続けているんです。」

 

「――っ!!!」

 

沙代の苦しみを知って、行冥は思わず嗚咽を漏らした。

行冥の心中には、後悔の念が渦巻いて行く。

 

――嗚呼……私は心の何処かで自分は哀れな被害者なのだとばかり考え、己の感情を優先して他者への思い遣りが欠けていたのやもしれぬ……。

 

炭治郎は沈黙する行冥に向かって、意を決した様子で懇願した。

 

「俺がこの手紙を悲鳴嶼さんに持って来たのは、俺が沙代ちゃんに書いてくれる様に頼んだからです……悲鳴嶼さん。どうか、愈史郎さんの『紙眼・視()』を着けて、この手紙を読んでくれないでしょうか?……そして沙代ちゃんに会ってあげて欲しいんですっ! 御願いします。」

 

「っ!……っ。」

 

炭治郎が行冥に頭を下げて懇願する。盲目の行冥でも、炭治郎が自分に頭を下げているのは理解出来た。

 

「話は分かった……だが、私は手紙を読む事は出来ない。」

 

『っ!?』

 

行冥が拒絶の言葉を口にした事に、大広間には衝撃が走った。炭治郎もまさか拒絶されるとは思わず、愕然としてしまう。

 

「どうして……ですか? 悲鳴嶼さんっ。」

 

悲しみを隠せず、落胆した様子で炭治郎は行冥に尋ねた。すると行冥は驚きの理由を口にした。

 

「何故なら、私は生まれ付き盲目故に読み書きを習った事が無いからだ。だからたとえ、私が視力を取り戻したとしても、文盲な私ではこの手紙を読む事は出来ないのだよ。」

 

『あっ!?』

 

行冥が口にした尤もな理由に、全員が納得した。行冥の言う通り、文盲では視力を取り戻しても意味が無い。炭治郎達は完全に、その大前提を失念していた。

 

「す、すみませんっ! 悲鳴嶼さんっ!……で、では俺が手紙を読んでっ「落ち着きなさい、竈門炭治郎。」っ!……はいっ。」

 

狼狽した炭治郎は咄嗟に代案を出そうとしたが、行冥に宥められたため、素直に閉口する。それを感じて行冥は微笑みながら炭治郎に話し掛けた。

 

「君の思い遣りと優しさに満ちた気遣い、私はとても嬉しく思っている……この手紙は読み書きを覚えてから、私が自分で読む事にするよ。」

 

『っ!!』

 

「っ!!……そ、それじゃあ……っ!」

 

行冥の言質を聞いて炭治郎は歓喜と期待を胸にすると、行冥は続けて断言した。

 

「うむっ……それから近日中にあの娘に会いに行くとしよう。後で沙代が住んでいる"藤の花の家紋の家"が何処なのか、教えて貰いたい。」

 

「は、はいっ! 喜んでっ!!」

 

炭治郎は行冥が承諾してくれた事に歓喜しながら、自身も行冥の頼みを快諾する。そして炭治郎を喜ばす出来事は、まだ終わらなかった。

 

「最後に……君の言う、この『紙眼・視()』の使い方だが……教えて貰えないだろうか?」

 

『っ!!!』

 

行冥の頼み事を耳にして、大広間には改めて歓喜が広がった。その空気を察して、行冥が照れた様子で開口する。

 

「うむ……君と話をして、この世界を見てみたいと……今はそう、思えるようになった。」

 

「……っ!」

 

自分が切っ掛けで、一度は拒絶した愈史郎の『紙眼・視』を着ける決意をした事に、炭治郎は感動する。

 

「おい、悲鳴嶼。別段、難しい事じゃないぞ。ただ目元に……否、お前の場合、額に着けた方が良さそうだな。そうしないと、直ぐに濡れて駄目になりそうだ。」

 

「……そうかっ。御教授、感謝するぞ。愈史郎。」

 

「あっ!……悲鳴嶼さん、俺が着けますねっ!」

 

炭治郎は『紙眼・視』を手に持つと、行冥の額に向けて丁寧に貼った。それと同時に、再び愈史郎が行冥に助言する。

 

「いきなり光が有る方を見るなよ? 脳が驚いて頭痛を起こすかもしれんからな……暗闇の方から、ゆっくりと慣らして行け。それから絶対に陽光に『紙眼・視()』を当てるなよ。燃えて塵になるからな。」

 

「承知した。」

 

行冥は変わらず双眸から涙を流しながら、愈史郎の助言に従い光の強い場所を避けつつ、周囲をじっくりと見渡す。そしてゆっくり立ち上がった。

 

『っ!』

 

行冥は立ち上がると、縁側の近くまで移動して外の景色を見た。行冥は身体を震わせながら、声を漏らした。

 

「これが空かっ……あれが雲か……これが大地か……あれが木か……そして……あの丸く眩い光が、太陽か……っ!!」

 

そう言うと右手で目元を押さえながら、行冥は絞り出す様に口にした。

 

「世界とは、こんなにも美しいものだったのか……。」

 

『っ!!!』

 

行冥はそう言うと、何も言葉に出来ず沈黙したまま外の景色を見続けた。炭治郎を始め、一部の者達は行冥に貰い泣きして涙を流した。

 

 

 

 

 

 

行冥が外を見続けて五分程が経過した後、再び元の位置へ戻ると耀哉へ向かって平伏した。

 

「御館様……私個人のために貴重な御時間を費やさせた事、誠に申し訳御座いません。」

 

「良いんだよ、行冥。それより皆の顔を、もっと良く見ておかなくて良いのかい?」

 

謝罪する行冥に対して、耀哉は行冥に尋ねた。行冥ははっきりとした口調で答える。

 

「はっ……それはこの柱合会議の後に、取っておこうと思います。それから、御館様の御尊顔を拝見出来ました事、恐悦至極に存じます。」

 

「ふふっ。初めて君と会った頃なら、まだ綺麗な顔を見せれたのだけどね。」

 

「御館様……。」

 

行冥は耀哉の自虐的な物言いに何か言いたげだったが、敢えて何も言わない事にした。耀哉は其処まで行冥と話し終えると、ある人物に向かって視線を飛ばした。

 

「炭治郎の話を聞いて、ある事がとても気になっているんだよ……君もそうは思わないかい、善逸?」

 

「っ!?……えっ?……その、俺ですか?……御館様っ?」

 

耀哉にいきなり話し掛けられた善逸は、動揺を隠し切れ無かった。

 

「……」

 

炭治郎もまた、鋭い視線で善逸を注目する。善逸の普段とは違う様子が、炭治郎にとって気掛かりだった。

すると、耀哉が善逸にとって爆弾となる単語を口にした。

 

「……獪岳。」

 

「っ!?」

 

耀哉が呟く様にその単語を口にすると、善逸が大きく動揺した。しかし耀哉は善逸に気に掛ける事無く、炭治郎に話し掛けた。

 

「炭治郎、君は間違いなく"獪岳"と……そう言ったんだね?」

 

「はい、沙代ちゃんから間違いなくそう教えて貰いました。」

 

「……っ。」

 

耀哉の質問に対して、はっきりと炭治郎は断言した。すると善逸から動揺と焦燥の匂いが強くなった事を、確かに感じ取っていた。

そして間も無く炭治郎が、大広間に居る全員が善逸は何故動揺しているのかその明確な理由を耀哉から直接知る事になる。

 

「実は……『(きのえ)』の隊士にその"獪岳"と同名の子が居るんだよ。その子は"雷の呼吸"の使い手でね、元鳴柱で今は育手の慈悟郎に拾われて育てられた、善逸の兄弟子に当たる子なんだ。」

 

『っ!?』

 

「……っ。」

 

耀哉が齎した事実は、大広間に衝撃を齎した。炭治郎が双眸を見開きながら善逸を見ると、善逸は汗を滝の様に流していた。しかし、その善逸が立ち上がって反論する。

 

「違うっ!!」

 

『っ!』

 

唐突に大声を出す善逸に、全員が驚いて注目する。息を荒くしながらも、善逸ははっきりと言葉を紡ぐ。

 

「獪岳は……確かに傲慢で自分勝手な奴だけど、そんな事をする奴じゃない!……口は悪いけど、人一倍真面目で努力家なんだっ!……だ、だから……別人っ! 別人に決まってるっ!!」

 

『……』

 

善逸はそう言って獪岳を弁明するが、一度抱いた疑惑は証拠が無い限り晴れる事は無い。炭治郎は冷静に一考すると、行冥に尋ねた。

 

「悲鳴嶼さん。お聞きしたいのですが、貴方が知る獪岳の特徴……何か覚えていますか?」

 

「っ!……っ。」

 

炭治郎の質問に、行冥は沈黙するも意を決して話し始めた。炭治郎を筆頭に、全員が行冥に注目する。

 

「獪岳は……黒の短髪で、翡翠色の瞳をしていると聞いている。子供達の中でも年長者で、真面目な働き者だった……私は良く働いてくれる獪岳に報いたくて、勾玉の首飾りを彼に贈った事がある。」

 

「っ!!」

 

行冥が知っている獪岳の特徴を聞いて、善逸の反応が決定的なものとなった。行冥が獪岳について話し終えた瞬間、善逸が尻餅を搗いて座り込んだからだ。

 

炭治郎は心を痛めながらも、真相をはっきりさせるべく善逸に獪岳について尋ねた。

 

「善逸……どうなんだ? 悲鳴嶼さんが言う人物像と照合するものはあるのか?」

 

「っ……はぁっ……はぁっ……お、俺が知っている獪岳も……青い勾玉の首飾りを肌身離さず、身に着けているんだ。」

 

『っ!!!』

 

善逸が震えながら口にした一言、疑惑を確信へと導くものとなった。次々と、大広間に居る者達から憤怒の感情が湧き上がる。

 

「んな屑野郎が……何だってこの鬼殺隊に籍を置いてやがんだァ……ッ!!」

 

「……その元鳴柱と言う御仁は……その男の過去を知っていて弟子にしていたのか?」

 

「だとしたら許されん大罪だ……師弟諸共、さっさと処分すべきだろう。」

 

「派手に罪を償わせねぇとならねぇだろうなぁ。」

 

『っ!?』

 

実弥、義勇、小芭内、天元が続けて意見を述べる。一つを除けば、処罰を求める事を肯定する様な意見ばかりだ。それらの意見を耳にして、今度は愈史郎が意見を耀哉に意見を述べた。

 

「耀哉、どうする心算だ? 追い詰められて我が身可愛さに他人を売り渡す奴は……何度でも同じ事を繰り返すぞ?」

 

『っ!!』

 

愈史郎の意見を聞いて、注目が耀哉に移った。耀哉は五つ数える程の間を置いてから、結論を述べた。

 

「慈悟郎と獪岳、二人を産屋敷邸(此処)に召喚しよう……今からでも急げば、明日の朝には二人とも集められる筈だからね。」

 

『っ!!!』

 

耀哉の決定に、全員が息を呑む。その言葉の意味とは即ち、糾弾をするためのものに他ならないからだ。

 

「お、御館様っ! 待って下さいっ!!」

 

『っ!』

 

善逸が慌てた様子で、耀哉に抗弁しようとした。すると、耀哉が右手を翳して善逸を宥めた。

 

「善逸、落ち着きなさい。」

 

「っ!」

 

「私は二人から話を聞こうと思っているだけだよ……流石に放置出来る内容じゃないからね。もし君も気になると言うのなら、一緒に参加しなさい。良いね?」

 

「っ!……は、はいっ……っ。」

 

「……あまね。」

 

「はいっ。」

 

善逸は耀哉からの説得で、黙って承諾する他に無かった。耀哉は善逸が静かになったのを見計らって、あまねを寄せて耳打ちした。

 

「っ!……御意、仰せの通り致します。輝利哉、ひなき、にちか。私に付いて来なさい。」

 

「「「はいっ!」」」

 

あまねはそれから直ぐに立ち上がると一礼してから、輝利哉、ひなき、にちかの三人を連れて一度大広間を退室する。それから直ぐに()()の鎹烏をそれぞれの腕に乗せて戻って来た。

 

「あまねから聞いている通りだ。頼んだよ。」

 

「「「「カァ―――――!!」」」」

 

耀哉の言葉を受けて、鎹烏達は甲高く鳴くと飛んで行った。だが、炭治郎は鎹烏が気になった。

 

――二人に連絡をするなら二羽で良いだろうに、御館様はどうして鎹烏を()()も送ったんだろう?

 

「……炭治郎っ。」

 

「っ! は、はいっ!」

 

炭治郎が疑問に思っていると突然、耀哉に声を掛けられたので炭治郎は声を上ずらせて返答した。

 

「それにしても、どうして炭治郎は沙代の事を気付けたのかな?」

 

「はい、それは沙代ちゃんからとても悲しい匂いがしたからです……自分を引き取ってくれた義理の両親が亡くなったんだから当然だとは最初、思ったんですけど……どうしても放って置く事が出来なくて、沙代ちゃんに話し掛け続けたらあの娘の方から真相を全部教えてくれたんです。」

 

炭治郎は当時の様子を思い出して悲しそうにしながらも、毅然とした態度で耀哉からの質問に答えた。

 

「そうか……やはり私の勘は間違っていなかった。君が齎した二つの提案で、私は素晴らしいものを見せて貰った。君にあの緊急任務を任せたからこそ、私の予想を遥かに超える結果が齎された。心から感謝するよ。ありがとう、炭治郎。」

 

「っ!……いえっ、勿体無い御言葉です……っ。」

 

炭治郎は耀哉から直々に謝辞を述べられた事で、恐縮して平伏した。そんな炭治郎を見て、今度は珠世に話し掛けた。

 

「珠世さん。予定より大きく狂ってしまったけれど……貴女が持つ無惨一党の情報を、鬼殺隊(私達)に齎して貰えるかな?」

 

『っ!!!』

 

「っ!……勿論です。私が知っている事は、全て話したいと思います。」

 

珠世がそう言うと、耀哉は珠世を自身の隣へ座る様に促した。すると自然と愈史郎もまた珠世に付いて行く。その際に行冥達に向かって言い放った。

 

「これから珠世様が御話しされる。横から口を挟まず、黙って聞け。お前ら鬼殺隊の柱共が、今日まで死んで逝った役立たずの能無し共が屍山血河を築いても、その一欠片すら得られなかった貴重な情報源だ。はっきり言って、お前らの命よりも重く唯一無二なものだ。精々、その耳の穴をかっぽじって良く聞く事だなっ!」

 

『っ!!!』

 

愈史郎の情け容赦無い言い方に、行冥達は怒りを覚えた。しかし、何一つ情報を得られていない事実がある以上、反論する術は無く沈黙する他に無かった。しかし、この愈史郎の毒舌に対して声を返す者が居た。

 

「愈史郎っ!」

 

あまりの毒舌に、流石の珠世も反発して声を荒げながら愈史郎の名前を呼んだ。しかし、そんな大声を押し退ける凛とした声が大広間に響いた。

 

「愈史郎さん。」

 

『っ!』

 

「っ!……どうした、炭治郎?」

 

愈史郎は声を掛けられるとは考えていなかったのか、少しばかり驚いた様子で声がした方を見た。それは炭治郎だった。耀哉達もまた、炭治郎と愈史郎に注目した。

 

しかし、待ち構えていたのは炭治郎からの愈史郎への非難だった。

 

「流石にその言い方はちょっと……と言うか先刻(さっき)から酷過ぎませんか?」

 

「ちょっと酷い?……まさか、俺の言動の事を言っているのか?」

 

炭治郎の非難に愈史郎が首を傾げると、愈史郎にとって炭治郎の非難で思い当たるものが自身の言動しか無かった。そのため、愈史郎がそれを口にすると炭治郎が肯定した。

 

「そうです……と言うかそれ以外に有りません!」

 

「……そう言うがな、俺は事実しか口にしていないぞ?」

 

キョトンとした表情で愈史郎は首を傾げるが、これが炭治郎の不満と怒りに油を注いで燃え上がらせる事になる。

 

「はい、愈史郎さんは事実しか言っていません!……ですが、こう……配慮が一切無くて残酷だと思います!」

 

『っ!』

 

「配慮……残酷だと?」

 

愈史郎は炭治郎が言い放った重要な単語を理解するために復唱した。愈史郎は思わず顔を顰めた後、溜息を吐いてから炭治郎に反論する。

 

「炭治郎っ。お前は優しい奴だから、この程度で残酷だと思っているだけだ。俺は事実しか口にしていない。配慮して優しく言い直したところで、それが何になる? 鬼殺隊(こいつら)は小石で山を築き上げる様な、小さい勝利しか積み重ねていないのは事実なんだからな。」

 

「鬼殺隊が、鬼狩り共が、特に歴代の柱共がしくじり続けて来た所為で、千年と言う途方も無い無駄な歳月を悪戯に費やし、何千……いや万を超える尊い命を犠牲にしても無惨の影すら掴めないまま犬死にを続けているんだ。」

 

愈史郎は吐き捨てたい程の嫌悪感と軽蔑の念を抱いて、耀哉達を見下して断罪する。愈史郎の罵詈雑言は終わらない。

 

「そして犠牲の大きさの割には手の内を知り尽くされた挙句、自力では無惨一党(敵側)の情報を鬼殺隊(お前達)は殆ど得られていない! 鬼に殺されて喰われて惨めな最期を迎えただけだ。この変える事が出来ない無様な事実を前にして、配慮なんぞする必要は無いっ。無能無才を責められて当然だ!」

 

『……』

 

恥部とも言える冷徹な事実を指摘され、耀哉達は沈黙する。

しかし一切気に掛ける事無く、其処まで言い切ると愈史郎は止めとばかりに最後の罵詈雑言を口にする。

 

「鬼を狩れない鬼狩りなんぞ、塵屑(ゴミ)以下だっ!……そして上弦の鬼如きを倒せない柱など、更に価値が無いっ! 役立たずの能無し共が! 無駄死にして無様な最期を迎えた挙句、無意味で無価値な、つまらない……くだらない人生で終わりやがって、()()()()()生まれて来たんだよ!!」

 

『!!!』

 

今日まで戦い、死んで逝った隊士達を無価値と吐き捨てて断罪した。

流石のこの発言を耳にして、炭治郎達の表情は強張った。中には青筋を立てて、愈史郎を睨み付ける者も少なく無かった。

 

「ふっ。文句が有るなら言い返してみろ。それとも先刻(さっき)みたいに暴力に訴え出るか? もしその心算ならはっきり言って鬼以下だぞ?」

 

尤も、愈史郎はそんな者達を逆に睨み付けつつ鼻で嘲笑った。

 

「お前も一々死んだ奴ら相手に気に掛けるな、炭治郎。お前を守って死んだ炎柱を含む一部を除けば、どいつもこいつも何も残せず、何も成し遂げられずに死んだ惨めな負け犬に過ぎん。そんな恥知らずの面汚し共なぞ、気に掛けてやる価値も無い。」

 

「……っ。」

 

そして炭治郎も愈史郎の罵詈雑言に怒りを覚えつつも、それを表に出さない様に冷静さを保っていた。しかし、自身にとって大切な者も侮辱された悔しさからか、双眸には涙が浮かんでいた。

 

「……好い加減にしてよ……っ!」

 

『!』

 

ある震えた声が大広間に響き渡った。炭治郎達は声を主を探して首を動かす。その人物とは、無一郎だった。無一郎は全身を震わして、双眸に涙を浮かべながら愈史郎を睨み付けていた。

 

「皆が何のために生まれたのかって、そんなの決まっているじゃないか……っ!」

 

「……あっ? だったら何だと言うんだ、言って見ろ?」

 

愈史郎は理解不能とばかりに、無一郎に訊ねた。

 

「皆……皆っ、幸せになるために生まれて来たんだっ!」

 

『!』

 

無一郎ははっきりと、そう断言した。無一郎は更に続ける。

 

「僕は、死んだ皆が無価値で無意味な人生を送ったとは思わない……きっと、辛い事も苦しい事も悲しい事も沢山有ったと思うけど、それでも幸せだと思う瞬間は数え切れない程有ったと信じている。笑顔になれた瞬間が、嬉しいと思った瞬間が沢山有ったと信じてるっ!」

 

「……僕達の事は、幾らでも好きなだけ言えば良い。無能とか能無しとか役立たずとか、不甲斐無いから今も鬼が野放しになっているとか、全部事実だから気が済むまで言いたい事を言いたいだけ言えば良い! でもっ!……でも死んだ人達の事まで、そんな風に言わないでよっ、御願いだから……っ。」

 

『……』

 

無一郎は其処まで言うと、耐え切れず嗚咽を漏らして泣き始めた。耀哉達は、無一郎が初めて自身の意思で言葉を発した事に、驚きを隠せなかった。

 

「時透君っ!」

 

炭治郎は直ぐに無一郎の下へ駆け付けると、無一郎は炭治郎に向かって抱き着いた。炭治郎は自身が無一郎に抱き着かれた事に驚きはしたものの、直ぐに抱擁を返した。

 

無一郎の嗚咽が小さくなったのを見計らって、炭治郎が愈史郎に向かって開口する。

 

「……愈史郎さんが仰った事は全部、事実です。紛れも無い正論です! 全て正しいと思います!……ですが、同時に間違っていると思いますっ。」

 

『っ!』

 

炭治郎の反論を聞いて、耀哉達は無一郎から炭治郎に注目した。全員が静かに、炭治郎の言葉を待って耳を傾ける。

 

「……どう間違っているか言って見ろ。炭治郎っ。」

 

愈史郎も炭治郎の言葉の意味が気になって尋ねた。炭治郎が其処まで言うのだから、きっと相応に理由が有るのだと判断して。

 

「はいっ。先ず、愈史郎さんはその場凌ぎの人助けと仰いましたけど、それの御蔭で今日を生きている人達が居ます。」

 

『っ!』

 

「そして今日まで戦って亡くなった方々で、無駄死にや犬死にされた方は一人も居ません。いえ、今日までの戦いで無駄だったものなんて、一つも無い! これらの戦いや経験の全てが何時の日か訪れる、鬼殺隊の勝利に繋がる礎になると俺は信じています!」

 

「っ!……っ。」

 

愈史郎は炭治郎の言葉に、反論する事はしなかった。事実、炭治郎は杏寿郎に選って命を救われており、その炭治郎が幾人もの人の命や心を救っているからだ。炭治郎は更に語り続ける。

 

「俺達、鬼殺隊の隊士は階級に関係無く命を懸けて、罪無き人達を鬼から守り戦っています。皆が自分の手で無惨を倒して、この戦いを終わらせたいと、自分と同じ被害者を増やしたくないと強く願っています……だから戦いの最中で死ぬ覚悟は当然、有ります。だけど、だからって死にたい訳じゃない。決して、鬼殺隊(俺達)は死にたがりの異常者じゃない!」

 

「今日までの戦いで亡くなった柱達、柱じゃなかった隊士達もそうだ。彼らも死にたかった訳じゃない。きっと……もっと生きていたかった。大切な人の幸せを願っていた。大切な人と一緒に幸せになりたかった。」

 

『っ!!!』

 

「愈史郎さんは過去に居た柱達を"役立たずの恥知らず"と斬り捨てたけど……その柱達が上弦の鬼に敗れて亡くなるまで、多くの鬼を倒して沢山の人々の命を救ったんだと俺は思っています。柱達に命を救われて、幸せに過ごせた、過ごせている人はきっと大勢居ます!」

 

歴代の柱(その人)達も……本当なら、自分の手で無惨を倒してこの戦いを終わらせたかった。対峙した鬼を、自分の手で倒したかった。生きて、家に帰りたかった。大切な人達が待つ家に帰って、その人達と掛け替えの無い日常を過ごしたかった筈なんです。」

 

炭治郎が語った言葉の数々に、大広間に居る者は息を呑んで唇を噛んだ。炭治郎の口調から感じる憐憫と悔恨の情に、全員が同調したからだ。愈史郎もまた、例外では無かった。

 

「愈史郎さんにはっきり言っておきます。此処に居る多くの人達が……ううん、鬼殺隊に居る殆どの人は、好きで鬼狩りになった訳じゃない。皆、誰かに称賛されたいとか、名誉やお金が欲しいとか、そんな事はちっとも考えていない。」

 

炭治郎はそう言って、大半の鬼殺隊の隊士は名誉欲や金銭欲などといった俗物的な欲望を持っていないと断言した。そして少し悲しそうな表情を浮かべて、炭治郎は話を続ける。

 

鬼殺隊(俺達)は英雄になったと勘違いして愉悦に浸っていると、愈史郎さんは罵ったけれど、現実はそうじゃない。確かに命の恩人と感謝される事も有るけれど、全部が全部、そうじゃない。」

 

炭治郎はそう言うと、一呼吸おいてから鬼殺隊の現実を語り始めた。

 

「鬼を倒しても、誰にも感謝されないだけならまだ良い。それどころか、早く助けに来なかった事や守れなかった事を責められて、鬼に殺された人達の遺族に「役立たず」とやり場の無い怒りから罵られる事も有れば、鬼にされた人達の遺族に「人殺し」と恨み言を言われて石を投げ付けられる事だって有るんだっ!」

 

『っ!』

 

炭治郎が鬼殺隊の隊士に起きた現実を語ると、何名かが顔を強張らせた。それは、自身が経験しているからであろう。炭治郎もまた、其処まで語ると顔を俯かせて沈黙する。

 

炭治郎は幸運にもこれに近い経験をしても、実際に経験をした訳では無い。ならば何故実際に経験した様に語れるのかと言うと、その理由はこれらの逸話は全てカナエから直接聞いた逸話だからである。

 

炭治郎はこれらの逸話を聞いた時、涙が溢れそうになった。今も涙を流したいのを堪えて、炭治郎は沈黙を解いて再び語り始める。

 

「俺達だって本当の事を言えば、普通に生きたかった。日輪刀(かたな)なんて持ちたく無かった。血の匂いなんて知りたくも無かった。ただ……ただ大切な家族や人達と一緒に暮らして、普通に幸せになりたかった。」

 

炭治郎はそう言い終わると、一度双眸を閉じて沈黙した。炭治郎の脳裏には、既に此の世を去った最愛の家族と大恩有る四人の人間の顔が過ぎっていた。

 

修行を手伝ってくれた亡き兄弟子の錆兎や姉弟子の真菰、自分に大きな影響を与えてくれた杏寿郎、そして愛する恋人の一人であるカナエの四人だ。

 

錆兎と真菰も、恩師である左近次の待つ狭霧山に生きて帰りたかった。

 

杏寿郎も生きて帰れたなら、父の槇寿郎と和解出来たに違い無かった。

 

カナエも生きていたら、何時もの幸せな日常が続いていて、しのぶ達はその心にぽっかりと穴が開いて闇が巣食う事は無かった筈なのだ。

 

炭治郎は其処まで想うと、カナエを想って開眼してから愈史郎を真っ直ぐ見詰めた。

 

先刻(さっき)、愈史郎さんはカナエさんをしくじった、柱としての責務を果たさなかったと言いましたよね?」

 

「……あぁ、確かにそう言った。だが撤回する心算は無い。紛れも無い事実だからな。」

 

『……っ。』

 

愈史郎は毅然と、そう断言した。この無情な発言に対して、生前のカナエを知る行冥達は唇を噛み、拳を強く握りしめた。しのぶ達、カナエの妹達に至っては悔しさから身体が震えていた。

 

「そうですね、悔しいですけど……結果論から見れば、カナエさんは最期に大きな過ちを犯しました。しのぶさんにとって、強烈な"呪い"になった事実は否定する事が出来ません。」

 

『っ!?!?』

 

てっきり炭治郎は愈史郎に反論するのだと思ったばかりに、大広間は騒然となった。しのぶ達も、双眸を見開いて愕然としていた。

 

「……っ。」

 

しのぶ達から悲しい匂いを察した炭治郎は、直ぐにしのぶ達の方へ顔を向ける。そして一度深く頷いてから、強い眼差しでしのぶ達を見詰めた。

 

『っ!』

 

炭治郎の「大丈夫、俺に任せて。」と言わんばかりの表情に、しのぶ達は冷静さを取り戻した。善逸や伊之助も何か言おうとしたが、炭治郎の強い眼差しを見て沈黙を貫く。

落ち着いたしのぶ達を見て、炭治郎は愈史郎に再び顔を戻すと再び開口した。

 

「ですが……カナエさんが死に際に思ったのは柱としての責務を果たす事では無く、しのぶさんの幸せだった……それだけカナエさんがしのぶさんを愛していた、紛れも無い証拠です。」

 

『っ!』

 

「っ!……炭治郎、だがそれは「愈史郎さんっ。」……っ。」

 

愈史郎が炭治郎の言葉に反論しようとすると、炭治郎は遮る様に愈史郎の名前を呼んだ。これには愈史郎も、途中で沈黙する事しか出来なかった。

 

「柱として、正しい判断では無かったでしょう。ですがその他大勢の人の命よりも、血の繋がった一人の家族の幸せを優先して息を引き取るまで、強く願い続けたカナエさんの行動はとても人間的で……家族への愛に溢れている尊い行動だったと、俺は心から思っています。」

 

『っ!!!!』

 

「っ……。」

 

炭治郎の言葉に、全員が強い衝撃を受けて沈黙した。確かにその他大勢の命と一人の家族を天秤に掛けて、後者を取るのは客観的に見れば大間違いだ。

 

しかし、人間とは大勢の他人より一人の大切な者、愛する者を優先する生き物だ。そう言われては、愈史郎も無碍にカナエの行動を愚断と斬り捨てる事は出来なかった。

 

もし自分が「珠世とその他大勢の人間、どちらが大事か。」と問われたら、珠世だと即答する自信しか愈史郎は持っていないからだ。

 

炭治郎は言いたい事を全て言い終えると、愈史郎に向かって強く断言した。

 

「改めて、断言させて頂きます。俺はカナエさんやこれまでの柱や隊士達が、しくじって無駄死にしたとは絶対に思いません! 愈史郎さん、どうかお願いします。既にこの世に居ないカナエさん達まで、悪く言うのは止めて下さい。もう彼女達は、やり直す事も、反論する事も出来ないんですから。」

 

『っ!!!!!』

 

「……っ。」

 

炭治郎の断言に、大広間に居た者達は様々な想いが巡った。ある者は無惨討滅を改めて誓い、ある者は生前親しくしていた肉親や親友を思い浮かべ、ある者は恩師や親友の言葉を思い出していた。

 

愈史郎は炭治郎の正論に、ばつが悪そうに後頭部を掻いていた。数度、頭を掻いてから意を決した様に開口した。

 

「……そうだな。俺が言い過ぎた……俺も大概、感情に振り回されて人並みに制御出来てない様だった。これでは他人に偉そうにものが言えないし、その資格も無いな。」

 

『っ!』

 

愈史郎はそう自嘲すると、大広間の角に移動した。そして姿勢を正すと、両手を着いて頭を深く下げて土下座の姿勢を取った。

 

「……言い過ぎて、すまなかった。申し訳無い。」

 

『っ!!!』

 

愈史郎は静かに、だが確かに大広間に響き渡る声量で謝罪した。愈史郎の謝罪の言葉は、水面に一滴の水が落ちて波紋を広げる様に炭治郎達の胸にストンと入って行った。

 

「……っ!……私からも謝罪させて下さい。皆さん、愈史郎が申し訳ありませんでした。」

 

『!』

 

我に返った珠世が愈史郎に続けて謝罪の言葉を口にして、頭を深く下げて謝罪の意を口にした。

 

「……頭を上げてくれるかい? 愈史郎さんっ。珠世さんも頭を上げておくれ。」

 

「「っ!」」

 

すると沈黙していた耀哉が、愈史郎と珠世に頭を上げる様に促した。愈史郎は耀哉の言われた通りに頭を上げると、耀哉は話を続けた。

 

「愈史郎さんの謝罪の言葉は、確かに受け取ったよ。だが、愈史郎さんは私や剣士(子供)達を叱咤激励するために、態ときつく言ったのだと私は理解している。」

 

『……』

 

「人と鬼の違いはあれど、無惨を倒したいと言う想いは一緒の筈だよ。それから私は、鬼殺隊は何時でも忌憚無き意見を必要としている。たったの一言が、運命を変える事もあるからだ。だから遠慮せず、言いたい事は言って欲しい。そして珠世さん共々、どうか鬼殺隊(私達)の力になっておくれっ。」

 

耀哉はそう言って、愈史郎に向かってゆっくりと頭を下げた。それを見て、愈史郎もまた即座に答えた。

 

「約束するっ。最大限、俺は……俺の力の限りを尽くして、鬼殺隊に尽力すると此処に居る全員に誓う……っ!」

 

愈史郎は毅然とした表情で、そうはっきりと断言した。

 

 

 

 

 

 

夢幻世界

 

 

「~~~~~~~っ!!!!」

 

炭治郎の恋人兼師匠である胡蝶カナエは、夢幻世界の草原で転げ回っていた。

林檎よりも真っ赤に染めた顔を両手で押さえながら、悶絶していた。

 

――もうっ……もうっ!❤ 炭治郎君の馬鹿っ!……格好良過ぎよぉっ!!❤❤

 

禰豆子の暴走を止めるために出しゃばった後、炭治郎が心配で一瞬たりとて視線を外す事無く見続けた。

 

珠世を守るために、身代わりになって実弥に斬られた後も禰豆子を宥めて暴走を止めた。

 

鬼殺隊のために、その身を惜しまず参加を希望した。

 

内心では苦しんでいた義勇を察して、それを救って見せた。

 

斬った実弥を許して、更には弟の玄弥との仲を取り持った。

 

無一郎の記憶を取り戻すために尽力した。

 

心を閉ざしていた行冥の殻を、見事に破って見せた。

 

この時の炭治郎もカナエにとっては言葉に出来ないぐらいに格好良かったが、それ以上に喜ばせる一件がカナエには有った。

 

――炭治郎君が、私を庇ってくれた……守ってくれた……凄く……嬉しいっ❤

 

自身の生前の行いは、晩節を汚すと言っても過言ではない失敗だった。愚行だと後悔しているあの行動のせいで、しのぶを苦しめたのは事実だ。童磨(上弦の弐)の情報を残せなかった事も大いに悔やんだ。

しのぶに伝えていたら、自身の遺体を解剖するなどと言う辛い役目をさせずに済んだと、ずっと後悔していた。

 

それを炭治郎が尊い行動だったと庇い、認めてくれたのだ。最愛の恋人がそう行動してくれたからこそ、カナエの喜びは一入だった。

 

――んもぅっ!!❤❤ 炭治郎は何度、私は惚れ直させたら気が済むのよっ!❤……帰って来たらこの御礼はたっぷりしてやりますからね!❤ 覚悟していなさいよっ!❤

 

カナエはそう決意すると、身を起こして再び緊急柱合会議を、正確には炭治郎を見守るべく視線を今世に戻した。




お待たせしました。

初期設定の一つで、第伍話で沙代ちゃんを炭治郎が助ける緊急任務の話が漸く生かせました。
ご都合主義は承知の上。どうしても、行冥さんが沙代ちゃんと仲良くなって欲しかったんです。御了承下さい。

尤も、その結果として善逸に影が差してしましましたが……ぶっちゃけ、善逸をこの緊急柱合会議に参加させたのはこの話で生贄にするための様なものです。獪岳の事も詳細に分かるのは、善逸だけですから。
今は善逸どころか雷一門を影が覆っていますが、ちゃんと晴れるので御安心下さい。

カナエさんはあんな事言っているけど、ぶっちゃけ何も思い付いていません。あの世界って出来る事限られてるし(爆)

これにて中編は無事に終了しました。簡潔にまとめると、特定の柱にスポットライトを当てて救済する回でしたね。義勇、実弥、無一郎、行冥と炭治郎君の御蔭でその心を救済する事が出来たと思います。

余談ですが、行冥さんが作中で言った「世界とは、こんなにも美しいものだったのか……。」の台詞は実際に色盲の方が色覚補助眼鏡を付けた際、泣きながら「世界とはこんなに美しかったのか。」と仰られたシーンがあり、それを使いたかったから言って貰いました。

次回から後編。鬼殺隊が望んでも得られなかった無惨様の情報を共有します。原作に添った真面目な回がもうちょっと続きますが、御了承下さい。

て言うか、原作では一応、珠世さんと合流したのに何故、何一つ情報を共有してなかったんだ……。

次回の更新は大変申し訳ありませんが、十月中に行う予定です。気長にお待ち下さい。

登場人物の性器発言ってどう思います?

  • 有り(エロくなるからばっちこい)
  • 無し(日輪刀、鞘とオブラートに揶揄って)
  • 作者にお任せ
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