・鬼滅の刃原作に関するネタバレあり。原作未読の方は閲覧注意。
・鬼滅の刃二次創作小説です。
・原作・キャラクターの性格・設定等改変の可能性大。一部キャラ崩壊注意。
・思い付き次第で何度も編集を繰り返す可能性大。お時間がある時で良いので、良ければ読み返してみて下さい。
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産屋敷本邸のある一室では、琴の音色が優雅に鳴り響いていた。演奏者であるかなたは琴を演奏する手を止める事は勿論、手を緩める事も無いまま両眼を閉じてある日の出来事を思い出していた。
それは今から、半年以上遡って起きた出来事だ。
鬼殺隊の入隊試験である"最終選別"。
それは産屋敷家の私有地である、鬼が忌み嫌う藤の花が年がら年中咲き狂う"藤襲山"で定期的に開催される入隊試験である。
合格基準は唯一つ、"生き残る"だけ。
何から生き残るのかというと、それは鬼殺隊の隊士達が生け捕りにした雑魚鬼からだ。藤の花の牢獄とも比喩される藤襲山で、人肉に飢えた鬼から七日七晩生き残る。
普通ならば観光名所または大日本帝国を代表する名山の一つとして、その名が此の世に広く知れ渡っても良い筈の藤襲山はその理由から終日、一般人は立入禁止となっている。
もしこれを破って藤襲山に入山しようものなら、最初こそ咲き誇る藤の花に圧倒され魅了される事だろう。
しかし更に山奥へ進めば最後、鬼に骨一つ残らず喰われて死ぬ事になる。そう、食虫植物が醸し出す匂いに誘われて、捕食される哀れな昆虫の如く。
事実、この数百年で何百人もの人間がその事情を知らずに入山し、行方不明になっている。
これは発覚している人数だけであり、実際の行方不明者総数は一千人を超えると言われている。
行方不明者が減らない理由は、大きく三つある。
最大の理由は、鬼の存在を公言していないからだ。故に鬼の存在を信じない者にとって、警告も只の古臭い言い伝えに過ぎないのである。
他の理由の一つは、藤襲山の敷地面積が広大過ぎて、入山防止用の柵を建設したり監視役を置く事が非効率だからだ。
他所の土地に勝手に侵入する侵入者の為に余計な費用を費やす位ならば、鬼と命懸けで戦う隊士達に費用を費やす方が良いに決まっている。
最後の理由は、藤襲山から生きて戻った無自覚の生存者達が藤襲山について自慢気に公言するからだ。
鬼が潜む山奥まで行かず、自重して下山した生存者達が目撃した狂い咲いている藤の花を素晴らしさを酒を呷りながら語るのである。
それを聞いてしまった者達が、自分も見てみたいと藤襲山に足を運んでしまい、結果的に自らの意思で鬼の餌食になるのだ。
そうした呪われた経緯がある事から、地元では"鬼が巣食う呪われた山"として非常に恐れられ、子供を叱る常套句として"悪い子は藤襲山に送られる"と言う殺し文句が存在する程だ。
実態も真相も何一つ知らないと言うのに、世間で流れる都市伝説の如き噂話は大体合っているのが、面白い所ではある。
この"最終選別"では入隊希望者が鬼を倒す事が目的では無く、飽くまで生存する事がこの"最終選別"の唯一の合格条件だ。
これがとても難しく、時には"育手"の下で厳しい修行を積んだ鬼殺隊への入隊希望者が一人も生き残らずに全滅する事も珍しく無い。
しかし死んだ入隊希望者達を負け犬と責めて、敗北を嘲笑する資格は誰も持ってなどいない。
殆どの入隊希望者は生まれて初めて鬼と直接、命を懸けた殺し合いを行うのだ。中にはこの"最終選別"で初めて鬼を見る初見者も、決して珍しくなど無い。
なら鬼を一度見た者は生存率が高いかと言われると、そうでも無かった。鬼を初めて見た時の恐怖感が蘇り、身体が硬直してそのまま鬼に喰い殺される者も少なくないからだ。
入隊希望者の事情はどうあれ、鬼にとってはどうでも良い事だ。そもそも事情があろうが無かろうが、鬼には一切関係が無い。共通点は極上の餌である、と言う事だけだ。
この"最終選別"では鬼を見ただけで恐怖心を抱き戦意喪失する臆病者、鬼の動きについていけない弱者は篩に掛けられる形で呆気無く落命する残酷な運命が待っている。
実力も無いのに生き残れる幸運な者も稀には居るが、そんな事例など殆ど存在しない。居たとしても、運を使い果たして初任務で落命するだけである。
そして炭治郎の兄姉弟子である錆兎や真菰の様に、何れは柱にも成り得る将来性に満ち溢れた実力の有る強者もまた、運に恵まれず命を落としてしまう悲しい事例も存在する。こればかりは、人為的に変えようが無かった。
そんな地獄を見事に潜り抜けたのだから、余程の実力者でも無ければ大抵の合格者は満身創痍で疲労困憊である。中には気持ちが荒ぶって、心身が荒廃している者も当然存在する。
今回の"最終選別"においては、該当者が一人出てしまった。実弥の弟である玄弥である。
かなたは数発、玄弥に殴られたのだが炭治郎の咄嗟の働きの御蔭で軽傷だけで済んだ。
それから鬼殺隊への入隊に関する説明事項を聞き、日輪刀に使用する玉鋼を選び、更に体格に見合った隊服の為の身体の採寸を終えると、合格者の玄弥、カナヲ、善逸の三人は藤襲山から下山して行った。
ただ、炭治郎一人を除いて。
『どうかなさいましたか? 既に貴方様が今後鬼殺隊に必要な事項は全てして頂きましたから、皆様と同様、藤襲山を下山して下さって結構ですよ。』
かなたは玄弥に殴られて出来た痣など気にも留めない様子で、そのまま炭治郎に下山を勧めた。
すると炭治郎は顔を歪めて、両眼を震わせた。
『ごめんねっ。助けるのが遅くなって……痛かったよね?』
炭治郎は身を屈めてかなたと視線を合わせながら、そう言って謝罪した。
『いいえ、私なら大丈夫です。"最終選別"に御参加された皆様が受けた苦労や傷の痛みに比べれば、何という事もございません。』
しかし、かなたは玄弥に殴られて赤くなった右頬をそのままに、表情を変える事無くそう言ってのけた。それから、隣にいた輝利哉も続けて開口する。
『妹の言う通りです。どうかご心配無く……これから私達に代わって命を懸けて鬼と戦いに身を投じる合格者の皆様にとって、こんなものは瑣末な事でございます。』
そう言って、輝利哉とかなたは炭治郎に頭を下げた。
輝利哉とかなたは炭治郎を安心させるためだけに、この様な発言をした訳では無い。
これは無力な自分達に代わって、命を賭して鬼と戦う鬼狩り達への罪悪感から生まれた紛れも無い本心である。
何より"最終選別"と称して七日七晩も鬼が巣食う藤襲山へ放り込んだのだから、生還したばかりに気持ちが昂った玄弥の言動も責める事など出来無いという諦念も有った。
『嘘だよ。』
『『!?』』
炭治郎の一言で一見、人によっては不気味とも気持ち悪いとも言えた、輝利哉とかなたの能面の如く無表情な容貌に初めて感情が浮かび上がった。そして二人の今までの人形の如き立ち振る舞いに、初めて綻びが生まれる。
両眼を見開いて驚愕する輝利哉とかなたを余所に、炭治郎は満身創痍なボロボロの身体を引き摺りながら二人の前まで移動し、膝を着いて身を屈めると優しく二人を抱き締めた。
『『!!』』
これには輝利哉とかなたも驚きを隠せない。両眼を見開いて驚愕する。
何故なら自分達とこれまで抱擁を交わした事が有るのは、実の両親と他の三人の姉妹だけ。家族では無い第三者、つまり赤の他人から初めて受けた抱擁であった。
そんな驚愕して固まる二人に、炭治郎は肩に手を添えたまま一度抱擁を解いてから話し掛けた。
『そんなのは、嘘。全部、嘘。二人から強い嘘と悲しい匂いがしているよ?……当然だ。隠す必要なんて、何処にも無い。大切な家族を目の前で傷付けられて、平然としていられる訳が無いっ! そんなの悲しくて辛いに決まっているじゃないかっ……っっ!』
炭治郎は声を震わせながら其処までそう言うと、再び輝利哉とかなたを優しく抱き締めた。
『痛かったよね? 辛かったよね?……守ってあげられなくてごめん。辛い思いをさせてごめんっ。ごめんねっ!!……。』
『『っ!!』』
言葉を詰まらせながら、炭治郎は悔恨の念が詰まった涙を流す。炭治郎の嗚咽を耳にして、輝利哉とかなたは炭治郎の温もりを感じながら思っていた。
――どうして?……御自分の事でいっぱいいっぱいの筈なのに、どうしてこの方は初対面の私達のために、此処まで泣いて悲しんでくれるの?
――七日七晩もの間、鬼共が巣食う藤襲山に放り込まれて満身創痍の身に陥ったのに、どうして其処まで私達の事を気遣ってくれるのだろう?
そう考えている間に、輝利哉とかなたは自分達でも気付かない内に何時の間にか炭治郎の事を強く抱き締めていた。
――嗚呼、なんて温かくて優しくて尊い方なのだろう。
――辛い目に遭わせてごめんなさい。何も出来ない私達の代わりに戦わせてごめんなさい。
『っ……っ……っっ。』
『~~~っっ……~~~っっっ。』
輝利哉とかなたは炭治郎の胸に顔を埋めながら、声を押し殺して泣いていた。そんな二人を、炭治郎は優しく頭を撫でていた。
♦︎
一頻り泣いた後、炭治郎は近くにある大岩に腰を掛けて、輝利哉とかなたとの談話を楽しんでいた。
『竈門様は、妹様の為に鬼狩りになられたのですか?』
『うん。禰豆子って言う名前でね。俺に此の世で唯一
かなたに質問された炭治郎は、隠しておく事でも無いので正直に話した。尤も、禰豆子が鬼である事は、絶対に話す訳には行かなかったのだが。
『
『…………うん。お母さんも弟達も、もう鬼に…………っっ。』
炭治郎は其処まで言うと、気持ちが沈んだ様に顔を俯かせた。
『『…………』』
そんな炭治郎に、輝利哉もかなたも声を掛ける事は出来ない。自分達が生まれる前から、鬼に大切な家族や友人、恋人を奪われ続けている無辜の民が居る。炭治郎もまた、その中の大勢の一人に過ぎないのだ。しかしだからこそ、輝利哉達は何も声を掛ける事など出来なかった。
『……でも大丈夫っ。』
『『!!』』
顔を上げた炭治郎が、真っ直ぐ輝利哉とかなたを見詰めた。赤みがかっている炭治郎の瞳からは、強い意志が宿っているのが見て取れた。二人は炭治郎の瞳から、視線を外す事が出来ない。
『まだ俺には、禰豆子が居る。母さん達はもう此の世には居ないけれど……確実に、俺達の中で生き続けているから。』
『『!』』
炭治郎はそう言うと、自身の胸元に強く手を置いた。
『……あのっ……鬼殺隊に入隊される方は、鬼への憎悪や誰かを守る為とか、様々な理由や事情を持っておられます。竈門様は、どの様な理由で鬼殺隊に入隊されたのでしょうか?……やはり、御家族の復讐ですか?』
『!』
かなたから再び尋ねられた炭治郎は、質問の内容を聞いて少し思案した後、明確に答え始めた。
『そうだね……復讐心が無い訳じゃないよ。だけど……それより俺みたいに、大切な人を奪われる人が、一人でも多く減って欲しいと思っている。』
一番の理由が鬼になった禰豆子を人間に戻す方法を探し出す為などとはとても言えず、炭治郎は本心でも思っている事を口にした。決して嘘と言う訳でも無いので、間違ってはいない。
『
『『!!!』』
炭治郎は様付けで呼ばれている事実に、背中がむず痒くなるのを感じながら訂正を求める。
――こうして話してみれば、なんて事は無い。二人共、普通の子供じゃないか。
談話をしている内に、炭治郎は輝利哉とかなたの感情の豊かさが見て取れた。第一印象で人形の様だと思った事を、炭治郎は心底恥ずかしく思った。
『『……』』
炭治郎から名前で呼んで欲しいと言われた輝利哉とかなたは、少し緊張した面持ちで互いに視線を合わせた。それから輝利哉が、炭治郎に向かって正面から開口する。
『じゃあ……炭治郎っ。』
『うん。輝利哉……君だよね? 君、男の子でしょう?』
『『!』』
炭治郎は申し訳無さげに、女性の着物を着用している輝利哉の性別を指摘する。
『凄い……初見では今まで誰も輝利哉兄様の性別に気付かなかったのに……。』
『うん……いや、気付く人は居るには居たけど……こんなに早く気付いた人は初めてだと思うな。』
『いやぁ、俺って鼻が利くからさ。匂いで分かったんだよ。』
輝利哉とかなたが感嘆する様に声を上げる中、炭治郎は照れ臭そうに後頭部を掻いた。
余談だが、産屋敷家では魔除けの風習として、男児は十三歳まで女性として育てられる。その為、輝利哉は女性の着物を着用しているのだ。
当然の話だが、炭治郎はそんな産屋敷家の事情など知っている筈が無い。そもそも二人が産屋敷家の出身である事すら、炭治郎はまだ知らないのだから。
『っ……かなた。そろそろ炭治郎を帰らせないと、日が落ちてしまうよ。』
『あっ!……っ。』
輝利哉は名残惜しそうしながらも、日が落ちる前に帰って貰おうとかなたに注意する。かなたは輝利哉に指摘されて、名残惜しそうに顔を背けた。
『炭治郎、この藤の花の御守りをあげるね。もし日が暮れたとしても、この藤の花の香りを沁み込ませた鬼除けの御守りが、炭治郎を必ず守ってくれるよ。』
『ありがとう、輝利哉君。』
炭治郎は輝利哉に感謝しながら、藤の花の御守りを受け取った。
『あのっ……こっ、こちらもどうぞっ!』
『『!』』
かなたは少し重そうに、杖代わりの大きな木の棒を持って来て炭治郎に渡そうとする。
『か、かなたちゃん。ありがとうっ! 無理しなくても良いよっ!!』
炭治郎は慌てて、かなたから杖を受け取る。その際に、かなたを支える様に抱き締めた。
『っ!……っっ。』
かなたは再び炭治郎の温もりに包まれて、嬉しそうに赤面する。しかしそれと同時に、両眼に悲しい色が宿った。これから炭治郎と別れる事になるのだ。正式な鬼殺隊の隊士になるので、これが最初で最後になったらどうしようと言う懸念が、かなたの心中にはあった。
『……っ!』
するとかなたは、何か強い決意を抱いて炭治郎に話し掛けた。
『た、炭治郎様っ! 今後の指令は鎹烏を通して行われます……鎹烏はとても賢いので、そのっ……伝書鳩みたいに、手紙の配達も可能なのですっ! だから……だからお時間があれば、お手紙を下さいませんかっ!?』
『!!』
捲し立てる様に赤面しながらそう言ったかなたに、炭治郎と輝利哉は驚いて見ていた。特に輝利哉の驚きは、炭治郎の比では無い。かなたが普段は控えめで引っ込み思案な性格をしている事を、普段から知っているからだ。
『……うん。分かった。俺が無事に帰ったら、直ぐに手紙を書いて送るね。』
『『っ! はいっ!!』』
炭治郎が快くかなたとの文通を承諾すると、かなたも輝利哉も嬉しそうに満面の笑みを浮かべて返事をした。
そんな二人に気を良くした炭治郎は、徐に小指を突き出した状態で両手を差し出した。
『『?』』
炭治郎の行動を見て、輝利哉とかなたは首を傾げた。炭治郎が何をしているのか、理解していなかったのだ。二人の様子を察した炭治郎は、苦笑しながら説明を始めた。
余談だが、炭治郎はこの時に輝利哉達は裕福な家庭の出なのだろうと、見当を付けていた。庶民の出なら、指切りげんまんを知らないとは思えなかったからである。
『指切りをしよう。約束を守る為の御呪いだよ。輝利哉君、かなたちゃん。二人共、手を出して。』
『『あっ、はいっ。』』
輝利哉とかなたはそれぞれ、小指を突き出した状態で片手を差し出して小指を絡めた。
『それじゃ、俺が言う事を一緒に言うんだ。内容はこうだよ……。』
炭治郎は指切りげんまんの歌詞を、輝利哉とかなたに教えた。
『……良しっ! それじゃあ、行くよ?……せーのっ!』
『『『ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼんのーます ゆびきった!』』』
炭治郎達は異口同音に、指切りげんまんを行った。因みに炭治郎の音程は、少し外れていた。
『……ちょっと怖いですね。針を千本飲ませるとか……。』
かなたは歌詞の内容を聞いて、少し怖がっていた。そんなかなたに、炭治郎は優しく頭を撫でて宥める。
『怖がらなくても、大丈夫だよ。約束をちゃん守れば良いんだから……だから絶対に手紙を送るね。約束するよ。』
『『っ!!……はいっ!!』』
炭治郎がそう断言すると、輝利哉もかなたも再び嬉しそうに頬を紅潮させて喜んだ。
それから炭治郎達は、藤襲山で別れを告げた。そしてこれが炭治郎と輝利哉とかなたの三人の間で行われる、秘密の文通の始まりでもあった。そして暫く三人で続けて行く内に、ひなきとにちかとくいなの三人も加わって、合計で六人の文通になるのであった。
因みに炭治郎はこの時点では輝利哉達は幼いから隊士になれないが故に、この様な雑用紛いの仕事を請け負っているのだとばかり思っていた。
その為か竈門兄妹の為に開かれた柱合会議が行われるまで、炭治郎が輝利哉達の正体を知る事は無かったのである。
♦︎
「……炭治郎様。私の琴の音は、如何でございましたでしょうか?……って、ああぁ~~~~っ!!??」
演奏を終えて達成感と一種の高揚感を覚えながら、かなたはハッと熱い吐息を吐いてから炭治郎に感想を尋ねた。しかし両眼を開けて視線に移った先の光景を見て、思わず悲鳴を上げた。
「えっと……あのっ……ひなき様。」
炭治郎は困惑した様子で、俯せの体勢で寝ていた。炭治郎は行冥達と別れて一人になった直後、かなたに引っ張られる形で輝利哉達の自室へ招かれていた。
因みに炭治郎は、かなたと二人きりと言う訳では無い。
「炭治郎様、遠慮なんて、どうかなさらないで下さいまし。」
「御加減は如何ですか? 炭治郎様。」
「やはり凝ってますね。もう少し体重を乗せて行いますが、痛かったら言って下さいね?」
ひなきは炭治郎の頭部を自身の膝の上に乗せて、炭治郎の髪を優しく撫でていた。
にちかは炭治郎の背中に乗って、全体重を乗せて足で背中を揉んでいる。
くいなもまた、炭治郎の足を両手で揉んでいた。
「それと様付けや敬語だなんて、寂しゅうございます。どうか御手紙の様に、ちゃん付けで呼んで下さいませ。」
「あっ……うん。分かったよ。」
「どうして……えぇっ!?」
かなたはそんな炭治郎達の様子を見て、思わず困惑の声を上げる。
琴の演奏を始めた当初は、炭治郎達は横一列に並んで居たのだ。
しかし演奏を始めて少し時間が経過した頃に、かなたが両眼を閉じて演奏に集中している隙に、ひなき達が動いたのである。炭治郎はかなたの演奏の妨害になるのを嫌って、あれよあれよとひなき達の手で寝かされる事となったのだ。
「「「……ふふっ❤」」」
ひなき達は三人共、一瞬だけかなたに視線を向けて楽しげに笑うと、再び炭治郎に視線を戻した。ひなき達はとても幸せそうに且つ優越感を漂わせていた。
「ううぅっ!……っっ!!」
当然だが、かなたは面白くない。この日の為に兄の輝利哉の補佐をする傍ら、空いた僅かな時間をかなたは全て琴の修練に充てていたのだ。
それも全て、炭治郎に最高の演奏を聴いて褒めて貰う為である。にも拘らず、その待望の時間を邪魔されて、かなたは怒り心頭であった。
「むぅっ!!」
かなたが勢い良く立ち上がってひなき達に猛抗議しようとした瞬間、それは起こった。
スパァンッッ!!
「「「「!!」」」」
「姉上っ!! くいなっ!! かなたっ!!」
其処へ勢い良く襖を開けて入って来たのは、耀哉の実子の黒一点である嫡男の輝利哉であった。左側頭部には、炭治郎から贈呈された太陽の髪飾りが付けられていた。
輝利哉の声色からは、炭治郎が匂いを嗅がずともはっきりと怒気が含まれている事が分かる。
「私が居ない間に、炭治郎を
嫉妬心を隠す事無く、輝利哉はひなき達を睨み付けた。母のあまねの手伝いをしていたので、一人だけ室内には居なかったのだ。
自分が居ない所で炭治郎を独占するひなき達に、憤る輝利哉。しかし、ひなき達は輝利哉に怯まない。
「輝利哉は何を言ってるの? 炭治郎様が来れられたんだから、おもてなしをするのは当然でしょう。」
「それとも貴方は、炭治郎様におもてなしをするなとでも言うの?」
「輝利哉兄様が私達の立場なら、同じ事をなさっていたでしょう? 居なかった兄様が悪いのです。そんな事を言われる筋合いなど、全くありません。」
「っ!……うぅっ……っっ。」
ひなき達からあっさりと反論されて、輝利哉は論破出来ずに沈黙してしまう。
「えっと……あっ! そうだっ! 皆、温泉に入って来たらどうだろう? もう俺は行冥さん達と上がったばかりだから、今なら誰も居ないしゆっくり出来ると思うよ?」
「「「「!」」」」
「!……っ。」
炭治郎は何とか話題を逸らそうと、輝利哉達に温泉へ入る事を提案した。尤も、ひなきに頭を預けながら提案する炭治郎の姿は、些か間抜けて見えたが。
すると何故か、輝利哉は残念そうな表情を浮かべた。
「輝利哉……君っ?」
「炭治郎は、もうお風呂を済ませてしまったんだよね?……行冥達が羨ましいなぁ。私も、炭治郎と一緒に温泉に入りたかったよ。」
「っ!」
輝利哉は心底残念そうな表情を浮かべて、寂しそうにそう言った。
「……」
輝利哉が口にした内容を聞いて、炭治郎は咄嗟に思案を行った。
「……よしっ!……にちかちゃん。ちょっと降りて貰えるかな?」
「炭治郎様?……はい、分かりました。」
炭治郎は何かを固く決心した様子を見せた。それからにちかに背中から降りて貰うと、徐に身体を起こした。
「輝利哉君。良かったら俺と一緒に、温泉に入ろうか?」
『!』
炭治郎は輝利哉と視線を合わせると、一緒に温泉に入らないか提案した。
炭治郎の提案を聞いて、ひなき達は驚いていた。特に輝利哉は、一際驚いていた。
「でも、炭治郎……君はもう、温泉に入っただろうに。」
「温泉は何回入っても、気持ち良いものだし……それに一緒に入れる機会なんて、早々無いじゃないか。だから俺に遠慮なんて、しなくても大丈夫だよ。」
「!」
炭治郎が微笑みながら、輝利哉に面と向かってそう言った。すると気落ちしていた輝利哉の表情に、自然と笑顔が生まれる。
「ありがとう、炭治郎っ。」
輝利哉は歓喜から両頬を紅潮させると、炭治郎の左手を掴んで手を握った。
「良し、それじゃあ……っと、その前に……かなたちゃん。」
「っ! は、はいっ!」
炭治郎は輝利哉と手を繋いだまま、かなたの方へと視線を顔ごと向けた。突然炭治郎から名前を呼ばれたかなたは、驚きながらも返答をする。
すると炭治郎の一拍子間を置いてから、ゆっくりと話し始めた。
「
炭治郎が笑顔でそう言うと、空いている右手をポンとかなたの頭に乗せた。
「頑張ったんだね、かなたちゃん。俺の為に此処までしてくれて、本当にありがとう。」
「!!!」
炭治郎は深く感謝をした後、優しくかなたの頭を撫で始めた。
「~~っっ……っっ……ふぇっ。」
「え?」
炭治郎に頭を撫でられたかなたは、炭治郎に褒めて貰った嬉しさのあまり、涙腺が緩んでしまう。炭治郎が戸惑う様に困惑の声を漏らした瞬間、かなたは既に動いていた。
「ふえぇぇんっ! たんじろうさまぁ!!……あうぅっ、ひっくっ……だ、だいすき、ですぅっ……っっ。」
『!』
かなたは炭治郎に褒めて貰えた事実が嬉し過ぎて、号泣しながら炭治郎に強く抱き着いていた。そんなかなたを見て、炭治郎はかなたが落ち着くまで頭を優しく撫で続ける事にした。
♦︎
「あの……先程は取り乱してしまって、申し訳御座いませんでした。炭治郎様っ。」
かなたは泣いて目を赤くしたまま、恥ずかしそうに炭治郎に謝罪した。かなたは炭治郎の右手を握って抱き着いている様に手を繋いで居た。
「ううん。とっても嬉しかったよ。ありがとうね。かなたちゃん。」
気恥ずかしそうに若干を顔を俯かせるかなたに、炭治郎は気にしない様にと慰めていた。それを証明する様に、炭治郎はかなたの左手に少しだけ力を込めて強く握った。
「っ!……っっ❤」
自身の左手に感じていた炭治郎の熱が強くなったのを感じたかなたは、うっとりとしながら炭治郎に凭れ掛かった。
現在、炭治郎達は温泉に向かって、仲良く一緒に廊下を進んでいる。炭治郎が先頭に立ち、輝利哉とかなたの二人と手を繋いで仲良く歩いていた。
炭治郎達の背後には、控える様にひなきとにちか、くいなの三人が続けて歩いて来ている。
ひなき達は輝利哉とかなたの行動に、羨望の念はあれど抗議や文句を言う様な真似はしない。
何故なら先刻までは、自分達が良い思いをしていると正直に思っているからだ。此処は輝利哉とかなたに譲らないと不公平だろうと言う、思い遣りの念も其処にはあった。
「……っ!」
すると炭治郎がいきなり、両眼を見開いて足を止めてしまう。
「「「「?」」」」
「きゃっ……っ?」
炭治郎が足を止めた事で、輝利哉も必然的に足を止めてその場に立ち止まった。炭治郎の真後ろを歩いていたにちかは、炭治郎の背中にぶつかる形で足が止まって静止した。
「炭治郎様……?」
「どうかしたのかい、炭治郎?」
かなたと輝利哉は炭治郎が急に立ち止まった事が気になって、静止したまま動かない炭治郎に声を掛けた。
「……っ❤」
「にちか……ちゃっかりしちゃって。」
「狡いですっ。にちか姉さん。」
炭治郎の背中にぶつかったにちかは、炭治郎から離れなかった。寧ろ炭治郎から離れる所か、ぶつかった炭治郎の背中に思い切り抱き着いていた。
そんなにちかの大胆な行動力を見て、ひなきは感心した様子で感嘆の声を上げくいなは妬まし気に抗議の声を上げていた。
そんな背後から聞こえて来るにちか達の戯れも、両脇に居る輝利哉とかなたの呼び掛ける声も他所に、炭治郎はクンクンと匂いを嗅いでいた。
――この匂い……伊黒さんと鏑丸の匂いだっ。……匂いの先を辿ると……男湯? 温泉に入っているのかな?
炭治郎はその超人的な嗅覚で、小芭内と鏑丸が温泉に居る事に気が付いた。
「……炭治郎っ!」
「っ!!……嗚呼、ごめんごめん。早く行こうか?」
輝利哉から比較的強めに呼び掛けられた炭治郎は、我に返って輝利哉達に謝罪した。
それから炭治郎達は再び、温泉に向かって再度歩き始めた。
「邪魔をしてはいけないわ、にちか。」
「にちか姉さん、炭治郎様に迷惑を掛けないで下さい。」
「残念です。」
炭治郎が再び歩き始めた事で、炭治郎の背中に抱き着いていたにちかは、炭治郎から離れて距離を取った。
――伊黒さん、か……。
炭治郎は歩きながら、再び思案を再開させていた。考えていた事は勿論、小芭内の事であった。
――会議が終了した後から、何かギクシャクしているんだよなぁ……。
気難しい小芭内と一緒に温泉に入るとなったら、常人ならば敬遠するだろう。しかし、炭治郎は違った。
――良い機会だっ。これを切っ掛けにして、伊黒さんと仲良く出来たら良いなっ。輝利哉君達と一緒に、温泉に入りに来て良かった。
炭治郎は小芭内と温泉に入れる機会を、好機と捉えていた。炭治郎としては、小芭内であっても仲良くしたいと言う思いがあった。小芭内が炭治郎自身をどう思っているのかも知らない事実が、炭治郎にとっては幸なのか不幸なのかは分からかった。
脳裏の中で結論付けた炭治郎は、晴れ晴れとした表情を浮かべながら自然と進む足を速くして温泉へと向かった。そうしている内に、炭治郎達は温泉の出入口である
「それじゃ、行こうか?」
「「「「はいっ!」」」」
「はいっ!……んっ? ちょっと待ってっ!?」
『?』
輝利哉が制止したので、炭治郎達も必然的に静止せざるを得ない。何故輝利哉が制止したのか分からなかったので、ひなきは輝利哉に尋ねた。
「輝利哉、どうして止めるの?」
ひなきは僅かに不機嫌な様子で、輝利哉の答えを待つ。それはにちか達も同様の様子を見せており、輝利哉にジト目で睨み付けていた。
しかし輝利哉の方も負けじと、ひなき達をジト目で睨み付けてから開口する。
「何故、姉上達は普通に私達と男湯に入ろうとするんです?」
「……あぁっ、そう言う事か。」
状況を静かに見守っていた炭治郎が、輝利哉の指摘を聞いて漸く輝利哉が制止した理由を理解した。
輝利哉に尋ねられたひなき達は、各々で質問に答え始めた。
「おもてなしの続きをしようと思って……。」
「炭治郎様のお世話をしなくては行けないから……。」
「私は炭治郎様の御背中を、流したいだけでです。」
「……炭治郎様と一緒にお風呂に入りたいなぁって思いました。」
ひなき達は順番に男湯に入ろうとする理由を、眼を泳がせながら答えていた。ひなきとにちかは取り繕う様に尤もらしい建前を口にしていたが、くいなとかなたは自身の欲望が露骨なまでに丸出しである。
「……っ。」
当然の話だが、ひなき達の返答を聞いて輝利哉は納得する訳が無い。輝利哉が怒って開口しようとした瞬間、先手を打ったのはかなただった。
「あのっ……炭治郎様は、お嫌でしょうかっ?」
「えっ? 俺っ?」
『!』
かなたは炭治郎に、混浴する事に異議は無いか炭治郎に尋ねた。炭治郎が許可してくれるなら、如何にかなると言う考えなのだろう。輝利哉達も炭治郎が何を言うのか気になって、自然と炭治郎に視線が集中した。
「う――ん……俺は……別に気にしないかなぁ。」
炭治郎は思案している様子を見せながら、許容する発言を行った。炭治郎は禰豆子や今は亡きもう一人の妹である花子と一緒に入浴した経験もあってか、幼いひなき達と混浴する事に其処まで大きく考えていなかった。
尤も、これがしのぶ達の前で同様の発言を出来たかと言われたら、恐らく不可能だったと思われるが。
「「「「!」」」」
「!?」
炭治郎が混浴を許容する様な発言を聞いて、ひなき達は驚きつつも思わず口元に笑みが浮かんだ。一方の輝利哉は想定外と言わんばかりの様子で、両眼を見開いて炭治郎を見詰めていた。
「駄目だっ! 絶対に駄目っ!! "男女七歳にして席を同じうせず"と言うでしょうっ!? 姉上達は大人しく女湯に入って下さいっ!」
「「「「えぇっ――。」」」」
「えぇっ――、じゃないっ!!」
ひなき達の
「ふぅ……っっ。」
輝利哉はひなき達を漸く女湯の方へ押し込めると、疲れた様子で溜息を吐いた。それから直ぐに炭治郎に視線を向けた。その眼光は普段より鋭く、炭治郎を責めている様であった。
そんな輝利哉の視線を一身に浴びている炭治郎は、苦笑しながら頬を掻く事しか出来ない。
「其処まで、目鯨を立てなくても良いと俺は思うんだけどなぁ。皆で温泉に入った方が、一番賑やかで楽しく過ごせるだろうし。」
「…………炭治郎。此処で起こった事の一部始終を、父上と母上に……それとしのぶ達にも後で全部話して来ようか?」
「すみませんでしたっ!」
輝利哉が脅迫する様に口にした内容を聞いた炭治郎は、その石頭を額から床に叩き付ける勢いでその場で土下座をして、輝利哉に許しを請う事しか出来なかった。
炭治郎はしのぶ達がもし此処で起こった一部始終を聞けば、間違いなく説教の嵐が吹き荒れる事は想像するのに難しくなかったからだ。
耀哉とあまねであれば怒りこそしないだろうが、災いではなくても何が自分に降り掛かって来るのか想像も付かず、その事実が炭治郎には心底恐ろしかった。
「フンダッ……早く温泉に入りに行くよ、炭治郎。」
「…………はい。」
輝利哉はそんな炭治郎の様子を見て一回だけ鼻を鳴らすと、炭治郎の手を引っ張って共に男湯の方へと入って行った。
炭治郎も輝利哉達も、此処からゆっくり温泉に浸かってゆっくり出来ると考えていた。
しかしそれは非常に甘い考えであったと後に思う程の、想像を超える事態が発生する事になるとは、この時点では考えもしなかった。
お待たせ致しました。
炭治郎と産屋敷姉妹との関係が気になっていた方々、長らくお待たせして申し訳ございませんでした。
こんな感じで、炭治郎と輝利哉達との交流が本格的に始まって行きます。炭治郎と産屋敷家が深く交流しているのは、拙作位ではないでしょうか?w まぁ探せばあるかもしれないですけど、私は読んだ事がありません。
産屋敷家は資料も登場回数も少ないから、キャラが崩壊し過ぎない程度に自由に設定出来るのがありがたいですね。
最後に、また温泉回に逆戻りになってしまってすみません<(_ _)>
今後にとっても必要な展開になって来るので、どうかお付き合い下さいませ。
次回の予告ですが、まだ最終調整などが終わっていない始末ではっきり申し上げられません。更新準備が整い次第、前日に更新予告を出させて頂きます。どうかよろしくお願い致します。