――海外合同合宿、という体の小旅行。
ポピパとハロハピだけでなく、引率の教師として霊能学担当非常勤講師であるエヌラスも同行している。だが、あまり自分達と関わろうとはしなかった。
日本に帰国してから、自分の部屋のベッドに横になって花園たえは天井を見つめる。
「……すごかった」
ポツリと呟き、自分の胸に手を当てる。
魔界の軍勢。まるで悪夢のような光景。豪雨の最中、叩きつけるような嵐の中であの人は果敢に立ち向かっていた。
漫画やアニメのヒーローみたいに輝かしい活躍ではなかったけれど。
それでも、すごかった。すごく、すごかった。
なんて言えばいいのかわからないけれど、とにかく、すごい、と思った。
おとぎ話や、漫画のように強い人ではなかったけれども。それでも、負けない人だった。
駅前で、ギターを弾く。今日はポピパの練習とは別に、なんとなく。
人通りの多い駅前では立ち止まって耳を傾けてくれる人はそう多くないけれど、それでも弾きたい時に弾いている。たまに、ちょっと迷惑な人もいたりするけれども気にしていない。
「…………」
演奏に夢中になって気づかなかった。
衆人環視の中に、一人だけ。まるで世界に切り抜かれたように立っている。
黒髪も、日本人らしいのに。振る舞いは少し怪しいけれど。服装も他の人と変わらず、馴染んでいるはずなのに。なぜか、花園たえはその姿をひと目見た瞬間に釘付けになった。
腕を組んで、自分の演奏に耳を傾けてくれている。
左目の刀傷が特徴的な顔。それを隠すように伸ばした左の前髪。まるで子守唄にでも聞こえているかのように、穏やかな顔をしている。
そんな顔もできるのか、と感心してしまった。見惚れてしまった、とも言うが。
演奏の手を止めるとすぐに人混みが通り過ぎていく。だが、その人だけはまるで余韻に浸るかのようにその場から動かなかった。
血のように赤い瞳と目が合う。
「おつかれさん、おたえ」
「…………」
一人だけ声を掛けてくれた。
陽の沈んだ街の中で。すっかり暗くなって、一人でいることを案じてくれたのだろう。
ギターをケースにしまいこむ。それを担ぎ上げた姿に寄り添う。
頭から爪先までじっくりと観察する。
すっかり完治して元気な姿を見せてくれていたことに、たえは頷いた。
本来ならまだ病院のベッドの上のはずだ。それどころか意識不明状態で昏睡、そうでなければとっくに死んでいておかしくない。それほどの死闘と傷を負っておきながら――この人は、いつものように、日本でこうして自分と肩を並べていた。
「どうしたんですか、エヌラスさん。駅前に用事ですか?」
「いや、お前が弾き語りしてるって話だったから。女の子一人で夜出歩くのは危ないし」
「……」
「駅に用事はないが、お前に用があったってこと。理解したか?」
「私の心配してくれてたんですか?」
「今、心配してんの。わりーかよ」
腕を組んで、ぶっきらぼうに言い放つエヌラスの顔をじっと見つめて、たえが薄く微笑む。
本当に、優しい人だ。その気持を自分に向ければいいのにと思ってしまう。
「とっくに夕飯の時間過ぎてるぞ。遅いと親も心配するだろうし」
「そこはちゃんと連絡してあります」
「そうか」
ぐー。今のは誰のお腹の音だろう。そこは、言わずもがな該当者一名。
「お腹空いてるんですか、エヌラスさん」
「バイト上がりに飯も食わずに来たからな」
「……なにか食べに行きます?」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
薄く微笑みながら、たえが髪を手でかきあげる。花咲川女子学園でも顔の良さは話題になるほど。三年生の白鷺千聖と並んでも遜色ないほどだが、口を開けば飛び出す頭の中の花園ランド。
「まぁ、いいか。なに食いに行く?」
「ハンバーグっ!」
「即答かつ、いい笑顔で答えるな」
「……ハンバーグ」
「あーはいはい、ハンバーグな。んじゃファミレスでいいか?」
「私、新作の食べたいです」
「奢るから好きなの食えよもう……」
「いいんですか?」
「金はあるしな」
ちょっと人には言えないお仕事のせいで。弦巻家の支援もあって資金面に関しては割と余裕がある。エヌラスの手を引いて、たえが急かしていた。
「そういうことなら沢山食べますね」
「限度ってものがあるからな?」
「ハンバーグは別腹です」
違う、財布の心配をしているんだ。
――ファミレスに到着して、席に座るなり新作のハンバーグを注文するたえ。エヌラスも同じものを頼み、運ばれてくるのを待つだけとなった。お冷で乾いた喉を潤しながら、しばし無言を挟むと、唐突に思い出したようにたえが話を切り出す。
「エヌラスさん。夜、暇ですか?」
「へ、夜? まぁ――暇っちゃ、暇だが……」
こうして夜に街の見回りをしているのも、生徒が怪異に襲われないようにしているからだ。怪事件に巻き込まれて行方不明者がこれまで何人出ているか。その中に女子学園の生徒達がいないことは幸いと言うべきだろう。
毎晩と言っていいほど見回りをしているエヌラスはほとんど寝ていない。朝、自宅に戻ってきてからバイトに行くまでの僅かな数時間だけだ。たえからの提案を飲んだところで特に問題はないが――、ないのだが……。
花園たえが何を考えているのか、まったくわからない。エヌラスは、そういう意味ではたえが苦手だった。
「うちに泊まりに来ませんか」
「いきなりだな……」
「大丈夫です。お母さんもエヌラスさんに会いたがってましたから」
「……んん?」
いや、確かに教師として接している以上は親も気になるだろう。しかもあんな大事件に巻き込まれたとあっては一言くらい物申したくなる気持ちもわからなくはない。だが、それで家に泊めるとはまた突飛な行動だ。それが、どうにもトラウマを抉る。
“あの人”もそうだった。突拍子もなく人を地獄に叩き落としてくれる。だから、ついたえには警戒心を抱いてしまっていた。
「それは、俺としては構わないんだが……」
「…………ふふっ」
「なんだよ、なんで笑うんだよ!? なんだよその顔、何思いついたんだよ。何考えてんだよこえーよ!? 何する気だよおたえ!?」
「何する気って、別に何もしませんけど」
(ほんとかよ……)
絶対嘘だ。そう言う相手に限ってとんでもないことをしでかしてくるんだ。俺は経験上詳しいんだ。とても。エヌラスは水を飲み干してから、席を立つ。ドリンクバー付きだったのでもののついでに何かジュースでも、と考えてたえのコップも空になっていたことに気づいた。
「おたえ、なんか飲み物取ってくるか?」
「いいんですか? じゃあお願いします」
「すぐ持ってくる」
ドリンクバーの前に立ったはいいものの、どれを飲むかまったく食指が動かない。結局自分が飲むのは水にして、たえにはコーラを持っていく。
席に戻ってからも、会話らしい会話は無かった。ただ、自分の顔をジッと見つめてくる視線が突き刺さる。
「…………」
「…………?」
目を逸らして気づかないフリをしていたが、あまりに熱っぽい視線なものだからエヌラスも視線を返した。
こうして黙っていれば、美人だと素直に褒める。日本人らしく特徴的な艶のある長い黒髪。顔にかかる髪をかきあげる仕草も様になっている。こうして見つめ合うだけでもこちらが緊張してしまうほど、顔立ちが良い。いっそ人形のように飾ってしまいたいくらいだ。
頬に差した紅も、慈しむように細めた目も、吐息をこぼす唇も。ギターを続けてきた芸術的な美しさの指先も、何もかもが、愛おしい。――それは、自分が秘めた感情だ。決して明かすことはできない特定個人へ向けた恋愛感情。
「お待たせしましたー」
「あ、来た」
ハンバーグが運ばれてくると、ぱっと視線を逸らして目を子供のように輝かせている。自分を見つめてきた時とは打って変わって無邪気な笑顔をみせていた。
チーズの入ったハンバーグに、デミグラスソースがかけられている。合挽き肉の割合やソースの配分、そして何よりはなまる卵焼きが乗せられた出来栄えにたえが嬉しそうにしていた。
気の所為でなければ。たえの前にハンバーグの皿が二つほど並べられている。
どんだけ好きなんだハンバーグ。
「たえ、本当に肉好きなんだな」
「エヌラスさんも同じくらい好きですよ」
「は?」
「いただきまーすっ」
「……あー、おう……」
ハンバーグと同じぐらい好きなら、食べてしまいたいということか? 自分なんか食べたところで腹を壊すだろうに。物好きなものだ。しかし、幸せそうな顔でハンバーグを頬張るたえの顔を見ていると、エヌラスは自分も胸の奥が温かくなるのを感じていた。それは遠い昔にも感じていた懐かしい気持ち。忘れようとしていたものだ。
運ばれてきた注文していた自分のハンバーグが運ばれてくる。
俵ハンバーグ。俵ハンバーグ、新作はなまるハンバーグ。総量にして一キロ近い肉の暴力。それに付け加えて米と石窯パンとバゲットと炭水化物の山。流石にその量にはたえも目を丸くしていた。
「……あの、ご注文は以上でお間違いなかったでしょうか?」
「あー、すいません。ポテト追加で」
「かしこまりましたー。少々お待ちくださいませ」
「……太らないの?」
「太るほど食ってるように見えるか?」
引きつった笑顔のウェイトレスが去って、できたてのポテトを持っていくと既にハンバーグが平らげられていたことに目を丸くする。どんな速度のどんな勢いで食べれば消えるのか。
「俵ハンバーグ追加でお願いします。二つ」
まだ食べるの!? 驚愕の一言に尽きる。
結局、たえが三皿。エヌラスが六皿、ハンバーグを食うだけ食って店を後にした。全額エヌラスの奢りだが。
「美味しかったぁ……でもエヌラスさん、食べすぎですよ。お店の人、顔引きつってましたし」
「あの程度で驚かれてもな。金と時間があったら店が潰れるまで食ってたことあるぞ」
故郷では師匠ともどもに出禁を食らうこと数軒。馴染みの商業国家でも何軒か。頼れるのは顔なじみで口うるさい吸血鬼くらいだ。
二人で夜の街を歩く。
住宅街に差し掛かると喧騒も遠ざかり、足音だけが静かに聞こえてきた。
「エヌラスさん」
「ん?」
「手、繋ぎませんか」
「いいぞ。ほら、おたえ」
「じゃあ、失礼しますね」
たえの指先が触れて、そのまま小さく手を握ってくる。それに返すと、少し驚いた顔をされたことにエヌラスが苦笑した。
「なんで驚いてるんだ?」
「ん、なんだか。ちょっと意外で」
「意外って、どう」
「なんか、少女漫画みたいなことしてくるから」
「そこまでロマンチストじゃないぞ俺は」
今度は指先を絡ませるようにして。繋いだ手を優しく握る。
ギターを爪弾く才能をまるで守るように、肌をなぞる。それにたえがくすぐったそうに頬を綻ばせていた。
「なんだかこの握り方、ちょっぴり変な気持ちになりますね」
「やめるか?」
「いやとは言ってません。あ、着きました」
「もっと早く言え!」
危うく家の前を過ぎて持ち帰るところだった。
庭先ではたえの飼っているウサギ達が元気に跳ね回っていたり、眠っていたりと自由気ままに過ごしている。これだけいれば非常食には困らないな、とか考えながらもエヌラスがたえに続いて家に上がった。
「こちら、お母さん」
「たえの母ですー。それじゃあ、たえちゃん、がんばって!」
「うん、がんばる」
「なにを!?」
「あ、そうだ。エヌラスさん、でしたよね? いつも娘が世話になってます」
「あー、いえいえ。こちらこそ……」
「それで、よろしければこちらを。つまらないものですが」
「はぁ……これは、どうもご丁寧、に……?」
玄関で迎えてくれたたえの母親から手渡されたのは、小さなビン。
栄養剤。アオリ文句に「朝までコレ一本!」とか書かれている。
…………、どういった意図でこれを渡してきたのだろう。
「あの?」
「それじゃあ、がんばってくださいね!」
「なにを!?」
「じゃあエヌラスさん。部屋に行こっか」
笑顔で手を振りながら見送られる。たえに手を引かれながら、部屋に招かれた。
家族ぐるみで人のことを謀るとは畏れ入る。
――部屋で腰を下ろすと、荷物を置いてからすぐに制服のボタンを外そうとするたえのことを引き止めた。
「ちょっとまって?」
「あ、脱がせたいタイプだったりします?」
「待てや」
「いいですよ」
全然人の話を聞いてくれない。
制服を脱ぎかけたまま身体を預けてくる。あぐらをかいているエヌラスの足の間にすっぽりと収まり、見上げてきていた。
「……脱がさないんですか? 着たまま、とか好きだったり?」
「……」
からかっている、というわけではないだろう。
「脱がせていいなら、裸にひん剥くぞ」
「そこまでしちゃいます?」
「脱がせろって言ったの、そっちだろ」
制服のボタンをひとつずつ外していき、肌に指を滑らせながら花咲川女子学園の制服をはだけさせていく。タイを解いて、腰回りのベルトも外すと肩を露出させる。すると、たえが少しだけ身震いした。
「ちょっと肌寒いかな……」
「だろうな」
「でも、背中が暖かくて気持ちいいです。居心地いいですね、ここ」
「俺の膝の上を定位置にするな」
「…………」
「そんなあからさまにしょんぼりしないでくれ」
エヌラスが下着に手をかけると、小さく声をこぼす。
「……今、おっぱい触りませんでした?」
「触るつもりはなかった。悪い」
「女の子の胸、簡単に触っちゃいけませんよ」
「お前は俺をどうしたいんだ……」
頬を膨らませてむくれるたえに、もうどう手を付けたらいいのかわからない。本当に変わっているというか、我が道まっしぐらなマイペース。しかし、そういうことなら考えがある。
触れていた手を離して、しばし放置。
「?」
「それなら、おたえがしたいようにしてくれ」
「いいんですか?」
「ああ」
「…………」
顔を赤くしながら、何か考え込んでいた。――と、その時。部屋の扉がノックされてエヌラスの心臓が跳ねた。
「たえちゃーん、飲み物持ってきたから後で……あら。順調みたいね」
「うん。置いといて」
「はいはい。それじゃあお母さんこれから出かけてくるからごゆっくり~♪」
「はーい」
エヌラスが顔を覆う。
どうなってんだよ日本の家庭! 一般ご家庭ではこれが普通なのか!? 俺がおかしいのか!
――なお花園家はかなり特殊なパターンの模様。相変わらず地雷を素で踏みに行く男である。
「……じゃあ、脱がせていいですか?」
「好きにしろよもう……」
言うだけ無駄だと学んだ。
いそいそと、たえがスーツのボタンを外していく。カフスのボタンも外して、ゆっくりと脱がせるとエヌラスの肌着を見て瞬きをしていた。
黒のインナーシャツ。身体に合わせた造りのトレーニングウェアが見慣れないのか、首を傾げている。
「ああ、これか。怪我のリハビリも兼ねていつもと違うやつ着てたんだ。少し脱ぐのが手間だがちゃんと効果あるし」
身体補助用魔導衣類。治療促進の効果もあるが、長期間の着用はあまり認められていない。男女兼用のデザインだがエヌラスは加工している。
通していた魔力を遮断すると、身体を締めつけていたインナーが緩んでシワができた。まるで空気でも抜けたかのように弛んだ生地に触れて、たえが脱がせる。不思議そうに眉を寄せながらシワを伸ばしたりしてみた。かと思えば、今度は顔を近づける。
「……すんすん」
「なぜ嗅ぐ」
「すぅ、くんくん……」
「だからなんで臭い嗅ぐんだ」
「どんな匂いかなって」
「……で、感想は?」
「ファミレスの匂いがちょっと」
「そらそうだよなぁ!?」
「あとは――男の人のニオイがします」
「……」
それは当たり前のことなのだが、たえにはそれがちょっと意外なように見えた。素肌を見てから、左胸の刺青を見て再び顔を近づけてくる。間近で見ても、それが直接肌に刻印されているわけではない。ぼんやりと浮かび上がる魔術刻印を不思議そうに見つめながら、指でなぞり始めていた。
「おたえ。くすぐったい」
「…………すごく、綺麗ですね。淡く光ってて、蛍みたいで」
「肌、見苦しくて悪かったな」
傷だらけで。傷跡だらけで。ろくに治しもしてこなかったせいだ。だが、たえはそれを気にした風もなくキョトンとしている。
「私は気にしてませんよ」
「そうか」
「見られるの嫌なんですか」
「お目汚しかと思ってな」
「私はすごいと思いますけど。だってこれ、全部怪我してきた痕なんですよね? でもエヌラスさんが生きてるの、すごいなって」
「……いっそ死んでりゃ楽なのにな」
「そんなこと言わないでください」
「言いたくもなる――って、悪い。そんな弱音吐いても仕方ねぇよな」
らしくもないことを呟いて、すぐにエヌラスが気を取り直す。だが、その頬にたえの両手が伸びて捕まった。目を見ながらゆっくりと顔を近づけてくると、唇が触れ合う。
気恥ずかしさから、ほんの僅かな時間だったが。
鼻先が触れるほどの距離に、相手の顔があった。
青い瞳に映る弱気な顔を見て、エヌラスはそんな自分から目を伏せる。
今まで、自分が何をしてきたのかを覚えている。忘れもしない。だから――自分が人並みの幸せを手にすることはない。
「……おたえの眼は、綺麗な青だな」
「エヌラスさんのは、痛いくらいに赤いですね――」
そこで、たえが気づく。
左右で瞳の虹彩が僅かに違う。左眼だけ色合いが鈍い。誘蛾灯に惹かれる虫のように再びたえが顔を近づかせると、再び唇が触れた。
相手の瞳に映る自分の顔から目を背けるように、目蓋を閉じる。やがてゆっくりと離れたたえがしがみついてきた。
触れ合う素肌の温もりが心地よい。重なる鼓動が、安心感で満たしてくれる。
「すごい人」
「……どこが」
「全部。魔術師の人って、みんなそうなんですか?」
「俺が特別、極めつけに特殊なだけだ」
エヌラスが手を回して、たえの身体を抱きしめた。
こんなにも温かい。優しくて、手放したくないと思ってしまう。――数え切れないほど、誰かの温もりを奪っておきながら。
もう、十分だ。もう沢山だ。自分ばかりが、こんなにも重いものを背負わされるのは。
立ち上がり、たえをベッドに寝かせると身体で覆いかぶさる。
「……ちょっと重いかも」
「どういうつもりで誘ったのかは知らないが。そういうことでいいんだよな? ちゃんと確認だけはしておきたいんだ」
手を伸ばして、頬を撫でてくるたえが目を細めた。
「痛いのは、嫌ですけど」
「できるだけ優しくする。嫌な時は、ちゃんと言ってくれ。そうじゃないと、俺は歯止めが効かなくなる」
「わかりました」
相手の同意を得てから、再び下着に手をかける。
控えめな胸に、こぶりなお尻。だが貧相、というわけではなく引き締まっている。日課のマラソンのおかげだろう。肌に指を這わせるとくすぐったそうに笑っている。
「ふふ、くすぐったい」
「撫でられるの、好きそうだな」
「普段、オッちゃん達撫でるの好きなので。可愛がられるの、好きかも」
「じゃあ、たくさんかわいがってやる」
「んッ。エヌラスさん、なんかちょっと変態みたいですよ?」
引き締まった体つきを指で愛でる。へそから、胸に向かってゆっくりとなぞっていくとくすぐったさに身体をよがらせていた。
身体を寄せると、首に手を回して抱きついてくる。エヌラスの手は、背中から腰を優しく撫でていき、やがてお尻へ向かう。
「ん、おしりも……?」
「おしり撫でられるのは嫌だったか?」
「…………オッちゃん達、こんな感じだったんだ」
「どんな感じだ?」
「むずむずして、ふわふわして……なんだか、ムラムラって」
「なるほど」
お尻の割れ目から、後ろの穴に触れると流石にそれは驚いたのか、たえが身体を跳ねさせた。少しだけ頬をむくれさせている。
すぐに手を離して、今度は割れ目に沿って指でなぞった。
「おしりは、いいですけど……そっちの穴は、挿れるところじゃないと思いますけど」
「そうかもしれないが。そうとは限らないぞ?」
「……」
「ちょっと興味ある顔してるな」
「えっ?」
どうしてわかったのか、という顔。だが、初めてでそっちは難易度が高すぎる。
「今度な。ちょっとずつ身体を慣らしていってからだ」
「……調教プレイですか?」
「おたえは俺の親切をなんだと思ってるんだ……。それとも、されたいのか? しつけ」
「私、そこまで素行不良なつもりはないんですけれど」
「それはそれ、これはこれ」
緊張しているかと思っていたが、いつもと変わらないマイペースぶりに安心した。
「エヌラスさん……」
「ん、なんだ。おたえ?」
「――ん、むぅー……」
再三、唇を塞がれる。今度は先程よりも長く。段々と息が続かなくなって苦しくなったのか、たえが顔を離した。呼吸を整えてから、また唇を重ねる。
エヌラスが舌を入れると、たえが少し戸惑いながらも舌先を触れ合わせてきた。流し込まれる唾液を喉を鳴らしながら飲み込み、貪るようなキスを繰り返しながらも割れ目を焦らすように弄り続ける。下腹部の熱に浮かされて腰をくねらせるたえが、少し苦しそうに息継ぎをした。
「ぷは……はぁ、はぁ……ん、エヌラスさん……えっち」
「ベッドに誘っておいてよくいうよ……」
エヌラスの愛撫に身体をよがらせながらも、口腔から熱い吐息をこぼしている。その切なそうに求めてくる表情に、再び口を塞ぐ。
「ん、ッ~~。ん、んっ……む、くすぐったい……」
「……おたえ」
「ふぁ、い?」
耳元で名前を囁くと、どこか夢心地な声が返された。
息を吸い込むと、どこか甘い、爽やかな香りに胸が満たされる。
「少し濡れてきてる」
「ぁ。えっと……おもらし、してませんよ?」
「わかってるよ。してもいいけどな」
「しませんって……恥ずかし、ん!」
指を挿入させて入り口とクリトリスを軽く擦ると、たえの口から小さく甘い声が溢れた。身体を小刻みに震わせて、未体験の感覚に戸惑っている。
「――? ん、ッ、ぁ! そこ、っ――」
「嫌だったか?」
「ちが、ぁ……!」
「……色っぽい声、出すんだな」
「んっ、あっ……む~……ん。いじわる……」
耳元で拗ねたように呟かれて、思わず笑ってしまう。吐息を耳に吹きかけて、耳たぶを甘噛みするとたえの身体がますます震えた。
「……せんせいの、いじわる……」
「――お前に先生って言われると、なんか、その、ものすごい心臓に悪い」
あと股間にも悪い。ズボンが少し窮屈になってきた。たえも自分がやられてばかりは不満なのか、下半身に手を伸ばしてくる。ズボンの膨らみに触れると、驚きながらも優しく手で擦る。
「脱がないんですか? あ、脱がされたいとか……?」
「お前が脱がせたいだけじゃないのか」
「ん、しょ……」
ベルトを外していくと、そのままファスナーを下ろしてパンツもずらしていく。
露出される陰茎を見て、たえが固まった。指で触れて、少しずつではあるが手で包み込む。
「……固いし、大きい。ニンジンみたい」
指先が絡むように陰茎を擦る。その細く長い指が形を覚えるように丹念に撫でていくと、やがて手を離してぼんやりと見つめていた。
「ん、っと……これくらいの大きさで……長さが、これくらい……それが、ここに……こう――ちょっと食べきれないかも」
「無理に食べなくていいんだぞ。下の口でいただくわけだし」
「下に口なんてついてませんよ?」
「ここ」
エヌラスがたえの割れ目に指を挿れる。そのまま中をかき回すと、愛液が溢れてきた。濡れていく指先をさらに潜り込ませていくとたえが身体を小刻みに震わせる。
「そ、こ……口、じゃ……あふ……!」
「……“たえ”」
「――ん……はい……?」
「少しだけ我慢できるか? いい子だから」
「……? はい」
小さく頷くたえに、エヌラスが陰茎を割れ目にあてがう。やがて先端部をキツく閉じられた入り口に押し込むと、背中を反らせて驚いていた。
「ん、ッ……!」
「ちょっと、お前がかわいすぎて我慢できそうにない」
「エヌラスさんの、ちょっと……大きくて、入り切らな――ん、くぁ……! さっき、言って……ふぁ、あぅ!」
少しずつ侵入してくる異物感に、たえが口を押さえながら堪えている。痛みからではなく、息苦しさからだ。下腹部から押し上げてくる熱さと窮屈さを懸命に受け入れようとしている。
「――はぁ、はぁ……。ん……」
腰を掴んで、更に深くまで挿入させていくと先端が肉壁に阻まれた。そこで動きを止めると、たえがしばらく息を深く繰り返す。
「おなかいっぱいなのに……」
「……いちいち可愛いこと言うな」
「ふふ、かわいいって……褒められちゃった。嬉しい」
理性が轟沈寸前なものだから、深呼吸で取り戻した。ベッドに広がる長い黒髪。自分の腕の中に収まる花園たえの裸体を改めて観察する。
モデルのように細く、白く透き通るような肌。長い手足に、指先までもが人形のように整っていた。手を握ると、やんわりと握り返してくる。
「……あったかい」
目を細めて、幸せそうな顔で呟く。エヌラスが少しだけ腰を動かすと、目を丸くしていた。
「あ、動いた……んっ、声……でちゃう」
「……ほんとかわいいな、たえ」
「――もっと」
「ん?」
「もっと、言ってください」
「かわいいぞ」
手を握りながら、ゆっくりと腰を引いて押し込んでいく。慣れない感触に身体を強張らせながらも、たえは初めてのセックスを楽しんでいるようだった。
腰を動かす度にベッドが僅かに軋む。身体を揺らされながらも、ジッと顔を見つめて視線を外さない。
「ん、はっ……たえ、大丈夫か……?」
「……」
「……たえ?」
「あっ。はい。もうちょっと、激しくしても……多分大丈夫」
「そうか。じゃあ、もう少し動くぞ」
「――――」
「……どうしたんだ? もしかして、痛いのか? なら、無理しなくても」
「ううん、そうじゃないです。なんていうか……すごいなって。そんなに傷だらけで、あんなに痛い思いしたのに。こうして私のこと、気遣ってくれるなんて……」
「……正直、俺は自分のことなんかどうでもよくてな」
「んッ――!?」
手を離して、たえのくびれた細い腰を掴むとエヌラスが身体を乗り出す。
「だからかもな。俺が、たえや、他の皆のために頑張ろうって思えるのは」
「そんなこと、言わないでください。香澄達のためにがんばるのもいいですけど……」
「……けど、どうした?」
顔を真っ赤にしながら、たえがそっぽを向いた。珍しく、本気で照れているようだ。
「私のために、がんばってくれませんか……? 私も、頑張るので。今以上にギターも、ポピパも、全部」
「……たえ。意外と独占欲強い?」
「――――わかりませんけど、そうなんですか?」
「んー……、まぁ――かわいいけどな」
「う、ぁ!」
肉壁を擦るザラザラとした感触にキツく絞り上げられて、エヌラスが腰を掴みながら動き始める。息を整えながらも、その動きに髪が乱れる。身体の芯から火照る感覚に、汗が止まらない。
膣の痙攣も徐々に小刻みに感覚が短くなってきていた。
「エヌラスさん、エヌラスさ――なんか、私……! 変になっちゃ……!」
「大丈夫。大丈夫だからな、たえ」
「ほん、とですか? 私、んっ! このまま……ふあ、ぁ!」
「すげーかわいいし、これで満足されても困る」
腰を掴んでいた手を離して、今度は足を持ち上げて広げる。膝の裏から身体を起こすようにベッドに押しつけて、それに何の苦もなく動く身体の柔軟さにエヌラスは腰を打ちつけた。
「ん、ぁ! エヌラスさ、んぅ。これ、なんか……すごく、えっちなかっこ……ぁ!」
「そうだな。たえ、すごくエッチな格好してるな。かわいいし、綺麗だからこんなポーズでも良く似合ってるぞ……!」
「いやらしく、ないですか? こんな、の――んっ♡」
自分でも色っぽい声が出たことに驚いているのか、たえが自分の口を押さえる。声を押し殺すようにすると、肉のぶつかる音と濡れた音が部屋に響く。
「っ、ん。ふっ……ん、ぅう……!」
「我慢しなくてもいいぞ。たえの声、もっと聞かせてくれないと……俺はもっとイジワルしたくなる。こんな風に」
「ッ、ぅ~~……!」
浅いところを小刻みに、ゆっくりと攻める。奥まで攻められていた身体が疼くのか、たえが何か言いたげに涙目で見つめてきていた。
「せんせいの、いじわる……」
「…………かわいいな、ほんと」
「んッ……。エヌラスさんも――すごい、です。こんなの、はじめてで……んぅ!」
「たえ」
「はい……?」
腰から、背中に手を回してたえの身体を抱きしめて密着させる。それに、目を丸くして驚いていた。重なる胸の鼓動に、抱き返してくる。
「……私、有咲みたいに胸大きくないですよ?」
「俺がそんなこと気にしてるように見えるか」
「小さいと、不便かなって」
「小さいと便利だぞ? こうして抱き合ってると、より密着できるし」
「……それは盲点でしたね。――、~~!」
ぐっと押し込まれた陰茎に下腹部を緩やかに突き上げられてたえがエヌラスにしがみつく。肺から空気を押し出されるように吐き出す。息を吸い込むと、鼻腔を満たす異性の香り。思考が痺れるような感覚に、身体の力が抜けていく。そのせいか余計に下腹部の熱をより鮮明に感じて、たえが身体を小刻みに痙攣させて全身を使って締めつける。それから少し遅れて、自分の中で脈動する陰茎に、熱く満たされていく。
「あっ……、ん。とくとく、って……なか、いっぱいに……」
「――、たえ」
「んッ~~……あ、はぁ……はぁ……ふぅ……あ。エヌラスさん、痛くなかった、ですか?」
「俺の台詞だ」
「……そうじゃ、なくって」
「ん?」
強くしがみついたせいで、背中に爪を立ててしまっていた。そのせいでたえの爪が少し赤くなっている。新しくつけられた引っかき傷が痒いのか、エヌラスが身体をよじると、結合部が弄られてたえの身体が小さく反応した。
背中に手を回して、引っかき傷に触れると指先が少し赤くなるが、エヌラスが気にした様子はない。
「別に。それより、たえも大丈夫か?」
「あ――待っ……」
引き抜こうとすると、たえが手を伸ばして陰茎を掴む。息を整えてから、上目遣いで恐る恐るといった様子で口を開いた。
「……もうちょっと、このままで。もう少し、エヌラスさんのこと感じていたいので」
「――――」
「だめ、ですか?」
「……あんまりかわいいが過ぎると、俺もちょっと歯止めが効かなくなるぞ」
正直なところ、そろそろ限界に近い。
身体を抱き寄せると、そのまま自分の膝の上に座らせる。頭を撫でて、頬を撫でて、頭を預けて息を吸い込む。まるっきり自分が甘えているようだが――人肌に触れるのが、随分と久しぶりなせいで密着したままでいたいと強く思ってしまう。だが、それが逆にたえを燃え上がらせてしまったのか、腰を落としてきた。
「……エヌラスさん」
「んー……?」
「このまま、続き……しません? もうちょっと、がんばれそうなので」
「いいのか……?」
エヌラスが確認すると、たえが首に手を回して抱きついてくる。
「だから、がんばってくださいね――」
「……めっちゃ頑張るわ」
耳元で囁かれては、たまったものではない。
――後日。
有咲の家で行われる蔵練に、たえだけが遅れていた。何分かの遅刻くらいは、まぁ許そう。だが流石に一時間ともなれば、約束を忘れているのかと不安になる。香澄が気になって電話をかけると、少しだけ眠そうな声が返ってきた。どうやら夜ふかしをしていたらしい。
珍しいこともあるな、と思いながら到着を待つこと更に数十分後――、折返しの電話。
「もしもし、どうしたのーおたえ?」
『あ、香澄? 彼氏連れて行ってもいいかな?』
「うん、全然オッケー! みんな待ってるよ」
『わかった。じゃあ急いで行くね』
「香澄。おたえ、なんだって?」
「彼氏連れて行ってもいいかーだって」
「どうせウサギだろうな……」
以前それでちょっとした騒ぎになったのも、今となっては懐かしい思い出。あれから随分と月日が経つのは早いもので。
そして、たえが蔵にやってくると、エヌラスも一緒だった。
「ごめん、みんな。お待たせー」
「もー、おたえが来るまで皆心配したんだから」
「日課のマラソンもしてきたから、ちょっと横になるつもりだったんだけど」
「……なんでエヌラスさんも?」
沙綾の疑問に、たえが笑いながら腕を組む。そこで、りみがケージを持っていないことに気がついた。
「あれ、おたえちゃん。オッちゃんは?」
「今日はお留守番」
「でも彼氏連れて行ってもいいって聞いてなかった?」
「? 連れてきたよ?」
「…………」
『………………』
沈黙。
「あー、うん。なるほど……そういうこと……」
「……はい、まぁ、そういうことだ……」
「エヌラスさんって、すごいんだよ。朝まで――」
「はーいストップー。遅れてきたんだからちゃんと練習しようなー、おたえー? 香澄達もできればこの件に関してはできるかぎり言及しないようになー」
「なんで? ちゃんと皆に教えてあげないと。エヌラスさんが底なしだって」
「やめろや!? ホント、やめろや!? いやまぁ俺もちょっと張り切りすぎたのもあるけどもよぉ! 人で遊ぶな!」
「ベッドの上だとあんなに楽しそうにしてたのに?」
「俺の台詞ぅ!!」
ニコニコと、満面の笑みで楽しそうに腕にしがみつくたえに、エヌラスが珍しく赤面しながら顔を手で覆っていた。参った、とでも言うように。
その様子を見ていた有咲が肩を震わせていた。
「~~~~! 人ん家の蔵で、イチャつくんじゃねぇーーーーー!!!」
――え、それ有咲が言うの?
全員からの視線が突き刺さり、身に覚えがあるのかますます有咲の顔が真っ赤になっていく。
「じゃあ、今日も蔵練がんばろっか」
「応援してやるから頑張れー」
「エヌラスさんも、今夜も頑張ってくださいね」
「……待てや待て待ておう、待てやおたえ! 今夜もってなんだ! どういうつもりだ!?」
「じゃー張り切って演奏しよっか、香澄」
「うん! あとで色々聞かせてね、おたえ!」
頼むから聞くな。そして絶対に言うな。
そんなエヌラスの願いむなしく、赤裸々に語られてしまう。
神は死んだ。天を仰ぎながら、心底そう思わずにはいられないエヌラスだった。
第六回短編のアンケ募集
-
Poppin`Party
-
Afterglow
-
Pastel*Palettes
-
Roselia
-
ハロー、ハッピーワールド!