※この作品はR-18です。

獣・獣人短編集   作:神座(カムクラ)

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 この作品は全年齢作品です。たまにはこういうのを書いてみたかった。
 
 
 


9.生きた機械は守りたい (濡れ場無し)

 

 

 

 煤けた緑のタンクトップを着たヒト種の青年が運転する流行遅れの電気駆動車が走る。

 

 速度は控えめに、所々空いている穴や亀裂が入っている箇所を避けながら、壊れかけの家を横目に走る。

 

 青年はごく最近まで志願兵だった。そして今走っている地区はつい最近まで占領地だった。

 

 

『第4地区開放、瓦礫に近づかないように!』

 

 

 壊れかけのホログラム看板が突然光って割れた音声を爆音で流すことも、最初のうちは驚いていたが慣れてしまった。

 

 戦争。敵国の機械兵器を相手に虚しく撤退した日々はあまりにも非現実的なもので今となっては過ぎ去った悪夢のよう。敗戦国となった実感もない。

 

 だが今、更なる悪夢に直面した。

 

 

「ここが…民間人避難場所……」

 

 

 目的地に到着して、思わず声を漏らした。

 

 人道的観点から周囲一帯の民間人を避難させていたという大型の商業ドーム。彼の家族と恋人も収容されていた大きな建物は見る影もなく瓦礫の山になっていた。

 

 終戦間際、両国間で安全が保障されていたはずのこの施設が攻撃を受けたのだ。

 

 事件から5日経った今は捜索活動が打ち切られ、中途半端に掘られたまま放置となっている。

 

 瓦礫の山には人影があった。民間人だ。せめて骨の一本、遺品のひとつでもと無意味に小さな瓦礫をどかす人が何人か。程なくして青年もその内の1人に加わった。

 

 家族が持っていた端末の最後の位置情報を頼りにして一心不乱に瓦礫を退かす。

 

 遺体の破片を見つけて心が躍る、なんていう経験は2度としたくない。それにその遺体は目当てのものではなかった。

 

 小さな足。それ以上は掘る気にはなれず、少し離れたところに移動してまた掘り起こし始めた。

 

 出てくるのは靴などの遺品に、どの種かわからない尻尾、壊れた武器など。

 

 この大きな瓦礫の山の中から家族や恋人を1人で探し出すのは困難だろうということはわかっているけれど、やるしかなかった。それ以外にやることが見つからなかった。

 

 適度に場所を変えつつ掘り進めること2時間。コンクリートの破片の下に機械腕を見つけた。

 

 

「これは民間用の義手じゃない。まさか……」

 

 

 息を切らし汗を垂らしながらやや大きな壁の破片を退かすとそれがあらわになった。

 

 敵国の二足歩行型機械兵器。兵器には考えられない白い塗装。それだけなら今さら大した興味も湧かないが、目の前にあるうつ伏せのそれは明らかに今まで見た物より小さい。

 

 何より、頭部には獣人の耳を模したような部分がある。

 

 青年はそっと頭部に手をかけて、上に引っ張った。

 

 

「子供の獣人の頭…!やっぱりそうだ…!」

 

 

 頭部のそれはヘルメット。ひねって外すとネコ科系の獣人と思われる頭が出てくる。薄橙色の体毛と、同じ色の髪の毛。それだけを見ればただの子供だが、青年は知っていた。これは今回の戦闘で猛威を奮っていたという兵器。成長期の子供を機械化した敵国の切り札だ。

 

 戦争中に存在が知られてその特徴や具体的な脅威について説明されたことを覚えている。青年が所属していた部隊とは別の隊が破壊したときは国営メディアが放送して、根絶するべき悪魔の所業だと敵国との戦闘を正当化する材料になっていた。

 

 

「奴ら…避難所にこいつをけしかけたのか…!」

 

 

 よく見れば装甲服の肩甲骨あたりに「open」と書かれた小さなつまみがいくつかある。車に積んでいるペンチを使えば開けられるかもしれない。

 

 周りを見渡した。治安部隊や軍人はいない。民間人も瓦礫の山を見るだけ。辺りをしばらく漁って、布団をみつけるとシーツを剥がして機体に巻き付ける。

 

 これを引きずっても遺体としか見られないだろう。

 

 青年は家族の遺体回収を諦めて、それを車に運び込んだ。

 

 

「…開いた。驚いた、本当に獣人の子供みたいだ。」

 

 

 背中や胴は装甲のようなものに覆われ、手足の一部にも人工物のパーツが埋め込まれているそれは噂に聞いていた兵器に違いない。思った以上に軽く、装甲部分以外は柔らかった。

 

 想像よりずっと華奢で、しなやかなフォルム。顔はネコ系獣人の子供そのもの。確かにこの見た目では警戒心も緩んでしまうかもしれない。市街戦で民間人に扮し内部から大きな被害をもたらしたというのも頷ける。

 

 そんな見た目と、子供を機械化したという予備知識が相まって、目の前のそれがなんだかかわいそうに思えた青年はおもむろにそれを抱きしめた。

 

 

「作られて、使えるだけ使われて見捨てられたのか。」

 

 

 家族と恋人を守るため、と自身を奮い立たせて戦争を乗り越えたのに、残ったのは保険金だけ。そんな喪失感を紛らわせるための瓦礫漁りで見つけた機械。

 

 その綺麗な身体に妙な安心感を覚えてしまう自分を、物言わぬそれで孤独と喪失を晴らそうとする自分を情けないとわかっていながら、その柔らかな耳と頭を撫でることをやめられなかった。

 

 

「温かい…。…まて、お前もしかして、」

 

 

 それは、呼吸も拍動もしていた。

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 “状況分析中”

 

 “身体総負荷再計測…”

 

 “…”

 

 “活動可能。状態移行中…”

 “主電源充電率74%”

 

 ゆっくりと思考が戻ってきて、暗い視界の中にUIの青い文字が浮かんでくる。

 

 

「ぅん…ここどこ……」

 

 

 “位置情報取得中”

 

 “目前物質:推定:ポリエステル繊維”

 

 

 頭から足先までかけられていた布を払い除けて、半機械の獣人は起き上がった。

 

 

「車…民間乗用車…」

 

 

 バックミラーで後部座席に寝かせていた兵器が唐突に起き上がったことに気がついた青年は、一瞬で頭が真っ白になった。

 

 ミラーを通して目が合う。すると半機械の獣人は今の今まで機能を停止していたとは思えない速さで運転席に向かって飛び掛かった。

 

 

 “障害物衝突まで30m“

 

 

 驚いた青年が思わず離したハンドルを握ってブレーキを踏みながら思い切り横に切る。車はスピンし、半壊した家に側面が衝突して止まった。

 

 

「…前を見て運転してください。正面から突っ込んでましたよ。」

 

 

「す、すみません…」

 

 

「ブレーキ、離してもいいですか。」

 

 

「あ、はい…」

 

 

 半機械の獣人は運転席を離れて後部座席に戻る。辺りを少し見回してから問いかけた。

 

 

「僕をどこに連れて行くんですか?」

 

 

「えっと…あのー…とりあえず…家?うん。俺の家。」

 

 

「集合住宅ですか?それとも…」

 

 

「いや一戸建て。うん。だから見つかりにくいと、思う。」

 

 

 青年は冷や汗を噴き出しながら外国語であるかのように話した。

 

 

「あの、ゲホッ…すみません、その水をもらえませんか。」

 

 

「え、いいけど…」

 

 

 助手席に置いてあったペットボトルの水を手渡されると、彼は左手の手のひらの上にペットボトルを乗せる。

 

 

 “毒物:未検出”

 

 

 そしてその水を喉を鳴らして飲んだ。

 

 

「水…飲めるんだ…」

 

 

「…はい。本機体の約50%は人工のものも含めた生体組織で構成されています。緊急生体保護モードになって5日経過していたので軽い脱水になっていたようです。」

 

 

 あどけない笑みを浮かべながら礼を言いつつペットボトルを青年に返す。

 

 

「GPSで現在位置を取得。現在の位置と、この国と僕の国の関係やこの国の体勢を考えて今すぐ帰還するのは困難と判断しました。申し訳ないのですが、しばらくの間匿ってもらえませんか。お礼はあとで必ず。」

 

 

「元々連れ帰るつもりだったけど…その…疑わないの?敵同士だったし…」

 

 

「今のあなたの表情、車の進行方向、そして直近の記録から本機体の扱い等々を考慮して、あなたは脅威ではないと判断しました。」

 

 

 青い瞳、薄橙色で口元からお腹は白色のハチワレ柄、あどけない少年の顔の、しかし腕や胴体は人工物とのハイブリッドになっているネコ系の獣人と、ヒト種の青年。

 

 戦争からようやく解放されたと思った矢先、家族が理不尽な仕打ちを受けた青年と、敵国の兵器。

 

 青年は、この兵器が再び活動して自分を殺してくれることを心のどこかで願っていた。しかしその兵器は再び後部座席に横たわると自ら布を全身にかけて自分の姿を隠しただけで、何もしなかった。

 

 

 30分後、2人は青年の実家に着いた。一人暮らしをしていたアパートは被弾して立ち入り禁止になってしまったがこちらは無事だった。

 

 

「お邪魔します。」

 

 

「あぁ…」

 

 

 青年は車をガレージにしまって、そして半機械の少年に彼のアーマーを見せた。

 

 

「持ってきてくれたんですね。ただ…これ、あの建物が崩落する前に壊れてたんです。」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「局所EMP攻撃を受けてしまったんです。本機体の機械部分は急な高電圧を遮断できるので無傷でしたが、このアーマーは未対応でした。」

 

 

「確かにEMP攻撃なんて味方も巻き添いにするから使わないもんな…それよりもこの装甲の色、迷彩とかにしないのか?」

 

 

「あぁ…そういえば自己紹介がまだでした。僕は半機械化個体0号多目的型”ヴィネ”。実験機なんです。本機体の色は僕の元々の体毛に合わせてて、アーマーもそれに合わせたのは実験機の僕と実戦機とを区別するためです。実験機の僕は原則として前線に投入されることはありませんから、カラーリングの縛りはありません。」

 

 

「なるほど…。俺はサーシャだよ。」

 

 

「助けてくれてありがとうございます、サーシャさん。民間向けの国際通信が復旧して本国と連絡が取れれば回収しにきてくれるはずなので、それまでよろしくお願いします。」

 

 

「あぁ。…そういえばさっき、機械部分はどうのこうのって言ってたけど、君のその装甲の下に内臓があるってこと?」

 

 

「そんな感じなんですけど…」

 

 

 ヴィネが脇腹を少しいじると、鳩尾から太ももの付け根までの装甲が外れ、柔らかそうな白いお腹が露わになった。

 

 

「…触っても?」

 

 

「どうぞ。」

 

 

 ふかふかで温かい。間違いなく生きているとわかる感触。そこに自然と一体化している装甲。その境目を撫でるとヴィネはくすぐったそうな顔をした。

 

 

「すごいな…臍もある。この装甲軽いな。プラスチックか何かか?」

 

 

 兵器というのが嘘のように友好的で挙動が可愛らしいこともあって、青年の好奇心が徐々に解放されていく。

 

 

「はい。繊維強化樹脂などの多層構造になってます。」

 

 

「その左手は…」

 

 

「左腕は機械腕です。補助武器と簡易スキャナーがついてます。」

 

 

「こっちは全部機械なんだ!補助武器ってどんな武器?」

 

 

「えっと…」

 

 “判断中…”

 

 “結果: 対象への権限付与>非推奨”

 

「すみません、それは機密なので…」

 

 

「まぁそうか。」

 

 

 サーシャはそう言いながら彼の頬を優しく摘む。むに、となんともいえない心地よい感触。彼の目を覗き込む。綺麗な青い瞳。

 

 

「この目は…もしかしてそのまま?」

 

 

「は、はい。当初の計画では眼球も機械化の実用実験のために取り除かれる予定だったそうですが、綺麗だからって博士が…計画責任者が残してくれました。」

 

 

「なるほど…あぁごめんよ、俺、ちびっ子の時からロボットとかそういうの好きでつい…」

 

 

 ごめんごめんと言いつつも、ほかの取り外しできる装甲を外してもらい、だいぶ生き物らしくなった半機械の獣人の少年を舐めるように上から下まで観察した。

 

 

「背中と腰は外せない装甲だけど尻尾はちゃんとあるんだ…あっ…まって、っていうことは、いま裸?」

 

 

「はい!」

 

 

 ヴィネにシャワー室を貸している間、彼が着れそうな服を探す。まるで新しい家族ができたかのようにサーシャの心は躍っていた。見つけた当初は彼が皆の仇ではないかと思ったが、彼の発言が正しいならむしろ逆。そう思うと余計に庇護欲が掻き立てられる。

 

 身体を乾かしたヴィネは、サーシャから借りたブカブカな半袖シャツと短パンを着た。

 

 

「…じゃあ、食事も?」

 

 

「はい。あまり沢山は食べれませんが。」

 

 

「トイレも?」

 

 

「はい。頻度は少ないですが。」

 

 

「なら君の性別って…」

 

 

 ヴィネはやや悲しげに微笑んだ。

 

 

「僕は半機械兵器で、確かに一部の骨格や組織、脳の約40%は人工物に置き換えられていますが、生物の定義に当てはまっています。性別は雄で、生殖機能も正常とされています。…見ます?」

 

 

「あぁいや…ごめん、デリカシー無いこと言っちゃったね。飯作るわ。テレビでも観てて。電気も戻ってるから。」

 

 

 魚の缶詰を開けて、適当にコンソメと合わせて作ったスープの中に米を入れて煮た。戦前の食事が恋しいが、長らく軍用携帯食料だけだったサーシャには涎が溢れ出る代物。

 

 

「美味しいです。本当に助かります。」

 

 

 ヴィネが嬉しそうに頬張るのを見てサーシャも笑顔になった。彼がいなければ今頃1人で悲しみに暮れていただろう。

 

 

『…我が国が破壊した悪魔の兵器の残骸を返還せよ、という要請を拒否し、非人道的な研究を非難すると共にかの国の所業を国際社会へ広めるべく……』

 

 

「テレビ消そうか?」

 

 

「いえ、大丈夫です。有用な情報があるかもしれませんし。…サーシャさんはどう思いますか。僕たちのこと…」

 

 

「うーん……わざわざ子供をサイボーグにする必要があるなかなって…。君らの国、自立型のロボット兵器いっぱい持ってるのに。」

 

 

「…機械兵器はプログラム通りにしか動けません。AIに全ての制御を任せると予期せぬ行動のリスクがあります。僕らに生体脳が、つまり人格が残っているのは命令やプログラムにない状況でも的確な自己判断ができるようにするため、だそうです。年齢が13〜18歳に限定されているのは、年齢が低いと処理に耐えられなくなったり、高いと人工有機組織との接合に不具合が生じやすくなるからそうです。」

 

 

「それ喋って大丈夫なの?」

 

 

「はい。公に説明されてますから。」

 

 

「じゃあ…君はその体になる前は…その…」

 

 

「個人名は明かせませんが、僕は一般児童でした。」

 

 

 ヴィネはまず国の一括養育について説明した。新生児が誕生すると親に報酬金が支払われ、その時点で子供は国の所有物となって指定の国営施設にて成年まで育てられる。

 

 親は一切養育には関わらず、費用も国が負担する。代わりに既定の時間内であればいつでも面会でき、外泊もできる。

 

 教育格差は無くなり、虐待等は著しく減少。養育のために時間を割く必要が無くなったので男女共に就業し、生産率も向上した。

 

 養育免許があれば親元で暮らすことも可能だが、報酬金が支払われず施設外の生活費は自腹になるためそうする親はごくわずかだ。

 

 

「君も施設暮らしの1人だったと。」

 

 

「はい。僕の場合は僕が出来た後に両親が結婚したので、よく2人で会いにきてくれました。」

 

 

「それじゃあなんでその体に?国の命令とか?」

 

 

「…旅行に連れて行ってもらっていたんです。綺麗な景色を見たり、美味しい物を食べたり、遊園地に行ったりしました。その途中で事故が起きて…」

 

 

 ヴィネは目を瞑った。体内にある記憶装置ではなく自らの記憶を思い起こしていた。

 

 

「交通事故で両親は死亡。僕は脳を損傷して植物状態になったそうです。」

 

 

「…実験体にはうってつけだったってわけか。」

 

 

「サーシャさんの言いたいことはわかります。僕の脳は40%が実物を模して人工的に作られた有機装置になっていて、バイオチップが幾つも埋め込まれてますから。視界にはUIが表示されてて、演算装置の処理結果が映ります。何より僕は、電気がないと活動できない。」

 

 “セーフモードへ移行”

 “再計算:

     充電率71%

     活動可能時間残り約8日12時間”

 

「電源が無くなれば僕は植物状態になる。何も感じられなくなる。僕は本当に生きてるのかって思ったことも…あっ、そうだ、忘れてた!アーマーに予備の充電器があったはず…!」

 

 

 ヴィネは慌てて席を立ってガレージにあるアーマーの元へ。背部の収納スペースからゲーム機の充電器のような物を取り出して、左手をかざす。

 

 

「うん、良かった、使えます。すみません、話の途中でしたね。えっと、どこまで話しましたっけ。」

 

 

「いや、もう大丈夫。あと、ロボットは物忘れなんてしないと思う。」

 

 

 ○○○

 

 

 夜、サーシャは自室のベッドで眠っていた。が、平穏な環境で眠ることが久方ぶりなせいで、風や小動物が物音を立てるたびに飛び起きた。

 

 

「耳栓でもするか…」

 

 

 戦地で使っていた耳栓をつけてみたが逆に緊張して眠れない。あの時は何かあっても当番が叩き起こしてくれるという安心感もあったが今は1人。

 

 サーシャは部屋を出て隣の元々両親の寝室だった部屋へ。

 

 

「…ヴィネ。」

 

 

 “呼び掛けを認識。覚醒中。”

 

 

「う…うにゅ…ん…サーシャさん、どうかされました?」

 

 

「起こしてごめん。その…一緒に寝てもいい?」

 

 

「もちろんどうぞ。」

 

 

 ダブルベッドの真ん中で寝ていたヴィネはスペースを開けた。

 

 

「何時に起きますか?覚醒時間を設定できるんですけど。」

 

 

「目覚まし時計付きか…いや、せっかくやっと休めたんだ。お互い好きなだけ寝よう。」

 

 

「わかりました。あの、もしよかったら抱き枕のようにしてもらっても構いませんよ。装甲が固いですけど。」

 

 

「…来た理由バレちゃった?」

 

 

「前線に出ない代わりに兵士のケアを担当することもありましたから。」

 

 

「そっか…じゃあちょっと失礼して…」

 

 

 ヴィネは取り外しできる装甲もしっかり装着していたが、変わらず温かい。生きていて友好的な存在が近くにいるだけで格段に安心する。

 

 サーシャはぐっすりと眠った。

 

 

 翌朝、ヴィネは先に起きて充電しながら今後どうすれば良いかを考えていた。固定電話は国内回線すらまだ復旧していないし、無線通話回線は制限されている。復旧してもどのみち国際回線は規制されるだろう。

 

 首都にある大使館に直接行ければ良いのだが、ここからでは遠い。ニュースでは首都に向かう道で検問を行なっているようなので車で向かうのはリスクが高すぎる。当分はサーシャの家で大人しくしている他ないだろう。

 

 

「キー兄…多分ダメかな…」

 

 

 実はあの時、あの巨大商業施設にいた半機械はヴィネだけではなかった。10号戦闘型”キイ”、軍主導で作られた最新型。彼の指揮で部隊はあの施設の警護をしていて、0号ヴィネはその補佐をしていたのだ。

 

 狭範囲パルス攻撃を受けた際、ミサイルも数発撃ち込まれた。当時生身で外周警備をしていたヴィネも非追尾短距離ミサイルで狙われて、回避したが衝撃波で気を失っていた。

 

 そして気絶したヴィネを施設内に運び、壊れたアーマーに突っ込んだのがキイだった。彼がいなければ瓦礫に押しつぶされて重大な損傷を負っていたかもしれない。

 

 

「キー兄からの通信が一回もない…キー兄のアーマーもパルス攻撃には未対応だったはずだから…アーマー無しで活動していたって考えると…生身で埋まっちゃったよね…」

 

 

 10号キイとはあの施設での任務で初めて会ったのだが、打ち解けるまで早かった。

 

 休憩時間にはお互いの体毛や尻尾にブラッシングしたり、わざわざ規定の時間をずらして一緒に食事をするなど仲良く過ごしていた。

 

 

「僕が…あの時アーマーを着て警備をしていれば…助けに来なければキー兄があの後のミサイル攻撃に対応できたかもしれないのに…」

 

 

 システムに亜音速ミサイルの感知と警告が記録されていた。しかしそれはキイがヴィネをアーマーに入れた直後。

 

 そして10号キイは亜音速ミサイルでも数秒の猶予があれば軌道計算をして、施設に配備されていた旧型防空設備で撃墜できるくらいの性能を有している。

 

 ヴィネを助けるために持ち場を離れていなければあの惨事は防げたはずなのだ。

 

 停戦協議中にしかも民間人の避難場所を兼ねていた施設に亜音速ミサイルが撃ち込まれるなんてことは想定外とはいえ、罪悪感は拭いきれなかった。

 

 

「ヴィネおはよう…」

 

 

「あ、おはようございます、サーシャさん。」

 

 

 サーシャ。元志願兵。彼は目標でもなければ敵対者でもない。そして0号”ヴィネ”は現在も民間人保護の任を解かれていない。

 

 帰るまでの間、何か起こったら彼だけでも守ろう。何も起こらなければ彼の生活の助けになろう。ヴィネは自分への命令にそう書き加えた。

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 ヴィネとサーシャは1ヶ月ほど放置されていた家中を掃除して、ベッドのシーツを洗って干す。ひと段落すると2人は車で買い出しに出かけた。

 

 

「大丈夫大丈夫、人でごった返してるだろうからバレやしないって。左手だってぱっと見じゃ義手ってわからないから。」

 

 

 丈が長い服を着れば確かに判別しづらいもののリスクはある。わかってはいるが、サーシャはサーシャで帰ったらヴィネがいなくなっているかもしれないという不安が、ヴィネはヴィネで独りは寂しい上サーシャに何かあったら後悔する、と同行することになった。

 

 

 サーシャの言う通り、向かった大型のスーパーマーケットは手を繋がないとあっという間に引き離されてしまうほど混雑していた。あまりの人の多さに至近距離でも声を張り上げないと何を言っているか聞き取れない。

 

 

「よし…パン取った…」

 

 

「ヴミャッ…!」

 

 

「ヴィネ!大丈夫か!」

 

 

「尻尾挟まれただけです!ズボンの中に入れておけばよかった…」

 

 

 パン、いくらかの野菜や缶詰、インスタントのスープなどをカゴに入れて、人をかき分けかき分けレジへ向かう。

 

 

「サーシャさん、ちょっと肩車してください。」

 

 

「良いけど…?」

 

 

 “画像分析中…”

 

 

「人数と買い物カゴの中身から計算して4番のレジが1番待ち時間が短いです!」

 

 

「便利だな!」

 

 

 入店してから3時間。2人はようやく帰路についた。

 

 

「わかってはいたけど個数制限厳しいな。お前のおかげで2人分の量買えたけど…」

 

 

「僕はサーシャさんの半分も食べないので、あとはご自身のために使ってください。…お金を払ってるのもサーシャさんですし。」

 

 

「金は気にすんな。節約すれば2、3年は働かなくても生活できるくらいある。」

 

 

「そうなんですか。お金持ちですね。」

 

 

「家族の遺産と軍の補償金。実績はどうあれ生き残ったからたくさん貰えるのさ。そうしないと経済回らないから。」

 

 

「なるほど。」

 

 

 家に帰って、簡単な夕飯を作って食べて、身体を洗って寝る。翌朝、まだ通信が復旧しないと溜息を吐くヴィネを見て、サーシャは心のどこかで安堵した。

 

 

「これ、俺が軍に入る前にやってたゲーム、一緒にどう?あー…でもヴィネには勝てないか…」

 

 

「セーフモードなら主処理装置の使用を控えるので平等に対戦できますよ。」

 

 

 対戦アクションゲームをいくらかやって、その後オンライン対戦ができるFPSゲームをやる。家の外は瓦礫だらけでも、ここだけ切り取れば平和な日常だ。

 

 ヴィネは負けると大層悔しがった。

 

 

「相手はノルマキル数までもうあと半分…こっちはまだ4分の1です。」

 

 

「くっそ、あのパーティ強すぎ…野良じゃないな絶対…。ヴィネ、このままじゃ同じパーティに5連敗する。」

 

 

「了解しました。」

 

 

 “セーフモード解除”

 “擬似戦闘状態へ移行”

 “視覚/聴覚情報の分析開始”

 “動作補助システム作動”

 

 

 性能の無駄遣いだが、最も望ましい使い方なのかもしれない。

 

 

「ラストキル達成。勝利しました。」

 

 

「さすが…」

 

 

 ニュースも過ぎ去った戦争のことばかりなので見なくなり、家事と買い出しに出かける以外は家の中でゲームをする日々が続いていたある日、唐突にインターホンが鳴る。

 

 

「…隠れてろ。」

 

 

「はい。何かあったら呼んでください。」

 

 

 軍服を着た訪問者に緊張が走るが、ドアの覗き窓から覗いたサーシャは深いため息を吐いてドアを開ける。

 

 

「…ヴィネ、もう出てきて大丈夫だ。」

 

 

「なんだったんですか?」

 

 

「…遺骨と遺品。俺の家族の。」

 

 

「あぁ…捜索再開されてたんですね。」

 

 

 身元が確認された後に集団火葬されて、残ったものが届けられた。

 

 

「あの…」

 

 

「続きやろう。ストーリー気になる。」

 

 

「…わかりました。」

 

 

 何事もなかったかのようにテレビの前へ戻る。ひと段落するといつもの対人ゲームを始めた。 

 

 

「あの…このゲームの武器、現実の銃器に忠実ですが…その…」

 

 

「これはゲームだからさ。ヴィネは辛い?」

 

 

「…これは楽しいです。ただ…同じ研究所で一緒に生活してた5号が壊された時のことを思い出します。戦闘記録は共有されたので…」

 

 

 四方八方から銃声や爆発音が鳴る中で、短距離ミサイルに被弾し宙を舞ってから地面を転がって、視界が暗くなり乱れたUIの警告だけがしばらく表示された後「No signal 」と切り替わるまでが編集無しで。

 

 AI学習用の映像ファイルとして外部記録媒体にのみ保存されるはずが、唯一人工脳の記憶領域と生体脳の記憶領域が区別されていないヴィネは自身の体験のように記憶してしまった。

 

 おかげで兵器なのに戦場が恐ろしく思えるようになってしまった。

 

 

「…休憩するか。」

 

 

「すみません。」

 

 

 耳を伏せて気落ちするヴィネ。サーシャは彼に背を向けて水を飲みに台所へ向かう。

 

 彼は自国に帰る必要があるのだろうか、とサーシャは思った。もちろん半機械化技術のおかげでヴィネは今もゲームで遊ぶことができているのは事実。

 

 でもその半機械化技術は治療目的ではないということも確か。戻ればまた配備されるだけなのではないか。ここで自分と暮らした方が良いのではないか。そんなことを考えているといつの間にかヴィネがすぐ側に来ていた。

 

 

「あの、サーシャさん。」

 

 

「うん?」

 

 

「やっぱり…遺骨をちゃんと埋葬した方が良いと思います。今すぐじゃなくても、ガレージに置きっぱなしにするのはさすがに…」

 

 

 正論かもしれないが少しはこっちの気持ちを考えてほしい、と頭に浮かんで、自分もヴィネのことを全く考えていなかったことに気がつく。

 

 口籠もってしまったサーシャにヴィネは続けた。

 

 

「僕は母さんも父さんも知らない間に集団墓地に埋葬されて、研究所で仲が良かった5号も破壊された後、残骸を敵に回収されてしまった…。亡くなってしまったのは残念ですが、せっかく帰って来たんですからお別れをした方が良いです。サーシャさんのためにも。」

 

 

 半機械の猫の少年には全てお見通しだった。いくらヴィネが友好的だったとはいえ、サーシャが悪魔の兵器とまで言われた彼にすぐ心を開いてもてなしたのは、家族と恋人を失い友人とも連絡が取れない孤独、不安、悲哀から逃避するため。

 

 

「遅かれ早かれ僕はサーシャさんとお別れしないといけませんから。」

 

 

 ヴィネはサーシャの力になりたかった。サーシャに、立ち直って欲しかった。そしてヴィネはサーシャと同じように凄惨な現実から逃避する人をたくさん見てきた。

 

 そういう人は逃避できる何かを見つけるとそこから離れなくなる。多くは酒や薬物。サーシャはそれをヴィネで代えようとしている。

 

 だからまずは身内を亡くしたという現実を受け止めて、気持ちの整理をして欲しかった。

 

 

「…お前は大人だな。」

 

 

「よく言われます。もう少し子供らしく振る舞った方が良いのでしょうか…成長なのか機械化のせいなのか自分でもわからなくて…」

 

 

「…そのままで良いよ。少し1人にしてくれ。」

 

 

 その後およそ30分、サーシャは夕方の肌寒いガレージに閉じこもっていた。が、家の方から良い匂いが漂ってきてヴィネの元に。

 

 

「あ、サーシャさん。」

 

 

「お前…料理もできるのか。」

 

 

「勝手にやってごめんなさい、迷ったんですが、やはり1人にしておいた方が良いと思って…」

 

 

 ヴィネは買い出しで入手した冷凍のタラといくらかの野菜を煮てスープを作っていた。

 

 

「これは…お前の国でも食べるのか?」

 

 

「いえ、一般的ではありません。僕も初めて作りました。これなら今ある食材で十分作れるのでちょうど良いと思って。…前に、民間人にこの国の家庭料理をいくらか教えてもらったことがあるんです。」

 

 

 いつも作ってもらっているから、ということで今日の夕食のテーブルにはヴィネが作ったスープが置かれたのだった。

 

 

 

 ○○○

 

 

 

「おはようヴィネ…」

 

 

「おはようございますサーシャさん。」

 

 

 既に充電を終えていたヴィネはサーシャの家族のお気に入りだというレコード盤の手入れをしていた。

 

 

「でもそれ本体が…」

 

 

「プレイヤーなら電源コードが断線していた箇所があったので、ガレージにあったはんだごてで直してみたら正常に動きましたよ。電気絶縁テープを使わせてもらいました。」

 

 

「マジか!ありがとう!」

 

 

 よーしよしと感謝を込めてヴィネの頭を撫でる。髪の毛は前より少し伸びていた。

 

 

「10年くらい前に父さんが買ってさ。よりによって古いモデルで、無駄に高くて母さんが怒ってたんだけど、レコード盤を1番多く集めたのは母さんだったな。」

 

 

 ヴィネを拾ってから1ヶ月ほど経つとサーシャはヴィネに自分の家族の話をよくするようになった。遺骨もようやく埋葬場所が決まって、今日は納骨することになっている。

 

 

「じゃあ留守番頼んだぞー。」

 

 

「はい。」

 

 

 ひとりで過ごすのはかなり久しぶりのこと。サーシャの家に来てからは初めてだ。

 

 念のためカーテンは全て閉め、ゲームをやるときも音が外に漏れないよう気をつける。

 

 

「あぁ…負けちゃう…」

 

 

 呟いて、返事をしてくれる相手がいない寂しさを感じる。思えば怠惰な生活に随分と慣れてしまったものだ。

 

 

「やっぱり僕…戦闘機には向いてないな…」

 

 

 専用のアーマーまで造ってもらったのに実験機だからという理由で後方支援の拠点兼民間人避難所の警備を言い渡されたときは不満を抱いたが、そのすぐ後に前線が恐ろしくなるなんて情けない話だ。

 

 敵国の兵士との暮らしがとても気に入っていて自分が元に戻れなくなりそうだなんて、もっと情けない。

 

 今の暮らしが快適でも、やはり帰らなきゃいけない。自分を目にかけてくれていた開発責任者が、同系個体が帰りを待っているはずなのだ。

 

 一旦ゲームの画面を切って、装甲と左腕を乾いた布で拭いていると突然窓ガラスが割れた。

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 墓地に納骨して献花していたはずのサーシャは固い簡易ベッドの上で目を覚ます。

 

 

「ここは…?」

 

 

 痛む頭をさすりながら身体を起こすと、イヌ系の獣人の青年が目の前のパイプ椅子に座っているのが目に入った。

 

 

「ここは勾留所。詳細場所は明かせない。」

 

 

 マズルが短めで頭髪がある黒いイヌ系獣人の青年は服を着ていない。代わりにその胴体は滑らかな装甲で覆われている。

 

 

「まさか…」

 

 

「大した驚かないな。なら、あの場から0号”ヴィネ”を持ち去ったのはお前で違いないか?」

 

 

 青年の左胸部。そこにはサーシャの国の国旗がペイントされていた。

 

 

「うちの軍にサイボーグ兵器がいたのか…!?」

 

 

「ヴィネは稼働しているのか?」

 

 

「え?うん普通に…」

 

 

 言いかけて、引っかかって、ことの重大さをようやく理解した。このサイボーグにサーシャの国の国旗がペイントされているということは、自分はヴィネ側の国ではなく自国の軍事基地に収容されていることになる。

 

 そしてサーシャは志願兵。軍に詳細な個人情報が残っているはずだ。

 

 

「ヴィネ…!」

 

 

 サーシャが立ち上がると目の前のサイボーグも立ち上がった。ヴィネよりも身長が高く態度は威圧的だ。

 

 

「大人しくしていればその内釈放される。」

 

 

「…俺だってそんなに長くないけど軍にいたんだ。相手の兵器勝手に持って帰って報告もしないで隠してた俺をそう簡単に釈放するわけがない。」

 

 

「だとしたらどうする。」

 

 

 サーシャは黙った。猛威を奮っていた自律行動型の機械兵器を差し押さえて悪魔の兵器と呼ばれる彼に素手で叶うはずがない。黙ってベッドに座った。

 

 

 その頃、サーシャの家ではくぐもった悲鳴が響いていた。

 

 

「はぁ…はぁ…本当…本当だ…そこにいる…」

 

 

 “A値上昇: 意識喪失レベル”

 

 

 変形した機械左腕の軍用スタンガンが光り、迷彩服を着た男はそれに当てられて気絶した。

 

 

「…急がないと。」

 

 

 ヴィネは左腕を元の形に戻すと、床に倒れている他の迷彩服の者達には目もくれずにガレージへ向かう。

 

 サーシャの居場所は既に吐かせている。やることはひとつ。彼の救出だ。

 

 動かないアーマーを部位ごとにバラし、動力が無くても動く膝から下の部分はそのまま履いた。固定されるので機動力には大した影響はない。

 

 胴体部分は内側の機械や固定器具を外して、鍋の蓋の取手部分をはんだ付けする。やや不恰好だが即席の盾としての強度は十分だ。

 

 そして腰の収納スペースから手榴弾を、太もも部分にある防塵ゴーグルと簡易ガスマスクが入っているホルダーを外して自分の太ももにつける。

 

 

「やるしかない。僕がいなければこんな目に遭わなかったんだから。」

 

 

 襲撃者から奪った短機関銃とその弾倉も持って、彼らの車に乗りサーシャの家を出た。

 

 目標はとある軍事基地。ヴィネ側によって占領されていたが停戦によって解放された場所。主力になり得る武器は運用できるような状態ではないはずだが、それなりの規模の部隊がいることに違いはないので油断はできない。

 

 

 “目的地まで1km“

 

 

 あと1時間で日没だ。暗くなってからの移動は目立つから一刻も早く救出して隠れなければならない。信号は全て無視したが軍の車のおかげか治安当局は追ってこなかった。

 

 

 “侵入ポイント確認”

 “戦闘状態へ移行”

 “敵対者確認: 数: 3名

 

 

 正面から、少し速度を落として。そして手帳確認のために側に寄ろうとしてきたところでアクセルを思い切り踏み込んだ。敷地内に侵入してすぐにハンドルを切って180°方向転換。これでスムーズに脱出できる。

 

 ヴィネは車から飛び降りた。

 

 

 “不可視光線照射装置起動”

 

 

 左腕の上部から狙撃銃のスコープを小さくしたようなものが現れて、ヴィネはそれを追ってきた兵士に向けた。

 

 途端、兵士は目を押さえて後ずさる。眼球に1秒以下で一時的な視力喪失、2秒以上照射すると永久に失明する0号”ヴィネ”の予備装備。今の頼みの綱だ。

 

 留まることなく建物の中に侵入すると非戦闘員らしき人物が悲鳴を上げて逃げ、近くの兵士たちが慌てて駆けつけてきた。

 

 

 “敵対者: 数: 6名”

 “危険度: 低”

 

 

「そのハンドガンじゃ僕は倒せないよ。通してくれたら怪我はさせない。」

 

 

 ヴィネの視界には敵の射線が立体的に表示されている。ましてやハンドガン。避けるなり、即席の盾で受けるなり、どうとでもなる。当たっても大したことはない。

 

 アサルトライフルを常備していないのは武器不足故だろう。先程の襲撃者が持っていた銃も旧モデルのものだった。

 

 兵士たちはしばらくヴィネに銃口を向けたまま後ずさり。ヴィネが一歩踏み出すと背後のT字通路の両脇に身を隠そうと一斉に後退したが、全員がしっかりヴィネを見ていたため不可視光レーザーの餌食になった。

 

 

「明日には視力戻ってるから、大人しくててください。」

 

 

 そう言い残してヴィネは走った。右手に盾を、左手に銃と持ちさらに光線照射装置も常に起動してサーシャの元を目指す。ヴィネ側の占領下にあったためマップもデータベースに記録されていた。

 

 最短ルートを選ぶとやはり予期されて兵士が待ち構えていて、ヴィネはワイヤレス電撃弾を盾で受け止めながら片手でサブマシンガンを発砲して牽制。

 

 一旦盾を捨てると左腕のスタンガンを用いた格闘戦でその場の全員を気絶させた。

 

 

「思ったより来る人数が少ない…警戒しないと。」

 

 

 侵入してもうすぐ10分。時折待ち伏せはいるものの、通りすがりの兵士が突然通信で侵入者を知らされて慌てて対処しているようにしか思えないような装備と連携だ。目的はわかっているはずなのに。

 

 懸念は見事に当たった。

 

 角を曲がった先に、真っ黒な毛並みの犬系獣人の半機械が立ち塞がっていた。

 

 

「…馬鹿だな、お前。捕獲チームを倒したんならそのまま逃げれば良かったのに。そんなにあの人間に思い入れがあるのか?」

 

 

 “識別信号確認”

 “対象: 10号紀伊”

 

 

「…キー兄。生きてたんだね。」

 

 

「お前こそ。無傷で良かった。」

 

 

 2人とも言葉は棒読みだった。もっと違う場面での再会だったらヴィネは抱きついて喜んでいただろう。10号キイの右手には大型の電撃棒が握られていた。

 

 

「…そこを退いて。」

 

 

「お前があの人間を守る必要はない。」

 

 

「僕はまだ任務中だ。彼は民間人。僕たちの保護対象者だ。」

 

 

「その任務は、お前の国の攻撃によって市民が被害を受けないようにするもの。この件には関係ない。」

 

 

 ヴィネは彼をじっと見る。彼の左胸に敵国の国旗。そして彼が塞いでいる道はサーシャが収容されているエリアへの一本道。

 

 

 “不明な信号を検出”

 

 “警告”

  >非正規改造個体

  >監察対象物を敵機と認定

  >攻撃許可

 

 “危険度: 重大”

 

 

 ヴィネは黙って短機関銃を向けた。

 

 

「…驚いた。まだ敵意を出してない同型に武器を向けれるなんて。博士のお気に入りっていうだけあって内側も優遇されてるんだな。でもその武器では破壊できない。投降してくれ。」

 

 

「僕の身体は渡さない。サーシャさんも救出する。」

 

 

 ヴィネはキイの眉間に照準を合わせて引き金を引いた。

 

 火薬が炸裂してマズルフラッシュと共に銃口から弾丸が放たれたとき、既にキイは射線上にいなかった。

 

 

「9mmパラベラム弾じゃ仮に当たっても無駄だって、お前がよくわかってるだろ。…お前をなるべく傷つけるな、という命令だ。あの人間も悪いようにはしない。投降しろ。」

 

 

 ヴィネもキイの弱点は知っている。人工眼球か耳の中に命中すれば戦闘能力を大幅に削げるはずだ。

 

 ヴィネは銃をフルオートに変えて連射。キイは射線を、ヴィネはキイの回避方向をそれぞれ計算している2人の動きは普通の人間には全く読めず、流れ弾があらゆる方向に飛ぶので他の兵士が介入できない。

 

 キイは弾を避けながら自分以外を遠ざけるよう要請した。

 

 

 唐突に発砲音が途切れる。弾がなくなった。ヴィネらリロードはせず銃を捨てて左腕の照射器を使いキイの目に不可視光線を当てようと試みる。

 

 弾丸とレーザーではその速度は天地の差。しかしキイは姿勢を低くしながら射線から身を離しつつ大きな一歩を踏み出すと電撃棒で殴りかかった。

 

 

「うっ…!」

 

 

 盾で受け止めたヴィネは後退りした。さすがは新型、力はずっと強い。続けて2発、3発、4発、と盾で受け続け、5発目で接触と同時に盾を左右に回すように傾けて受け流す。

 

 キイの手首を掴んで捻り、スタンロッドを離させたが同じタイミングでキイに盾を横に回されて離してしまった。

 

 その直後にキイの鋭い前蹴り。ヴィネは壁に叩きつけられる。キイはホルスターからワイヤレスハンドテーザー銃を抜いて即座に発射。ヴィネは電極を機械腕の左手で払い退けて彼と距離をとった。

 

 キイをどうにかしなければサーシャを助けに行けない。逃げるのも無理だろう。彼の頭部の至近距離で手榴弾を炸裂させれば大きなダメージを与えられるかもしれない。

 

 まずは彼の視界を奪うため、ヴィネは左腕を構えた。

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 

「…?」

 

 

 真っ暗、あるいは真っ白。そんな中でふと自分を自覚した。

 

 誰かの声が聞こえる。どこにいるんだろう。何と言っているんだろう。

 

 意識はそのまま、視界だけ暗くなる。何もできずに待っていると突然ぐるぐると自分が回っているような感覚になった。

 

 

「…異常ありません。」

 

 

「よし、起動してみよう。」

 

 

 “起動中…”

 

 

 暗闇に青い文字が浮かぶと身体のぐるぐるが治まっていく。

 

 

「どうだ?」

 

 

「起動しました。バイタルに問題なし。」

 

 

「信号強度を1段階上げてくれ。」

 

 

 ビクン、と体が震えた。僕には身体があった。

 

 

「値は?」

 

 

「変化は微小。もう1段階上げますか?」

 

 

「あぁ。」

 

 

 ビクン。突然視界が眩しくなった。

 

 

「アッ…ウッ…」

 

 

「目が開いた。バイタルは?」

 

 

「脈拍上昇、基準値内。」

 

 

「ハァ…ハァ……」

 

 

 青い線や文字がある視界がくっきりと開けた。目の前に白衣を着た蜥蜴人がこちらを覗き込んでいる。

 

 

「あ……え……」

 

 

「…やぁ、私の言っていることがわかるかい?」

 

 “音声認識”

 “私の言葉が理解できますか?”

 

 

「う…うぅ……」

 

 

 視界が左右に傾く。

 

 

「む、平衡感覚がおかしくなってるのか?思考補助システムは?」

 

 

「正常に動作しています。」

 

 

「セーフモードにしてみてくれ。」

 

 

 “セーフモードへ移行”

 “UI最小化”

 

 

「うぅ……」

 

 

「治まったな。さて、私の言っていることがわかるかい?」

 

 

「…だ……だれ……?」

 

 

 中年の蜥蜴人は深く微笑んで、後ろでは歓声が上がった。

 

 

「静かに。…驚かせてすまない。私はこの研究室の責任者ナオヤ。ここは安全な場所だ。君に何か悪いことをするつもりはない。安心してほしい。ところで、君は自分が誰かわかるかい?」

 

 

「僕は…僕は…レイ……僕は…どうしてここに…?父さんと…母さんはどこ…?」

 

 

「君の父さんと母さんのことは…あとで教えよう。約束する。あぁ…やっと…やっと成功した……」

 

 

 ○○○

 

 

「…よし、テスト終了。全項目正常。君は今日から半機械化個体、記念すべき最初の成功体”ヴィネ”だ。」

 

 

「前の名前じゃダメなんですか?」

 

 

「今の法律だと今の君は死んでることになる。名前を変えて、新しく登録しないと人権が認められないんだ。」

 

 

 ナオヤはヴィネを優しく抱きしめた。

 

 

「君は人だ。ロボットじゃない。私が保証しよう。君のおかげで確立した技術で既に後継体を3人作っているところだ。いずれも精神に重い障害がある子と先天的に身体の一部が欠損していた子だ。君より精神年齢が低い子もいるから、仲良くしてやってくれ。」

 

 

「はい…」

 

 

「大丈夫、そのうち外に出かけられるようにもなる。私も君たちが一般民と同じような生活ができるよう尽力しよう。…今まで犠牲にしてきた人たちのためにもね。」

 

 

 ○○○

 

 

「待ってくれ。戦闘型として開発した5〜8号を派遣することに異論はない。だがヴィネを戦線に投入するなんて到底容認できない。いくらアーマーがあろうとこの子は兵器として作ったわけではない。…特許剥奪!?あんな人間離れした”ヤマト”や”キイ”なんてものを作っておいてまだ満足しないのか!?」

 

 

「博士…僕…行きます。大丈夫です、博士が新しい演算装置に変えてくれたから5号と一緒に訓練だってできるし…前線じゃないから他のみんなより安全ですよ。」

 

 

「帰ってきてくれ…這ってでも戻ってこい…戻ってさえきてくれれば全財産を投げても直すから…ヴィネ…お前は私にとって…私にとって…」

 

 

 ○○○

 

 

「0号ヴィネ、お前、思っていたよりも…」

 

 

「な、何ですか?」

 

 

「いや…我々の実験機というのは聞いていたのだが、思ったよりも生体部分が多いのだな。おぉ…この腹部はそのままなのか…いや中身に少し手が加えられているのか…?」

 

 

「あの…キイさん…?」

 

 

「敬称不要。どうした。」

 

 

「くすぐったいです…」

 

 

 ○○○

 

 

「…少しは落ち着いたか、ヴィネ。」

 

 

「うん…」

 

 

「…大丈夫だ。戦うのは俺の役割だ。お前には戦わせない。お前は向いてない。でもそれは良いことだと、思う。俺とは違うその身体を大切にするべきだと、思う。」

 

 

○○○

 

 

「…この毛布、余っていたのでよかったら使ってください。」

 

 

「ありがとう…優しいね。うちの孫みたいだ。」

 

 

「お孫さんがいらっしゃるんですね。」

 

 

「そうそう、サーシャって言ってね。ちょっと前まで料理してるとつまみ食いしてくるやんちゃな子だったけど最近じゃあすっかり大人になって、親と祖父母思いの良い子だったよ。今は兵隊に入っちゃったけど…」

 

 

「そうですか…」

 

 

「あぁそうだヴィネちゃん、これを渡してほしい人がいるんだ。」

 

 

「このノートですか。一応中身を確認させてください。」

 

 

「良いよ。」

 

 

「これは…料理のレシピですか?」

 

 

「そうだよ。帰ってきたら孫に作ってやりたいんだけどあたしには持病がいくつかあるし、その時には死んでるかもしれないからね…ふふっ、だからそれをあの子の恋人のところに持っていってくれ。確かここにいたはずだから…」

 

 

 ○○○

 

 

「こちらキイ。現在0号ヴィネを屋内へ運搬中。意識不明。重大な損傷はなし。」

 

 

「キイ、言われた通りヴィネのアーマーを持ってきたぞ。」

 

 

「よし、ひとまずこの中に入れて…っ!ミサイル攻撃感知!くそっ…あ、そこの人達!確かヴィネと仲良かったな。この中に気絶したヴィネが入ってるから見ておいてくれ!起きたら守ってくれるだろう…全戦闘員緊急配置、民間人保護を優先…」

 

 

 ○○○

 

 

「ヴィネ…お前がうちにいてくれて本当によかったよ…1人だったら…俺…」

 

 

「僕の方こそ。」

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 サーシャが監禁されている部屋まで届く鈍い音。何度も響くそれはヴィネが壁や床に叩きつけられる音だった。

 

 

「はぁっ…はぁっ……」

 

 

「最後にもう一度言う。投降するんだ。」

 

 

 ヴィネの装甲に所々亀裂が生じている。高性能AI同士の読み合いは、そもそもの性能の差に加えて主機としての運用と思考補助としての運用でも差が開いていた。

 

 

「ヴィネ、お前が拷問されることはない。壊されることもない。上官が変わるだけだ。」

 

 

「ごめんねキー兄…僕が油断したばっかりに…」

 

 

 ヴィネは左腕の武器を収納した。そしてよろよろ立ち上がる。

 

 

「ヴィネ、」

 

 

 ヴィネはまっすぐキイに向かって走り、そしてナイフを振りかざす。キイはその腕を掴んでナイフを離させるとヴィネを壁に投げる。

 

 

「処理落ちでもしたのか。」

 

 

 起き上がったヴィネはキイの方へ振り返ると同時に手榴弾を投げた。壁にぶつかって倒れている間にキイの死角でピンを抜き、目の前で爆発するようタイミングを調整して投げたのだ。

 

 ヴィネは投げてすぐに近くにあった盾で爆風と衝撃を凌いだ。

 

 さすがに顔にこれを食らえば無事ではないはずだった。しかし爆風に乗ってキイが盾の上から現れて宙返りしつつ振り向こうとするヴィネを押さえて背後に回る。

 

 手榴弾本体はキイに見えていなかったが、安全ピンが落ちるのを見逃さず瞬時にこの攻撃を予測していたのだ。

 

 ヴィネの抵抗をものともせずに装甲に覆われた膝を彼の背部へ向ける。

 

 キイの内蔵装備が作動、ヴィネに向けられていた膝から12.7×99mm弾が発射され、ヴィネの背中の装甲に無数の大きな亀裂が入ってその一部は破片として飛び散った。

 

 装甲に緩衝材の層が複数あったおかげで貫通はしなかったものの、ヴィネのUIに複数の警告表記が表示される。さらに至近距離での発砲音でヴィネの聴力が一時的に飛んでしまった。

 

 

 よろめきながら距離を取ろうとするヴィネを尻目にキイは自身の電撃棒を拾い上げた。

 

 

「音声認識は生きてるだろう?投降するんだ、ヴィネ。お前のコンピュータはお前の人格に影響をしていない。俺のようにはならない。投降してくれ。」

 

 

 ヴィネは傷だらけになった盾を拾う。キイはため息をついて電撃棒を起動させ、まっすぐ歩き出した。

 

 “不可視光線照射装置起動”

 “スタンガン起動”

 

 腕の上部から照射装置が出現、さらにヴィネの左掌の上半分が折れて指ごと後ろに倒れ、断面から電極が露出する。一か八かだ。読み合いには勝てないならば、キイの行動を待つしかない。

 

 キイは一度立ち止まり、ヴィネの意図を読んだのか先に攻撃を仕掛けた。

 

 突き出された電撃棒を避けて、盾を投げて視界を塞ぎ盾ごと蹴り飛ばして壁にぶつけ、さらに接近して膝蹴りを入れる。アーマーの膝下装備込みの威力でキイの肺の空気が外に漏れ出た

 

 ヴィネはすかさず眼球に向けて不可視レーザーを照射、しかし腕で遮られる。その腕を掴んで退かそうとすると今度はヴィネが膝蹴りを受けて地面から数センチ浮いた。

 

 間髪入れずにキイはヴィネの尻尾を掴んで上に勢いよく引っ張りヴィネの後頭部を天井にぶつけてから床に叩きつける。

 

 そして苦悶の声を上げるヴィネの壊れかけている背部に電撃棒を叩き込んだ。

 

 大きな破裂音が響いてヴィネの背中から強い光の火花が噴出した。装甲には絶縁体も使われているが損傷箇所の隙間から電流が流れ込んで内蔵電源を破壊されてしまった。キイは最初からこれを狙って彼の背中を執拗に攻撃していたのだ。

 

 

「あっ……」

 

 

 “警蜻”

 “ 荳サ髮サ貅仙蓑螟ア

 

 

「あぁ……」

 

 

 ヴィネは数回痙攣して、脱力した。

 

 

「目標、0号”ヴィネ”、沈黙。生体部分への損傷は許容レベル。……了解。指定の場所に運搬する。」

 

 

 うつ伏せで倒れ、目を開けたまま荒く呼吸するヴィネに歩み寄る。

 

 

「馬鹿だな…大事にしろと…言ったのに…」

 

 

 ヴィネを眺めていたキイは不意に頭を押さえた。頭痛だ。深呼吸して、ヴィネの顔から目を逸らして運ぼうとさらに近づいた。

 

 

 “スリープ解除”

 

 “予備内蔵電源稼働”

 

 

 腰をかがめようとしていたキイの顎にうつ伏せのままのヴィネの後ろ回し蹴りが直撃。身体が柔らかいネコ系獣人のヴィネは今もその特性を十分に生かせる身体。威力も十分だった。

 

 今度はキイが天井に頭を打って床に転がった。逃すわけにはいかない機会。

 

 

 “目標背部に不明な装置”

 

 

 制御装置が内蔵されている胸椎中部に規格外の装置を発見したヴィネはキイに馬乗りになって、そしてその規格外の装置に左手のスタンガンを押し当てた。

 

 その瞬間、キイが絶叫した。その装置は最低限の絶縁処理しかされておらず、生体に重大な障害を引き起こす最大レベルの電撃に耐えられなかったのだ。

 

 何度も火花が散って、キイは叫び、無意味に暴れ続けた。そしてそれはパタリと止んだ。

 

 

 “目標不明装置破壊”

 “解析中…”

 

 

「後付けの制御装置…キー兄の人工脳は6割で生体脳と共有する機能も多いから…人工脳への信号が生体脳にも影響を与えるようにしてAIの決定に逆らえなくしたんだ…キー兄…きっとすごく苦しかったよね…」

 

 

 技術や装置全体の大きさの問題でその部分の装甲だけ作り直されていたため発見と破壊に至った。コンピュータ部分が破壊されたキイはもう動かないだろう。

 

 感傷に浸っているとカン、と頭に衝撃を受けた。その方向を見ると兵士が銃を構えていた。

 

 

「痛…!」

 

 

 “被弾箇所: 頭部右側面”

 “>影響なし”

 “痛覚軽減措置”

 

 “状況分析 : 危険度 中

 

 

 ヴィネはすぐさま光線照射装置を構えた。

 

 “警告”

 “過熱 < 内蔵武器専用電源”

 “武器使用不可”

 

 

「そんな…!」

 

 

 キイが倒されたことで兵士が集まってきた。これではサーシャを救出できない。ヴィネは銃弾を躱しながら盾を回収してその影に身を潜める。

 

 

 “回路形成”

 “予備電源へ接続”

 

 “警告”

 “過負荷 < 予備内蔵電源”

 “>無視”

 

 

 兵士を不可視光線で次々に無力化し、キイの電撃棒を拾うとサーシャの元をめざした。

 

 

 

 ○○○

 

 

 

「クソ…何がどうなってるんだ!」

 

 

 衝撃音、発砲音に爆発音。サーシャは扉にタックルすることしかできなかった。

 

 

「クソ…どうなるんだ…」

 

 

「サーシャさん…聞こえますか…?」

 

 

「ヴィネ…?」

 

 

「扉を破るので離れてください…」

 

 

 横開き自動扉の戸袋から火花が散って、開けられた。

 

 

「ヴィネ…!お前…!」

 

 

 現れたヴィネは額の皮膚に指2本分の穴が開いていてその下の黒い強化樹脂骨格が剥き出しになっていた。

 

 

「この傷は大丈夫です。急いでください…途中にあったセキュリティルームで脱出経路とは全然違う場所に警報を出しておいたので…今のうちに…早く…」

 

 

 ヴィネはサーシャに短機関銃とその弾倉が入ったショルダーバッグ、そして盾を渡して彼を先導した。

 

 ヴィネの背中がとても無事とは思えない見た目だったが逃げる方が先決、とサーシャはそれに従う。

 

 一度銃撃戦になるも、サーシャも訓練は受けている。2人で切り抜け外に向かう。

 

 

「サーシャさん…」

 

 

「どうした。」

 

 

「この先の角を右に、その先は直進、その次を右に曲がると僕が乗ってきた車両があります。残してきたカメラの映像を見る限り、放置してくれているようです。それに乗ってここを離れたらバックの中のメモを見てください…サーシャさんの車の場所とか色々書いてあります…ナンバープレートも偽装してあるので数日逃げる分には問題ないはず…」

 

 

「ヴィネ!」

 

 

「行ってください…僕の主電源が壊されました…給電回路も断線しているから予備の充電もできない…」

 

 

「何を…」

 

 

「僕はもう駄目です…予備電源は戦闘を想定していないから…負荷が大きくて…もう…」

 

 

 “警告”

 >予備内蔵電源電圧低下

 

 ヴィネは立ち止まって膝をついた。

 

 

「おい!」

 

 

「逃げてください…可能な限り援護します…大丈夫…敵は僕を殺しはしないでしょうから…さぁ早く…」

 

 

「そんなこと…」

 

 

 ヴィネが動く。角から兵士が姿を現した。

 

 

「な、何でここに!?警報は…」

 

 

 電撃棒をサーシャから奪い取ると拳銃の弾を避けずに被弾しながら距離を詰めてその兵士を殴り飛ばした。が、ヴィネも膝から崩れ落ちる。身体が異常に重い。機械部分の限界が近いのだ。

 

 

「サーシャさん急いで!」

 

 

「お前を置いて行けない!」

 

 

「駄目です!電源の化学溶液が漏れています!触らないで!運ばないで!急がないと兵士が来る!サーシャさんは撃たれてしまう!」

 

 

 ヴィネは叫んだ。そしてサーシャのズボンに両手で縋る。 

 

 

「僕の任務は…民間人の保護と監視…あの日…僕の不注意で…大事な時に気絶して……守れなかった…みんな死んでしまった…悔しいです…敵軍からの攻撃に対応できなかった…実験機だから…」

 

 

 最後っ屁として、ヴィネ側の戦犯に仕立て上げるために自国の民間人の避難場所を攻撃したのだ。あの場所で負傷兵士の治療も行っていたことも事実だから目論見通りに行かなくてもいくらでも言い訳できる。

 

 予期できたはずなのに。そのための生体脳なのに。

 

 

「お願いです…せめてあなただけでも…守らせてください…あなたを死なせたら…僕は何もできない失敗作になってしまう…」

 

 

 焦点が合わなくなってくる。恐らく予備電源の残りが1%近くになっている。

 

 

「しっかりしろ…!頼むよ…!」

 

 

「サーシャさん…僕は電気がないと動けない機械です…たとえ一緒に逃げれてもあなたじゃ修理できません…」

 

 

 “ハッチ解放”

 “主制御システム切断”

 “セーフモードへ移行”

 

 

 ヴィネは自分から四角い装置を取り出してサーシャに押し付けた。

 

 

「主制御装置です…これを物理的に壊してください…そして逃げて…」

 

 

 サーシャはほとんどパニック状態だった。ひっ迫した状況でさらにヴィネという新しい家族を失う。言葉も出てこなければどうすれば良いのかもわからなかった。

 

 

「お願い…僕は置いて…早く…走って…逃げて……兵士が…来る…ま…え…」

 

 

 ヴィネは倒れた。もう声も出せない。こんなに呆気なく終わるなら先にお礼を言っておけばよかったと後悔する。そしてサーシャが自分に踵を向けたのが見えたのを最後に、視界が真っ暗になった。

 

 

 “電源喪失”

 “システムを終了します”

 

 “good night!”

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 ありがとうございました。機械の知識は皆無なのでその辺りは大目に見てください…。
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