イナンナの獅子 ショタがTSスーパーヒーロー(金髪褐色おねえさん)に変身して同級生のショタとチュッチュする話。 作:古井京魚堂
その日少年は超常の力を得た。
少年の名は
マンガやゲーム、特撮番組のヒーローに憧れる小学五年生の男の子。
平凡と切って捨てるにはいささかそぐわない抜群の運動神経と学年上位の学校成績、おまけにジュニアアイドル顔負けの美少年と兎に角目立つ存在ではあったが、十一年間超常現象とは無縁の生活を送って来た。
「すっげー。オレいま飛んでる!」
その少年がいま空を飛んでいた。
喜色満面。キャッホーイと歓声を上げては、ピーターパンのようにくるくると曲芸飛行を披露する。
否。その姿は少年のものではなかった。
金髪金眼に褐色肌の豊満な女の形をしていた。
ユウタが変身した姿である。
年の頃は十代の半ばから後半。大人びた高校生か大学生くらいに見えた。
元となった少年の面影を残しつつ神がかった絶世の美女である。
ライオンを思わせる軽く波打った背中を隠すほどの豊かな美髪が、女性にしては大柄な裸体を包む他は、左手首にはめられた腕輪が一つきりあるばかりで、布きれ一枚身に帯びていなかった。
少年あらため美女は当初変貌した己の姿に戸惑っていたが、全身を満たす人ならざる力、夜空を自由に飛翔する全能感に、それもすぐに脇に追いやられるにいたった。
元の少年の姿にも自由に戻れると約束されていたのもある。
彼あるいは彼女に力を授けた『神霊』が呼びかけた。
「どうだ。我が契約者、我が司祭、我が巫女よ」
「サイッコー! イナンナ、アンタ、マジで本物の女神様だったんだな」
「当然であろ。余こそメソポタミアに名高き神々の主座。戦争と性愛の女神。イナンナにしてイシュタルたる天の女王である。信仰廃れた末法の世であっても、司祭一人に天翔けの権能を授ける程度の力は残っておる。しかし聞き捨てならんことを言う童じゃ。なんじゃ。疑っておったのか」
「だってさー。イナンナなんて聞いたこともなかったし。あ、でも、イシュタルは聞いたことあるかも。アニメで視た!」
「ふむアニメ……とな? どれ、ほほう、これはまた面白きものよな」
「???」
「なに。そなたの記憶をちと覗き見たまでじゃ」
「すげー。そんなこともできるんだ」
「存分に称えるが良いぞ。そなたの主は千言万辞を尽くしてもなお足りぬ至高の女神なれば」
ころころと笑う姿なき女神の気配をユウタは覚えた。
不思議な感覚だった。耳でも頭でもなく心臓で直接受け取っている、そう感じられた。
「しかしこれは良い。作り話の絵空事ではあるが、これほどの数の物語を、そなたのような年の頃の童が受容しておるとは。人の世はまこと豊かになったと見える。道理でやけに物分かりが良いと思っておったのだ。似たような話を散々に浴びて育ってきたか。うむ。余としても、一から説明する手間が省けるというもの」
得たりかしこしとイナンナは話を結ぶと、本題へと話を進めた。
「ユウタよ。無邪気な英雄志願者よ。そなたに与えた力の対価は分かっておるな?」
「へへっまかせろって。ワルモノをとっちめるんだろ? ヒーローって感じするよな、燃えるぜ!」
「別にやつばらめも悪しきモノではないのじゃが……さりとて善きモノでもないゆえ、ま、どっちでも良いか。余にとっても、そなたにとっても、どうでも構わん話じゃ」
古びた青銅製の腕輪に眠っていた女神を起こしたものは、少年の幼い英雄願望であった。
ユウタにイナンナは言葉巧みに持ちかけた。
「よきかな。童よ。善く戦い、善く狩るが良い。そなたが相手取るのは人でも獣でもない魔力の凝った影法師じゃ。戦士や狩人の覚悟を持たぬそなたでも大過なくこなせよう。……やがては余の敵対者たる神魔やその眷族とも戦ってもらわねばならんが……ひとまずはな」
イナンナの途中の呟きは隠され、ユウタの心に伝達されることはなかった。
「あ! なあなあ! あれじゃね?」
クラゲのようなナニモノかが、ふわふわと雲間を漂っていた。
風に流されたかと思えば、風に逆らうように動いたり、奇怪な挙動を見せている。
「否。あれは風にしたがっておるのではない。エーテルの波に流されておるのじゃ。目をこらしてみよ。今のそなたであれば見えるはずじゃ」
言われて金色に輝く瞳に力を籠めると確かに見えた。
何かが確かに動いている。
たとえるならば、水面の波紋や、天気予報で見る天気予想図が近いだろうか。
「うおっマジだあ! なにあれなにあれ! あ、エーテルの波って言ったかあ、すげー! で、エーテルって何? MP回復するアイテムのことじゃなかったの」
「ヘラスの哲学者どもが言うところの至高天を満たす第五要素よ。それは火であり風であり光である。が、おいおい学べばよい。今はああいうものがあるとだけ覚えておけ」
すげない返事にユウタは少し不満を覚えたが、すぐに興味はクラゲに移り変わった。
浮かれるままにここまで来たが、あれをどうしたものだろうか。
少年の心にきざした不安の種を女神は軽く笑い飛ばした。
「あの程度ならば造作もない。そなたに与えた肉体の性能ならば、拳の一振りで方がつく。しかし、それではそなたも面白くなかろう。なにより余がつまらぬ。手をかざし、クラゲに向けて、祝詞を唱えよ」
「祝詞? そんなの教わったっけ……『我は七つの
ユウタは心に浮かぶままに呪文。イナンナが言うところの祝詞を無心に唱える。
口から出まかせに祝詞を紡ぐほどに、身体の奥底、へその下に熱が溜まっていく。
息が乱れ、言語も不明瞭になり、現実感が失われていく。
顔は紅潮し、口からは涎がつーっと糸を引いて垂れ落ちていた。
少年は未知の感覚に恐怖すら覚えた。
少年が知る中では、それは射精欲求がもっとも似ていたが、似ているだけで明らかに別物であった。
それはシャーマンの神懸かりであり、同時に女性器に由来する性的絶頂であった。
ペニスが十本以上に増えて、それらがぎゅっと束ねられて、いまにも同時にザーメンを吐き出しそうな、そんな錯覚すら覚えた。
「あっ……ぐぅ……んぅー……!!!!!!」
そして、それはついに決壊した。
『これなるは我が復活の狼煙である』
かざされたユウタの手の平から光芒がほとばしった。
光の柱は雲を貫き、瞬く間に消し飛ばすと、かき乱された大気は荒れに荒れ、時ならぬ豪雨に、地上の生き物たちを驚かせた。
ユウタは呆然自失の態で周囲を見渡した。
たしかにクラゲは吹き飛ばされた。
けれどこれは……。
「なんて傍迷惑な……ていうか、オナニーでクラゲにぶっかけたみたいで最悪の気分なんですけど」
「くく。じゃが気持ち良かったであろ?」
「……聞くなよ!」
羞恥に頬を染め、ふてくされるユウタの態度に、イナンナは呵々大笑した。
「愛い奴め。ところでそなたに一つ言っておくことがある」
「なに! ここまで来たらなんでも言っちゃって!」
毒を喰らわば皿までとばかりに、半ばやけくその気分で今ならば何でも受け入れられそうだと甘い考えを抱いていた。
「うむ。取り急ぎ、おのことまぐわうように」
……………………………………。
「……なんて?」
「聞こえなんだか? おのことまぐわえと申した。ああ、それとも言葉の意味が分からなんだか? うむ。そなたくらいの年の頃ではそういうこともあるかもしれんな。しばし待て。そなたの語彙より適切な物を探すゆえ。ほほ。なんじゃまったく知らぬわけでもないではないか。当世風に言えばセックス、エッチしろということじゃ」
「……なんで!」
信じがたいことを言いだすイナンナに、ユウタは半ば以上べそをかきながら、問いただした。
「余は戦争と性愛の女神である」
「うん。それで?」
「鈍いのか認めたくないのかどっちじゃ? なればその供物は自ずから明らかであろう。そう闘争と性行じゃ」
「はい。はい。……はい? ! 待って!」
「ほほほ。待ったはきかんぞ。いまや余とそなたとは一心同体。一朝一夕にとまでは言わんが、余の力が尽き、再び眠りに落ちることあらば、その時はそなたも一蓮托生でいつ覚めるとも知れぬ永劫の眠りに落ちるのじゃぞ?」
「な……な……なにそれー!」
「言っておらんかったからの」
聞いてないとわめくユウタに、あたかも物の道理を知らぬ小僧を諭すかのような口振りで、イナンナは告げる。
「余は賢母神や処女神どものような一人の男に操を立てろなんてケチ臭いことは言わぬ。乱交不倫大いに結構。自由闊達に性の喜びを謳歌するが良い。ああ。じゃが誰でも良いというものではないぞ。余は醜男は好かぬ。美々しき偉丈夫か紅顔の美少年に限る」
それ以外は願い下げじゃと女神はのたまった。
「詐欺じゃん! 何が女神だよ悪魔の間違いだろ!」
「それは心外。最初に名乗ったではないか。余こそは天の女王。カナンの英雄神バアル大王と並び称されるイナンナにしてイシュタルたる大女神なりと。ほれ、そなたのゲームとやらの知識の中にも余の名は刻まれておるぞ。くははっ! 大魔王アシュタロスか。どうして、ヤコブの子らが嘲りつけたくだらぬ忌み名と思っておったが、遠い異国の民が紡いだ物語の中で、これほど痛快に扱われるか! なかなか悪い気はせぬ」
「アシュタロ……やっぱ、てか本物の悪魔じゃん!」
「くっくっく。はっはっは。あーはっはっはっはっは! まあ、精々、励んでおくれ、我が契約者、我が司祭、我が