イナンナの獅子 ショタがTSスーパーヒーロー(金髪褐色おねえさん)に変身して同級生のショタとチュッチュする話。 作:古井京魚堂
「女神イナンナ? それってあれだよねシュメル神話の女ジャイアン」
「知ってるのかショウヤ。さすが伊達に本読んでないな」
「『イナンナの冥界下り』で有名なシュメル神話の愛と戦いの女神だね。豊穣神でもある。別名をイシュタル」
「それそれ。イナ子の奴も自分で戦争と性愛の女神だって言ってた」
「イナ子ってまたすごいこと言うね」
「だってさあ。イナンナって言いにくいだろ」
ユウタとショウヤはいつものように二人並んで下校していた。
あの後、保健室から教室に戻った二人は帰りの会にだけ出席した。
結果的にずる休みになったショウヤが担任の先生から軽く注意を受けた他は、二人並んで眠るだなんて夫婦だなんだとクラスメートに囃し立てられたくらいだった。
二人が同じベッドで寝ていたことはクラス中に知られていた。帰ってこないのを心配した担任教師と何人かの生徒が連れ立って5時間目と6時間目の間に様子を見に来たらしい。
連れ立ち歩く話題は当然、ユウタの変貌についてである。
「なんでそんなウサンクサイ話に乗っちゃうの! 見えてる地雷じゃん!」
腕輪に封印されていた女神イナンナに、怪物退治を持ちかけられて、任せておけと請け負ったら、大人の女性に変身していたとするユウタの説明に「バカじゃないの!」とショウヤは悲鳴をあげた。
「え? というかあのお姉さんに変身するんじゃなくて、あのお姉さんがデフォの姿で、わざわざ変身して今のユウちゃんになってるの? どうしてそうなった」
ショウヤは比喩でなく目眩がした。
「いや。だってさあ。封印されてた神様から力を借りて怪物と戦うんだぜ。めっちゃ非日常だしスーパーヒーローじゃん? オレでなくても乗り気になるって」
「不用心すぎる」
「元の姿には戻れるって言われたんだよなあ」
「それで結局騙されてるんじゃないか」
「そうなんだけどさあ。あ。コンビニ寄ってかね? コーラと肉まん買おうぜ」
「良いけど。ユウちゃんが買い食いするなんて珍しいね。あとユウちゃん実は反省してないでしょ」
ユウタの家は戸建ての二世帯住宅で、いつも祖父母がおやつを用意してくれている。
ユウタはおばあちゃん子だったので、素直に言いつけを守って、あまり買い食いをすることはしなかった。
「口直し。いや。なんかさ。起きてから口の中がめっちゃ苦くて。苦いというかエグい? とにかく味わったことのない妙な後味がずっと続いてるんだよなあ。なんだこれ」
「あ……そうなんだ……あはは、それは大変だね」
視線が泳ぎ言葉は棒読み。今度話を逸らすのはショウヤの番だった。
どう考えても自分の精液だ。
ユウタの話から類推するに、自分から精液を搾り取ったのは女神イナンナで間違いないだろう。
精神は。
けれど話の通りなら使われた肉体はユウタの物ということなる。
罪悪感がすごかった。
「でさあ。イナ子の奴が言うには……いや、やっぱ無し。忘れてくれ」
「構わないけど。相談してよね。ユウちゃん、放っておいたらまた何か妙な安請け合いしてそうだし。不安」
「もうちょい考える時間をくれ。……ん、待てよ時間? あ、やっぱり、もうこんな時間じゃん! デッタちゃんの配信はじまっちゃう」
スマホを取り出して時刻を確認する。
お気に入りの配信者の動画がLIVE配信される時間だった。
ユウタはコンビニに駆け込むと、フードコートに陣取った。
肩を寄せ合い、一つのスマホを一緒に覗きこむ形でふたり並んで視聴する。
『ボンソワール、ヒューマン! 常夜の国からこんにちは。デッタチャンネル、はーじまーるよー! この動画は魔界の皇女ビヨンデッタ・ベルゼビュートが人間界を支配するべく奮闘する日々の記録であーる。まる』
『オッサン無理すんなwww』『一々ノリが古いんだよなあ(白目)』『絶対中身オレらと同世代以上。ワンチャン、アラ還まである』『そのボイチェン性能良いね。ドコの製品?』『※ここまでテンプレ』
画面の中で中学生くらいの女の子がいつもの前口上で配信の開始を告げる。
コメント欄に怒涛のコメントが流れる。
『いつも見てくれてありがとうねー。あと開幕と同時に流すコメント待機してる暇人たちはウチの動画を見るより先に自分の人生を省みた方が良いぞー』
『慈悲はないんですかっ!』『察してさしあげろ』『履歴書買って来ました。デッタちゃんのファンやめます』
配信者とコメント勢がリアルタイムで丁々発止のやりとりを繰り広げる。
「デッタちゃん、今日も飛ばしてんなー」
「ボク、Vtuberってあまり知らないんだけど、この子がユウちゃんがいつも言ってるデッタちゃんかあ。モデルも声もかわいいね。これでなんでオジさん呼ばわりされてるの?」
バーチャルユーチューバー魔界皇女ビヨンデッタ・ベルゼビュートの中の人が全裸中年男性であることは公然の秘密である。なお証拠は別に存在しない。ネタはネタとして受け入れることが肝要である。
「知らね。オレが視はじめた時にはもうあのテンプレ完成してたからなあ。一応、取り上げるネタが一々古いとかなんとかあるっぽいけど」
11歳のユウタからすれば五年前のネタも三十年前のネタも、正直さほど違いが感じられなかった。
『今日はねー。前回の放送でヒューマンたちがお奨めしてくれたレトロゲームの実況プレイをやるよー。覚えてる? アレだよー魔界で大魔王なのになんで村なんだよって発売以来一億回は突っ込まれたであろう横スクロールアクションゲームの傑作。……こんな鬼畜難易度のブツを推してくるとか良い趣味してるなオマエら』
『素がでてる。素がでてる』『演技して』『ヒデ―ww難易度考えろよ!www』『てか悪魔のお姫様にゲームとはいえ魔界攻略させるの倒錯的だよな』『デッタちゃんのパパが中ボスの「大」やらすよりは有情なのでは?』
『ふっ。しかーし。甘いあまい。デッタちゃん、このゲーム当時散々にやりこんだんだなあ。Switch Onlineに加入したのもコレがあるから、というのは過言』
『過言なんかい』『【悲報】デッタちゃんアラフォー以上確定』『デッタちゃんは公称1500歳やぞ』
おどけたことを言いながらも、軽快にゲームを進めていく。
危なげもなく、またたく間に一週目を攻略してしまった。
『うおっ。マジでやりこんでやがる』『すげー。俺もスイッチで遊んでみたけど全然歯が立たなかったぞ』『最近のゲームはボロボロなのにな』
『しかたないんだよー。地上攻略の軍資金は限られてるからー。世知辛いのじゃー』
『著名人の持ちネタをパクるVの者がいるらしい』
その後もワイワイガヤガヤ騒ぎながら、二週目も無事に攻略された所で、今日の配信は終了した。
ことほど左様に、ビヨンデッタ・ベルゼビュートと彼女のデッタチャンネルは、ぐだぐだの雑談を繰り広げる、ありふれた動画配信者とそのチャンネルであった。
少なくともこの時点では。