イナンナの獅子 ショタがTSスーパーヒーロー(金髪褐色おねえさん)に変身して同級生のショタとチュッチュする話。 作:古井京魚堂
「オラァ……!」
金色の輝きが夜空を切り裂いた。
星々を背に負って天空より降下する超音速の蹴撃が一条の流星となり魔性の大猿を蹴り砕く。
勝負を決したのは、跳躍からの落下の勢いを乗せた強烈な飛び蹴り、いわゆるライダーキックだった。
通常時は全身を均一に覆っている黄金色の粒子を一点に集約した事による破壊力は絶大で、着地点を中心に半径数メートルにおよぶ窪みが穿たれていた。
蛇の尾を持つ四本腕の巨大な猿が特撮めいた爆発の中に消えていく。
「うっし。今日も快勝だな!」
にししっと満面の笑みを浮かべる。
途端に荒々しい戦女神の面貌が、いたずら小僧の表情になる。
獅子の亜神は、鮮やかな後方宙返りを披露して、爆煙の中心地からひらりと身を翻す。
ライダースーツにも似た戦装束に押し込まれてなお、たわわな乳房がぶるんっと揺れる。
「そなたもだいぶ狩りになれてきたのう」
重畳、重畳と満足げに、どこからともなく現れた八、九歳くらいの幼い少女が、己の眷族をねぎらった。
エーテルの海をただ漂うだけのクラゲ相手に腰が引けていたのも今は昔。大鼠、お化け蜘蛛、動く骸骨、食人植物、そして今夜の鵺めいた猿の化け物とユウタは順調に戦歴を重ねていた。
「しかし」
童形をもって限定的に顕現した女神が、はてなと首をカクンと傾ける。
「あの爆発は必要か? 余には無駄としか思えぬのじゃが」
皮肉ではなく嫌みでもない。純粋な疑問だった。なぜこの小僧はあんな珍妙なことをしているのだろうか。
イナンナが言うところの魔力の凝った影法師。ユウタが相手どる怪物たちに、倒れると爆発するなんて特性はない。
わざわざ細工して、飛び蹴りを通して叩き込んだ神威の余剰分を爆発させている。
破壊力も皆無。盛大に爆発したように見えるが、実態は幻のようなもので、周囲になんらの影響も与えない。
はっきり言ってお遊びである。
「そんなの。カッコいいからに決まってるだろ!」
なんてことを大真面目に主張する。
特撮の怪人、アニメのロボットが、やられた時に爆発するのは常識だ。
「くははっ。なるほどのう! 余にはとんと解らぬ趣向じゃが、己が信ずる美を追求せんとする姿勢や善し! それでこそ余の見込んだ契約者じゃ。大いに励めよ」
呵々大笑して賛意を示す。
のみならず、もっとやれと唆しさえする。
元来、見栄っ張りの派手好きで、壮麗絢爛なるを好むこと甚だしい女神である。地味であるなど真っ平ごめん、同じやるなら、考え得る限りの派手の極みを。
なにせ、当の本人が目覚めて早々、復活の狼煙と称して壮大な花火を打ち上げている。
あれがなければ神力に余裕があったのは疑いない。
だとしても、天の女王の矜持にかけて、慎ましやかに生きるだなんて考えられない。
それがイナンナという女神なのだ。
「それはそれとして。そなたの御希望の動画とやら、撮影しておいてやったぞ」
スマートフォンを持ち主に放り投げる。
「サンキュー! どれどれ……撮れてる、撮れてる。くぅーカッケー! オレってばリアルライダーじゃん」
自分主演の特撮顔負けの大立ち回りに喜色満面、食い入るように画面を見つめる。
ニタニタとしまりのない笑顔を浮かべて、繰り返し動画を再生する。
この親にしてこの子あり。
英雄願望だけでなく、ナルシストの気もあるのかもしれない。
「なあなあイナ子。これユーチューブかどっかにアップしない?」
「そなたが飽きもせず毎日視ているアレか。別に止めはせぬが、俗人の目には影法師どもは映らぬゆえ、そなたの一人芝居としか思われぬぞ」
「マジでか! マジだったわー……」
魔性を見抜く目の働きを意図的に不活性化してみたら、途端に化け猿の姿は消え失せる。
後に残されたのは、なにもない空間に向かって、あたかも敵が存在するかのように振る舞う美女。
これはこれで、見応えのある動画であったが、それでも滑稽な感じは否めない。
とユウタには思えた。
真実を言えば、絶世の美貌と肉感的な肢体を併せ持つ謎の美女が、色っぽい恰好で動き回っている時点で、そこそこの再生回数を稼げるのは間違いなしであったのだが、そこまで考えが及ばない。また望む形でもない。
「あっ。てことは、ショウヤの奴に自慢することもできないんじゃないかあ」
がっくりと気落ちしながら、それでも未練がましく動画を見ていたが、ふとあることに気づいた。
「あれ。でもライダーキックの光はそのまま見えてるぞ?」
「それは力の差じゃな。現実、基層世界に影響を及ぼすに足る強度をそなえた力であれば、素養のない者たちでも視認できる。影法師どもも……ふむ。そうさな。喜べユウタ。ようは見えれば良いのじゃ」
「あん? ……ああ! なーる。冴えてるなイナ子」
「いかにもその通り。俗人たちにも視認できるだけの力をもった影法師を相手取れば良いのじゃ」
「てなことがあったわけよ」
「いやその理屈はおかしい」
ところかわって大月邸。
あっけらかんと自分の計画を打ち明けるユウタに、ショウヤが全力でツッコんでいた。
「もうどこからツッコんで良いのか分からないんだけど。まず自撮りをネットにアップしようって発想が理解できない。いや、違う、そうじゃない。違わないけど違う。ボクは混乱しています」
「おいおい。大丈夫かよ」
「誰のせいだと」
「オレか」
「そうだよ!」
「まあまあ。まずはこれを見てみろって」
皆まで言うな、落ち着け、と混乱する親友を宥めているんだか煽っているんだか判断に困る言葉を投げかけながら、スマホを手渡す。
これが普通の動画なら、昨日の内にLINEで送って感想を求めていたが、件の動画はショウヤのような普通の人間にはそのままでは見られないので仕方がない。
ショウヤに動画を見せるのは、イナンナに教えられた簡単なおまじないでちょちょいと解決した。
小指に唾液をつけて目の下に塗る。これだけ。
ここに霊薬作りを生業とする魔法使いがいたら目を剥いただろう。
彼らが何日も何か月も朝な夕なに手間暇かけて作り出す見鬼の霊薬。同量の金よりも高価な魔法の薬を必要とする第一等の白魔法……の上位互換。
つまるところ、妖精の女王がきまぐれに授ける魔法の視力と同じ物だ。
授けた者、授けられた者、どちらもが未だ理解していなかったが、今やすでに古き大女神の眷族として、ユウタ自身がタイテーニアやカラボスの如き名立たる妖精の女王たちにも伍する霊的存在なのである。
「なるほど」
視聴を終えたショウヤは一言呟くと、何事かをじっと考えだした。
「カッケーよなあ。でも、一日経ってみると、粗も見えてくるもんだなあ。たとえば爆発のタイミング。もうちょっとタメが欲しいかもだ。ショウヤはどう思う?」
「そりゃあね、分からなくはないよ。僕だって特撮は好きだしね。怪人の最後にはそういう外連味が欲しいって思うさ。けど、さ、それとこれとは違うよね?」
「そうか。お前はもっとスピーディーな方が好みか」
「そうじゃなくて! これってばごっこ遊びじゃなくて現実でしょう。ボク的には、あんまり余計な遊びを入れないで、安全第一に戦ってくれる方が嬉しいかなって、そう思うわけだ。わかって?」
自分と同じく少年の心を持つ――というか少年そのものであるショウヤに助言を求めるが、生憎なことに、賛同は得られなかった。
「お前がブルータスだったなんて!」
「はいはい。ブルータス、ブルータス。真面目に聞いてねカエサルさま」
手をパンパンと叩きながら切って捨てる。
ユウタはうっと言葉に詰まる。何が逆鱗に触れたのかマジギレの波動を嗅ぎ取った。
下手な口笛など吹きながら、目を泳がせて逃げ道を探す。
当然無駄な足掻きだった。
「ユウちゃんの戦うところを見せてもらいました。すごく強いと思います。あんな怪物たちを相手に鎧袖一触で薙ぎ払っていくんだから。格闘技のチャンピオンだって今のユウちゃんには逆立ちしてもかないっこないよね」
「だろ」
「ユウちゃん?」
「はい」
十一歳の線の細い美少年に睨まれて、直立不動で縮こまる威風堂々たる長身の美女。
「ユウちゃんが戦いたがってるのは、思いがけず手にいれた強い力に、調子に乗ってるだけだって分かるんだけど――」
「ひっでーな」
「――分からないのは女神イナンナの意図だよ」
「イナ子の意図?」
「これが神力っていうのを手にいれるために戦う必要があるっていうなら分かるよ。生きるために必要なんだから。文字通りに狩りだよね。けど、実際はそうじゃない。戦うために神力が必要とされている。あべこべもいいところだ。ユウちゃんは自分の意思でより強い相手と戦おうとしていると思ってるかもだけど、明らかに女神に誘導されているよ」
考えるほどに疑念が募っていく。
相手は有名な悪魔でもあるのだ。どんな悪意が隠されているか知れたものではない。
「女神イナンナがユウちゃんを使ってなにをしようとしているかだね」
物語なんかでの定番の動機は……云々。
「あれ、言ってなかったっけ。イナ子の奴がオレに戦わせてる理由」
「え?」
「オレ、最初に聞いてるし、納得もしてるぜ?」
「……そういうことは早く言ってよ! ボク、あれこれ考えこんじゃって、馬鹿みたいじゃないか!」
「うおっ……耳がキーンと来た」
たまらないとばかりに耳をふさぐ。身体能力こそ上がったが、音への耐性までは変わらない。むしろ耳が良くなった分、突然の大声には弱くなったかもしれない。
「そんなむくれるなよ。悪かったって。ところで話は変わるけどな」
「……なに?」
「例によって神力を使ってしまったオレはお腹がペコペコです。ぼかさず言うとムラムラしてます。てことでエッチしようぜ」
あっけらかんと誘いをかける。
「……有耶無耶にしようとしてるね」
「にゃははっ! まあな! でも、身体が火照ってるのは嘘じゃないぞ。お前だって期待してるんだろ」
初めて肌をあわせた日から、幼馴染二人がエッチな遊びに興じない日はなかった。
ユウタの生存に必要な神力を作りださないといけないという十分な口実もあった。
なにより。
「こんな気持ち良いことやめられないよ」