第一話 I have.
「マル被は現在中央通りを通過、北北西へ向けてなお逃走中」
街中を疾駆する人影。しかし人と呼ぶにはそれは大きく、追手を振り払おうと”最善”を尽くしていた。
「くそ!なんだよこれ!ああっくそ!!どけ!」
人の荒波をかき分け、喉が張り裂けんばかりに声を張り上げて彼は走り続けるが、その声は無機質な音波によってかき消された。
「こちらは警察庁警備局特殊機械対策課です。直ちに停止してください」
人によっては正義のヒーローの名乗りにも聞こえたであろうその機械音声は、彼にとっては喉に突き付けられたナイフの様に思えただろう。
しかしその程度では足を止めない。止められないのだ。
無論、追う側の我々もそんなことは百も承知で追跡を行っている。
しかし頭では理解していても一向に止まる気配のない相手に対して苛立ちは覚えるものだ。
「くそがっ、止まれ!民生品で逃げ切れると思うなよ!」
『叫ぶのはいいが通信を切ってからにしろ、飯島巡査部長』
苛立ちをあらわにしたとたん、指揮車にて陣頭指揮をとっている中野警部補にたしなめられる。明らかに機嫌を悪くしているが、仕事をおろそかにする人種ではない。
『なんでもいいからあいつを止めろ、多少手荒にしても構わん、警備出力の使用許諾を取り付けるまではすまんが”シャツ”だけで対処してくれ』
「いやそれは」
『マル被の使用してる特機はおそらく四菱重工製の貨物運搬特化型YHC-55と思われる。出力はあちらに分があると思うが、いけるか?』
そんな芸当が自分にできるのか?まともな武装もないのに?わずかな逡巡の後に答える。
「……しゃーないっすね、まあ袋小路に追い込んだんでどうにか」
なりそうっすと続けようとした刹那、袋小路のブロック塀を乗り越えて佐竹巡査が躍り出る。華麗に着地を決めるつもりだったらしいが、積み上げられた粗大ごみの山に突っ込む。
「ああ!?おまっ……佐竹お前なんでっ」
「よくもやってくれたなァ!犯人!」
「俺はなにもしてねえ!」
予想だにしない登場の仕方をした人間のせいで一気に現場が混沌の渦に巻き込まれた。
「まあいい、佐竹……2対1だ、一気に畳みかけるぞ」
「わっかりましたァ!」
逃走犯から目を離さず腰部から電磁警棒を抜き放つ。しかし佐竹の手には見慣れない銃器のようなものが握られていた。
素早くスライドを引く佐竹。飯島は薬室に送り込まれるショットシェルを見逃さなかった。
「は!?ちょっと」
待てと制止するより早く引き金が引かれた。
狙い澄まされた弾丸は犯人の胸部に吸い込まれる。皮膚を突き破り、体内に侵入したペレットが暴れまわり、内臓をズタズタに引き裂いてその命を絶つ。
「待っ!いやっ、はぁ!?なにやってんだてめえ!ショットガンとか正気か!!」
佐竹から銃を奪って胸倉を掴み問い詰める。
「いや中野さんがなんでもいいから止めろって言うから……」
「おわわわわわわっ止まっ!止まれって!このっ……くそっ!」
商店街にこだまする悲鳴。本人の意思と無関係にその場で水揚げされた魚の様にのたうち回る犯人。スーツがまるで糸の絡まった操り人形のように無秩序に動き、被疑者の身体を
「あ?……てめえなんで生きてんだ?」
犯人の命を絶つと思われた弾丸は胸部、というより胸部のスーツ制御部に突き刺さっていた……ショットシェルごと。通常の散弾であればそんなことは起こり得ない。
「そういや栗山さんがクライス用の武装ができたから持って行けって……なんかスタンがどうのって言ってましたよ?よくわかんないですけど」
「だからって警告もなしに市街地で発砲するやつがあるかバカ。えー、12時32分、特殊機械不法利用及び傷害罪、公務執行妨害の現行犯で逮捕する。中野さん、マル被確保です。」
『よし、とりあえず指揮車に戻ってこい』
了解。とだけ短く応答し通信を終了する。後ろで行われている佐竹と被疑者のやり取りが商店街に響き渡っているのをなんとかしなくてはならない。
「俺じゃねえ!俺は何もしてねえ!」
「嘘つくなよお前現行犯だろうが!」
「声がでけえ、ちょっと黙ってろお前は。はいはい、話は署で聞きますからね~」
『ちなみに佐竹、お前も署に戻り次第事情聴取だ』
「えぇ……まあ犯人死んでないし?市民が人質にされる前に事が済んで万々歳じゃないですか~、いやあよかったよかった」
特機対のバグとの呼び声高い佐竹巡査は、今回のような問題行動を度々引き起こしているのだが、悪運が強いのかなぜか懲戒免職にならない。
しかし実際のところ、シャツ…これはクライス外骨格部分の機械対策課内での俗称だが、佐竹の乱入なくして、シャツだけで果たして犯人を取り押さえられたかと聞かれれば、はっきり言って自信はない。
『なんにせよ一件落着、犯人を署に連行するぞ。あとは所轄に引き継げばいい』
「で、なぁぁぁんで俺じゃなくて佐竹に銃渡したんすか栗山さぁぁぁぁぁん!」
「うるせえ!いいから俺の肩掴んで頭振るのやめろ!!おもちゃ欲しがるガキかお前は」
犯人を連行したのち、その足で技術開発室に訪問……もとい油を売りに来た飯島巡査長は拗ねていた。
頭を掻きながら作業着の男が気だるそうに言い返す。
「仕方ないだろお前のほうが先に現場出ちゃっててオフィスにいなかったんだから」
普段から飯島の愚痴に毎回と言っていいほど付き合わされており、今回も例に漏れず絡まれているのは機械対策課技術開発室所属、開発主任の栗山伸明。
「そもそもお前は銃っていうけどアレはだな……」
彼が言うには今回佐竹に支給した武装は12ゲージの寸法に合わせた特殊弾を発射するため便宜上ショットガンとしているが、厳密にはそもそも銃火器ではないらしい。
「は?いやだって弾撃ち出してんだから銃でしょ」
「お前警官になるとき本当に勉強したのかよ……あれは電磁誘導でテーザー弾を加速させて飛ばしてるだけだから法的には銃じゃないの!」
「知らねえよんなこと……いや待てよ?じゃあ佐竹が今回の件で不問に付されたのはそれをわかってやってた……?」
「いやあいつバカだから絶対わかってないよ」
首を横に振りつつ食い気味に言い放つ栗山。
技術屋である彼は体育会系の佐竹とは馬が合わず、事あるごとに辛辣な意見を飯島にだけは吐露している。
「まあ佐竹がどうなろうが知ったこっちゃないけどさ、何か過ちが起きても道具に罪はない。今回の犯人が使用してたパワーアシストスーツだってあれ自体は善でも悪でもない」
いつになく真剣な面持ちで話を切り出す。
「使う人間次第でどっちにも転ぶ可能性がある。今回俺が開発したテーザーシューターも、ああ、これ名前な?テーザーシューターも正直法律の隙を突いた代物だ。扱うのも簡単だし、使用にそれほど制限もない。だからこそ、引き金を引く前に一瞬でもいいから考えてくれ、それが正義のためになるのか、ってな」
そう言い残して栗山は作業場へと引っ込んでいった。
「正義のためになるのか……ねえ。その判断をする義務が俺達にはあるってことか……」