移動淫魔店とすれ違ってしばらく移動を進め、やわら移動淫魔店が、後ろをついてくる連中と接触する頃合いを見計らって休憩を取った。
流石の俺も移動の為に身体を動かしながらだと遠方の詳細な様子の把握が難しいからだ、荷車に腰かけて警戒網を広げ、意識を集中して二組が接触する様子を探ってみる。
すると、丁度接触のタイミングだったようで移動淫魔店と後続組の両者の動きを止め対峙し、後続組の2人が交渉の為かミノタウロスに近寄っている様子が伺い知れた。
「おっ、タイミング良いな。さっきのミノタウロス達と追跡してたヤツらが接触した。」
「ふぅん。」
「にゃー。」
反応のしようもないような二人の声。
二人は遠方の様子を探れない以上、俺が言っていることだけしか根拠がないから、そういう反応になっても仕方ないとは思う。
なんとなく自分だけ情報を得ていることが悪い気もしてくるけれど、なにかしらのアクシデントが起こりそうな場面なので雑念を振り払って様子を探る事に集中する。
「あ~……」
だが雑念を振り払う必要がないくらい事態は分かりやすく動いていた。
後続組の一部の動きが、どうにもおかしい。
ミノタウロスに見つからないように、こっそり隠れているヤツがいるのは分かる。害の無い集団であっても、警戒して奇襲に対応できるように伏兵を配備する者がいることもあるだろう。だが今回は、どうにも、その伏兵の動きと交渉している人間の動きが怪しい。
多少の用心をしての動きというよりも、どうにも交渉役が伏兵が奇襲をかけやすいように注意を惹きつけて伏兵に狙わせているような狩る為の動きに思えるのだ。
男ミノタウロスが2人いて、それなりに警戒しているせいで中々隙ができていないが、この2人の注意が逸れて伏兵に揃って背を向けようものなら、一気に矢が撃ち込まれる流れになるだろう。
「どうにも後ろについてきてたやつらは盗賊だったっぽいな。」
「あら、そうなの?」
「あぁ。すれ違った淫魔店はぼったくり価格を掲げてたし、ここまで旅してきたなら、そこそこ金を持ってる可能性が高いからな……獲物として見逃す気はないらしい。なんかもう襲う気満々の体勢に思えるな。」
「ふぅん。」
アヤワスカもミーニャも盗賊に狙われていることが確定したという追加情報に興味を持ったようだが、それでもあまり興味なさそうに見える。やはり目視できない場所での出来事だから他人事になっても仕方なくはある。
「ちなみに……俺一人なら事が起こり始めてから動いても向こうに参戦することができるんだけど、それを踏まえてアヤワスカとミーニャの意見を聞きたいところだな。」
「にゃ~?」
「それは、美味しいところを持っていけるって解釈して良いのかしら?」
「おう。小遣い稼ぎも今回の契約の内だ。任せとけ。」
ミーニャが何も考えてないような顔で首を傾げ、アヤワスカがにんまりとフェアリーらしからぬ腹黒そうな笑みを浮かべた。俺もアヤワスカのお代官様的な笑みに応えるように越後屋の笑みを浮かべてみせる。
当然のことながら襲われるであろう淫魔店を『助ける』『助けない』云々の話ではない。
この世界でも『人助け』という概念はあるし、その行いは善き事であり美徳とされている。
まして盗賊は悪であり、裁かれるべき存在。悪を裁くことは正義を掲げる事でもある。
だがしかし、善い事や美徳、正義で腹は膨れないし、生きていくことが目的の場で、それらに意味や価値などありはしない。
道中の危険が日常としてあり、皆がその危険を知っているこの世界において、旅とは全て自己責任なのだ。
自己責任だからこそ、美徳を積むのも自由ではあるが、余計な危険を避けること、争いを無視することも正しい選択となる。君子危うきに近寄らず。リスクに対して元気に両手を振りながら近づく者など愚か者でしかない。
盗賊やモンスターがいて襲われる可能性がある道を進む以上、各々が、そのリスクに対応できるよう準備をして旅をするのは当然のこと。
襲われて命を失うことになった場合、襲う方が悪いのはもちろんのことだが、その程度の予測も準備もせずに旅をしたヤツも同様に悪いのだ。死にたくないのであれば死なない様に備える。それを怠って死んでしまうのであれば、それは当然の結果でしかない。自業自得。怠る者が悪いのである。
故に、この世界において善意のみで誰かが助けてくれるというのは強者の余裕か気まぐれか程度の極々稀な事でしかない。
旅は自己責任だからこそ自己保全と自己利益の確保が第一条件となり、無関係な他人の利益や安全などが条件に入ることはないからだ。
通常、盗賊やモンスターに襲われている者がいたら、その襲われている者を餌にして逃げるか、はたまた餌に食らいついている隙を突いて襲っている者を狩るかを考える。
餌を食っている敵は餌を食い終わるまで動かないし、餌が死に物狂いの抵抗をすれば襲う方も手傷を負い、倒しやすくなる可能性が高い。だから無関係の他人が襲われていようが蹂躙されていようが、それを無視しても利用しても問題にはならないのだ。
だからこそデメリットの多い助けるという選択をする場合には、必ず助けるだけの理由が存在する。
怪我をするかもしれないリスク、下手を打てば死ぬかもしれないという大きなリスクを負って一方に加担し助力するのだ、当然その見返りを欲しての事でしかない。ハイリスクに見合ったハイリターンが無い限り人は動かないのは自明の理。
この世界は危険が多い殺伐とした世界だ。
危険がある世界だからこそ『余計な事に首を突っ込む=死』を頭から外す者は少ない。この考えを忘れた途端、死ぬリスクが大きくなるからだ。そして死に立ち向かう為に自分以外の存在に対して遠慮も容赦もすることはない。
この殺伐とした観念に対応できるよう、きっちりと割り切りができていないと冒険者としてやってなどいけないし、そもそも、この世界では生きてなどいけない。
冒険者をやるというのは、明るい世界と暗い世界のどちらも行き来して生き抜く。そういうことだ。
「まず起こり得るデメリットを考えてみるが、さっきのミノタウロスが2人は結構強そうだったし、もし盗賊が奇襲に失敗して移動淫魔店が勝ったら、まぁ、そん時は当然のことながら俺たちに利はゼロになるってことだな。今日か明日にでも襲われる感じだっただろうけど、その盗賊が来なくなるってことだからな。」
「その逆に順当に盗賊が勝って略奪が始まった場合、その後に盗賊を狩れば丸儲けできるわよね? 戦いが終わった後に記録水晶で盗賊が略奪してる現場を撮影してから全員狩って略奪品も持ち物も、ぜーんぶ収穫する方がお得だと思うわ。だから少し成り行きを見てみたらいいんじゃない? どうせどっちが全滅するにしろ、そこそこ時間はかかるだろうし。」
アヤワスカの提案に俺も少し考える。
『順当』と言ったように、奇襲する側が負けるってことは、そうそう無いことだと思える。奇襲するのは勝てると見込んだからこそ奇襲するのだから。
移動淫魔店側に助太刀しても、俺のチート能力を使えば『助太刀があったおかげで楽に勝てた。怪我がなかった』くらいには活躍できるとは思うが、それだと精々盗賊の首を狩ったくらいの礼金を淫魔店からもらって終わりになるだろう。利はあるが、そこまで多くはないはずだ。
「んぅ~……アヤワスカの言う通り、とりあえず観察しとくのが良い気がするなぁ。」
「うん。もし盗賊が弱くてミノタウロスが優勢になりそうなら感じになったら、その時に助太刀で参加して少し礼をもらう感じにすれば?」
アヤワスカと方針を探り、ある程度方向性が定まった。
「んにゃー、悪いやつらなら、ぜーんぶ捕まえたら得だとミーニャは思うにゃ!」
だが、俺とアヤワスカが『だいたい方針決まったな』と沈黙した途端、元気の良い声が響いた。
声に目を向けるとミーニャがニコニコと上機嫌。
「ん~? ミーニャ? そりゃまたなんでだ?」
「だって盗賊は捕まえたらお金貰えるにゃ。ザコだったら首じゃあ、あんまりお金にならないにゃ。ザコは捕まえるとお得にゃ!」
「おう、そうだな。」
当然のことながら、生きている犯罪者は『その後の利用価値がある』為、報酬が上乗せされる。この世界では法律が整っている為、犯罪者という証拠があれば首だけでも報酬は出るが、お尋ね者でもない限り、犯罪者である証拠を残すことが意外と難しかったりすることもある。だから盗賊は殺しっぱなしで放置ということも間々あったりする。
「ブレイクは後ろからついてきてる連中が盗賊って言ってたにゃから、きっと街からついてきた盗賊にゃ。」
「んだな。」
「街の中に拠点を構えているタイプの盗賊ってことにゃ。お宝の隠し場所があったとしても街の中にゃ。」
「まぁ、そうだろうな。稼ぎは拠点に隠してるもんだろうしな。」
「だから捕まえた方が得にゃ!」
言わんとすることが分かるような、分からないような気がする。
「あっ! そうよ流石ミーニャだわ! ブレイク。捕まえた方が得よ!」
「おうっ! ……?」
一人だけ理解が遅れる孤独感。
盗賊の拠点にお宝があるから、盗賊全員ひっ捕まえて、もう一回街に戻って回収しようってことだろうか?
「んもう、さっさと行ってミノタウロスを助けた方が『収穫ゼロ』と『略奪待って全取り』の天秤を計るより楽に儲かるって言ってるのよ! 後味もずっと良いしさ。」
「んー! よしっ! 詳しく頼む!」
「もう盗賊と淫魔店が接触してるんだろうから簡潔にまとめるわよ?」
「おう! すまんな!」
「要は、盗賊をひっ捕まえてミノタウロス達に高く売りつけるのよ!」
「……うん?」
なんとなく繋がらず解釈につまって首をひねると、アヤワスカが俺の目の前にフワリと飛んできて教鞭を振るい始めた。
「いい? まず私たちが盗賊に襲われても記録水晶で襲われる様子を取ってから殺して首の報酬をもらうのがメインの考えになるじゃない? 盗賊を連行するのは大変だし、わざわざ連行なんてして『盗賊捕まえましたー』って主張してたら別の盗賊に襲われる可能性も低くなるからね。」
「うん。そうだな。」
「でも当然のことだけど連行した方が報酬は高い。そして、それはみんな知ってる。さっきのミノタウロス達も知ってる。だから盗賊を全部捕まえたら、私たちが連行しなくても街に向かうミノタウロス達に連れて行ってもらうことができるわ。彼らに盗賊を高く売ればいいのよ。」
「うん……うん?」
なぜ連れて行ってもらえると確信できるんだ?
分からないことは聞いてみるに限る。
「でも、ミノタウロス達が連行してくれるのか? アヤワスカも自分で連行は大変だって言っていたし首を刎ねて終わりになる可能性もあるんじゃないか? なんてったってミノタウロスだし。」
パワーこそが
「高い報酬を手に入れることが確定すれば、サキュ嬢の中にいるんだろうリーダーが止めるはずよ。連行だって私たちが4日連行するのと、1日連行するだけの彼らとだったら大変さは違うし、労力と儲けを考えれば、まず乗るでしょ。」
「ふむ。」
「それになにより奇襲されるってことは、襲う側が勝算あってやってることで襲われる方は当然大きな被害に遭いやすいのも常識でしょう? 私たちは、それを防いで被害を最小限に抑えた上、儲け話を提案してくれる有難い立場になるから交渉もしやすいはずよ。」
「……一理あるな。」
頭の上を言葉が流れ始め、なんとなくの理解しかできていないが、とりあえず捕まえた方が儲かりそうな気がしてきた。
「というワケでブレイクは、淫魔店が大きな被害に遭う前に盗賊を全部捕まえてきて! 捕まえ終わる頃に私かミーニャのどっちかも合流するから! さぁ動いて!」
「よしきたっ!」
なんとなくで納得しておく。
時は金なりというが、盗賊と淫魔店が一触即発の状態ならば、尚のこと考えるよりも早く動くに越したことはないだろう。
俺は足に力を籠め、飛び出した。
・。・。★・。・゜☆・。・。★
「いやいや、高いにもほどがあるだろう? こっちはそこそこの人数がいるって言ってんだから、もっと割引なりしてくれても良い話じゃないか?」
「アホなことを言うな。人数がいるならサキュ嬢の負担が増えるってことだ。負担が増えるのに割引をするなど道理が通らん話だろうが。」
「おいおい、あんまり頑固なことを言うなよ。こんだけ高い値段ついてんだ。こっちは誰も利用しないって選択だってあるんだぞ? なにせこちとら街から出て、そんな時間も立ってないからな。出る前に街のお気に入りサキュ嬢でたっぷり楽しんできたやつが多いんだ。『それじゃあさようなら』って話もあるってことを忘れんな。そうなりゃお前らの儲けはゼロだぞ。どうだ? 多少割引しても、大きく稼ぐ方が利口ってもんじゃないか?」
「それならそれで構わんぞ? ウチのサキュ嬢は街のような
商隊のような恰好をした男が二人、男ミノタウロスの一人と話をしている。
男ミノタウロスのもう一人が、しっかりと警戒をしていて中々隙がないので襲う機会を掴めていなかったようだ。まだ戦闘は起きていない。
俺が様子を探る限り、商隊のような恰好をした男は金額交渉をする一般人を装っているが、離れて見ている7人の仲間と、隠れて奇襲の機会を探っている伏兵5人の気配から、やはり盗賊だと確信できた。なにせ今もミノタウロスの隙を探って弦を引いているのだから。
さて、合計12人の盗賊。
もうそろそろこの商人のような恰好をして交渉している盗賊は、物別れついでにケンカをふっかけるようなフリをして見張っているミノタウロスの注意を引き、伏兵からの奇襲が始まるといったところだろう。
さっさと行動するとしよう。
「こんにちはー。」
「あ?」
「ん?」
俺が露骨に水を差すように会話に割って入る。
当然ながら、いつ、どこから現れたと言わんばかりの顔の男たち。
俺は馬車の窓から顔をのぞかせるサキュ嬢に手を振ると、流石サキュ嬢。ウィンク付きで手を振り返してくれた。
「なぁミノタウロスのにーさん。俺さっきすれ違った者だけどさ、今って記録水晶でちゃんと撮ってたりするかい?」
「あぁ。当然だろう。なんだお前?」
記録水晶は映像や音声を記録できるビデオのようなもの。要はこの場で分かりやすく言うなればドライブレコーダーのようなものだ。
間違っても善人を殺すという罪を犯すわけにはいかないので、相手が悪人であるという一目で分かる証拠が必要なのだ。
こういう危ない橋を渡っている移動淫魔店ならトラブルに遭いやすいだろうし客と話す時には記録していると思ったが、やはり記録していた。好都合だ。
「ミノタウロスのにーさん方が弓で狙われてるの気づいて無さそうだったから忠告に。あと盗賊相手の助太刀にきた。」
俺の言葉に一気にミノタウロスの顔つきが変化した。
「おいおいおいおいおい! ちょっといきなりとんでもない言いがかりは止めてくれよっ! ミノタウロスのあんたらも、こんなワケの分からないヤツの言葉を信じるとか、どうかしてるぜ!」
交渉役の盗賊が慌てて声を上げ、おちゃらけ者か道化師かとも思えるような大袈裟な動きで場を和ませようとする。
だが一段警戒の増したミノタウロスには通じなかった。
「それによう! こいつ助太刀って、なんの武器も持ってねぇんだぞ!? どんだけ鈍いやつでも
イラついたような男が俺に歩みを進めてきたので、手の平を向けて制止する。
「おっと、それ以上近づくなよ? 警告だ。それ以上近づけば敵対の意思ありと見て行動を開始する。」
一瞬だけ盗賊は止まった。
一瞬の制止。
分水嶺。
盗賊たちの運命の。
交渉役は仲間と一度だけ目くばせをし、すぐに動き出した。
「……何を言ってやがんだ。最初からケンカ売って敵対しようとしてたのはお前の方だろうが!」
そう言って俺に殴りかかってくる盗賊。
当然ながら、戦ったら大体勝てちゃうだろう系チート持ちの俺。殴ると見せかけて暗器を手にしているのを見逃さない。そして殴られるワケもない。
右手首を握り、肘関節を捻ると、すぐに相手は膝をつき、そして、その手にもった暗器が煌めいた。
煌めいた暗器は、拳の先に突き出たようなナイフ。プッシュナイフ。
「ほい。殺す気満々の証拠。ははっ、こっちは素手って自分で言っときながらコレはどうよ?」
事態が動いたことで、すぐにミノタウロス達めがけて伏兵たちの放った矢が飛んでくる。
だが飛んできた5本の矢は全てが壁に当たったように空中で壊れた。
ミノタウロスの2人も完全に相手が敵であることを把握したようで、すぐに大斧を手に取り、もう一人いた交渉役の盗賊に切りかかる。
だが、その大斧も大きな音を立てて空中で止まった。
「あー、ゴメン。盗賊全員結界で囲ってあるから、向こうから攻撃はできないし、こっちからも攻撃はできないんだわ。」
伏兵含め、盗賊たち全員が逃げだせないように結界で囲んでおいたのだ。
結界を縮めてゆくと、何かに押されるように盗賊たちは押され、やがて一ヵ所に集められた。まるで透明な牢獄に押し込められたように。
関節を決めていた盗賊は膝で組み伏してあったので、結界に穴をあけて透明牢獄に投げ入れると、あっという間に鎮圧は終わった。
「ほい、鎮圧完了っと。」
「へぇ……アンタ、面白い技を使うね。」
一仕事終え満足していると、妙に高く可愛らしい声が馬車の中から響いた。