天衣ドルマスター 作:りりーまるれーん
大阪府大阪市は福島区に存在する古ぼけたアパートの一室。早くも暑くなりつつあるある夏の朝、俺は自宅にてあるものの到着をまだかまだかとそわそわしながら待っていた。
それは俺にとってなかなかに大きな買い物だった。何せ貯蓄のほとんどを注ぎ込んだのだから。その額なんと4,000万円。そのうちの半分を既に前金として支払っている。残りは商品の受け取り時に支払う約束だ。その品物の引き渡しがもうまもなくのはずで──
そんなことを考えているうちに部屋のチャイムが鳴った。どうやら到着したらしい。内心とは逆に努めて落ち着いているように装ってと玄関へ向かう。そして扉の鍵を外しゆっくりと開いた。
「九頭竜先生。このたびはお取引ありがとうございます。商品をお届けに上がりました」
扉の外には一人の男。こちらを確認すると深く一礼し、丁寧に挨拶をよこした。特に目立つところのない普通のスーツを身にまとっている、が雰囲気は常人ならざるものだ。もちろん俺はこの男の正体を知っている。この男はいわゆるヤのつく職業の人間だった。あえて目立たないように個性のない格好をしているだけだ。
そんな男から大金を払って買い取るもの。これまた当然まともな代物であるわけがない。俺が正しく取引相手であることを確認した男は背後に控える部下、これまた特徴のないスーツ姿の男に指示して商品を連れてこさせた。
やがて俺の目の前に引き出されたのは、長い黒髪が美しい可憐な黒衣の少女だった──
男たちは俺が残りの半金をネットバンキングで振り込んだことを確認すると速やかに去って行った。そして2DKのアパートには俺と少女の二人だけが残された。少女は俺が案内した畳の一室で、その年に似合わず綺麗な姿勢で正座している。
少女の名は
彼女は神戸の実業家の一人娘だった。神戸の一等地に大豪邸を構え、複数の企業を営む一族の当主の娘。それがこのように身をやつした、ことの始まりはその両親の事故死だった。けれどその時点ではまだ先代が健在のはずだった。だが、息子夫婦の無残な死に様にショックを受けたのか体調を崩し、あっさりと後を追うようにこの世を去ってしまった。こうして夜叉神はその根幹を失ってしまったのだった。
それからまず最初に牙を剥いたのは一族の親族連中だった。彼らは残されたのが幼い子供だけだったことをいいことに軒並み財産を奪っていった。そしてさらに苦難は続く。夜叉神の家はもともとヤクザの家柄だった。そんな彼らにはたくさんの敵がいた。そしてその敵たちは弱った獲物を逃がさなかった。
彼らは夜叉神家が要する企業に対して次々と攻勢を仕掛けた。頭を失った夜叉神の企業にはそれに対抗する力はなく収益源をただただ収奪され続けた。そうして金の流れを絶たれては、亡き当主や先代を慕って残っていた人々も離れていかざるを得なかった。彼らにも彼らの養うべき家族があり、生活があるのだから。
結果、彼女には素性の良くない相手への莫大な借金だけが残され、彼女自身も借金の形となってしまったのだった。
俺は数年前、彼女の父親から紹介されて彼女と面識があった。彼女はもう覚えていないかもしれないが。そして偶然彼女の境遇を知った俺は、ちょうどまとまった金を持っていたことから迷わず彼女を買い取ることにした。けれど別に慈善からというわけじゃない。
「天衣。君のことは俺が買い取った。これからは俺とここでいっしょに住んでもらうわけだけど、君にはちょっとした仕事を任せたいと思っている」
そう俺が話しかけると、少女は感情のこもらない視線を向けてきた。赤みがかった美しい瞳が俺を見ている。構わず続けた。
「そう。性的な奉仕をしてほしいんだ」
俺が彼女を買い取ったのは、慈善からではなく彼女を玩具にするためだった。彼女は幼女ながらとても美しい。これからますます美しくなるだろう。そんな彼女を自由にできるのだ。4,000万円は大金ではなくむしろ破格というべきだ。
「……セイテキナホウシ?」
意味が分からなかったのだろう。眉をしかめ俺の言葉をオウム返しに呟いている。当然だ。5歳の幼女に性的な知識があろうはずもない。それはこれから俺が一から仕込むのだ。
「そうだね。例えばこんな──」
言いながら天衣の両脇に手を差し入れると華奢なその体を持ち上げた。幼女は羽のように軽い。そして彼女の顔を寄せ、その小さく艶やかな唇に俺の唇を押しつけた。
「──んッ……!? んんッー!!」
予想だにしない行為だったのか、天衣はその瞳を大きく見開く。そしてキスされているのだと気づくと二人の体の間にその細い腕を何とか割り込ませて、俺の体を押しのけようと抵抗してきた。別に俺も腕力が強い方というわけじゃない。それこそ完全にインドア型人間だ。けれどさすがに5歳児の力に抗せないほどじゃない。無視して抱きしめる力を強めた。
彼女の素晴らしさはその外見に止まらない。唇越しに伝わる粘膜の感触、甘やかな体臭、幼子特有の高い体温。漏れる可憐な吐息。五感すべてを通じて自分は極上品なのだと主張していた。当の本人にはもちろんそのようなつもりはあるまいが。
たっぷり五分は堪能しただろうか。十分満足したところで彼女を床に下ろし解放した。すぐさま俺を突き飛ばし距離をとる天衣。身に纏った黒衣の袖で乱暴に口元を拭うと俺を睨み付けてきた。その顔は朱に染まっている。羞恥と怒り。それが彼女が俺の手元に来て初めて見せた感情だった。
「いきなりキスするなんて……どういうつもり!?」
「それがこれからの君の仕事の一部、かな」
「なッ!?」
怒りにまかせて問い質してくる天衣に返す無情の言葉。それに絶句する彼女。いい機会なので彼女に今の境遇を理解させるべく畳みかける。
「君のことは俺が買い取ったと言っただろう? これからはキスやあるいはそれ以上に過激なことを日常的にしてもらう。それが君の仕事だ。拒否権は認めない。けどそれを守る限り俺が君を養ってやる」
「……もしも断ったら?」
「君を連れてきた彼らに突き返すことになるだろう。それなりに高額なお金が動いてるんだ。その取引を不意にした商品を彼らがどう扱うかは……あまり考えたくはないな」
噛んで含めるように説明した。彼女は幼くも聡明だ。おぼろげにも自分の立ち位置が理解できたのだろう。苦渋に満ちた表情で唇を噛むと、怒りに燃えた目で俺を睨んで悪態をついた。それが彼女に許された唯一の抵抗だった。
「あなた…………どうしようもないクズね」
「よく言われるよ」
思わず苦笑してしまう。確かにそれは言われ慣れた罵倒だったから。姉弟子から。気心知れた仲間から。あるいはネット住民から。自分の名字に引っかけてそう言われてきた。そこまで考えてよく考えると天衣には俺の名前すら伝えていないことに気づいた。でもまあ、自己紹介より先にキスをするというのも俺たちの関係にはふさわしいのかも知れない。
そして改めて名を告げることにした。彼女のご主人様になる俺の名前を。
「俺は
「九頭竜……八一……」
目を見開く天衣。俺の名を呟いている。これが俺たち二人の新生活の始まりだった。
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