※この作品はR-18です。

天衣ドルマスター   作:りりーまるれーん

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箸休め回的ななにかです。


天ちゃんの『ひとりでできるもん』 ~二年目、八月~

「本当に大丈夫か? 天衣」

 

 そう気遣う俺に、彼女は心配しすぎだと言わんばかりの苛立ちをはらんだ目を向けてくる。だがどうにも危なっかしいのだ。彼女を買った当時より5cmは伸びたとはいえ彼女の身長ではまだまだキッチンまで届かない。そのため古い将棋雑誌を束ねて踏み台代わりにしているのだが、これがそもそも不安定なのだ。その上に立つ彼女自身については言うまでもない。なるべく早くうちにちゃんとした踏み台を買ってこなければ。

 

 自分の手指を切らないよう工夫された子供用包丁とはいえ、その不慣れな手つきを横で見ていれば不安になるのも仕方ないというものだろう。俺自身料理ができないので将棋と違いアドバイスのしようもないのが悩ましい。

 

 とにかくタマネギを押さえる左手を猫の手のように丸めろ、とだけ繰り返す。それくらいしか知らないからだ。彼女からは分かってる、何度も言うなと返ってくるが、猫の手では食材を押さえにくいのか、彼女は気づけば指を広げようとするからこちらとしても馬鹿の一つ覚えのように繰り返すしかない。

 

 それがますます彼女を苛立たせて……俺はなぜこんなことになったのかと、ことの発端となった昨日のことを思い返していた。

 

 

 

 それは昨晩の風呂でのこと。彼女を足の指先一本一本まで丁寧に磨き上げた俺は、彼女にかけた時間とは較べるべくもない短時間で自分自身を洗い、そして彼女とともに湯に浸かる。温かい湯の中で今度は彼女の内側を磨くことになる。

 

 彼女の下の口に人差し指を食い込ませ前後させれば、上の口から雅な囀りが浴室へ響き渡り、俺の一日の疲れを癒やす。継続的な感度開発と、いずれ来たる日に俺を受け入れさせるための拡張と。これも彼女の日課となっている。

 

 けれど今日はいつも以上に丁寧に執拗に行っていた。今日は彼女がこの家に来てから丸一年という記念日。先日の俺の誕生日にはたっぷりと楽しませてもらったお礼も兼ねて今日は彼女を目一杯気持ちよくしてやりたかったのだ。

 

 竜王獲得の自分へのご褒美として昨年誕生日に注文した彼女。最初はただ性欲を発散するための玩具として買ったのだが、この一年を経てとても大切なひととなった。今や購入額の10倍・100倍──いや、いくら積まれようが彼女を手放すことなど考えられない。彼女自身も俺によく懐いてくれていてかわいさ100倍。とても愛おしい存在だ。

 

 だからか彼女を迎えて一年のこの記念日に彼女へ何かしてやりたくなった。彼女に何か願いごとがないか尋ねてみて、そして彼女から返ってきたのが料理をしてみたいとの答えだった。喘ぎ混じりに答えてくれた。

 

 そういえば彼女は普段N○Kの将棋番組をよく見ているが、最近同じくN○Kの小学生女子がメインを務める子供向け料理番組を時折見ていた。単に将棋番組に引き続き惰性で流していただけかと思っていたが、興味を持っていたらしい。

 

 なんでも女の子は好きな人に手料理を振る舞うものらしいからとのこと。照れ隠しに必死になりながら、それでも隠しきれない様子で教えてくれた。超かわいいの。

 

 ということで今日昼間に調理器具やら食材を買い集めてきた。メニューはひとまず基本的なものをということでハンバーグを選んだ。子供が好きなメニューの代表格だし、ご多分に漏れず彼女も好きだ。包丁を使うシーンもタマネギを刻むところだけ。

 

 そして話は冒頭につながるわけだ。このタマネギを刻むというのが料理初体験の彼女には曲者で、タマネギを切るときに揮発する成分に泣かされながらも、なんとか傷を負うことなくやり終えた。彼女も一山越えたという様子だが、俺もことなく終わって胸をなで下ろした。ここまでで精神的にほとほと疲れたが、まだ下ごしらえの段階である。

 

 次は刻んだタマネギを炒めなければならない。彼女は即席踏み台をガスコンロの前まで引きずりまた上に乗る。俺が渡してやったフライパンをコンロに乗せると彼女は神妙な顔でつまみを捻った。ちちちちと火花が散る音に続き、ぽっと青い炎が点る。その瞬間にびくっと肩を跳ねさせたことに気づいていた。彼女にとって火を扱うのもこれが初めてなのだ。

 

 どのくらいフライパンを熱してからタマネギを投入すればいいのだろう。フライパンに手をかざしながら彼女はそう首を捻っていたが料理をしない俺に分かるはずもない。

 

 確かに料理番組ではフライパンを熱してから油や材料を投じていたが、たかがタマネギを炒めるだけのこと。別にフライパンが冷えた状態で投入しておいて温まるのを待てばよかろう。そう考えて横からフライパンの中へ油少々と刻みタマネギを放り込んでやったら、勝手なことをしてと睨まれてしまった。

 

 だがそれもフライパンに熱が回って食材が焼ける音がし始めるまで。彼女の視線は音の出所へ吸い寄せられ、左手をわたわたと俺に突き出してくる。その手に木べらを握らせてやった。フライパンのとってを握りながら中のタマネギをかき混ぜる彼女。TVの見よう見まねではあるがちゃんと調理っぽいビジュアルになっていた。かわいさでは圧倒的にTVに勝っている。

 

 彼女には料理中、エプロンの他に長袖の服の着用を義務づけた。油跳ねなどから彼女の玉の肌を守るためだ。けれど彼女が料理に慣れてきたら男の夢、裸エプロンにもチャレンジしたい──そんなことを考えていられるほど、タマネギを炒めている時間は暇だった。これがなかなかに時間がかかるのである。料理番組では飴色になるまでということだったが、棋士として驚異的な集中力を持つ彼女でなく、普通の小学生だったらこの時点で料理が嫌いになるのではないか。そんなことを考えさせられるほどだ。

 

 さて。なにはともあれハンバーグ作りの本番。いよいよタネ作りまできた。そう思ったのだがその前に実はもう一悶着あった。卵である。

 

 タネを混ぜ合わせる予定のボウルのふちにコツコツと卵を当てる。が、これがなかなか殻にヒビを入れられない。なので思い切って力をいれると今度はやり過ぎてしまった。殻はぐしゃぐしゃになり、卵の黄身も彼女の手でつかみ潰してしまっていた。

 

 思いがけない惨事に固まる彼女。ややあって再起動すると、なかったことにしたいのか、手を差し出し次の卵を要求してくる。けれどどちらにしろ卵はかき混ぜてしまうのだ。潰れたこの卵でも不都合はない。卵の殻を丁寧に取り除いて使うように言ってやった。不満そうに唇を尖らせながらも従う彼女は愛らしい。

 

 殻を取り除いた潰れ卵。挽肉。炒めたタマネギ。パン粉。牛乳。そこに各種調味料。準備は万端。今度こそタネ作りのスタートだ。長袖を捲り上げ彼女も気合い十分だ。よく洗った両手を勢いよくボウルへ突っ込んだ。

 

「ひゃ!?」っと悲鳴を上げる。挽肉がえらく冷たかったらしい。まあ冷蔵庫から出したばかりだし。けれど彼女もさるもの。意を決するとしかめっ面で冷たさに耐えながらタネを混ぜ合わせていった。彼女の小さな手ではなかなか捗らないが、そこは手数と熱意でカバー。ほどよくタネが混ざった頃には、室温に戻ったのか、彼女の体温が移ったのか、冷たさも気にならなくなったようだった。

 

 混ぜ終わったタネを二等分にして今度は丸めていく。そして両手でタネをキャッチボールするように空気を抜くのだが、手だけでなく体全体が右へ左へ揺れてしまっている。まるでリズムに乗ってタンバリンでも叩いてるようで……可愛すぎる。タネからどこまでちゃんと空気が抜けているかは怪しいが、そんなのは些細なことだろう。彼女と俺のハンバーグ二つ分。二回の不思議な踊りを堪能することができた。

 

 そして最後は焼き上げだ──

 

 

 

「いただきます」

「…………」

 

 食卓には俺の声だけが響いた。対面に座る彼女はしゅんと俯いてしまっている。「ほら。天衣」と促すと蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」と返ってきた。彼女が謝る原因は食卓にのる皿が原因だろう。皿の上にはぐずぐずに崩れてしまったミンチ肉の塊。

 

 彼女が精魂込めて作ったハンバーグのそのなれの果てだった。やはりタネの中の空気が抜けていなかったのだ。それに彼女のフライ返しの扱いも拙かった。初めてなのだから当然だが。その結果がこの無残なビジュアルだった。

 

 何事も要領のいい彼女にとっては初めての失敗だろう。言葉を尽くすだけでは解決しまいと思った俺はひとまずハンバーグを一かけ口に運ぶ。「うん。うまい」口に出した感想に彼女が顔を上げる。嘘だと言わんばかりのその顔に、形はともかく味はちゃんと旨いと告げた。

 

 なおも半信半疑の彼女にとにかく食べてみろと言えば、彼女も一口咀嚼して「おいしい」と呟いた。だろ、と相槌を打ってやれば彼女の顔もようやく綻んだ。まあ当たり前だ。下味をつけた肉にはしっかり火が通っているし、そこに市販のソースをかけている。これでまずいわけがない。それに彼女ほどの美少女が手ごねしたハンバーグだ。その一点だけでも有名シェフの逸品に勝る。

 

 初めての料理でこれなんて天才だ、と褒めそやしてやれば彼女も止めてと照れ恥ずかしがりながらもまんざらではなさそうだ。これからも料理に精進してくれるだろう。そうだ。桂香さんに彼女の料理の手ほどきをお願いしておこう。

 

 彼女が料理達者になった暁には是非とも裸エプロンプレイを。そしたらニンジンやなすで──

 

 

 夢はどこまでも広がるのだった。

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