※この作品はR-18です。

天衣ドルマスター   作:りりーまるれーん

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大天使を斬る ~二年目、二月~

「よう、クズ。オメー弟子とったんだって? クズのくせに生意気によう」

 

 関西将棋会館の廊下で顔を合わすなり、開口一番そういったのは女流玉将、月夜見坂燎だった。俺より二つ年上の20歳。『攻める大天使』の通称を持つ若手実力派女流棋士だ。そのヤンキー口調のとおり、ワイルド系の美女である。俺とは小学生名人戦の決勝で戦った仲で、以降それなりに仲良くさせてもらっている。

 

「あれ、月夜見坂さん? どうしてこっちに? 対局ですか?」

「ちげーよ。用がなきゃ関西にきちゃダメだってのか、あん?」

 

 即喧嘩腰だ。関東所属の月夜見坂さんだが、用もないのに関西将棋会館の棋士室にいることも多い。そういうときはだいたい供御飯さんと連んでいるのだが今日もそうだろうか。いや、もうまもなく二人には対局があるはずなのでそれはないか。

 

「って話そらそうとすんじゃねーよ。今はオメーの弟子について聞いてんだよ」

 

 ちっ。気づかれてしまった。仕方なくなぜ知ってるのかと問えば供御飯さんから聞いたとのこと。やっぱりか。将棋が強い人間の存在はここではあっという間に広がる。それが竜王の弟子となればなおさらだ。

 

 それが同じく関西所属の供御飯さん──山城桜花の供御飯万智──から月夜見坂さんに伝わったのだろう。供御飯さんも同じ年の小学生名人戦に出ていて、その頃からライバルの月夜見坂さんとは今も仲が良い。とはいえ。

 

「万智から聞いたんだけどよ、お前の弟子って小学生女子なんだって? なんだクズ。お前ロリコンだったのかよ」

 

 そう言ってケラケラ笑う月夜見坂さん。どうやら俺をからかうのがここへ現れた目的か。俺は心外なと言って否定する。彼女が俺の好みどストライクだっただけで別に幼女一般に興味があるわけでは。だから決して俺はロリコンではない。

 

「まあオメーがロリコンだろうがペドだろうがどっちでもいーんだけどよ」

 

 だから違うと言っとろうが。

 

「聞いた話じゃ結構強いらしいじゃねーか。ちっとオレと指させろよ。練習将棋でいいからよ」

 

 どうやらそれが本当の目的だったらしい。まあ月夜見坂さんも戦闘民族的なところがあるからなぁ。でも結構強い……ねぇ。正直俺は彼女と月夜見坂さんのマッチアップを設定するのに乗り気じゃなかった。そんな俺の様子を見て取った月夜見坂さんが「勿体ぶるんじゃねーよ」と肘で脇腹を突いてくるが、別にそういうわけじゃない。俺が気にしているのはむしろ──

 

「八一先生。お待たせ」

 

 月夜見坂さんに絡まれている間に話題の人物が現れた。現れてしまった。振り返れば彼女がいる。ばっちり月夜見坂さんの視界にも入ってしまっている。もはや誤魔化しようもないだろう。「ほーん、あれが」と月夜見坂さんは観察モードに入っている。彼女は見知らぬ相手と俺がいることに困惑気味。

 

 今日は今後の仕事のスケジュール確認と打ち合わせのために関西将棋会館に来た俺。その間、彼女には空き部屋でとある人たちに揉んでもらうように言いつけていた。先ほど彼女に持たせているスマホにこちらの用事が済んだ旨、メッセージをいれておいたので切り上げてきたのだろう。

 

 ひとまず彼女に月夜見坂さんを紹介する。それで月夜見坂さんのことを認識した彼女も自己紹介を返す。

 

「研修会B1。夜叉神天衣です」

「B1!? もうとっくに女流棋士になれるじゃねーか。それともA2からの奨励会狙いか?」

「いえ。まだどちらとも。彼女にはまだプロ棋士と女流棋士の違いも教えてないですし」

 

 驚く月夜見坂さんにそのあたりを説明する。そもそも彼女はまだ幼すぎるため、対局で全国を回る可能性のある女流棋士にするわけにはいかないこと。俺や桂香さん、連盟のスタッフが引率するのにも限界がある。月夜見坂さんからは彼女の親に引率させればと当然の指摘が入ったが、口を濁した俺に察してくれた。だがその後に続けたのは俺の希望に添わない内容。

 

「まあいいや。おい。小学生。オレと練習将棋を一局指さねーか? 竜王の弟子ってのがどんなもんか見せてくれよ」

「ちょっと月夜見坂さん! 俺はそんなこと認めてませんよ! それに月夜見坂さん、もうすぐ女王戦の挑決でしょう! 余計な将棋指して調子崩したらどうすんですか!!」

「へーきへーき。小学生がどんなヘボ将棋指したってそれくらいじゃオレの調子は崩れねーよ」

「いや。そうじゃなく──」

「いいわ。そのお誘い、ありがたくお受けします」

「っ!? 天衣までなに言って」

「はっ。クズよりその弟子のほうがよっぽど話がわかるじゃねーか」

 

 そう言って彼女の背中を抱くと道場の方へさっさと行こうとする月夜見坂さん。ああもう! 師匠の俺が認めてないっていうのにこの人ときたら。そもそも彼女が、タイトルホルダー相手とはいえ、女流棋士に素直に教えを請おうとしてるなんてそんなわけないだろうに。他の誰に分からなくとも俺には分かる。俺は彼女には詳しいんだ。

 

 割って入ろうとする俺に構うことなく、二人は道場の一角を借り受けると将棋盤を挟んで座り駒を並べ始めてしまった。女流玉将と竜王の弟子として最近道場で有名になりつつあるJSが差し向かう光景にすぐ周囲の人たちが気づく。あっという間にギャラリーの囲いができてしまった。こうなっては止めようがない。

 

 互いに駒を並べ終わり、手合いを彼女に尋ねる月夜見坂さん。平手でと答える彼女。それを不遜ととったのだろう。月夜見坂さんは顔を顰めるが、すかさず彼女は「せっかくタイトルホルダーとやれるので。ダメですか?」とおねだりしてみせた。振り駒のための歩を差し出しながら。

 

 そうまでされては月夜見坂さんも断れない。渋々だが歩駒を受け取ると盤上へ振った。歩が五枚。月夜見坂さんの先手だ。ギャラリーからため息のような声にならない声があがった。落胆、先手であれば面白かったのに、そういう反応。逆に言えば後手では女流玉将に彼女は太刀打ちできまいと思われているということだ。俺も彼女が先手のほうがよかった。ギャラリーとは対極の意味でだが。

 

 先手を引いてしまったことで月夜見坂さんからも明らかに気が抜けた。さっさと角道を開ける。それに対して彼女もすぐさま初手を指した。俺の肉棒に手を伸ばすような、ごく自然な動作で。ほらやった──

 

「はぁ?」

 

 その手を見て月夜見坂さんは意味が分からないという声を上げた。それは周囲のギャラリーも同じで。皆最初は自分の目が錯覚を起こしたのかと疑った。次に彼女の指し間違いを疑い……彼女が口の端を歪めていることに気づいて、そうではないと悟った。

 

「「ごッ」」

 

 彼女は角道ではなくその隣の、角の頭の歩を突いていた。

 

「「後手番角頭歩!?」」

 

 それは初手からの奇襲戦法明示。研修会B1の彼女は少なくとも初心者ではなく。つまりこれは「お前には奇襲戦法で十分」という強烈な挑発であり、女流タイトルホルダーに対して一介のJSが取るには無礼にすぎる態度。それにギャラリーは驚き。月夜見坂さんは当然──

 

「こんのクソ餓鬼ッ!!」

 

 ぶち切れた。両手はきつく握りしめられわなわなと震えている。もしこの場が公式対局の場で、月夜見坂さんがその手に扇子を握っていたら、きっとそれをへし折っていただろう。それほどに怒りに駆られているのが見て取れた。

 

 激怒した月夜見坂さんにもはやその挑発に乗る以外の選択肢はなく。力尽くでねじ伏せんと大乱戦を開始した。彼女も十五近く歳の離れたタイトルホルダーの圧倒的な闘志に、ひるむどころか微笑みさえ浮かべて踊り続ける。そして──

 

 

「マジか……小学一年生の子が女流玉将に勝ってもうたで……」

「い、いや……これはあくまで練習将棋やから……」

「そうはゆうても女流玉将完全に本気やったやろ。あれ……」

「天ちゃん、マジ強すぎ。ワロタ」

「わいの大天使ちゃんがまた……清滝一門はいいかげんにしろ!」

 

 投了は無言で行われた。ギャラリーの反応が示すとおり勝利したのはJS。月夜見坂さんは怒りのあまり唇を真っ青にしたまま震えている。彼女を練習将棋に誘ったの月夜見坂さんだし、彼女の挑発に乗ったのも月夜見坂さんだ。けれどこの状況は月夜見坂さんにとってあまりにも……

 

 そう思っていたところに、人垣の外からやってきた二人がギャラリーに解散するよう促してくれた。散っていく人々に安堵する俺。やがて俺たちの側にはその二人しか居なくなった。

 

「よっ。八一に天衣ちゃん。てっきりもう帰ったのかと思ってたけど道場に来てたのか」

「八一さん♡」

「二人ともありがとうございます」

 

 礼を言う俺に二人の内、背の高い年上のほうが「気にするなって」と返してくれる。

 

「いやほんと。二人にはさっきまで彼女の面倒まで見てもらってたってのに」

「それこそ気にするな、だな。天衣ちゃんと指すのは俺たちにとっても良い刺激になる」

「そうそう。奨励会やプロでは絶対指さないような奇手がたくさん出てきて面白いんですよ」

 

 奇手と評された彼女は不満そうだが、一応感謝はしているのか立ち上がって俺の横に立つと頭を下げた。二人は俺たちに手を振ると、月夜見坂さんにも挨拶をした上でじゃあなと去った。彼女も二人を見送った後でトイレに行ってくると道場から出て行った。きっと居づらかったのだろう。後には俺と月夜見坂さんだけが残された。

 

「おいクズ。あの二人にあのガキと指させてるのか?」

「……ええ。俺がお願いできる相手はあの二人しかいないので。それにちょうどまだ二人とも暇している時期ですし」

 

 そもそも彼女の現在の棋力は既にB1クラスの域に止まらない。彼女はひとまずのターゲットを小学生名人戦に絞っている。そのためこれ以上今、昇級させても仕方ないので休会させているだけなのだ。そうでなければとっくにA2クラスに上がって奨励会に編入されているだろう。

 

 生石さんの薫陶を受けて彼女は俺の予想通り、いやそれ以上に力を増した。特に捌きの呼吸をつかんでからの後手番角頭歩の切れ味は凄まじく、それこそ女流玉将を一刀両断してしまうほどに。残念ながらもう研修会に彼女と平手で真っ向勝負できる人間はいない。

 

 俺がお願いできる相手で、彼女の全力を受け止められるのはあの二人と師匠くらいだ。あの二人とは椚創多四段と鏡洲飛馬四段。創多は奨励会の後輩で、鏡洲さんは同じく奨励会で一番お世話になった人。

 

 いずれも春から晩夏にかけての三段リーグで昇段を決めた新四段だ。次年度の順位戦開始までは比較的暇しているはずということでお願いしてみたところ、二人とも快く引き受けてくれた。

 

 彼女は彼女でぶつぶつ言いながらも、全力で挑みかかってなお打ち崩せない相手というのが面白いのか、今日のように俺が相手をできない時には積極的に二人の胸を借りていた。

 

 すべてを聞いた月夜見坂さんは力なく東京へと帰って行った。そして後日。俺の懸念したとおりに調子を崩した月夜見坂さんは挑戦者決定戦で供御飯さんに完敗した。初代永世女王へ挑むのは初代クイーン山城桜花となった。

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