※この作品はR-18です。

天衣ドルマスター   作:りりーまるれーん

9 / 30
またも10点評価ありがとうございます。
それに週間ランキングTOP10、月刊ランキングTOP5に本作品が入ってました。
めでてぇ。
ということで本日も更新です。


弟子入りOKのち姉弟子強襲 ~一年目、五月~

 自宅から一駅。ほんのわずかな距離に清滝師匠の家はあった。自宅と将棋教室が一体になってる日本家屋だ。「ただいま」と声を掛けて玄関をくぐる。内弟子として10年過ごしたこの家は俺にとって第二の実家だ。それゆえの「ただいま」である。「お邪魔します」ではなく。

 

「あら。お帰りなさい」

 

 そしてここでは当たり前のようにこう返ってくる。台所から顔を出して表情を綻ばせたのは師匠の一人娘、桂香さんだった。食事の用意をしていたのだろう。エプロン姿である。そのままの姿で出迎えてくれた。幼い俺の憧れだった人。20代半ばを過ぎた今でも変わらぬ美しさだ。

 

「そっちのかわいらしいお嬢さんが例の子ね。話は聞いてるわ。ゆっくりしていってね」

 

 俺の後ろで小さな影がぴくんと跳ねた。「お邪魔します」と小さな声で告げて頭を下げる。誕生日に買いそろえた服に身を包んだ彼女。どこか警戒する子猫のようで微笑ましい姿だった。桂香さんもそう思ったのだろう。優しい目になっている。

 

 和やかな空気になったところで、ドスドスと床の鳴る音が近づいてきた。廊下の先から姿を現したのはこの家の主。清滝師匠だった。立ち話でするような内容でもないからと俺たちを奥に誘ってくれた。せっかくだから夕食も食べていけとのことだ。

 

 通されたのは一家団欒の場である茶の間。床の間には掛け軸がかかっている。『俺の最盛期は明日』という師匠の揮毫が異彩を放っていた。部屋の中央に鎮座する大きな座卓を囲んで俺たちは座る。隣には借りてきた猫のようになっている彼女を置いた。

 

 桂香さんが淹れてくれたお茶を一啜りする師匠。その湯呑みを置くのを待って話を切り出した。彼女が両親と祖父を立て続けに失ったこと。親族は彼女を食い物にしようとする輩ばかりで保護してくれる人間がいないこと。ここまでに嘘はない。ここまでは。

 

 悪辣な親族のことを理解していた彼女の祖父は自分に何かあったときの孫娘の預け先として、息子がここ数年交友を持っていた俺に白羽の矢を立てた。将棋という孫娘との共通点もあるが、何より他に頼れる相手もいなかったのだ。なので事あらば顧問弁護士に俺を後見人として立てるよう交渉を任せた。そして俺は彼女の境遇を見逃せず、快く引き受けたのだと。

 

 がばがばのストーリーだけれど俺を後見人として推す弁護士はちゃんといる。彼女の祖父のではなく、彼女を売っぱらったヤクザ屋さんの顧問弁護士だが。このストーリーも彼といっしょに練ってきた。師匠が裏をとろうとすれば、ちゃんとこの弁護士につながり、口裏を合わせてくれることになっている。まさに至れり尽くせりのアフターサポートである。

 

 もともと単に引き取っただけのつもりだったので師匠たちには知らせなかったが、戯れに彼女と将棋を指してみれば明らかに非凡な棋才がある。彼女もそれを望んでいる以上、遠からず棋界に飛び込むことになるだろう。なので改めて師匠たちに彼女を紹介に来たのだ。清滝一門の末席と認めてもらうために、と語った。

 

 ひとまず最後まで語り終えたので彼女に話を振れば、将棋を愛していた父母も自分が将棋でひとかどの存在になることを望んでいた。その両親の願いを、彼らが太鼓判を押した俺の元で学んで成し遂げたいのだと、そう話を合わせてくれた。

 

 ここが最大の山場だった。ここで彼女がすべてをぶちまけてしまっていたら俺には破滅しかなかった。そして彼女には孤児院で少々かわいそうだが、それでもありふれた少女としての生活が与えられていただろう。あるいは弟子のしでかした責任から師匠が引き取ってやはり将棋の道を歩んだかも知れない。健全に。

 

 だが彼女は自ら選択した。今の生活の継続を。それはこの一月で彼女が獲得した小学校のコミュニティの存在のおかげかも知れないし、ここ一月集中的に彼女を調きょ──可愛がったおかげかも知れない。ともかく俺は成し遂げたのだ。

 

 黙してすべてを聞いた師匠は、俺たちが口を噤んだところで初めて口を開き告げた。俺に全力で彼女の力になってやるようにと。師匠は彼女の境遇に大いに同情していたのだ。そして過去を振り返る。

 

 奇しくも俺が師匠に弟子入りしたのも今の彼女と同じ6歳の時だったと。そして姉弟子と切磋琢磨し、いつのまにかプロになり、タイトルを獲って、今日は弟子を連れてきて。時の流れは早いものだとしみじみと語った。天井を見上げるその目尻には涙が溜まっている。感慨深いのだろう。そして最後に彼女を俺の内弟子として扱うように決めた。

 

「しかし、そうか……わしにも遂に孫弟子ができたか…………桂香! 今夜は祝いや! 赤飯を炊け!!」

「お好み焼きよ夕飯は」

 

 そうして新たに誕生した門下生とともにホットプレートを囲んでお好み焼きをつつく歓迎会が始まるのだった。

 

 

 勝ったな! がはは!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思ってた時期が俺にもありました。

 

 本当の嵐は翌日にやってきたのである。その日俺は学校が休みの彼女と朝から将棋の研究に励んでいた。すると突然がちゃりと玄関の鍵が回る音がし、直後乱暴にドアを開け放つ音が響いた。瞬間猛烈な悪寒に襲われる俺。

 

 ドスドスと殺気立った足音が近づいてくる。やつだ。やつがついに来たのだ。次の瞬間、居間へと続く引き戸が勢いよすぎるほどに開かれ。

 

「八一! あんた幼女を弟子にしたって馬鹿な話をっ──」

 

 俺たち二人を視界に収め、「聞いたんだけど……」と続く言葉を呑み込んだ。入ってきたのはセーラー服を着た、白銀の雪みたいに美しい少女。空銀子。入門したのが俺より早かったため年下だが『姉』に当たる、清滝門下の一番弟子だ。

 

 世間では白雪姫とあだ名されるほど容貌の整った少女なのだが、今は俺たちを見て夜叉の如き表情をしている。超こえぇ。おそらく桂香さん辺りから昨日のことを聞いて対局先の埼玉からすっ飛んできたのだろう。

 

 けれどこれでもまだタイミングが良かったといえる。夜なら彼女はいつものベビードール姿だったはずだし、昼でも局面の検討なら彼女を膝の上に乗せていた。翻って彼女と指導対局していた今でむしろ良かったといえる。そうでなければこの程度の反応では済まなかったはずだ。そう。これでよかったんや……

 

 そのまま姉弟子による詰問が始まった。当然の如く俺はノー座布団で正座である。床が畳敷きで本当に良かった。ともかくも昨日師匠にした説明を繰り返す。度々挟まれる「で?」という威圧的な姉弟子の相槌にも負けず。そもそも彼女を内弟子とする許可を既に師匠から得ている以上、今更姉弟子の言葉でひっくり返されることもない。余裕を持って説明を遂げた。

 

 結局姉弟子は最後まで俺を論破することはできなかった。苦虫を噛み潰したような顔をしている。銀子ざまあみろ。ひとまず議論は済んだと判断した俺は、姉弟子強襲以降、蚊帳の外に置く形になってしまった彼女に姉弟子紹介することにした。

 

「天衣、こちらは俺の姉弟子で──」

 

 けれど彼女は姉弟子のことを知っていたのか、手振りで俺の言葉を遮るとすっくと立ち上がって綺麗なお辞儀をした。

 

「初めまして。空先生。先生の活躍はかねがね拝見しています。私、夜叉神天衣と申します。九頭竜先生のご厚意で昨日より一門の末席に置いていただくことになりました。以後、なにとぞご指導ご鞭撻いただければ幸いです」

 

 まあ、将棋を指す女の子であれば姉弟子のことは当然知っているか。姉弟子は4年前から『女王』『女流玉座』という女流タイトルを二冠保持。どころか対女流戦無敗。この春からは女性として初めて奨励会3段リーグに参加している。史上最強の女性棋士だ。『浪速の白雪姫』といえばその知名度は最年少竜王より高い。

 

 そんな姉弟子に彼女は完璧な挨拶をした。小学一年生とは思えないその態度に姉弟子の渋面はますます深くなる。彼女は手強いとみたのだろう。矛先はやはり俺に向く。

 

「八一。あんたいつからロリコンになったの? どうせいやらしいことをするために幼女を内弟子にしたんでしょう」

「ははは。やだな、姉弟子。そんなわけないじゃないですか」

 

 実際はそんなわけあるのだが。とはいえ姉弟子が事実を知っているわけはない。ただの難癖だ。姉弟子は俺がいかにいやらしい男であるかを力説し、彼女自身に弟子入りを考え直すよう言っていた。なんなら自分が面倒をみてもいいとまで。そこまでして俺たちを引き離したいらしい。

 

 俺たちの言い合いを彼女は一歩控えた立ち位置で笑顔のまま聞いていて、自分に話が振られたことでやはり笑顔のまま口を開いた。

 

「八(・)一(・)先生がいやらしい人なのは知っていますよ? 先生のおちんちん毎日しゃぶってあげてますし」

 

 

 

 

 空気凍ったよね。

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