今日は朝から寮内が騒がしかった。高級車が数台、校門の前に整列しているためである。それは明らかに異様な光景で、マキナとみちるがギャーギャーと騒ぎまわっていた。それを天音がなんとか押さえつける。
「でも、なんだろうねアレ」
天音が不思議そうな顔で、蓮に投げかける。
「分からない。なんかの業者か…?」
そう推測してみるが、業者にしては高級な車だと、すぐに間違いに気が付く。では何だろうと考えていると、その場に榊の姿がないことに気が付く。
「そういえば榊の奴は?」
「あ、榊さんなら寮の屋上に行ったわよ」
屋上…?なぜそんな所にと思いつつ、興味が沸いた蓮は屋上に行ってみることにした。
鉄扉を開けると、そこは寮の屋上。洗濯ものが風になびいて、海が一望できる素晴らしい場所だ。しかし、そこには榊の姿もあった。蓮はしばらく静かに彼女の様子を観察する。どうやら空を眺めているわけではなく、高級車の方を見ているらしかった。
「おい、榊」
蓮がそう声をかけると、榊はびくっとして振り返る。
「雨宮くん?…なんの用かしら」
「別に。急に屋上に行ったからなんだろうと思ってきた」
「本当に…?あなた“分かってて”来たんでしょ?」
分かっててとは何だろうと、蓮は首を傾げる。
「分からない。全く」
「…あの車から降りてきた人が誰か知らないの?」
そう言って彼女は高級車を指さす。その方向を見ていると、丁度スーツ姿の男が車から降りるところだった。そして、蓮はその男の顔に見覚えがあった。
「榊 道明…!」
その男は榊 道明。榊 由美子の父親であり“東浜電鉄グループ”の総帥。何故こんなところにと最初は疑問に思っていたが、後にこの学園が東浜電鉄グループによって運営されている事を思い出した。
「視察…か」
「…」
蓮のつぶやきに、榊は一切興味を示さない。完全に父親に気を取られて、彼のことなど眼中になかったのだ。それからしばらくして、彼女の父親の姿が見えなくなると、彼女は溜息をついて空を仰ぎ見る。
「ねえ、人の心を盗むって…本当なの?」
突然の質問に蓮は拍子抜けするが、真面目に答える。
「事実、盗まれた人がいる」
「それもそうね…一体どんな方法だったのかしら」
そう言って彼女は振り返ると、蓮に向き直る。その顔は、怒りとも疑問とも言えない表情を浮かべている。
「脅迫?拷問?マインドコントロール?」
「…違う、そんなことはしない」
「じゃあ何だって言うの?何が彼らを変えたっていうの?」
榊は語気を荒げる。
「説明しても理解されない。だから話さない」
「別にいいわ」
強がりか、そう言うと再び空を仰ぎ見る。しかし、その横顔は何だか悲しげな表情だ。
「ねえ…」
「なんだ?」
「ココロの怪盗団って、なんで活動してたの?…名声のため?金のため?」
「――違う」
ここで、榊の言葉を遮って、蓮がそう言葉を強める。思わず、榊はハッとして彼の表情を伺う。
「金、名声。そんなちっぽけなものに、“俺たち”は命を懸けた覚えはない」
蓮の声色から察した榊は、何も言わず蓮の話に耳を傾ける。なるべく興味がないふりをしながら。
「己が信じた正義を貫き通す。そのためには、あまねく冒涜を顧みない」
「…」
「誰かが喚く正義など、正義ではない。本当の正義は、自分の信じたそれだと、俺は思っている」
彼は最後まで言い切ると、振り返って屋上を後にしようとする。
「ごめん、余計な話だった」
そんな彼を、彼女の一声が呼び止める。
「ねえ!」
「?」
「ココロの怪盗団って…いえ、何でもないわ」
その言葉を聞くと、蓮は胸に何かが突っかかるような感じを覚えながら屋上を後にした。