19.your choice your life
「……“真っ暗闇”は得意なんじゃないか? 榊 由美子」
暗闇に浮かぶ人影はそう言った。そして、もたれかかっていた体を起こすと、腕を組んだまま由美子に向かって歩いてくる。由美子は尻もちをついたまま、その人影を見つめていた。
窓から差し込む月光はその人物の足を、そしてお腹を、肩を……最後に、顔を照らし出した。その照らし出された顔に、由美子は驚く。
「雨宮……くん?」
――月光を纏うその表情、野暮ったいパーマは間違いなく“雨宮 蓮”のものだった。
「こんばんは……勝手にお邪魔させてもらってる」
「勝手にって、どうやって入ったのよ! 鍵も閉まってたじゃない!」
由美子は更に問い詰めようとしたが、数日前の事を思い出す。それは月明りが綺麗な日で、雨宮蓮の“素顔”を思い知った日でもある。当日、由美子は鍵のかかっているはずの校舎にまんまと誘導されてしまった。そう、鍵は彼の前では意味を成さない。閉まっていたとしても、それは元から開錠されていたように容易く開かれてしまう。
そういえばそうだったわね、と由美子は自嘲気味に少し笑う。
「それで……なんで来たの?」
無遠慮に由美子のベッドに腰かける蓮に、訝しげな表情で尋ねる。彼はただ壁に掛かった絵を見つめたまま「なんとなくだ」とてきとうな答えを返す。そんな無味乾燥な対応……いや、蓮が醸し出す独特な雰囲気に、半ば心地よさすら覚えていた。が、途端に照れ臭くなった由美子は、急いで変な考えを振り払った。
「――不思議だな」
「え?」
黙り込んでいた蓮の突然の言葉に、由美子は思わず声を漏らす。
「普段だったら“出て行って!”だとか“勝手に入ってこないで!”とかそんな罵詈雑言を浴びせて追い出すだろ? なんで今日は……追い出さないんだ」
蓮は静かに尋ねた。しかし、由美子は押し黙ったままただ床を見つめるだけで、蓮の顔を見ようともしない。そんなことをしたら……泣きそうな顔になっているのがバレてしまう。
「“あの人”から連絡があったの」
「連絡?」
「そう、少し前に。“自分のところに来なさい”って」
由美子は数日前に父親からの連絡を受けていた。それは、突然の事で、突拍子もない内容だった。“家に帰ってこい”、そういう内容だった。
「帰らないのか?」
「ええ。あんなところ、死んでも行かないわ……!」
怒りか憎しみからか、由美子は唇をかみしめた。一筋の血が、唇から滴る。
「お母さんと私を邪険に扱っておいて……“跡取り”が死んだら帰ってこいなんて。虫が良すぎる!」
蓮は震える由美子の拳を一瞥すると、再び足を組んで絵を見つめる。
「――それで、どうしたいんだ?」
「え?」
「榊の父親を、どうしたいんだ? 掲示板に書き込んだからには聞いておかないと」
どうしたいって、決まってるじゃない! と言わんばかりに、由美子は蓮の顔を睨みつける。しかし蓮は一切関心を示さず静かに言った。
「“改心”、させたいのか?」
「ええ」
由美子の決意は固いように見えたが、蓮はそれが揺らいでいるのに気が付いた。彼女は……“迷っている”。父親の処遇について、考えが揺れていた。
その隙を突くように、蓮は付け加えた。
「壊すことだってできるんだぞ、君の父親を」
「壊す? そんなことができるの?」
蓮は「ああ」と一言返事をすると、立ち上がってポケットに両手を突っ込む。そして由美子の顔を見つめる。
「ココロを“殺す”ことだってできる。そうすれば、報われるんじゃないか?」
「むく……われる」
それは、悪魔の誘惑だった。
由美子にとって、刺激的な果実。それを蓮は彼女の目前でちらつかせる。
「もちろん足はつかない。バレることなく、殺せる」
更に彼女を後押しする。すると、由美子は再び黙って考え込んでしまった。そして蓮が話すこともなく、再び息の詰まるような静寂が部屋を包む。波の音は打って変わって由美子の心をかき乱す“障害”となっていた。
蓮からの甘い誘惑……恥ずかしながら、由美子はそれをとても魅力的だと感じていた。そう、自分と大切な母親の人生を滅茶苦茶にしたあの男を苦しめることができる。“殺す”ことができる。
「返事を待ってる……明日まで」
それだけ告げると、蓮は独りでに由美子の部屋から出て行ってしまった。取り残された由美子は、再びベッドに仰向けに寝ると、思考に耽る。
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由美子の部屋に忍び込んでから一日が経過し、学校での授業を終えた蓮はマキナと天音に取り囲まれていた。
「アブラカタブラ、アラブラカタブラ……? アッラーカタブラ?」
マキナは謎の呪文を詠唱しながら、数独の本を読んでいる蓮の周りをピョンピョンと飛び回っている。
「――アッラーはイスラムの神だ」
そう突っ込みを入れると、蓮は読んでいた本をパタンと閉じて、ソファに深く腰掛けた。その隣で、ジリジリと天音が蓮ににじり寄ってくる。
「そう言えば、榊さん様子がおかしいのよ。蓮何か知らない?」
いや知らないと彼は白を切ると、跳ね回るマキナの頭を鷲掴みした。
「フギッ! もー何すんのよさ~」
「あんまり飛び回るな。机に脚を引っかけて転ぶぞ?」
「ウーイ」とマキナは不思議な返事をすると、大人しくイスに腰かける。時間は五時、外出するにはもう遅い時間だった。なので、買い物をしようと思っていた蓮は仕方なく諦めることにしたのだ。その代わり、暇つぶしとして数独パズルを片手に、寮のラウンジでくつろいでいた。
「あっ……」
突然マキナが素っ頓狂な声を上げる。
蓮はその声に釣られてマキナの視線の先を見た。そこには“関わるな”という禍々しいオーラを放つ由美子の姿があった。
「あ、榊さん。買い物?」
天音が気さくに話しかけるが、由美子は物凄い剣幕で彼女をキッと睨みつける。
「ご、ごめんなさい……余計なお世話よね」
「……いえ、いいの。気にしないで」
由美子はそれだけ言うと、何か考えているらしく難しい表情をしながらそそくさと自室に向かってしまった。丁度彼女が見えなくなったところで、天音はほっと一安心する。
「ふー、今日の榊さんは気が立ってるわね」
確かにと蓮は相槌を打つ。彼女がどうしてそうなっているのか、蓮は良く知っていた。そして、それが今日で終わるということも。
「さてと、俺は部屋に戻る」
「え~? じゃあ私もいこっかな?」
天音が頬を赤らめ、あからさまに胸を強調しながら蓮に上目遣いで尋ねる。
「ダメだ。今日はやらないといけないことがある」