「着いたわ、ここが学生寮よ」
千鶴に連れられ、蓮がたどり着いた場所には小奇麗な建物があった。三階建て、壁は真っ白で清潔感があるが、窓のデザインはモダンだ。
「それじゃあ、早速入りましょうか」
ガラスの扉を押し開け、入ってすぐのところに下駄箱。その横に、恐らく寮生の名前であろうものが羅列されたボードに、“在籍”“外出”を知らせる木札が下がったものが壁に備え付けられていた。そのボードから伺えるに、すべての寮生は今ここにはいないようだった。
「お風呂とトイレと…キッチンもあって家具も一通り揃ってるから…」
そう言いながら、千鶴は一番手前の部屋へと入っていってしまった。連もそれに続こうと、靴を脱ぐ。が、背後の気配に気が付き、そっと後ろを向く。するとそこには、メイド服姿の女の子が不安そうな顔で立っていた。一体誰だと聞こうとしていた蓮だが、先手を打たれる。
「あなたは今日到着予定の転校生さんですか?それとも…“不審者さん”ですか…?」
「――どうも、今日からお世話になります“不審者”です」
そう言って、蓮は怯えるメイドの目の前にすっと手を差し出す。
「あ、ど、どうも…」
連のユーモアと、“魔性の男”と呼ばれるほどの“魅力”が、彼女の警戒心を和らげる。二人は握手を交わすと、互いににっこりと笑い合った。
「…本当は『雨宮連』だ、よろしく」
「っ!」
一瞬、彼女は手を放しびっくりした様子だったが、再びにっこりと笑う。
「『小嶺 幸(こみね さち)』です。よろしくお願いします」
メイド服姿…連は東京での思い出を巡らせる。通っていた学園の担任、“川上”のメイド服姿を幸を見て思い出したのだ。幸と川上の違いと言えば、断然“年齢”だ。やはり、幼い少女のメイド服姿は、どこか心を揺さぶられるものがある。と、蓮は一人でしみじみと思っていた。
「あ~小嶺さん!丁度良かった、こちらが今日転校してくる…」
「――雨宮連さん、ですよね?」
「あら、もしかして知り合い?」
幸はさっき蓮から自己紹介をされたことを事細かに伝える。
「そうだったのね。でも、不審者って名乗っちゃだめよ」
「すまない、ちょっとしたジョークのつもりだった」
蓮がそう言って申し訳なさそうな顔をすると、千鶴は笑って「親しみやすくていいわ」と彼を慰める。そして、幸がこの学園の一年生であることを伝える。もちろん、蓮が三年生であることも幸に伝えた。
そして、蓮に自然な疑問が生まれる。
「そういえば、どうして“メイド服”なんだ?」
一瞬、デリヘルとか性的なサービスを想像した蓮は罪深い…ではなくて、川上はそのサービスのために着ていたから納得できるが、彼女が学園内で着ているのは納得できない。明らかに不自然だ。
「これは…ですね、私はクラス委員を任されているのですが、その関係で先生方の雑用などをお手伝いしていたところ、“なんだかメイドみたいだね”“メイド服着てみなよ”と促され、実際着てみたらやっぱり似合うから普段から着た方がいいよと提案され…」
「――なるほど、分かった」
蓮は幸の説明に強引に終止符を打つと、眼鏡を中指で押し上げる。
「それじゃあ、ここからは彼女に案内してもらって」
千鶴はそう言うと「またね」と言って、寮から出ていった。取り残された連と幸はしばらく微笑み合っていたが、しびれを切らした蓮が案内を催促する。
「あ、そうでした。それでは、ご案内します」
先ほど千鶴が入った部屋に二人で入る。内装は、寮とは思えないほどとても綺麗だった。恐らく、ここで生活したらもう“屋根裏”には戻れないだろう。と、勝手に思っていた。“屋根裏のゴミ”と言う看板も下ろさなきゃな、とも思っていた。
「あ、そういえば」
何かを思い出したかのように、幸が突然口を開く。
「あなたのことを、何とお呼びすれば…」
「好きに呼んでいい」
「それでは…蓮くんとお呼びすることにします!」
急接近したなと、蓮。なんだかんだで距離感が掴めない幸。すると、幸は「それでしたら」と訂正する。
「雨宮さん。というのはどうでしょう?」
「いいね。それじゃあ、俺は君のことを幸と呼ぶ」
「幸ですか…」
「気に入らないか?」
「いえ、とんでもないです!…これからよろしくお願いします、雨宮さん!」
蓮は「ああ」と返事をすると、握手の代わりに彼女に微笑みかける。それに答えるようにして、彼女も微笑んだ。
しばらくして、幸の居なくなった部屋はしんと静まり返る。前に住んでいたゴミ…じゃなくて“ルブランの屋根裏”にはモルガナがいたので何かと賑やかだったが、今は完全に一人だ。寂しくないと言えばウソになる。けれど、蓮はそんなことより、モルガナに「おい、もう疲れただろ?」とか「もう寝ようぜ!」とか言われないことが心底嬉しかった。だが、やはり“無い”悲しさも少しはある。
かつての仲間たちと撮った写真をスマホで眺めながら、ベッドに寝そべる。怪盗団のSNSは未だに残っている。履歴もだ。彼はそれを見返しては、寂しさを紛らわせ、懐かしさを糧に不安に立ち向かっていた。
「竜司、どうしてるかな」
ふと独り言が漏れる。静かな部屋に一瞬木霊した後、遠くの波の音によってかき消された。
「風呂でも…入るか」
そう思い立つと、蓮は朝に案内された大浴場へと向かった。