「ふぅ~…」
湯船につかる。息が漏れるほど風呂は気持ちがいいと、蓮は再確認しながら、パシャっと顔にお湯をかける。前に居候していた“ルブラン”の目と鼻の先にも銭湯があったが、あそこも良かった。ただ、時間が惜しくて毎日は通えていなかった。けれど今回は、寮に備え付けられていると来た。これならば、毎日通えるだろうと、彼はたまらずガッツポーズを決める。
段々と顔が熱を帯び、視界がゆらゆらと定まらなくなってきたので、蓮は湯船から引き揚げる。そして腰にタオルを巻いたまま、スモークガラスの引き戸を開け、脱衣所に出る。ドライヤーで髪を乾かしたり、髭を剃ったりと備え付けのアメニティを遠慮なく使う。しかし彼のくせ毛はここのブラシだけではどうにもならないようだ。まあ、美容院でストレートパーマを当ててもコレなのだからブラシなんかじゃ到底無理かと蓮は思った。
体を拭き、持ってきたパジャマに着替えると、脱衣所を後にした。
自室に戻ると、既に時計の針が十二時を示している。普通ならとっくにモルガナに強制されてベッドに入っている頃だが、今はその邪魔もない。心置きなく徹夜ができるぞと、思い切りベッドに飛び込み、スマートフォンを開くが、ズシンと意識を奪うような重い睡魔に襲われ、徐々に意識と体とが乖離してゆく…。
――これは…鎖…。
不思議な夢を見る。それは鎖が幾多にも飛び出し、絡まり合った謎の青い空間。普通だったらただの夢だ、と見過ごすが、彼にははっきりとした見覚えがあった。
――“ベルベットルーム”か!
すべてを明瞭に思い出し、ハッとした蓮が目を覚ましたのは自室…ではなくベルベットルームだった。頭に鈍い痛みを感じながら、冷たく硬い囚人用のベッドから体を起こす。
「またお目にかかりましたな」
聞き覚えのある妙に朗らかな声。彼は頭痛を堪えながら、倒れ掛かるようにして格子扉を掴む。その隙間から見えるのは――“ピノキオ”ではなく、長い鼻が特徴のこの部屋、ベルベットルームの
「再び会えましたね…“マイ・トリックスター”…」
ラヴェンツァは蓮のことを『トリックスター』と呼び、尊敬していた。蓮はその名前に懐かしさを感じながらも、昔とあまり変わらないベルベットルームの姿に驚いた。が、一つ分からないことがあった。
「――なぜ俺はまたここに訪れた?」
蓮は己の両手に視線を移す。赤い手袋をはめているということは…彼は再び、あの“ジョーカー”の装いをしているということだ。戸惑う連を見つめながら、イゴールは口を開く。
「ベルベットルームは何らかの形で契約を交わしたお客様のみが訪れることのできる特別な部屋。と言うことは貴方様は再び“どこか”で契約を交わされたのでしょう」
「契約を…?」
尊敬する人が帰ってきたことに喜びを抑えきれないラヴェンツァはニヤニヤしている。その傍で、蓮は必死に思い当たる節がないか、記憶の引き出しを引っ掻き回していた。が、無い。そこに、イゴールが潤滑油を差す。
「…思い当たらないようですな。私にも詳しいことは分かりません…ただ…」
「ただ?」
「――何か渦巻く強大な“力”が貴方様を引き留めているのやも知れません」
強大な…チカラ?思考に
「フフッ…フフ、アハハハハハ…!」
軽快な身のこなしで地面を蹴り上げ、一回転した後に再び立ち上がる。その姿には、先ほどの“迷い”も“苦しみ”も一切感じられなかった。片手を己を偽る“
「おお、以前の調子が戻られたようですな。これはこれは、なんとも“面白い”!」
ラヴェンツァは、ジョーカーの変わらぬ姿を見て、目を輝かせる。
「マイ…“トリックスター”。やはり貴方は、私が見込んだ通りのお方。いつだって、私のトリックスターなのですね…!」
蓮は「クククク…」堪えるような笑い声を漏らすと、手にナイフを召喚し、それを構える。その姿はかつてと何ら変わらない、“怪盗団のリーダー”として仲間を引っ張り、強大な悪に立ち向かってきたコードネーム“ジョーカー”そのものだった。
彼は再びニヤリと口角を上げる。
「さあ、ショータイムだ!来い、“
彼の召喚に応え、体を青い炎が包み込む。そして、その炎が晴れた時、とてつもない旋風と共に現れた“もう一人の蓮”…そう、それこそが彼の“反逆の心”に呼応する『アルセーヌ』だった。
召喚に応じたアルセーヌの笑い声が、ベルベットルームに響き渡る。
「アハハハハハハハ…我は汝、汝は我。貴様の運命へ抗う“覚悟”…しかと受け取った!」