そこには壁に寄りかかり、腕を組んで神妙な面持ちの彼女がいた。
「…最初から分かってたの?私が後をつけてたこと」
「はっきりと分かったのは幸の部屋を出てから。だけど君のことだ、きっとその前から尾行していたんだろ?」
「鋭いわね…“流石”、と言ったところかしら」
蓮はフッと笑う。
「君、かなり俺のことを調べたんだろ?」
「ええ、もちろん」
「それで、成果は?」
由美子はぐっと歯を食いしばる。彼に殆ど成果がなかったのを見透かされ、それを嘲られているような気がしたからだ。しかし、実際にそうだった。
「なさそうだな」
「ええ…明確に分かったのは、二年前に傷害事件で退学になったってことだけ」
「充分じゃないか、素人にしては上出来だ」
「けど…!」
彼女は思わず踏み出す。戸惑いと混乱、そして恐怖が彼女の体を突き動かした。
「おかしいのよ!何もかも!…いくら調べても考えても、違和感しか残らない!」
「…と言うと?」
「“秀尽学園高校”、あなたが二年の時に転入した学校。それと
――“心の怪盗団”による“改心”劇…。
彼女の口から懐かしいワードが飛び出る。蓮は、彼女は疑問の核の部分にとうに辿り着いているのではないかと考えたが、今の彼女の戸惑い様から見てそれはないと推測する。
「私、それから怪盗団に関する情報を漁ったの」
「それで?」
「改心させられたのは…名だたる犯罪者、経営者、そして政治家たち。…
「…」
「その中に…秀尽学園高校教師、
蓮は、彼女の言おうとしていることが完全に理解できた。
「怪盗団も、彼を手始めに段々と獲物がステップアップするように“強大”になってゆく」
「なぜ注目の的になりやすい大物政治家を最初に選ばないの?…それは、彼らが最初の内は弱くて、身近な存在ではなかったから」
「そう考えると、鴨志田が狙われたのは納得がいく。身近で、弱い存在であったから。初期段階の彼らには都合のいい獲物だった」
彼女は一息つくと、さっきとは打って変わって落ち着いた口調で続ける。
「さっき言ったわよね、怪盗団の活動開始は貴方の転入時期と被るって」
「ああ、言ってたな」
「石ころなんかを投げ込まない限り、何もないところに波は立たない。けど、実際に何もないところから世間を揺るがす大きな“波”が立った」
既に感づいた蓮が、口を挟む。
「…つまり、俺がその
「そう。怪盗団事件の関係者…ではなく、もっと根幹に関わるような人物。いえ、もしかしたら怪盗団そのもの…」
風が屋上を吹き抜ける。干されていた洗濯物がバサバサと風になびく。
「――あなた、怪盗団のメンバーじゃないの?」
静寂と闇だけが、屋上を包み込む。止まった時間が、彼女の恐怖心を煽る。
「ふ、フフフ…フフフアハハハハハハ…」
突然、蓮が笑い出す。彼の高笑いが屋上に響き渡る。静寂を打ち破り、放たれたのは不気味な笑い声。彼女は全く予想のできない彼の“手”に戸惑う。そして、既に踊らされていた。彼女は既に彼の掌にいた。場は掌握され、ペースを奪われる。
「な、何を笑っているの!」
「…
「っ…!」
蓮は体の向きを変え、由美子と相対する。彼の真黒なシルエットが、綺麗に月に浮かび上がる。
「怪盗団に深く関わっていた、それは認める」
「…」
「“メンバー”…近い、けど違う」
「じゃ、じゃあ、あなたは一体誰なのよ!」
彼は眼鏡を中指で押し上げ、にやりと不敵な笑みを浮かべる。
「改めて…自己紹介を。“ココロの怪盗団”リーダーの“ジョーカー”だ」