「先輩ぃ……は、入らないんですか?」
アーガスノッドの街の外れ、軽装の鎧と武器に身を包んだ二人の女性が納屋の前で立ちすくんでいる。
二人の女性、イリーナとケイトは街の警邏隊隊員である。ケイトの声にいつもならシャキッとしろと先輩として活を入れるイリーナも今は何も言えずにいる。何も言えるわけがなかった。
納屋の中からは豚の鳴き声が聞こえる。ここ数日、二人はもう耳につくほど聞いた声。
びくっと体を震わせて耐えるように、何かを期待してるような、泣き出しそうな顔で固まっている。
「入りませんよね……入っちゃったら終わっちゃいますよね……」
ケイトは不安なのかとぎれとぎれに声を出してるが返答は期待してないだろう。そもそも、離れたいのであれば今すぐに背を向けて歩いていけばいいのだ。しかし、ケイトももちろんイリーナもそれができずに豚の鳴き声の漏れてくる小屋の前で固まっていることしかできない。
(どうして、どうしてこうなってしまったんだろう……)
~~~5日前~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁ、はぁっ、先輩早いですぅ!?」
「こらっ新人! もう息が切れるとは、訓練が足らない!」
イリーナとケイトは詰め所に入ってきた緊急連絡を受けて現場に走っていた。
「ひぇええ……で、でも、絶対いたずらですよ。前も同じようなことあったじゃないですかぁ」
周りは街の中心部を過ぎて建物も閑散となってきており、街の最外壁近くの農業地区に入ってきている。じゃりっ、じゃりっ、とあぜ道の走りにくい地面だがイリーナは走る速度は落とさない。
「バカっ、万が一本当だったらどうするんだっ、騎士団のおかげで魔物の数は減ったが私たちが腑抜けていいわけではないぞ」
「だって……ふぁっ、ん、街の結界でオークなんて入って、来れるわけ……ないですよ」
今回は街の外れにオークが発見されたという通報で二人が派遣されている。通報自体は外壁近くに配置された魔法具で住民からのもので信頼性はあまりない。たまに、子供がいたずらする件も確かにあるが、数年前を考えると気楽に構えることはできなかった。
「先輩まってくださいょぅ」
「む、人がいるな。あれは……」
イリーナは通報のあった納屋の近く、彼女たちと同じように武装した男性が立っているのを見つける。お互いの顔が分かるぐらいの距離で一度立ち止まり、やや警戒しながらその男を観察すると肩に騎士団の紋章が示されているのが分かった。
「あっ、騎士団の方でしたか! 私たちはアーガスノッドの警邏隊第3地区担当のイリーナとケイトです!」
「俺は確かに騎士団ではあるのだが,今は任務中じゃないのでな。オークの件を聞いてみまわっていたが、そちらの方が本職だ。あまり硬くならなくてもいいから」
年としては30~40代。戦士としてもかなりがっちりとした体形で厳つい顔つきだが親しみのある笑顔で笑う。
「はっ、ご協力感謝します!」
「はぃっ……はぁ、はぁっ、すみません、ちょっと息を整えさせてくだしゃい……」
まだ、息が荒い後輩にため息をつきつつ、納屋に近づくとかすかな獣臭と何かの鳴き声が聞こえてくるのが分かった。
「これは……」
「ああ、ちょっとまずかもしれん」
納屋は高めの1階建て、広さは大きめの食堂ぐらいはあるだろうか。窓と扉は締められている。
「え、ええ!?」
状況が呑み込めてない後輩はほっておいて、イリーナは音を立てずに扉を開ける。
中は短めの通路その先に同じような扉があり、その先に声と匂いの元があるのははっきりと分かった。
「反対側にも入口があった。俺はそっちに回っておこう」
「はい。騎士様の助力助かります。では、100数えた後に」
音を立てずに入口から立ち去る騎士。声の数からして2,3体。イリーナも腕には覚えがあり、騎士と協力できるのならそれぐらいの数なら問題ないだろう。後輩を見るとさっきまでの弱音は消えて、真剣な表情でサーベルの柄を握っている。大丈夫。
「99,100。よし、突入だ」
扉は鍵のかからないタイプ、思いっきり蹴りつけてそのままの勢いで中に入る。
「なっ!?」
覚悟はしていたが室内は目を覆う惨状が広がっていた。オークの数は4体。この辺の農家の娘達だろうか、さらってきた人間を犯して獣臭と嬌声をまき散らしている。イリーナは魔物の非道を見て怒りのまま近場にいるオークに剣を……
「先輩っ! 上!?」
「っぐ!?」
イリーナがケイトの声を理解するよりも早く、剣をオークの首に不利抜けるよりも早く、上から降ってきた重量物にイリーナは押しつぶされた。
「ぐふふ、新しいお嬢ちゃんはイキがいいのはうれしいが、危ないものはしまっちゃおうね」
「くっ、離せ!?」
200kgはありそうな巨体に押しつぶされたイリーナだが、彼女もレベルを上げて常人とはかけ離れた耐久力を手に入れている戦士だ。一瞬意識が飛んだぐらいですぐに魔物をはねのけようと身をよじる。
「っきゃぁ!?」
しかし、状況はどんどん悪化。声がした方を見るとケイトが別の部屋に隠れていたオークに武器を抑えられて、今まさに壁に押し付けられて鎧をはぎ取られようとしているところだった。
「ケイト!? くっそ、何が目的だ!」
「おお、威勢がいいのは嫌いじゃないぜ……ただ、頭のほうはあまりよくなさそうだな。オークが人間の娘を襲ってすることなんてきまってるだろうに、くくくっ」
イリーナを抑えてるオークも邪悪に笑いながら鎧をはぎ取ろうと手を伸ばす。
(まずい、だが……裏手に回った騎士殿が、このすきをついてくれれば)
オークは魔物の中では知能はある程度あるがさすがに人間の言葉を流ちょうにしゃべるということ、騎士と別れてから100秒は既に過ぎていること、天井の梁で待ち伏せするなど納屋に入る前にイリーナたちが侵入しているとわかってないとできないことなど、異常なことがありすぎたがイリーナは最後の望みにすがるしかなかった。