「へぇ……意外に普通の部屋だな」
「あ、でも見て。あれって浴室じゃない? ぼかしが入ってるけどあれってガラスだよ」
「うわっ、本当だ……」
初めて見る大人が泊まるホテルの部屋。
矢口達が取った部屋は彼の予想よりずっと普通で、それっぽい雰囲気だなと感じるのは、恐らく雰囲気を意識したものによる暗めに設定された照明と先程日高が指摘したガラス張りの浴室の壁くらいだった。
「ベッドは流石に広いなぁ」
「そだね。ちゃんと二人分以上って感じ」
「うん……」
枕元のベッドの小物置きらしきスペースにはティッシュ箱とコンドームと思われる小さな包が置いてあった。
矢口はそれを見てやはりそういった行為を目的とした場所なのだと認識した。
「……取り敢えず休もうよ。ほらベッドに座ろ」
「お、おう」
一応ソファーもあったのだが矢口がそれに言及する前に日高に先手を取られてしまった。
彼は仕方なく日高の促しに従いベッドに腰掛ける。
「おー、ふわふわ」
「ホント、うちのベッドよりふかふか。高いのかな?」
「分かんね。まぁでも俺らが使ってるのよりは高いだろ。やっぱり大きいし」
「うん、そだね……」
そこで矢口はハッとした。
日高の言葉に従いベッドに座りはしたが意識するとちゃっかり二人は肩を並べて座っていた。
(別の場所に座る選択もあっただろうに……。何も考えてなかった)
後悔というよりは自分の考えの足りなさに呆れる矢口。
そんな矢口に対して日高の内心はすんなりと自分の横に並んで座ってくれた彼の判断に嬉しい驚きに満ちていた。
(あ、凄く自然に隣に座ってくれた。嬉しい……)
「……」
「……」
部屋には流石にゲーム機程の娯楽に傾倒した物品は置いてなかったので最初こそ取り留めのない会話を続けられていたが、次第に主だった話題も尽き何となく気まずい沈黙が続くようになった。
矢口はそんな沈黙に耐えながらも薄暗い照明のおかげもあって頭が段々とボンヤリとして睡魔が強くなってきたのを感じた。
(このまま寝落ちるかな……)
そんな甲斐性のない考え矢口が実行しようとした時だった。
瞼がトロンとして彼が睡魔に身を委ねようとしかけたところで日高が言ったのだった。
「ね、お風呂入ろう」
「っ?!」
眠りの底に落ち着かけていた矢口の意識はそんな日高の一言で一瞬で覚醒した。
「は? 一緒にか?」
「え? 私、一緒になんて言った?」
「っ……わり」
自分の早とちりをした言葉に羞恥心を覚える矢口。
日高はそんな彼をニマニマと眺めながら言った。
「まぁ矢口君がそうしたいなら……」
「……なぁ俺はそれに対して何て言ったらいいんだ?」
「……知らない」
(よし、何とか無難にできた)
嘘とか冗談という言葉で否定をするのも不味いと思った直感から絞り出した言葉にちょっと不機嫌そうだが頬を染めてそっぽを向く日高。
矢口は自分の選択が功を奏した事に内心小躍りする。
「でもお風呂は入ろうよ。入った方がぐっすり眠れると思うよ」
「……確かにな。先に入れよ」
「ううん、いい。私長いから」
「俺が先でも平気か?」
「私、お父さんが入った後に抵抗を感じたりするタイプじゃないから大丈夫」
「ん、そっか。んじゃ、お言葉に甘えて」
(先に入った方が先に寝れるってもんだしな)
日高に許可を貰ってベッドから腰をあげ、そそくさと浴室に向かおうとする矢口。
だがその彼の行動は浴室へと続く脱衣所に入る扉に手を掛けた所で止まった。
「? どうしたの?」
「いや、そういや着替え……」
「脱衣所にバスローブとか置いてあるんじゃない?」
「え? あ……」
日高が言った通り、扉を開けて見ると脱衣所の中の洗面台の近くにきちんと畳まれたバスローブが並べて置いてあった。
「今着てる服は明日になったらまた着たら良いよ」
「そだな」
「あ、下着はどうする?」
「え? 下着?」
「うん、私はバスローブだけ羽織るつもり」
「それって下着も明日になったら着けるって事か?」
「うん、だってせっかくお風呂に入って綺麗になったのにまた今まで着ていたのを着るのって嫌じゃない? せめて寝てる間までくらいは」
「……それは俺にも同じようにしろって事か?」
「……それは矢口君の自由だけど?」
「……」
矢口は考えた。
日高の言うことも一理ある。
だが彼女の言葉通りにするならバスローブの下は全裸ということになる。
自分ひとりだけの状況ならまだしも、親しい友人とはいえ異性の直ぐ近くでそんな状態になるのは流石に鈍い矢口でも不味い気がした。
「私は気にしないよ?」
そんな彼の懸念を揺さぶる日高の言葉。
(気にしなくても俺は気にするんだよ。あーもう、どうしたら……)
「まぁ一回直に着てみて考えてみたら?」
「……そうする」
確かにこのまま棒立ちであれこれ悩んでも時間の無駄だった。
矢口は一旦バスローブの事は頭の隅に置いて取り敢えず風呂に入ることにした。
パタンとしまる脱衣所の扉。
それを認めた日高は次の行動に移る心の準備を自分の服に手をかけながらするのだった。
前話と同じくらいの文章量ですね。
計3話くらいで終わると思っていたけどもう少し長くなりそうな気がする。