童貞がインキュバス(仮)に転生したのでレビュアーズに入ります。 作:ナットーごはん
カズオ達が魔法都市で遊んでいる頃、お馴染み食酒亭はというと……
「あー忙しい忙しい! えっと、次は……」
「メイドリー先輩。3番テーブルから5番テーブルのお客様まで、お料理、作ってお運びしておき…ましたっ!」
「メイちゃんありがと! 悪いけど6番テーブルもおねがいできる?」
「はいっ! お任せくださいっ!」
クリムという給仕係が一人足りないせいで、普段よりも若干忙しめな食酒亭ではあるものの、給仕と厨房、どちらも担当出来るメイが働いてくれているおかげで、お昼の混雑時であってもわりと平常運転の食酒亭であった。
「ふぅ……何とか乗り切れたわね……メイちゃんがいてくれて助かったわ。私とツタさんだけだったらきっと地獄の忙しさだったもの。」
お客の波も引いて、一時の休息時間。
空いたテーブルの後片付けをしながら、メイドリーとメイは軽い雑談タイムに耽っていた。
「い、いえっ、メイドリー先輩。その、私なんかの拙い接客なんかで、あの……大変申し訳ないです……」
「そんな事ないわよ。メイちゃんはいつもすっごく真面目に頑張ってくれてるし。」
「そ、そうでしょうか……? え、えへへ……」
「そうよ。スケベ共に釣られて、お店ほっぽり出して遊びに行っちゃうような
「あ……えっと……く、クリム先輩も、その……真面目だし、素敵な方だと思います……よ?」
「それは分かってるんだけどね……でもすぐにスタンク達についていく、あのスケベ癖だけはどうにかならないのかしら?」
「あはは……」
そんな感じで、とりとめのない会話を楽しむ二人。やがて会話の内容は、スタンク達から、メイの想い人について切り替わっていった。
「そう言えばメイちゃんてさ、カズオくんがサキュバス店に遊びに行くのって、嫌だったりしないの?」
「……えっ?」
メイドリーは前々から気になっていた疑問を口にしてみた。
ドン引きするくらいカズオにベタ惚れのメイだが、普通に考えて好きな人がエッチなお店に頻繁に遊びに行くなんて嫌だろう。
「……あの、えっと……メイドリー先輩……私も昔、サキュバス店で働いていたんですけど……」
「いや、メイちゃんのはノーカウントみたいなものでしょ? お母さんの為に仕方なく働こうとしてただけだし、しかも相手をしたお客さんだってカズオくん一人だけなんでしょ?」
「は、はい。カズオさんとだけ……です……え、えへっ♡」
メイドリーに言われ、カズオとの初体験エッチを思い出したのか、頬に両手を重ねポッと赤くなるメイ。
メイの性経験は今のところ、あの時(21話で)カズオに抱いてもらったのが最初で最後である。
「えっと……それでメイちゃんは嫌じゃないの? カズオくんがそういうお店に行くの。私だったら好きな人がそういうお店に行くのって耐えられないけどなぁ。」
「……。 私はカズオさんが楽しそうにしているのなら、それが一番だと思います。」
「あー……そうだった。メイちゃんはカズオくんの事、全肯定マシーンだったわね……」
「カズオさんの事全肯定マシーン!?」
なんだその呼び名は!? と、思わないでもないメイだったが、カズオに関しての称号だと思えば満更でもなくなってしまうから不思議である。
「べ、別に私、カズオさんの事を全肯定してるつもりではないんですけどね……え、えへへ……♡」
「……メイちゃんてホントにカズオくんの事好きなのね。」
「ぁぅ……えっと、は、恥ずかしいです……」
「でもさメイちゃん……メイちゃんてさ、カズオくんがサキュバス店に行っちゃった後、いつもちょっぴり寂しそうな顔してるわよ?」
「え……!?」
今までカズオを笑顔で見送ってきたつもりだったメイは、メイドリーに指摘された内容に小さな目を大きく見開いた。
「え、えっと……そ、そんな事は……」
もじもじと言い淀むメイ。若干の思うところがあったらしい。
「……」
「……」
「……その、私……カズオさんがサキュバス店に遊びに行く事自体は、大丈夫なんです……けど……」
「けど?」
「……たまに、その、ちょっとだけ……カズオさんには、サキュ嬢さん達じゃなくて……わ、私の事を……見て欲しいな~なんて……そ、そんなおこがましい事を、考えてしまう事があったり、しちゃったり……す、すみません……!!」
「いやメイちゃん。それ全然おこがましくないわよ!?」
目に見えて落ち込んでしまったメイに、メイドリーは慌ててフォローを入れる。
そもそも好きな人に自分を見てもらいたいと思うのは当然の感情であろう。しかしメイはふるふると首を横に振った。
「メイドリー先輩。私はカズオさんにたくさんの幸せを貰いました。お母さんの治療費を立て替えてもらって、温かい職場を紹介してもらえて、それに、は、初恋まで……その……経験させてもらいました。なので、これ以上の事を望んじゃうのは欲張りです。」
「でも……」
「そもそも私みたいな醜い女が、カズオさんのそばで働かせて貰ってるだけで身に余る光栄なんです。振り向いて貰おうなんて思ってません。私が勝手に、カズオさんの事をお慕いしているだけなので……」
そう言ってメイはニコリと笑った。哀愁にまみれたその笑顔に、メイドリーは「うわぁ……」と思った。
あの目は本気で自分なんて……と思っている目である。
(前々から思っていたけど、メイちゃんて極端に自分に自信が無さ過ぎるわ……)
あまりに自己肯定感の低い後輩に、メイドリーは深くため息をつくのだった。
と、そんなこんなでおしゃべりをしていると、また一人、新たに男性客が食酒亭へと入店してきた。
「! あ、い、いらっしゃひませぇ!」
すかさず接客へと向かうメイ。
「……」
「えっと、お、お一人様でしょうか?」
「……」
「? あ、あのぉ……?」
入店してきたお客は、キラ~ンという効果音が聞こえてきそうなほど美しく、ハンサムな美青年であった。
頭にツノが生えており、髪の毛は長く黄金色。カズオとはまた違ったタイプのイケメンさんである。
青年はメイの姿を瞳に映すと、バサッと髪をかきあげてウィンクを飛ばした。
「生卵……ください。」
「へっ? ……あ! ご、ご注文ですね! 生卵をお一つ。」
「それと、キミとの情熱的な一夜も欲しいな。」
「はい?」
不穏な空気が、食酒亭にて蔓延した。
・
・
・
「ふー……えらく久しぶりに帰ってきたなぁ……」
「そだねー。」
魔法都市を満喫したスタンク、ゼル、カズオ、カンチャル、クリムの五人は、十数日ぶりにいつもの街、中央街へと帰ってきたのだった。
「はぁ……」
「ん? どうしたクリム。元気がないぞ?」
「あ、はい……ボク、勢いで出ていってしまいましたけど、メイドリーさん怒ってないでしょうか……?」
食酒亭に向かって歩を進めていく一行であったが、クリムだけその足取り……いや、羽取りが重かった。
仕事を二週間以上サボってサキュバス店に遊びに行っていた事が後ろ暗いのだ。
「そりゃ怒ってるだろ。」
「メイドリーの事だ、きっと鬼みたいになってるな。」
「もう諦めなよ。」
「で、ですよね……」
上からゼル、スタンク、カンチャル、クリムの順。
他人事なので面白半分に脅してくる三人にクリムは目に見えて落ち込んだ。
それに対し、カズオは笑いながらクリムの頭に手を置いた。
「ははは、まあでもメイちゃんもいるし大丈夫だとは思うよ? それにもしも本気で怒られた時は、そんときゃ俺も一緒になって怒られるよ。クリムの事魔法都市に誘ったの俺だしね。」
「か、カズオさん~……! そういう事言ってくれるのはカズオさんだけですよ~!」
「おお、泣くな泣くな。よしよし。」
「まーたカズオのやつがクリム甘やかしてるよ。」
そんな感じでわちゃわちゃしながらも食酒亭へとたどり着いた5人。
さて、久方ぶりの食酒亭だが、メイドリーの怒り具合はどれ程のものか? スタンクが入り口扉をギイッと開く。すると――
「ん? あああー!! よかった、やーっと帰ってきた!!」
さっそくとばかりに、メイドリーが迎えに出て来てくれた。
怒られると思っていたクリムは、ビクッと震えてカズオの背中にしがみついたが、メイドリーの様子が特に怒っているようなものではなかったので、そのままキョトンと首を傾げる。
「あれ? 怒ってない?」
怒るどころか、メイドリーは五人が帰ってきた事に安堵の表情を浮かべていた。
「ふぅ……実は三日ぐらい前からあなた達にお客が来てるのよ。」
「客? 俺達に?」
「そう。だからさっさとあの人をどうにかして!! メイちゃんが特にもう限界なのよ~!!」
メイドリーが指を差した方向を見てみると、そこには頭に二本のツノを生やした金髪イケメンの男性が、グラスに入った生卵をチビチビとスプーンで
そしてそのすぐ側には、顔を真っ青にしたメイがフラフラと立ち尽くしていた。
「メイちゃん!?」
「ごはっ!?」
あまりにも顔色の悪いメイ。それを見た瞬間、カズオは目の前に立っていたスタンクを押し退け、即座にメイの元へと駆け出した。
「メイちゃん! どした!? 大丈夫か!?」
瞬時にメイの背後に回ったカズオは、そのままメイの背中を抱き止めて支えた。フラ~っと後ろにのけ反ったメイの視線とカズオの視線が合わさる。
「…………」
「メイちゃんっ!」
「……カズオ……さん……?」
「おう。俺だ。」
「……う、うぅ……カズオさぁん……」
カズオの顔を瞳に映したメイは、そのままボロボロと涙を流し始めた。
「カズオさん……カズオざんん……!」
「よしよし。何があったか知らんけど、もう大丈夫だぞ……! 俺がいる。」
「えぐっ、ひぐっ……!」
「……」
できるだけ優しくメイの背中を撫でながら、カズオは、恐らくメイを泣かしたであろう目の前のテーブル席に座る金髪イケメンをギロリと睨み付けた。
男はキラ~ンと白い歯を見せながら、やれやれと首を横に振る。
「ああ、キュートな瞳のハニー……あれだけ言ったのに、どうしてその男の胸に抱かれているんだい? 胸ならボクが貸そう。さあ……おいでっ!!」
そう言って男は立ちあがり、一人でバッと腕を広げた。
あまりにシュールな光景に、カズオ、並びにスタンク達は全員ポカンである。
「おい、メイドリー……何なんだよあいつは?」
「知らないわよスタンク! あなた達に用があるからって三日前からうちに入り浸ってるのよ! しかもあの人、生卵一個で一日中粘るのよ!?」
「……見た目はゴージャスなのにセコいな……」
「それに、店にいる間は私とメイちゃんの事をず~っとナンパしてくるしっ! 上手くかわせる私はともかく、メイちゃんが可哀想だわ! さっさとあなた達の用事を済ませて帰ってもらってちょうだい!」
そう言ってメイドリーはぷんぷん怒って他の客の接客へと戻っていった。
正直スタンク達もかかわり合いたくなかったが、このままカズオ一人に任せて放っておく訳にもいかない。
「……はぁ……なあゼル、あの金髪男、あれ何だと思う?」
「種族はインキュバスっぽいな……しかも上級クラスのインキュバスだ。」
「ふーん。なら同じインキュバスであるカズオの関係者かな?」
「そんな感じには見えませんけど……」
上からスタンク、ゼル、カンチャル、クリムの順。四人は、そのままカズオ達の元へと歩を進めていった。
「おーい、カズオ。どうした?」
「あ、スタンク! どうしたもこうしたもないよ! このギラギラ男、三日くらいかけてず~っとメイちゃんの事ナンパしてたんだって!! メイちゃん人付き合い苦手なのに……お陰でメイちゃんぐったりだよ!!」
「はぅぅ~……っ♡」
見ると、メイは確かにぐったりしていた……が、今のそのぐったりは、どうみてもギュ~っとメイの事を抱き締めたまま離さないカズオの方に責任があると言えるだろう。
真っ青だったメイの顔色が今はもう真っ赤だ。
同じイケメンのインキュバスが相手でも、個人によってこんなにも反応が違うのか……
とりあえずメイについては大丈夫そうなので、スタンクは目の前にいる金髪インキュバスに声をかけた。
「……で、あんたは?」
「やあ。ボクの名はレビト・シアリグラ。世界中の全ての女性を愛するのが夢なしがないインキュバスですよ。……ところで、あなた方がこのレビューの筆者ですか?」
レビトと名乗ったインキュバスの青年は、そう言って一枚の紙切れを取り出した。
それは紛れもなくスタンク達の書いたサキュバス店のレビュー記事である。
「ああ、確かにそれは……」
「俺達が書いたものだが……」
スタンクとゼルがそう答えると、レビトは分かりやすくため息をついて首を横に振った。
「そうですか。はぁ……あなた方のレビュー……女性に対する理解度が低すぎます。」
「「「「へ……?」」」」
突然のダメ出し。スタンク達は間の抜けた声を漏らした。
「いいですか? あなた方のレビューは、女性の悪いところばかり大きく見て、美しい面を見逃している例が多いのです!」
「……はぁ。」
「そこでボクは、君達が魅力を理解しきれなかった娘達の魅力を改めてここに示す事で、彼女達の再評価に繋げたい!」
「……」
どうやらレビトは、スタンク達の書いたレビュー記事の点数が気にくわなくてわざわざここまで文句を言いにやって来たらしい。
レビトは今度は自分の書いたレビュー記事を取り出すと、それをスタンク達に手渡した。
―――――――――――――
インキュバス。レビト・シアリグラのレビュー。
●エルフ500歳くらい
10点
●人間50歳くらい
10点
●スケルトン
10点
●ダゴン
10点
●フェアリー
10点
●サラマンダー
10点
●その他もろもろ
10点
―――――――――――――
読んでみるとそれは、ものの見事に10点満点しかないレビューだった。
「く、クソの役にも立ちゃしねぇ……」
「というかこの人……」
「女というだけで誰でも満点なんじゃ……?」
揃って微妙そうな顔をするスタンク達。
挿入する所も何も無いスケルトンにまで10点をつけている事に関しては、ドン引きを通り越してもはや意味不明ですらある。
「ふっ……女性とは全て魅力的なのです! その絶対的な法則を世の男性に知らしめる為に、ボクはこのレビューを書きました。」
「……」
「特に……あなたにねっ!!」
「……………え? 俺?」
レビトはフッと息を吐き、カズオに向かって指を差した。
突然の名指しにカズオは頭に「?」を浮かべる。
「そうです! ボクは同じインキュバスとして恥ずかしい! どうしてあなたはインキュバスであるのに、女性達にこんなにも低い点数をつける事ができるのですか!?」
そう言ってレビトが手に取ったのは、今までカズオが低得点を記してきたサキュバス店のレビュー記事だった。
ウィルオーウィスプ専門店《はなぞの光》1点。
産卵ショー観賞店《ナマタマゴ》0点。などなど……
「それにあなた、単眼店……つまり、そこのキュートな瞳のハニーにも7点をつけていましたね?」
キラッ☆とメイに輝く視線を送るレビト。カズオの胸の中でメイが「ッ!?」っと、小さな悲鳴をあげた。
「……まったく、どうしたらそんなにも魅力的な女性に7点なんてつける事ができるのですか? ボクなら間違いなく、彼女に10点をプレゼントする自信がありますよ……ふふふふふ……」
ハァハァと息を荒げるレビト。それを見て、せっかく元に戻ったメイの顔色がまた青くなっていく。
カズオはそんなメイをさらに強く抱き締めた。
「女性の魅力を十全に理解しきれないあなたよりも、全ての女性を愛する事のできるボクの方が、彼女を幸せにできると思うのですが……どうですか?」
ニヤリと挑発的な笑みを向けてくるレビト。
それに対してカズオは――
「……いや、知らんがな。」
真顔でそう返した。
「はっ?」
この返答は流石に予想外だったらしく、レビトは目を点にして固まってしまった。
「あー、えっとだな……俺からあんたに言える事は三つ。まず一つ目だけど、俺は別にあんたみたいに全ての女の子を愛する為にサキュバス店に行ってる訳じゃねーの。俺がサキュ店行く理由は、ドライな体の関係を楽しむ為なの。所謂大人の遊び。なっ!」
ふんっと鼻を鳴らすカズオ。
「それから二つ目! 10点つけないのはおかしいとか言われても知らんっ! あんたが誰にどんな点数をつけようがあんたの勝手だけど、それを他人にも求めるな! 俺は俺の正直な感想を書いてるだけだ!」
カズオは一旦メイを離し、レビトの元へと近寄っていく。
「そんで三つ目!!」
「え……あ……」
そこでレビトの顔に初めて焦りの色が生まれた。
カズオの顔が、どう見てもぶちギレていたからだ。まるで般若のようである。そんなに怖くなれたのか、このイケメンフェイスは。
「あんたさ、メイちゃんの幸せがどーのこーの語る前に、まずなぁ……」
「ヒッ!?」
「メイちゃんの事を、泣かすんじゃねぇよッ!!!!」
「う、うわぁあああああーーッ!?!?」
カズオはレビトの胸ぐらを掴み上げると、そのまま店の外へと思いっきり投げ飛ばした。
食酒亭の外でドンガラガッシャーン「ぎゃー!!」という、レビトの物凄い悲鳴が響いたが、カズオは外を見ようともしない。
パンパンと手を払って「二度とくんな。」と吐き捨てた。
「「「「「「……」」」」」」
シーンと静まり返る食酒亭。流石のメイドリーも唖然とした様子で固まってしまっている。
沈黙を破ったのは、なり行きを見守っていたスタンク達だった。
「いや、なんていうか……カズオのマジギレって初めて見たわ……」
「こぇぇ……カズオ普通にこえーよ。」
「普段温厚な人って、怒ると怖いってよく言うよね。」
「だけどメイちゃんさんの為に怒るカズオさんは、ちょっとかっこ良かったかも……!」
上からスタンク、ゼル、カンチャル、クリムの順。
ちなみにメイは突っ立ったままポカーンとしていた。
「ふぅ……」
レビトを投げ飛ばしたカズオは、そのままクルリと振り返ると、「おさがわせしましたー!」と、食酒亭で飲んでいた客ら全員に頭を下げて、それぞれに一杯ずつリンゴジュースを奢ったのだった。「いや、どうせ奢るのなら酒にしろよ!」とはスタンク談である。
・
・
・
そんな感じで、ちょっとした騒ぎになった食酒亭であったが、10分もすればお客も店側も全て元通りであった。
スタンク達は久しぶりの食酒亭で食事とエールを楽しみ、クリムは馬車馬のように働かされている。
「……」
そんな中、メイだけはいまだに店の真ん中でポカーンと突っ立っていた。
「おーい、メイちゃん。大丈夫?」
「……へっ? あっ!! ひゃ、ひゃひぃ?! か、かじゅ、カズオさんっ!!?」
「はい。カズオさんだよ。」
フリーズしたまま動かないメイにカズオが声をかけると、ようやくメイはビクンッと震えて再起動を果たした。
顔は真っ赤で、目の中には大きなハートマークが浮かんでいるが。
「はぅぅっ♡♡ あぅぅ……っ♡♡♡♡」
「ど、どした? メイちゃんホントに大丈夫? さっきの奴に何か変な事をされたとか!?」
「だ、だだ、大丈夫……です……あ、あの……か、カズオさん……」
「ん?」
「さ、ささ、先程は、その、た、助けていただいて……あ、ありが、ありがひょうごじゃいまっひゅぅ……! わ、私、さっきの人が、凄く苦手で……! 困ってて、それで……!」
「ああ、いいよいいよ。メイちゃんが無事だったならそれで。」
「はぅぅ……っ!?♡♡♡♡」
「それよりさ、注文いい? 俺、久しぶりにメイちゃんお手製のアップルパイが食べたいんだけど。」
「!! は、はひっ! と、とびきり美味しいの作って持ってきますので……! ま、待っててくださひっ! カズオさん!」
「うん。待ってるよ。」
「ッ~~♡♡♡」
メイはそのままフラフラと厨房へと歩いていった。
「……」
そうして店の裏側に着いたメイは、そのままガクンと腰を抜かした。
「あふぅ……♡♡♡」
「うわっ!? メイちゃんどうしたの? 大丈夫?」
「しゅ、しゅみません女将さん……ッ♡♡♡ だ、大丈夫じゃないかもしれましぇん……ッ♡♡♡」
「ええー……? メイドリーちゃん……これ、メイちゃん何があったの? ……たぶんカズオ君絡みなんだろうけど……」
「お察しの通りです。」
プシューっと頭から湯気を蒸かすメイに、食酒亭女将であるツタは怪訝そうな目を向ける。
メイは何やらボソボソと呟いているようだった。
「だ……めぇ……♡♡ な、なんで? なんでですか? カズオさん……♡♡♡ あんな風に助けていただいたら、私……♡♡♡ う、嬉しぃぃ……♡♡♡ 嬉しいのぉ……♡♡♡ も、もうこれ以上、好きにならせないでほしぃのにぃ……♡♡♡ 大好きな気持ちが……と、止まらないよぉ……♡♡♡ 好き……♡ カズオさん好きィィ……っ♡♡♡」
あまりにも幸せ好き好きオーラに満ち溢れているメイに、メイドリーは苦笑いを浮かべながらも「まあ、仕方ないか……」と思った。
ここ三日ほど、あのレビトとかいうインキュバスに、メイはそれはもうしつこくしつこくナンパをされてきたのだから。
『
『ボクならキミの全てを愛してあげられる……』
『さあ、ボクの胸に飛び込んでおいで……!』
みたいな事を、メイは毎日毎日囁かれ続けていた。
ナンパに対しては微塵も
――自分みたいな存在では、カズオさんの心を動かす事なんて、出来ないだろうな……
「……そう、思っていたのに……♡」
実際は違った。カズオはメイの為に、今まで見たことのないほどの形相で怒りをあらわにしてくれた。
メイの事をちゃんと……見ていてくれたのだ。
「……」
メイはグッと握りこぶしを作った。
「あの、メイドリー先輩……」
「ん? どうしたの? メイちゃん。」
幸せの余韻の中から帰ってきたメイが、おそるおそるといった感じでメイドリーに声をかける。
「私、ちょっとだけ……勇気を出してみたいと……思います……!」
「! うん。頑張って、メイちゃん!」
メイはカズオに注文されたアップルパイを作ると、そこに一枚のメッセージカードを添えた。
これが今の、メイにとっての、精一杯の勇気である。
《いつもありがとうございます。カズオさん。大好きです!》
ちなみに、店の外に投げ飛ばされたレビトだが、グルグルと目を回していた所を「浮気は許さないわ……」と呟く鬼っ子に回収されていったとかなんとか……
その後、レビトの姿を見た者はいない。
感想、評価もらえると嬉しゃすです。