だがいざなると、大概の創作物では最終的に死や終わりを求める。そうして永遠の柵に囚われ、苦しみ続ける…と言うのがよくある話だ。
立香の傍で横になる彼女も、所謂その不老不死と言う類いである。彼女がただ愛する者のために待ち続けたその刻は、人の身では耐えられないような苦痛があっただろう。
そんな彼女も、今や少しでも憩いを感じているのだろうか。
大きなお世話だと思いつつも、人類最後と評されたマスターは、彼女の身に平穏が訪れんことを願い続ける。
*
「……何してるんですか。」
「嗚呼、戻ったのね。おかえり。」
シミュレーションを終え、マイルームに帰った立香が放った呆然とした言葉。それに対して帰ってきたのは(ほぼ)同棲相手のサーヴァント、虞美人の出迎えの声だった。
彼女はどうやら立った状態で髪を結っていたらしく。…しかし、その髪型はいつもの三つ編みとは違っており、
「……えっと、だから何してるんですか?」
「何よ、お前が毎日ああ呼ぶから、こう言う格好をしたってのに。」
そこに在ったのは嘗てのカルデアのAチームのメンバー、そしてクリプターの一員でもあった芥ヒナコその人だった。…ご存知の通り、虞美人とヒナコは同一人物であり、これらは正体を隠すのに使っていた偽名と偽りの姿に変わりはないのだが。
然し今、立香の目の前にいる彼女は、二つ括りの髪に幾つか装飾のある白い服、そしていつもの黒縁眼鏡を掛けている紛れもない芥ヒナコその人だった。
「ぐっちゃん先輩って呼ぶと怒るから俺なりに工夫して呼んでただけなんですけど…。」
「お前…職員の中には私の事を知っている者が居るのを分かって言ってるの?そう呼ぶ度に奴らがどう思ってるか…」
その職員とて今や気になどしてないだろう、と思った立香だが呟くのは野暮であり。
姿は確かにヒナコそのものだが、呆れの混ざった怒り方は間違いなく虞美人そのものだ。…それが彼女の素顔だと言われれば、それまでなのだが。
「でも可愛らしいじゃないですか。ヒナ先輩って響き。俺は好きですけど、もしかして嫌いなんですか?」
「言葉遊びに好きも嫌いもないわよ。…只、少しはお前が喜ぶかと思ったから、私は…。」
外方を向いて小さく呟く虞美人。元々尽くす派の彼女だとは思っていたが、その対象がこちらに向くとは思いもしなかった立香は、また一歩彼女との距離が縮まったのを実感する。
「うん、嬉しいです。先輩が俺の事考えてくれたのが。…にしても良く残ってましたね、その服。何処にあったんです?」
「残ってる訳ないでしょ、南極じゃあるまいし。…魔力で再現したのよ。」
そう言うと立香のベッドへぽふ、と腰掛ける虞美人。すると近くのテーブルに置いてあった一冊の本を手にする。
「…まだ持ってたのね、これ。捨てたのかと思ってたわ。」
「ああ…それですか。先輩から貰ったものですし、捨てる訳ないじゃないですか。」
やや草臥れた本を手に取り、パラパラと捲る虞美人。立香も歩み寄り、彼女の横に寄り添う様に腰掛ける。
「…そ。なら好きにしたら良いわ。もうあげたものだし。人の所有物にとやかく言う筋合いもないしね。」
「まだ途中までしか読んでないんです、それ。ちゃんと読んで大切にしますね。」
そう言うなり彼女は机の上に本を置く。かつて愛用した"盾"に対して、未練など全くないように。
「……で、そろそろこの格好の感想でも言ったらどうなの。態々準備してやったって言うのに。」
「んと、いつもと違って新鮮と言うか…。その服の先輩ってデータベースか敵としてでしか見てませんでしたから、その…えっと……、」
じっと相手を見つめながら問い掛ける虞美人に対し、やや目を逸らしつつも思ったまま答える立香。彼女の二つ括りの髪を静かに撫でながら。
「つまらない反応ね。人間らしく周りくどい言葉。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。今更何か隠すような関係でもないでしょ、私たち。」
「………すごく、エッチです。」
「……………、は?」
言われた通り素直に返す立香。数秒の沈黙の後、彼女の呆れた声だけが部屋に響いた。一度ため息を吐いた後、物言いたげな目線で見つめ返し、虞美人は口を開いて。
「…最近遠慮がないわね、立香。…確かに言えと言ったのは私だけれど、ムカつくから吸わせなさい。反論は許さないから。」
「えぇ……、分かりました。じゃあシャワー浴びて来ますから、少しだけ待っ……ッ…!」
言い切る間も無く彼女に押し倒される。見た目がヒナコでも、中身がサーヴァントなら力で勝てる訳もなく、されるがままで。
「…ふん、良いスパイスだわ。お前の嫌そうな顔も見れて最高ね。」
「……先輩が良いなら別に良いですけど……ッ…」
艶美な微笑みと舌舐めずり。艶やかな彼女の姿に若干の興奮を覚えると、首筋に走る小さな刺激。彼女の小さな牙が立香の首に突き刺さる。
「……んく、…んく、」
夢中で吸い付く虞美人に押さえつけられ、身動きが取れない立香。せめてもの思いで彼女の腰に手を回し、背中からゆっくりと摩る。
こうなった彼女は一時間以上離れない。余程の事がない限り離れようとすらしない。
「……んっ、…ぷはっ。……何よ、その目は。」
「…いつもと同じが良いです。」
「…分かったわよ、なら早く座りなさい。」
言われた通りベッドの端に腰掛ける。すると慣れた様に対面座位になろうとする虞美人。然し立香の体の膨張する一部に目が行った様で。
「……えっち。」
仲の良い恋人が紡ぐ様な、甘い言葉。人間社会に馴染みすぎたと自身で自覚する虞美人。
それだけ呟くと、モノを刺激しない様に立香の上に座り込み、再び手を回して首筋に牙を向けて吸い付く虞美人。首筋に走るチクッとした感覚と共に、同じ様に手を回し返す立香は、時折彼女の髪を撫でながら。
静寂が二人を包む。まるで世界に二人しか居ないかの様な時が流れ続け、それがとても長く感じる。
どれ程の時が流れただろうか。唇を離し、肩に手を置いては少し顔を離し、じっと目を合わせる虞美人。その口端には一筋の紅い滴が流れており、艶やかな笑みを浮かべて。
「…ホント癪ね。なんでこんな奴を……」
「…ヒナ先輩?もう良いんです………ッ!」
瞬間、口に広がる血の味と執拗に絡む舌。されるがままに受け入れる立香は彼女の頭に手を回し、目を閉じつつも何度も息継ぎを重ねながら応え続ける。無論、その興奮は最早隠せない域に達しており、一目瞭然。彼女も視線が逸らせなくなったらしく。
「……何よ、したいの?」
「……………はい。」
観念して俯きながら小さく返事をする立香。溜息と共に呆れた様に「なら早く脱ぎなさい」と急かす虞美人は再びベッドへ腰掛けて目を閉じて待つ。
下を脱ぎ、そそり立つソレを隠す事なく彼女の隣に座った立香はそのまま虞美人の唇を塞ぐ。幾度と絡む舌と唾液はやがて甘い蜜の様に蕩けて糸を引く。そして彼女が指先で魔術を使い、服を脱ごうとした矢先。
「そのままで、良いです。…と言うかそのままが良いです。」
「…………変態。」
彼女の口から出たもの、今度は本心からの侮蔑。だがその表情は頬を赤く染め、目を逸らしたままで。魔術の行使を中断し、立ち上がっては服の隙間から下着だけを態とらしく落とす虞美人。そのまま座り込んだ立香に跨がり、幾度目となる対面座位になり、彼のモノをそのまま挿入する。
「ッ………、もっと寄越しなさい、立香。」
「…別に良いですよ。どうぞ、ヒナ先輩がしたい様に。」
再び首筋に彼女の牙が当たる。ちう、と血を吸われながら彼女の体がたん、たん、と上下に揺れる。締め付けられつつ、下から来る快感と首に走る刺激は立香の思考を次第に鈍らせていく。快感に溺れるようになっていくが、それは立香だけでなく彼女にも言える事だった。体の動きを止めず、虞美人は立香の顔を真っ直ぐと見つめ。
「…ッ、はぁっ……、ホント、ムカつくっ。なんでこんなので…っ」
「先輩、気持ちよくないんですか…ッ?」
「馬鹿っ、そんな訳ないでしょっ。…ちゃんと、気持ち良いからっ…そんな顔するな……っ。」
彼女の言葉に思わず眉下がる立香だったが、それに帰ってきた言葉を聞いて主人を見つけた子犬のように顔が明るくなる。それを見て照れたのか、立香に抱き付いては牙を立てる事なく顔を埋める虞美人。部屋に響く水音と彼女の抑え気味の声は立香の情欲を掻き乱し、神経を麻痺させる。
「ちょっ、立香…っ!急に何を……、んんっ!」
吹っ切れたように彼女を抱え、ベッドに寝かせる。そのまま彼女の唇を塞いで本能のままに腰を打ち付ける。回数を重ねる毎に快感は増し、彼女の膣内はきゅうきゅうと魔力を求めて締め付ける。彼女の幾つかの弱点のうちの一つである、恥骨の下の小さな領域を責めつつ、今度は立香が彼女の首元に歯を立てることなく吸い付く。フリーになった唇からは彼女の罵倒が飛び交う。
「やめろっ、お前、分かっててそこばかりっ…!ちょっと格好変えたら、直ぐに興奮してっ、ばかっ♡ このばか後輩っ♡ 聞いてるのっ♡ 」
そんな言葉を耳にしつつ、立香は強く彼女の首元に吸い付き、痕を残す。付けられたその痕跡は言葉より強く所有感を表し、さらに昂る。
「…宝具とか使って、消しちゃダメですからね。…いつもの格好してると見える位置に付けましたから…っ。」
「これだから人間は…っ、直ぐに独占しようとするっ。…そんな事しなくても、私はっ…もう今更…ああっ♡ 」
激しさを増す水音。最早、今の二人に正常な判断など出来ないほどに思考回路は掻き乱れていた。只ひたすらに、本能のままに互いを貪り合う。例えそれが種族という垣根を越えた関係だとしても。
「……そろそろ、俺っ…」
「…んっ…、立香っ……出しなさいっ♡ いっぱい、いっぱい♡ 私のナカに、早くっ…♡ 」
誘うような、甘い声。然しそれだけでは終わらずに、逃すまいと脚を絡ませて、彼女は更に立香の耳元で誘引する。
「………出し、てぇっ……♡ 」
蚊の鳴くような、小さな声。然しそれは確かに立香の耳に入り、思考を真っ白にさせた。そのまま奥深くに打ちつけ、立香は溢れんばかりに精を注ぎ込む。遠慮など一切ない、本気だった。
「あっ♡ ダメ♡ イクっ♡ 出されてイっちゃうっ♡ …んぅっ────♡♡ 」
全てが終わった後、幾度か静かに唇を重ね、彼女の横に寝転ぶ。行為が終わった後はいつも決まって唇を重ねて横に並ぶ。立香自身も嫌いではなかったが、どうやら彼女の方が好きらしく、決まって甘えた目でキスを強請ってくる。
「……で、何してるんですか。」
「…お前が痕を付けるから。そのお返しよ、これは。」
いつもの口調と顔つきに戻った虞美人は立香の上の衣服を剥ぎ取り、首筋だけでなく胸元や肩、横腹に背中まで自由気ままに。挙句の果てには手に宿った令呪の上に重ねて痕を残す。
「…これ、どう足掻いても見えるじゃないですか。隠せませんし。」
「当たり前でしょ。私は項羽様……と少しだけお前のものだけれど、お前はもう私のものなんだから。大人しく付けられておきなさい。」
無茶を言う。然しされてしまったものはどうしようもない。諦めてそのまま従う事にすると決めた立香はそのままそっと虞美人の頬に触れて。
「……少しだけ、俺のものなんですね。」
「ん……じゃなきゃこんな事もしないし、お前の為に服など着たりしないわ。…それくらい分かりなさい、この馬鹿。」
ぶっきらぼうに呟いた虞美人は眼鏡を外す。そのまま横になって立香の胸元へと寝転ぶと同時に、足元で転がってた布団を被り、今一度小さな声で呟く。
「……看取るって言ったでしょ、もう逃げられると思わない事ね。」
「…もしかして先輩、寂しかったんです?」
口にしてからハッとする。思わず口にしたその台詞はあまりにも考えなしだったと。彼女のプライドを傷つけてしまうのではと。怒鳴られるのを覚悟してぎゅっと目を閉じる。しかし彼女から怒号が飛んでくる事はなく、静かに淡々と呟き始める。
「…逆に聞くけど、寂しくないと思う?最愛の御方を想い続け、二千年をただ一人で。人には化物と蔑まれ、温もりもなく、今と言う時を嘆き続ける日々を。…寂しがり屋のお前なら尚更分かるでしょ、立香。」
帰ってきた言葉は普段の彼女とは真反対の少し弱気な、彼女にしては珍しいものだった。
彼女に言われた通り、寂しがり屋を自覚する立香にとって、彼女の最後の一言はまさに図星だった。一人で生きていくなど考えるだけで恐ろしいと。
「…だから私はお前のもの。精々私を飽きさせないように頑張りなさいよね。じゃなきゃ私がお前を殺すわ。」
「…死ぬ時は寿命か、誰かの為になりながらって決めてたんですけど。先輩に殺されるならアリかな、なんて。」
「…何、お前そう言う趣味?ホント、人ってのはよく分からないわ。」
呆れ声と共に、ワザとらしく立香の腕に噛みつく虞美人。吸血が目的ではなく、胸の内に巡る不可解な気持ちを誤魔化そうとしたらしい。
「………痛いです、ヒナ先輩。」
「ッ……、なんで私がお前に…人間なんかに独占欲なんて抱かなきゃいけないのよ。」
その呟きは哀しきものか。…どうやらそうでもないらしく、本人のプライドの問題の様で。
「俺、そろそろ寝ますから。噛みたいなら好きにしていいですけど、目立たない位置にしてくださいよね。」
「…ふん、人間は所有物に名を書けって習うのでしょ?だから私なりにやってるだけなんだから。…だから安心して寝なさい、立香。」
そう囁いた彼女の声は、何処か楽しそうに。噛み跡を静かに舐めながら呟かれた。…それが立香にとって安心出来る要素がないとしても。
「ええ、おやすみなさい、ヒナ先輩。」
「…おやすみ、立香。良い夢を。」
こうして上機嫌な彼女の声に包まれて眠りにつく立香。無意識に彼女を抱き寄せ、その胸元の温もりを受けながら。
寝息を立てる立香の傍で、彼の頭を静かに撫でつつ、部屋のカレンダーに目が行く虞美人。指し示す日付は。
「…そうか、もう直ぐあのイベントね。」
──── それは、甘い冬の記憶。
*
目を覚ました立香は、虞美人の姿がないことに気がつく。体を起こし、飲み物を口にする。体を伸ばし、着替えを用意してはシャワーを浴びようと、マイルームのシャワールームへ赴こうとした時。
「あら、起きたの。おはよ。」
「おはよう御座います、ヒナ先輩。…どこ行ってたんです?」
「…別に、どこでも良いでしょ。…てか何、シャワー浴びるの?」
"外出用の格好"である、黒いインナーに三つ編みの姿の彼女が扉から入ってくる。
そんな彼女への質問はつん、と外方を向いて誤魔化される。彼女からくるふんわりとした甘い匂いもあるが、それを遮る様に立香が手に着替えとタオルを持ってることに気がつくと、興味あり気に覗き込んでくる虞美人だが。
「そうですけど…何ですか、急に近づいて。血ならシャワーの後にしてください。…体冷やしてからですけど。」
「分かってるわよ、死なれたら困るし。…それより私が先にシャワー浴びるわ。」
「…なんでまた急に。いつもは先に出てクールダウンしてろって言うじゃないですか。」
「昨晩お前が出したのが垂れるのよ。」
「!?」
普段は絶対に言わないような台詞を流し目で呟かれる。対する立香は言葉にならない叫び。彼女がこんなことを言うとは全く想定してなかったらしく。
「………どーぞ。」
「あら、優しいじゃない。よく出来た後輩を持てて幸せよ、私。」
意地の悪いジョーク(?)と共に悪戯が成功した、と言わんばかりに笑みを浮かべながら、シャワールームへ消える虞美人。その背を見送りつつ、サーヴァント用のシャワールームを使えば良いのに、と思う立香だったが、その一方でこれはこれでとも思うようで。再び立香はベッドに腰掛けては彼女の発言を一人頭の中で繰り返す。動悸は治まらずに、今一度彼女との関係や行為を再認識する。
「…ずる過ぎでしょ、ヒナ先輩…」
そんな呟きも拾う者は居ない。数多くの英霊と絆を育んできた彼だが、今回ばかりは訳が違う。互いに心を曝け出した、取り繕う必要のない関係。然して相手は人でもなく、自分の他に最愛の相手がいる。歳若い立香にはあまりにも濃過ぎる状況だ。
そんな自分の置かれた状況や彼女の事を考えてどれ程が経ったのか。シャワールームからの音で自意識を取り戻す。
「…何、それ。一人でやろうとしてたの?」
立香の膨張するモノを服越しに見てはニマニマと微笑みながら呟く彼女。然し立香も臆する事なく。
「先輩が処理してくれるんだから、自分でする必要ないですよ。」
「嫌よ、面倒だし。朝からなんてしたくないわ。」
あっさりと返される。確かにこれまで彼女が朝から応えてくれた事は少なかったが、こうも簡単にあしらわれるとは思ってなかった立香。思わず黙ってそのままシャワールームへと足を運んだ。
「早くしなさいよ。クールダウンの準備くらいはしておいてあげるから。」
ドライヤーや飲み物を用意しつつ、そう声を掛ける虞美人。それに対して立香も小さく手を挙げて答えた。
シャワーを浴びている間もその気持ちは治まらない。悶々とした時間が過ぎ行く中、なんとかモノは治まりの兆候を見せる。
一様を終え、部屋から出ると端末を弄りながらベッドに寝転ぶ虞美人の姿が。そんな彼女も立香に気がつくとベッドの中央に腰掛け、立香に座るよう呼びかける。
「早く座りなさい。手伝ってあげるから。」
「…何をです?」
「見れば分かるでしょ、ほら。」
そう述べる彼女の手にはいつの間にかドライヤーが。立香の髪を乾かしてあげると言う事だろうか。言葉に甘えてベッドに腰掛ける立香は首元に掛けていたタオルを手元に持ってきて。
「…なんか優しいですね。」
「何よ、嫌なの?」
「…嬉しいですよ。人に…好きな人に優しくされたら誰だって嬉しいです。」
「私、人じゃないんだけど。」
「言葉の綾ですよ。」
そんなやり取りの後、ドライヤーから温風が吹き出す。水分を弾き飛ばしつつ、ご丁寧にも彼女は櫛で梳かし始める。感覚で察知した立香は、今度は自分が彼女にお返しをしようと心に決めて。やがて風は冷風に変わり、最後の仕上げへと変わって。
「…はい、終わったわよ。…体はどう?」
「有難う御座います。…後10分もしたら平気ですよ、もう少し待ってください。」
「…そ。なら良いわ。」
再びベッドに寝転ぶ虞美人。嘗ては時間が分かるや否や立香を急かしていたものだが、この頃はやけに穏やかである。もしかするとこちらの方が彼女の本質なのかもしれない。
「そろそろ良いでしょ。ほら、首出しなさい。」
「…はい、大丈夫ですよ。」
着ていた白い礼装の前を開けて、首筋を露出させ、首をやや右に傾ける。
(なんの警戒もなく…ホント、ばかよね。…そんなのを気に入った私もまた馬鹿なのかしら。)
何の疑いもなく首を差し出す彼を見て、彼女の脳内にそんな考えが走る。だが、小さな溜息と共にそんな考えは吐き捨てる。
(人間の信頼感情、なのよね。…立香が相手なら…まあ悪くないわ。)
大雑把にその考えを簡単に、そして善意的に受け止め、立香の首に噛み付く。牙を立て、少しずつゆっくりと、彼から血を吸い取って。
結局、あの「契約の日」から数週間経つが、それ以降は毎日が同じように進んでいる。朝はこうして血を吸い、夜は互いを慰め合う。反面、昼間に外で会う二人は「仲が良い先輩と後輩」程度の関係。
察しの良いサーヴァント達はその関係に気付いているかも知れないのだが、言わぬが花と言うのも、また共通の察知内容であり。付けられた痕に対した立香の下手な言い訳も相まって、それはもうある意味言い逃れが出来ないらしい。
そうして、暫くしてはいつもより大分短い時間で唇を離す虞美人。不思議に感じた立香は疑問符を浮かべつつ。
「…ん、もう良いわ。服、整えなさい。」
「ヤケに早いですね。…本当に良いんですか?」
「良いから。……泣きそうな顔をしないでよね、別にお前を嫌いになったとかじゃないんだから。………嗚呼、もう!毎日"これ"ばかりだから、お前の身体が少し心配になったの!これで良いでしょ!」
服を整えつつある立香の捨てられた子犬のような目線に訴えられた彼女は、思わず白状する。放たれた言葉は立香を思いやる温かい言葉で。
「…そう言うとこ、ホントずるいですよ。」
「人間相手に対等になるつもりなんて更々無いわよ。…気遣ってやったんだから、もっと敬いなさい。」
「……じゃ、俺朝食に行きますから。」
「ちょっと!このタイミングでそれ!?もう少し何かないの!?」
すっと立ち上がる立香の後ろで、その服の裾を引きつつ声を上げる虞美人。対し、半身振り返って立香は微笑みを浮かべて。
「続きは夜、ですよ。ヒナ先輩。それじゃ。」
彼の言葉に思わず手を離した虞美人を置いて、そう呟いて部屋を後にする立香。残された彼女は立香のベッドに寝転んで物思いに耽る。
(…こんな日常、少し前なら考えられなかった。)
(私が人を信じて、身を預ける事があるだなんて。)
(呆れる程に善人ね、あのばか。…なら、私がアイツに出来る事は…)
英霊として、側に居る者として。戦いだけでなく彼を支えたいと思う、思ってしまった虞美人。
季節はバレンタイン。昨年贈った甘味よりも良いものを、と自然と思ってしまう。距離が縮まったこの一年の思いを込めて。
思い立った彼女は、浮き足で彼の部屋を後にし、"先程の続き"へと向かった。
(胡麻餡じゃなくて、チョコレート。…美味しいって言わせて、これまでの三倍は敬わせてやるんだから。精々覚悟する事ね、立香。)
──── きっと彼女は、今この瞬間に感じた憩いを、忘れはしないだろう。
*
バレンタインに間に合う予定がそんなことありませんでした。
相変わらず慣れないため、投稿方法等が違うかもしれませんが、何卒ご了承を。
頂いたリクエスト等にはまた次回以降お答えできればと思います。思ったより多くの方に見て貰えて嬉しいような緊張するような…ですが、まずは総じて有難う御座います。今後も宜しく御願いします。