新たな年を迎えたカルデア一行。新たな英霊の仲間も加わり、盛り上がる中、部屋に暖をとりに戻った立香は…
「と言う訳で、改めて上下関係と言うものをお前に教えてやろうと思うのだけれど。」
「いや、そんな事急に言われても…。」
部屋に戻った立香を出迎えたのは、虞美人のそんな言葉。唐突な出来事に思考が追いつかずに動きが止まる立香を気にすることなく、虞美人は言葉を続けて。
「忘れたとは言わせないわよ、去年のバレンタイン。この私が態々調べ上げて、お前の為にチョコレートを作ったのだから。」
「ええ、その節は有難う御座いました。とっても美味しかったです。家宝にしようかと思ったくらいには。」
「ふん、当たり前でしょう。三倍は敬わせるつもりで作ったのだから。…で、あの日から私に対する敬いが変わってない気がするのだけれど。」
「そんな事ないですよ。夏は本当にお世話になりましたし、今でも感謝してもし足りないくらいで。」
「その割には態度や行動が変わってないと思うのだけれど。」
「言わせるんですか?」
「何をよ。」
「…そりゃ、一番に好きって感情が来るからですよ。」
「む、ぐ…。」
本音ではあるものの、これが通用するのかと。思わず色々な意味で虞美人が心配になる立香。口籠ってしまった虞美人は三つ編みの先を弄って指を動かす事で湧いてくる感情を抑え込んでる様で。
「…と、兎に角。私が納得するまでもっと敬いなさい。態度や行動に示して。」
「って急に言われても、分かりませんよ。…まあやれる範囲でやってみますけど。とりあえず、今日の夕食のデザートでも上げましょうか?」
「やるわね。後輩ポイント、特別に二倍あげるわ。」
「夏にも聞いた気がしますけど、集めると良い事があるんです?それ。」
「良い質問ね。百貯まった時に気紛れで良い物をあげるかもしれないわ。」
「確定じゃないのか…。でもまぁ頑張りますよ、良い機会ですし。愛だけが全てじゃないって所、証明して見せますから。」
「へぇ、やる気ね。まあ期待しておくわ、一応ね。」
言うなり彼女はぼふ、とベッドに横になる。どこか得意気な顔のままにたり、と立香を見つめ続けて。
「ほら、お茶くらい用意しなさい。」
「敬うって言うよりパシリの様な…」
「小さなことから積み重ねよ。…私はそう言うの御免だけれど。」
「ぐぬ…分かりましたよ。」
部屋にある給湯器を使い、湯を沸かす。その間も彼女は横になり続け、少し機嫌が良く端末を弄っている。このやたらと無防備な姿を見られるのも一つの幸福なのかも知れないと実感し、何でもないただの日常の時間が好きなんだな、と思う立香。
お洒落な透明の急須に茶葉を入れ、湯で煮出す。茶道は習った事がないものの、ぐだぐだ系サーヴァントたちとの交流で身につけた付け焼き刃の作法でなんとかそれらしく淹れる。そうして湯呑を卓に置いて。
「置いておきますね。火傷には気をつけて下さい。」
「ええ、分かったわ。」
ベッドに腰掛け、茶を口にしつつ、この何でもない時間を過ごす。時折足をパタパタと動かす彼女の動作に可愛らしさを感じつつ、そっと横目で見守る。当の彼女は端末を弄っては、先の訓練での項羽の活躍の様子を見ている様で。
(頭の中が一色、と言っても過言じゃないんだろうな。…、それでも良いと思ったから俺は…。)
恋愛感情は要らない。理解も要らないし、此方も彼女の全てを理解出来ないかもしれない。それでも傍に居続けたい。ほんの少し、刹那の時でも良いから此方を見て欲しい。そう思っていた筈なのに、その思いは日々膨れ上がるばかり。我ながらこの生活に甘えているのだと思っている。人間の欲望は、決して留まりはしないのだから。
「ヒナ先輩、流石に冷めますよ。」
「そうね。ならお茶請けでも持ってきて貰おうかしら。頼んだわよ。」
「…、分かりました。すぐ戻りますから。」
部屋を出て、食堂へと向かう立香。部屋に残った虞美人は起き上がり、茶を口にする。そして数秒考え込んだ表情をしては。
「…ま、及第点かしらね。」
彼女は彼女なりに、認めているのかもしれない。価値観や想いは違っても、その事実だけは確かなのだから。
*
それからと言うものの、事あるごとに彼女の言いつけを守っては、コツコツと貯まっているかもわからない後輩ポイントを心の中で集め続ける。更に集めたところで何かがあるのを保証された訳でもないのだから、これは単に彼の御人好し…それも純粋な好意からなる徒労であった。そんな生活は数日に及んで。そんな数日後の夜。
「おまえさ、いい加減良い様に使われてるって理解出来ないのかしら。」
「ヒナ先輩が小さな事からって言うから…!」
シャワーを浴びて出てきた虞美人を出迎えたのは、先に浴び終えた立香からの茶の用意だった。しかし、ふと本音が溢れた彼女の言葉に対し、立香も本音で答えてしまい。
「……、そうだったかしら。…仕方ないわね、一つ褒美をあげるわ。」
思い出したかの様な態度。そうして機嫌を取るかの様に一つ褒美の提案をするも、彼女自身何をすれば良いのか悩んだ様子。軈て何かを思いついた様子になっては、一瞬で霊基の調整を済ませ、髪を乾かす。そして、
「ここ、座りなさい。」
指示されたのはベッドの端。疑問符を浮かべたまま、指示通りに座り込むと、虞美人はその手で立香の左耳を弄って。
神妙な空気が部屋を包む。何とも言えない、張り詰めたとまでは行かないものの、少し緊張感のある様な。そこから立香は何をされるのかと心構えをしようとするが、それよりも先に彼女が動き。
「…擽ったいです、ヒナ先輩。」
「いいから。」
不意に、虞美人の顔が横に近くなる。急接近に心拍が上がりかけたその瞬間、左耳に謎の衝撃が走ること数秒。それが
確かに感じた痛みは口にする事なく、グッと堪える。初めて首に穴を開けられた時は眠って居たものの、痛みの感覚はなんとなく覚えている。それに近くも、はっきりとした感覚。まるで、彼女の
「声をあげないのね、意外だわ。」
「なんでまた急に、こんな事を…?」
「褒美って言ったでしょ。その準備。」
虞美人が牙を離した途端、血の感覚が止まる。だが、熱を帯びた耳は赤く染まり、紅潮が止まらない。そんな立香の耳に虞美人は。
「…ほら、褒美よ。」
自身の耳についている飾りを一つ、立香へと贈ったのだ。首輪をかけられたペットになった様な自身の想いに立香は、今まで感じた事のない背筋を走る感覚に、新しい扉を開きかけていた。
然しそれを言葉にする事はなく、誤魔化す様に軽口をたたいて。
「牙でピアス開けるって…聞いたことないんですけど。」
「首が平気で耳がダメな理由って何よ。今更でしょ、そう言うの。…で、如何なのよ。」
「モノ貰えるとは思ってませんでしたから嬉しいです。有難う御座います、ヒナ先輩。」
「…ふん、分かれば良いのよ。」
耳の紅潮は、軈てその火照りを体全体へと広がらせ、立香の頬までをも紅く染める。この歳までこう言った派手な装飾をしてこなかった立香にとって新鮮な体験であると同時に、一歩大人に進んだ気がしたと言う自覚を齎すものになった。
「そう言えば、ヒナ先輩はなんでこれを?眼鏡は人の目を欺く為って聞いてましたけど。」
「何でも良いでしょ。お前の知った事じゃないんだし。」
「教えて欲しいんです、俺。まだ今夜は時間もありますし。」
「…分かったわよ。」
押しに負けたのか。諦めた虞美人は、ベッドに横になると、座っている立香の方を敢えて見ない様にしたのか。そのまま話し始めた。
「…最初は項羽様と出会って、自分を着飾る為に。あの御方の傍らに居られる様にと、自分でここに穴を開けた。」
一番上にある丸い形のピアスの痕、即ち立香に授けたモノの痕跡に触れながら、呟く虞美人。唯一形の違うソレに込められたのは想い人への親愛と願いからだった。
「項羽様の元を離れてから、大分経った時。ふと、今在る自分は何なのだろうと、本当に此処に在るのか。不安になって、そんな事を思い立った。…そうして何かに縋る様に穴を開けた。それが二つ目。」
そう言いながら、虞美人は上から二番目のピアスをその指でなぞる。輪の形をした、イヤリングとも呼べるものだ。
「痛みと共に実感した。まだ私は此処に在るのだと。…無論、嬉しくなんてなかった。これが夢で、項羽様の元へと行けてるのならどれ程良かったか。そうしてそんな考えを捨てようと、穴を塞いだ。埋められないものを、埋めようとした。」
淡々とした口調で話し続ける虞美人。立香はそれを、新たに授かった自身の耳の飾りに触れながら、ただ聞くことしか出来なかった。
「それでも何も変わらない。変わるのは私以外の全て。…お前に分かりやすく言うなら、心が死んでいた、とでも言うのかしら。只々、淡白な時の中を彷徨っていた。そうして全てが嫌になって消えたいと願った時、項羽様の
今度は上から三番目のピアスに触れる。何処か儚げな言葉と指の動きは、立香の目に留まる事はなく、この部屋で起きてる一つの些細な出来事に過ぎなくて。
「自分のコレが生きている事なのかもわからない。只存在し続けると言う結果だけがいつも残り、人間はその結果だけを見ては、手と心を黒く染める。無様よね、本当に。…そうしてあの男と出会って、カルデアに辿り着いて。その時に、自分のケジメとして四つ目。…それだけの話よ。」
「…要はそれって…、」
彼女を見つめつつ、"寂しかったんですね"と言いかけて口を紡ぐ立香。態々目に見えた地雷を踏む事もない。そう思ってしまったのは事実だが、それとこれとは話が別だ。彼女も、本心をそう簡単に覗き込まれては良い気分はしないだろう。
「…形として残った、決心の跡って事ですか。強いんですね、ヒナ先輩。」
「如何かしらね。私自身は分からないけれど。おまえから見ればそう見えるのか。…私は、
仰向けのまま宙を見つめ、虚空に手を伸ばす虞美人。何かを掴む様に握った拳を、立香は座ったまま両手で包む様に手を取る。
「…貴女がありのままで、全てを曝け出せる自由な世界。それをいつか、作ってみせますから。」
「過ぎた事言うと、それは呪いとなって身を滅ぼすわよ。…それに、」
言葉に詰まる彼女を見つめつつ、次の言葉を待つ立香。
この想いもここまで来ると愛や思慕などではなく、盲目な信仰とも言えるかもしれない。…そう思いつつも、それを口にはできない。口にするとそれに縛られてしまう気がしたからだ。ならば先程の言葉は良いのかと言うことになるが、それこそ彼女を想う故。後悔も何も考えてなかった。自然と口が動いていたと言うやつだ。
「…それに、憩いの場なら今こうしておまえがくれているでしょ。カルデアという場を。」
包んだ手は解け、応える様に立香の手を握り返してくる。確かに生まれる温もりは立香の思考を増長させ、鈍らせていく。加速する想いは暴走へと繋がり。
「現状で満足なんですか?俺、ヒナ先輩の為ならもっと、」
「やめなさい。それ以上言うのは許さないわ。…何を焦ってるのよ、おまえ。らしくないわ。」
言われてハッと自覚する。確かに今の自分はどこかおかしい。ブレーキのない車で暴走をしているような。手を離して胸を押さえる。呼吸を整えて口を開いては。
「そ…それ程、敬ってるって事ですよ。ヒナ先輩の事を。」
「立香…嘘が下手ね、おまえ。」
誤魔化しは効かない。そう自覚すると微笑みで返していた立香は観念したのか。諦めた表情で虞美人の方を見つめて。
「…分かるんですね。」
「分かるわよ。…幾ら定命だからって焦っても良いことはないわよ。おまえが私を好いているのは分かってる。今更取り繕うものもないでしょ、落ち着いて話しなさい。私は此処に在るわ。」
「怖いんです。自分の中で欲望がどんどん増えて。ヒナ先輩にして欲しいこと、したいこと、それらが増えていって。…俺はきっと、
嘗て何処かで聞いた、自らに対する「中立・善」と言う言葉。それが何処かで引っ掛かっていた立香は想いの内をぶち撒ける。そう、取り繕う必要がないからこそ言えるのだ。
「
「…否定はしません、今更。全部欲しいです。…でもそれは、」
「始める前から諦めてどうするのよ。弱い奴は嫌いだと言ったはずよ、私。…ほら、今度こそ見せてみなさいよ、お前の本心と強さを。」
挑発する様な彼女の態度。据え膳云々は関係なく、ここで引けば二度と彼女は自分の方を向いてくれない。そんな気がした。だから、
「…そうよ、やれば出来るじゃない。」
覆い被さっては虞美人の両腕を掴み、寝転ぶ彼女の頭上で押さえる。腕の自由を奪っては強引に唇を塞ぐ。思い切って強く、口の中を犯す様に。
唇を離しては胸一杯に酸素を取り込みつつ、彼女の顔を見つめながら余韻に浸る。すると今夜は舌が回るのか、饒舌に虞美人は告げる。
「今更、おまえの惨めな所を見たところで、私の認識は何も変わらない。それに、人間は少し傲慢な方がらしいんじゃない。…ま、百万分の一くらいは分かり合えてるわよ、私たち。」
「…百万分の一でも、それでも分かり合えてるのなら、それは貴女が」
"優しい証拠だ"と言いかけたところで彼女が華美に微笑む。まるで誘っているかの様に。言葉を飲んだ立香に対して虞美人は一言。
「ここから先は言葉は要らないわ。…言わなくても分かるでしょう?」
先程まで自分を縛り付けてた鎖が解ける音がする。今ここにいる自分にだけは、嘘は付かなくて良い。日頃押さえ付けてた感情を、思いのままに。そんな暗闇の中、二人は熱を共有する。
笑みを浮かべる彼女は、覆い被さる立香の脚に自らの脚を絡め、逃れられない様に捕らえる。立香も応える様に牙を立て、虞美人の耳、ピアスの痕を咬む。軈てその耳は熱を帯び始め、体温が上昇して行く。
寄る顔は熱を帯び続け、虞美人は立香の耳にふっ、と息を吹き掛ける。突然の感覚に立香の牙は深く突き刺さってしまい、口の中に広がる、
「止めるな。…おまえの付けた傷よ、ちゃんと責任取りなさい。」
「…、分かりました。」
変わらず笑みを浮かべる彼女の舟状窩から血が流れる。枕へと滴る鮮血を見つめ、再び口にする。改めて広がるその味は、少しずつ違和感を無くして喉を通り、生暖かい温もりには愛しささえ感じ始めた。
血を飲む立香の背を、虞美人は自由になった左手で静かにゆっくりと撫で、覆い被さる形から、身体を密着する形へと堕落させて行く。密着することで体温は更に高まり、その気分さえも高揚させて行く。
「早く慰めなさい。…熱いのよ、良い加減。」
言葉は要らないとしつつも、時折飛んでくる彼女からのメッセージ。普段はされる側の吸血という行為に興奮しながらも、彼女の言葉を受け止める。虞美人の胸へと触れる手はその柔らかな感覚に埋もれ、只管に揉み続ける。
その時、彼女が熱く膨張したモノに右手でなぞる様に触れる。急な快感に思わず背筋が冷えた立香は言葉が漏れ出し。
「…!ちょっ…!」
「離すなと言ってるでしょ。」
左手で頭を押さえられ、刹那離れた口を耳へと追い戻される。その実傷は既に塞がり、ただ耳を咥えるだけの行為なのだが、それが彼女のどこにハマったのかは分からない。身体の特性故の再生能力なのか、痕は残りつつも、そこから鮮血が溢れ出る事はもうなかった。
秘部に走る快感は立香の興奮を更に際立たせ、彼女もまた、器用な手付きでズボンからソレを取り出す。シュッシュッ、と細指で愛撫する彼女の指に刺激を与えられ、思わず力が抜ける。
「重いわよ、この莫迦。」
「なんかもう無理です。一杯一杯で。」
「…なら早くしなさい。」
急かされるままに、身体を絡める。モノを彼女の秘部に当てがい、ゆっくりと腰を落とす。触れるまでも無く、既に濡れていた彼女の秘部はすんなりと受け入れて。
交わる身体は思考を溶かして二人の隔たりを少しずつ無くして行く。立香はもとより、虞美人も少しずつ思考を放棄し始め。
「…ん、っ……、立香ッ…」
「急に名前呼ばないで下さいよ、ッ…」
「もっ、と……ッ…」
この瞬間が夢だとしても構わない、と立香は思った。齢廿にも満たない少年にしては達観してるこの想いも、自身を大きく成長させた周りの環境あっての事だろう。だが、その全てが達観していると言うわけでもない。少年なりの欲望や不安も抱え、それでもこうして歩き続ける事ができるのは、彼女の支えが有ってこそ、と言っても過言では無いだろうから。
暗闇の部屋に水音が響き、溢れる吐息は静かに溶けて行く。だが溢れるのはそれだけでなく、少年の重い愛もであり、彼は自ら衣服の上をはだけさせる。そうして、普段牙の刺さる首筋ではなく、自らの鎖骨付近を指差して。
「ヒナ先輩…、此処…ッ、」
「…泣かないでよね…ッ…!」
息せき切らせつつ、察した彼女からの小さな警告。程なくしてグッ、と牙の突き刺さる感覚。痛みよりも興奮の勝るこの状況で、立香は不思議と笑みを浮かべて居た。
腰を動かし、刺激を求める。彼女の膣内はきゅうきゅうと刺激を与え続け、立香の限界も近付いて来る。しかし頭の何処かで血を求める思考が過る。動きを止め、彼女の耳に犬歯を当て、再び傷跡を抉る。
「…ッ…!」
思わず反応して牙を抜く彼女を他所に、流れ出る紅き血潮をそのまま口に含む。だが、先程と同じく、そう長くは続かない流血。瞬く間に彼女の出血は止まり、傷が塞がる。だが口にした立香は上機嫌に口元を拭う。一筋の紅い痕を口許に残して。そうして再び、身体を動かす。
空いた立香の鎖骨付近の穴から、露わになって居る虞美人の胸へと鮮血が垂れる。血で彩られた身体同士を擦り合い、快楽を求めるひと時の行為。
「そろそろッ、俺…、」
「好きに、しな…ッ、さい…!」
その一言の後、胸元の傷へ牙を立てる虞美人。最奥で果てると同時に胸から来る熱い快感はいつもより多くの精を吐き出させて、彼女の中を白濁で満たして行く。溢れんばかりの想いと精をぶつけ、代わりに鮮血を虞美人へ捧げる。利益の一致と言えるかは分からないが、それに近しい何かで成り立つ関係と言えるかもしれない二人。
思わず力が抜け、再び肌を密着させる立香だったが、今度は虞美人も何も言わずにただその温もりを受け入れていた。深く重なる身体の間に、何物も入る隙は無く。
(嗚呼…莫迦みたいね、私も。)
小さな自己嫌悪を抱く虞美人の長い髪を、立香は静かに撫でる。軈て重なり合ってた体を離しては、彼女の真横に寝転んで深呼吸。息を整えては横目で虞美人を見つめて。
「シャワー浴びますね。…それとも先入ります?」
「背中、流しなさい。」
「いや、二人で入るには流石に狭…」
「早く。」
立ち上がってはシャワールームへと消える虞美人。否応無く立ち去った彼女の後を追おうとするも、立香は所々真紅に染まったベッドが気になって振り返る。放っておけば黒い汚れとなって取れにくくなる故に躊躇ったのだが、今は汗を流すことを優先しようと、仕方なく彼女の後を追って。
「ちょっと、ヒナ先輩。脱ぎ散らかさないで下さい…」
「ならおまえが片付けなさいよ。気が利かないわね。」
「もうお世話係ですね俺…いやそれもアリか…?」
既にシャワールームへと入っている虞美人からの声を聞き、片付けをしてから入室する。ほんの少しだけ、痛む胸の傷跡を押さえながら。
「…やっぱ二人じゃ狭いですって。」
「だからって今から大浴場行くのも変でしょ。それに行ったところで別だから背中流せないし。」
「…寂しがり屋。」
二人の距離は肌が触れ合うほどの距離、即ち然程離れていない。それ故に小生意気な小さな呟きを拾われると思ったが。
「何か言った?」
「…変に優しいっすね。」
「いつもでしょ。」
聞き逃してくれたのか、本当に聞こえてなかったのか。何にせよいつも通りに返してくる虞美人。立香から見て少し小柄なその身体を後ろから抱き締め、立ったまま足を絡めて。
「……ちょっと、流石に鬱陶しいわよ。」
「ん、御免なさい。…じゃ、背中流しますね。」
「私眠いんだから。早くしてよね。」
すぐに振り払う事なく、時間の猶予をくれた辺り、彼女の優しさが出ているのだろう。そうして身体を離しては、ボディタオルを手に取って丁寧に背中を流し始めた。
胸の傷跡に、水は少し染みる。痛みと、彼女の想いも一緒に。
*
次の日。レイシフトにて日本の平安時代へと飛んだ立香。先日の平安京での一件と内容は別件であるが、時代は同じと言うこともあり、サーヴァントとしてその時代に詳しい者と、立香の(いつもの)強い要望で虞美人を率いていた。こうして強引に虞美人を連れ回すのは今となっては珍しい事でもなく、彼女側も拒否するだけ無駄だと悟ったようで渋々ではあるものの、こうして同行している。
「よっし、今ので終わりだな、マスター!…ちょいと時間がかかり過ぎたかもな。」
「うん、有難うゴールデン。これで終わり。時間も十分早いよ、ほんとに有難う。」
「へへっ、良いって事よ!前回は着いて行けなかったからその分暴れただけさ。…コクリコの姐さんも援護助かったぜ、ありがとよ!」
ゴールデンと呼ばれた英霊の目先には立香の一歩前に立っている虞美人が。話すのすら億劫といった態度で乱雑に受け応えて。
「…はいはい、遂に一度も目が合わなかったわね。…大体なんで法国語なのよ。」
「そいつァ、俺っちがゴールデンだと感じたからさ!…そのカッコは刺激が強ぇがな…。さぁて、帰還の準備すっか!マスター、ここからゆっくり向かってくれ。先にポイントからカルデアへ連絡して来るからよ!」
「待ってよ、それくらいちゃんと俺がやるからさ。」
「違うんだマスター、こいつは俺っちからのお願いってやつだ。この平安京はマスターの時代に比べりゃ物足りねェかもしれないが、この時代にも良いものはあるんだぜ。」
首を傾げる立香に対し、金時は鉞を担ぎ、反対の手で上空を指差す。そうしてばっちりと天仰ぐ決めポーズをしたところで。
「お月さまだ!この美しさはマスターの時代にも負けてねェ。しかも今宵は雲ひとつない夜空、それも満月と来た。これを見逃す手は無いって事だ。帰還まで少し時間もかかるし、俺っち自慢のこの夜空。目に焼き付けてくれな。…コクリコの姐さんもだぜ!」
「気を遣ってくれるんだね、有難う。それじゃ、お言葉に甘えようかな。」
「何だって良いから早くして頂戴。…ま、少しだけよ。」
立香に向かってサムズアップをしては霊脈ポイントへと駆けていく金時。残された二人は道沿いに並ぶ明かり、今の時代で言うなら街灯と呼ばれるソレを頼りに歩いていく。付近から魔力反応も無いことから、エネミーの出現は予想されないと踏み、ゆっくりと。だがその静寂は思った以上に長く。そこで立香は何かを思い出し、ポケットから取り出した小箱を手渡そうと。
「そうだ、これ。忘れないうちに渡しておきますね。」
「…何よこれ。」
「指輪です。」
「…はぁ?」
「あっ、違います。そう言う意味じゃなくて、単に俺から贈り物って事で。マジで深い意味とかなく。項羽…様と一緒に考えたんです。」
「…!」
興味なさ気な虞美人だったが、その一言を聞いて態度を一変。受け取っては小箱を開いて中身を確認し。
「一応リングネックレスにも出来る様にして貰いました…ってヒナ先輩?」
「デカしたわ…じゃなくて。何で指輪なのよ。」
「この前コレを貰った時に、俺も何か贈れたらなって思ってたんですけど、考えるより先に何故か指輪って選択肢が浮かんじゃって。…まあ、深い意味はないです。」
「…ふぅん…。」
それ以降黙り込んでしまった虞美人は指輪を手に取り、様々な角度から眺めて。銀に輝く輪は中央に小さな紅い装飾をしている。派手ではないが、存在感はあるものだ。
「お気に召しませんでした?」
「装飾一つで一喜一憂するわけないでしょ。…でもま、お前にも礼くらいはいっておくわ。戻ったら項羽様の処へお伺いしなきゃ。」
「…、良かった。」
「これ、使い方はこれで良いのかしら。」
小さく細いチェーンを手に取り、リングに通す。それを首の後ろで留めては立香に問いかける虞美人。だが、露出の高い服にそのアクセサリーが似合うかと問われれば素直に首を縦には振れず。
「…似合いませんね。その格好だと露出が高いですから…。」
「……、これならどうなのよ。」
黒いインナーに三つ編み姿へと霊基を変える虞美人。今一度立香の方へ目線を向けて。
「…まあ、さっきよりは。」
「ハッキリしないわね…、まあ良いわ。で、項羽様は何と仰られたの?」
「この提案に感謝すると言われました。良い経験になった、とも。」
「ふん、当然ね。項羽様の寛大な御心に感謝しなさい。」
ドヤ顔で告げる虞美人だったが、それとは別に何やら小声で文句を述べてる様で。
「毎回同じにってのが真面目に作り直すのよりも面倒なのよね…、最近は宝具使う機会がないから良いけど。」
チェーンを外しては指輪を小箱へと片付け、大切そうに抱えながら歩き始める。先行く彼女のご機嫌な様子を眺めつつ、追いかけては並存する立香。彼女の微笑みを横にポイントへと向かう二人だが、その間には沈黙が流れる。
帰ってからの事や、その先の明日のことなどを考えていた立香だが、今この瞬間の静寂さに耐えるのは難しかった。そうして思わず口を開いては
「…何か言って下さいよ。」
「何で私がおまえに気を遣わなきゃならないのよ。おまえこそ何か気の利いた事言えないのかしら。」
「気の利いた事か…うーん…。」
詩人でなければ詩を嗜む事もない立香にとって、直線的ではない想いの伝え方はあまり慣れてないらしく。それでも何か、と思索に耽っては一つの有名な逸話を思い出して。
「月が綺麗ですね。」
言い放った直後に思い出すのは逸話の続き。コレの返答として「死んでも良い」と言うものがあるが、それを彼女が口にするのは恐らく酷なものであり、それ以前にそう返すとは思えない。全身に悪寒が走った立香に対して、数秒後に帰ってきた虞美人の言葉は。
「…今なら手が届くかも知れないわよ。」
呆気に取られる。詩的であり、彼女らしくもある美しい返答。思わず足が止まっては彼女の背を見つめてしまう。一歩ずつ離れ行くその姿がとても遠くに見え、それでも不思議と近くにも感じる。ふわふわとした感覚が身を包む。
立香が立ち止まった事に気付き、長い髪を靡かせ乍振り返った虞美人はそれ以上何も口にする事なく、右手をすっと伸ばして。
「…届いちゃいましたね。」
駆け寄っては手をぎゅっと取り、繋ぎ止める。立香が心の中で感動し、彼女の美しさに改めて魅かれた次の瞬間。
「…戻ったらプリン3個よ。」
「それ今言います?雰囲気ぶち壊しじゃないですか。」
「そんなの知らないわよ。お茶も淹れなさいよね。」
「ここぞとばかりに言いますね。まあ覚えてたらやりますよ。」
「敬うんでしょ?」
「…はい。」
帰路に向かう二人の間には他愛無い会話が飛び交う。されどその手は離れる事なく、ポイントに着くまで繋がれたままだった。
この幻想的で美しい都の景色は、立香も気に入ったらしく。想い人と過ごしたこの瞬間を、大切に胸の中へとしまって。
*
「おかえりなさい、先輩。今日もお疲れ様でした。」
「有難うマシュ。ナビゲート助かったよ。」
「いえ、先輩のお役に立てたのであれば幸いです。お体は平気ですか?」
「問題ないよ。俺なら平気。」
「それなら良かったです。…あれ?」
「どうかした?」
「いえ、その…先輩、ピアスを開けられたんですね。」
「あー…うん、色々あってね。…もしかして変かな?」
「そんな事ないです!お似合いです。…ただ、」
「ただ?」
「その丸いピアス、何処かで見た様な気がして。」
「嗚呼…これ、ヒナ先輩から貰ったんだ。」
「あっ…!そう、それです!初めてお会いした時、芥さんの耳に見かけた…!」
「最近少しお手伝いとかしてたらご褒美だ、って。家宝が増えたよ、おかげで。」
「そうだったんですね。ふふっ、先輩が嬉しそうで何よりです。」
「そんなに嬉しそうに見えたかな?まあ実際そうなんだけどね。」
「ええ、とっても。明日も早いですし、ゆっくり休んでくださいね。」
「うん、約束するよ。…じゃ、おやすみ、マシュ。」
「はいっ、また明日。おやすみなさい、先輩。」
*
(…遅いわね、あの莫迦。…隠してたこれ、食べてやろうかしら。)
(思ってたより甘いわね、これ。ムカつくし、全部貰ってやるわ。)
(…何の意味もなく、人間が指輪を贈る訳ないでしょ、駄マスター。自覚すらないのかしら。)
(…それを言うなら私も人の事言えないのかしら。気紛れとは言え、あんなの渡すなんて。)
(…一瞬でも意識した私が莫迦ね。私ったら何をしてるのかしら。)
「…ホント、ムカつく。」
幾つもの想いが脳内を過ぎる。小箱を大切そうにしまっては、ベッドの血の染みを見つめつつ、彼女は呟く。この部屋の主人であり、小箱の送り主に対して八つ当たりをするかの様に。
あけましておめでとうございます。本年もこそこそと活動したいと思ってますので、何卒宜しくお願いします。
今回は普段よりも創作色強目です。そのため今回は少し解説を置きたいと思います。
具体的に言うとピアスの件です。「虞美人のピアスって三つじゃないの?」と思われる方もおられると思いますが、公式マテリアルではリング型が三つ、丸いピアスが一つの合計四つがtoi8先生の画にありました。ですが礼装や立ち絵では三つだった為、そこを自分なりに解釈し書いてみました。
勿論、別に公式の設定があるのかも知れないので、あくまでこれは私の世界での話ですが。
以上になります。公式マテリアルだけでなく、先日のコンプティークに掲載されたtoi8先生のインタビュー等も参考にさせて頂きました。ご本人様からの供給は本当にありがたいばかりです。水着が出てしまった以上、今後の活躍が少し減りそうで怖いのですが…今でも十分だと割り切るべきなのでしょうか。
某流行病の拡大も止まる事なく、色々と大変な日常が続きますが、皆様もお身体は大切になさって下さい。私は某映画の延期で泣いたりはしてません。もうずっと待ちます。
今回も本当にありがとうございました、次回もよろしくお願いします。感想等お待ちしております。