今でもふと思い出す、以前の日常。
友人と共に学び、遊び。家族と共に日常を過ごす。そんな日々を。
握りしめたコレはその一部。懐かしさを堪え、この楽しさでそれを誤魔化す。
それでも。と、立香は思う。懐かしさを感じてしまうのは、それが遠いものになってしまったから。
そうしていると、部屋の扉が開く。どうやら愛しい人が帰って来たらしい。
外から部屋に戻った虞美人が目の当たりにしたのは、テレビゲームに熱中する立香の姿だった。
「…戻ったけど。」
「お帰りなさい、ヒナ先輩。おやつ、棚に置いてますから。」
一瞥もせずにゲームに釘付けな立香を見て、少し不機嫌そうになる虞美人は微かな疑問を投げかけ。
「それ、どうしたのよ。ご丁寧にソファまで一緒に。」
「ダヴィンチちゃんが用意してくれたんです。俺がカルデアに来る前、ハマってたゲームの話をしてたら興味があるって言ってくれて、それを再現したやつを。…ソファはリラックスできるからセットで、って。」
「…ふぅん。」
目線は一切交わらない。慣れた手つきの立香は画面に表示されたロボットを華麗に操る。
「巴さん達に勧めたら、なんか周りで流行り出しちゃって。今度一緒にって話になったんです。だから感を取り戻そうかと。」
「…そ。」
眼鏡レンズ越しの瞳は不機嫌な様子を隠そうともしない。そんな虞美人と、それに気付く素振りも見せない立香。
霊衣を部屋用の物に変えてベッドに腰掛けてはそんな彼の様子をまた一瞬眺めては横になる。そんな彼女に興味を失ったかと問われれば、そうではないのだが。
「…それ、面白いの?」
「面白いですよ。ヒナ先輩もやります?」
「やらないわよ。面倒だもの。」
横になったまま、丸まって猫のような体勢で虞美人は問い掛け、立香もまた画面に釘付けのまま答える。
「…てか、いつからやってんのよ。」
「結構長いんじゃないですかね。今日はゆっくりして良いって言われたので、つい。」
「あのねぇ…何事も程々が一番でしょ。休憩くらいしなさいよ。」
「ヤケに構ってきますね。寂しいんです?」
「刺すわよ。」
放たれる殺気は立香の手の動きを一瞬止め、それによって画面に表示される「LOSE」の文字。だがその会話を最後に立香はまた暫く画面に夢中になる。
そうして、二時間以上経過した頃。痺れを切らした虞美人は手にしていた漫画本をパタンと畳み、立香の方を眺めて。
「明日早いんでしょ、そろそろ寝なさいよ。」
「そうですね…そうします。」
そうして眠る準備をする立香。繰り返される日常のほんの一部は当たり前のように過ぎるも、約束された明日があるわけでもない。そんなことがふと頭に過り、手が止まる。
「どうしたのよ、そんな所で。」
「…いえ、大丈夫です。おやすみなさい、ヒナ先輩。」
「…そ。おやすみ。」
布団に入る立香。先に入っていた彼女の温もりを感じつつ、睡魔に飲まれる。余計な事は今は良い、と暗示しながら。
いつか突然壊れるかもしれない、この瞬間を胸に秘めて。
*
「遅くなってごめん!留守番有難う、蘭陵王…!」
翌日。予定が押して慌てて部屋に戻った立香が目にしたのは、輝くほどの美貌を持った剣士の英霊だった。
「主人殿!お帰りなさいませ。私のことは構いません、それよりお疲れ様です。…それと、先程より虞美人殿を介抱しておりまして…。」
「そう言ってくれると有り難いよ…ん?ヒナ先輩を?介抱?」
「ねぇ…もっと注ぎなさいよぉ…って、立香?戻ったのね…。それより蘭陵王、早くしなさいってばぁ…」
ヘッドボードに寄り掛かりながら、彼女はグラス片手に呟く。その顔は珍しく紅く染まっており、一方介抱をしていた蘭陵王は辨天衣を纏い、仮面を外していた。
朝、偶然食堂で出会った立香と蘭陵王はここ最近ハマっているゲームの約束を取り付け、留守番を頼んだのである。帰りが遅くなったのは予定外だったが。
「嗚呼…なるほど。こんな遅くまで居てくれたんだね、有難う蘭陵王。折角だし、今夜は泊まって行く?ベッド貸すけど。」
「主人殿…!有難う御座います。ですがそろそろお暇を頂こうかと思いまして。虞美人殿も、この様子ですと程なく眠られると思われますし。何より、主人殿の寝床をお借りするなど、恐れ多いものですから。」
「流石。良く知ってるんだね、ヒナ先輩のこと。ちょっと羨ましいな。…そっか、残念。じゃ、また遊びにきてね、蘭陵王。」
「いえ、従者として知りうるだけです。…有難う御座います、主人殿。例の件はまた後日。楽しみにしておりますので。それでは失礼致します。」
部屋を後にする蘭陵王を、立香は小さく手を振りながら見送る。一礼と共に去りゆくその背中を見送っては、泥酔した彼女の方へ目をやる。
ヘッドボードの方へ凭れつつ、閉じられた瞳と長い睫毛はその美貌を一層際立たせていた。手にしている空のグラスは今にも転がり出しそうで。
「ヒナ先輩、グラスそのままじゃ危ないですよ。」
「ンぅ…立香…?いつ戻ったのよ…」
「さっきも言ったじゃないですか、それ。今帰ったところですよ。」
「ん…じゃあお前で良いわ、コレ注ぎなさい。」
「飲み過ぎはあんまり良くないですよ。お水なら此処にありますから。」
卓の上のペットボトルを指差して告げる立香。蘭陵王が置いて行ったのか、天然水と書かれた大きいサイズのものだ。だが虞美人はそれを良しとせず。
「イヤ。ちょーだい。」
「可愛く言っても駄目です。もう時間も遅いですから、寝ましょう?」
「ケチ。お前も飲めばいいじゃない。」
「白紙化された世界じゃ、自分の年齢すらアテになりませんから。だからまだ駄目です。」
「一つや二つで何よ、細かいわねぇ…。」
「だから、いつか。ちゃんと二十歳になれたら…その時また、誘って下さいね。」
「おまえの都合なんて…知らないわよぉ…」
先程から変わらず蕩けた目でこちらを見つめつつ、呟き続ける虞美人。口許に浮かぶ一筋の赤ワインの痕は鮮血の様に美しく。
「…ふん、もういいわよ。くれないなら寝るわ。横になりなさい。」
「なんでそうなるんですか。…大人しく寝てくれるなら良いですけど。」
「お前のルールなんて知らないわよ。ほら、来なさい。」
きゅっ、と口を窄めつつも、言われるがままに横になる立香。その体は先程大浴場にてシャワーを済ませて帰ってきたのと、その後の走っての帰投によって、ぽかぽかと火照っており。
ぺたぺたと立香の腕に数回触れてから自らの腕を絡める虞美人。その機嫌はいつにも増して良いようで。
「あったかいわね、お前…。」
「酔い過ぎですよ、ヒナ先輩。…暑いです。」
暫しの後。静寂が続き、身動きの取れないまま、眠ったのかと彼女に問おうとして口を紡ぐ。その代わりに麗しい唇に、そっと人差し指を当てがう。なぞる様に撫でれば、吸われるように口の中へと。
「痛っ…、」
指の腹に、虞美人の牙が刺さる。昏睡しているからか、小さく声を荒げた立香に反応する事なく、瞳を閉じ続けて居る。指に走る出血感、これにももう慣れてしまった。
(…ホント、綺麗な人だよな。…人って言ったら怒られそうだけど。)
こくん、と彼女の喉元が動く。その度に熱を帯びる指から興奮は増していく。だがその希求は深呼吸と共に飲み込む。彼女に対して心拍が上がるのはいつものことだ、と。憧れも、愛おしさも、毎日感じている。そう考えて気分を落ち着かせる。
「…好きよ。」
筈だったのに、気持ちは子供のように舞い上がる。自分に向けられたものではないと分かってても、その言葉を聞けただけで十分だった。
「…ズルいですよ。」
堪え、その言葉のみを発する。
眠ったままでも頬が紅潮したままの彼女の頬をそっと撫で、そのまま瞳を閉じる。何か一つが全てと言うわけではない。
*
「…ねぇ、立香。」
「なんです、ヒナ先輩。」
「お酌。」
そのまた翌日。相変わらずグラスを傾け、紅く染まった頬で述べる虞美人。だが立香も慣れた様子であしらう様に答える。
「…さっきからラストって言い続けて何回目ですか。」
「何回だって良いでしょ。付き合いなさい、後輩。」
「だからって…もう、怒られるの俺なんですからね。」
そう言いながら注ぐ立香。なんだかんだ彼女に甘いのが悪い点なのかもしれない。だが現代の医療でこれを治せはしないだろう。
「良い機会だから言っておくけどね…私は血を吸ってるんじゃなくて、お前から魔力を奪ってるのよ。だから変な風に呼んだりしないでよね。」
くどくどと説教する様に続ける虞美人。その辺りに疎い知識でこれが絡み酒なのか、などと考えつつも、その言葉に秘められた想いには本心で返そうと。
「同じ様に見られたくないから、ですか?俺はヒナ先輩も…先輩がそう思ってる方々も、そう言う目では見ませんよ。ってか、
ふと頭に浮かぶ、故郷と大切な家族友人。今はその代わりに数々の英霊が浮かんで。
「大切な仲間…家族みたいなものですから。否定したり、怒る人も居そうですけど。」
「お前はそう言う奴よね。…ええ、知ってるわよ。」
「なんだかんだ、結構長い付き合いですからね、ヒナ先輩とも。」
「何処が長いのよ。瞬きの様な時間でよくも。」
会話が止まり、無音だけが流れる。その最中。手にしたグラスを置き、紅潮の引いた虞美人が、立香の方に目をくべる。
「醒めたわ。お前がつまんない事言うから。」
「…と言われましても。お酌ならしますから、機嫌直してくださいよ。」
「散々嫌がってたのは誰よ。」
「ご機嫌斜めになられるよりはマシですし。」
「…もう良いわ、今夜は。それよりお前、ここ最近思ってたんだけど。」
膝をつきながら四つん這いで此方に歩み寄る虞美人。その仕草に鼓動が高鳴りつつも、触れる彼女の手の行方に目を奪われ。その手はそのまま立香の前髪を弄って。
「伸びたわね、かなり。後ろも。切らないの?」
「前髪は自分で切ってたんですけど、後ろはどうにも。まぁ、最悪結べば何とかなりますし。それになんか、切るって気分でもなかったので。」
「…切ってあげるわ。道具、あるなら寄越しなさい。」
「ヒナ先輩、そんなの出来るんですか?」
「これくらい出来るわよ。…何よその目。信じなさいよ。」
「なら、お願いします。機器はそっちの棚の…。俺、ビニール用意しますから。」
椅子に腰掛けつつ、首から下をビニールで覆う立香。器具については一応専用のものを部屋に置いていた。人理修復時に
鋏を手にした虞美人は器用に立香の髪を梳いていく。半刻の時間はあっという間に過ぎて。
「わっ、凄いや。有難う御座います、ヒナ先輩。」
「別に良いわよ。このくらい。」
後片付けをしつつ、礼を述べた立香が次に口にしたのは、素直な感情だった。
「ヒナ先輩って、尽くすタイプですよね。」
「…自分がそうだと意識したことはないけど、そうなのかもしれないわね。お前相手にってのも、スッキリしないけど。寧ろそう考えるとなんかムカムカしてきたわ。」
さっぱりした頭髪をもとに、シャワールームへと足の向かう立香。交わる二人の視線は慣れたものであり。
「出たら晩御飯、行きませんか。」
「…気が向いたらね。」
ふふっ、と微笑みつつシャワールームへ向かう立香。この返事なら着いて来てくれる、などと想い、心が弾む。紡いだ絆は伊達ではない、ということだろうか。
その日の夕食は、時間もあってか賑やかなものとなっていた。老若男女の英霊に囲まれた立香は笑顔と共に華やかな食事を迎え入れた。ただ、立香の対面に座っていた虞美人は何人が過ぎて行こうと、顔色ひとつ変えずにそれを静かに眺めていた。
人混みが苦手という彼女が最後まで付き添ったのは、暫くの間カルデアでも軽い噂になったとか。
*
そのまた翌日。部屋の扉を開くと、部屋で寛ぐ虞美人の姿。慣れたものと見送るつもりだった立香はその一方で放り出されたゲームのコントローラが目に付く。
「…プレイしてたってこと?……うわっ、トロコンしてるし。」
慣れた手際でプレイ画面を確認する立香。そこにはキラキラ輝き並ぶトロフィーの一覧が。
「ねぇ、それ簡単に終わってつまんないんだけど。相手も弱いし、やり応えが無かったわ。」
立香に対し一瞬目を合わせ、簡単そうに呟く虞美人。対戦ゲームである以上慣れが必要だと思うのだが、難なくこなした様で。
「…マジ凄いわ、うちの先輩。ぱない。」
「何よ、この程度で。時間の浪費してるのね、人間って。」
「いや、これはヒナ先輩のセンスの問題かと。」
そう述べたところで虞美人の表情がニヤリと歪む。そうして得意気に。
「へぇ…お前あんなのに勝てないの。センスないのね。コツでも教えてあげましょうか?」
ほんの少し悔しさが芽生えたが、それ以上に得意気な彼女の表情が愛おしく、思わず見つめてしまう。だがそのとき、彼女の手に目が行き。
「先輩、その手の痣って…?」
「ん…嗚呼これ。令呪の痕よ。アレ以来宝具使ってないし、残ったままってこと。魔力はないけど。」
「…俺のに比べて、なんか綺麗でしたよね。文字通り麗しいと言うか。」
「魔力の塊に何言ってんのよ。…変なヤツ。」
空になったグラスを卓に置き、そのままベッドに腰掛けると、慣れた様子で淡々と会話が続く。
「明日は?」
「昼過ぎからです。座学だけですから。」
「精々励む事ね。」
「勿論ですよ。今後の為にも、必要なことばかりですから。…うん、」
部屋の片付けをしつつ、横目で虞美人とアイコンタクトを取る立香。目の合う時間は数秒もないが、それだけで十分と言ったらしく。
そうして眠ろうとした立香に降り注いだ言葉は。
「…ちょっと付き合いなさい。」
彼女が放ったソレは、夜の付き合いを意味していた。
「…いいんです?」
「何よ、嫌なの?」
「そりゃ嬉しいですけど…。」
「だってお前、酷い顔してるんだもの。同じ部屋にいる身にもなりなさいよね。」
虞美人の言う通り、立香の顔色は良いとは言えず、コンディションも同じくだった。それを見透かされたと言う事実に打ち拉がれ、思わず笑みが溢れる。
「お見通しですね、ホント。年の功ってやつですか?」
「なんだって良いでしょ。…早くしなさい。」
甘い蜜に集う虫の様に、彼女の胸元へ吸い込まれる立香。自意識よりも本能が優ったのか、堕落したモノの様に。
「…手?胸?」
「…、手で。」
「はいはい。」
慣れた手つきで立香を膝枕し、華奢な手で逸物を取り出しては扱う虞美人。立香は自分の腕で顔を隠し、吐息を溢す。ただ
「隠すな。顔見せなさい。」
反対の手でその腕を退かし、露わになった立香の蕩ける顔を見つめる虞美人。
「ちょっ…ヒナ先輩…!」
「全部見せなさい。今更逃げるなんて許さないわ。」
激しさを増す手の動きと共に、立香の吐息に色がつき始め。
「逃がさない。お前は私の
「だから、って…!」
蕩けた顔になる、もといさせられる立香。その顔に謎の愉悦感を感じ、笑みを浮かべる虞美人。思わず力の入った虞美人に対し、急な刺激に立香はあっさりと達してしまう。
「ッ〜…!」
「…何よこの量。溜め込んでたって訳でも無いでしょうに。」
「意地悪が過ぎます、ヒナ先輩…。」
「女々しいわよ、
狡い呼び方と共に手に纏わり付いた精液を舐めとる虞美人。糸を引く液体は彼女の唾液と混ざり、その濃さを示す様に。
「魔力の足しにはなるかしら。…ま、悪く無いわね。」
「その割には割と強引に搾り取られたんですけど。」
「何よ、いいでしょ別に。お前だって出すもの出して、悪い気はしてないんでしょうし。」
「そりゃそうですけど…自分が弱ってるって見透かされた挙句にこれじゃ、立つ瀬無いですよ、俺…」
「一番なんて言うつもりはないけれど。私、そこそこお前の事理解してるつもりよ。ちょっとした違いくらい、気が付くに決まってるでしょ。」
「そんなこと言われたら惚れそうなんですけど。」
「もう惚れてるでしょ、お前。」
「その物言い、カッコ良いです先輩…」
諦めて全て受け入れる立香。雰囲気も何もあったもんじゃない、そんな部屋の空気。
虞美人も何処か得意気な表情を浮かべており、興が逸れた立香は。
「でもやっぱりなんか情けなくて辛いんで寝ます。」
「あのねぇ…珍しく誘ってやったらコレ?もう少しなんかないのかしら。」
「えっ…?ヒナ先輩、身体が疼いてるんです?」
「そんな訳ないでしょ。」
「なら良いじゃないですか。」
「ぐぬ…、」
頭が冴えてしまったのか、無駄に口の回る立香と、それ以上言い返す事が出来ずに、口を紡ぐ虞美人。
「明日でも明後日でも。時間はまだ沢山、きっとありますから。」
「何それ嫌味?嫌味ね。…まあ良いわ、言いたい事はなんとなく分かるし。ならさっさと寝なさい。」
「ヒナ先輩は寝ないんです?」
「魔力の温存もあるし、後で休むわ。…横に居るから、そんな目するんじゃないわよ。」
勢い良くぼふ、と立香に布団を掛ける。態とらしい瞳で訴える様子の立香を隠すように。目の前の本棚から一冊の本を手に取り。
「…おやすみなさい、ヒナ先輩。」
「ええ、おやすみ。」
幾度と繰り返された日常の終焉。そして交わされる言葉。部屋で過ごし始めてから、ほぼ毎日をこうして過ごしている。
その後数刻。立香の意識が薄れて来た頃。聞こえて来た小さな声で意識が少しだけ呼び戻される。
「立香、まだ起きてる?」
「…ええ、一応は。」
「そ。邪魔して悪かったわね。」
「いえ。…何かありました?」
「何でもないわ。…でもそうね、少し独り言を語りたい気分だわ。独り言、だから聞き流しなさい。」
「…分かりました。俺は寝てますから。」
瞳を閉じたまま、立香は答え続ける。その言葉を聞いた虞美人は小さく微笑むと、息を呑み、呟き始める。
「永らく、永遠に続くこの命は下らないと、要らないと思っていた。でも今はもう少しだけ、生きていたいと思ったの。こうして英霊になってから。…前にも言ったかしらね。」
「お前は私の征く先の寄り道に過ぎない、私の終着点はお前じゃないの。…でもね、コレだけは覚えておきなさい。
放たれた言葉に胸がざわつく。姿は平素を装えているも、その内心は酷く荒ぶる。だが決して不快なものではなく、何処か喜ぶ自分も理解していた。そうして導き出した立香の答えは、
(そうか。これは恋愛感情じゃない、ただの独占欲なんだ。)
(なんだ。俺って、思ってたより真っ黒じゃないか。)
自分を欲に溺れた、哀れで醜い生き物だと自覚させた。それなのに。
(ああ…安心した。)
そう思う自分が、確かにそこにいた。
その安堵はきっと、自らに課した善人であるべきと言う咎を砕いてしまったと言う、矛盾から来ているのだろう。
*
「次ッ!左右からお願い!」
立香の掛け声に合わせて二体の英霊が、敵を左右から囲い込む。
「了解した…!」
「お任せを!」
見事な太刀筋で敵を切り刻み、場をやり過ごす。見渡しの良い平野で、今ここには三つの人影。先き行く部隊の英霊と合流を目的とした後方部隊に、立香は居た。
「有難う、二人とも。完璧だったよ。」
「的確な指示だった。礼を述べるのはこちらの方だ、マスター。」
「ええ、私も同じで御座います。最低限の指示のみで我らの戦法を縛らずに居てくださった事、感謝致します。」
平安最強とも謳われた剣士の英霊、渡辺綱と優れた美貌と武勇を伏せ持つ蘭陵王。その二人から言葉をかけられ、立香は素直に喜ぶ。
簡単な作戦イメージを伝え、英霊の個々の感覚や慣れ親しんだ手法による戦法。一見マスターとしての職務放棄にも見えるが、これでも適所適所に魔力を送り込んだりと、手放しで見つめているわけではない。…と立香は思い込んでおり、同時に自らの無力を感じ続けるのであった。
「成長は出来ないが、新たな発見がある。俺はここに来れて良かった。…だからそんな顔をするな、マスター。」
「…!あ、ありがと…。そんなに顔に出てた?俺…。」
「この俺が分かるくらいだ。…貴様もそう思うだろう?」
「ええ、そうですね…少なくとも、何かあったのではと思う所存です。主人殿、何卒ご自愛を。」
「うん、有難う。…よし、元気出すから大丈夫!」
パチパチ、と両手で頬を叩き、気合を入れ直す立香。明るく振る舞い、心配を掛けまいと体を動かす。
「ところで主人殿、虞美人殿は本日はご一緒ではないのですか?クラス別に拘らない際はいつもご一緒だとお見受けしたのですが…。」
「嗚呼、それは俺も思った。レイシフト時も一緒だと思っていたのだが。」
「あー…うん、やめたんだ、そう言うの。」
前方警戒に移った蘭陵王が二度見の勢いで振り返る。顔を寄せ、詰め寄る蘭陵王と不思議そうに眺める渡辺綱。
「一体どういう心境の変化ですか!?まさかと思いますが、虞美人殿に愛想を尽けた…元い愛想を尽かされたのですか!?」
「近い…!顔が良い…!ちゃんと説明するから…!」
「…はっ!こ、これはとんだご無礼を。しかしですが…!」
「ずっと一緒だと嬉しいけど、それが一番ってわけじゃないって思ったんだ。それに…」
小っ恥ずかしくなったのか、顔を離して空を仰ぐ。目を細めて陽の光を真に受け、小さく呟く。
「…一日を終えて、やっと部屋に戻った時に、おかえりって言って貰える生活も憧れてたから。それってやっぱり、離れてたからこそ嬉しいものだと思ったんだ。」
「成る程、お気持ちは理解致しました。…良かったです、大きな喧嘩だとかではなく。安心しました。」
「はは…ごめんごめん。でも有難う、心配してくれて。」
「ふふっ…ええ、全くですよ、主人殿。」
嬉しそうに軽口を叩く蘭陵王。それはまるで近しい年齢の友人の様な笑顔だった。小さく微笑みながら見守る渡辺綱は、優しい瞳で二人を見つめていた。
決心をした立香は、今日も少しずつ絆を紡いでいく。
*
「少しは大人になったのかしらね、アイツも。」
「この日常もいつかは終わり、別れの時が来る。…ええ、分かってるわよ。憩いの時など、刹那の間でしかないと。」
「私に愛を説いたものは皆、時の流れに消えていった。…アイツも彼等と同じよ。」
「…我ながら、丸くなったものだわ、本当に。本契約した訳でもないのに。」
「でも、それ程までに気に入ってしまったのね、私は。」
「ここに来てから知ったことも多々あるわね。…大して面白くなかった本も、続きは悪くなかったし。」
「
「…って、何独り言続けてるのよ、私。」
そう呟いた彼女は、一人彼の部屋でコントローラを握る。彼女にしてみればただの暇潰しだろうが、それでも。そこには一輪の微笑みと呼べる花が咲いていた。
「……一回くらい、心を込めておかえりって言ってやろうかしらね。」
お久しぶりで御座います。いつも閲覧有難う御座います。早いもので投稿を始めてから一年以上が(いつの間にか)経過してました。
それと同時に、今世間を騒がせている流行病も息が長いなと、改めて思い知らされます。皆様はお変わりないでしょうか。
私としましてはこの一年間、現在の仕事に慣れるのに精一杯で、こうして筆を執る時間も少なくなり、割と辛い生活を送っておりました。
一年経つ今の仕事も、悪いものではないのですが、やはり数回体を壊したのがトラウマになっており、天職…とは今の段階では呼べないかも知れません。それでも頑張るしかないのですが。
皆様におかれましても、学業や仕事等、なにかと生活様式が変わる中で大変かと思われますが、何卒ご自愛下さい。
次回のプロットはある程度固まっているため、今回よりは間が開かずに投稿できるかなと思っております。今後とも宜しく御願いします。
前回の作品に対し、多くの感想を頂きました。今回、そして今後とも、感想等お待ちしてますので、宜しく御願いします。本当に有難う御座いました。