---ラム---
世界中に散らばった一弥のクローン体のバラバラにされた細胞標本である。ある国は脳を手に入れ、ある国は心臓を、ある国には右手を…そのパーツが重低音ビートを愚か者達の精神へと刻んでいく。人知れず、研究所の職員や研究者の精神と肉体にダメージを入れていき、性の本能が芽吹く。眼球には幻覚が映り込み、生物の本能を隠そうとしなくなる。やがて、研究所内は地獄となっていく。異性を襲い、交わり…性欲、食欲、睡眠欲に支配されている害虫たち。
各国政府が、危険性を認識した時にはもう遅い。『ローレライ』は発動してしまったのだ。ローレライとは、船の船頭を誘惑し、船を水中深くに沈める少女のことだ。敵は総て知らず知らずのうちに誘惑され、心の闇に沈んでいくのである。例外は、一弥と接し、免疫を持つ者達だけである。
重低音ビートは簡単には防げない。防ぐには音の伝搬を遮断する真空層で囲まないといけない。空気穴のあるシェルターでは防がない。空気の流れのある場所では無理である。水の中も安全ではない。それは潜水艦の中は危険ってことである。世界中に潜水艦の事故が多発していく。
害虫駆除の一環だよ。
---佐藤美和子---
街中に暴徒が溢れていた。警視庁に詰めている捜査関係者にも気が触れてしまう者達が現れていく。高木君も、千葉君も、白鳥君もだ。どこに避難すればいいの?由美と二人で逃げ回る。逃げ場に困ると、スマホが鳴動した。画面には『ボス』と表示されていた。通話モードにすると
『美和子、車を用意して、立川に向かいなさい』
と、ボスの声がして切れた。考え込む余裕がないので、言われた通り、愛車に乗り込み、由美と立川へ向かった。
国立インターを降り、立川へ向けて車を走らせる。
「この辺は見た目平和よね」
と由美。確かに暴徒はいないが、歩いている人すらいない。いや、居た。歩道を行進する人々の列。向かう先は都心の方角である。
車が立川駅傍のガードを潜ると、再度ボスから連絡が入った。
『旧立川学園都市跡に向かいなさい。そこは安全だから、ゲートで指紋認証チェックを受ければ、入れるから』
カーナビで、目的地を登録し、そこへ向かう。
---妃英里---
一夜明けると、街中は暴徒で溢れていた。何が起こっているんだ?テレビ放送は全局流れていないようだ。ラジオもダメだし。どうしよう。部屋の中で蘭と共に震えていた。
ドンドンドン
ドアを誰かが叩いている。暴徒だろうか?
「宮野志保です。助けに参りました」
「えっ!志保さん…」
蘭が駆け寄り、ドアを開けた。
「さぁ、一緒に来て。安全な場所に移動するわよ」
志保と言う女性の手引きで、マンションの屋上へ向かうとヘリが1機待機していた。
「さぁ、乗って!」
蘭と共にヘリに乗り込んだ。
---毛利蘭---
「何が起きているんですか?」
志保さんに訊いた。
「お前の元カレ親子のせいだわ。現状、一弥の生きて行ける場所がないの。だから、今作っているところよ」
私の元カレ…親子…新一と優作おじさんのことか。あの話題になっている遺伝子持ちって…一弥?
「一弥は無事なの?」
「安全な場所で眠っているわよ。総てが終わった後に起きる予定よ」
総てが終わる?
「今起きているのは、分配された一弥のクローン体が、一弥をバケモノとしか見てない者達への、制裁なのよ」
一弥がバケモノ?制裁?
「あなた方、英里さん、蘭さんのほか、美和子さんと由美さんも大丈夫よ。免疫を持っているから」
免疫?
「一弥君が分配って、どういうこと?」
お母さんが眼に涙を溜めて志保さんに訊いた。
「科学の進歩の為、YY遺伝子を世界各国の研究機関に配ったの。一弥のクローン体と知らずに。だから、一弥本人は傷の1つも無いわ」
ヘリが着陸態勢に入ったようだ。眼下には高い塀で囲まれた街があった。
---司波真夜---
悪意有る者達は退治された。目の前で一弥がスヤスヤと寝ている。一弥の裏人格を、長作さんの細胞から造り出したクローン体に分離した。これで、一弥は一弥のままである未来永劫…。
「長作さん…」
私を含めた長作さんに恩のある者達が、世界の居たる場所で長作さんが目覚めるのを待っている。彼は万能細胞を支持していた。彼はクローン技術を支持していた。彼は不妊治療の研究も支持していた。研究その物だったり、資金面の援助など、彼の存在は科学の進歩に必要不可欠であった。
『先ずやってみなはれ。ダメだったり、ダメだった部分を改良しなはれ』
ダメだって結果が出ていない以上、いつだって研究者達の背中を押してくれた。
だから、私達は諦めない。一弥が安心して暮らせる世界に、近づけることを…
---ラム---
「日出ずる国の夜明けは近い」
猛威を振るっていたYY遺伝子達は、いずれ在るべき場所へ帰るだろう。
---一弥---
なんか久しぶりによく寝たなぁ~
眼を覚ますと、そこには、美優がいて。ウザミンがいて、深雪がいて…ありふれた日常があった。