東京へ戻ってきた。現在、英里の部屋に連泊している。今日は朝から蘭がやってきて、英里と楽しそうに食事を作ってくれている。英里の家にしばらくいた方がいいと提案したのは美優であった。坂本家内部に巣くう、俺を排除しようとしている輩を一掃してから、俺を迎えに来るそうだ。俺的には塀の中でも問題無いんだけど…
「ねぇ、山ではどんなことをしていたの?」
蘭が訊いて来た。
「滝行とか瞑想だな。後は、悪路を上ったり降りたりして、精神と体幹を鍛えていた」
体幹は戦闘においても、スポーツにおいても大切なことだ。これが鍛えられていないと、大けがをする。
「私も鍛えようかな?」
「手頃な鍛錬だとバランスボールかな」
バランス感覚を鍛えることで、体幹も鍛えられる。
「なるほど…」
「蘭、楽しそうね」
「うん、こういう話を出来るのは一弥君だけだから」
「彼氏は?」
「アイツはダメ。推理オタクなんだ。だから、身体に関しては無関心で、話題に出来無い」
「彼はダメよ。あれは病気だからね」
英里は蘭の彼氏に不満があるようだ。
「一弥君は好きな子いるの?」
英里に訊かれた。
「好きの定義が判らない。蘭も英里も好きだけど、それが恋愛の好きなのか、友達として好きなのか、わからないんだよ」
他人との距離感も分からない。一人でいることが、常だったし。
「そうなんだ…きっと、時間を掛ければ、分かる時が来ると思うよ」
蘭はそういうが、蘭が愛しているのは彼なのだろう。そんな蘭を恋愛の好きになっていいのか?
「一弥君、難しく考え無いでいいのよ」
そうなのか。難しく考え過ぎているのか。本能のまま突き進むのが良いのかな?
「私は一弥君の事友達以上、恋人未満かな。まだ、よく知らないから」
蘭の頬が紅に染まった気がした。
「蘭、一弥君は優良物件よ。あんな探偵オタなんか止めなさいね」
「う~ん…」
そこは即答すべきだよ。彼氏だろ?
「一弥君はどうしたい?」
蘭に訊かれた。
「俺一人では決められない。妹が坂本家に人質になっているからな」
「人質にしていないわよ。坂本様は、そんな人では無いのよ、一弥君」
英里はそう言うが…そうだと分かってはいる。だけど、それを肯定すると、俺の存在意義が消えそうに思えてしまう。6年間、妹と離されて、山で暮らしていた。美優の盾になるため、死にそうな思いで耐えてきたのだ。今更、美優と同格だって言われても…
「君の生きた道を考えると、簡単には受け入れられないか」
「はい…」
俺は、心の底から、誰かを好きになれるのだろうか?
◇
時差ボケのせいか、夏休みが短く感じた。夏休みの終わりと共に、坂本邸に戻って来た。
「お兄様、おかえりなさい」
「おにいちゃぁぁぁぁぁ~ん!」
俺はこの二人を好きなのだろうか?美優は主、ウザミンは妹である。その関係での好きは、恋愛の好きになるのだろうか?
「どうしましたか?」
「いや、なんでも無い。塀の中で色々考えたから」
「宇佐美を置いていかないでね、おにいちゃん」
そうだよな。コイツを置き去りには出来無い。英里の家の子供には、なれないんだろうな。
美優と共に学校へ向かう。ただそれだけだ。学校では、みんなと交流する美優。俺は一人である。たまに、蘭が声を掛けてくれるが、基本一人である。放課後、狩りに向かう。久しぶりにアーバンジャングルでの狩りである。数名の不良達に、人気の無い路地に連れ込まれ、返り討ちにして、有り金を巻き上げる。
「ちょっと、君!」
しまった。ミニパトの女性警官に見られたのか?
「路地裏は危ないから、立ち入らないようにね。身分証明証を出して」
生徒手帳を出した。
「近藤一弥…君ね」
戸籍上は坂本姓なのだが、忖度の結果、近藤姓にされている俺。妹は坂本姓である。女性警官が無線で本部に確認をしている。
「ちょっと、乗って」
補導のようだ。素直にミニパトの後部座席に乗り込むと、警視庁の生活安全課へ連行された。
「拝戸町、米花街で手荒くやっているそうじゃないか」
不良狩りがバレていた。
「君の行為は過剰防衛に当たるんだよ。分かっている?」
ダンマリを決め込む。
「黙秘か?態度が悪いな。ちょっと泊まって行くか?」
俺は留置場へ入れられた。なんか、こういう場所って落ち着くなぁ。手順的には親への連絡であるが、俺の連絡先は誰も出ない。そう言えば、スマホが没取されたっけ。連絡されると大事になりそうだ。登録されているのは、美優、英里、蘭、美和子、ウザミン、紅葉、和葉である。全員女性、心証が悪そうだ。
「一弥君…」
美和子が来てくれた。刑務官に何やら話し、生活安全課の刑事を呼び出したようだ。
「なんですって…坂本家の長男ですって…でも、身分証は近藤姓ですよ」
「当主を忖度した結果よ。彼があぁなったのは、坂本家の当主のせい」
美和子達の会話が聞こえてくる。
「美和子さん、どういうこと?」
英里の声だ。スマホの連絡先、全員に掛けたのかな?
◇
結果、俺は美和子、英里と共に、暖かい部屋で温かい珈琲を飲んでいる。
「そういう事情があるんですか…ですが、過剰防衛は問題ですよ」
過剰防衛…京都府警でも、大阪府警でも言われている罪状である。
「英里、もういいよ。塀の中に入れてくれ」
「何を言っているの?投げちゃダメよ」
「大阪府警、京都府警から、同様の容疑が掛けられていますよね?」
服部案件だな。
「そうだ。何度も手錠を打たれているよ」
「反省は無いのか?」
「無いよ。降りかかる火の粉は払うだけだ」
「わかった」
俺は、英里、美和子の前から連れ出された。連れて行かれたのは、警察庁警備局警備企画課だった。そこには、あの色黒の刑事さんがいた。
「相変わらず、狩っているんだね」
俺の行動は監視されていたようだ。ここは公安警察と呼ばれる場所だそうだ。
「改めて紹介する。俺は降谷零だ。君をスカウトしたい」
スカウト?
「俺、高校生ですよ」
「知っているよ。家族構成も調査済みだ。君には拒否権は無い。公安ってそういう組織なんだよ」
公安に目を付けられていたとは…
「君の戦闘力、サバイバル術、どれもS級だと判断した。それがスカウト理由だ。この俺が意識を狩られるとは、驚きの戦闘術だったし」
あの時、試されたのか。
「君には高校生の身分で、捜査をして欲しい。今度は金だけでなく、身分証も奪い取ってくれ。それが、犯罪予備軍を摘発する証拠になるから」
狩りを公認してくれるのか?
「悪い話では無いだろ?Win-Winの関係だ」
そう言いながら、俺に身分証を手渡して来た。『警察庁警備局警備企画課 特別捜査官 近藤一弥』と記されていた。
「特別捜査官の階級は警部並にある。京都府警とかのいちゃもんには、その身分証で乗り切れ。後、俺は普段、安室透を名乗っている。本名は表には出すなよ」
降谷零って本名らしい。で、実習ってことで、少年Aとしては特例待遇で、塀の中3ヶ月が言い渡された。塀の中で人間関係を作ることも、公安警察官として大切らしい。潜入するときに役立つ可能性があるそうだ。きっちり刑期を勤め上げ、クリスマスイブの日に出所した。
門を出ると、美和子が待っていてくれた。
「おつとめ、ご苦労様」
笑顔で俺を迎えてくれた美和子。俺は美和子の車の助手席に滑り込むと、車は走り出した。
「公安警察に入ったのを知っているのは、私と妃弁護士、後、坂本家の当主だけよ」
なるほど。美和子も英里も、偽装収監ってことを知っているんだな。
「スゴイなぁ、警察庁の警部扱いって。警視庁換算で警視並だよ」
あぁ、そういうことになるのか。警察庁は本社、支社である警視庁などでは額面以上の待遇になるのか。感心していると、車はお城のような建物に吸い込まれて行った。
「少し早いけど、クリスマスプレゼントよ」
美和子を味わう。いや、暖かな人肌に睡魔が襲ってくる。
「今日は、お泊まりにしようか。随分、疲れているようだね」
美和子の身体、抱き枕に最適だな。
翌日、英里のマンションの前で降ろされた。その足で英里の部屋に行くと、
「メリークリスマス、一弥君」
英里の他、蘭。美優、ウザミンが出迎えてくれた。ケーキがある。肉がある。野菜もたくさんある。
「たくさん食べていいのよ」
「嬉しいよ。塀の中って質素な食事だったから」
「お兄様を前科者にするなんて…許せません」
美優とウザミンが怒っていた。事情を知っている英里は苦笑いをし、蘭が戸惑っている。
「蘭、前科者だけど、好きになってもいいかな?」
「それは…問題無いわよ」
蘭の耳が紅くなっていく。
「お兄様、書類上は私の旦那様になってくださいね」
美優も蘭なら良いらしい。
「ミュー、それって、私は内縁の妻扱い?」
「ダメ?でも実質、本妻だから良いでしょ?私は愛人で良いから」
「おにいちゃん、私は浮気相手でもいいよ~」
いや、ウザミンは血を分けた妹である。それはダメだろう。英里が笑っているし。
◇
翌日、義父に呼ばれた。
「どのような用事でしょうか?」
「すまない…坂本家の内紛のせいで、一弥に迷惑を掛けてしまって」
俺が塀の中に入ってことで、浮かれ気分の俺追放派を全員見つけることができたそうだ。その結果一斉粛正だったそうだ。
「偽装といえ、前科者にしてすまない」
俺が塀の中に入ったのは、潜入捜査への下準備の他、坂本家の粛正者をあぶり出す為でもあったらしい。
「前科者だし、俺、坂本家を出ていいですか?」
「表向きはな。但し、書類上は次期当主だ。美優が譲らないんだ。一弥を次期当主にしろってな」
アイツ、いつから頑固になったんだ?あの弱虫美優がなぁ。
冬休み…京都の山へ行けなかった。毎日、美和子と共に出勤し、俺は警察庁、美和子は警視庁で仕事をして、一緒に帰る日々を送ることになっている。俺は公安警察官としての業務内容を教え込まれ、30日からの取り締まりに向かうらしい。
「当日は俺とコンビだ。狩りは任せる。獲物の選定も任せる」
奪い取った身分証を安室さんに渡せば良いらしい。
「当日は移動指揮車も近くにいる。一弥君を数名でフォローする。だから、大乱闘になっても大丈夫だよ」
って、風見さん。マズイだろう。俺がお縄になりそうだぞ。
「一弥君の粗暴ぷりを見せつけるだけでいい。所轄にタイホされたら、俺が迎えに行く。署内で身分を明かしてもいいぞ」
安室さん達は楽しそうだ。一斉検挙って、公安のパーティーか?
仕事が終わり、美和子を待つ。
「一弥君、乗って!」
急いでいる美和子。助手席に誰かいる。
「あぁ、高木君は後ろよ。そこは一弥君の席なのよ!」
「えっ!美和子さん…僕は相棒ですよ」
「彼氏では無いのよ。誤解されるでしょ?」
なんか、車内で揉めているので、俺は後部座席に乗った。
「ゴメン、一弥君」
「いいよ。彼氏さん?」
「違う!単なる相棒よ」
「そんなぁ~、美和子さん」
片想いなのか?って、車は猛ダッシュで走り出した。事件らしい。仕事用のスマホで、美和子と臨場すると連絡をしておく。フォローしてくれるかな。現場はコンビニ…店員と客を人質にした籠城事件のようだ。
「一弥君、どうすれば良いかな?」
包丁を持った犯人。単独犯かな?
「美和子、拳銃を貸して」
「いいけど…」
「ちょっと、美和子さん。部外者に貸しちゃダメでしょ?」
「一弥君は、ごにょごにょ」
「えっ!公安の捜査官?」
「高木!声がデカイよ」
拳銃を手にした俺は、犯人の死角に潜り込み、ガラスカッターで壁面のガラスを切り取って、店内に侵入した。そして、犯人の前に飛び出し、包丁を持つ腕を撃ち抜いた。
「痛っ!」
転がる犯人から、包丁をもぎ取り、突入してきた警察官に、包丁を渡し、美和子に拳銃を返した。
「美和子、帰ろうよ」
「一旦、戻ってからよ。報告しなくちゃ」
美和子の車で警視庁に戻り、二人で捜査一課の部屋に向かった。二人?あれ?三人で向かわなかったっけ?
「目暮警部、籠城事件は解決しました」
「あぁ、連絡はあった。だが、その少年に拳銃を貸すとはどういうことだね」
「彼、公安の特捜ですよ」
俺は身分証を見せた。
「なんだと…私よりも階級が上なのか…」
俺の身分証を手にして、震えている美和子の上司。
---佐藤美和子---
翌日、職場へ向かうと、私を見る目が妙である。高木君が何かを口にしたようで、彼と視線が合うと目をそらされた。アイツ…
「美和子さん、ちょっと小耳に挟んだのですが」
私を狙っている白鳥君が声を掛けてきた。
「何かしら?」
「美和子さん、彼氏が出来たそうですね。何者ですか?」
やはり、高木のヤツだな。
「プライベートよ。あなたたちには関係無いでしょ!」
「いえ、関係ありますよ。職場のアイドルが彼氏を、作っちゃダメです」
えっ!何を言っているんだ?
「別にアイドルじゃないし、彼とのことは大切にしたいの。関わらないでくれるかな?」
「そうはいきません。我らの美和子さんのことですよ。私達でお守りします」
捜一、大丈夫か?頭が痛い。
「玩具の警察手帳を目暮警部に振りかざしたそうですね」
玩具?あれって、本物だけど…
「美和子…何?いきなり逮捕だってよ~」
へぇ?一弥君の声…振り向くと、一弥君の手首には手錠が打たれていた。
「いいか?偽の警察手帳を所持するって、ダメだよ。君、前科1犯だよな?」
千葉君がしょっ引いてきたのか?あれ?由美もいるし…
「それ、本物だよ。検査する装置があるんだろ?調べて見ろよ」
「反省が無いんだね、君は!美和子の友人として、君の行為は、絶対に許せない」
由美…本物だよ…それ…
「すみません。本店の指示を受けて、ここに来ました風見です。本店のモグラが誤認逮捕されたみたいなんですが」
大事になりそうだ。
「あぁ、佐藤刑事、お久しぶりです。うちのモグラは?」
私を知っている風見さんに訊かれ、由美のお説教を食らっている一弥君を指差した。
「おい!君の階級はなんだ?」
一弥君の姿を見て、風見さんがキレたみたいだ。一弥君のことを、自分の弟のように大切にて扱ってくれている彼。
「そういうお前は何者だ?」
「俺は警視庁公安部で警部補をしている風見だ」
警察手帳を出して、身分を示した。
「えっ!公安の警部補?あ、私は警視庁交通部交通執行課で警部補をしています宮本です」
風見さんに敬礼する由美。公安は怖い存在であるものな。
「あぁ、風見さん、遅いよ」
「ゴメンゴメン、まさか庁舎内で逮捕されるなんて、夢にも思わなかったから、油断していたよ」
そのヤリトリを見て、変な汗をかき始めた由美と千葉君。
「それって…彼、本物の捜査員?」
「これ、玩具じゃ無いんですよ。捜一には検査装置ないんですか?」
「無いですよ。たぶん、鑑識にあるんじゃないかな」
風見さんに訊かれたので、私が答えた。
「それじゃ、しょうが無いか…彼は、ウチの新人ですよ。公安部では無く、公安警察の方のね」
公安部は警視庁で、公安警察は警察庁である。なので、一弥君の方が風見さんよりも、階級は遙か上だったりする。
「公安…警察…」
千葉君の手は震え、一弥に打った手錠が中々外せないので。代わりに私が外した。
「一弥君、大丈夫?」
「公文書偽造で前科2犯になるところだったよ」
箔が付くケースだな。裏世界なら…
「言っておきますが、一弥君は俺よりも階級は上ですよ」
「何…特捜だと…」
一弥君の手帳を改めて確認して狼狽えている白鳥君。
「本店の特捜を誤認逮捕って、どういうことですか?あぁ、ちなみに、一弥君の仕事用スマホは、拾った音声をクラウドサーバーに保存しているんですよ。言っている意味、分かりますよね?」
一弥君を侮辱した言葉、由美のしたお説教など、総て録音されて、保存されているってことである。因みにプライベート部分は、安室さん達のチェック後に消去してくれるらしい。一応、聞くらしい。一弥君の間違った知識を正す為らしい。特に間違った性知識は、指摘して正されたそうだ。
「えん罪の作られ方、誤認逮捕後の扱い、公安として、今後の資料に使わせて貰いますよ。上からの指示で、上司である一弥君と、佐藤刑事を持ち帰るよう、言われていますので、連行しますね」
連行と言うか、警察庁の特捜の部屋に連れていかれ、今日一日、凹んでいる一弥君の傍で、過ごす事を頼まれた。特別有給休暇みたいな物らしい。