幸せに緩んでいたアイズの表情は徐々に険しくなっていった。
ベルがずっと無言だからだ。
キスをねだっても返してくれないどころか、呼び掛けても揺すっても縋りついても微動だにせず目を閉じたままだからだ。
自分が母になり、ベルが父になる。そう言ったのに。自分なりの求愛の言葉を想いを込めて伝えたのに、ベルは何もしてくれない。
キスしてくれない。
どういうことか?
まさか……ベルは、私との子を嬉しくないのか。
一瞬だけよぎった考え、アイズはそれを否定しようとする。強く首を振って否定しようとする。
そんなことない! ベルはさっき受け入れてくれていた! 気絶した時に無理やり犯したのに受け入れてくれた!
自分に言い聞かせるように心の中で繰り返すが……
じゃあ何で、と心の漆黒の意思が囁く。薄れたはずの漆黒の意思が濃くなり燃え盛る。
どうしてベルは子供を受け止めてくれないの?
違う違う。
そもそも、ベルは本当に受け入れてくれたの?
違う……違う……
私がそう思っただけで、ベルは悲しそうにしている女の子を慰めようとしたんじゃないの?
違っ……ぅ……ちが
色々な女の子にそういう風にして、色々な女の子の英雄になったように
ぁ……ぁ……あぁ……
そうだ。
ベルはそういう子じゃないか。
そういう男の子だったじゃないか。
そういう男の子だから私は好きになったんじゃないか。
無理やり犯したのがアイズでなくとも、恐らくベルは同じことをした。優しく抱きしめて微笑んでくれた。
アイズだからではない。
アイズだから優しく微笑みながら抱きしめたわけではない。
だから、子供が出来てしまって気絶したのだ。欲しくもない子供を作られた衝撃で気絶したのだ。
──絶望
全てを理解したアイズの心がその感情だけで染まる。
一度受け入れてくれたという希望を持った故に、その絶望は深く濃い。
レヴィスとの決戦時を遥かに上回る黒い炎が身を染め上げて、瞬時に意志を委ねようとするのに抵抗する気さえ起きない。
もう、いい。
もう、どうでも──
「アイズさん、僕はあなたが好きです」
そう、もう、こんな風にベルが言ってくれるわけがないから、もうどうでも────
「……………………え?」
完璧な奇襲だった。二人の様子を観ることが出来る第三者が居れば誰もが讃えるほどに、完璧な奇襲だった。
アイズが
あまりのタイミングの良さに、耳で聞こえて脳裏で理解できた言葉が、アイズ本人には本当に言われたのか妄想ではないかと深刻な疑いを抱かせたほどだった。
待って、今ベルなんて、抱き締めて、誰を、私を、好き、誰、私、何で、酷いこと、でも好きって、いや、そんなこと言ってくれるはずが……え???
「………………──―……」
沈黙。完全な沈黙。無数の疑問に頭の中に一斉に押しかけてこられたアイズはパニックになりフリーズする。
まるで無視しているかのようにも見えるアイズの姿。だが、ベルに動揺はない。
ここまでくれば胸の中の想いを貫くだけと決めている。
一層柔らかな笑みを浮かべて想いをもう一度貫く。
他の何よりも優先して言わなければならない想いをもう一度貫く。
「アイズさん、僕はあなたが好きです」
かあぁぁぁぁぁ
「え……えええ、ええ、えええ、え、ええ、え、え、えええ、ぇぇっ……」
何を言われたのか理解すると、ベルの腕を弾きながらガバッと起き上がり、真っ赤になり視線を逸らしてしまう。
ひょっとしたら、ベルは会ったばかりの時に何度か逃げたように今回も逃げてしまうのではないか。だから顔を逸らしたのだと、即座に好きだと返せない自分の臆病さの言い訳にもならない言葉をパニック状態の心の中で言いながら。
「ぇ、えーと、その……き、聞こえなかったから、その……もう一度」
で、もう一度告白を望んだ。
自分が知っているベルなら、膝枕をして逃げだしたり、裸を見て逃げ出したベルなら、告白を恥ずかしがるはずだ。
だから、その、逃げるのはダメだけど、目を逸らしたり顔を真っ赤にしたりするだろう……多分。
だから、すっっっっっっっっごく、うれしいけど、返事は後だ。ベルが恥ずかしがって逃げたりしないのを確認した後だ。
それに、一度告白されたくらいで許してはならない。受け入れられたと勘違いしていたのは悪かったけど。それでも、自分なりに必死で求愛の言葉を告げてキスをねだったのだ。なのに、ずっと無視されたことを一度告白されただけで許すなんてダメだ。自分の怒りはそんな生易しいものではない。女の子は安売りしてはならないとティオネが言っていた。ここがその時だ。
もう一度告白してもらい、恥ずかしさで真っ赤になったベルが目を逸らしたところで、ベルの方を向いて自分も好きだと告白し返す。これでお相子、完璧。年上としての先生としての威厳が保てる。
(さあ……ベル顔を真っ赤にして)
あまりにも見当違いというか↗️の結論を出したアイズ。対応を間違えれば大火傷するだろう。
「アイズさん──僕はあなたが、好きです」
だが、祖母によるショックで450°回転して覚醒したベルに隙は無い。
再度告白するだけではなく、そっとアイズの手を握ってきた。
どこまでも優しく手を握り、アイズに熱と真摯な想いを伝えてきた。
今のアイズに対する完璧な対応をしてきた。
「ぁ……あ、ぅぅん、え……」
いつものように表情の乏しいままだが、内面は全ての思案を吹き飛ばされてしまい、産まれて初めて好きな人に告白された乙女そのものになったアイズ。
全ての感情がシェイクされて無になり、言葉にならない呻き声をあげるだけで顔を逸らしたまま硬直してしまう。
感じるのはベルが優しく握ってくれている手の温もりだけ。
「あ、え……あの……ぅ、ぅぅ……」
その温もりに勇気を貰い、恐る恐るベルの顔を見たアイズの瞳に映るのは、包容力さえ帯びるようになったベルの瞳。照れでわずかに頬を染めていても、こ揺るぎもしない眼差し。
その瞳と言葉と想いがアイズの心を癒してくれる。黒い炎を白い炎に変えてくれる。
あまりにまっすぐな想いは、心の異常やヤンデレ成分などを吹き飛ばす。
残るのは、素の少女であるアイズだけしか残らない。
「ベル……」
ベルのまっすぐな想いを込めた瞳の前で、裸をさらしている自分が場違いなように思えたアイズは自然と両腕で乳房と秘所をベルの視界から隠して身を縮れこませる。
恥ずかしい。湧き上がる羞恥の想いが、さらにアイズの身を縮れこませ、名を呼ばせ、そのまま胎内からベルの逸物を抜き去ろうとさせる。
ポンッ
「はぁっ」
スパークリングワインのコルクを抜いたような音。生来の膣圧の高さが招いた音にアイズは恥じらい頬を染め一度鳴く。
「ベル……」
痛みと僅かな熱を宿す胎内。視線を一度ぽっかりと開いた穴から勢いよく吐き出される朱染めの白濁液に向け、ベルの顔へ向けた。体のつながりを失ったばかりのベルへと向け、もう一度名を呼んた。
そうすれば、体の繋がりを無くしたのに、ベルの視線は一層優しく包容力を帯びたものへと変わる。その視線が、アイズの胸を高鳴らせて、頬を熱くさせ、体の隅々にまで暖かくして、心に安心を注ぎ込む。
こうすべきだった、決定的に間違っていた何かが正しくなった。
その思いが、触れ合うベルの体温を一層心地良いものとして心身を暖めてくれる。
安らぎ幸せなひと時をアイズは味わう。
もっと味わいたいこの時間。
「あ、あの、み、耳に水が詰まってたから……も、もう一度」
「僕はアイズさんが好きです」
なので、おかわりを要望した。そしたら、間髪入れずに返してくれた。
「……」
「……」
……もうすこしだけ、良いかな。返事をするのはもう一度言ってもらった後でいいかな。そうだ。あともう一回、もう一度だけ。
一体化して消え失せていた筈の内心の幼女が、宙に浮きそうなくらい激しく頷く。
「も、もう一度」
「僕はあなたのことが好きです」
恥ずかしすぎてベルの顔が見れなくなった。
そ、そ、とベルから目を逸らし、チラチラと見たり逸らしたりを繰り返すうちに耐えられなくなった。
そうだ。返事だ。返事をしないと。さっき決意したばかりじゃないか。自分もベルが好きだとはっきりと言わなければ。せめて、ありがとうとか嬉しいくらいは言わなければ、ベルに失礼だ。
早とちりして、ベルが受け入れてくれたと思ったのを忘れてはいけない。子供を産むことで、ベルと私でお父さんとお母さんになろうと強制したことを忘れてはならない。
これだけ真っすぐな想いをぶつけてくれるのだから、私も真っすぐな想いを返さなければ。
想いを新たにして、だらしなく蕩けそうな頬を引き締めベルと真っ直ぐ見つめあい。
──はっきりと聞く。
「あ、あの……もう、もう一回」
自分の臆病っぷりにアイズは情けなくなった。
どよーんとしたものを漂わせるアイズの手をベルは優しく撫でながら告白する。
「僕はアイズさんのことが好きです」
すっっっごく嬉しい。とてもとてもとても恥ずかしい。幸せすぎて体が溶けてしまいそう。自分の臆病っぷりに対する情けなさなど吹き飛んでしまった。
内心の幼女が四つん這いになった姿勢で、はぁはぁ荒い呼吸のまま、ぐっと親指を立てる。
ならば、するべきことがある。ベルとの間にあった現状認識の差を埋めなければならない。意を決して言葉に出す。
「で、でも……私、ベルに黙って……こんなことしたし──」
「正直、無理やりこんなことされたことを怒ってます」
「ぅ……」
「でも、僕があなたが好きだということには変わりません」
「ぁぅ……」
意を決したはずなのに、おどおどとした口調でベルの様子を伺うような己の言葉。自分でも嫌気がさすほどに自虐的な言葉。なのに、ベルは顔を照れで顔を赤く染めながらはっきりと想いを伝えて自虐を優しく包んでくれる。
どうしよう、凄くうれしい。すごく幸せ。
──なので、おかわりした。
「…………もう一回」
「僕はアイズさんが大好きです」
「ち、血の匂いがするような……私が、好き、なの?」
「アイズさんからは涼しい清涼の香りがします。僕はそんな香りがするアイズさんが好きです」
凄い。これ凄い。なにこれ凄い。変化球を巧みに打ち抜かれたアイズの頭にはそんな単語しかなかった。
ベルに好きだと言われるたびに心の奥が熱くなり全身を火照らせてくれるのが凄い。本当に凄い。凄いとしか言えない。
熱で火照り切って霞む視界さえ素晴らしい。
凄い。これ凄い。なにこれ凄い。
内心の幼女が、四つん這いになった姿勢で鼻から紅いものを垂らしながらビクンビクンと痙攣する。
──もっと言ってもらおう。
「わ、私、表情硬いし……言葉も拙い、よ」
「そうかもしれません。でも──」
「でも」
「アイズさんが硬い表情と思っている顔。その顔にいつも浮かべている仄かな微笑みが、アイズさんの純朴な優しさを表していて僕は好きです」
祖母の圧力で精神的に鍛えられたベルは、照れていても視線を逸らすこと無く、祖父の影響が垣間みえる誉め言葉で想いを貫く。
火照り切った顔をアイズは壁に打ち付けたくなるような気恥ずかしさを覚えた。
内心の幼女が顔を抑えてあっちこっちゴロゴロ転がる。
アイズにも転がりたいという欲求はあったが、ベルと体を離すという選択肢が浮かばないからこのままだ。
「……は、話下手は、どうかな」
そのまま、どん欲におかわりした。
「会話が苦手で言葉足らずだからこそ、自分の想いを丁寧に伝えようと頑張っている。そんな一生懸命なアイズさんが好きです」
ど、どうしよう。私どうすれば良いの? 何をすれば良いの? 何を求められているの?
「料理も……作れないよ」
「これから覚えていきましょう」
「教えて……くれる」
「一緒に作りましょう」
「……私の作った料理……食べて、くれる?」
「はい。楽しみにしています」
「……こ、こんなに欠点だらけの……わ、私で、良いの?」
「家事万能な料理上手で表情豊かで話し上手な子は居ると思います」
「う、うん……ベルの、身近に、も……」
「でも」
「……で、でも?」
「僕が好きになったのはアイズさんです」
「……ぇ……ぁ……ぅ……う、うん」
内心はパニック状態なのに、アイズの本能は真っ赤になった顔を緩ませながらベルとの会話を続けることを望む。
というより、アイズは最早本能でしか動けない。
天国と地獄のジェットコースターを何度も敢行したアイズの精神は、本能優先となり、内心──
オラは何を書いているの?アイズがヘラ様2世になるプロットは何処へ?(真顔