※この作品はR-18です。

憧憬が憧憬でなくなった日   作:サリエリキキ

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 仲が良くなっても譲れないものがある。




エピローグ 神々のお茶会

「まあ、色々、ほんまぁぁぁに色々あったけど、めでたいことや」

 

 コポコポ。

 対面の女神に茶を注ぎながら、道化の女神は言う。

 本当に色々あった。

 道化の女神の一身だけでも色々あった。

『妊婦の身体に障る。酒と煙草の匂いを漂わせる者はホーム立入禁止』を副団長(当時)に言い渡されたのはまだ良い。

『この状況で飲むななんてアホやぁっ。うちは飲むでぇ! みんなも飲みぃ! そんで飲み終わったらドチビんとことラグナロクやぁぁぁ~~!! こぉんの土下座白兎、槍の穂先の代わりにくくりつけて突っ込むでぇぇぇぇっ!!!』と反抗した瞬間、着の身着のままホームを追い出された上で『送還される危険性が無い限り手助け禁止』を団員に通達された結果、ホームレスへとジョブチェンジしてしまったのは良くなかった。

 ──そして、それだけで終わるわけがなかった。

 天界でのヤラカシと地上での所業による自業自得により、同盟相手や取引相手は居てもタダで養ってくれる裏のない友神なんて居ないロキ。その流転が始まった。

 ……で、その、まあ、色々、本当に色々あって──オラリオ野犬団ボスの座を反逆により失った日。

 全てを失い、変な酸っぱい臭いさえ漂わせるほどに心身ともにボロボロになった雨の日に、ロキを探していた対面の女神にバッタリ会ったのだ。

 最初は、自身の境遇の惨めさを見られたことに恥ずかしくなり逃げ出そうとしたのだが。

 色々、本当に色々込み上げてきて

『後生や。助けてぇ』

 と、裏の無い善良な神格という点で比類ない相手に縋り付いた。

 で、酸っぱい臭いがするほど汚れた己を躊躇無く抱き締めて涙声で『絶対、助ける』と断言してくれた相手の豊満な胸で感謝に慟哭してから、居候へとジョブチェンジするくらいの事があった。

 

「そうだね。新しい命が生まれるんだ。喜ばしいことだよ」

 

 コポコポ。

 断酒中の相手のために、茶を注ぎながら返した炉の女神にも色々あった。

 

 遠征から帰ってきた眷属を迎えた途端、今までで一番真剣な顔をした恋慕する眷属から、17の女の子を孕ませたから結婚します許してください。とか言われたのだ。

 驚愕し問い詰め憤慨して嫉妬して「挨拶に行くなら一人で行ってこい!? ボクは行かないからな!?」と蹴り飛ばした彼女を誰も責められないだろう。

 だが、神々の中でトップクラスの善良な神であるヘスティアはここからが違った。

 恋慕の嫉妬を保ったまま、恋するベルが愛する少女との間に子供が出来たことに喜び、愛するベルと愛し合うようになったアイズを応援し、愛し合う二人から産まれてくる子供を祝福する。してしまう。

 そして、「ボクって本当に損な性分だな」とため息一つ。全ての葛藤をため息一つで受け入れ、惑乱状態のリリと春姫を半強制的に落ち着かせ(薬で眠らせた)命に預けヴェルフに後事を任せた後、なすべきことをするためにベルの後を追いかけた。

 今も女として愛するベルのために。愛するベルが愛した相手、妬ましくも可愛い存在であるアイズのために。産まれてくる赤子に両親と同じ家で同じ炉を囲まさせるために──家族として過ごさせるために。

 一つの家族の幸せのために走った。

 宿敵であるロキに、二人の婚姻を許してくれるまで土下座して謝るために走った。

 

 だって、目に入れても痛くないほどに溺愛する眷属、17の女の子(アイズ)を孕まされてから「娘さんを下さい」なんて言われるんだぜ。

 後から、挨拶に来て許しを乞い願ったベルを足蹴にしたと聞いたが、非を鳴らすことなんて出来ない。というか同じことをされたら自分もする。それくらいする。

 

 罵られながら踏みつけられ蹴り回されるくらいのことは、甘んじてうけよう。覚悟を決めて何処か雰囲気が可怪しいロキファミリアに着いたヘスティア。

 門番が居ないことに訝しんだが、気にする余裕もなく、ロキに二人の結婚を認めてくれと、絶叫しながら突入した。

 そんな彼女が最初に会ったのは、ヘスティアの声を聞き慌ててこちらに走ってきた女性。ヘスティアの姿を見て、表情を驚きから安堵と喜びに変えたロキファミリア副団長(当時)だった。

 そして──

 

「そうか。あなたは許してくれるのだな。それだけでなく、アレを説得する為に来てくれたのか……やはり、あなたは慈愛の女神だ。アレとは違う──信じていたぞ。

(何かを振り払うように首を振り)ロキを追放した。ついては、今からギルドに異なるファミリア間での婚姻の報告に向かうので、当事者の主神としてご同道願いたい」

 

 ──ロキファミリア副団長(当時)の口から出たのは、自身が神だと信じられなくなる台詞だった。

 

 ここまでが序の口。

 

「ちょっと待てぇぇっ!?」だの「ロキィ!? ロキィィ!!??」だの「無事かぁぁっ!? 返事しろぉぉぉっ!!??」だの悲痛な声を上げながら血眼でロキを探そうとしたヘスティアだったが。

「速いうちに婚姻を済ませ、安心して子供を産ませてやるべきだ」とロキファミリア副団長(当時)に説得されて納得し、ギルドだの、神会だの、他ファミリアだの、弟妹だの、眷属だの……色々、本当に色々、駆け回った。

 そして、保護者としての責務を全うしたのだ。一段落ついた瞬間倒れはしたが、完璧に全うした。それくらいのことがあった。

 ──なお、一連のヘスティアの行動を後で聞いた愚弟は「そんなんじゃから、ねぇちゃんはン億年処女なんじゃよ。勿体ないなあ、モテんのに」と愛おしげに呟いた。

 

 

 

 色々ありすぎた二人の神は、鏡写しのごとき全く同じ動作で何かを振り払うように首を振り茶を飲み干し杯を置くと雑談を再開する。

 

「せやせや。あの二人の子供やでどっちに似ても可愛いこと間違いなしや」

「うんうん。男の子でも女の子でも可愛いだろうねえ」

「8ヶ月にしてはお腹も大きいしなあ。ひょっとしたら、両方かもしれん」

「双子かあ。良いねえ。胎動もしっかりしてるから、元気も良いだろうし」

「ホンマ元気エエよなあ。男の子と女の子、準備しとる両方の名前が付けられるし言うこと無しや」

「最初の子供の名前は自分たちで決める、かあ。親の自覚が出来たというか。子供の成長は速いねえ」

「せやなあ。明日会えるのが楽しみや」

「そうだねえ。明日からはこっちで過ごす日だからね」

「指折り数えて待っとったで。まあ、予定なら一昨日には来とったんやけどなあ。あの爆発さえなければなあ」

「仕方ないよ。妊婦の安全が最優先、体の調子を崩した訳じゃなくて本当に良かった」

「全くやな」

 

 うふふふ。

 二人目以降の子の名前は、自分()()が付けると疑わない道化と炉(仲良し二人)の笑いが唱和する。

 

 

「にしても、ヘラが帰ってくるとはなぁ」

 

 笑いが収まったロキが色々あったことの中でも大きな一端をポツリと口にし、ヘスティアが受ける。

 

「本人は暇つぶしに遊びに来たらしいけどねえ。眷属は居てもファミリアは構えてないし……ああ、その節は本当に迷惑かけちゃったね」

「気にせんでええで、苦労しとるのはフレイヤやからなあ……帰ってきた最初の宴で『伴侶を探すなどとのたまい、老若男女問わず跨って一戦交えては伴侶ではなかったと次を探す。自分の伴侶たるものが、どのような存在か定義できない有様でそれとは。お前ほどビッチの名にふさわしいものは居ないな』やからなあ」

「ふうん、ボクは忙しくて行けなかったけど、そんなこと言ったんだ。そんな分かりやすく喧嘩売るなんて、珍しくずいぶん怒ってたんだね。ヘラ」

「……め、珍しいんかなぁ。割りと何時も怒ってるっちゅうか。何考えとんのかよく分からんとうて、話通じへんけど」

「??? そっかなぁ、あの娘ほど分かりやすい子、そう居ないんだけど、なんで皆……うーん、まあ、良いか。それで、フレイヤは喧嘩買ったの?」

「買った。いや、あれは、買わずにいられへんかったんやろ」

「?」

「いや、実はな」

 

 先の台詞から始まった発言ほど見事な宣戦布告は無かった、とロキは思いながら話し出す。

 

 

 

『あらあら、一人の男しか知らない身でよくもいえるのね。ヘラ』

『私はお前と違って伴侶を得ているからな。可愛い孫が居て、ひ孫さえ直に産まれるほどに愛し合っている伴侶が。だから幾らでも言える。私は満ち足りていると。

 さもしいお前にはさぞ羨ましいだろう。

 ……ああ、すまんな。私としたことが、気付かなかった。私が孫と抱き合う姿を覗いていた時から、お前が今のように私に浴びせている視線は嫉妬の視線だったのか。あまりにさもしい視線ゆえに気付かなかったことを許せよ』

『────ふふっ』

『気付かなかった詫びだ。私が、この私が、お前のために骨を折ってやろう。

 良いぞフレイヤ。神々の女王たるこの身を、嫉妬などというさもしく下劣極まりない想いを抱きながら見つめ(けが)すことを許す。結婚を司る女神として、独り身のビッチの妬みに(けが)されるのも責務の一つゆえに許そうではないか』

『……今日はずいぶんと多弁なのね、ヘラ。心にやましいことがある者によくあ『多弁? 確かに今日の私は多弁かもしれぬな。まさか、ここまで高揚するとは思わなかった』……何、それ』

 

 もう止めて挑発しないで。そんな周囲の神々を含む宴出席者の願いも空しく、胸元からヘラが愛おしそうに取り出したのは一つのロケットペンダント。

 

『……あなたが着けるには安っぽい上に、着ている服に似合っていないわ。大切なものでしょうから、身に着けるのは理解できても、このような宴の席で取り出して見せびらかすものではないわね。

 女として当たり前の常識を忘れるまで女を捨てたの『これはな、私たちの孫が、ベルが、私に、私たち家族のために、手ずから作ってくれたペンダントだ』──!!』

 

 慈愛の女神ですら敗北感を抱くほどの優しい笑みを浮かべたヘラは、愛しい物(ペンダント)を撫でる。

 

『今日、私のために、私たち家族ために、作り上げて贈ってくれたのだ。このペンダントの中に、私たち夫婦とひ孫を抱いた孫夫婦が写った絵。それと、あの子達、ベルの両親の絵を入れたい。ベルは、私たち夫婦の可愛い孫は、私に渡しながらそう言ってくれたのだ。

 幸せのあまり高揚の一つもしよう──……おや』

 

 そっと胸元から頑丈な小箱を取り出して、ヘラは護るようにペンダントをしまいこんだ。

 

『さもしい嫉妬の視線が、あさましい嫉妬する盗人の視線になったか。振られても、天上まで追いかけて抵抗できぬ魂を囲わんとする。何処までもあさましく惨めな本性を現したか……ふぅぅっ……何と無様で──』

 

 大仰にやれやれと肩をすくめながらため息をついたヘラは、哀れみの眼差しと笑みで──

 

『──醜い』

 

 ──美の女神に言いはなった。

 

 

 ──止めよう。

 思い出してはいけない。

 絶対に思い出してはいけない。

『私の宣戦布告が気に入った者だけ武器を取れ、気に入らない者は寝ようが帰ろうが寝返ろうが好きにせよ』そんな連絡に興味半分で集まったヘラファミリア(残党)。

 主神の宣戦布告に『死後の魂総取り盤外勝利なんて女として認められるかぁ!? あの腐れビッチを未来永劫地上に封印してやれっ!?』と熱狂するあの女傑共。

 彼女らが、フレイヤファミリアの眷属と取引相手を叩きに叩いて、オラリオ全体を狂乱に叩き込み続ける女の闘いなど、記憶に残しておいて面白いものではない。

 可愛い孫(ベル)と買い物したりベンチで肩を揉んで貰ったり足が痛いとか言って背負って貰うだけでなく、ベルとアイズ(孫夫婦)と仲良く食事をしたりして、散々家族仲が良い様を見せつけてから前述の台詞を吐いたこと(止めを刺した)など、自分には何の関係もない。

 アイズとその子に手を出されなければ関係ない。

 ペンダントにヘラの言葉通りの眼差しをフレイヤが送り、ヘラの言っている事が正しいと周りが認識したあの時にケリは実質ついているのだから。

 例えフレイヤがあそこで巧く逃れても、ベルをそこまで想っている事は明かされてしまった。

 これからフレイヤは、神々から天界まで惚れた魂を追い掛けて囲むのではないかと疑われ続けてしまう。そして、それこそがフレイヤの負けだ。

 フレイヤがベルの死後の魂に手をつけなければ問題はないが──100パーないわぁ──手をつけた瞬間、四方八方から叩かれベルの魂は保護されてそのまま転生する。最高の意趣返しに、満面の笑みでベルの魂を優しく転生させるイシュタルの姿が見えるくらいに確実に転生する。

 そして、フレイヤはそれを指を咥えて見ていることしか出来ないのだ。フレイヤには絶対に耐えられない未来だろう。

 だから、フレイヤが勝つには──神生においてどんな形にしろベルを手に入れるには──この地上でヘラに勝ち邪魔者を全て排除する。盤面をひっくり返せるだけの隠し札でも無い限りこれしかない。

 あのヘラに勝つ。

 くっそ高い監視能力と迅速な情報収集能力と確実無比な情報分析能力を併せ持つヘラに。

 挑発や怒鳴り合いはしても──勝てる。と踏んでからしか喧嘩しないヘラに。

 フレイヤを喧嘩を買わざるを得ない状況に追い込んだヘラに勝つ。

 何、このムリゲー。

 ヘラとゼウスが負けるとか……改めて、黒龍どんだけなんかなあ。

 ──止めよう。

 関係の無い自分が頭を悩ませる問題ではない。

 嘆くのはロイマンとウラノスだけで良い。

 今の自分はただの居候だし、ロキファミリアは団長が『不在』なのだ。

 だから、泣きつかれても困る。

 つい昨日、訪れたロイマンに「戦いの野が陥落して焼け落ちた。助けてくれ」と泣き叫ばれても、困るしか出来ないしやらないのだ。

 あの戦いのお陰で、アイズが来れなかった方が重要なのだ。

 正直、少し気持ち悪かったし。

 ぶんぶん首をふるって嫌な思い出を振り払うロキの前で、話を聞いたヘスティアは物憂げなため息をつく。

 

「本当にあの子はもう。普段は怒らないのに、一度怒ると手が早い上に容赦ないから、喧嘩の度に周りに被害だして関係ない他人に沢山迷惑かけるんだよねえ。

 他にも、愚弟がやらかした時には、何も悪いことしてない子に八つ当たりしようとして手を焼かされるし。

 本当に、昔っから手がかかるんだよねえ……そこも可愛いところなんだけどさあ。

 はぁぁっ、フレイヤのちょっかいが無くなったのは有り難いけど。ウラノスが悲鳴上げてるし……フレイヤは兎も角、周りにはやり過ぎないように、それとなく注意しないとなあ。警告して財産持ち出せる時間待ってはいても、フレイヤと取引しただけで商会を焼き討ちはなぁ」

 

 フレイヤがベル君にしようとしてた事に気付かなかったから本当に有り難いんだけどさあ。とか言いながら、あのヘラをただのヤンチャな妹扱いするヘスティアのフラットっぷりに若干ロキは引く。

 ひょっとして、ヘラがあんなにお上品かつ穏やかに──関係無い者を絶対に巻き込まず、関係者でも警告無しで焼き討ちせず──戦うのは、ヘスティア()が居るからではないか。姉に良いところ見せようとしているのではないか。

 なら、ヘスティアが言うように、ヘラは分かりやすい──所が、本の少し、本のちょっとは、あるかもしれない。

 そんな風に思いながら、ロキはテーブルの上の菓子を手に取ろうとする。が、菓子がちょうど切れてしまっていた。

 どうしようか。追加を頼むべきか、迷うなかノックの音が響いた。

 

 

 

 

「神様ー、お代わりとお菓子持ってきたよー」

「おっ、ええタイミングやぁ」

「ありがとう。ちょうど切れたところだったんだ。さあ、入って入って、入っておくれよ」

「命と千草に教えてもらって皆で作ったんだ」

 

 神二人の返事を聞き、とことこと部屋に入ってきた少女二人がそれぞれの前にポットとお菓子を置く。

 一般人が見れば仕立てのいい服を着た少女二人の片方に対し、驚愕した後で逃げるか戦うか腰を抜かすだろうが、少女のことをよく知る神々には呼吸同然のことでしかない。

 

「おう。ありがとうなウィーネたん」

「ルゥくんもありがとね」

 

 礼を言った後、軽く雑談する中、速くダンジョンに入りたいとねだるルゥをヘスティアが嗜める。

 

「僕とマリアくんを悲しませないでおくれよ。皆まだ小さいんだ。今は十分な訓練をする時だよ」

「でも、孤児院の子達ファミリアに入れてくれて、こんな立派な家に住ませてくれて、きれいな服もお腹いっぱいの食事も勉強も教えてくれて訓練もしてくれて装備もくれたのに、私たち……その、お金、大丈夫かなって」

「何度もいうけど、お金の心配はいらないよ。うちには余裕があるからね」

「ファイたんのナイフの借金除けばなー。利子なし期限なし担保なしの借金と読んじゃいかんアレ除けばなー」とケラケラ笑いながらロキのおどける姿にルゥの表情が明るくなる。

 

「今の君たちに必要なのは、よく食べて、よく遊んで、よく寝て、よく勉強して、よく訓練すること。はい、復唱っ」

「よく食べて、よく遊んで、よく寝て、よく勉強して、よく訓練する……頑張るね神様」

「うん。よしよし良い子だ。もちろんウィーネ君も」

「えへへ」

「神様の手……暖かいから好き」

「で、何から頑張るんだい」

「フェルズ先生に魔法の勉強教えて貰ってくる」

「私は、家事教えて貰ってくる。新しい料理教えて貰うんだよ」

「よーし、頑張ってくるんだよ」

「うんっ」

「それと」

「?」

「無理しちゃダメだぜ。これは大事なことだから、君たちから皆にも伝えてくれよっ」

「「はーい」」

 

 こうしておけば、行く先々で休憩出来るだろう。と思いながらヘスティアは退出する二人に手を振る。

 赤ん坊楽しみだねー、はやく逢いたいねー、キャッキャと扉の向こうで語り合いながら遠ざっていく少女たちの声、異端児と人間を会わせた時に真っ先に仲良くなった二人の声にロキは目を細める。

 

「ほんまエエ子達やなあ」

 

 外に目をやる。城壁のように高い厚い塀高く分厚い石の塀に囲まれた庭。

 ヘラVSフレイヤの激しい戦闘を回避するため。という名目で築いた分厚く高い塀は周囲から敷地内を完全に隠している。そんな敷地内に目をやる。

 常人が見たら発狂するような事が起こっている敷地内。

 耳をすませば声も聞こえる。

 そう──

 

 

 

 ──これ以上は遊ばない宣言した石竜の背によじ登った幼い子供たちは、日差しが直接当たらないように日陰に連れていかれた。勿論背負われたまま。優しく背負われる子供達の合唱が響いている。

 

「「「ぬくぬくー♪ ぬくねくー♪」」」

「……私ハ石ダゾ温モリナド無イ。ダカラ、降リ「「「(ガシリと抱き着く)やぁだぁっ」」」ロ──グ、ムゥ」

「おりたらグロスいなくなるもんっ」

「アレハ、オ前タチガ寝タカラ──」

「いなくならないっていったのにぃ」

「イヤ、交代デ来テイルカラ時間ヲ守ラナ──」

「いっちゃやだぁ」「グロスの部屋もみんなの部屋もここにあるのにぃ」「神様が作ってくれたもんっ」「ウィーネはずっとここにいてくれるのにっ」

「ウィーネハ元々ココガ家ダッタガ、他ノ者達ハ違ウノダカラ当然ダ。女神ヘスティアニハ感謝シテイルガ、交代ニシナケレバ誰モ隠レ家ニ戻ラナクナッテシマウ──」

「それで、いいじゃないっ」「グロスと一緒っ」「リドもレイもマリィもみんな一緒っ」「レットもフィアもアステリオスも今いないのやだぁっ」「アステリオスはほとんどきてくれなぃぃっ」「やさしくて、おっきくて、ちからもちなのにぃ」「肩にのせてくれるって三日前に約束したのにきてくれないっ」「なんでぇっ」

「アステリオスハ出稼ギニ、仕事ニ行ッテイルノダ。糧ヲ得ルタメニ。ダンジョンデ魔石ヲ集メ、ドロップアイテムヲ集メテクレテイル。誰カガシナケレバナラナイ事ヲ、己カラシテクレテイルノダ。我儘ヲ言ッテ困ラセテハナラン。ソレニ、誰モ居ナケレバ、新シイ同胞ガ産マレタ場合ニ対処──」

「うぁぁぁんっ、約束破ったんだー」「うそつきー」「うそついたらだめなのにぃ」「うそついたら、まずはごめんなさいって言いなさいってマリア母さんが言ってたのにぃ」「神様も」「春姫姉さんも」「リリ姉ちゃんも」「ベル兄ちゃんも」「アイズ姉ちゃんも」「ヴェルフ兄ちゃんも」「命姉ちゃんも」「千草姉ちゃんも」「桜花兄ちゃんもみんないってたぁ」「なのに、あやまらないで、むずかしいこと言ってごまかそうとしてるっ」「ひどいっ、ひどいぃ」

「──エエイッ、降リン「「「いやだぁぁっ!!!???」」」カ──ウ……ゥ……」

「おろしちゃやだぁ」「グロスあったかいもん」「ぬくぬくだもん」「いっちゃだめぇっ」「約束守ってよっ」「ここがみんなのおうちだもんっ」「……すぅすぅ」「ファラもうねてるよー」「私も……ねむい」「私もー」「僕も」

「……──ヌ、ヌウ」

「まあまあ、グロスさん」

「オオ、マリア殿、良イ所ニ」

「あら……気付かずごめんなさい」

「ウム、子供達ヲ降ロスノヲ手伝ッテ──」

「直ぐに毛布を持ってきますから、子供たちをお願いしますね」

「──待テ、マリア殿、待ッテクレ」

「はい?」

「ソンナ心ノ底カラ不思議ソウナ顔ヲスルナ。子供達ヲ降ロスノデハ「もう、寝ていますよ」──ナ、何……ム、ムゥ、確カニ寝テイル」

「子供はあっという間ですよ。大丈夫だと安心出来るところに居るとあっという間に寝てしまいます」

「……怪物ノ私ガカ」

「確かに、あなたは怪物です。最初は怖かったし、今も何処かで身構えることがあるのですが」

「デスガ?」

「人攫い同然に年頃になった子をファミリアに連れていき、何の訓練もさせない処か食事さえマトモに与えずこき使う」

「……エ?」

「そして、戦力外だと判断すれば男娼か娼婦として売り払うのです……そんなことをしますか」

「スルカァ!!?? ソレデハ鬼畜デハナイカ」

「はい……ですから、あなたたちは怖いけど怖くありません。人間の悪意という鬼畜と呼ぶべきモノに比べれば、全く。特に、寝ている子供たちのために自然と声を落とすような方は」

「……話シ過ギタ毛布ヲ頼ム」

「はい、少しお待ちください。子供が冷えないうちに戻ってきます」

「……日向デ待ツ」

「はいはい、子供が日焼けしないうちに戻ってきます」

「ウム」

 

 

 

 ──リドとスパルトイのバルトスに鍛えられている子供たちや、

 

 

「おっ、今のは良かったぜ。ライっち」

「本当っ」

「ああ……今日はここまでにしようや」

「えー、俺まだ頑張れるよ」

「駄目だ駄目だ。膝が笑ってんのに、無理しちゃ意味がねえ。師匠の言うことが聞けねえのか」

「でも、団長……ベル兄ちゃんは「ベルっちは参考にすんな。死ぬ。強くなる前に死ぬ(迫真)」え?」

「あ、いや……」

「ライ、第一級冒険者デあるベルと比べるのはまだ早い。そういうことだ」

「そう、そうだ。そういうことだ。そういうことなんだ」

「そっか、バルトスが言うなら信じるよ」

「おい、おい、オレっちはどうしたよ」

「だって」

「なあ」

「うん、リドは時々誤魔化そうとするからなぁ」

 

 罪のない笑い声が響く。

 

「明日はレットに教えてもらうんだぞ」

「うー」

「キールっち。上目遣いに唸ってないで返事はどうするんだ。マリアかあちゃんにちゃんと教わっているだろ」

「……うん。分かったよ。でもさ、でもさ、リドは明々後日には来るんだよな」

「おうよ。勿論帰ってくる。訓練して遊んで飯を一緒に食おうや」

「うん」

「あ、そろそろご飯の時間だね。匂いしてきた」「そっか、なら準備手伝わないと」「ああ、行こう」「リド達もすぐに来てね」「食べながら夕日一緒に見よう」

「おう、勿論だ」

 

 ぱたぱたと走っていく子供たちに目を細めながら、リドとバルトスは相談する。

 

「やっぱり四日地上で二日ダンジョン(かあちゃんのとこ)は無理があるな。同胞も増えてきてるし……五日、いや、六日地上で二日ダンジョンにしよう。どうだ?」

「賛成ダ」

「よし。皆に伝えるとして、クノッソス経由とはいえ、バレないように気を付けねぇとな」

「こノ生活を失うわけニハいかない。その為に、細心ノ注意ハ必須ダ」

「だな」

 

 

 

 ──レイに歌を教えてもらいながら合唱する子供たち、

 

「♪ ……フィナどうしました? 何カ気になることデモ?」

「だって……ほんとなら、アリシアお姉ちゃんも居てくれたのにって思うと」「急な用事で来れないなんて、残念で」

「フィナ、メイリン……悲しく残念な気持ちハ私も一緒デス。ですが、アリシアにモ都合があるのデス。だから」

「だから?」

「アリシアが驚くくらい、巧クなりましょう。驚くアリシアを見たくありませんカ」

「「「見たいっ」」」

「くすっ……デは、皆さん一緒に」

「「「♪♪♪ ~~~」」」

 

 

 

 

 ──池の傍、明日帰る予定のマリィに寂しそうに子供達が話しかけている。

 

「マリィ、明日、本当に、か、かえ……ひっく……かえっちゃうの?」

「エ? 行カナイヨ私。ココガ家ダモノ」

 

 涙ぐみながら悲しみの言葉を吐き出す子供に、マリィはごく自然と返す。

 異端児がヘスティアファミリアに滞在するようになって半年。異端児内で決めたローテーション。最初は地上一日でダンジョン五日だったのに、加速度を上げて地上寄りになっていったローテーション。

 リドたちリーダー格が四苦八苦して決めているローテーションを、何の躊躇いもなく無視せんとする反逆者が遂に現れた。

 それも、代わりの居ない重要極まる『番人』から。

 

「ほんとっ」「いいのっ」「もう、いかないの」「ずっとここにいてくれるの」

「モチロン。皆ガ水ノ所ヘ行カナイナラ、ズットココニ居ル」

「わーい」「やったぁ」「よかったぁ」

「ウンッ」

「でも、いいのー」「ろーてーしょんっていうのがあるんでしょ」「皆で約束したっていってたよ」

「……ソレハ、レイ達ダカラ言エルノ。レイ達は、一緒ダモノ」

「? マリィは違うの」

「私ハ水都デ独リ。交代相手モ居ナイ。誰モ居ナイ。独リボッチ」

「うそっ!?」「そんなっ」「ひどいっ」

「ダカラ、独リデ待マツノ。皆ガマジックアイテムを持ッテキテ、私ヲ入レテ運ンデクレルノヲ。水ノ中デ独リ……独リボッチデズット待マツノ。誰トモ話セズニ、誰トモ遊ベズニ、誰トモ触レアエズニ、独リボッチデ、ズット、ズット、ズット……待ツノ、水ノ中デ泡ヲ数エナガラ、ヒ、独リ……デ……ウッ……ウウッ……」

「マリィ……」「かわいそう」「ぐすっ、ぐすっ」「ひっく、うぅっ」

「モウ嫌ッ!? 耐エラレナイ!? 水ノ中デ泡ヲ数エナガラ迎エニ来テクレルノヲ待ツナンテ耐エラレナイッ!? モウタクサンッ!? ココニハ、ベルガ居テ、皆居テ、賑ヤカデ、楽シクテ、美味シイモノガタクサンアッテ、皆ガ作ッテクレタ私ノ綺麗ナ池モアルノニッ!? 何デ、アンナ寂シイ所ニ行カナイトイケナイノッ!? ココガ、皆ガ居ルココガ、私ノ家ッ!!??」

「そうだよっ」「わたし、神様にマリィのことたのんでくるっ」「リドにもお願いしてくるね」「それで、一緒にメレンへいこう」

「メレン?」

「海につながってる大きい湖があるんだー」

「オッキイ湖ッ!? 海ッ!?」

「魚もたくさんいるんだよ」

「ワアッ、沢山捕マエルカラ皆デ食ベヨウネ」

「「「うんっ」」」

 

 

 

 

 ──フェルズ講座。魔道具により空間に写し出された壁にペタペタと子供達が触れようとしては突き抜ける

 

「わあっ、凄い。本物の壁にしか見えないね。先生」「これなら、バレないね」「うん、ファミリアからダンジョン一階層に直通の穴を掘れるよ」

「そうだな。では、皆、その場合問題となることを上げてみようか」

「マリィもいるんだから水路も要るよ」「うーん、それは後回しで良いんじゃないかな。まず道作らないと」「そうかも、マリィには悪いけど、当分運んで貰えば良いかなあ」「少しずつ広げていけば良いよね」「そうだね。入り口の見張りも大切だよね」「これだけじゃ不安だし、潜り抜けた所に扉も要るんじゃないかな」「扉有ったら変だと疑わないかな」「うーん、通れる人が居れば何かを認識して扉が映る、そんな感じにすれば」「それなら、鍵みたいなのがあればいいけど」「そうだね、あと──」

 

「フェルズ先生ー」

「どうしたのかな。テオ」

 

 子供達の活発なやり取りに癒されながら穏やかに聞くフェルズに、門の方から走ってきた子供が話しかける。

 

「ギルドから人が来たから、言われた通り不在って答えたんだけど納得してない。隠れながら様子を伺ってる。囮作戦Cバージョンでいこうと思うんだけど、アイテム使っていい?」

「素晴らしい。それで頼む」

「うん」

「皆、続きの講義は中でしよう」

 

 ヘラVSフレイヤのラグナロクが、一般人と町には被害がほぼ出ないことを確認したフェルズは、巻き込まれまいとウラノスの制止を振り切って逃げに徹し安らぎの場所を得ていた。

 

 

 それ以外にも、目を向ければグロスと同じく子供達のベッドになっているグリュー達が居る。他にもトロールに担ぎ上げられる子供達、侵入者もしくは監視者が居ないか怪物としての能力を駆使している異端児たち等々、外の常識を破壊する光景がごく自然に営まれている。

 厨房では、荷物を運ぶアルルとヘルガから食材を受けとり喋りながら大人たちが食事を作っているのだろう良い香りがする。

 

 

 以前は、このままだと怪物に対するイメージが変わってしまい、冒険者として戦えなくなるだけでなく、何らかのトラブルに巻き込まれた場合は手もなく殺されるのではないかと心配したのも今は昔。

 異端児たちと深く関わったからこそ、通常の怪物の敵意に敏感になり、同時に危機感や嫌悪感が強まると知った今では心配もしなくなった。

 

 

 

 

「うん。自慢の子たちだよ」

 

 ここ、ヘスティアファミリア(兼孤児院)でしか見られない光景。対外的にはヘスティアファミリアがテイマーした怪物になっていても、外からは見られない箱庭であっても異端児と人間が笑い合う光景を見ながらヘスティアは優しく浸った。

 

 うんうんと優しく頷きながら(ヘスティアが光景に気を取られていることを確認し)、カチリとコップを置いたロキが自然とさりげなく言葉を繋げる。

 

「あんな小さな子達ばかりやと、赤ん坊の世話大変や。年長者の揃っとる所で産んで育てんと」

「歳の近い子がたくさん居るところで産まれて育つことが幸せだよ」

 

 カチリと同じくコップを置いたヘスティアが受ける。

 

「……」

「……」

「……!」

「……!」

 

 椅子を蹴倒しながら二人が立ち上がり

 

 ──部屋に神威がぶつかる音が響いた

 

「「!!!!!!??????」」

 

 第156日──暇が有れば1日何度も争うために日数カウントになった──『どちらのファミリアで産み育てるかファイト』が始まった。




 局所的なデルムリン島。ヘスティアファミリアでした。此処は平和。
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