エピローグは、時間が違っても同じ日の事です。
「しかし見事じゃなあ。あれほどボロボロだったのに」
臨時ロキファミリア代表:ガレスの発言を。
「土台がしっかりしていたのが良かったらしい」
臨時ヘスティアファミリア代表:ヴェルフが受ける。
「しかし、ここで良かったのか。神二人は家のこと知らないんだろう」
修復が進む元ヘスティアファミリアホーム廃教会。今や真新しい教会風住宅となった建物を見上げてヴェルフ。
「あの二人に任せたら永遠に決まらん。治安もそこそこの手ごろな土地じゃし、ここの土地は坊主に縁が深い。子を育てるに縁起がいいじゃろう」
まぶたの裏に灰色の髪の姉と白い髪の妹の双子の姉妹を浮かべながらガレスは続ける。
「それに、どうせあの二人のことじゃ。全て終わった後で文句言うだけ言って毎日遊びに来るじゃろう。リヴェリアなんぞ、既にここに引っ越す準備しとる。今の仕上げ工程が終わったら間を置かず越してくるぞ」
「……良いのか。それ?」
「どっちが」
「後者だ。ハイエルフだろ」
「安心せい。リヴェリアが用意した定員3人の付き添いの座をファミリアのエルフが争っとる」
「駄目だろ、それ」
「うむ。じゃから、今争っとる連中はそれを理由に連れていかん。赤子の傍で争いかねんからな。もはや、荒れとるレフィーヤとその世話しとるアリシアしか付き添いに当てはまる奴はおらん。アリシアは空気がよめるし、レフィーヤ、は、な……」
口ごもるガレスをヴェルフはスルーして続ける。そこら辺の藪をヘスティアファミリアの一員としては突けない。
「わざとか」
「わざとじゃ。リヴェリアは自分とアイズと坊主と子供が大きくなってから使う部屋(複数)しか個室を準備しとらん」
「出資者には逆らえないな」
「金だけじゃない。見れば分かるように、全てを費やしとる」
「ああ、髪バッサリ切ったもんな」
「『世話をするのに邪魔だ』と言ってな。ウィッグとして高く売れたらしい」
「……誰が買ったんだ」
「さあな、知りたくもないわ……ふぅ……あの短い髪を見とると、冒険者を引退するのは止められても、副団長を辞めるのは止められなかったわい」
「よく、大丈夫だったな」
巨大ファミリアがどんなものか知るヴェルフに冷や汗が流れた。今現在ロキファミリアの団長が不在──オラリオには居るだろう、きっと、多分、居て欲しい──だと知っているからこそ猶更だ。正直古参団員のガレスが此処にいていいのかと思ってしまう。
「ラウルのお陰よ。あやつが眠る時間さえ削ってリヴェリアに食らい付いて吸収したお陰じゃ。ファミリアの経営に問題なく、儂が僅かな時間だけとはいえ此処に居られるのはな」
とあるファミリアの一室。
机という机を書類が埋め尽くした部屋で一人の青年が書類を決裁している。
ギルドからの要望書。商会からの護衛依頼。酒場からの苦情。収支内訳書etcetc……そして、何よりも多い、とあるファミリア間抗争の仲裁依頼書。
ここに来るまでの間に重要でないものは省いているとはいえ、一つづつ丁寧に決裁しているその姿。書類を出した者たちが信頼するのはこういうところだと分かっていても、やり過ぎだと一言言わざるを得ない。
一週間での睡眠時間が10時間足らずだと知っているアキは特に。
「ラウル」
「何すか」
「その、もうちょっと、いい加減に読んだらいいと思うんだけど。表紙のレジェメだけでもいいと思うのよ。自分が組織化したやり方信用してないの」
「信用してるっすよ」
「なら……」
「組織してからまだ間がないからっす……初期だから確実にしっかりとやらないといけない。これが基準になるんだから」
「うん……でも」
「そんな顔しなくても、もうじき最初の山場は越えるっす。それからは、全部見るのは偶ににするっすよ。そうじゃないと纏めてもらってる皆が伸びないっすから」
そっかと微笑んだアキはお茶と甘味を出してラウルを(強制的に)休ませて、ふと聞きたくなった。「どうしてこんなに頑張るのか」と
「うーん、何ていうか。アイズさんのためっすかねえ」
「人妻よ。今のアイズは」
「分かってるすよ」
優しい笑顔の唱和を終えたラウルは僅かに顔を引き締める。
「今、アイズさんは……アイズは今幸せに成ろうとしてるんす。何時も血塗れで鬼気迫る顔ばっかりだったあの娘が」
「……」
「正直、不気味で怖くて強いから敬遠していたあの娘が、あんなに幸せそうに笑うようになってくれて」
「普通の女の子よね。今のアイズは」
こくりとラウルは強く頷いた。
「なのに、なのにあの娘が居ない間このファミリアに何かあったら、どうなるんっすか。あの娘が気に止むじゃないっすか。気に止むだけじゃなく幸せになるのを躊躇うかもしれない」
「ラウル……」
「そんなの同じファミリアの人生の先輩として情けないじゃないっすか。強さでは敵わなくとも頼れるところを見せてあげないとどうするんすか。そんなの──」
「そうね。あの娘が戻ってきた時、ちゃんと変わらずロキファミリアしてないとね」
ラウルの震える手を優しくアキは握りしめ、震えが止まるまで自らの温もりで落ち着かせた。
「ありがとう」と照れた笑みを浮かべるラウルと、笑みを交わすと休憩を止め、お互いに書類に向き直ろうと──
「そうだ」
「ん?」
「団長どうだったすか。会ったんでしょ」
「ん。元気だった。ラウルのやり方に賛成してたわよ。よくできてるって」
目を逸らすことなくアキは嘘をついた。罪悪感は無い。
ラウルの健康と団長。彼女の中ではどちらを優先するか自明なのだから。
「あと、ラウルを手助けしとるアキのお陰じゃな」苦労を思いだし眉間を揉み込むガレス。ヴェルフは無言でトクトクと酒を二つの杯に注ぎ手渡し同時に空ける。
酒を物理的に撤去されたロキファミリア団員には何よりの馳走だろう。
「すまんな。これで、酒が抜けるまで帰れんが……正直、生き返った。夕方からのギルドの呼び出し(苦情)にも戦えそうじゃ」
全身から悲哀の感情を発しながら、ガレスは一滴口内に入れて飲み下し、さらに一滴を口内に、その動作を繰り返しながら酒を味わって飲む。
減っていく酒を見るその眼差しは、これから生き別れになる愛し子を見るソレだった。
酒豪を絵に描いたような存在だった(過去形)ドワーフの調教されきった姿に、ヴェルフは目頭が熱くなった。
ホームの門に飲酒状態を探知する魔道具を置くのはやりすぎだろうと思っても言えるわけ無い。
まだ命が惜しいのだ。
アイズの妊娠の報を受けて誰が一番変わったか。
その問いの答えは、匿われて人心地ついたロキ曰く『ママ』から『初産を控えた愛娘の幸せの邪魔をする存在を決して許さないおばあちゃん』にランクアップしてしまったリヴェリアだと衆目が一致している。
変化に気付かず何時も通りにしたロキの末路を含め、愛娘の初産の障害と見なしたものがどうなったかも、
だって、婚姻出産育児の邪魔となる存在──最大の癌は
女帝として君臨する彼女を掣肘できる存在は居ない。
「オラリオを出て世界を旅する」という将来の目的を「何だそれは? 私はそんなこと言っていない」と素で忘れている本人も掣肘させるつもりは無いだろう。それに反する意見を持つ者も居ない。物理的に居なくなった。
今のロキファミリアは絶対者の管理下に置かれている。そう言っても過言ではない。
いや、まあ、あの大混乱の最中、首脳陣の力関係の変化を真っ先に感じとって即座に動いたことで、最大利益を鷲掴みにした双子のアマゾネスの姉。
彼女に聞けば、また違う意見が出るかも知れないが、所在不明──見なかったことにする時の便利な言葉だ──の彼女には聞くことが出来ないから変わりはない。
何故自分達は気付かなかったのか。ガレスは今更ながら悔恨せずにはいられない。
合流した時のアイズのフワフワとした足取りからでも。
合流して直ぐにリヴェリアと二人きりでの話し合いを頼んできたアイズの必死な表情からでも。
話し合いが終わって戻ってきたアイズが、叩かれた頭を痛そうに、でもどこか嬉しそうに押さえている様子と、リヴェリアの硬いのに何処か嬉しそうな表情からでも。
その直ぐ後、呼び寄せられたベルと三人で緊張感を漂わせながら離れた場所へ話し合いに行き、戻ってきた三人の穏やかな様子からでも。
遠征の帰り道、決してアイズの傍に危険を近寄らせなかったベルと、自分が戦わないのにそれに喜ぶアイズの様子からでも。
地上に戻ってから真っ先にディアンケヒトファミリアに向かった三人の後ろ姿からでも。
ホームに戻って来たときの二人の──幸せ一杯を満面の笑顔で表すアイズと表現のしようのない顔つきになったリヴェリアからでも。
ヘスティアファミリアホームに帰ったのに、直ぐに、一休みどころか一呼吸さえ出来ないほどの直ぐに、訪ねてきたベルの一端の男になった顔からでも。
そのベルを満面の笑みで小走りに迎えたアイズと、そんな二人と手短に話し終え、「話すことがある」と『決意』以外の全てを全身から消して自分たちを個室に誘ったリヴェリアの様子からでも。
──気付くべきだったのだ。
というか。フィン、親指はどうした親指は?
……いや、仕方ないか。
親指が疼いていてその警告を正しく受け止めて入れば、アイズの妊娠を教えられた時。ベルが「娘さんを僕に下さい。煮るなり焼くなり凍らすなり切り刻むなり好きにしていい、だから娘さんを下さい(意訳)」と土下座しながら頼み込んだ時。その隣で同じく土下座して頭を下げるアイズが「お願い。許して」と懇願した時。
あの時「んー、こういう時、何と言えばいいのか……取り敢えず、返事は少し待ってくれ。ああ、喜んだり怒ったり叱ったりするのも後だ。先ずは、するべきことをしなければならないからね」と真っ当な──あの場では致命的な──意見を言わなかっただろうに。
チビリチビリと酒を愛しむガレス──当時「色々言いたいことはあるが、目出たいのう。これから色々と大変じゃが、良かったなぁ、坊主、アイズ」と賛成したから無事──は悔恨せざるを得ない。
「ふっざけんなぁぁっっ!! アイズをっ! 17の子をっ! ダンジョンなんてっ! 危険な場所でっ! て、手篭めにしてっっ! き、傷物にっ! してっ! ……は、は、孕ませたやとぉぉぅっ!! こ、このド腐れの! ド外道のっ! ド畜生っ! おんどれは、ゼウスかァァァァッ!!!!」
「ロキ」
「何やっ、リヴェリア!?」
「先程も言ったが、アイズから誘った──いや、これはどうでもいい。大事な事ではない、大事な事は他にある」
「何やぁ、大事な事って!?」
「二人が愛し合っていることだ。愛し合う二人に子が出来た。思うこと言うべきことは多々あるが、まずはそれを前提にして我々保護者はするべきことをすべきだ」
「何やねんっ、することって!?」
「保護者として愛し合う二人を認め、子供が出来たことを祝福「ふざけんのも大概にしいやぁ!!??」何?」
「アイズやぞっ! 他の娘ならともかくアイズやぞっ!? アイズがそんなことするわけないやろがぁぁっ!! どうせ、初心なアイズを言いくるめてモノにしたんやぁぁっ!! ふざけんなぁぁぁっ!! アイズをっ! 純粋無垢な天然の子をっ! 危険な場所で犯してっ! そしたら孕んだから結婚を許してくれとか、ゼウス顔負けの台詞抜かされたんやぁっ!!! ウチは絶対許さんデェェェッッ!!!!」
土下座したベルに対し、一言一言絶叫しながら蹴りつけるロキに対して、アイズとリヴェリアが形容したくないほど恐い顔になった時には手遅れだったのだ。
少しでも気付いていれば──リヴェリアがどれだけ追い詰められていたのかを気付いていれば、と悔恨せざるをえない。
「(扉を開け放ち)戦争やぁぁっ!!! 全員武器と酒もって集まれぇぇっ! ウチには槍や! 槍持ってきいっ! 浴びるほど飲むでぇぇっ!!??」
土下座したまま許しを乞い続けるベルの頭を踏みつけながら咆哮するロキ。
そんな彼女に、静かな、とてつもなく静かな声がかかった。
「ロキ、お前は……アイズが、娘が、妊娠した娘が、妊娠した体で、土下座してまで願う願いを、年頃の女の子として初めて願う願いを許さず認めずクラネルを足蹴にして……それだけではなく、妊婦の居るところで飲む気なのか? 酒を飲む気なのか?
なのに、フィンもガレスも、何も──何も言ってくれないのか? ただ黙っているだけなのか? まるで、まるでロキが正しいと言うように、何も──何も言ってくれない、んだな。
──そうか。そうなのか……そういう、ことなのか。そういうことなのだ、な」
今ならば分かる。あの時、リヴェリアは『決心』したのだと。
「……副団長として通達する。妊婦の身体に障る。酒と煙草の匂いを漂わせる者はホーム立入禁止だ」
悲痛に悟った眼差しで淡々と何かを抑えるかのように、リヴェリアが言い──
「「「妊婦ぅっ!? 誰がぁっ!!?? まさか、アイズ(さん)っ!!!???」」」
──集まった団員が騒然となる中、ロキがああ答えた時に全ては終わったのだ。
「立ち入り禁止やとぉ!? やれるもんならやってみいやぁっ!?
この状況で飲むななんてアホやぁっ。うちは飲むでぇ! みんなも飲みぃ! そんで飲み終わったらドチビんとことラグナロクやぁぁぁ~~!! こぉんの土下座白兎、槍の穂先の代わりにくくりつけて突っ込むでぇぇぇぇっ!!!」
──そう答えた時に、全ては終わったのだ。
「そうか──ならば、ロキ、お前は私の敵だ」
──間が悪かった。
後、運も悪かった。
爆発したリヴェリアを想いながら杯を空にしたガレスは瞑目する。
一つ一つならば、あんなことにはならなかった。
恋人が出来てしたから、妊娠した可能性がある。その事をアイズが母同然に慕うリヴェリアに真っ先に相談したことも。
帰還中とはいえ、遠征時。混乱要素となりうる情報を広めること無く確実と分かるまで己一人の腹に入れたリヴェリアの判断も。
まずは確実にしてから言うべきだと、ディアンケヒトファミリアに行って診断したことも。
ヘスティアの許可を貰って一緒に来ると言ってベルが別れたことも。
ヘスティアが許可しなくとも、男としての責任を取ろうとベルがロキファミリアに訪れたことも。
ならば、ロキファミリアで許可を得るべきだと決め、首脳陣と話し合いの場を設けて許しを請うたことも。
今では指折りながら赤子の誕生を心待ちにするロキ。ヘスティアファミリアでは、アイズの腹を優しく撫でながら、ベルとアイズと仲良く談笑するロキ。彼女の保護者として当たり前の激昂も。
女性二人の剥き出しのぶつかり合いに沈黙を守りながら、幼少時から可愛がっていた娘の妊娠と結婚願いによる動揺を抑えようとした自分とフィンも。
何一つ悪くなかった。
だが、それらが連鎖してしまった結果、ロキファミリアで内紛が起きた。
間と運が悪かった。そうとしか言えない。
(そういう意味では、『幸運』は坊主に微笑んだのか)
ふと、想う。
こういっては何だが、あのままならば間違いなくロキファミリアはヘスティアファミリアに殴り込んだだろう。
ダンジョンでアイズを孕まされた。後日聞いたとおりに、アイズから襲ったこともあり──アイズから直接聞いたロキは「アイズたんが何時の間にか『女』になっとたなんてぇぇぇ~」と三日寝込んだ──最終的には許すにしても、先ずは殴り込む以外の結果が見えない。
ロキがヘスティアを泣きながら蹴り罵る横で、ロキファミリア団員殆どがベルを殴り蹴り罵り泣き叫ぶ。そんな光景がありありと浮かぶ。
刃傷沙汰にはならなくとも、そこまでやってしまえば、ギルドやらフレイヤファミリア──ヘラが帰還する前だから健在──が出張って来て、二人の結婚が出来るくらいに落ち着くまで相当時間がかかったことだろう。
下手をすれば、未だに結婚までいっていない可能性がある。いや、多分いっていない。
結果だけ見れば、ベルとアイズの結婚を邪魔する勢力が、軒並み壊滅するか他にするべきことが出来たために二人を構えなくなったことになる。
あくまでも結果だけ見れば、特に抵抗もなく愛する相手との幸せな新生活に移行出来たベルとアイズが得をしたことになる。
あれが全て何らかの策略であれば恐ろしいと思う。
だが、それは邪推だろう。
そういった策略に、ベルとアイズが無縁であるとガレスは知っている。
ベルとアイズがたまたま間が良かった。ただそれだけなのだ。
今、自分が想うべきことは他にある。
普段温厚な人ほど怒ると恐いと良く言われるように、まさに魔王の如く、悪辣かつ情け容赦なく暴れまわったリヴェリアのことを想わねばならない。
何と愚かなことを自分たちはしたのだろうか。
先にアイズに相談され、たった一人で抱え込んでいたリヴェリアに対し、当時の自分達はあまりにも無体だった。
聞けば一睡もせず、アイズに寄り添い続けていたらしいではないか。初産の娘を持つ母親が、その娘を危険なダンジョンに置き続ける。ベルが居たとはいえ、当時のリヴェリアがどんな心境だったのか察するに余りある。
帰還してアイズの妊娠が確実と分かった瞬間、疲労の極致にあったリヴェリアの内心は歓喜・焦燥・義務感・責任感に吹き荒れただろう。
そんなリヴェリアに周りは冷たかった。
善良極まりない神ヘスティアでさえ、反対してベルを独りで来させたほどに冷たかった。
せめて、ロキファミリアだけでも賛同させなければ、娘夫婦と孫が浮かばれない。と、人知れず母として追い詰められていたリヴェリア。
そんな彼女に、誰も味方は居ないと絶望させてしまったあの瞬間に戻りたい。
未だ、顔見せさえリヴェリアに許されていないロキではないが、ガレスもそう思う。
なぜなら──
リヴェリアに『年若い娘夫婦と産まれてくる孫を護れるのは──もう、私しかいない』と悲壮な決心を固めさせなければ──飲めたのだ!
オラリオ中の全ての酒をひっくり返す勢いで──飲めたのだ!!
アイズがつわり等で苦しんでいる時近づかないように心掛ければ──飲めたのだ!!!
実の娘のように想っている子の初産という目出度い時に、毎日浴びるほど祝杯を上げないドワーフ。
かつてのガレスが聞けば間違いなくドワーフの面汚しだと断じて顔も見ないように避けただろう。唾を吐いたかもしれない。
だが、それは今の己なのだ。娘の初産の祝い酒──しかも貰って──をチビリチビリと啜る腐れドワーフ。娘の結婚日を祝い酒の二日酔いで迎えなかったドワーフの恥さらし。それが今の己なのだ。呆れかえった目で椿に見られる存在、それが今の己なのだ。
ああ、今の儂は生きているといえるのだろうか。
やったことといえば、アイズの夫となったばかりのベルと飲んで前後不落にした上で「アイズを幸せにする」と誓わせたことだけ。昔からやりたかったことだとはいえ、それだけではないか。
それさえもリヴェリアの許可──積極的に賛成どころか、是非頼むと言われた──を得てのことだ。完璧に尻に敷かれている。
まだ、ベルと一晩中飲み明かしてもいない。祝杯を飲みすぎて、体に悪いとアイズ(娘)に叱られながら止められてもいない。
ドワーフとしての存在意義を無くしている己のあまりの情けなさに深いため息を吐く。
勿論、この状況をどうにかする方法もわかっている。
ホームを出て家を借りれば良い。それだけで解決する。
だが、それはラウルを、今も身を削りながら奮闘するラウルを見捨てることと同義だ。
主神と団長が『不在』ということで、ヘラVSフレイヤ戦から距離を取っているとはいえ。今日のように半日ならばともかく、1日空ければラウルは潰れるだろう。
そんなことは、ガレスの男のプライドが許せなかった。
明後日にはようやくラウル(とアキ)に休みをやれるというのに。
新しく注がれた命の水をチビリチビリとしながら命の補給をするガレスは、己の人生観を見つめ直し切り替える。
互いだけが知る暗号で伝えられたフィンからの『救援要請』に対し、『フレイヤファミリアとヘラファミリアのそびえ立つ糞みたいな争い──『補給線を絶って渇殺し』など戦いではない作業だ──に、ファミリア全体が巻き込まれるから帰ってくるな』と返信しながら切り替えた。
二人目の時は気を付けよう。ティオネがフィンの子を孕んだと連絡してきた時にはベートとレナの時のような失敗はせず、リヴェリアに上手く言って浴びるほど祝杯を上げよう、と。
悟りを眼差しに浮かべるドワーフに残りを渡しながらヴェルフはため息混じりに呟く。
「今も、か」
「……ああ、今もアイズの傍じゃ」
高い酒がどこか苦かった。
幸運アビリティさん働きすぎじゃね。
なお、リヴェリアはヘスティアの来訪で既に救われています。