次からはエロに戻ります。
この娘は酷さで言えば『軽度』です。
場末の酒場。反吐と体臭の入り混じった匂いと、酔っ払いの大声が響くそんな酒場。
独りのエルフがテーブルに座って居る。エルフの中でも顔立ちが整っているエルフが居る。
外套越しでも服が乱れ切っていると分かる酷い有様で座っている。
手製の首巻きを首に巻き、乱れた服を隠すように男物の外套を羽織ったその姿は、色気があると言えれば良いが──ぶっちゃけ場末の疲れきった娼婦そのものの有り様だ。顔立ちが整っているだけに声をかける者は居ることには居るだろうが、たいていの男は目を逸らして別の娼婦に声をかけるだろう。
そんなエルフに、酔っぱらっているがゆえに思考が衰えている男が誘われるように近づき声をかけようとする
「どうしたよ。ネエチャン寒そうじゃねえか。幾らなんだ。ちょっとそこで、体も懐も温め、て──」
一瞬で男の酔いがさめた。
目が合っただけで殺されると確信する濃密な殺気。
どう考えてもマトモでない目付きに、ヘラVSフレイヤの戦いのせいで、きな臭い匂いを嗅ぎなれてマヒしてしまった男の危機感が悲鳴を上げる。
「ウセロ」
「ハイ」
すごすごとナンパが去るのを見て、男物の外套を羽織った疲れきった娼婦エルフことレフィーヤは鼻息を荒くする。
外套の持ち主の少年は貸した認識の外套にくるまり吐息。
くすん
外套に残る少年の香りに鼻を啜る。
そんなレフィーヤに、優しく声をかける存在が現れた。
「レフィーヤ。おかわりです」
「ありがとうございます。アリシアさん」
遣り手のビジネスウーマンと職業を断定されるかっちりとした服装。その服装に負けない清潔さに満ちたエルフがその横に座る。
何でこんな店来てるの? 店に似合い過ぎるエルフの横に座る店にふさわしくないエルフ。
周りの好奇心を集めながら、アリシアは座る。
最初から最後までクライマックス状態のレフィーヤの隣に座る。
確か、アイズがレフィーヤに隔意を抱いていると疑ってたところだったか。と、アリシアは思い出そうとするが、レフィーヤはそんな暇を与えてくれなかった。ドンっとテーブルを叩いて絶叫する。
「何よりっ!? 最近、アイズさんの私を見る眼が、たまに恐いんですっ!? あれは、何か邪魔者というか障害物を見る眼です。人間じゃなく物ですよ物っ! アリシアさんはどう思いますかっ?」
「別に変わりはないと思いますよ」
アリシアは「レフィーヤの旦那を見る眼が怪しいんだけど。アリシアはどう思う」と、障害物をどうやって処分すべきか悩む眼差しのアイズに問われた時と全く同じ回答を同じ口調で答えた。
「本当ですか? ほんっとうにそう思いますっ!?」
「ええ、あなたの考えすぎです」
アリシアの表情と言葉は、アイズに「お願い。しばらくの間レフィーヤを監視してどうだったか教えて」と懇願された作業(仕事ではない、断じて)で問題ないと報告をしても「本当に本当? レフィーヤはクロに間違いないと思うんだけど違うの?」と、障害物は有害物質ではないのかを疑うアイズに断定した時のソレだった。
冷静沈着で断固としたアリシアの言葉に、アイズと同じくレフィーヤも大人しくなる。
アリシアは疑問だった。
何故こんなところにいるのか疑問だった。
今日はかけがえのない友であるレイの歌に合わせてリュートをつま弾き、それを孤児院の子供たちが合唱してくれた後、様々な楽器を教える日だったはずだ。
心地よい音が耳に増えて残り続ける。そんな日だったはずだ。
なのに、今自分の耳が捕らえているのは、耐え難い罵詈雑言や訳のわからない歓喜の咆哮に自分たちを対象にした耳が腐りそうな猥談。
止めに後輩エルフの泣きわめく声。
どうして自分は、せめて落ち着いた酒場ではなく、騒がしく安酒臭い場末の酒場に居るのだろう。
言うまでもない。グズるこの雰囲気酔いどれ後輩エルフのせいで、落ち着いた酒場にはことごとく出禁を食らったからだ。
「わたしっ、いまぁ……何というか、ホームに帰りたくないんです」
話がいきなり飛んだが、そんなことで動揺するアリシアではなく落ち着いて返す。
「どうしてですか」
「今、いまっ、いまぁっ、ホームに居ると、惨めでぇ……どうしようもなく、惨めになってぇ」
「何がですか」
「お腹がっ……大きくなって……お腹に子供がいるアイズさんがっ、アイズさんを汚して仕込んでのけたヒューマンと……ベルと、ベルとぅ、見つめ合って手をつなぎ合って、だ、抱き合って、抱き合ってぇ、キ、キスしてるんです」
「夫婦ですから当然では」
最初の一回で喜ばしく悲しく辛く惨めになり、見ないようにしている自分と違い、まだレフィーヤは見ているのか。呆れに似た感情をアリシアはおくびにもださない。
「夫婦だからって、妊娠してるから一緒のベッドに寝れないのは仕方ないけど、せめて同じ部屋に居たい。とか言って、ベッド持ち込んだだけでなく、アイズさんが快適になるように部屋の改装までするんですかっ。じ・ぶ・ん・でっ!?」
「少なくともベルくんはしましたね」
「夫婦だからって、同じ部屋に居るのに、すんごく優しい目でアイズさんを見ながら優しく抱き締めて穏やかに話してるだけなんですよっ。体に触れてもてエッチなこと一切してないんです。何回
「ベルくん紳士ですよね」
「夫婦なのに、朝起きてアイズさんの着替えとかのお世話して、朝ごはん作りにいくアイズさんを丁寧に介添えしながら一緒に台所に行くのはまだしも、アイズさんがご飯作るのを手助けせずに優しく見てるだけなんてぇ。妊婦だけを働かせるあのろくでなしの人でなしぃ」
「自分の手で全部作りたいから、ふらついたりしない限り見てるだけにしてねって、アイズが言ったんですよ。あの子も本当に可愛くなりましたね」
「ふ、夫婦なのに、アイズさんの手弁当持ってダンジョン行くときに、お別れに軽く抱き締めてキスするだけなんですよっ。短く。すんごく短く! あれは愛が薄れているからです。間違いありませんっ!?」
「ああ、アイズお腹大きくなりましたからね。強く長く抱き締めないようにしたんですか」
「ふ、ふうっ、夫婦だから……って、その、ダンジョンに出かけるベルの後ろ姿を、アイズさんは、アイズさんは見えなくなっても、リヴェリア様に止められるまで、ずっと、ずっと、笑顔で手を振ってぇっ、見送ってぇぇぇっ……止めて振り向いたときには少し寂しそうで、でもすっっごくっ、幸せそうにはにかんでぇ……幸せそうにぃぃぃぃぃっ……」
ガバッ
ゴキュゴキュ。
ぷっはぁぁ──ー。
げっふぅぅぅっ!?
口元から垂れ流し衣服を染めながらビッチャーいっき飲みを敢行した美少女エルフ。無音になりドン引きする周囲。百年の恋も覚める様相。だが、三桁近くもの数、全く同じ行為に付き合ったアリシアには動揺はない。淡々と次を準備する。
「アリシアさぁぁぁぁぁんっ!? キツいのを、惨めさとかどうでも良くなるようなっ、キッッツいのをっ!!??」
「どうぞ」
「あっ、きれぇですねぇ。エメラルド色ぉ。コレ、カクテルですかぁ」
「ええ、店のおすすめとのことです」
(ここで、酔い潰れさせられないから私はこうなっているのですね)
色付きオレンジジュースをレフィーヤに差し出しながらアリシアは思う。
ノンアルコールだけでここまで酩酊してしまったレフィーヤ。
原因はどちらなのか。
手織りの首巻きをレフィーヤに贈ったアイズか。
それとも、レフィーヤが片時も離そうとしない外套の持ち主か。
軽くアリシアは黙考して回帰する。
「ベル。あーん」
ロキファミリア食堂で、アイズはベルに手料理を自分のスプーンにすくってベルの口元に持っていった。
極々自然に座って。
ベルの上に。
椅子に腰かけるベルの膝の上に。
抱きつくように体重をかけた姿勢で。
思わず真顔になったアリシアを含めたロキファミリアの面々の前で、アイズを優しく抱き止めながらベルは訊ねた。
「えっと、どうしたの、アイズ?」
「ようやくリヴェリアに合格貰ったから、ベルに食べて貰おうと思って」
「この姿勢で?」
「夫婦ならこうするのが当たり前なんだって」
「……そうなんだ」
一瞬の黙考。衆目に晒されながらあーんして食べるのが夫婦なのか。そんな疑問がベルの頭によぎった。
だが、物心つく前に両親を亡くし夫婦が普段何をするのか知らないベルは、愛妻が仕入れてきた情報に納得して手料理を口にした。
正しいのかは、後で一番身近で夫婦関係を構築している祖母に聞けばいいのだから。
──なお、相談された祖母は「衆目なんて気にすることはないわ。夫婦ならそれくらいが普通よ(素)……いいえ、正直ベルに足りないところがあるわね。そういう時は──」と、懇切丁寧に妻に対して夫がすべきことを教え込んだことは明記しておく。──
「おいしいよ」
「よかったぁ……じゃあ、撫でて」
顔を綻ばせるベルに、緊張を緩ませた安堵の笑みをアイズは浮かべてコテンとベルの肩に頭を委ねる。
「はいはい……」
「はぅぅ……」
恍惚の笑みを漏らしながら自分にしなだれかかるアイズの頭を、ひとしきりベルは優しく撫でる。
「それじゃあ、今度は僕が……アイズ、あーん」
撫で終わると、アイズのスプーンを手に持ったベルがアイズにあーん仕返した。太陽が東から昇るかのように当たり前と言わんばかりの平然とした動作で。
ぱくっとアイズは口に含み飲み込む。
「本当だね……おいしい」
「アイズが作ったんだよ」
「味見した時よりもおいしいんだよ。どうしてかな?」
「もう一回食べる?」
「ううん。次はベル……あーん」
「……うん。おいしい……アイズ、あーん」
どうやら、交互にあーんするというルールが瞬時に成立したらしい。離脱していくロキファミリアメンバーを横目で見ながらアリシアは思う。
「……うん。やっぱり味見した時と全然違う……そっか、ベルだからだね……ベル、あーん」
「……おいしいね。僕がどうしたの……はい、あーん」
「……うん。ベルに、好きな人の温もりを感じながら食べさせて貰うと、こんなに違うってこと……はい、あーん」
そこまでがアリシアの限界だった。
「~~~~~~~!!!???」
人目につかせるわけにはいかない顔で声無き咆哮をあげる彫像と化したレフィーヤを連れ、邪魔にならないように部屋の隅から二人を優しく見つめるリヴェリアだけを残し、アリシアは退室した。
──止めよう。また辛く惨めになった。恋人夫婦初産を悪魔合体させた二人を思い出すのは辛く惨めだ。
あれで特別にいちゃついている訳ではないのだ。普段からあの二人はあれなのだ。あれが自然体なのだ。と、擦れ違い遠目で見るたびに辛く惨めになるアリシアは悟っている。
惨めさによる精神の負荷が限界を超えると、自動的に記憶から消去するレフィーヤほど、アリシアは器用ではない。
毎日見て惨めになり愚痴るループが出来るレフィーヤではないのだ。
新しいビッチャーを明け始めたレフィーヤを、アリシアは悟りきった眼差しで見つめる。
まあ、良い。レフィーヤを酩酊させる原因が二人のうち、どちらでも関係ない。
どうせ明日になれば、全て忘れたレフィーヤが、ホームでの幸せな二人を見て惨めさに打ちのめされ自分の所に駆け込んできて愚痴りはじめるのだ。
同じくノンアルコール──現在のロキファミリアに自ら進んでアルコールを摂取する勇者はいない──をちびちびとやりながら、『酒場来て酒飲まないのかよ』と直接儲けにかかわるがゆえに、ものすごい目で睨んでくる店主の眼差しをアリシアはかわす。人生について考えながら。
「アリシアさん……」
レフィーヤの口調が据わったものに変わった。ならばこの次は「略奪愛をどう思いますか?」だろう。変り映えのしないループ。エルフとして以前に人としての良識と常識を投げ捨てた問いを今日も窘めようと──
「義姉。いえ、義妹をどう思いますか。背徳的で良くありませんか」
──訂正。今日レフィーヤは少し変化したようだ。より駄目な方に。
「誰のですか?」
「ベルのです」
この娘、欲望を隠さなくなってきたなぁ。前まで、もうちょいアイズを前面に押し立ててたのに。
本当に私は何をしてるんだろう。
何で『気ニしないでください。後輩ニ頼られて後輩ヲ大切にするあなたは素晴らしい人デス』と優しく送り出してくれたレイと『頑張ってねお姉ちゃん。今度色々教えてねー』と悲しそうにしながらも健気に言ってくれた子供たちよりもこの子を優先してるんだ。
これもリヴェリア──腹の底ですら『様』付けしていた相手だったがアリシアにもいろいろあった。まあ、表にだすときは『様』をつけているから問題ない──が師や副団長としての責務を投げ捨てたのが原因の一つだろう。いや、誰も彼女を責められないというか。同じ状況で同じ立場なら私もそうするのだが。
とりあえず、まずはレフィーヤだ。この娘だ。次、何らかの刺激があれば爆発して店内で魔法ぶっ放しかねないこの子だ。
「どうしてそんなことを?」
「あの二人を認めざるを得ないからです。あの二人は幸せそうです。絵に描いたようなって言葉がある様に、絵にしておきたいくらい幸せな二人です」
「ええそうですね」
「でも、そこに、その絵には……私はいません。私は描かれないんです」
「ええそうですね」
「だから、まず、ベル兄? 兄上? 兄様? お兄ちゃん? 兄さん? ……兄さんっ!?」
今にも人を殺しそうな顔付きだった少女が、天恵を得たかのように目を見開く。
ガタンっドガアッずざぁぁっ。
勢いよく立ち上がったレフィーヤにより猛スピードで飛んでいった椅子が、憐れな犠牲者にぶち当たり昏倒させた。それをみた周りが、娼婦崩れに見えるエルフが上級冒険者という名の人間凶器だと理解して、音を立てて引いていく。
最も、酒場を恐怖のドン底に叩き落とした可憐な人間凶器が、そんな周りなど気にも止めるはずかない。
「わぁぁぁぁっ、すんっごく良いです。何か昔から呼んでたみたいにしっくりきます。兄さんにしましょう。兄さんが良いです」
人を殺しそうな顔から、だらしなく蕩けた至福の顔になった少女。一滴の酒も飲んでいない人間凶器が、年下の少年を「兄さん兄さん」と口ずさみながら呆けた笑みでくるくる回り続ける。
店主が店員に、ディアンケヒトファミリアに行ってこい患者は二人だ。と指示する姿をみたアリシアは思う。
どうやら今夜はガネーシャファミリアの世話になることはなさそうだ。いや、ディアンケヒトファミリアがLV4は手に負えないと判断して呼ぶだろうから変わらないか。
(ラウル、申し訳ありません)
一瞬瞑目して、苦情に対応する現副団長に謝罪の念を送り、その苦情を少しでも減らす努力へと舵を変える。
「それで、絵に描かれない貴女はどうするつもりですか?」
「はいっ!? とりあえず、家族になってしまって、私がその絵に入ろうかと思うんです……どうです? これ?」
「今から赤子が生まれる家庭にそんなことをするのは、率直に言って邪魔でしかありません」
「っ……」
見開いたレフィーヤの目に涙がたまっていく。
「アリシアさんっ!?」
「はい」
「どうして、いつもいつも私の案を否定するんですか? もう少しっ!?」
「貴方の案に肯定する要素が欠片もないからです」
「……」
「……」
「……新しく産まれる家族のために、家族として手伝うって絵になると思いませんか」
「同じファミリアの一員として普通に手伝いなさい」
「……二人の間に居るのに兄さんと姉さんと呼ばずに、ベルとアイズさんとしか呼ばない
末妹願望とか、この娘は性癖が歪んでるなぁ。
今まで『疑い』止まりだったことを『確信』にアリシアは上げた。
「狭隘な私見を産まれて間もない子供のモノだと騙る。今のアイズがそんな輩に子供を世話させると思いますか」
うわぁぁぁぁんっ。だって、だぁってぇぇぇぇっ!? どぼじででずがぁっ!? な゛あ゛んでごんなことにぃぃ~~っ!!?? 遠征行って帰ってくるすこしのあいだでぇ、なんで何もかもかわってるんですかぁぁっ!! なんの気がまえもできるわけなぃのにぃぃぃっ!?
リヴェリアさまはぁっ、おまえばぁアイズざんのへやにはいるなって、ひどいっ……『お前は私の誇りだ』って言って、抱きしめてくれたのにぃっ、私を棄てたんだぁっ!? ひどいっひどすぎるっ。
お願いっ、姉さん、兄さん、にいさぁん、に゛ぃざぁぁんっ! お願いだからっ、わだじをすてないでぇぇぇっ!!?? 二人にっ、棄てられたらっ、もう、もうっ、いぎていけなぃぃぃっ!!!???
羞恥絶望自虐、己への憤怒軽蔑。それらを合わせたよりも濃い孤独感に感情が振りきれ、子供のように泣き叫ぶ
彼女ほどでないがアリシアも泣きたかった。
ドン引きのあまり自分たちの周りが空白になった店内の状況と、能面のような顔でこちらを見てくる店主の表情から出禁を確信したからではなく。独り身の己に。
アリシアだけでない、リヴェリアみたいな特殊例を除いたお相手が居ないロキファミリア年長組女性陣は、アイズの新婚生活を見て思ったのだ。
年少組のアイズは結婚して子供が出来て幸せに過ごしているのに、自分はどうなのかと。婚約者でなくとも、せめて将来を考えるくらいの付き合いの深い恋人はいるのかと思ったのだ。
そして、恋人さえ居ない者達──彼女達の名誉のため何割かは伏せる──は思ったのだ。
ひょっとして、もしかして、正直なところ、認めたくはないが──自分は、行き遅れようとしているのではないか。
いや、もう、行き遅れていないか。アイズのような幸せは掴めないのではないか。女としてアイズに完膚なきまでに劣っていないかと。
そう思って考えて笑い合い真顔になり激論を闘わせて、確信してしまったのだ。
──ヤバイと。
結果、お相手を探すことになった。
焦りのあまり目を血走らせて探すことになった。
今現在も、相手を探すための努力を惜しんでいない。必死で探している。
探した結果?
宵の口の時間の今現在
アキのような、ラウルとの後一歩が埋まっていなかった
──ちなみに『ラウル、結婚しましょ』『良いっすよ。悪いけど、忙しいから母さんに連絡してもらって良いっすか。アキからの便りが一番喜ぶし』『もちろんいいわよ。これからもよろしくね』これで済ませやがった。
猫は自身が特上の獲物と断じた存在に対し、狩る直前までそばに居て他の猫を近づけない習性を持つとはいえ。あの猫娘ぇ、口では付き合っていないとか言いながら、きっちり家族にまで手ぇ伸ばして外堀埋めていたこと黙っていた挙げ句、ラウルという優良物件がフリーじゃないか!?と希望を抱いた私達の前で
極僅かな裏切り者ども。彼女らを除いた全員が相手が居ない。
結果として、今のロキファミリアはアイズとベルを見て、
(高嶺の花とは何ですか高嶺の花とは)
負け組の取り纏め(不本意)であり、ラウルと協力関係にあるアリシアは、唇を噛み締める。
良いところまではいくのだ良いところまでは。
なのに、ある程度の所で向こうが引く。どうしてなのか聞いても、どいつもこいつも高嶺の花(意訳)としか答えはしない。他の年長組に聞いても同じだという。
何故なのかと頭を掻き毟りたいくらいだ。
そんなに贅沢を言っていない。
収入も顔も拘らない。それなりの人格を持っていて、引け目抜きに自分を見てくれればそれで良いのだ。そのまま結婚するだけなのに、どうして。
少し変わった友人(異端児)に会わせるという難所の遥か前で引いていくのだ。どうして。
ベルのように、無理矢理された挙げ句に子を宿されても毅然と全てを受け止めろ。何て求めてないのに、どうして。
精々恋人を求めている男たちに、結婚どころか妊娠というゴールを真っ先に提示する。そんなことをすれば、高レベル冒険者。しかも、あのロキファミリアの女性という看板も相まって引かれるのは当然なのだが、悲しいことに全員が気付いていない。
正確には、気付くことが出来る者が本来ロキファミリアには二人いたのだが。そのうちの一人のロキは居候して傷心を癒しているし、もう一人のリヴェリアはリヴェリアなため、ファミリア内で気付く可能性は絶望的なものになっている。
(いっそ、養子はどうでしょう。レイと一緒に歌と音楽を教えているあの子達を……何人居ると思っているのですか。私は……いえ、レイに手伝って貰えば……駄目でしょう。レイは外に出れないのに……あぁ、もぅ、あの男にもう少し甲斐性があればぁ)
ある意味まずい方向に突っ走りつつあるアリシアは、前別れた男──男が聞けば、付き合ってない、手を繋いでさえいないと絶叫する──を思いだし、吐息と共に声にだした。
「間が悪かったのですかね」
あ、失敗した。
レフィーヤの泣き叫ぶ声に反応したように受け取られる発言だった、これは。
この娘が暴れれば苦情では済まない。
「……」
「……」
「アリシアさん」
「何でしょう」
ピタリと涙を止めて蚊の鳴くようなレフィーヤの声。
アリシアもレフィーヤを棄てるのか、そんな見当違いで濃密な『暴』の気配を漂わせた声。
そんな危険極まりない声を聞いても、失敗したことをおくびにも出さず淡々とアリシアは返す。
「そんな酷いことを言うってことは、ひょっとして私のこと嫌いなんですか。アリシアさんも私を棄てるんですか」
「いいえ。そんなことありませんよ。こうして、一緒に時間を過ごしたいと思い、過ごすくらいに貴女を大切だと思っています」
(誰もレフィーヤを棄てていない、とか。いい加減ループから出たと思えば悪化したか、とか。夫婦二人きりで過ごしている時にアポ無しノック無しで部屋に入って邪魔をするな、笑って済ませてリヴェリアから庇っているアイズの忍耐力を試そうとしているのか、私にレフィーヤのスパイを頼んできたときの表情から推測するとアイズの忍耐力の限界は間近なのに。とは思いますが)
発言には一切の嘘が無かった。それを感じ取ったレフィーヤは一度泣き腫らした顔で大きく頷き、大きなため息をついた。
フラりとテーブルに寄りかかり再度ため息をつきビッチャーに手を伸ばす。
そうですかぁ。そうなんですかぁ。姉さん、兄さん、どうして。とか呻きながら色付きオレンジジュースをゴキュゴキュ飲み始めたレフィーヤ。
そんなレフィーヤを見たアリシアは、ひょっとしたらレフィーヤは明日から二人のことを「兄さん、姉さん」と自然と呼び出すのではないかと疑う。
いや、まさか、そんな人としての良識を捨てるようなことするわけ──いや、待て。
でも、この娘なら。
チラリとレフィーヤを見る。
テーブル突っ伏した姿勢で「にいさん、ねえさん、にいさぁん」と親鳥を求めてピイピイ鳴く雛鳥のようなレフィーヤを。
──あ、言うわコレ。
明日、「ベルは前世私の兄だったんです。だから、ベルは兄さんです。で、アイズさんは姉さんです」とのたまうわコレ。
で、もういいお前は頭を冷やせ、とリヴェリアに池に放り投げられるわコレ。
悟ったアリシアは、憤慨という名の彫像となっている酒場の店主に目を向ける。
自分が止めたという『事実』を彼に裏付けさせるには幾ら必要だろうか。止めたという実績を持たなければ私の身も危ない。確実な保身を取る方向に舵を切りつつあるアリシア。
相手の男にベルレベル──紳士かつレイプされたくらいなら受け入れる──を求めていると気付かない、彼女を含めたロキファミリア年長女性組がどうなるか。
月だけが知る夜は更けていく。
こんなレフィーヤですが、ロキファミリア内紛時にはリヴェリア派(ベルとアイズの味方)に寝返り、背後からベートを魔法で撃ち落とすという大金星を(ry