クビキリサイクルさん、誤字訂正ありがとうございます。
この娘も『中度』です。
実は一番の過激派になるところだったのですが、ヘスティア様とある女の子のおかげで、その領域にとどまっています。
突然だが、最高級娼館とは何だろうか。
美女を集めた娼館。それは、少し高めの娼館だ。
美女を集めて性技を含めた技能を叩き込む娼館。それは、かなり高めの娼館だ。
前述に加えて安全な娼館。それが高級娼館だ。
では、最高級娼館は何か。美女を集めて、性技を含めた技能を叩き込み、上級冒険者に守られるほど安全で、何をしても客の秘密を保てる娼館。それこそが最高級娼館だ。
とある最高級娼館。その一室で水音が響く、女の音と嬌声が響く、最高級娼館の最上位の部屋で響く音と声。この部屋を貸しきるのに幾らかかるのか。大抵の者は驚愕するだろう。だが、真に驚くべきことは、今起こった。
嬌声と水音を出していた女性が音を出すのを止め、離れているところでこちらを見ている女性に疲れた声を出した。
「あのさあ春姫」
最高級娼婦として客に対して有り得ぬ口調。店の者がこの場に居ればすぐさま『処分』するだろう。それほどの異常事態。だが、それはない。
客こそが望んだのだから。
「なんでしょうか。お姐様」
「いやあさあ、仕事だからしてるんだけどさぁ。前までの、あんたが男の裸見ても気絶しないように、白髪小柄な男と絡んだのは良いんだけどさぁ」
「姐様のお陰で、殿方の裸と性行為を見ても平然と出来るようになったことに感謝しておりますが……何か?」
「あざとく首傾げて何かってさぁ。男にしなさいよそれ」
「ここに殿方はいらっしゃいません」
「そこよそれなのよ」
「?」
「そのさぁ、女だけの場所で人形につけたオモチャの男根使ってしゃぶったり挟んだりオナるだけって、結構心にクルんだけ──」
「五倍お支払いします」
「私に任せて、プロってもの見せたげる。ちゅっ、しゃぶるときはこうやって、ここを──」
ドンッと中に入った硬貨の重量を示すように置かれた袋は人を素直にさせる。ここ数ヶ月で春姫が知った貴重な教訓だ。
教訓に従い、素直になった元イシュタルファミリアの先輩娼婦が数々の性技を見せてくれるのを、自らの体を動かして春姫は覚えていく。
一通りのテクを見せて、ふぅと一息ついた先輩娼婦。そんな彼女に冷水を届けると「ありがとう」と礼を言いながら語りかけてきた。
「春姫、春姫」
「なんでしょうか。姐さま」
「次さあ、女二人でからんだりしたら報酬アップとかないかな」
「……女二人、いえ、女三人で殿方一人を責める行為を見ることは出来ますか。殿方はそういう経験は初めての白髪小柄な方で」
「出来るよ」
「その際には本日の十倍お支払いいたしましょう「それって──」勿論、其々にです」
「春姫っ」
「はい」
「愛してるっ」
嫣然とした笑みを浮かべた春姫は軽く頷き、席へ戻り先輩娼婦の性技を盗まんと意識を集中させる。
その後、オモチャで絶頂した先輩娼婦に水と手拭いを手渡して戻ってきた春姫に、護衛兼暇つぶしでついてきたアイシャが声をかける。
「その金、どうしたんだい」
「相場で当てました」
商会の名前と製品の名前と月日を書いた紙を床に並べて目隠ししたベルに拾って貰うという、禁断の手段を行使して一財産築いたことを、リリと組んだ春姫はおくびにも出さない。
アイシャには話しても良いが、元イシュタルファミリアの先輩娼婦には語れはしない。
春姫の無言の想いを正確に受け止めたアイシャは「相場とはねえ。外れる時は外れるから気を付けなよ」と話に乗りながら誤魔化す。
姉貴分の想いに、春姫はアイシャだけに聞こえる声で紡ぐ。
「勿論です。ヘスティアファミリア名義のお金ですから、このように相場で賭けるようなことはそうそういたしません。ファミリアの信用に関わります」
「……そうかい。あんたんとこの主神も承知の上なんだね」
「勿論です。賭けに勝ち、最近のファミリアの工事費等々を全て一括で払えて喜んでおられます。支払いの時にご一緒したのですから間違いありません。金銭を管理されているリリ様共々満足のいく取引ができたと自負しております」
「で、あんたら幾らリベート取ったんだい」
「ヘスティア様は寛大かつ慈愛に溢れたお方。そんなに稼いだならこれくらい持っていけと、おっしゃって頂けました。我々の軍資金にしろと、想いを貫くための軍資金にしろと」
「そうかい。なら、あたしは何も言わないよ」
何らかの隠し技を使って主神の許可を得た上で金庫番と組んで大金を稼ぐとか、こいつ強かになったなぁ。そういえば貴族だったか。ヘスティアへの感謝に手を合わせて微笑む春姫を見ながら、アイシャは微笑みを浮かべた。
当たり前のようにバックにファミリアを使っている──安全性が段違いになる──春姫の成長っぷりにアイシャは目を細めながら一献傾ける。
美味い。良い酒だ。
軽い雑談を終えて、喉を湿らせたアイシャは話を変える。未だベルを諦めていない春姫のために言っておきたいことがある。
「ほかに男探せばいいんじゃないのかい。今のあんたなら選り取り見取りだろ」
「……アイシャさん」
自らを励ますためにわざと泥をかぶろうとする姉貴分に、春姫は感謝の笑みを浮かべた。目を閉じ思い出すようにして言葉を紡ぐ。
「初めて会った娼婦が嫌で仕方ない少女に憐憫を抱かずに己の無力を嘆き」
「ああ、あの時かい」
「ええ、仲間の知り合いというだけで嫌がっているからというだけで何の見返りもなく助けようと、己よりもはるか格上の相手に対して己を賭して挑み」
「雄だよ。間違いなく」
「そこまでしても、自分が汚れているからと救いの手を拒もうとする愚かな少女に想いを貫いてくれました」
「……」
「そのようなお方、他に居るわけがありません」
つー、と頬を伝う涙を見ないようにしてアイシャはさらに一献傾けて頷いた。それが分かっていて諦めないのなら自分は見守るだけだ。この娘の主神のように。
「で、どうするんだい」
「責任を取っていただきます」
「……ん?」
「この先、私は誰とも殿方と付き合うことは出来ないでしょう。誰と共に過ごしても、ベル様を思い出し、ベル様を想い、付き合おうとした殿方と別れる。間違いありません」
「……そうなるだろうねえ」
「その責任をとって頂く義務と責務がベル様にはございます」
穏やかな春姫の台詞に背筋に冷たいモノを感じたアイシャは、思わず春姫の横顔を見る。普段通り、柔らかな笑みを浮かべたその顔。だが、その裏には娼婦の頂点クラスでしか身につかない色気のある圧があった。
ぶっちゃけ、怖かった。
「正式にお付き合いされてからならともかく、現実は無理矢理性交して子を宿して決着っ!? このようなことでは、納得などできません!? 卑劣極まりないと思いませんか?」
「いや、正直上手くやったと思うね。剣姫は、あの娘は、好きな男と二人きりになった女がするべき当たり前のことをやったんだよ。当たり前のことをやらなかったあんたが、剣姫を非難なんてするのは筋違いさ。同じ屋根の下で過ごしながらノロノロしてたあんたが「アイシャさん」思うね。卑劣だよ。あれは」
いきなり話を変えた春姫を窘めつつ叱りつけ発破をかけようとしたアイシャだが、こめかみにぶっとい青筋を浮かばせた春姫の笑顔を見て撤回する。
君子危うきに近寄らず、妹分の夜叉の笑みはアイシャをして刺激してはならないと判断させる色に彩られていた。
「ええ、卑劣極まりない方です。女の風上にも置けません。ケダモノ同然の方です」
「……」
称賛すべき女、敬服すべき雌、大した娘だ。などと思ったことをアイシャは言わずに頷くだけにした。
「そんな方ですが、剣姫様は、アイズ様は一つだけ良いことを教えてくださいました」
「なんだい」
尋常ではない圧力を発する春姫に優しく同意する。だって刺激するの恐いし。
「子を宿せばベル様は決して無下にはしないことです。喜び悲しみ怒り嘆こうとも、ベル様は見捨てないということです」
「確かにね」
一線を越えてのける宣言した春姫に、一瞬瞑目してアイシャは頷く。
「無様であさましい女子の情と笑われても、愚かで惨めな女子だと蔑まれてもかまいません。ベル様の御子を宿してみせます」
「今のあんたを無様だのあさましいだの愚かで惨めだの言うような奴とは付き合うんじゃないよ。そんな相手とじゃ、あんたは幸せになれないからさ」
「ですが、ベル様は違います。私をあさましいだの愚かで惨めな女子だのとは思われません」
「まあ、そうさせてしまった自分の無力を嘆くだろうねえ」
よし、春姫がこうなったのはベルのせいだ。ベルに責任取ってもらおう。もうそれしかない。春姫が言っていることは全く間違っていないし。そう思いながらアイシャは話を続ける。
「で、どうすんだい?」
「ヘスティア様もおっしゃておりましたが」
その前振りに、アイシャは春姫がやりすぎないように抱きしめて嗜め続けるヘスティアの姿を幻視した。苦労してんなあ。
「誠に無念で誇らしいことですが、ベル様は産後の奥方とお子様を放置して他の女性に目移りするような方ではありません」
「まあ、今でさえ全裸で誘っても『妻が居る男に冗談が過ぎますよ──』とか素で言いながら外套かぶせてきたからね。子供が出来たらもっと硬いよ。あれは」
「はい。ですのでお子様が生まれる前に事を済まさねばなりません。ですが、尋常の手段では想いを遂げるのは不可能でしょう」
「それがわかってるならいいんだけどね。で、どうするんだい?」
「盛ります」
即答だった。一切の迷いがない回答だった。流石のアイシャですら引き攣るレベルの即答だった。
「上手くいくと思っているのかい」
「上手くいかせるのです」
「……あの坊やは、今や第一級冒険者だよ。アステリオスだったか、あの牛と殺し愛し始めてから更に強くなった。アホみたいにね。そう易々とはいかないよ」
「重々承知の上です」
「ふぅ、そうかい。なら……そういや、あの坊や今レベルいくつなんだい? かなり上がっ「9です」……え?」
あまりに意外な答えにアイシャは数年ぶりに素っ頓狂な驚きの声を出した。
「レベル9です。しかも、次のランクアップがそろそろ見えてきたと思われます。つい先日更新した際、ヘスティア様が頭を抱えていらっしゃいましたから」
淡々とした春姫の言葉に、アイシャは天を仰いだ。いや、確かに、あの牛と殺し愛──鍛練とかあのド変態にして雄の中の雄である二人は本気でほざいているが──を始めてから、アホみたいに強くなってたけど。なんだそりゃ。ギルドが公開しないわけだ。
「耐異常持って……いや、忘れてく──」
「持っています。高アビリティになっています」
他ファミリアの内実を聞こうとして辞めたアイシャに、春姫はどこか震えた声を出す。隠しきれない戦慄が宿る声だった。
「そりゃあ、盛るのは無理だろう。大抵の薬は対抗、いや無効化されるよ」
「大抵ではなく規格外の物を用意します」
「伝手あんのかい?」
「私にはありません」
「へぇ、信用できるのかいその相手は」
「えぇ、この命を預けられるほどには、信頼して信用しております」
「なるほど、あの娘ならなんとかできるかもね」
「はい、かの酒神のお力ならば必ずや」
ぐっと拳を春姫は握りしめる。
「盛って想いを遂げ、レナ様のような幸せを掴んで見せます」
「まあ、幸せだろうね。確かに」
応えながらアイシャはレナから聞いた話を回顧する。
「──聖木の弓幹汝弓の名手なり──」
その声は小さかった。狼の牙とハイエルフの杖が打ち合う音に比べて、あまりに小さかった。
だが、迅速に詠唱していく。
「狙撃せよ妖精の射手──」
王族を守らんとする幾人かのエルフを叩きのめし、後方のリヴェリアを直接攻め立てるところまでベートは追い詰めた。そんなベートを援護せんと詠唱は続く。
「穿て必中の矢──」
一対一、歴戦のハイエルフと言えども後衛で有る限り、前衛であるベートの距離まで攻められては倒すことは出来ない。抗うこともできない。防戦一方となる。
魔法を使う隙もない。ベートだけならまだしも、レフィーヤが凶悪すぎた。
アイズの妊娠。孕ませたのはベル。これから結婚する。あまりのことに惑乱状態にあるレフィーヤ。だが、心が惑乱状態だからこそ、レフィーヤの肉体はリヴェリアの魔法を幾度も相殺するほどの的確な援護をこなし続け、今も最後の一手とならんと──
「アルクス──「レフィーヤ、頼む」!!??」
──声が聞こえた。
弱弱しい声だった。王族として、師として、副団長として、自分の前に居る時には出したことが無かった声だった。
咄嗟だった。
そんな声で救いを求められた。それだけが、精神的な余裕のないレフィーヤの現実だった。
だから、詠唱を終えようとした魔法は向かう先を変えた。
「レイ」
「ぐぉぉっ!!??」
「──あ、ぁぁぁっ!?」
ベート(味方)へと。
ちゅどぉぉんっ。
洒落にならない爆音と共に、その場にいる者達を光が照らす。死屍累々に倒れ伏す者、顔色を悪くした者、様々な違いがあれど、ロキファミリアの者達だけで構成された者達の中に一人だけ違う者が居る。
「あ……あぁ……」
一人だけ違う者。遠征帰りのベートにお帰りなさいと言うためにロキファミリアを訪れたレナが見たのは、数分で激変する状況。最後の最後で、強大な敵に立ち向かうベートが背後から撃たれる瞬間だった。
「いやぁぁっ!? ベートローガぁ」
どさり。重たいモノが倒れ伏す音と少女の悲鳴が、それ以外の音を断絶した庭に響いた。
「あ……あ……ち、違っ……わ、わた、わたし、だって、ヒューマン、が……アイズ、さんが……」
武器を取り落としたリヴェリアに対して止めの一撃を与えようとしたベートを、突発的に撃ってしまったレフィーヤ。
援護されていたレフィーヤにいきなり撃たれたベートは、声もなく倒れ伏し意識を失う。紛れもない裏切り。完璧なまでに味方を裏切ってしまったレフィーヤは、唯でさえ惑乱状態だった心をさらに混乱させる。
自分は何をしたんだ。ベートさんを撃って。味方を撃って。味方、味方って何? 敵って何? 何時の間にか戦っていて。何で私はこっちについたの? だって、ベルとアイズさんに子供が。私が知らない間に。私に黙って作って。私を棄てて。だからってベートさんを。だってリヴェリア様が助けを求めて──
「よくやったな。レフィーヤ」
「……え」
混乱の頂点に向かおうとしたレフィーヤを、優しく誇らしくリヴェリアは称賛する。
絶妙なタイミング。
少しでも速ければ度重なる衝撃の事実で精神が追い詰められていたレフィーヤは自我をなくして暴れまわり、少しでも遅ければ悔恨に杖を取り落として蹲り泣き叫んだだろう。
「……あ、り、リヴェリア様、なん……て」
「本当によくやってくれた。流石は私の自慢の弟子だよ。お前は私の誇りだ、レフィーヤ」
「わ、私、さっき、まで、リヴェリア様に武器、を向けて、そ、それで、ベートさんを「レフィーヤ」あ……り、リヴェリア様」
だが、リヴェリアに称賛され優しく抱擁されたレフィーヤにはそんなことをする必要が無くなった。追い詰められた精神に拠り所が出来たのだから。
絶妙なタイミングで甘い蜜で心が補強されたのだから。
「すまないレフィーヤ」
「り、リヴェリア、様……」
「そう、そうだ。私だ。すべての諸悪の根源である私だ」
「そ、そんなっ」
「お前には本当に悪い事をしてしまった。すまなかったな」
「そ、そんなこと、ありませ「レフィーヤ」は、はい……」
「そんなことがあるのだ。私がお前に説明しないばかりに、徒に混乱させるだけでなく辛いことをさせてしまったのだ。本当にすまなかった」
「あぁ……あぁっ……り、り、リヴェリアさまぁ、私、わたしぃっ……」
「ああ、ああ……」
ぽんぽんと優しくリヴェリアに抱擁されその胸で泣くレフィーヤ。追い詰められズタボロになっていたレフィーヤの心の隙間にリヴェリアの温もりが染み込む。
「話したいことが幾らでもあるだろう。だが、すまないが後にして貰えるか?」
「はい……リヴェリア様」
止めに、レフィーヤに選択を預け希望を叶えるかのような形で強制する。
結果、レフィーヤはふらふらと覚束無い足取りで歩き出す。何処へ行こうとも決めていない。ただ、何となく、此処に居てはまずいと思ったのだ。あまりの罪悪感に、此処に居てはいけないと思ったのだ。
自分の裏切りの一撃で倒れ伏したベートを意識下から消去したレフィーヤは、このまま彷徨わんとして
「レフィーヤ」
「……はい?」
「お前の場所はここだ」
「え? で、でも……わたしは、いままで「来なさいレフィーヤ」……はい」
来なさいの一言で救われたような顔になる。
顔色を悪くしながらも、自分に助けを求める視線を向けた存在。自分の拠り所の元へ。師であるリヴェリアの斜め後ろへ、護るかのように立つ。自分と同じく顔色を悪くしたエルフたちの列の中へと何とか立つことが出来た。居場所を作ることが出来た。
──人、これを洗脳と呼ぶ。
「レナ・タリーだったか」
月下に佇む美しいハイエルフに名を呼ばれる。
人によっては光栄に思うものが居るかもしれない。だが、一連の出来事を見たレナは欠片もそう思わなかった。
だって、目の前の女は──
娘をベルに預けてから暴れに暴れた女だった。
ロキファミリアの頂点に僅か数分で立った女だった。
ほぼ戦闘を起こさずに全てを手中に納めた女だった。
主神を追放し、団長をアマゾネスに与え、ドワーフを口先で丸め込んだ女だった。
ラウルたちの抗議をも、副団長としての権限で別の方向へ誘導して、彼らをギルド(別の場所)に走らせた女だった。
最後の抵抗勢力(ベート)を裏切りの誘発という情け容赦ない手段で葬った女だった。
レフィーヤを抱擁しながら、ベートにかけようとしたポーションを撃ち落とした女だった。
それら全てを呼吸さえ乱すこと無くやりとげた女だった。
──ぶっちゃけラスボスだった。
だが、そんなことレナにはどうでも良い。目の前の女がレナの愛する男の仇である。それだけで十分だった。
光栄に思うことはない。無論、抗わないという選択肢も無い。
戦力差は圧倒的、いや絶望的だと分かっている。
勝つどころか触れることさえ出来ずに、自分は敗北し沈黙する。
だが、それがどうした。
女には、愛する男がいる女には、相手が誰であれ負けられない戦いというものがあるのだ。
背後から馬鹿魔力砲を撃たれ、僅かな呼吸音だけを漏らして倒れ伏すベートを庇うようにレナは立つ。
愛する男のために。
吼える。
「そうよっ。あんたが今まで戦って卑怯な手で潰した男の大事な女の名だよ。あんたが呼んじゃいけない名だよっ」
「……そうか、なら……そうするか」
咆哮に対してどこまでも静かな声が響く。絞首台に据えられたような気持になるほど静かな声が響く。戦慄のあまり膝を問答無用で折りたくなる声が響く。
「何をしようって言うのよ」
だが、レナは屈しない。不屈の意志を目に宿して吼える。
「落ち着け。レナ」
「何が落ち着けよ。この糞ハイエルフ」
「落ち着いて状況を見定めろ。私はお前の敵ではない」
「敵ではないっ!? お上品なハイエルフ様のお言葉は、アマゾネスの女には意味が分からないようにお出来になってますことっ。
もう、見定めてるよ。裏切り者が後ろからぶっぱなして、ベート「ベートは今、気絶していて何をされても抵抗できない」!!??」
瞬時に理解の表情になったレナ。そんな彼女にリヴェリアは慈愛の女神もかくやの優しく柔らかな笑みを浮かべる。
「もう一度言おう、私はお前の敵ではない。いや、私は、ロキファミリア副団長は、お前の味方だ」
その言葉と共に取り出された拘束具。何処から取り出したかなどレナにはどうでもいい。
それが、ロキファミリア団長さえ拘束した代物。第一級冒険者すら拘束したものだと分かっていれば十分だ。
即座に構えを解き武器をしまい拘束具を受け取り、躊躇わずに使う。
「ごめんね。酷いこと言っちゃってさぁ、何か『誤解』があって『不幸』な『行き違い』をしたみたいだよね」
何時も通りの口調に戻ると、せっせせっせとベートに拘束具を着けていく。
「気にするな。人は生きている限り『誤解』し続ける生き物だ。大切なのは『誤解』だと分かった時に許し合うこと。そうは思わないか」
「思う思う」
そう言いながらベートを拘束し終わり立ち去ろうとするレナに、治安の良い住居の鍵と、五年は遊んで暮らせる金と、拘束が終わったから使っても良いポーションを渡しながら、リヴェリアは声をかける。
「それと」
「何?」
「産まれてからずっと一緒の幼馴染という関係は、素敵な関係だと思わないか」
「とっても素敵っ!!??」
「妊娠したならば連絡しろ。お前には助けが必要だ」
「何から何までありがとうっ」
気にするな。またね。そんな挨拶を交わし合うと二人の女性はそれぞれの戦場に戻っていった。
回顧を終えたアイシャはすべてを飲み込むかのように一献傾ける。
まあ、確かに幸せだろう。大きくなったお腹を愛おし気に撫でるレナはどう見ても幸せそうだ。その横に居るまんざらでもない顔をしたベートも含めて。
以前様子を伺い幸せそうな二人に安堵したアイシャは、そんな風に考え己を納得させ春姫に向き直る。
「でもさあ春姫」
「はい。なんでしょう」
「坊やのアレを模したおもちゃ作るために型取りしたのなら、そん時ヤろうと思わなかったのかい。好機だっただろうに」
「アイシャさん……それではベル様に私が初めてを捧げたと伝わらないではないですか」
「そうかい」
アイシャにしてみれば合格の返答。
どうやってベルの型取りしたのかは聞かなくていい。聞く必要はない。春姫が的確な判断ができるように育ってくれただけで十分だ。
うんうんと春姫の成長を喜び頷く。
「まあ、夜伽の技を磨くのは良いことさ。本当にいいことだよ」
「ええ、夜の一時でもアイズ様よりも鮮烈な印象をベル様に与えて見せます」
そうのたまう春姫には笑みが浮かんでいた。普段の彼女が知る者が見れば驚く笑みが浮かんでいた。
狐は肉食獣である。
忘れてはならない、外見が愛らしくても彼女は肉食獣なのだ。
成長した妹分を誇らしげに見るアイシャの耳に扉が叩かれる音が聞こえた。扉まで来るまで自分が気付かない相手。脅威だ。この最高級娼館に立ち入りが許されているから恐らく大丈夫だろうが、完全に大丈夫だとは言えない。
何かあっても春姫を抱えて逃げられるように体の重心をずらし、春姫に頷く。
「どなたですか?」
こちらも身構えて問いかける春姫に対して、姫君に仕える忍者のような声がした。
「私です。春姫殿」
「命ちゃん? どうしたの? 前、ここには入らないって──」
「ウィーネ殿から言伝です。早急に返事をして欲しいと頼まれました」
「!!!???」
春姫の顔が、冷徹な肉食系貴族から、ほとんど我が儘を言わない良い子過ぎる愛娘を心配する母親のソレへと激変した。
「『今日の晩ごはん一緒に作りたいんだけど大丈夫、忙しくない? 一緒にご飯作れるなら今から一緒にお買い物──フェルズが作ってくれたローブが有るから周りに異端児だとバレる心配はない──したいんだけど、行けそう? 予定が空いていて大丈夫なら、良いってお返事してね』とのことです」
「分かりました。片付けを終えたら直ぐ出るので、買い物は無理だけど一緒に晩御飯は作れるから少しだけ待って貰うように「春姫殿」命ちゃん?」
「その後ウィーネ殿は『春姫とお買い物出来たらいいなあ、手を繋いで一緒にお出掛けしたいなぁ』と寂しげに呟いていらっしゃいました。どうします──」
「直ぐ帰ります。アイシャさん、申し訳ないのですが、後をお願いしても」
嫌も応もない、ドンッと金銭が詰まった袋をアイシャに押し付けるようにして春姫は頼み込んだ。
「ああ、良いよ」
「ありがとうございます。ではこれにて。命ちゃん帰りましょう」
「ええ、帰りましょう。荷物持ちは任せてください」
アイシャと先輩娼婦に丁寧に挨拶して
ロキファミリア内紛時のリヴェリアは、ぶっちゃけ魔王です。ラスボスです。