※この作品はR-18です。

憧憬が憧憬でなくなった日   作:サリエリキキ

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ぴろーぎさん、評価付けありがとうございます。

盤面をひっくり返す『人』。

 この娘は酷さで言えば『理外』です。



エピローグ 黄昏の終わり

『降伏』という行為がある。

 敗者が勝者に対し自らが敵わないことを認め慈悲を請う行為(ヘラ主観)がある。

 それは、ヘラにとって極めて慣れ親しんだ行為だ。

 無論、天界でも地上でも慈悲を請われる方に慣れ親しんでいる。

 だから、今回も慣れ親しんだ終わりを迎える。その事にヘラは疑問を抱いていなかった。

 降伏の時を迎えた瞬間までは。

 

 

 

「私は自分が想像力が豊かな方だと思っていたが、違ったな。人間になったお前と対面する。こんなことは想像どころか妄想さえすることが出来なかったよ。自らの欠点を目の当たりにするのは何時も辛いものだ。

 ……そう思わないか。フレイヤ」

 

 女神への葬送品として、フレイヤファミリアが火を放ち焼け落ちた戦いの野。フレイヤファミリア跡地の上で豪勢な椅子に女王として座ったヘラが対面に立つ少女に話しかける。

 

「? 私はフレイヤ様ではありませんよ、おばあ様。フレイヤ様は、もう何処にも居らっしゃいません。何処にも……」

 

 こらえきれない悲しみで目を潤ませた少女は、そんな場合ではない頑張らねばと一度頭を振った後、いけないと手を叩いた。

 

「あ、ごめんなさい。ご挨拶が遅れました。お初にお目にかかります、おばあ様。私はシル。元フレイヤファミリアの一時的な纏め役をしているシル・フローヴァと言います。

 おばあ様には、気安くシルって呼んで欲しいって思っていますので、是非ともシルって呼んでください」

 

 かつては忌み嫌っていた名を、誇りに胸を張りながら少女は言った。これが己れの名だと。

 裏のない笑みで自分を義祖母呼びしながら初対面アピールをするシル。

 その態度と話に嘘の欠片もないことに、何よりも神の目で見た目の前の少女が得体の知れないモノではなく唯の人間であることに、流石のヘラも嘆息した。

 

「……面の皮の厚さは神であった時と変わらんな。いや、それ以上になった。大した奴だ。そこだけは誉めてやろう」

「これから長い付き合いになるおばあ様に──ベルのお祖母様に、私の義祖母となる方に、誉めて頂けるなんて光栄です」

「お前は一度ベルに振られたと耳にしたが」

「一度振られたくらいで諦めるようなのは女じゃありません。必死ならば、人間ならば、生きた女ならば、恋する女ならば、初めての恋ならば、成就するまで何度も何度も攻めなければなりません。そう思いませんか」

「その意見には賛同する」

 

 ヘラファミリアに囲まれた元フレイヤファミリア一同をヘラは見据える。

 飢えと疲労で、やつれ果て傷だらけの者達。恩恵が無くなっても、神フレイヤの最後の命令──この場はシルに従いシルを護れ──に従い、シルを護ろうと決死の意思を見せる連中を見据え確認した。

 

「眷属から恩恵さえ消えたか。フレイヤは本当に居なくなったのだな。送還ではなく、神フレイヤは消えたのだな」

 

 驚天動地を目にしているヘラは、送還の柱を目にしていないにも関わらず思わず念を押してしまう。

 

「ええ、フレイヤ様は居なくなりました、逝かれました。私に『私』を返して頂けただけでなく、頑張れと背を押しながら

 ……だから、私はシル。唯の人間、シル・フローヴァです」

「そうか……神が一柱消えたか。送還ではなく、封印でもなく、消失したか」

 

 今頃天界はパニックになっているだろうが、ヘラには知ったことではない。

 

「……大事だな」

 

 目を閉じて他人事として呟くと目を見開く。

 目の前の少女にこそ、ヘラの興味はある。

 神フレイヤから『自分を返された』少女。美しい少女ではあるが、神フレイヤの面影さえ無く、全く別の存在である人間の少女に聞く。

 

「これからどうするつもりだ?」

「元フレイヤファミリアの皆さんは、冒険者を辞めるつもりはありません……皆さん恩恵が消えて困ってるんです。私達の降伏を受け入れて、助けて頂けませんか」

 

 シルの動向を聞いたのに眷属の今後を願う、わざとズレた答えを返す少女にヘラは苦笑して踏み込む。

 

「降伏を受け入れてもいないというのに、強欲なことだ」

「おばあ様には正直に願うべきだと感じましたので、正直に申し上げます」

「ほう……で、私に引き取れと言うのか。女はともかく男を私に引き取れと」

「はい、お願いしたいんです。駄目でしょうか?」

「駄目だな。お前は知らない(強調)ことだが、私は男の眷属を持たないことにしている。私が傍に居ることを許す男は、幼子と家族と……夫だけだ」

「なら、おばあ様の旦那さん。おじいさまにお願いしたいんです。言付けをお願いできますか」

 

 これからフレイヤとシルを別人扱いすると暗に伝えたヘラに、シル(美少女)は自分はゼウスに近寄らない宣言して望むところと答える。

 正直、シルとしてもそちらの方が助かる。シルは神としてのフレイヤの記憶を持っていないのだ。持っている前提で話されても困ってしまう。

 そんな、シルの割と切実な事情などヘラには知った事ではない。夫の傍に美少女が近寄らない、それこそが重要だ。

 夫と会った際に即座に通報してくれたアイズのように、筋を通してのけるシルに、ヘラは初めて表情を柔らかくする。

 

「言付けしたいのは山々だが、我が愛する夫君は、私に連絡ひとつ寄越そうとしない。困ったお方──」

「ゼウス様は、今、メレンに居ますよ」

「──ほう」

 

 言いながら、シルが取り出したのは一つの魔道具。円形の鏡のような画面には中心点から離れて光る輝点が映っている。魔道具を掲げながら、輝点の中心点からの方位距離を表す操作や、画面拡大縮小操作を行うシルに、ヘラは笑みを深めた。

 方位距離からしてメレン。メレンの海岸。その場所を指す輝点が何を指しているのか問うまでもない。目の前の少女が、生死がかかったこの場ですぐバレる嘘をつく類の人間ではないとヘラには分かる。問題なのはどうやったのかということだ。

 ──メレン海岸。水着の女性がたくさんいるところで、夫が一人なのか。一体ナニをしているのか。調べるという発想さえヘラの頭には浮かばない。浮かぶはずが無い。呼吸する如く当然のことなのだから。無論、調べる。調べるのは義務である──

 雌ライオンさえ逃げ出す笑みを浮かべて、ヘラは呟くように問い掛ける。

 

「発信器を探知する探知機か?」

「はい、ゼウス様に発信器を取り付けたそうです。米粒くらいの大きさの魔道具を」

「我が夫君に?」

「はい、裸で眠るゼウス様の体の中に仕込んだとか」

「……誰が?」

「フレイヤ様です」

「ほ、う」

 

 徐々に怖くなっていくヘラから目を逸らしていたヘラファミリア団員は、最後の台詞に「こいつ死にたいのか」という目でシルを見る。

 神の肉体の中に仕込める状況。あのゼウスの体の中に仕込める状況。裸で眠っている相手に仕込める状況。

 どう考えてもヤった後以外の何ものでなかった。

 主神の夫(糞爺)の浮気発覚に、ヘラファミリア団員は思わずヘラから距離を取って備える。

 今から起こるヒステリーに備える。

 今回は手近な物にはあたれない。手近にあるのは探知機。ゼウスの居場所が分かる探知機。

 ヘラが死んでも壊す事はないだろう。だが、間違いなくヒステリーは起こす。

 一番身近な存在。目の前に居る相手。

 具体的には、フレイヤのとある部分の意志と記憶を継いだ存在。シルに。

 正直、シルがどうこうなろうと知ったことではないが、自分たちに飛び火しては困る。目を交差して意思を確かめ合う。ヘラを落ち着かせられる存在を連れてくるしかないという意思を確かめ合う。

 ヒステリーを起こしたヘラを落ち着かせられる存在が居るとは、見るまで信じられなかったが、居るのだから攫ってでも来てもらうしかない。ヘラの姉、ヘスティアを何としてでも連れてきて、ヘラを止めてもらうという決意をヘラファミリア団員は固めた。

 惨劇──ヘラのヒステリー──に対して備える覚悟を決めたヘラファミリア団員達。決死の意思を更に強めたフレイヤファミリア団員達。

 だが、神の消失並みの驚天動地が彼らの目の前で起こった。

 

「そうか。夫を誘惑して私を裏切らせたビッチ(フレイヤ)には恨みしかないが、物に罪はない。有り難く頂こう」

 

 ざわり

 穏やかに受け止めたヘラの姿に、ヘラファミリア団員が恐慌にざわめく。

 黒竜に敗れはしたものの、三大クエストの内二つを達成した女傑達。その彼女達が恐慌にざわめいた。

 

「そして、貴様らの降伏を受け入れる。これ以上、何一つ貴様らから奪わない。貴様らの今後の行き先の希望を可能な限り叶える。その条件でな」

「降伏を受け入れて頂き感謝します」

「よし、戦いは終わりだ。病院食を届けろ。ヒーラーの管理下で食わせてやれ。誰も死なせるなよ」

 

 ──誰だコレ

 

 動き出した者達を除くこの場に残った者達。

 主神をよく知るヘラファミリア団員だけでなく、今回でヘラと戦うということがどういうことかを骨の髄まで理解したフレイヤファミリア団員も、同時に内心で絶叫した。

 盤外勝利だけならともかく、孫の死後の魂危機に加えて、最大の逆鱗である夫の浮気を知ったのに、寛大な裁定と慈悲。

 

 信じられなかった。

 

 盤外勝利と孫の死後の魂危機だけで、ヘラが何をしたかこの場に居る者達は知っている。

 

 

 繁華街のど真ん中にある戦いの野に対し、補給線を絶つために恐るべき情熱を傾けたのは序の口。消耗品を補充しようとファミリアから出ようとするものは、対黒龍用装備及び魔法により文字通り全て撃ち落とされた。潜伏していたフレイヤファミリア団員と協力者は、例外なく全て探しだされ狩られた。そして、それらの者は、治療すれば治る程度の重傷を負わせた上でホームに放り込まれた。そのため、医薬品と食糧が無くなる速度は加速し、治療の負担は増した。結果、放り込まれる──第一級冒険者を含む──怪我人を「いっそ殺してくれれば」と望むようになり、唯でさえ深い団員間の軋轢をさらに深めさせた。そんな冷徹な作戦家。

 重厚な包囲下で飢えに苦しませながら、毎晩門の前にワイン一杯とパン一切れだけを置いて、自分たちは美食を貪り見せびらかし香りを送っていた畜生。

 最初は意図が分からなかったワイン一杯とパン一切れ。日が経ち、物資が無くなり、その意図が分かった時にはただ絶望した。施されたワイン一杯とパン一切れを、女神に食べさせる所まで自分たちが墜ちたことを痛感させられたのだから。敵が投げ捨てるように置いた物が、敵に施された物が、一番女神に捧げるに相応しい上等な物になってしまったのだから。あの瞬間、あまりの無力感と屈辱に全フレイヤファミリア団員が涙を飲んだ。その様子を見ながら、愉悦のワイン(美酒)を空けていた鬼畜。

 成人の平均的な基礎代謝量をカロリーベースで割り込んだ家畜のエサに劣る食事を摂る団員たちに「共喰い」という最後の選択を脳裏に浮かばせるところまで、フレイヤファミリアを追い詰めた化生の者。

 

 今、夫の浮気を知って、浮気相手の関係者に寛大極まりない裁定を下して慈悲を与えているのはそういう存在だった。

 

 

 

 何も成さぬ餓死ではなく、戦って何としても女神を逃がす血路を開いての死を。

 それだけを胸に、最後の力を振り絞ろうとしたフレイヤファミリア。淡々と処理しようとしたヘラファミリア。

 そんなフレイヤファミリア全団員を抱擁して、『敗北は必至。だから、何も残らない送還や封印ではなく意志だけは遺す』と説得してフレイヤが降伏を申し出るまで、その覚悟だった両者の戦慄の眼差しを受けたヘラは。

 ヘスティア()ベル()という、良いところを見せたい相手が傍に居るが故に、安定しているヘラは。

 敗北者であるフレイヤファミリアは片手間として愛する夫を捕まえる方に力を入れるべきだと算盤をはじき出したヘラは、シルに優しく笑いかけた。

 

 神々の女王の圧力面接をクリアできた。ただの人間であるシルは、それに対し腰骨が砕けそうな安堵を覚える。

 だが、背中を汗でびっしょりと濡らしていても、シルは笑みを浮かべたまま毅然とした態度を貫く。

 彼女にとって、ある意味で戦いはこれからだからだ。

 

 

 

「神ではなく人になるとはなぁ。永劫のうつろわざるものから、定命のうつろうものになる、か。一人の男のために、自分と同じようで違う自分のために、永遠の命を、永遠の若さを、神を、捨てた、か……これで、ベルの死後の魂は、性悪女神に飼われる事は無くなった。戦う理由は無くなった、か。

 盤面をひっくり返しやがって」

 

 皮肉げな発言だが、発したヘラには賛嘆があった。ヘラに慣れている分、落ち着きを取り戻せて二人を見守ることができたヘラファミリアの面々は感嘆があった。

 一人の男のために、永遠の命を永遠の若さを捨てる。自分と同じようで違う存在しか男の手を取れないのに。

 愚かと言う者も居るだろうが、ここにいる女傑達は、女として感じ入っていた。

 

「フレイヤ様は、割りと前から人間に転生することを考えて……いえ、望んでいたんですけど。その望みが確かなものにならなかったんです。だから、後一歩踏ん切りがつかなくて、こういう形に」

「そうか……」

 

「孫に振られなければ確かなものになった、か」と口を動かすだけで問うたヘラに、シルは笑みを深めることで肯定する。

 

「それと、皆さんが言っていたように、盤外勝利なんてつまらないっていうのもありますね。勝負を楽しいものするためには。此方も同じ盤面で戦うためには、今の盤面をひっくり返すしか。神ではなく人になるしかないじゃないですか。神生で得られないのなら、人生で得る。それだけのことです」

「負け確になってからな」

「勝ち目があるなら全取りを諦めない。フレイヤ様のお考えは、何処もおかしくありません。私たちはそのお考えに何処までも着いていけました」

 

 フレイヤが最後まで諦められなかったのは、神としての己ではなく、餓死の危機にあっても秩序を失わなかったフレイヤファミリアの眷属達。彼らと過ごす日々。それこそが、神フレイヤが敗色濃厚の状況で戦ってまで護りたかった宝だとヘラにはわかる。

 だからこそ、眷属達に塗炭の苦しみを味あわせる飢餓作戦をとったのだから。

 

「まあ、間違っていないな……」

 

 くつくつくすくす。一人の女神と一人の少女は穏やかに笑い合う。

 笑みを納めたヘラは優しく宣告する。

 

「……孫には、嫁が居て、子もそろそろ産まれるぞ。私も嫁御を気に入っている。おばあ様と呼ぶようにと言ったほどにな」

 

 お前は勝手に呼んでいるだけで認めていないと目と口で言うヘラにも、シルはひるまない。

 

「むしろ、燃えます。

 前の妻よりも、こっちに夢中になって貰うにはどうすればいいか。胸の高鳴りが止まりません。断るときにあれだけの痛苦を浮かべてもらえるならば脈アリですし、攻めて攻め続けます。これが私の初めての恋。幾度も感じた『愛』ではなく初めての『恋』なのですから、手がある限り打ち続けて、モノにしてみせます。

 無理やりモノにすることが出来る神だったフレイヤ様は、恐れ多い言葉ですが、必死さが足りませんでした。

 初恋に破れても諦められないのならば、一晩泣き腫らした顔でベルに『気にしないでください、これからも仲良くしてくださいね』と微笑んでから、別れ際に涙を一筋だけ流して罪悪感を刺激して、立ち去ろうとした時に心労で倒れたようにばたりと倒れて介抱させる。

 それくらいはすべきでした。本気で泣くのは、介抱されている時に、ベルの胸の中でするべきでした。

 ……そんな計算が働かないのが恋なんですね(ヘラにだけ聞こえる小声)」

「なるほど」

 

 前の妻を忘れさせてこっちを夢中にさせる。ヘラの心の琴線が僅かに、しかし確実に、震えた。そんなヘラに対して、シルは振られた哀しみを振り払い強く頷く。

 

「これからです。高々、結婚されて子供を作られた程度です。何の問題もありません。問題になる訳がありません。その程度が、男女関係において、恋愛関係においてリードと呼べる程のモノになるわけないんです!」

「一般的にはゴールだと思うがな」

「……おばあ様は冗談がお上手ですね」

「ほう」

 

 笑みを含んだシルの声。その場に居る男たちが思わず後退りした声に、ヘラは平然と相槌を打つ。何か聞き慣れたというか言い慣れた声だし。

 

「心にも無いことを言わないでください。

 一般的何て良識ぶった下らないモノを、それがどうしたと笑い飛ばして踏みにじってから。女は、恋をする女は、恋を始めるんです。違いますか?」

「いや、違わん」

 

 百%同意できる意見にヘラは頷いた。周囲の男性はドン引きして、周囲の女性は頷いたり首を傾げたりしているが、構わずシルは想いを叫ぶ。

 

「ええ、そうです。まだまだゴールも何もされていません。何も終わっていません。始まってさえいないんです。

 ベルの初めてをあんな形で奪われたのは……認めましょう。痛手でした。計算外でした。私の失敗です。負けです。でも、それがどうしたんですか!? 

 これから始めるんです! わ・た・し・が、始めてやるんです!!」

 

 エイエイオーと胸の前で拳を握り締めるシルに、面白半分共感半分で問うことにする。

 

「具体的な勝算は?」

「あの牛が居る限り、幾らでも」

 

 こいつ、アイズが対アステリオス危機を抱いていることに付け入って、妾から始めて正妻の座を奪い取る気だ。ヘラの脳裏にそんな言葉がよぎる。

 が、特に気にしない。アイズを気に入っていることは間違いないが=味方ではない。ヘラは孫であるベルの味方だ。

 

 それに、ヘラは一夫多妻制や多夫一妻制や多夫多妻制に割と寛容なのだ。何故かヘスティア以外には勘違いされているが、神々の女王としての責務の一環として割と寛容なのだ。

 ただ、自分と夫の間では決して許さないし、夫たるもの妻に誠実であるべき、妻たるものも夫に誠実であるべき、と思って行動しているだけで、割と寛容ではある。

 本当に、何故かヘスティア以外の神々には勘違いされているが、寛容なのである。

 

 だから、妻に対して誠実極まりないベルが望むならば、一夫多妻にしても条件付きで認めるつもりだ。

 ……あれだけの少女達。ヘラをして『合格』と太鼓判を捺せる少女達。誰一人として遊びでは済まない少女達に、結婚しても好意を持たれる程の女ったらしぷりには、色々、ほんとぉぉぉぉに色々言いたいことがあるのだが。夫の育て方と血筋から矯正不可能と悟ってもいるから、とやかく言うつもりは無い。

 

 ベルには。

 

 そう、色々言うべき──姉と自分で囲む──はまず夫からだ。本質的に向いていないハーレム何て茨の道をベルに刷り込んだ夫にこそ、色々言わなければならない。『男はハーレムを作らねばならん』というのを本気で思っていてベルに刷り込んだのかどうかを特に。

 だから、

(不誠実なことをしたら、祖母として修正しなければならないな)

 と決意を固めているだけで、望んで一夫多妻にしても怒るつもりはない。

「ベルは誠実で我が儘だから、これ以上、女の子を抱えない方が良いわ。これ以上抱え込むと、誰にも向き合えなくなって皆を不幸にすることになるから止めておきなさい」とベルの器の容量を見て、祖母として嗜めるだけだ。

 まあ、今フラグ建てている娘達だけなら大丈夫だろう。合格やれん奴は遠ざけるし大丈夫だな。一夫多妻というもの、そのものに誠意が有るかどうかは全く別の話だし。

 

 内心で、うんうんと頷くヘラは、ふと想う。

 ──そういえば、メーテリアは自分が多夫多妻制等に寛容なのを勘違いしなかったなあ。と。

 ある意味で夫を超えてしまったベル()のことを想っている内に浮かんできた、自らの娘の一人の笑み、愛しい眷属の一人のかつての笑み、ヘスティアによく似た優しい笑みを思い出しヘラは笑った。

 

(あの娘の笑顔が浮かぶのなら、許すしかないか)

 

 敵わない笑みを脳裏に浮かべてしまった。シルの行動を許す、その前提でヘラはシルに優しく尋ねる。

 

「あの牛をどう思う?」

「私にとっては敵ですけど、同時に」

「同時に?」

「最後の英雄の好敵手として相応しい雄。あの二人の殺し愛には心が奪われます。ずっと、ずっと、見ていたいんです」

 

 アイズとは異なる返答。面白味がある返答。あくまでもベルが望むならば、相手として合格。

 ふっ、とヘラは表情を緩めて立ち上がった。

 

「よろしく、シル。お前とは仲良くしたいものだ。嫁と呼ぶかはこれから見定める」

「こちらこそ、よろしくお願いします。おばあ様。嫁と呼ばせて見せます」

 

 ガシリと一人の人間と一柱の神は握手した。

 新たなる関係だった。奇跡のような関係だった。新たなる神話として謳われる関係だった。

 あ、ヤバい。何かヤバいのが手を組んだ。と、ヘラ・フレイヤファミリアの大多数を震え上がらせる関係だった。

 

 

 

「で、これからお前はどうするのだ」

「ヘスティアファミリアに入りに行きます。これでも優秀なヒーラーだと自負しているので、紹介して頂けますか」

 

 真っ先に本丸を攻め込むと宣言するシルに、ヘラは優しく微笑んだ。

 

「お姉さまに会わせはするが、入れるかはお前次第だぞ」

「勿論です」

「で」

「はい?」

「それからはどうするのだ。本当の意味で自由になったお前は、まず何がしたい?」

 

 その言葉に、シルは微笑んだ。羞恥と、後悔と、愛しさの入り混じった決心の笑みで微笑んだ。

 

「色々と迷惑をかけた人たちに謝ってお礼を言いに行きます」




 フレイヤ様のシルとしての記憶と意志を『返された』ヘルンが、ここでのシルです。真シルです。フレイヤ様の『娘』です。
 なので、ヘルン要素とシル要素が混じっています。
 だから、フレイヤファミリアの幹部達からもフレイヤ様とは別人と受け入れられています。
 女神フレイヤとの、多種多様な『別れ』を経て彼ら彼女らは次の人生を歩むことを受け入れました。
 最初はフレイヤ様をシル(人間)に転生させようとしていたのですが、16巻を読んで変えました。
 此処では『恋』にしましたが、ヘルン個人も妬み憎しみなどのマイナス以外の何らかの執着する情愛をベルに向けているようにしか思えなかったので、変えました。

 ──つまり、返された今、情愛の重さも二倍です。頑張れベル。


 それはそれとして、フレイヤ様は最後の最後で、シル(自分)が女としてベルに愛される道筋を整える形で。それも最強の障害ヘラ様に認められる形で、盤面をひっくり返しました。

 これから──
 ロキ様は、爆笑しすぎて呼吸困難になって死にかけます。
 ヘスティア様は、行く当てのない孤児であるシルを溜め息一つつくと優しく受け入れます。ちょっと容姿と雰囲気が変わっても相変わらず優しいシルねーちゃんに、孤児たちは大喜びです。異端児たちも新しい家族を歓迎します。
 殆どの男神様は阿鼻叫喚です。
 女神様達は、議論百出してコレという結論を出せません。
 ウラノス様とロイマンは、事後処理の忙しさを思い、溜め息をつきます。
 ミア母さんは「人手が足りないんだ。腹一杯にして働きな」と言って、賄いと制服をシルに渡します。シルは泣きます。
 天界のイシュタル様は、同じ美の女神でありながら自身では有り得ない決断をしたフレイヤ様に、「ようやく分かったよ。あいつと私は違う」と笑い転げた後、ワインを二杯用意して一杯だけ飲み干して弔います。で、暇します。


 ベルとヘラが仲良くなったために、ヘラをオラリオに行かせまいという戦いが無駄だった男。水着美女とのアバンチュールで、嫁に孫を寝取られた心と体の傷を癒そうとしても、家族愛は肉欲では癒されず苦悩する男。
 哀しみを背負った男であるゼウスは、第六感で危険を感知し逃げますが半月後捕まります。
 ベルと別れて間もない頃、まだベルの匂いが染み着いていた時に、バッタリ会ったフレイヤ様に「良い香りがするわね。今晩どう?」と誘われて頷かなければ捕まらなかったのに(瞑目)
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