※この作品はR-18です。

憧憬が憧憬でなくなった日   作:サリエリキキ

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たまねぎ.jrさん、評価付けありがとうございます。


お久しぶりです。
本編とエピローグの間の閑話です。


ヘスティアファミリアにはロバは居ない

「ヘスティア、あんたクビよ」

 

 ヘファイストスの執務室において、雇用主は従業者に対して解雇を通告した。

 

「なんでさあっ、ボクは遅刻も早退も──」

「あんたの勤務態度は良好よ。でもクビ」

 

 勤務態度に問題がないことを申告する従業者に、雇用主はそのことは問題ではないと告げる。

 

「売上げだって──」

「ええ、上がってるわね。直接契約に繋がらない売上がね。

 お腹すかしてお腹鳴らす子たちに、客が『どうしてずっと此処に居るのか』って聞いたら、悲しそうな顔で『神様を待ってるの』って言われるから上がってる売上がね。

 本末転倒よ。

 ウチは罪悪感じゃなくて技術で売ってんのよ」

 

 功績を武器として解雇を取り消そうとする従業者だが、雇用主はそれこそが問題だと告げる。

 だが、従業者は怯まない。

 

「仕方ないじゃないか。あの子達は誰かに命令されるまで動かないように育てられてたんだよ。だからお腹空いてもお腹空いたって言えないだけなんだ。あの子達は悪くないんだ。だから」

「だから、あの子達がお腹空いたって言えるあんたが面倒見るしかないってことよね」

「そうだよ」

 

 コクコクと従業者は力強く頷く。

「神血を刻まれた相手の言うことだけを聞く」という洗脳済みの孤児たちを真っ当な人生に向かえるように育て中の従業者はとても力強く強く頷く。

 闇派閥と犯罪組織に育てられていた子供たちに無償の愛を与える姿は輝いていた。

 

 とても胃と頭が痛い。

 

「何より、ヘファイストスだって良いって言ってくれたよね。ちゃんと許可してくれたじゃないか。なのに」 

「ヘスティア」

「ん?」

「雇用主として許可を取り消すわ。クビよ」

「ヘファイストスぅ〜〜」

「泣いても結論は変わらないわ。クビよ」

 

 従業者の仮面を捨てて情に訴え、マジ泣きするヘスティア。

 だが、こちらも雇用主の仮面を捨てたヘファイストスは動揺しない。情だからこそ結論を変えない。

 だって増えてくるんだもの。

 最初は一人二人だったのに加速度的に増えてくるんだもの。

 十人を超える子供たちの腹の音の不協和音は暴力だもの。

 店員が泣いて「ヘスティア様を店番から解放してください」って絶叫するんだもの。

 皆泣きついてきて、私も泣きたいんだもの。

 

「それにさ」

「ちょっと待って……なんだい?」

 

 ヘスティアが抱えていた赤子の一人が、ヘスティアの乳房の間に包まれる。ヘスティアの紐での移動中にむずかり始めた所を見るに、赤子が泣きそうになっているのに気づいたのだろう。

 全体像を見ているこっちは欠片も気づかなかったが。

 そのままあやしはじめるヘスティア。

 六人もの赤子を抱えたヘスティア。

 ヘスティアが傍に居ないと火のついたように泣く赤子を抱えたヘスティア。

 なのに、誰一人として泣く必要が無ければ泣かせないヘスティア。

 六人もの赤子を抱えながら誰一人として動揺のどの字さえ与えることなく、ツインテールと紐を駆使して胸元に移動させる手際といい、即座に泣き止ませる手腕といい神業だった。

 ヘスティア業だった。

 そんな業を、地上に降りてなお天界と全く変わらない業を、部屋にヘスティアが来てからの短い間で、既に28回見たヘファイストスは何とか言葉を絞り出した。

 

「あんた、今、寝てる?」

 

 声が震えない自分を、寝てると聞き休んでると聞かなかった自分を、ヘファイストスは褒めたかった。

 

「勿論だよ。何言ってるのさ」

「(赤子だけでも)夜泣き、する、わよね」

「するよ。でも、それがどうかしたんだい。そんなことで寝れないなんてことは無いよ。いい子たちばかりだし。マリアくんとかフィアくんとか皆手伝ってくれるし。むしろ絶好調さ。

 あ、体調を心配してクビなんて言ってたんだね。この通り、全く問題ないよ。だから、クビになんてしないでおくれよ」

 

 ぺかーと輝く満面の笑みを浮かべるヘスティア。その顔には疲れの文字は無かった。

 肌荒れ一つしていないがヘファイストスには分かる。明らかに休んでないと、ぐっすりとは寝てないと。

 疲労も眠気も、全てをマザーパワゥァで己の体力と気力に変換していると。

 ただ、母の愛によって動いていると。

 幼い孤児たちに疲れている姿などヘスティアが見せるわけ無いと。

 

 問題しかないと。

 

「……結論は変わらないわ。クビよ。あんた、クビ」

「ヘファイストスぅぅぅっっ〜〜」

 

 クビにしないでと懇願するヘスティアを、母親を、子育てだけに集中させる意思を固めながらヘファイストスは回顧する。

 

 

 

 こうなったのは、ここオラリオの孤児院が飽和状態だったことと、闇派閥や犯罪組織が子供を自爆兵器として扱っていたに尽きる。

 で、ウラノス(確信犯)とガネーシャ(推定無罪)がヘスティアに洗脳済みの孤児を(ガネーシャは一時的なつもりで)預かって欲しいと頼み。

 頼まれたヘスティアはヘスティアらしく預かったのだ。

 一人の新しい家族として、預かったのだ。

 孤児たちを。

 団員一同で。

 それが、オラリオ中に知れ渡ったのだ。

 

(そうしたら、こうなるのは仕方ないわね)

 

 孤児たちも馬鹿じゃない。

 生きていくために必死だ。

 カネだけを得てもどうにもならないことを知らない孤児が生きていけるほどこの世界は甘くない。

 だから、ほとんどの孤児は何とかしてファミリアに入ろうとするが、ファミリアにはそうそう入れない。

 ベルだって入れなかったのだ。

 自分もそうそう入れない。

 自分は鍛冶の女神だ。母ではない。

 孤児を憐れみ孤児院に喜捨をしても、一から育てたりはしない。否、育てられない。

 ある程度の鍛冶の才能と経験と何よりも感性がなければファミリアに入れることは出来ない。

 自分だけではない。殆どの神は子供たちの才能と経験と感性の煌めきを見てファミリアに入れるのだ。

 

 だから孤児たち──

 カネを得るのは糧を得るため

 カネを得るのは学を技を得るため

 カネを得るのは温もりを得るため

 ──そういった生き残ることはできても特別な才能と経験の無い子たち。ファミリアに入れるほどの物を持っていない子たちは皆カネを得て必死に何かを得ている。

 

 いや、そうしていた

 

「ヘファイストスぅぅ〜〜なんで、なんでさぁ」

 

 孤児たちの窮状を現在進行形で過去形にしている女神。クビにしないでと懇願する女神。ただ孤児である。家族になりたいと願うだけでファミリアに入れる女神。

 孤児たちの神。

 一から育てられる女神。

 母になれる女神。

 泣いていても抱えた赤子に一切悪影響を与えないよう細心の注意を払い、むずかると直ぐにあやす女神。次々とあやし続ける神。

 そんな女神を、ヘファイストスは半眼で見つめながら自問自答する。

 

 Q:あなたは孤児です。主神ヘスティアで団長はベル・クラネルのホワイトファミリアがあります。最近、孤児を迎えて一人の家族として受け入れてくれるようです。借金があるらしいのですが、返済に全く困っていません。どうしますか? 

 

 A:とりあえず戸を叩きます。

 

 結果として、オラリオ中の孤児たちがヘスティアファミリアに押しかけ、規模が大きくなり余裕ができたヘスティアファミリアは当たり前のように受け入れた。

 新しい家族として受け入れた。

 それから、異端児とか貧しい孤児院の窮乏とか色々あってオラリオ中の孤児院が組織的に統合され、巨大な孤児院兼託児組織となった。

 で、ヘスティアはそこの主神になった。

 孤児だけでなく、DV被害の子とか、家出の子とか、一桁歳で娼婦になったけど出来ればまともな人生を歩ませてやりたいと娼館が送り出した子とか、ヘスティアのとこなら更生できると見込んだガネーシャが送ってくる軽犯罪者の子とか、様々な訳アリの子たち。

 その子達を介護したりしていた孤児院従業者を含めた人々の主神になった。

 

(野心的というか、ヘスティアファミリアを利用する考えの子たちもいたんだけどね)

 

 こちらも過去形になった子たちを思いながらヘファイストスはヘスティアから背を背けて空を見る。

 

 以下『己のために他者を食い物にしてきた汚れた魂の子供をファミリアに入れるなんて、お姉様をお止めしなければ』とウラノス曰くヘラが評価していた子供のうちの一人の抜粋。

 

 利用して何を得るの? 

 カネ。それ以外何を信じんの? 

 

 カネを得て何するの? 

 食事と、寝床と、技術を得て生きていけるようになる。

 

 今の食事は? 

 命ねーちゃんとか春姫ねーちゃんとかリリねーちゃんとかベルにーちゃんとかヴェルフにーちゃんとか神様の手料理。たまにアイズねーちゃんとか皆で作ってたりする。温かくて美味しい

 ……いや、騙されるもんか。僕は自力で生きていかなきゃならないんだ。神なんて、綺麗で見どころのあるやつしか拾わないんだ。僕みたいのは、だめなんだ。神様、だって、優しい笑顔の裏で、何考えてるかわからない。初めて、あんな風に抱きしめてくれたけど、きっと、きっと

 

 ……今の寝床は? 

 竈火の館に共同で部屋貰ってる。寂しい時とかは同性のにーちゃんかねーちゃんか神様とか異端児の皆と一緒に寝る。とても暖かくて安心できるんだ。異端児の皆がローテーションでダンジョンに行くのが嫌だな。みんな何時も居てくれればいいのに。

 

 その、技術とか、は? 

 最近、デメテルファミリアに手伝いに行ってるんだ。僕、農業に向いてるって褒めてくれた。給料ももらえるようになったからこれから神様にプレゼント(以下略

 

(そう、居たのよ)

 

 雲一つない青空のように綺麗さっぱり居なくなったが居たのだ。

 いや、まだたまにいるのだ。新しく入ってくる子たちがそうなのだ。

 そういう子たちもすぐにヘスティアファミリアの一員になってしまうだけだ。

 というより、そういう野心的な子こそ居場所を守ろうと必死なのだ。

 

 タダの子供でいられる。

 

 当たり前で何よりも尊い幸せを守るために必死なのだ。

『あれほど汚れていた魂の子供たちを浄化するとかさす姉』していたらしいヘラではないが、ヘファイストスも素直に凄いと思う。

 ヘスティアをして、もうどうしようもないクズ判断せざるを得ない子は、しっかりとガネーシャに渡すつもりの峻厳さを含めて。

 恐ろしいことに、自分が『どうしようもないクズ』判定した子でさえヘスティアにとってはそうでなく、その下で更生を果たしているために該当者がまだ居ないことには本当に畏怖するが。

 まあ、オリンポスの神々のアレな連中ですら『怖い子』『危なっかしい子』『困った子』『ヤンチャな子』で済ませて『どうしようもないクズ』判定したこと無いヘスティアだからなあ。

 幼い子供たちばかりだし、これからもまず出ないよな。

 

 ふぅ、と嘆息

 

 目前で六人の赤子を抱えあやす女神に、最近ホームの赤ちゃんボックスに棄てられた赤子をあやす女神に、今現在で千人を超えた孤児たちの母たる女神に、ヘファイストスは鋼鉄の声音で断言する。

 

「ヘスティア、あんたクビよクビ」

 

 糧を与え、学を技を学ぶ機会を与え、家族を母を与え続ける女神。

 お願い休んで、と懇願したくなるほど母親している神に断言した。

 

「ヘファイストスぅぅぅ〜〜ボクの何が不満なんだあ」

「不満なんてないわよ。今のあんたに不満なんてあるわけないでしょう(今までそれをやらなかったことには不満しかないけど)」

 

 ヘスティアが地上に降りてくれたなら、溢れる孤児たちも何とかなるかもしれないという希望を抱いていた女神の一人としてヘファイストスは思う。

 なんでぐうたらしてたんだよこの女神。私の脛かじってばかりでよお。

 育児放棄の一種ではないか、とさえ思う。

 女神の一柱としてそんなはしたないことを口にはしないが。

 

 

 

 

 それからしばらくの間、何を言っても首を縦に振らないヘファイストス。そんな彼女に対して、ヘスティアは方向性を変えてきた

 

「デメテルもボクに売れ残りだとか言って、採れたて野菜を毎日渡してくるようになったんだよ。他にも他にも(以下オリンポスの神々の名が続く)」

 

 お願い持って行って(迫真)と野菜とか布とか肉とかを押し付けるようにしてヘスティアに渡す。そんな彼ら彼女達の気持ちがよくわかるヘファイストスは無言で沈黙を保つ。

 

「見どころある子は雇ってさえくれるんだ。ヘファイストスやデメテルだけじゃなくて皆そうしてくれるんだよ。有難くて仕方ないんだけど。借りばっかり貯まるんだよ。でも、ボクには何も返せなくて──」

「気にしないでいいわよ。ウチもメリットあるし」

 

 だから働いて返すとか繋げそうなヘスティアの言葉を遮りながら、ヘファイストスはヘスティアの神望に尊崇の念さえ覚える。

 あっさり言っているが、これヘスティアにしか出来ないんだよなあ。

 様々な職業の神であるオリンポスの神々に、『神望』だけで子供たちを預けて、ファミリアが培った技術を教えて貰うことなんてヘスティアにしか出来ない。

 ヘスティア以外の神がそんなことを言えば、「アホ抜かすな」と門前払いを食らうだろう。

 ヘスティアの所の子ってだけで「まず預かって簡単なことから教えるか」って信用されるってある意味怖いわ。

 ヘスティアも他所に働きに行っても大丈夫って子しか出さないしなあ。

 ヘスティア、母親としての目が意外と峻厳なのよね。

 だから神望があるんだよなあ。

 思考を巡らせるヘファイストスを前に、ヘスティアは母親の雰囲気をさらに色濃くして動いた。

 

 

 

 

「あ、ちょっとごめんね」

 

 ふえ、と泣きそうになった赤子の一人が服をはだけたヘスティアの乳房を含まされる。

 こくこくこくこく、と喉を鳴らして乳を飲んでいく赤子。

 その姿にヘファイストスは新鮮な驚きを抱く。母乳が出ることではない。

 ヘスティアに、孤児の守護者たる女神に母乳が出ないのならばそちらの方にこそ驚く。

 何故なら、孤児になる子供というのは古今東西赤子が一番多く、赤子という存在は誰かに護ってもらわなければ生き残ることはできないからだ。

 そんな孤児たちの女神であるヘスティアが、母乳が出ないということがあるはずかない。

 母乳を飲みお腹を膨らませなければ、赤子は、孤児は死んでしまうのだ。空腹な孤児を放置する神がどうして孤児の神などど呼ばれるだろうか。

 だから、処女神であってもヘスティアは母乳が出ることをヘファイストスはよく知っている。俗にいう母乳の出がいい女性であることをよく知っている。

「「「ロリ巨乳ボクっ娘の母乳出処女ぉっ!? ヘスティアどんだけ属性持ってんだよ。多すぎんだろぉぉぉっっ!!??」」」と大騒ぎしていたオリンポス外の男神たちとは違って良く知ってる。

 ぶっちゃけ、育児放棄されていた自分を含めたオリンポスの神々が一番飲んでいた母乳はヘスティアのだし。

 あやされていたし。

 ふにふにに顔埋めていたし。

 ヘスティアのことを母だと思ってたし。

 だから驚いたのは、泣くまでヘスティアが放置していたことだ。さんざんむずがっていたのに、声を出して泣くまで待つなんてヘスティアらしくなさすぎる。

 

「あのさ」

「ん?」

「なんでその子は泣くの待ってたのよ。あんたなら気づいてたでしょ」

「ああ……」

 

 言葉を区切りどこまでも優しく己の頬を赤子の額に押し付けるヘスティア。そのまま、柔らかな子守唄で赤子をあやし眠らせる。

 連動してむずかり始めた他の赤子に乳をやりながら。

 自分もそんなことしてもらっていた時期あったなあ、というバブみ感傷を畏敬の念でヘファイストスは抑え込みながらヘスティアの言葉を待つ。

 

「この子はね。泣かせなきゃダメなんだよ。今まで誰も泣かせてあげなかったからね。まず何よりも先に知る必要があるんだ。これからは、泣いていいって、お腹空いたって訴えていいってね。それからお腹一杯にさせてあげなきゃダメなんだ」

「そう……」

 

 産着から覗く火傷の跡に、紐にくるまれて健やかに眠る満腹の赤子がどんな目に合ってきたのかを悟ったヘファイストスは瞑目する

 

「まあ、神なのにボクの母乳って何の加護もないんだけどねえ。下界でも出るのは良いんだけどさあ、天界でも加護無しのただの母乳なのはなあ」

「そういや、そうね。あんただからねえ」

 

 孤児の過去から話をそらすように苦笑するヘスティアにヘファイストスは応える。

 

「やっぱ地味だよねえボクって、天界でのヘラみたいな加護があればなあ」と自分の地味さに苦笑いするヘスティア派ではなく、「つまりは、お姉さまの母乳には厄ネタ(加護)が一切ないってことだ」と言っていたヘラ派の考えを深めながら。

 駄目だ、この女神、すぐにでも子育て一本にしないとならない確信を深めた。

 

「今日までの賃金は色付けて明日にでもホームに送るわ。またね」

「ヘファイストスぅぅぅ〜〜」

 

 で、再度クビを通達した。

 

「じゃが丸くんのおばちゃんも、そんなこと言ってボクをクビにしたんだぁ。油もの扱わなくていいから店番だけしてって言ったその日のうちにだよ。朝言ったこと夕方にはひっくり返したんだぁぁっ〜〜」

 

 そりゃそうよ。善良極まりない孤児の世話で大変な女神を酷使する商人の風上にも置けない外道呼ばわりされたくないわよ。

 

 私もだよ。

 

 私はそれだけじゃすまないのよ。ヘスティアの母乳で育ったオリンポスの神々達から、「お前それはねえよ」って目で見られるんだよ。

 私よりもやらかしっぷりが酷い連中から、真正の下種を見る目で見られるんだよ。

 

 いい加減話を変えて切り上げないと胃が死ね。

 

「てかさあ」

「なんだい?」

「なんでバイトするのよ。あんたの借金ファミリアに一元化して返済計画も契約したじゃないの」

「あ、それはね。ボク、自分の自由になるお金が欲しいんだよ」

「自由になるお金って、何に使うのよ?」

「子供たちに何か祝い事あった時に使うんだ。子供たちのお祝いは自分のお金でしたいからね。だから働かなくちゃ」

 

 なんとはなしに向けた言葉に、母の愛のみの回答で返されたヘファイストスは吐血しそうになった。

 これ以上ヘスティアを見ていたら、遊興費に使うのかと僅かに疑った罪悪感とウラノスへの殺意で死ぬ。

 背を向けて空を見上げる。

 育児によってぐうたらしている暇が無くなったら、ヘスティアがこうなるって知っていたじゃないか。私の馬鹿。

 オリンポスで何度もあったじゃないか。

 養父母から逃げ出したヘラを育てた時を始めとしてあったじゃないか。

 私を含めた育児放棄された子たちを育ててくれてた時とか。

 ヤンチャしてた私たちが争いに敗れて逃げ込んだ時とか。

 色んな神がやることやったくせに、責任取らずヘスティアに責任取るべき存在をぶん投げた時とか。

 色んな時にこうだったじゃないか。

 なのに、ウラノスの奴はよう。ゼウスと争って負けてヘスティアの神殿に逃げ込んで庇って貰ったくせに。

 ファミリアが大きくなった途端に、異端児だけでなく孤児たちまで押し付けやがって。いや、ウラノスからして見れば異端児は孤児だものなあ。そりゃあヘスティアに預けるよなあ。

 あいつ、ヘスティアファミリアがウィーネ拾った時、間違いなくガッツポーズしただろ──

 

 ふぅ。

 

 女神として有り得ない野蛮な思考をした自分をヘファイストスは落ち着かせる。

 

 まあ、仕方ないよね。

 オリンポスの神々が子供をヘスティアに預けるのって当たり前のことだものね。

 ヘスティア以外に子供を預けられる神いないからね。

 無条件で信頼できる善良な神って他に居ないからね。

 善良って意味ではハデスがいるけど。ハデスが善良さを発揮できるのは死後の安寧のみだからね。

 頼るには、まず死んでもらわないといけないから頼れないんだよね。

 

 よし、落ち着いた。

 

「ヘスティア、私ね、母親って職業だと思うのよ」

「??? 当たり前だろ。父親にしても母親にしても職業だよ。

 誰かを産んだり種つけるのは無責任でも出来るけど。愛情を持って育てるのには責任感とやる気が必要だもの。責任感とやる気がなきゃ悪い結果にしかならない大切な仕事の一つだよ」

「……………………そうね」

 

 即答する女神に圧倒されたヘファイストスは何とか声を絞り出した。

 これがヘスティアでなければ圧倒されなかった。だが、言ったのはヘスティアだ。

 とある世界線で、無責任に産み落とされ行く宛を無くした神の血を引くなどどいう面倒事しか呼ばない孤児たちを、ギリシャ神話などという厄ネタに関わらせることなく、平凡で幸福な一生を暮らせるように育て上げた女神だ。

 有言実行の女神だ。

 台詞とは何を言ったかではなく誰が言ったかが重要だが、今のヘスティアの台詞はもはや矜持と呼ぶべきものだ。

 それに圧倒された。

 輝かしい逸話などなく地味であっても、穏やかな温もりが篭った最も長く広く信仰された女神の愛に圧倒された。

 

 これだけの矜持と愛を持つことになった原因が、自分たちの後始末であるが故に圧倒されたまま圧迫されそうになった。

 

 自分たちオリンポスの神々のせいで培った矜持と深めた愛に、罪悪感で押し潰されそうだった。

 矜持と無償の愛は、自分たちのやらかしの数々と、オリンポス唯一の中立オブジェクトであるヘスティアの所に逃げ込んだ日々を思い起こされる。

 あまりの醜態の数々に、頭と胃が痛すぎてヘファイストスは悲鳴を上げたくなった。あまり考えたくない相手なので出来る限り考えないようにしていたが仕方ない。

 ヘファイストスは、思考を変えるために最近オラリオに帰ってきた女神を話題に出すことにした。

 

 

 

「そういや、ヘラどうしてるのよ? 帰ってきたのに姿見ないんだけど?」

「ヘラならボクを手伝ってくれてるよ」

「……具体的には?」

「ボクと一緒に子供たちと寝たり、本読んだりとかして一緒に世話「ちいっ!!??」へ、ヘファイストス、どうしたんだい何度も急に立ち上がったりして。何処か悪いのかい」

「何でもないわ」

 

 あの姉ちゃんのおっぱいで育てられたマザコン掛けるシスコン割り算無しがぁ。

 姉兼母の温もり満喫してんじゃねえよ。育ての親を見切ってヘスティアのとこ転がり込んだ天界と同じことしてんじゃねえっ。何かあるとヘスティアのとこに駆け込みやがってぇ。いや、そうでなければ周りに当たり散らしただろうけどさあ。浮気したクズ追いかけるために育児放棄して姉にぶん投げた阿婆擦れの癖に、そういうとこだけ(以下略

 などと言う心のドロドロを、ヘスティアに背を向けたヘファイストスは青空に消し去るのだった。

 ヘスティアが降りてきてから文通で良く済ませたなあ。と、姉兼母の温もりにプラスして孫愛に目覚めたという情報を知らないお陰で、打ち消して切り替えることが出来た。

 

「まあ、いいわ。じゃあ明日から来ないでね。来ても追い出すから」

 

 ヘファイストスぅぅぅという断末魔を思わせる悲痛な泣き声に動じることはない。

 だって、ヘスティアの死角で部屋のソファに座っている洗脳済みの子たちが喜んでるんだもの。

 お母さんともっと一緒に居られるって、無表情に固定されていた顔が綻んでるもの。

 ヘスティアにクビを言い渡したときに顔が綻んで、ヘスティアがクビにしないでと懇願する度に表情が消えるんだもの。

 17人もの幼い子供たちからの、希望の熱い眼差しと絶望に死んだ目の繰り返しはこれ以上見てられないもの。

 これ以上、ヘスティアをママと呼べていた頃の私と同じ表情が、あのクレイジーサイコが母親だと紹介された時の私の表情に変わるのなんて見たくないもの。

 

 もう、無理。迷惑かけまくったオリンポスの神々の一員のくせに「母親に集中して」なんて恥知らずな言葉を直接言わずにヘスティアのクビを通告するなんて、もう無理。

 今日、ううん、三日間はヴェルフと二人だけで一緒に過ごすわ。

 

 そんな、鋼鉄の意思をもってヘファイストスはヘスティアをクビにした。

 




 ロバミルクは赤ちゃんの代用乳に良いと科学的に実証されているらしいですね。
 ヘスティア様の聖獣がロバなあたり、昔のギリシャの人は凄いなあと思う今日此頃。

 でも、ヘスティアファミリアには居ないので自分で母乳出してもらいました。


 今回出てきたヘスティア様が指示しないと動けない孤児たちは「エピローグ 神々のお茶会」で出てきた子たちです。ヘスティアファミリアでの生活によって、普通の子供に見えるくらいに回復しました(畏怖
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