R-18日間ランキング1位に驚き、切りがいいところまで書き上げました。
皆さま読んで頂きありがとうございます。
本編のすぐ後の閑話です
「すまない、アイズ、もう一度言ってくれないか」
自分の耳に届いた言葉に、呆然とリヴェリアは聞き返した。
リヴェリア・リヨス・アールヴというハイエルフが己の里を出たのは、自分の知らない世界を自身の目で見たい。未知を既知としたい。という理由だった。
だから、リヴェリアは未知に対して感嘆や驚嘆や興奮はしても、呆然とはしなかった。
如何なる未知に対しても自分は毅然と対処出来るという、ささやかな自負さえ抱いていたほどだ。
「妊娠するんだ」
今日この時までは。
ダンジョンではぐれたベルとアイズと合流して無事を喜びあい「相談したいことがある」とアイズに頼まれて、離れた場所で二人きりになり「素敵なことがあるんだ」と幸せ一杯に言われるまでは、だが。
「…………」
嬉しい、と下腹部を撫でながら微笑むアイズ。そんな彼女を凝視しながらリヴェリアは沈黙する。
こんなときどうすれば良いのか分からず沈黙する。妊娠したではなく妊娠すると言われたことに、思考が及ぶこともない。
真の未知を前にすればリヴェリアのささやかな自負など何物にもならなかった。
想定外すぎる台詞を二度も叩き込まれた衝撃により、リヴェリアの脳にあるのは完全な白と停滞だった。
妊娠、アイズが、幸せそうに下腹部を撫でて、妊娠、アイズが、幸せそうに下腹部を撫でて、妊娠……
ただ、それだけが脳裏を巡る。
「?」
時計の秒針が一回転する時間が過ぎても凝固したままのリヴェリア。
きっと、絶対に、喜んでくれると信じていた。最初は怒るかもしれないけど、喜んでくれると信じていた
なのに、ピタリとも動かない。それどころか目が虚ろだ。焦点が合ってない。
「リヴェリア?」
想定外すぎるリヴェリアの様子に、アイズはどうしたのと近づいて見上げる。
「…………誰が?」
心配して見上げてくる
「私が妊娠するんだよ」
そういえば言っていなかった、だからリヴェリアは沈黙していたんだ。言葉足らずな自分を恥じらい反省しながら、アイズははっきりと言う。
「…………だ、だれ…………誰との……子、を」
長い沈黙を挟みながら、何とか絞り出すように問うことが出来たリヴェリア。
アイズが妊娠。アイズが妊娠。何時の間にか妊娠。何時の間にか妊娠。気付かなかった。気付かなかった。保護者失格。保護者失格……
内心の白と停滞は嵐となり荒れ狂っているが。
「ベル」
そんな彼女にアイズは即答した。
ベル? ……クラネル……善良……品性が良い……人望ある……実力はアイズを凌ぐ……突き抜けている所があるが性格良好……無理矢理などはしない……
結論、合格。
ようやく、リヴェリアの瞳に焦点が戻る。
「…………クラネル、との……間に……子供、が……アイズと、クラネル、の……間に」
「うん。ベルと。他に誰がいるの?」
「そ、そうだな。そうだよな。他に、居ないよな」
コクコクと激しく頷きながらリヴェリアは納得する。クラネルならあり得るな、というか、心当たりクラネルだけだよな。クラネルなら、まぁ、許せるな、というか、アイズを任せられる男はクラネルくらいだしな。
激しく何度も頷いた刺激で何とか働き始めた脳。
思考が働き始めた。ならば、言うことがある。
「アイズ」
「なに……あ」
「おめでとう」
何処までも優しい情愛を込めてアイズを抱き締めると、心からの幸福の笑みを浮かべて「ありがとう」と返してくれる。
笑みを交わし合うアイズの顔。
「アイズ」
「うん」
「クラネルはとても良い男の子だな」
「──うん」
嬉しそうに眼を閉じて顔をほころばせるアイズ。
今まで既知のものとなった光景が色褪せるほどの美しい情景。
自分が里を出た意味はこのためだったのだ、と確信すら抱きながらリヴェリアはアイズと言葉をかわす。
確認すべきことを確認するために。
「しかし、何時の間にクラネルと」
そうまずはこれだ。
付き合うのは全然かまわない。
ベルと交流するようになって年頃の女の子になっていったアイズが、本当の意味で年頃の女の子になっただけだ。
だが、もう少し相談とかそういうのをして欲しかったと親代わりとしては思う。
いきなり妊娠しましたという結果報告はやめて欲しい。そういうことをしていて妊娠したかもしれない可能性があるなら、今回遠征には連れてこなかったのに。いや、その前にヘスティアファミリアに行って挨拶をしてたのに。いや、そもそも付き合い始めたのなら、強くなること以外に興味がないが故に断腸の想いで後回しにしていた性教育を始めたのに。
いや、やっぱり、付き合ったときに相談して欲しかった。自分の存在意義がかなり揺らいでいる。親代わりの存在意義が揺らぎに揺らいでいる。少なくとも異性と付き合う時に、相談くらいはしてくれると思っていたのに。相談無しでいきなり妊娠したは止めて欲しいと切に思うし、目出度い日なのに、今から常識についての教育の時間に移行しなければならないではないか。今日は叱りたくないのに。初めてのデートでアイズをどう着飾るか楽しみにしていたのに。
良識と常識で地上で付き合いそういう関係になっていたと認識しているリヴェリア。彼女の頭はかつてないほどに回転している。
そんな彼女の頭の回転は、アイズの端的で常識も良識もない返答で強制的に止まるのである。
「さっき」
「さっき、とは?」
ん?
さっき?
何でさっき?
さっきってダンジョンで離ればなれになった時だよな? 付き合っていた二人が、命の危機で盛り上がったのか? そんなケダモノなようなことをするような教育はしていない筈だ? でも、さっきというなら二人はケダモノに、いや、そういう年頃の二人なのだからそれでいいのか?
疑問で頭一杯になるリヴェリアに対してアイズは追撃を加える。
「さっき、はぐれて二人きりになった時に初めて想いを伝えあって愛し合ったんだよ」
「……アイズ」
ふいに故郷の森を、緑一杯の光景を見たくなった。
「何?」
「今日、あったことを、最初から、丁寧に、話して貰えるか」
変わらない情愛を抱くリヴェリアは、アイズをより一層強く抱き締めた。何かしら自分たちには致命的な齟齬があり、経験上、アイズがとんでもないことをしたと直感し、逃がさないように強く。
「……言わなきゃ、だめ?」
「駄目だ」
叱られる。と、リヴェリアの雰囲気から察し、そっと目を逸らしながら呟くアイズに断言した。
自分には長年の経験と王族としての高度な教育がある何があっても受け入れてみせると
なお、『泳ぎの練習をしたくない』に加えてとリヴェリアを「おばさん」呼びにした。経験不足とはいえ、ほぼそれだけで、心に深い傷を持つ少女(アイズ)を足に重りを着けて水に沈めるなどという幼児虐待を行ってしまう。そんなポンコツ帝王育成学が、エルフ的王族の高度な教育である。
申し訳ありませんが次回まで間が開きます。