※この作品はR-18です。

憧憬が憧憬でなくなった日   作:サリエリキキ

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PAWA@POKEさん、崇宮真士さん、二ベルさん、評価付けありがとうございます

固まることなく弾けて覚醒しました。


彼女の覚醒 後編

 エルフとは気高い種族である。

 

「お、お前っ」

 

 整った容姿だけではなく、見る者の姿勢を正せるほどの礼儀作法に精通している彼ら彼女らは一目見て気高いと周りに思わせることが出来る。

 

「お、お前、がっ」

 

 しっかりした礼儀作法が出来るということは、それだけしっかりした教育を受けているということだ。そして、しっかりとした教育を受けるということは生活に余裕があるということとイコールで結ばれる。つまりは、エルフが種族として高い生活レベルを維持していることに他ならない。

 

「あ、お、お前、がぁ」

 

 それだけの生活を保てる自分たちの種族に対する自負こそがエルフの気高さの根幹だ。

 

「お前、お前……お前が」

 

 そんなエルフの王族であるハイエルフたるリヴェリアは貴人である。貴人である故の厳格かつ厳選された礼儀作法を培い、整った容姿を持つ彼女は、ごく自然と貴人であるが故の匂い立つような気高さを常に保っている。

 まあ──

 

「お、お、おそ、お、襲ったのか」

 

 精神的に追い詰められきったアイズが想像を遥かに超えることをやっていたと判明したならば。

 生きた年数や育ちの高貴さによる気高さが、培った礼儀作法を除いて全て吹き飛ぶこともあるのは仕方がないことだろう。

 

「違うよ。襲ったなんて言わないで」

「違うのか、お、襲ってないのか」

「うん、違うよ」

「そ、そうか」

 

 一瞬の安堵。そうか聞き違いだったのか。アイズがベルを襲ったと勘違いしてしまったではないか。

 なにせ──

 

「うん、襲ってないよ。仰向けのベルの上に乗ってベルのを私の中に入れただけだから」

 

 澄み切った眼差しのアイズにこんなことを言われるはずが無いではないか。

 

「…………え?」

 

 言われるはずが無いことをもう一度言われてしまったリヴェリアは、鶏が絞め殺される時のような声を漏らした。

 何度も何度も目を開けては閉じて首を何度も降っては何度も頷く。その有様はどう見ても混乱の極地にいる哀れな人の姿だ。

 そんな母に娘は追撃した。

 

「仰向けのベルの上に乗ってベルのを私の中に入れただけだから」

「…………!!!!!?????」

 

 念を押すようにもう一度同じことを言われたリヴェリア。今の彼女の内心は無である。

 

「それからベルを私の中に出してくれた時にベルが目を覚まし──」

 

 加えられた言葉に目を見開き。

 感情を爆発させる。

 

「ば、馬鹿者ぉぁっっっっ!!?? い、意識のない相手にそんなことをすることを襲ったと言うんだぁぁぁっ!?」

 

 絶叫。

 残っていた高貴な育ちによる礼儀作法? なにそれ。消え失せたよ。

 肩を怒らせ長い髪の毛を広げて大口を開けるその姿は、ハイエルフにあるまじき姿だろう。

 その様は

 

「なんてことを、なんてことを、したんだ……」

 

 見るものに鮮烈とした感動さえ与えるほどに優美な貴人のものだ。

 礼儀作法が消え失せてなお、リヴェリアという生粋のハイエルフは、並大抵の者が礼儀作法を修めても出せない香るような貴色を際立たせていた。

 その様をエルフが見れば王族の気高さに誇りを抱くほどに。

 尤も──

 

「……クラネルを襲うなんて、なんてことを」

 

 涙ぐみさえするほど追い詰められ切ったリヴェリア本人には何の救いにもなりはしないが。

 

「うん、そうか、そういうふうに考えるんだ……なら、襲ったでもいいよ」

 

 するべきことをした、そんな澄み切った眼差しで開き直ったように受け取れる言葉を吐きながら頷くアイズ。

 

(うん? そうか? なら?)

 

 反射的に激昂しそうになったが、何とか押し止める。

 

「っ……襲ったでいいよじゃないっ。な、何でそんなことをしたんだ。なんでそうなるんだっ」

 

 娘に対する母の愛。それだけで何とかリヴェリアは悲鳴混じりの言葉を絞り出した。

 もし、アイズから誤魔化しや開き直りの色が少しでも見えるのなら諸共に果てん! 

 そんな愛ゆえの決意を抱きながら。

 そんな母に対して娘は濃密な激情を込めた静かな声で返した。

 

「ベルが浮気したと思っていたから」

「浮気、とは」

 

 静かな、恐ろしく静かで濃密な激情の篭もったアイズの声。そんな声は、リヴェリアの決意を吹き飛ばす程のモノが籠もっていた。

 気圧され絞り出す言葉に対する返答は、極まっていた。

 

「私の英雄になるって指輪に誓ってくれたのに。私を放っておいて、他の女の子の英雄になったことだよ」

 

 ただただ濃密な雌の色しかない言葉。

 純度200%──1度消えたとしても直ぐにMAXまで行き着くという意味──の雌の言葉。

 

「……」

 

 余りに女の情念が篭もった言葉に、異世界の来訪者たちの件を思い出したのか、とさえ言うことができない。

 何時の間にか『女』どころか『雌』となっていた娘にリヴェリアは沈黙しかできなかった。

 

「命を賭けて助けたんだ。他の子を……わたしと、戦ってでも」

「ウィーネの、時か」

「うん……ううん、私と戦ったのは、ウィーネの時だけど、その時以外も、他の女の子を助けたんだ」

 

 静かに、内面の激情を抑えつけ濃縮するかのように言葉を重ねるアイズ。そんな彼女にリヴェリアは先ず水を差した。

 規格外な台詞だと自分でも認識している言葉で。

 

「クラネルが命を賭けて誰かを助けるのは珍しいことではないぞ。妙齢の女だけでない。老人や大人の男でさえ、いや怪物さえも、神さえも命を、己を賭して助けるのがクラネルだ……毎度毎度死にかけても、な」

 

 人類の天敵である怪物や、尊崇の対象である神さえも助ける対象にするベルの規格外っぷりを思い返しながらリヴェリアは答えた。

 規格外なことを言っていると自分でも分かる答えを。

 規格外だからこそ、アイズの英雄になれたのだと反芻しながら。

 

「知ってる」

 

 澄み切った眼差しのままプクぅと膨れたアイズは、そう答えるとプイと横を向いて囁いた。

 

「リヴェリアは、ベルをどう思う」

「クラネルを、か」

「うん、ベルはどんな人」

 

 命を懸けて誰かを助けるお人好し。闘うべき時を定め果敢に闘う闘士。怪物にさえ曇りなき瞳を向けることが出来る異端者。

 

 様々な評がリヴェリアの脳裏に過り、言葉に出たのは

 

「戦士、先導者、いや船頭だな」

 

 言葉に出てしっくりときた。

 

「船頭……ん、ん」

 

 色が灯った澄み切った眼差しでうなずくアイズ。ベルの今までの道路を思い出すように頷く少女に被せるようにリヴェリアは言葉を紡ぐ。

 

「クラネルは船頭だ。だれかを先導するのではなく、その生き様で人を魅せて。そうだな、困っている相手に手を伸ばすだろう。悪事をなした者を懲らしめ、そして赦すのだろうな。ああ、そうだ。本当に、本当の意味で優しいから。物事を快刀乱麻に解決する優しい人ではなく。物事に苦しんでいるものに寄り添い、一緒に悩んで、考えて、苦しんで共に解決しようとする。本当に優しい人だ。誰よりも先に炎の中に身を投じ、誰よりも前で豪風に晒されても踏ん張りながらな。クラネルはそういう優しさの形を持っている。

 そんなことをするから、みんなに頼られながら、助けてあげたいと思われて。そんな周りの助けの手を喜んで掴んで物事に立ち向かえる。クラネルはそういう人だ。一人では立てないことを知っている。一人では何もできないと分かっている」

「だから、船頭」

「ああ、戦士ではなく、船頭だろうな。親しくなった者達との絆で結ばれた船の船頭だ」

 

 こくこくと頷いていたアイズは、リヴェリアの言葉が切れると、ふぅと重くあたたかな息をついた。

 

「懐かしいな」

「懐かしい?」

「うん……そう言う感じで、お母さんがお父さんのことを言ってたんだ。お母さんはお父さんのことを戦士だって言ってたけど。優しい人だっていうのは一緒」

「そうか」

「うん。そんな風にお父さんがどういう人か教えてくれたんだ」

 

 こくりとアイズは強く頷く。

 

「女の人を、お父さんが綺麗な女の人を助けた時に、お父さんみたいな優しい人ってモテるから気をつけなさいって教えてくれたんだ」

 

 キュッと胃で何かがしまった音がした。

 

「……そんなことが」

「うん。お母さんは駄目だったけどアイズは気をつけなさいって。とても苦労するから、本当の意味で優しい人には気をつけなさいって言ってくれたんだ」

「そうか」

「……私も駄目だったけどね。綺麗な女の子がいつも側に居る優しい人を好きになった」

 

 自覚していないしリヴェリアも知らないが、父が助けた相手がまた美女だった時の実母と同じく太陽も凍らせそうな目でアイズは薄く笑った。

 

「……そうか」

 

 今まで、アイズを刺激しないために神々に尋ねず書で調べるだけで留めていたアイズの父親が、大体どういう人間か把握したリヴェリアはそれだけを答えた。

 だって、英雄譚でも四六時中色々な女の子がそばに居るものね。

 ベルと同じだよね。

 そういえば、アイズはベルの背中を見て父親の背中を思い出したとか言ってたけど、そういう意味でもかなあ。

 もはや、痛みではなく穴が開いたような空虚しかもたらしてくれない胃痛に耐えるリヴェリアにアイズは呟く。

 

「綺麗な女の子だけじゃなく、泣いている誰かの英雄になるベルが私は好き。でも、もっと私に構って欲しい。少なくとも傍にいたい。ウィーネの時には私に好意を持ってくれたのに、ベルは私と戦ったんだ。私は、ベルに私と戦って欲しくなかった」

 

「ううん、私は何があってもベルと戦いたくなかった」

 

「でも、ベルは何かあると、どれだけ自分が辛くて苦しくとも決断できちゃう人だから」

 

「また、戦うことになることがあるかもしれない」

 

「だから、私の傍に居てほしい」

 

「ううん、違う。戦うなんてどうでもいい」

 

「私はベルと一緒に居たい」

 

「もっと一緒に居たい」

 

「同じ時間を同じ場所で過ごしたい」

 

「だから、いつも一緒に居たい」

 

「……そう、思うのは我が儘なのかな」

 

 女の情念を。

 少女の愛を。

 

「そんなことはない」

「リヴェ、リア」

 

 一層優しくリヴェリアは、一言一言区切りながら想いを吐き出したアイズを抱き締めた。

 

「年頃の女の子なら誰でもそう思う。好きな人に自分だけを見て貰いたいと思うんだ。お前は違うのか」

「ううん、そう思う」

「なら、当たり前の事だ。誰にも恥じる事はないんだ」

「うん」

「それはそうと──」

「ん?」

「意識の無いクラネルを襲ったことは話は別だ」

 

 さぁぁ、と顔を蒼白にした娘に

 

「ばかもの」

 

 ぽん、と優しく無限の情愛を込めて後頭部を叩いた後リヴェリアは優しくアイズを抱きしめた。

 

「あ」

 

 おもいきり拳骨を落とされたよりも痛かった。

 

「ご、ごめ」

「謝るのはクラネルにだ」

 

 うん、と柔らかな笑みを浮かべるアイズ。

 胸に抱く幸せな娘の笑みに比べれば、少しばかり娘が『重い娘』であることなど何ものにもなりはしない! 

 どっかの炉の女神が妹に向けるものと似通った答えにリヴェリアは遂に至った。至ってしまった。

 

 

 

 

 

「クラネルは、お前が襲ったことを、お前が意識のないクラネルを入れたことを何と言ったんだ」

「怒っているって言ってたよ」

「そうだろう」

 

 心の中で何度も力強く頷く。

 それはそうだ。どう考えても怒る。激怒するのは権利ではなく義務でさえある。

 どうやってベルに謝ったものか、と悩むリヴェリアの耳にアイズの信じがたい言葉が届く。

 

「けど」

「けど?」

「それでも、私が好きだってことは変わらないって言ってくれたんだ」

「…………う」

 

 嘘だろう。

 唇を噛みしめて絶叫をこらえた。

 実質的に許しているベルに、リヴェリアは戦慄した。

 どうして許せるのか。

 意識がない時に貞操を襲われたんだぞ。

 アイズに好意があっても許さないだろう。

 

「リヴェリア?」

「いや…………」

 

 馬鹿なことを言うなと言いかけたが、直ぐに納得した。

 オラリオにベルが来てからのアレやコレヤを考えれば納得するしかない。

 

「でも…………」

 

 人類の天敵である怪物。理知があっても天敵でしかない怪物である異端児。正直、ベルの一件がなければ話し合いの前に皆殺しにしただろう存在。

 その異端児を己の目で見極め信じた曇りのなさすぎる目とか。

 

「その…………」

「リヴェリア?」

 

 ウィーネを助けるために、自分の獲物だと言い張り、ロキ・ファミリアを含めた冒険者に魔法を撃ち込む決断ができる。そんな『甘い』ではなく『峻厳な決断が出来る優しさ』とか

 

「まあ…………」

「リヴェリア? 大丈夫? 目が虚ろだよ?」

 

 あれだけのことをしたフレイヤファミリアと普通に仲が良くなっている底抜けの大器とか。

 

「あ…………まあ」

「り、リヴェリア、ご、ごめんなさい。私が、私の、せいで」

 

 あ、許すわ。オラリオに来てから今までのベルの足跡を鑑みれば許すわ。好意を持った少女に意識がない時に犯された程度なら受け止めて赦すわ。誤差だわ。

 

「クラネル……、だしな」

「あ、リヴェリア、大丈夫? その、お水」

「ああ、貰う」

 

 もはや、種族クラネル、と呼ぶしかないあの人格を思えば納得するしかない。

 あの懐の深さというか善良さというか『他者を許せる』そんな本当の意味での優しさに対しては畏敬しかない。

 アイズに貰った水を一杯飲み干しながら、リヴェリアはそう悟った。

 

 自分の意思が戻ったことに安堵した娘から『あ、今回ベルとしたから今から妊娠するんだ。ベルも知ってるよ。喜んでくれた』などどいう即死級の追撃食らったリヴェリアは悟るしかなかった。

 

 

 

 

(なら、クラネルは、納得済みか。心の底から納得済みなのか)

 

 ならば、これ以上こちらが言うのは野暮だろう。

 意識が無い時に襲ったことは、愛し合う二人の問題であるのだから。

 ストレスのあまりに神経がやられて空っぽの感覚しか伝えてくれなかった胃に熱が灯る。

 

(さて、そうなると、私が謝るというか。説得するのは)

 

 ベルではなく、保護者、というか保護神ヘスティアである。

 

(………………………………)

 

 一瞬、意識が飛びかけた。

 口の中が逆流してきた胃液で酸っぱいのをこらえながらリヴェリアは思案する。

 

 どうやって神ヘスティアに説明しよう。

 アイズ(孤児)と母娘関係を築くことが出来たリヴェリアには分かる。

 ベル(孤児)とヘスティアの間には親子としての絆があると分かる。ヘスティアのベルに対する態度は母親のソレだ(とリヴェリアは確信している)。ベルが主神であるヘスティアに向ける想いは母親に対するものか、少なくとも極めて近いと認識している。

 アイズのことを愛していても、ヘスティアが、母親が結婚を大反対すれば、ベルに迷いが生まれてしまうかもしれない。それほどの絆が二人にはある。ベルからの親愛の対象という点において、家族関係という意味において、今日までアイズはヘスティアに及んでいない。

 孤児となったベルに注いだヘスティアの(母親としての)愛情はそれほどのものだし、孤児となってヘスティアのような溢れる母親力を持つ善良な主神の眷属になれたベルから向ける(母親への)愛情もまたしかりだ。

 

 そんな母親に、「うちの娘がベルをレイプして妊娠しました。結婚を許してください」と言わなければならないのだ。リヴェリアとロキとフィンとガレスが。

 

(どうしよう)

 

 リヴェリアから見て、母親としてのスタンスでベルと相対する神ヘスティア(保護者)にどう謝れば良いのか。

 自分に置き換えれば、「アイズをレイプしたら妊娠させてしまいました。責任を取って結婚します」という滅殺モノの台詞を言って、許しを乞わなければならないのだ。

 

 無理だろう。それ。

 もし自分が言われたら即座に殺しにかかる。

 でも、やらないとならないのだ。

 結婚を許してもらわないとならないのだ。

 神ヘスティアに。

 ベルとアイズの結婚を。

 ベルを襲って孕んだアイズとの結婚を。

 

 どうやって? 

 あまりのことに脳内で(精神分裂した)3人のリヴェリアが緊急決議を開始する。

 

 

≪母リヴェリアより緊急動議が提出されました。≫

 

『母リヴェリアだ。題して、如何にして神ヘスティアに娘がレイプして妊娠した相手の少年との結婚を許してもらうかだが。何か良い案はあるか、私には思いつかん、どうしょうもないだろう、これは』──錯乱

『冒険者リヴェリアだ。冒険者はすべき冒険を心得ているからこその冒険者、ここはレイプの件を伏せておくべきだ』──保身

『王女リヴェリアだ。隠しても後で知られて爆発するだけだ、ありのままを話して裁きを受けよう』──諦観

 

『以上で決を採ります。

 錯乱1.保身1,諦観1、何も決まりませんでした。本件はリヴェリアのキャパシティを超えています。よって、ロキに水着を突きつけられて着ろと言われた際のごとく、リヴェリアはフリーズ──』

 

 してたまるか。

 

 あまりの絶望。恐怖混じりの絶望に胃が消えたような感覚さえ覚える。一時の安寧を求めてフリーズしそうになるリヴェリア。

 だが、今は娘が居るのだ。

 自分ではなく娘の件なのだ。

 固まってなど居られるか。

 精神分裂した己を無理矢理に接ぐ。ただ、今を足掻くために。

 そんなリヴェリアの目に映るのは、ただ腕の中のアイズのみ。

 他? もう消えたよ? 

 

 目に映る唯一の者に、一つだけ。

 大事なことを一つだけ聞く。

 

「アイズ」

「うん」

「いま、幸せか?」

「うんっ」

 

 世界にアイズ以外のものが映るようになった。

 満面の笑みのアイズ以外のものが映るようになった。

 もう大丈夫だ。

 ならば、もう迷いも絶望も苦悩も錯乱も保身も諦観も何もかも消えた。

 

 アイズの満面の笑みに比べるほどのものではない。

 この笑顔を護るためならば私は何でもしよう。

 

 それだけあれば充分だ。

 

 より強いマザーパワーが上書きインストールされたリヴェリアはそう決意した。

 

 とりあえず、まずベルと話し合おうと決意した。

 

 

 自身の納得と理解に一時間かけたリヴェリアは決意した。

 リヴェリアから見て母親としての情愛を注いでいた神ヘスティアが、女として情愛を注いでいたつもりだった等の事象が連続で生起してしまい。その間が尽く悪かった故に、ロキとフィンとガレスにはノータイムで決断を迫り、決裂した瞬間、自分が夜叉となる未来を知らないリヴェリアは決意した。

 

 ぶっちゃけ、精神が追い詰められ切って視野がものすごく狭くなったことと、心の導火線がとても短くなったことに気づかないリヴェリアは決意した。

 

 

 

 

 

 

 エルフって追い詰められると極端に走るよね。

 気高さを認められながらも、そんな風に他種族から評価されるエルフの王族は決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ

 

「ん?」

「どうした? フィン?」

「いや、親指がね、一瞬震えたような気がしたんだ」

「一瞬? お前さんの、親指がか? あの?」

「ああ、あの親指が、一瞬だけ、ね……気のせいかな」

「一瞬だけ、か。ふむぅ、お前さんの親指には助けられとるが。今までに、そんなことはあったか?」

「いや、一度も。今まで、こんなことは一度もなかったよ。多分、疲れかな」

「そうか、ま、一応気にとどめておくべきじゃろうな。お前さんの親指は当たる」

「うん、そうだね。よし、僕ら二人だけでとどめておこう。帰路とはいえダンジョンだからね。緊張感は適度に保たないと、張り詰めすぎたら害になる」

「今回の遠征には不慣れな者もおるからなあ。そうしておこう……しかし、アイズがリヴェリアと二人だけで相談したいことってなんじゃろうなあ」

「年頃の女の子の悩みなんじゃないかな。最近のアイズは変わってきているしね」

「そうか、そうだったらええのう」

「そうだね。あのアイズが変わってきてくれたんだよ。僕らも歳を取ったね」

「そうじゃなあ」

 

 しみじみと二人は頷き合う。

 ファミリアに帰ってからの爆弾発言を受け

『今から自分はどのように動いてギルド等を納得させるか』と、かつてないほどに思考を回転させたがゆえに考えながらになってしまった答えを蝙蝠と判断される団長と。

『今夜はたらふくベルと飲んで飲み潰すぞい』と、店飲みか部屋飲みどっちにするかと夜の酒を浮かべながら頷いているうちにリヴェリアが暴走し、止めようとした時に涙を浮かべたリヴェリアの顔を見てしまい全てを受け止める覚悟をするドワーフは頷きあう。

 

 かつてない危機が迫っているために、焼き切れる覚悟で一瞬だけ激しく震え、発すると同時に力尽きた親指からの警告。

 それは、幼いころから世話をしている少女にたいする親ばか話の中に薄れ、ダンジョンから出た瞬間に消えていってしまった。

 




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