翌日、後発隊のトラックがやって来た。だけど、どこかの国際科学救助隊のようにすんなり橋ができたりはしなかった。
「架橋が終わるまで、半日は掛かるそうです」
「ああ……ブレインズが居ないからですね」
「エルヴァちゃんのブレインは私ですよ。それって嫌味ですか?」
「いいえ、アインツベルンってレディ・ペネロープばっかりですから」
「は?」
マジか、エル。このネタに付いて来れないとは。
それはともかく、後発隊のメンバーは次々と機材を下ろし、食堂用の大型テントを張り、仮設トイレやシャワールームを組み立てていた。
お祖父様が揃えた、総勢20数名のスタッフ。その人達の食料に飲料水だけでトラック1台分はある。この事業に対する守秘義務契約を考えると、その人件費はかなりのものだろう。
それでもお祖父様は賭けた。エルヴァちゃんへの愛情だけではない。今はまだ予備調査だけれど、成功すればそれらをペイしても余りある収入が確実に見込めるからだ。
だってこれはある意味、魔術師のユメなのだ。大陸最大の霊脈を我が物にするなんて事は。
何より並行世界から人を送り込むという、魔法そのものの超常現象が既に起きている。ここは本当に超一級の神秘が溢れる、正真正銘ホンモノの巨大霊地なのだった。
そしてそんな霊地から溢れるマナのせいで、私とエルは個人的にとても困った事になっていた。
「ところで……」
「昨夜もでしょう?」
「今朝もですよ。寝不足が酷くて……もう、我慢の限界です」
どうしてエルが寝不足になり、我慢の限界なのか。その答えは士郎さん達のテント位置にある。異世界から流されて心細いのか、凛さんは私達のテントの横に自分達のテントを張るよう士郎さんに指示した。
テントくらい貸しもするし、どこに張ろうと自由だ。いや、横だと裏手に置いたバケツが益々男性陣のテントから隠れるので都合がいい。
だけど、毎晩毎晩……アンアンパンパンと。何が悲しくてあんな嬌声を聞かされねばならないのか。それでなくともこちらは霊地のお陰で魔力がナニに溜まっている。
ましてや私は生理前だったのだ。つまり性欲が一番高まっている状態が今なのだ。エルもあてられているのか、『お相手しますよ』と平気で言うが、何が悲しくてある意味自分自身とそんな事をしなきゃならないのか。
それでなくとも私は倫敦で酷い目に会った。緊急手段というのもわかっているし、そもそもその記憶が日本で頑張っている彼女のものだというのも理解している。それでもだ。
ただ、エルも私も未成年なのに寝酒の量が増えている。それはそれで問題だった。
「エルヴァ、どうされました? 集中力が何時ものあなたとは程遠い」
「すみません、先生……。少々、寝不足で……」
訓練に集中できない私に先生は溜め息を吐き、アーチャーさんを見た。そしてアーチャーさんは頷いた。
ランサーとランスロットさんは私達を気遣い、毎回少し離れた位置にテントを張ってくれる。それはモードレッドとエルヴァちゃんもだ。
川で足止めを食らっている今回は、各々のテントが15メートルは離れた、丁度三角形になるような位置に張ってあった。
そして後から来た先生とアーチャーさんのテントは、ランサーとランスロットさんのテントと私達のテントの間くらいで、士郎さん達のテントにやや近い位置だった。
どうやら先生も宜しくないと思っていたようで、私達に影響がないか見ていたのだ。
アーチャーさんが士郎さんに声を掛け、こちらに聞こえない小さな声で叱っていた。会話の内容までは聞こえないが、こちらをチラッと見た時の顔は結構怖かった。
なので士郎さんも土下座せんばかりに頭を下げていた。凛さんが私達二人にこっそり詫びてくれたのはお昼前だった。控えるのか、テントを離してくれるのか、そこはわからないけれど、正直助かる。
もう、理性と性欲の狭間で限界が近かったのだ。うら若き乙女が、毎晩就寝前に男性用避妊具を着けないと下着を汚してしまう情けなさ。エルも私もお互いに言わないが、自家発電は数回している。暗黒史よ再びだ。
『エル』でもないのに。後から来る虚無感と後悔で、私は死んでしまいたくなる。それがわかっているのに繰り返される失態。抑えきれない衝動というものは、麻薬でなくとも絶対にある。
このままだと今夜か明日に、私の理性が決壊するのは確実だった。今となってはエルと私は、双子の姉妹であり、けれど張り合うのでなくお互いわかりあえる親友でもあった。
いつしか彼女は姉である英霊のイリヤと同じく、大切な存在になっていたのだ。だから先生とアーチャーさんには心から感謝した。
ただ私は『エル』であった頃の弟である『士郎』と、エルヴァとしての弟の『士郎クン』の記憶と経験がある。なのでエルのように士郎さんを悪し様に思う事はなかった。
むしろ、朝方まで数回戦も戦える『無限の性欲』に感心さえした。これは女の子としたら頼もしい。ハイドパークで「3~4回は……」と『エル』と話しあえる程度には、私も性欲のある普通の女の子だ。
慎ましい日本の女の子は決して口に出さないだろうが、西欧の文化に馴染みある私だとそれも相手次第で話せてしまう。だってそれが健康の証だし、気力も体力も充実し、魔術回路も正常に機能しているという事なのだから。
なお、お祖父様はエルヴァちゃんとモードレッドのナニには、排尿機能だけで性的な機能は付けていなかった。可愛い娘にはとのお考えだと思うが、エルが相談を受けていて、ここ最近少しオリモノがあるらしい。
もしかしたらだけど、このマナのせいで初潮が来てしまうのかも知れない。姉妹の中で末っ子が先に大人の証を得る。クロエちゃんが知ればプンスカ怒りながら、でも『おめでとう』と言うのだろう。
だけどドイツでもスイスでも特別なお祝いなんてない。それは当たり前の事だと皆んな流すのだ。だから『パミ』が初潮を迎えた頃、日本の習慣だからと『ミト』がお赤飯をドイツの食卓で並べた時は驚いたものだ。
年齢的には6年生の3学期頃になるのだろうか。『エル』が家出をする少し前の事だったと憶えている。『イリヤ』より先で申し訳ないと言ってたような気もする。
何故こんな事を憶えているのかというと、家出の件もあったと思うのだけれど、その頃の私は外に出されて数ヶ月ほどドイツで暮らしていたのだ。そういや、siebenundvierzig(47)と呼ばれず、あの頃もエルヴァだったな……。真面目な方の『エル』、堅物の『エル』。それで通っていたからね。
そして姉の『イリヤ』にそれが訪れたのは1年近く後だった。それがアハトとお祖父様の調整の違いだった。
ちなみに国によって、ゆで卵を丸呑みしろ(噛むのは新たな生命を殺す行為だから)とか、スプーン一杯の蜂蜜を舐めろとか、バスルームで水を被れ(不純なものを洗い流す。神道の水垢離のようだが日本ではない)とか、色々あるらしい。
概ね先進国ではケーキを焼いたり買ってきたりしてお祝いするそうだけれど、フランスは母親か祖母が娘を引っ叩くのだと聞いた事がある。
もちろん後で種明かしがあって、『その後ろめたい、イケナイ事と思った気持ちを忘れず大人になりなさい。そうすれば貞淑でいられるから』とか何とか説明されるらしい。
その家だけかも知れないけれど初めて聞いた時は驚いた。世界一離婚率の高い国だから再婚も多い国だ。それなのに……?
夕飯はスタッフの分も私とエルと士郎さんで作った。後発隊には料理専用のトラックがあって、人数分一気に調理できるのだ。ま、主にシチューかスープだけれど。
食事を終えてコーヒーを啜っていると、またフンボルト君が現れた。
「ねぇ、マ◯ダの121って知ってる?」
マニアックだなぁ。その欧州名は初代がコスモだったのだけれど、間を置いて小型車に割り振られたのだ。その小型の第1世代がフ◯ードのフェスティバ、第2世代がオ◯トザムのレビュー、第3世代が初期型デミオかフ◯ードのフェスタだ。
「知っていますけれど、それが?」
「それのカブリオになった小型のセダンがあったでしょう。あれってどう思う?」
カブリオはキャンバストップの事だから、彼が話しているのは第2世代のレビューだ。90年かそこらのデビューで98年頃に失くなったんだっけ?
日本では滅多に見ない不人気車だったけれど、ドイツでは2CVの再来と言われるほど人気があった。その大人が4人乗れて、荷物も積めるというパッケージングと価格の安さが認められ、場所によってはかなり売れたクルマだったのだ。
この場所というのは都会という意味だ。あちらでのフラットやアパートが日本でいうマンションなのは知っていると思うが、そういうところに住む人は通りに路上駐車するのが当たり前だ。
だからそうなると帰宅時は場所の取り合いだ。そして微妙な隙間にサッと止められるクルマ。言葉は悪いけれど、まるでママチャリのように気楽なクルマ。
ポロがあるのにマ◯ダ2(デミオ)やヤリス(ヴィッツ)にマイクラ(マーチ)が売れるのは、そういうニーズがあるからだった。だからワーゲンはルポを出してきた。
「パッケージングが良いですよね。けれど今選ぶならハッチバックかな。私だとルポかマ◯ダ2、それかマイクラを選びますねぇ」
「マイクラかぁ、良いの?」
「はい。K11も良かったですが、今のK12ってめちゃくちゃ可愛くないですか? フェンダー部分がヤリスよりセクシーです」
「そうだね。デザインが似てきたなと思ったけれど、あのフェンダーに独自性があるよね」
彼がエルでなく私にばかり話し掛けるのは、私の容姿が国籍不明だからだ。彼はエキゾチックなタイプが好みだった。だって並行世界の奥さんがそういうタイプだったから。
直接の上司である『ミト』や、『パミ』に『エル』も結婚式に出席していた筈だ。ノコギリの儀式(ドイツの古い習慣。夫婦で丸太を共同で切る)の写真を見せて貰った。弱ったなぁ……。
とは言え、『エル』が自分の会社の社用車にルポやポロに並んで、関税分を払ってでもマイクラを選んでいたのは、デザインが好きだったからだけではない。
自転車文化を先に例に上げるとわかりやすいかも知れない。欧州はロードバイクでのレースが盛んだが、それは今でこそ広く大衆のための楽しみとなっているが、本来は貴族や一部の上部階層が楽しむためのものだった。
一方、ママチャリ(日本)は一般の主婦のためのものであり、学生の通学用だ。またマウンテンバイク(MTB/北米)やBMXは大人から子供まで個人が楽しむためのものだ。
そしてそれぞれの国の都市間の距離とその間の背景。北米がモータリゼーションを早く迎えたのは、国土が余りにも広かったからだ。
カリフォルニアのロサンゼルスとサンフランシスコの距離が約600kmだ。有名なヨセミテやセコイア、デス・ヴァレー、アンザ・ボレゴ・デザートなどなども全部カリフォルニア州の中にある。
東京と大阪間が約500kmだから、ロサンゼルスとニューヨークの距離なんて考えたくもない距離だろう。スイスからイルクーツクまで来ているような者が言うなというのはひとまず棚に上げて。
ともあれそういう広い国土では、壊れても自分で治せるか、日常メンテさえしていれば壊れないMTBのようなクルマがウケる。必然的に日本車の入り込む余地が生まれる。
だけど、欧州は階層構造が頑としてある縦社会だ。そしてEUで纏まっている様に見えても、それぞれの国が国家の屋台骨、基幹産業たる自動車メーカーを抱えている。
そしてそこに連なるのは関連会社や従業員だけれど、その前に投資している株主が存在する。上部階層の人達だ。彼らは自分達の利益を守るためなら社会のルールからして変えて来る。F-1やラリーのように。
なのである日本の車種がそこそこヒットしたとしても、それは小型の大衆車に限られる。高級車では絶対に無理だし、今後日本のメーカーが大きなシェアを得る事は絶対にないと断言できる。
そこでマイクラだ。今のままだと確実にル◯ーが潰しに来る。小型大衆車と中型車はフランス車の得意分野だ。何よりF-1もサイクルロードレースも牛耳っているのはフランスだ。
『エル』がシステムを作って構造を変えろ、儲けたいなら胴元になれと言うのはこういう事で学習しているからだった。もしそれが無理ならシステムに絡んで食い込むアイデアを出せという事だ。
わかりやすい例を挙げるなら、日本の高速道路とETCだろう。高速道路というのは物流を支える血管であり、鉄道と並ぶ重要な建造物な訳だ。
だからJRが国鉄だった時代と同じく莫大なお金を政府から引っ張り出せた。何より戦後の日本を経済成長させる原動力となりえた。
だけどこのシステムを利用し大儲けした人もまた存在した訳だ。そしてそれは旨いなと思った人が新幹線を推し進め、公社を民営化させ株で儲け、国鉄をJRにした訳だ。
大義名分の筋が通り、公益に繋がるなら大衆は目を曇らせる。ましてそこから仕事が得られるなら。こんな狭い国なのにそこまで新幹線が必要だろうか?
高速道路自動料金徴収システムはクレジットカードでも行える。なのにそれを採用しなかったのは何故か?
郵政民営化を声高に叫ぶ首相が居る。あの国では柳の下のどじょうが無限に存在するらしい。勿論、事業を民間に委託する事で国民にお金が回る。それ自体は非難される事ではないところが巧い。
こういう諸々がわかってしまえば。ね? 大聖杯から弄ってしまえという意味がわかったでしょう? ましてこちらは大聖杯を設置したアインツベルンだ。勝てないハズがないのに。
そして冬木は時代の変遷とともに人口が増え、神秘の秘匿が難しい土地となった。継続するなら場所を変える必要があったのだ。
それを御三家の誰も言い出さなかった。こうなると『エル』でなくとも『本気で求めず、遊んでいるだけだ』となる。そして彼女はこのロシアの、ユーラシア大陸最大の霊地を得て独占した。
根源に行けるだけの魔力を得る用意を整えたのだ。今直ぐ行く行かないは別にいい。その用意を整える事に意味がある。それは本気であると情報通に示す行為なのだ。
だから時計塔のロード達もアインツベルン理事に頭が上がらないのだ。そんな大霊脈の存在を今まで誰も知らなかったし、知ったとしても開発が困難な場所にあったのだから。
辺り一面、誰も居ない草原だ。真冬の夜なら自然が人の外出をさせないだろう。ここなら聖杯戦争をオリンピック並みに4年に1回は開催できる。しないだろうけど。
ともかくそんな使い途が幾つも浮かぶ大霊脈に、今エルヴァちゃんは挑むのだ。
「じゃ、マ◯ダ2は? あれって先代が最終型の121だったよね?」
「そうです。今のDY型からマ◯ダ2に名前が変わりました。エンジンも一新され、現行のMZR系エンジンは良いですよ。色も豊富で。特に今年に入ってからのスパイシーオレンジマイカは初年度のスプラッシュグリーンマイカより似合います。どうもスプラッシュグリーンマイカがロードスターの色というイメージがあって」
スプラッシュグリーンマイカのロードスターなんてまず見ない珍しい色だけど、『エル』のメカニックでもあるイルマタルのNB型ロードスターがその色なのだ。
「それと日本限定でスターダストピンクというのもありましたね」
「へぇ~」
はぁ~、参った。思いの外、フンボルト君と話すのが楽しい。
「良いんじゃないの? あのフンボルトさんは、あなたや私の記憶にある、兄のようだったフンボルト君ではないのですから。年齢は11歳違いでしたっけ?」
6歳で特許事務所を開き、霊脈事業に乗り出して事業拡大を行ったのが7歳。その時にお祖父様の紹介で入社した数人の内の一人が当時18歳だったフンボルト君だった。
最初は事務のテークラさんの下で雑用をこなしていて、その後、総務に移動したんだっかな?
『エル』が日本で暮らすために『パミ』と『ミト』に事業を任せた頃から、『ミト』が霊地管理・霊脈開発部門に引き抜いて。そこからトントン拍子に出世して、今は30歳前で部長さんだったと思う。
そして奥さんと出会う前、彼は『ミト』が好きだったって聞いた憶えがある。そう考えると私もエルも、あの頃の『ミト』と同じ顔だ。今の『ミト』は幾つって公言しているのだろう?
そもそもどうして彼女だけを『エル』は大人の容姿で出力していたのか。対外的な面があったとは思うけれど、もう一つわからない。
「スイスに戻っても何かコンタクトがあるようなら考えても良いのでは?」
う~ん……。
「お似合いだと思うけどなぁ」
そんな事を言われても……。子どもの頃に遊んで貰った記憶のある優しいお兄さんだよ?
「フフ……あなたも18歳ですよ? 私でも狙っている相手が居るのですから」
「だ、誰!?」
後発隊に居るの?
「いいえ。ある意味あなたが捨てた相手かな?」
「私が捨てた? 私、誰とも付き合った経験ってないよ? 誰の事を言ってるの?」
まさか吉川クン?
「ズバリ、ウェイバー・ベルベット。あの大王が残った世界での、彼ですよ」
「あ! ああ~~~!?」
確かにあの彼は話していて楽しかった。だけどあの世界に未練はない。下手に関わるとあのお父さんを堕落させてしまいそうな気がするのだ。
「でも、大王は認めていましたよ?」
「そうなの?」
「そうですよ。あなたなら彼を守って支えられると。気付かなかった?」
「全然……」
「あなたに文句を言っても仕方ありませんが、あなたも日本の彼女もニブチンだなぁ」
「そ、そんなに鈍い?」
「ええ、大概。そこもあっての私ですよ? 周りの人の気持ちをわかっているくせに無茶をする……その能力を貸してくれたカードの英霊とそっくりです。引っ張られている訳でもなく、47番としてのあなたが元々そっくりだったのですね。それもあって『エル様』はあなたの傍に私を置いたのです。だって日本の彼女のような足枷(妹達と家族)があなたには無い。厳密には感情としてあっても、万一の場合は彼女が居るからと自分を捨てる覚悟をしてしまっている。それだと困るんですよ」
ああ……。『エル』にお見通しなのはわかっていたけれど。あの『死』がここまで……。
「それと私は私で、あなたでもなければ『エル様』でもない。エルヴァちゃんの姉として自分の幸せを追い求めます。ですから、あなたも」
そうか……あの世界とのゲートは残っているから、彼女でも行けてしまうんだ……。そっかぁ、そんな事を考えていたのか……。
そこから彼女と恋愛談義? 恋バナ? ともかくそれを2時間くらい話し込んでいた。
夜10時。架橋が終わったので、私達はエルヴァちゃんの意向もあって11時に出発した。凛さんが朝で良いじゃないかと文句を言っていたが、士郎さんにあちらの都合があるんだと窘められていた。
そして日の出を迎える前に、私達はとうとう目的の場所に到着した。
先頭を走っていた私達のクルマの横にランスロットさんや士郎さん達のクルマが停まった。更にその横には、エルヴァちゃんとモードレッド、そして先生とアーチャーさんのクルマだ。当然、真っ先に表に出たのはランサーだった。
目の前にはざっと十体は、今まで見たこともない英霊が待ち受けていた。魔術師も居なければ触媒もない。この霊脈のマナを使って抑止が動いたとしか考えられない。私も降りてランサーの横に立った。
「お出迎えだぜ?」
「ええ。抑止かなぁ?」
「これだけの霊地だ。ヒトには任せられねぇって事かもな。けど、やるしかねぇだろ!」
語尾を強くして言い捨てたランサーが駆けていった。続いてモードレッドとランスロットさんも駆けていった。相手が扇状に広がった。
剣に槍、斧にモーニングスター、様々な武器を構えて待ち受けている。そこで先生と私、そしてアーチャーさんも弓を構えた。それを見た士郎さんも弓を投影した。
アーチャーさんの放った『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』がランサーの背中を襲う。だけどそれをランサーはギリギリまで引きつけサッと横に避けた。二人は阿吽の呼吸で矢の軌道を隠したのだ。
だからその矢は見事に見知らぬ英霊を光の粒子に換えた。私は私でアーチャーさんと同じ軌道に乗せて、『赤原猟犬(フルンディング)』を三つ放っていた。
二つは相手の前で左右に別れ二体を光に戻した。残る一つは大回りして最後方の相手を直撃した。この間にランサーは三体の胸を刺していて、モードレッドは二体、ランスロットさんも二体斃していた。
この瞬間に新たな抑止がまた数十体現れたが、それを読んでいた先生がマシンガンの様に矢を放ち、次々と湧き出る英霊の手足を貫いていく。そこを隙かさずランサーとモードレッド、ランスロットさんの三人がトドメを刺していった。
今度はガタイの良いのが現れた。士郎さんの『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』を弾き、アーチャーさんの『赤原猟犬(フルンディング)』を空中で斬り落とした。大きいのに俊敏で動きが良い。
かろうじて先生の矢は刺さっているが、息の根を止めるまでには至らない。私は弓と対になるあの矢を投影した。そして足踏みからやり直し、八節を通した。
その矢は振りかぶったモードレッドの脇を抜けて相手の喉を貫いた。そしてそれに応えるかのようにモードレッドが相手の頭をかち割った。
脳天を割られてもその大男はモードレッドを手に持つ剣で斬ろうとした。その首を落としたのはランスロットさんのアロンダイトだった。
「あいつは何だったの?」
「グラムが効かないなんて……」
私とエルは首を捻るばかりだった。
「私と同じく名もなき英霊だろう。しかしあれが抑止の怖さだ。アラヤかガイアかは知らんが、膨大なバックアップを得ているのだ。一陣二陣と素早く斃せたのは僥倖だった。気を抜くなよ、次が来るぞ」
アーチャーさんが弓を下ろさない。それで私も士郎さんも気を引き締め弓を構え直した。
地面から吹き出るマナが、ドンッとありもしない音を感じさせるほどの爆発を起こし霞のように辺りに拡散した。
「げっ!」
「嘘だろ?」
前線のモードレッドとランサーが驚いている。それも当然だろう。私も驚いたが横の先生なんて呆けてしまっている。
「まさか、あの二人が……」
左の戦士は戦車に乗り、手綱を持つ反対の腕で槍を握っていた。右の巨漢の戦士は長髪を振り乱し、妖しく光る鏃を持った矢を大弓に番えていた。
「いけません! あの矢にはヒュドラの毒が塗られている!」
先生が叫んで注意を促した。その巨漢の弓兵は先生を見ても何の感情も見せなかった。
「『射殺す百頭(ナインライブス)』!!」
私は『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を展開しながらモードレッドの前に転移した。そして足に地面を感じる瞬間にランサーとランスロットさんを私の後ろに飛ばした。
エル達のところまで飛ばさなかったのは、空か横合いから戦車が来ると睨んでいたからだ。
七枚三層の花弁の一層目が一撃のもとに吹き飛んだ。だけど二層目は二枚破られたのみで何とか凌げた。私はランサーをちらりと見た。力強く頷くランサー。
「『ゲイボルク(刺し穿つ死棘の槍)』を発動しておいて下さい!」
「どっちも一撃じゃ死なねぇぞ!?」
「戦車から突き落とすだけで結構です!」
「わーった!」
「モードレッドはグラムを私に!」
「どうすんだ?」
「その剣の真の実力を引き出します!」
弓を消し、空いた右腕でグラムを受け取った。
「今です! ランサー!」
「承知!」
飛ばしたランサーはアキレウスを戦車から叩き落とした。最速最強の戦士もその速度の戦車に、いきなり敵が現れるのには反応が鈍る。目が追えても、思考が筋肉を処理できないのだ。
戦車から落ちるのを見て直ぐにこちらにランサーを転移した。そして私の魔力を吸い上げたグラムを開放した。
「その魂魄を天に帰せ! 永劫なる死を運べ、グラム!」
その呪文とも言えないワードを口にして、魔剣・グラムを軽く一薙ぎした。見据えた相手はアキレウスだ。グラムは見事にアキレウスの魄を切り離した。
二撃目の『射殺す百頭(ナインライブス)』を左腕で展開した『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』が受けている間の事だ。アキレウスが還った頃には、残す花弁は三枚だけだった。だから間を置かず、グラムをもう一度振った。
これだけのマナがあるのに魄の12本切りで魔力の8割を持って行かれた。ヘラクレスが金の粒子になるのと私が尻餅をつくのは同時だった。
そこでエルとエルヴァちゃんが同時に召喚呪文を、消えゆくヘラクレスの粒子に向かって唱えた。12本あるのでアキレウスより消えるのが遅いのだ。このタイミングは上手い。
今という時も、この霊脈の魔力が使える場所も、そして人の縁も十分だ。そして見事二人は、理性ある最強の戦士を仲間にした。触媒はあの金の粒子。つまりヘラクレス自身を触媒にしたのだ。
そして地中に潜っていた地蟲の一匹が、あるダイヤの原石を飲み込んだ事に気付いた。それっきり抑止は現れなかった。
先生は複雑な顔をした後、ヘラクレスとの再会を喜んでいた。その先生に恐縮する大英雄。耳に届く二人の会話から、抑止だった先程までの記憶がない事が明らかになった。
死んだ者までこき使おうとする『世界』に悪態を吐いていたら、アーチャーさんに頭を軽く2回叩かれた。ポンポンと。
「何ですか?」
「見事だった。あの魔剣はああやって使うのか?」
「はい。それが生身であろうとエーテルであろうと、魂魄を切り離して魂を天に帰す。それがグラムです。ただし魔力をゴッソリと持って行かれますが」
「それで最後に腰が抜けたのか?」
「おら、おぶってやるよ」
そうして私はモードレッドに背負われ、クルマに戻ったのだった。テント張りも私に代わってアーチャーさんとランスロットさんが行ってくれた。
そうか。ここまで巨大な霊脈だと抑止が来るのか。それはきっと地上にあるからだ。実際は深い地中でも海底よりは開発がしやすい。
『エル』の時も、最後はヘラクレスとアキレウスだったのかな? 何だか違うような気もする。きっとこの大陸に縁のある英霊からランダムに選ばれるのかも知れない。
そんな事を考えていたら、そのまま私はUAZの二列目で眠ってしまったのだった。
唐突にパチっと目が覚めた。ムクリと起き上がるとそこはクルマでなく、テントの中だった。なのでそっと前室から外を見た。所々にランプが灯っていて、すっかり夜だった。それよりも、魔力が思ったより回復している……どうして?
服装を正して外に出ると、後発隊の幾つかが来ていた。だからテントの数も多い。食堂のテントに向かうと皆んなが居た。
「起きた?」
「エル……魔力が」
「思ったより戻っていたでしょう? 効果は士郎さんで試していたからね。バッチリです」
「一体何を? そういうクスリを『エル』から?」
「いいえ。あなたが自家発電で使った後のティッシュと私のを混ぜて精製し直したものですよ」
「ゲッ!?」
な、何つうのを飲ませるのだ、コイツは!
「お食事は?」
「お腹は空いているけど、食欲が失せた……」
「何か食べませんと、変な時間に我慢できなくなりますよ。 レトルトのカレーでも温めましょうか?」
「ご飯はあるの?」
「士郎さんが炊いていますので」
「ん~。なら、それ」
「わかりました。もう食事が終わってテントに戻っていますが、エルヴァちゃんが心配していましたよ」
「後で顔を出します」
「そうしてあげて下さい。この後の調査について、あなたとも詰めたいようですから」
「わかりました。それで、アルさんは……?」
「先生と話し込まれていますが、アルさんとはまた違う人らしく……」
「あれだけ古い人なのに分岐した世界から?」
「みたいです。けれど、少し話しましたが人柄はアルさんと同じでしたね」
カレーを頂いた後、エルヴァちゃんのテントに向かった。声を掛けるとモードレッドが出迎えてくれた。
「起きたか。調子はどうだ?」
「もう、大丈夫です」
「本当か? お前もあっち(日本)のお前も、無茶ばかりしやがる。けど、盾を出してくれなかったら危なかった。礼を言うぜ、助かった」
「いいえ」
この時、エルヴァちゃんがそっと私の後ろから抱きついた。くるりと向きを変えて少しかがむと、目に涙がいっぱいだ。それを見て胸が痛くなる。こんな顔をさせてしまって……。
あれだけエルに釘を刺されたのに。仲間が危ないと思ったら、もう動いていた。どうしようもないな、私は……。
「ごめんなさい、心配をお掛けしました。ですけど、もう大丈夫ですよ」
「お姉様……」
エルヴァちゃんが落ち着くまで暫く抱きしめてあげた。私の胸でしゃくりあげるその声は、クロエちゃんに似ていた。
その後、調査を明日から行うこと、明後日にはここを出発することなどを話した。
未明、何匹かの地蟲が帰って来た。モグラくらいの大きさだったのが、カピパラくらいの大きさになっていた。地中のマナを吸い成長したのだ。
結界の起点となったダイヤの原石を飲んだ蟲が私の前で吐き出した。こ、これ……どんな風にカットしても、ソフトボール大はありそうだ。
しかも蓄積されたマナの量と年月が凄い。こんなのエーデルフェルトの財力があっても買えないぞ?
そうやって驚いていると、蟲達はグゲとかゴゲとか変な音を立てて次々とダイヤモンドの原石を吐き出した。
全部で大小合わせて60幾つ。小さいのでもゴルフボールくらいある。大きいのは野球のボールかテニスボール大だ。そんな大きなのが、最初のソフトボールと合わせて10個はある。
どれもこれも超一級品だ。魔術師にも価値があり、一般人にも価値がある。だけど表に出せない。著名な博物館の秘蔵品を上回る大きさなのだ。
あまりの事に途方に暮れていると、起きて来たエルも驚いていた。
「エルヴァちゃんの許可を頂いて、エーデルフェルトに幾つか回しましょう。それでこの事業に目を瞑らせます」
まぁ、それしかないだろうなぁ。
「それと蟲をもう一度潜らせて下さい。あなたの事ですから、霊脈のマップはもう頭の中でしょう?」
確かに図面に描けと言われれば描ける。
「まさか、まだダイヤを?」
「起点が全部そうなのでしょう? 二度とこんな怪現象が起きないように先もって手を打っておきませんと。それとどの途、この霊脈調査もダイヤモンド採掘もあなたの蟲なくしては動きません。私の出番は調整段階からです。今は鼻薬となるダイヤを少しでも。起点となったモノだとその価値は計り知れませんよ」
なるほど。起点の原石はともかく、小粒のものなら換金して魔術協会だけでなく色んなところを抑えられる。
「正二十面体!?」
「そうです。しかもその中に正十二面体まで」
「それが……?」
「おそらく」
起点の原石は12個あり、それが天然で正二十面体となって地中に並んでいたのだ。そしてその大きな正二十面体の中に、正十二面体までがあった。
正多面体は正六面体と正十二面体を除けば、全部正三角形の組み合わせでできる。そして魔術としての結界は、この様な多面体を基本として釣鐘状にしたり球形にしたりする。
『起点は少なく効果は最大』。そこが魔術師の腕の見せ所だ。だから遠坂家は裏庭に一つだけ起点を置き、球形に結界を張っていた。そして球形であるが故に、貯水槽の端っこが外に出ていた。
メドゥーサが釣鐘状に結界を張ったのは、あの宝具が大地との接触部分を多数必要としていたからだ。
そして正十二面体は頂点の数が20で、中に正五角形が12個ある。あの数十人ずつ出ていた抑止は、正確に数えると12人ずつだった。一つの面が一つの召喚陣として作動していたのだ。
こんなモノが地中の奥深くで、偶然にも魔方陣として動くように並んでいた。まさに宇宙の神秘だ。事ここに至って、私達は凛さんに見解を求めた。
「術式は『世界』が送り込むにせよ、天然で召喚陣が立体で描かれていた……か。そうね……私もあなた達と同じ様に考えるわ。ヒトの手に触れやすい地中だからこそ、こういう配列になっていた。そう考える他ないわね。はぁ~、抑止にケンカを売るのか、アンタ達は……敵わないわね。ともあれ、私も知らない仕組みがある程度見えて来た。士郎をあんな風にはさせないわ。それだけは、絶対に」
そうして凛さんは、目に力を込めてアーチャーさんを見た。
「ところでさ?」
「わかっています。現金なりダイヤなりある程度は用意します。ですけど、そちらも」
「それはもう。絶対に口外しないわ。むしろ帰る手立てが無ければここで暮らすしか無い。そうなるとあなた達とのコネが大き過ぎるもの」
それでエルヴァちゃんと凛さんは正式に契約を交わした。こちらの世界にいる限り、アインツベルンが便宜を図ること。守秘義務を守る限り、束縛も拘束もしないことなどだ。
ただし、宝石魔術師としての見解や情報を必ずこちらに知らせることなども盛り込んだ。それを守るなら、大師父との会談をセッテングするからと。
実際は大師父でなく、凜や魔導師の先生でも良いのだ。けれど今の段階だと、あの二人の存在は余りにもショックが大きいだろう。ここまで一途に頑張ってきた人なら殊更だろう。だからそこは伏せるしかなかった。
スタッフが用意した魔術装置を蟲に飲ませ、目的の場所で吐き出させる。そうやって立体的に地中を調査する。今回はその設置とデータ取りまでだ。
午後には全部完了したので、私達はテントを畳みベースの倉庫に向けて出発した。途中のスタックなど、ヘラクレスがクルマやトラックを持ち上げてくれるのですんなりだった。
それに帰り道なのでマップもしっかりしている。ランサーやエルもクルマを乗り換えて運転を代わったので、まる二日で倉庫に帰れた。
そして居残りのスタッフを残し、私達はイルクーツクまで走った。スタッフがとってくれたホテルに入ると、ルヴィアと凛に士郎クンが迎えてくれた。
「ル、ルヴィアに……私……?!」
「あ、あいつは……俺なのか……?!」
ともあれロビーだと邪魔になるので、私達は部屋に入り、そこでルヴィアと凛のことや、士郎クンのことを説明した。また士郎さんと凛さんのことも三人に説明した。
「ふ、二人して時計塔を退学になったの!?」
「それはその通りですが、時計塔では得られない体験を致しましたわ」
「ええ。得難い体験だったわ」
この三人は凛さんが年上として一歩引くので、話がうまく噛み合っていた。
対する士郎クンと士郎さんはお互いの境遇を話し合っていた。とりわけ士郎さんの方が一方的にショックを受けていた。それはそうだろう。
凛さんの手助けがなければ生き残れなかった誰かと違う。士郎クンは妹のために、たった一人で巨大な敵と立ち向かった人なのだ。
そして『正義の味方』なんておかしな呪縛にも縛られていない。どこまでも美遊ちゃんと、その美遊ちゃんを取り巻く周りの人達のために立ち上がれる人だ。根本的に違う。
だけど士郎クンは士郎さんをバカにもしなければ腐したりもしなかった。少し複雑な顔をしただけで、それもスッと引っ込めた。
壁にもたれて腕組みしていたアーチャーさんがランサーとともに出ていった。エルがモードレッドにお金を渡し、ランスロットさんと追いかけさせた。バーにでも誘えと言ったのだろう。
霊体化した先生が霊体化したヘラクレスを誘って廊下に出た。空気を読んでくれたのだ。
士郎さんの慟哭にも等しい叫びが室内に反射した。
バン(VAN)とワゴン(WAGON)からの造語でヴァナゴンというクルマがあります。
その正体はワーゲンのタイプ2、それの3型なのですが、北米の西海岸、特にカリフォルニアではサーファー御用達のクルマとしてカルト的な人気があります。
その昔、ヒッピー達がタイプ2の1型や2型を愛した様に、6型まで出ている現在でも良い値で取り引きされるそうです。
それは5型や6型の北米向けが無いことも理由としてありますが、この3型までが1型や2型と同じリアエンジンのリア駆動で、昔ながらの味が残っていたからでもあります。
北米では85年モデルまでが丸目2灯で、86年から角型2灯にフェイスリフトされています。
それでも欧州(丸目2灯/カラベルという名だった)や南アフリカ(丸目4灯)のパーツを利用して丸目にする人がいるそうです。
ウエストファリアというキャンプ仕様は、ルーフがポップアップして大人が二人眠れます。
マ◯ダなどが取り入れたあれです。
今のミニバンはオラついたフェイスばかりで愛嬌がない。しかも家族のために妥協した感があのオラつきフェイスに現れているかのようで頂けません。
家族とともに楽しむ、仲間とともに楽しむ。それがミニバンの本来の姿だと思います。
最近のクルマがつまらなくなったのは、設計する人にユメがないからではないかと思います。