※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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105、ダイヤモンド

 イルクーツク国際空港は意外と街と近く、健脚な人ならホテルまで歩いていけると事前に聞いていた。だけどゲートを出ると衛宮君があちらのスタッフと迎えに来てくれていた。

 

「シェロ~~~!」

 

 走っていったぞ、あの女……。しかも荷物を放っぽりだして。苦笑しながらルヴィアのキャリーバッグの把手を掴み、衛宮君達のところまで歩いた。

 

「ルヴィアさん……。荷物を放り投げちゃダメだろう?」

「あら……。リン、ごめん遊ばせ……」

「まぁ、良いわよ。気が抜けたっていうかホッとしたんでしょう?」

「……ええ」

 

 そしてクルマの中でもホテルに入ってからも、私達は衛宮君に今回の旅であった事をペチャクチャと話した。やっぱりルヴィアだけでなく私も久々に緊張を強いられる仕事だったので、思った以上にストレスが溜まっていたのだ。

 

「まぁ、二人とも無事で良かったよ。取り敢えずお疲れ様。それと朗報だ。あちらの第一次調査が終わったらしく、もう、こっちに戻ってきているそうだ。明後日到着予定だけど、どうする?」

 

 それならお祝いの言葉くらい掛けてあげたい。なので私達の出発は明々後日となった。それまでは暇なので、3人でイルクーツクを観光する事にした。

 今日は時間が時間なので街を散策し、明日はバイカル湖を見に行く事に決まった。

 

 三ツ星と四つ星の中間くらいのそこそこ良いホテルは、一泊5500円だという。安いなぁ。清潔な部屋に荷物を置き、私達は街に繰り出した。

 

「思ったより活気があるわね?」

「そうだな。皆んな逞しいよ」

「シェロ、何か軽く摘めるものはありませんこと?」

「小腹を満たすなら、フシュールなんてどうかな? 初めて食べた時は、まるっきり肉まんなんで驚いたよ」

 

 へぇ、ピロシキでなくフシュール? 面白そうだから私もクワスと一緒に買って食べてみた。蒸した皮の中に熱々のお肉と野菜が……。

 味付けはロシアだけれど、これは衛宮君の言う通り肉まんだ。思ったより美味しい。屋台の商店が並ぶところでは、他にもたくさん食べ物があって、目と鼻を刺激してくれる。

 

「私、全然知らなかったけれど、ここって良い街ね?」

「うん、意外だけど良いんだよ。ランサーさんも言ってたよ。スイスも良いけど、ここも良いって」

「あ、そっか。衛宮君はアーチャーとスイスに行ったのよね? エルヴァの家、驚いたでしょう?」

「おお、無茶苦茶驚いたぞ。あんな大きな家に住む人が居るんだな? 景色も綺麗でさ。まるで絵の中に入ったみたいだったよ」

 

 相当気に入ったようだ。私もあそこに泊まって感激したものね。

 

「そんなに大きいんですの?」

「残念ながら、ヘルシンキのあんたの実家より大きいと思うわ」

「まぁ……」

 

 そんな風に私達は他愛もない会話をしながら、街を楽しんだのだった。

 

 

 

 その日、私ことアルトリア・ペンドラゴンは、もう一人の若きアルトリアの家を訪ねていました。先日、喫茶店で住所と電話番号を訊いていたのです。

 それでアルバイトがない本日、彼女も手が空いている事がわかったので訪問する旨を伝えましたところ、快く『お待ちしています』との返事を貰えた訳です。

 その家は意外なことにエーデルフェルトから近く、洋館街の一角にありました。日本の一般家屋から見ればかなり大きい。しかし、シロウやリンの家を知る身となればこんなものかなと思わなくもありません。

 それは周囲の家も似たような大きさだからで、そこから来る錯覚だったのですが。ともかく目的地に到着した私は、小さな門に備えられたインターフォンを押しました。

 

「どうぞお入り下さい」

「ありがとうございます」

 

 玄関でしゃがみ、私のためにスリッパを出してくれるその姿は、すっかり日本慣れした留学生のようです。

 

「エルにかなり仕込まれましたか?」

「仕込まれたというか、生きやすいように知識を与えられたという方が正しいでしょう。以前も喫茶店で話した通り、私はどこかの英霊となったアーサー王の若き日の姿です」

「ええ」

「ですので本来はその人を形作る一側面であって、分霊として召喚できる存在では無いのですね。ですが、こんな風に召喚されてしまった。それで随分と悩みましたよ」

「キャスターに召喚された事を?」

 

 彼女は並行世界でキャスターによって召喚された。アクシデントが重なった結果だと思うが、キャスターには散々遊ばれ辛い思いをしたようだ。

 

「そこは解決というか整理が付きました。済んだ事です。問題は私にある記憶です。私は選定の剣こそ抜きましたが、戴冠の儀はまだなのですね。要は王の候補であって、まだ正式に玉座に座っていないのです」

 

 私は思わず彼女を食い入るように見てしまった。

 

「つまり……?」

「これも話しましたが、私はブリテンの落日を知りません。経験していないのです。知識としてはありますよ? ですが、今まさに岩の剣を抜いたばかりなのに、王国は滅び、騎士も大勢死に、人々が疲弊していく…………。剣を抜く時の予感や直感どころではありません。もう、確定してしまっている。この受け入れざる事実に向き合う事で精一杯だったのが、あちらでの私でした」

 

 ああ……だからか……。だからキャスターの言うがままに……それは辛い。

 

「そこをエルに訴えて?」

「はい。過去をなぞるのでなく、一人のアルトリアとして新しい人生を歩みなさいと」

 

 なるほど……。

 

「そこから何度か相談に乗って頂き、ヘラクレスやアーチャー達からも助言を頂き、エルを手伝う決心をしました。すると彼女はこう言ったのです。『私よりも並行世界のエルヴァを助けてあげて欲しい』と」

「それでこちらに?」

「はい。受肉も済ませました。魔力は炉心を預かっています。また、このように住まいと戸籍にお金も用意して下さり、ここで仲間や姉妹を護って欲しいと申し付かったのです。ですので、今回のリンやルヴィアに付いて行くべきか少々悩みました。ところが預かっている通信用の礼装で、そこで味わう試練なくして二人の成長は望めないから見送りなさいと。それよりも残ってマルガリータと知己を得て、彼女と話し合いなさいと申し渡されたのですね」

 

 ここでマルガリータ……何故だ?

 彼女はエーデルフェルトの客人で、その正体は人格を持つ、とある礼装だと聞いている。彼女の為人(ひととなり)は別段問題ない。むしろ好感が持てる相手だ。

 ルヴィアは言うに及ばずリンとも仲が良く、エルマやトロンメル、それにマスターであるエル(エルヴァ)も親しんでいる。何かあるのだろうか?

 

「いえ。あの人に問題はありません。あの人の姉妹に問題の芽があると言いますか……。姉妹関係でおかしな事に巻き込まれないよう手を打つことも私に課せられた任務なのです。勿論、エルマにトロンメル、イリヤにクロエを見護る事も任務ですよ」

「結構大変そうですね?」

「そうでしょうか? ま、若い分頑張りますよ」

 

 見た目は変わらない。だけど……そのはにかんだ顔の向こうにある精神は、本当にあの剣を抜いたばかりの自分のようで眩しかった。

 国を立て直し末永く安寧をもたらしたい……その願いも夢幻の彼方に消えた現実。しかも知らぬ間に死んだ者とされている……。

 受け入れるまでは相当悩んだ事だろう。なのに彼女は……強いですね。かつて滅びを消したいと聖杯に祈らんとした己が情けない。

 

「わかりました。あなたが何故ここに来たのかを。大したことはできませんが、できる限りお手伝いをしたいと思います」

「ありがとうございます。そこでお聞きしたいのです。勉学を……学びたいのですが誰か指導にあたって下さる適任者はいませんか?」

 

 以前の私なら真っ先にタイガが浮かぶほど、いえ、タイガしか思い浮かばないほど、その人間関係は希薄でした。しょせん稀人、今を生きるシロウ達とサーヴァントである私は違うと。

 しかしここは違う。私の意識も変わった。それこそマスターであるエル(エルヴァ)にエルマ、トロンメルにリンやルヴィア……幾らでも思い浮かぶ。だけど勉学とは?

 

「勉学ですか?」

「はい。リンやルヴィアの通う学び舎を受験しろと言われています」

 

 ああ、学園に? それで先日、学生服姿だったのか。普通は先に受験ではないのか? カタチからという事だろうか。エルならあり得る。

 

「そこは我がマスターのエルが手隙になったら尋ねましょう。試合もじき終わり、帰って来る頃です。その時に」

「そうですね。ではその時は口添えをお願い致します」

 

 その後、彼女は家の中を案内してくれた。記憶にあるシロウの家や、今のエーデルフェルトとは比べるべくもないが、キリツグやアイリスフィールの家より大きい。

 どういう作りなのか、外から見る以上に中は広い。建物は2階建てで、1階はキッチンやダイニングに、和洋のリビング。そしてバスルームにトイレ。

 彼女の寝室もこの1階にあった。階段ホールを兼ねた廊下は玄関の正面だ。その玄関から一番近い洋室が彼女の部屋だった。

 中を見せて頂くと、可愛らしい木のベッドと勉学用の机がある。パッと見の雰囲気はイリヤの部屋に似ている。勿論、あの子の部屋より広いし、家具の色合いがもう少し大人っぽい。

 そう、部屋の主が本当に高校生くらいだと思わせる色合いなのだ。だから、クローゼットの中を見ても驚かなかった。先日のような学園のものや、いつか私が着ていたような学生服に、少女らしいワンピースやブラウスなどの衣類がぎっしりだった。

 エルは徹底している。こうして見る人の固定観念を喚び、身分を詮索されないようにするのだ。そもそも、彼女は岩の剣を抜いたばかりの年齢なのだ。

 見た目こそ私と変わらないが、精神的には私より20歳は下だろう。だからこれが当然だと思えた。

 彼女の部屋の隣も同じくらいの広さの洋室だった。当然空き部屋でそちらは入り口が階段で隠れて玄関からは見えない構造だった。ん? 見えない構造……?

 元は大きな一室(たぶん応接室)を二部屋に改装したのだと思われるが、エルが使うための予備室か、もしくは彼女のセイバーのためなのかも知れない。

 

 2階にもトイレとバスルームがあり、洋室が六つあった。裏庭に面したベランダ付きの部屋が三つに、通りに面した部屋が三つだ。

 1階に戻ると彼女の部屋の扉の真向かいから伸びる、もう一つの廊下に案内された。その奥の扉を開けると別棟になったガレージだ。

 クルマを3~4台は置けそうな広さがある。大きな工具箱や作業台が備えられ、クルマを持ち上げる装置まである。なのにクルマは1台もなかった。

 代わりにバイクというかスクーターとカゴ付きの自転車があった。スクーターは彼女が新都へアルバイトに向かうのに使っている。これは以前、聞いていたし見ていたので知っていた。自転車は買い物用だろう。

 

「どうしてクルマもないのに、このような?」

「この家は改装して綺麗になりましたが、元は別の人の家だったようです。あちらの世界にもありまして、エルの姉の巫女のイリヤが良く使っていますね」

 

 ガレージの上にも部屋があり、倉庫として使えるらしい。跳ね上げ式の扉はガレージの前後にあり、奥側の扉についた小窓を覗くと裏庭の広さに驚く。そこには白いペンキで塗り直されたブランコがあった。

 

「この国の庭と思えば広いですね?」

「ですね。その裏庭を挟んだ家が見えますか?」

「はい」

「あそこがエルマやトロンメルが、アルバイトの拠点にしている家です。お住まいになられている人の名はマッケンジー。あなたの記憶にはあるでしょう?」

 

 何をだ?

 

「第四次でのライダーとそのマスターが潜伏していたご家庭らしいですよ」

 

 何と! このような一般家屋に潜り込んでいたのか……。

 

「よもやエルはそれを見破っていた?」

 

 幼い頃とはいえ、彼女なら十分あり得る事だ。

 

「そこはわかりません。ただ、あちらの世界でもこの家を所有している。そこに答えがあるような気がします」

「……そうですね」

 

 やはりか。蟲の使い魔か何かで知っていたのだろう。そしてライダーとそのマスターを監視していた。きっとリンの父も、マキリの家も、日本に入った途端、とっくに監視していたのだ。

 何故なら現代には住所というものがあり、電話もあり、それを使えばかなりの事ができると私でも想像できてしまう。

 

『エル、並行世界に於ける、謂わば仮定の話ですがトオサカやマキリを相手取るなら、どこから攻めますか?』

『当然、城攻めでしょう』

『サーヴァントを使って?』

『宅配便に郵便物。これ等、送られて来るモノの内容で相手の実情がほぼ掴めます。監視なら電信柱の点検工事、下水道工事などの手もあります。七騎揃う前から工事に入れば疑念も薄くなるでしょう』

『では、シロウなら?』

『あなたがサーヴァント?』

『あ、いえ』

『フフフ……。毎日出前を送りつけます。あなたは大満足。士郎クンは破産か信用失墜間違いなしです』

『ちょっ!?』

『ですけど、それで借金ができればね? 正義の味方が踏み倒して海外に逃げられますか?』

『あ……』

『ですから並行世界の凛が、居住登録料や霊脈使用料を請求して借金を負わせるのは正しい方法だったのです。ですが、どこの彼女も甘いですからね。もっとビシバシ取り立てて、それがあなたの正義なの? とでも言いたてれなければ』

『はぁ……』

 

 今の彼女からは想像もつかないでしょうが、召喚されたばかりの、エルヴァがまだ元のエルの人格に引き摺られていた頃の会話でした。

 

 

「ところでお腹は空いていませんか? 何か食べますか?」

「え? 誰が料理を?」

「私です。簡単なものしか作れませんが、エルから料理の手解きを受けています」

 

 ほぅ。王という矜持を懐く前だからか、実に柔軟だ。確かに用意されたものはご飯に味噌汁、お漬物と玉子焼き。そこにメインでサバの塩焼きだけだったが十分だった。

 それは確かにエルやシロウの料理と比べるまでもないだろう。だけど不器用な者(過去の自分)が精一杯相手をもてなそうとしている。そこに感じ入らぬ筈がない。

 

「お口にあいましたか?」

「十分ですよ。上を見れば切りがない。ですが、あなたが今後も精進して行けばもっと上手になるでしょう。それは私には望めぬものです」

「まさか?」

「本当です。固定化された英霊が、新しい何かを習得するのはほぼ不可能に近い。ですがあなたは何か特殊なようです。モードレッドの件もありますから、受肉した事で学習が可能と……あ! それで受験しろと……?」

「そうですね、そうかも知れません。そうか……。私には可能性があるのか……」

 

 何とも微笑ましくもあり、羨ましい事なのだろうか。そうだ、モードレッドだけではない。あの姉の『アルトリア』の事もある。

 そうか、エルヴァがあまり強く薦めず、エルが英霊に強く受肉を薦めるのはそこか。マスターのエルはその効能をよく知らないのだろう。

 これは落ち着けば、私も受肉を今一度考えても良いかも知れない。

 

 

 

 私とイリヤは美遊の家に遊びに来ていた。遊ぶったっておしゃべりばかりだけど。でも理由はあって、美遊がちゃんとご飯を食べているか心配だったのだ。

 だけどそれは杞憂で、今は貯金もちゃんとあるから問題ないそうだ。お兄ちゃん、頑張ってるなぁ。

 今日はここまで新しい自転車に乗ってきた。自転車だと今までよりも美遊の家が近いと感じる。

 

「まさか皆んなお揃いの自転車になるなんてね?」

「タダで貰ったんだから、文句を言っちゃダメだよ、クロお姉ちゃん?」

「え? 文句じゃないわよ? 何で一緒なのかなって」

「クロエはもっとスポーツ風なのが良かったの?」

「まぁ、お察しの通りよ。お姉ちゃんみたいなのが良いけれど、あれが一番小さいサイズなんだってね。だからそこは我慢するけどさ」

「今さ、見た目は私達と変わらないんだけど、エルヴァお姉ちゃんのお姉ちゃんが来ていて。その人にエルお姉ちゃんが白いフランスの自転車を贈ったんだ。それを見せて貰ってね、クロお姉ちゃんは良いなぁって。ね?」

「う~ん……文句は言えないし、言っちゃダメだってわかってんのよ? けど、この差はなんだろうなって悩むのよ」

「姉妹の年月?」

「とも、言えないんだよね~」

「そうなの。今が8月でしょう? 姉妹になったのは昨年の終わりか、今年に入ってすぐらしいの」

「あ、じゃ、エルヴァさんやクロエと変わらない?」

「そう、数ヶ月の差なのよ。もちろんエルお姉ちゃんとエルヴァお姉ちゃんは違うから、そこもわかっているのよ?」

 

 そう、別に差別だとか依怙贔屓だとか、そこまで思わない。きっと年齢的な区別だろうとも察している。けれど、どうしても気になるのだ。

 あっちのクロやイリヤから、とても優しいお姉ちゃんだって聞いていた。実際会ってみたら、とことん魔術師だし、厳しいというかキツイところもある。だけど私とイリヤを見る目は本当に優しい。

 不思議なことに、最近ここに来たもう一人の小さいイリヤお姉ちゃんとも雰囲気が違う。あの人はイリヤ以上に子供っぽいのだ。

 巫女(本当に巫女さんをしている!)のイリヤお姉ちゃんや、英霊のイリヤお姉ちゃんも子供っぽいけれど、それでも大人として行動している。

 特に英霊のお姉ちゃんはエルヴァお姉ちゃんが大好きで、甘えているだけだってわかってしまう。だから私もおかしなヤキモチを焼かない。この間の花火でもず~っとおしゃべりしたくらい私とも仲が良い。

 海の家のアルバイトが終わったので、私とイリヤを特訓してくれたり、練習をみてくれたり勉強をみてくれたりもしている。そしてそんな勉強に、あの小さいお姉ちゃん達はすんなり入ってあっさり解くのだ。

 私やイリヤがウンウン唸っていたら、ここはこうだよって二人ともそれは見事に。それで思うんだよね。やっぱりこの二人は見た目こそ私やイリヤと変わらないけど、中身はイリヤお姉ちゃんや巫女のお姉ちゃんと同じで大人なんだって。

 

「イリヤ、クロエは?」

「うん? きっと不満でもなんでもなくて。面白くてワクワクする気持ちが抑えられないで持て余しているんだよ」

「そうなの?」

「そうそう。だから気にしなくていいよ、美遊。このお姉ちゃんは根っからの冒険家だから、また新しい何かが起きそうって期待しているの。けど、そういうのってまたお父さんやママが心配するでしょう? だからだよ。口に出せないからああいう風になるんだ」

 

 この妹もすっかり私を読むようになった。だけど、この感情はそれだけじゃない。イリヤも感じていること。それはエルヴァから流れ込んでいる。あの子がそういうワクワクすることを体験している。それが伝わって来るのだ。

 

 帰り道、自転車を漕ぎながらイリヤは言った。

 

「早く大人になったらエルヴァを手伝えるのにね?」

 

 そうだね。だけどそのためにはもっともっと色々な経験を積んで勉強しなくちゃ。でないとお手伝いでなく邪魔者になっちゃう。

 だからだ。そんな私達の代わりにってエルヴァお姉ちゃんは二人になっちゃったんだ。エルお姉ちゃんの仕業だけれど、あのエルヴァお姉ちゃんが一度死んじゃったこと、それとエルお姉ちゃんが眠り続けていたこと。それらが全部、二人に増えたことに繋がっているんだ。

 

 魔術師って変わった人が多いってパパは言う。だけど身近で見ていたら案外その理由はハッキリしているのかも。エルお姉ちゃんみたいに。

 私だってああいう魔術が使えて、もしイリヤやエルヴァが死んじゃうなら迷わず使うだろう。

 

 

 

 翌日、私達はホテルの人の説明で、アフトヴァグザールというところまで歩いた。ホテルからは1Kmほど離れているが、そこからシャトルバスが出ているのだ。

 バイカル湖沿いの町、リストビャンカまでたったの100ルーブルほどだ。そこからバイカル湖を巡るシベリア鉄道に乗っても良いが、取り敢えずそれはリストビャンカに行って決めようと話し合った。

 アフトヴァグザールと看板がある建物に入ると、中にはキリルと英語の案内があった。チケットはルヴィアが買ってくれた。お金の問題でなく言葉の問題だ。

 そして手渡された真っ白いチケットを見て驚いた。

 

「レ、レシート?」

 

 バーコードが入った、スーパーかコンビニのレシートにしか見えない。けれど印字されているのはイルクーツク(Иркутск)-リストビャンカ(Листвя́нка)なので間違いない。

『N』も『R』も反対を向いているし、『тск』からツク、『ка』からカと末尾から想像するしかないのだけど。なのにこれが読め、日常会話程度と言いつつ、結構ペラペラとロシア語が話せるルヴィアは偉い。

 

「勝手な言い草だけれど、ロシア語より日本語の方が難しかった?」

「そうですわね。そもそも私の母国語も、他国とはかなり異なりますから。幼い頃から英語は必須でしたのよ」

「語学堪能って、格好良いよな?」

「まぁ……シェロ……」

 

 ケッ。まぁ、良いけど。それでミニバスに押し込められてリストビャンカまで行けば、街というより村だった。ほんと、何もない。

 だけどバイカル湖は広大で海にしか見えなかった。なのに淡水で、透明度が凄い。私達は持参したカメラで何度もお互いを写しあった。

 それで街の人のお薦めで、列車でなくクルーズ船に乗った。船上から見渡すバイカル湖はとても美しかった。

 

「私も欧州の名所はあちこち行きましたが、ここまでの湖は初めて見ましたわ」

 

 このお嬢様、休暇となればノルウェーのフィヨルドを巡り、スイスの山を登っていたのだとか。

 

「良いなぁ、フィヨルドか。どんなだろう?」

「あら、シェロ。それでしたらミユといらっしゃいな。ガイランゲルやソグネにネーロイを案内致しますわよ?」

 

 凄い。地理と地学の時間に少し習っただけの場所よ? そのどれかは確か世界遺産だし。あ、このバイカル湖もそうだった。やっぱり認定されるところって本物感があるわよね。私も行きたいなぁ。

 

「リン、勿論あなたも友人としてご招待致しますわ」

 

 い、一生ついて行くから!

 

 

 

 日は高いが時刻は4時だ。木陰で休む犬達の散歩にはまだ早いけれど、じゃれる猫はそろそろ各々の家に入れないと。

 

「やっと私がアルバイトに誘われた意味がわかったよ」

「今更?」

「ええ、今更。最初はあなたの代わりだと思ったのに、まさか桜の代わりだったとは」

「そこなんだよね。あの子は弓道部で遠的の補欠に入ってるからさ。これもお姉様のためなんだよ。ほんの僅か数日の事なんだけどね」

「数日って?」

「明後日にはマッケンジーさん達や他のご家庭が帰るから。それでアルバイトは終わり」

「そうだったんだ?」

「そう。お預かりしたお中元をリストアップして、仕分け後に痛みそうなのを冷蔵庫に入れたりしたでしょう? 清掃や庭のお手入れ、ペットの面倒をみたりも大切だけど、お中元や暑中見舞いの仕分けも大切なのよ。だから残暑見舞いのはがきを先に用意してあったの。それを渡して終わりだよ」

「あのはがき、全部あなたの友人用だと思った」

「弓道部の先輩方を含めてもそこまで居ないって。どう? ここでやって行けそう?」

「行かないとダメなんでしょう? もう友人も何もかも、諦めるしかないね」

「悪いとは思うよ? けどさ……」

「わかってる。それに私、ヴンダーともあまり合わなかったし。エルマの方が気楽に話せる」

「そこは私がお姉ちゃんなんだし」

「ふ~ん」

「軽く流すな!」

「ハハハハ……」

 

 トロンメルはよく笑うようになった。凛さんもルヴィアさんも今は『何を考えているかわからない』とは言わなくなった。それだけトロンメルが皆んなに馴染んで来たからだ。

 これもお姉様マジックだけれど、マルガリータさんの存在も大きいな。あの人の人当たりの良さがトロンメルを癒やしてくれた面は本当に大きい。

 礼装にあそこまでの人格を与えるコーバック・アルカトラス。死徒二十七祖の第二十七位。元は魔術師だったという。どういう人なんだろう?

 その時の私は、何となくエルお姉様を思い浮かべた。

 

「エルマ?」

「何?」

「裏の家の庭の隅にクルマが出てるんだけど、あれって……」

「え?」

 

 青いミ◯ビシのランサー・エボリューションⅥだ。あの青はアイセルブルーだったからGSRだろう。RSはスコーティアホワイトという白だけだし、数も700台もなく、ほとんどがレースに使われていてそうそう見掛けるものではない。

 だけどGSRでも7千台に満たない数だ。こんな珍しい青を同じ街で見掛けるか?

 

「エルお姉様?」

「やっぱりエル様?」

「わからないけど。気配もないし。何よりあの人はインプレッサ派でそっちがメインでしょう?」

「ううん。ここに来る前はⅧのMRに乗っているのを見たし、先日はエーデルフェルトにデュトロのルートバンを置いてたよ?」

「節操なしだなぁ」

「うん、節操なし。メインじゃないのに、青いGSRのⅥは金にあかせてAYCを取っ払って機械式のデフ(LSD)を入れているらしいから。それもAYCの中に入れるタイプでなく、ドライブシャフトからデフケースまで全部RSの下回りを移植して」

「つまり? AYCの入ったRSがあるって事?」

「そこまでは知らない。だけどⅥのRSは持ってるよ。あの人、ⅦやⅧよりⅥが好きなんだろうね。ミッションもロー・クロスだって聞いていたよ」

 

 ファイナルが4.529から4.875に落としてあって、最高速が220km出ないとか私も聞いたなぁ。それってGSRの事だったよね?

 インプレッサやタイプRもアホみたいに持っているし。本当に好き者だ。

 

 やがて裏の家の人がクルマをガレージに移動した。思わず木の陰に隠れた私達はそこで見てしまった。

 

「あれってセイバーさん?」

「じゃないと思う……。印象が違うよ」

「だね……誰だろう? 気配は?」

「英霊じゃないと思う」

「じゃ、他人の空似?」

「かなぁ。裏にあんな人が住んでいたって気付かなかったよ」

「うん。エルマが気付かずにいたなんて」

 

 私達は狐につままれた気分だった。答えがわかったのは、セイバーさんに尋ねイリヤさんに聞いてからだった。その時は既に8月末で学園が始まっていた。

 

 

 

 翌日、ホテルのロビーで、私はかつて自分が出したであろう素っ頓狂な声を再び耳にした。ただし今回は自分の声ではない。

 

「え~~~っ!!! ル、ルヴィアに……私……?!」

「あ、あいつは……俺なのか……?!」

 

 年の頃は20数歳? はしたないわよ、そんな大声を出しちゃ。

 

「そりゃ、出すだろう。馴れてしまった自分が怖いけどな」

「ですわよね」

 

 もうすっかり異世界同位体に会っても驚かない私達だった。その後、ミーティングルームを借りてあちらの首尾と状況を聞いた。

 

「良かったですわ。調査は上手く行きましたのね?」

「はい」

「本当に良かった……」

 

 小さなエルヴァの成功を自分の事のように喜ぶルヴィア。あざとさは感じない。彼女は本気だ。だからエルヴァ達も感激していた。本気でコイツは変わった。

 そしてお互いの事を話す内に、あちらの衛宮さんにかなり問題がある事がわかってきた。凛さんが目を伏せる。思わずアーチャーを見れば首を振った。やっぱりか。

 

「だから俺は妹と妹を取り巻く人達の平穏をこそ守りたい」

「え? それ以外にも困っている人は居るだろう?」

「どういう意味ですか?」

「だから、家族以外にも困っている人が居るだろう?」

「その人と俺と何の関係が……。あなたが言いたいのは、家族と友人以外も守れって事ですか?」

「だからそう言っている」

 

 口論になる前に衛宮君が話を打ち切った。

 

「頭、オカシイんじゃないのか? この人? 自分が神にでもなったつもりなのか?」

 

 そうボソッと呟いた。それを聞いて衛宮さんは突然叫んだ。過呼吸も起こしているようだ。きっと、エルヴァ達がここに来るまでに色々仕込んでいたのだろう。

 涙をボロボロ流して浅く早い呼吸を繰り返す衛宮さんを、凛さんが必死に介護していた。何をすればこういう破滅型の男性に惚れるのだろうか?

 聖杯戦争の中で吊り橋効果はあったにせよ、この程度は自己分析して欲しい。たぶんこの人も魔法には至れないし、先生や師匠のお眼鏡には適わないだろう。

 世界を渡れたのはやはり偶然だ。宝石剣も本当に起動したのかどうかも疑わしい。だけど態度というか顔に出ていたのか、そんな私の肩をルヴィアが叩いて首を振った。

 だから頭を冷やそうと表に出た。すると私のすぐ後にランサーとアーチャーが出て来て難しい顔をしていた。何か言いたかったけれど、とても言い出せる雰囲気じゃない。

 

「リン、あいつらは?」

「え? 廊下の向こう。そんなに離れてないと思う」

「そっか。廊下に出たのは良い判断だった。お前も他人に関わっていられない程、忙しい事を忘れんな」

 

 そう言い残してモードレッドは廊下の先に消えた。

 

 ふぅ~……。

 そう、頭に来ていた。それは衛宮さんがどうにかならないかと考えたからだし、凛さんが気の毒と思ったからだ。だけどそんな私の内心をルヴィアは見抜いていた。だから肩を叩いてくれた。

 結局私も甘ちゃんで、魔術師向きじゃないのかも。そうやって廊下で佇んでいたら、ルヴィアが喚んでくれた。なので中に入ると衛宮さんと凛さんは居なかった。反対側のドアから部屋に戻ったようだ。

 そして小さなエルヴァからこんな事を言われた。

 

「二人のお姉様方は日本に帰りません。今後は私の家族として、スイスで暮らされる事になりました。とはいえ、エルヴァお姉様と仲良くなさっていたあなた方の複雑な心情も理解しますし、クロエやイリヤを見護る大人の一人として信頼もしています。そこでリンさんに尋ねます」

「何かしら?」

「あなたはエーデルフェルトの次期当主と親友ですか?」

「ええ。時々憎たらしくも感じるけれど、困った時は助けるわ」

「ならこれをあなたにも」

 

 それはテニスボールよりやや小さいくらいの大きなダイヤの原石だった。蓄積された年月と籠もっている魔力の量、それと質が半端ない。そもそもこの大きさだと普通に宝石としての価値も最上だ。

 そこに魔術師としての鑑定眼を働かさせて貰うと、家宝のルビーの何倍になるの、これ?

 

「これを私に?」

「はい。私からの友情の証と考えて下さい。そして私の大切な……日本の家族をこれからもお願いしたいのと、願わくばスイスを訪れ、二人の姉の良き友人であって欲しいとの思いを込めてお贈りします」

「もちろんよ。エルヴァはエルヴァだわ。そうでしょう? それでもう一人はエルヴァじゃややこしいし、エルって呼んで良い?」

「もちろんですよ」

 

 やっぱり二人ともエルヴァだった。目に涙を溜めた二人と私は抱き合った。

 

「それでルヴィアは?」

「口止め料も兼ねてこんなのを……」

 

 それはソフトボール大の原石だった。で、でかい……何だそれ……。これ1個で今後集めるであろう礼装などの、買い取り総額を上回りそうだ。

 いや、もっとあるかも……。だって私が頂いたのと変わらない大きさのも、数個ルヴィアの手元にある。

 

「まさか、霊脈ってダイヤモンドの鉱脈と?」

「そこが口止め料ですよ」

「あ、ごめん」

 

 私は自らの友情を示しただけだ。なのに一瞬でかなりのお金持ちになってしまった。師匠、縁って本当に大切なのね……?

 

 

 夕食は軽いパーティだった。本式のパーティは、もっと本格的なベース基地が落成後にスイスで行うそうだ。そして数年後に霊脈開発が完了すれば、その時にも大々的に行うという。

 

「気楽なのは落成後ですが、顔繋ぎが必要ならば開発後のパーティにも招きますよ?」

 

 いや、今突然そんな事を言われても……。

 

「お受けなさい、リン。その頃のあなたは今より名が知られています。胸を張って」

 

 親友の強気な発言に私はただ頷くだけだった。凛さんも微笑んでいて、落ち着きを取り戻した衛宮さんも微笑んでいた。だからこれはこれで良いのだろうと纏めに入る人様を差し置いて、英霊達はお酒をガバガバ呑んでいた。

 あのアーチャーですら結構呑んでいたから、衛宮さんの事であれこれ考えていたのだろう。静かに食事を楽しんでいたのは、ランスロットと、ケイローン、それと小さなエルヴァがマスターとなったヘラクレスだけだった。

 

 衛宮さんの事で頭から飛んでいたが、一体どうやって召喚したのだ? モードレッドといい、ヘラクレスといい……ホント、この子も桁外れね?

 

 翌日には私とルヴィアに衛宮君はモスクワに飛ぶ。そしてエルヴァ達はスイスへ戻る。だけどランサーが『お前ぇらの仕事も見たい』と言って、あちらの組もモスクワに立ち寄る事となった。

 息抜きの観光も良いかと、小さなエルヴァが賛成しちゃったのだ。だから皆んなで行こうという事になってしまった。正直どうなんだと思わなくもないが、ここまであれやこれやと一緒に闘って来た仲間だ。

 ルヴィアも苦笑するばかりで反対はしなかった。何より新顔のケイローンとヘラクレスが恐縮する始末だった。




次はモスクワです。
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