※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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こちらで第一章が終了です。


107、ロシアより愛をこめてⅢ ~モスクワ~

 ホテルに戻って自分の部屋に入った私は驚いた。何故かベッドと窓の隙間でアーチャーさんが昏倒しているのだ。ここは私とエルヴァの部屋だぞ? 何をしていたんだ、コイツは?

 気味が悪いので私はエルヴァちゃんの部屋の扉をノックした。すると中から扉を開けてくれたのはエルヴァちゃんだった。

 

「あれ? エルヴァを見ませんでしたか?」

「うん? そちらに居らっしゃらないのですか?」

「ええ。てっきりこちらだとばかり」

「いいえ、こちらには。先程までカリヤさんやバゼットさん、それとナタリアさんとで話していたので」

「そうでしたか」

 

 どこに行ったんだろう? 凛とルヴィアの部屋? それとも外?

 

「何かあったんですか?」

「いえ、別にこれといった事はありません。ただ、どこに行ったのかなと」

「外でしょうか?」

「かも知れませんね。では、私は館内を散策します」

「あ、それならカフェでお茶でも頂きませんか?」

「良いですね。では、ご一緒に」

 

 

 

 同じアーチャーでも、兄でもないアーチャーさんと二人きりというのは不味いので、私は部屋を出て再び外に出た。今度は公園でなく歩道を散歩してみた。

 モスクワの緯度って、実はこの間のプラーツクと変わらない。だから8月の今時分は日の出が5時過ぎで、日没が6時半頃だ。これが12月になると4時には日が沈み、6月頃は夜の9時を回ってから太陽が地平線に消える。

 フィンランドほどではないけれど、かなりの高緯度だ。デンマークのコペンハーゲンや、英国のグラスゴーと同じくらいかな? 6月の日の出って夜中の3時台だものね。

 現在の気温は20度ちょい。至って快適。こんな褐色の肌だけれど、元は白人種なので半袖で十分だ。バカンスシーズンの今は、郊外のダーチャ(郊外というか田舎に建てる小さな別荘)に富裕層が引き払っているのか街は静かだ。

 そんな中でプスンプスンと情けない音が耳に入った。おやっと思えば、どこかのお兄さん? 同い年くらい? ともかくそんな年齢の男性がバイクをキックしていた。

 いや、キックと言ってもバイクを蹴飛ばしているのでなく、エンジンを始動しようとキックペダルを蹴っているのだけど。

 近づいて見てみると、そのバイクはミンスクの赤いMMVZ3.111だった。ミンスクはベラルーシのバイク&自転車メーカーで、このモデルは73年から長い間造られていた空冷2サイクル単気筒の125ccだ。

 3.111の3は125ccというクラスを意味し、1はロードモデルという意味で、その次の11が工場内のモデルコードだったと思う。

 90年代に出た次のモデルが、確か3.113だったから記憶違いではないだろう。そして西側の人はマニアしか知らないだろうが、実はこのシリーズはベストセラーで20万台以上も売れているのだった。

 どこで走っているんだって? 共産圏のあちこち、特にベトナムだ。ベトナムのバイク=変形カブに3人乗り以上という図式も間違いではないが、それは割合最近の事で、昔からのスポーツバイク好きやお金のある人はミンスクに乗っていた。

 まぁ、今は日本製や台湾製が多いと思うけれど。それでもベトナムに行けば、どこかの片隅にミンスクがある筈だ。と言うかあの国はバイクが多過ぎて、政府が購入制限を掛けたりして、昨年からは外国人だと購入できなくなったと思う。

 何でこんな事を知っているのかというと、高1の夏休みに父と『イリヤ』と『エル』の3人で、東南アジアを旅行したからだ。その記憶が私にも残っていた。

 あのコンビニの袋みたいなので売られている屋台のジュースが面白かった。麺類は、まず外れなかった。国土が縦に長く海に面しているので海鮮、とりわけカニが美味しい。カニ(ソフトシェル)の唐揚げは上海ガニより美味しいかも。

 だけどバインミー・サンドはカリフォルニアのベトナム人街で食べたものの方が美味しかった。やっぱり挟んである肉質の差だろうなぁ。とは言っても、東南アジアでハムなどの加工肉が一番美味しいのはベトナムなんだよね。

 残念なのは季節が季節だったので、鍋料理を食べていない点だった。

 タイでの料理も、辛かったり酸っぱかったり甘かったりで面白かった。この三味が渾然一体となって織りなすハーモニーがタイ料理の醍醐味なのだけど、合わない人はとことん合わないだろう。

 私見だけれど、ご飯の上で焼き肉をバウンドする事に抵抗がある人にアジアン料理はあまり合わないと思う。けれどあっちのお米は日本のお米と違うので、チャーハンやピラフの亜種だと頭を切り替えれば意外と美味しいものだ。

 かくいう姉の『イリヤ』が、本格的に和食にハマった人なので、白いご飯は白いままでというポリシーがあった。だけど、『エル』や『エル』の中で入れ替わった私達の作る中華料理やアジアン料理は食べてくれていた。

 あ~そっか……姉さんはあれで『エル』の中に何人も『別人』が居る事に気付いたのかも……。

 あれ? でもドイツでもっと幼い頃に一緒に遊んだ記憶があるみたいな事も話していたような……ミトとパミっていつからああやって独立していたんだろう?

 

 

「どうされました?」

「ああ、エンジンが掛からないんだ」

「キャブ? プラグ?」

「いや、キャブはこの間掃除したし、プラグも交換して一月経っていないよ」

 

 どれどれと代わって貰い、キックペダルやチョークレバーに触れながら解析してみた。あ~あ、電装系だ。プラグに電流が来ていないのだ。

 

「これ、プラグコードに電気が来ていないのかも」

「あ、それか」

 

 男性は車載工具からプラグレンチを出し、抜いたプラグをエンジンに当てた。そこを私がキックする。

 

「ああ、ホントだ。火花が飛んでない。こりゃ、修理に時間が掛かるなぁ」

 

 イグニッションコイルかな? 部品が直ぐ手に入れば良いけれど。

 

「悪かったな、ありがとう。家はそこなんで、押して帰るよ」

 

 そこで男性とサヨナラした。ホーチミンの方が簡単にパーツが手に入りそうだ。やっぱり乗れない季節の方が多いロシアでのバイク維持は厳しい。

 だから自ずとバイク屋も少ないし、メーカーも東南アジアなどへの輸出の方が大切になるのだろう。

 でもあの人なら直ぐに治すだろう。ウォッカに溺れる事もなさそうな生真面目さと、いかにもロシア人っぽいタフさを併せ持つ、ちょっとイケメンのお兄さん。ああいう人が明日のロシアには必要なんだとフッと思った。

 こういう気分の時は甘いお菓子……ケーキでも買って帰りたい。

 

「でも、パル◯スは21世紀に生き残れなかったしなぁ」

 

 日本に来たばかりの子供時代に見たテレビの『懐かしCM』特集で知った洋菓子店。『鳥のミルク』『ナポレオン』『ポリョト』『蜜蜂のケーキ』『プラガ(プラハ)』『蟻塚』『お伽噺』『レニングラーツキー』とロシアのケーキは大概食べた記憶がある。

 ロシア版ザッハトルテのような『プラガ(プラハ)』と、台にスポンジとスフレを交互に挟みチョコでコートした『鳥のミルク』、ロシア版ミルフィーユの『ナポレオン』なんかは良く食べていた。

 それで目に入ったケーキを置いているレストランで『鳥のミルク』を買った。無意識にパル◯スの歌を口ずさんでいたらしく、お店の人に『何の歌?』と訊かれてしまった。

 なので『モスクワのケーキは美味しいっていう日本の歌です』と話したらとても喜んでいた。罪悪感はない。だって優しい嘘は平和を導くから。

 小学校や中学校でなかった? 『◯◯が××の陰口を話していた』とか、それはあなたがトラブルを期待しての嘘だろって話し。けれど子供ってそういう嘘を信じるか心に溜めちゃう。

 だから『エル(私)』はそれで悩む子(××)の相談に乗りながら、「◯◯クンは口は悪いけど、××ちゃんは頑張り屋って褒めていたよ?」と話してあげていた。

 そして最初の嘘を流した△△さんは◯◯クンが好きで、◯◯クンが好きなんじゃないかと思い込んでいる××ちゃんを貶めたかった訳だ。

 真相なんてそんなもので、Hシーンのない昼ドラだ。女の子って子供の頃からオバサン化が始まっている。オッサンがいつまで経っても子供なのと同じだ。

 そういう意味で、生まれた時から熟成しているホムンクルスは良いと思う。姉の『イリヤ』は半分人工物だって悩んでいたけれど、『エル(私)』はそんなの平気だった。むしろ完璧に近いじゃんとさえ思っていた。

 だから、こういう半英霊になっても悩まなかった。

 

『たった一つの命を棄てて、生まれ変わった英霊の身体。鉄を熱して叩いて鍛える……私がやらねば誰がやる!』

 

『エル』の処置が終わった後、そんな風に思ったものだ。妹達を守るって真剣だったからね。ちなみにこのセリフのオリジナルは『新造人間キャシ◯ーン』のオープニング。再放送か借りたビデオで覚えた。そして『エル』版がこれ。

 

『たった一つの命を捨棄てて、生まれ変わった英霊の身体。鉄を熱して叩いて鍛える……お兄ちゃんがやらねば誰がやる! フレンド~ナッシング!』

 

 これをカッコいいと形容したお兄ちゃんは終わっている。

 

 ともあれ、ケーキを抱えた私はホテルに取って返した。そろそろ戻らないとエルが帰って来る頃だ。

 

 あのバイクは2ストだったなぁ。2ストかぁ。

 鈴菌の『イリヤ』は2スト好きだった。何を思ったのか中学時代にモデルで稼いだお金で、RGV-Γ250SP(VJ23A)のラッキーストライクを買ったのだ。

 勿論、ルオン・ママのものという事にして両親を誤魔化していた。その後、アプ◯リアのRS250LDAを高1の時に買って、そちらをメインにしていた。お祖父様から贈られたモンスターを炎上させ、復帰した後の話だ。

 ツーリング用はINAZUMAだし、足はグラストラッカーで、スーパーの特売にはアドレスのV100で走っていた。

 トロンメルにチラッと聞いた話では、『エル』と揃って無事に大型を取ったそうだ。だから今は、アルトリア姉さんから譲られたGSX-R1000に乗っているらしい。この秋で引退だろうけど、とんでもない生徒会長だ。

 だけど『エル』の影響があったにせよ、元からあの姉はスピード狂だった。母親譲りなんだろうね。私はバイクなら…………ああ! 欧州版のTWって125ccだ! セローは無いし、クッソ~!

 

「何をプリプリと?」

「ああっ?!」

 

 ロビーでパッタリと会ったのはエルだった。先程までエルヴァちゃんと一緒だったという。それで部屋に戻り、狙撃未遂があった事を話した。ダブルのガンドはかなり強烈だったようで、赤い誰かさんはまだ気絶していた。

 

「本当に英霊? この人?」

「呪いに弱いのがエミヤですよ。それにそれだけ二人のガンドもキツかったのだと」

「それで士郎君と衛宮さんは?」

「お部屋じゃないですか? もしかしたら二人で話し込んでいるのかも」

「凛さんを交えて?」

「それは、わかりません」

 

 その後、二人でケーキを頂きながらベトナムの話をした。

 バインミーなんてサンドイッチがあるのは、その昔ベトナムがフランスに統治されていたからだ。だから、パンとコーヒーが意外と美味しい。

 ベトナム民主共和国(北。社会主義国)の独立を巡る第一次インドシナ戦争。

 そして支援国だったベトナム共和国(南。旧ベトナム国の正統を継ぐと主張していたが、アメリカなど西側の傀儡国家とも言われていた)へ、アメリカが全面的に介入して起きた第二次インドシナ戦争(ベトナム戦争)。

 これらによって最終的に勝利したのはベトナム民主共和国(統一後はベトナム社会主義共和国)だった。これによりアメリカの覇権主義に懐疑的な国家が増え、91年末のソビエト社会主義共和国連邦崩壊をして思想統一もまた可怪しいと周知された。

 

 その隙きを縫って台頭してきたのが、馬鹿な日本人とアメリカ人をスポンサーにした中国だった。特に頭の悪い日本人はとことんまで頭が悪く、手の内にある技術などを様々漏洩していた。それが人道的支援だと信じ込んで。

 自分の売りである技術を流すなんて、商売人には考えられない愚行だ。こういう部分から日本の政治家はアマチュアだと言われるのだ。

 お金のあるうちはEUも甘やかしてくれるだろう。だけどお金がなくなれば……。『エル』が日本に住んでいるのはこういうのを現地調査している部分もある。

 何より『本来の正しく機能した政府なら隠しておきたい儲け話』を、新聞がドカンと掲載したりしている。記者にはインテリジェンスもリテラシーもない。

 また新聞を初めとした各種メディアに踊らされる国民性が、国家にとって必要な政治家を選挙で落とすキャンペーンにコロッと合いの手を入れてしまう。

 それでも破綻しないのが日本の底力だという識者がいるが、その煽りが大衆の上がらぬ給金にあると知っていても言えないのが実情だ。

 失われた10年? 20年? 違う。そこに気付かない限り、国家が破綻するまで今後も日本はお貢ぎ君だよ。もうそういうポジショニングが確定した。それが『エル』の見解だった。

 彼女が和食を学び、日本製のクルマやバイクを数多く所有するのは、ある意味、今後失われるだろう日本の文化や工業製品を惜しんでいるからだった。

 

 ……と、そんな事をエルは話してくれた。八つ当たりでは無いだろうけど、狙撃未遂があった事が相当頭に来たようだ。だけどこれじゃ、酒場で政治談義をしているオジサンと同じだよ。そのコーヒーはアルコール入り?

 

「ウォッカもブランデーも入っていません。ご指摘通り、頭に来ています。バックを洗っての報復は必ず致します」

「ちょっと?」

「同じアンツベルンなら、これを止めるのはどうかと? 勿論、お祖父様にお伺いは立てますよ」

「お祖父様との相談は、是非して下さい」

 

 わかりにくいかも知れないけれど、狙撃未遂は立派な敵対行動なのだ。それはミサイルのロックオンと同じで、宣戦布告と見做される。だからエルの言い分は正しい。私はそれ以上言えなかった。なので話題をクルマに振った。

 

「エルも免許を取ったでしょう? クルマは何に乗りたいの?」

「いきなりですね? ん~。K11のマーチBOXを左ハンドルの5速マニュアルに改造して持って行く? それかパジェロ.Jrのフライングパグで5速マニュアルを探す……」

 

 面白い事を話し始めた。フライングパグは世紀末の2~3年前に始まったレトロブームの中の一車種だ。一番頑張っていたのがス◯ルで結構色々出していた。インプレッサにもカサブランカなんてものがあったと記憶している。

 けれど、どれもこれも元の車があるから取って付けたようなデザインだった。内装も元のままだし。その点で最初からそんな風にデザインされたミラ・ジーノは良かった。

 ミニのパクリじゃんとは思わなかった。ヤレていない新車だし、英国車みたいに壊れない。価格も手頃でターボもあれば5ドアまである。

 

『しかしこれはミニのマネだろう?』

『贋作が本物に劣ると誰が決めた!』

 

『エル』は、よくあのシーン(皆んなで買い物に出た途中にあったダイ◯ツのショーウィンドウ前)で、そのセリフが咄嗟に出るものだと感心したよ。歩道で四つん這いに崩れるお兄ちゃんが可哀想だったなぁ。

 でもあのレトロブームの端緒を開いたのはニッ◯ンだと思う。Be-1、パオ、エスカルゴにフィガロ。日本に来る前だったけれど結構欧州でも話題だったのだ。面白いのを作るなって。

 

 

「その中古車探しで見つかれば、ママ(マアエモ)にアスコット2.0CSかラファーガ2.0CSを……」

 

 エルの面白話が続いていた。彼女の言うクルマは90年代のアコードから枝分かれしたインスパイアの姉妹車だけれど、そのエンジンは縦置きSOHC5気筒なのにFFという超絶不人気車だ。不人気というより知名度がない。

 CSはそんなクルマの中のリアウィング付きスポーツモデルで、「2.0」とわざわざ明言したのはそれに5速マニュアルがあったからだ。

 だけど、その吹け上がりと思いっ切り後ろに下げたエンジンでハンドリングは良好。別名は『隠れタイプR』で、これが後のトルネオ・ユーロRになる。マニアック過ぎるだろ?

 ちなみにインスパイアの後継がビガーで、ビガーの後継がセイバーだ。これの初代モデルのV6を姉のアルトリアが持っている。聖杯戦争の翌年に王様が洒落で贈ったのだ。

 だけど当時の姉は受肉を済ませ穂群原の編入試験に合格し、4月から高校2年生だった。結局森の城で眠らせて、乗り始めたのは正式に免許を取った後の大学時代だ。

 オートマだった(オートマしか無かった)のであまり好みではなかったようだけれど、大学の友人と出掛ける時はよく乗っていたと思う。

 そんなアルトリア姉さんが大学通学に使っていたクルマはオプティのエアロダウンビークスだった。バイクで通わなかったのは、イタズラされるのを避けるためと剣道の道具を持ち運ぶためだった。

 こちらはお母様が『娘なのだから甘えて欲しい』と、お金を出していた。

 

 

「欧州でなら古いけど、エクリプスの初代ターボ4WDとか。ああ、そうだ。丸目のインプレッサ・スポーツワゴンも良いなぁ。STi(6速ターボ)や20K(5束ターボ)でなく20N(自然吸気)で良いから」

 

 傾向としてはワゴンが好きなのか。マーチBOX以外は四駆だからスイスには合う。それにエルヴァちゃんを横に乗せて走るなら似合うと思った。

 その後、口の中が甘いのでラウンジでコーヒーを頂いた。部屋に戻ればアーチャーさんが起きていて、私のベッドに腰掛け頭を抱えていた。

 

「頭が痛いの?」

 

 エルも酷い訊き方をするなぁ。

 

「色んな意味でな……何だ、あのガンドは……」

「遠坂凛は天才なんでしょう?」

「天才も二人居れば天災だ」

「ウマい!」

「しかし、あの威力はこちらの凛だろう?」

「正解。日本に残った方のエルヴァや師匠から、かなり叩き込まれていたようですね?」

「要らぬ事を……とは言えんか。彼女は確実に魔術の行使が上手くなっている。という事はルヴィアも?」

「はい。二人ともそれだけの修練を積んだ証ですよ」

「そうだな。見事だった」

「本人に言ってあげれば良いのに」

「言えるか!」

 

 そう言い返しながらも、アーチャーさんは嬉しそうだった。親しい人(仮とは言えマスターだ)の成長が嬉しいのは当然だろう。

 

「それと……衛宮士郎さんの事ですが」

「む……アイツはなぁ……」

「そこで士郎クンともども、あなたが召喚された世界に連れて行くのはどうかなと考えています」

「あ。あの衛宮士郎に会わせようと?」

「はい」

「それは良いかもな」

 

 姉にイリヤスフィールさんが居て、セイバーやキャスターが残った世界だ。大勢の姉妹や間桐マコトも居る。これは私も妙案だと思えた。

 アンカーも残っているし、ゲートも開通している。なので魔法使いでない私やエルでも4~5人は連れて行ける。

 

「アイツは確実に違っていた。希望があった」

「あれ? 結構気に入っていた?」

「いや……何と言うか。ジワリと緩やかにそういうあり方のほうが正しいのだ……とな。ここはエルヴァのお陰だろう」

「あら……私にはお礼なしですか?」

「君は後から勝手に湧いたようなようなモノだろう?」

 

 あ、地雷を踏んだ。

 

「ストップ! アーチャーさん?」

「ん?」

「私は日本に居るエルヴァの複製体ですが、彼女は47番だった頃の私の意識をコピーしてあったモノが現在の人格に使われています。なのである意味、彼女も日本の彼女と同じオリジナルです。それとその昔、お祖父様から落とした試験管やフラスコから湧いて来たとか、庭の木の股から生えて来たとか『エル』が散々言われてきた事を私も彼女も記憶しています。だから『勝手に湧いて来た』なんて言わないであげて下さい」

「そ、そうか、すまない。なら君達にも感謝するべきだったな。ありがとう」

「いえいえ」

「い、いえ……」

 

 私はお礼を言われると『いえいえ』と返す事が多いけれど、エルは『いえ……』と口籠もってしまう。こういう素の部分が、幼い頃の私と同じだ。

 

「ふぅむ……。こういう言い方は失礼だが、どこかトロンメルにも似ているな?」

「トロンメルの人格モデルは私達ではありませんよ? もっと極端に奥手な子です。トロンメルはそこに少し手を加えてありますね」

「そうなのか?」

「はい」

「そもそも私達の元が『エル様』だしね。白ミル貝の捌き方をシロウさんから習っている時に『チ◯コ~』とか言って引っ叩かれるような……」

 

 何を言い出すんだ……?

 

「ア、アーチャーさん? 海松食(ミルクイ/本ミル貝、黒ミル貝)と波貝(ナミガイ/白ミル貝)は別種だって知っていました?」

「ん? ミルクイが本ミル貝だな。ナミガイは何だ?」

「それが白ミル貝の正式名称ですよ」

「そうなのか」

「そうそう。貴重な海松食を『黒光りしているぞ』とか『最大時はどのくらいだろう』とか話しながら包丁を入れていて……」

「死ねよ! お前は!」

「ケンカするな。しかし、君も苦労性だな? いや、君も昔はああだったのか?」

「ま、まさか」

「凛とルヴィアが出会った頃はキツかったと話していたがな」

「あ、あれは……子供を代理にするのが許せなくて。その遠因も二人の仲にあったわけで……」

「が、いまやあの二人は親友同士だ。そこは日本に居る彼女だけでなく君達も誇っていいだろう」

 

 上手く纏めてきたなぁ。ここは素直に乗っておこう。年長者の顔は立てないとね?

 

 

 

 夕食後、私とルヴィアは、雁夜小父さんとバゼットさんが泊まっているホテルに、ナタリアさんとハサンを伴って訪れた。目的はルヴィアが既に手渡しているオストロフスキーさんからのリストについての見解を確認するためだ。

 

「ざっと見たところ、大きな問題は無いように思う」

 

 部屋は雁夜小父さんの部屋だった。

 

「ただ、一つだけ。気になるのがこれだ」

 

 小父さんが指差した文字は『меч-кладенец』。

 

「これって、何て書いてあるの?」

「これはね、クォデネンツって読むんだ。頭の『меч』が剣、或いは刀の事。ロシアの伝承に残る魔剣だよ。だけど特定の何かを指す訳じゃないんだ。他に『隠された剣』『鋼鉄の剣』とも言い換えられたりしている」

「つまり……?」

「お察しの通りさ。おそらく鉄器が伝わった頃、その切れ味に驚いた人が居たんだろうね。そして他人に剣そのものや、もしくは製法を盗まれたりしないよう隠した。それが伝承として残ったんだと思う」

「では、偽物?」

「……とかを、君達に紹介する様な人じゃないんだろう? だからこれに関しては、もう少し調べたい。時間を貰えるかな?」

 

 私とルヴィアは頷いた。

 

「カリヤ、子猫(Котёнок)って何だ?」

「え、ええ? ナタリアさん、この隠語を知らないの?」

「知らん。どういう意味だ」

「蓋を開ければ簡単だよ。魔猫……つまり使い魔にできる可能性のある、魔術回路持ちの猫の事」

「それを『子猫』って言うのか? いつからだ?」

「いつって……。爺(ジジイ)の文献には載っていたから結構古いと思うんだけど」

「そうか。私は西側に出てから魔術を学んだからなぁ」

 

 情報屋として当たり前だと思っているルヴィアにはピンと来ないだろうけど、私は驚いた。この小父さんのロシア語に対する知識はどこから……?

 

「小父さんはどこでロシア語やそういう知識を?」

「元々だよ。子供の頃からロシア語には馴れていたんだ。ちょっと気分を悪くさせるかも知れないけれど、間桐臓硯って知っている?」

 

 知ってるも何も、どこであろうと『桜』を虐待する張本人だわ。

 

「その臓硯の本名がマキリ・ゾォルケン。名がマキリで、姓がゾォルケンだ」

 

 これもエルヴァやゾウケンから聞いた。

 

「その爺はロシアというかカザフスタンの出身でね。代々とある部族の呪い師だったらしい。だけど爺の父親が呪い返しを喰らって、子孫が望めなくなった。そこで長男は村に置き、次男である爺がその呪いを消す方法を探し求めて旅に出たんだ。そして西欧に入って魔術を学びながら呪いを消そうと四苦八苦した。その果てが全身蟲化だったと機嫌がいい時の爺に兄貴が聞いたそうだよ」

 

 呪いを消すためだったんだ!?

 

「だけど、漸く見付けた方法を携えて村に戻れば、親も兄もとっくに死んでいた」

「どうして?」

「子孫を断つ呪いでなく、血の繋がった者全員を殺す『死の呪い』だったらしいね」

「つまり臓硯は身体を入れ替えないと死んでいた……?」

「そう。この辺は兄貴が持っていた爺の日記や書付でわかったんだけれどね。それで最初の答え。凛ちゃんの家がドイツ語なのと似たようなもので、間桐の魔術書はロシア語で書かれているんだよ。だから、子供の頃から叩き込まれていたって訳さ」

 

 そういう事だったのか……。

 

「その故郷の村もアラル海が干上がるのと同じくして砂漠となって消えてしまった。爺が本格的に可怪しくなったのは、故郷が消えてからじゃないかと兄貴が話していたよ」

「小父さん、どうして臓硯は桜を養子に欲しがったの?」

「ある程度は知っているんだろうけど……あの爺は500年も生きた化け物だった。つまりマキリの初代なんだ。兄貴が元5代目だったから、その間はどうなったかって言うとお察しだ。皆んな修練場という工房で死んだ。理由は爺の逆鱗に触れたからだ。では、何故そうやって子孫を殺すのか。それは爺が蟲に残した、人だった頃の精子が呪われていると信じたからなんだ。代を重ねるごとに消えていく魔術回路。こういうのはどこの家にもある。だけど若い頃に呪われて親や兄を失った爺には呪いとしか思えなかった。だからあの手この手を尽くした。その手段の一つが遠坂からの養子縁組だったんだな」

 

 小父さんは淡々と話している訳ではない。かなり複雑な思いを乗せて話してくれている。

 そもそもこの人は一度魔道を棄て、家を出奔している。それでも間桐に戻ったのは……並行世界の場合は『桜』のためだった。

 だけどこちらの小父さんは……わかってしまった。衛宮の小父様と組んで臓硯を殺したんだ。そしてその理由は……小父さんとお兄さんのご両親も臓硯に殺されたからだろう。

 それを知っていたから家を出たんだ。もしかしたらお兄さんが逃してくれたのかも知れない。

 

「あの爺は狂って永遠に生きたいとかそういうわけのわからない欲望に晩年は塗り潰されていたけれど、元々の願いは子孫を繁栄させ、ゾォルケン家を再興する事にあったんだろうなぁ……」

 

 今だからわかる。『悪の廃絶』を願ったり、何ともピュアな人物だ。でも、どうして並行世界では小父さんにバーサーカーを召喚させた?

 

「小父さん、小父さんって、まさか……臓硯の……?」

「ああ……気付いちゃったか。そうだよ。おぞましい話だけれど、兄貴は臓硯から数えて5代目だけど俺は臓硯の息子だ。蟲がおふくろを犯して孕ませたのが俺なんだよ。兄貴と俺があまり似てないのは、そういう理由だ」

 

 やっぱり。きっとお兄さんより魔術回路が多く、臓硯もある程度行けると見ていたんだ。だけど急造の魔術師だからバーサーカー召喚の弊害で狂気に染まってしまった……。

 

「カリヤ? ルヴィアゼリッタ嬢がお待ちかねだぞ?」

「ああ、ごめん!」

「わ、私が悪いんです! ごめん、ルヴィア」

「いいえ。ですが、あなたには有益な情報でしたわね?」

「ええ」

 

 どこまでも、どこまでも呪われた家だ。以前の私ならただ嫌悪感だけしか抱かなかった。でも、行動と思考と思想は違う。人は他人が一括に出来るほど、そんな簡単な存在じゃない。

 そんな事をルヴィアと暮らすようになってから学んだ。何よりエルヴァが、臓硯の行った事や考え方を嫌っても、その理想だけは貶さなかったからだ。それは並行世界の『衛宮士郎』に対してもそうだ。

 そんな問題点の切り分け方を私はエルヴァから学んだ。そして目の前の小父さんも長い年月で学んだのだろう。臓硯の行動と思考は憎んでも、その背景には同情し、そのピュアな精神には親しみを感じているように思えた。

 まぁ、並行世界では『桜』のためだと言って棄てた家に帰り、あの修練場に入る人だ。そのピュアさも親譲りなのだと思う。

 もし、ゾウケンを借りて来ていたら、アイツは何と言ったろう。いや、帰ってからこの話をしたら?

 おそらく何も言わないと思う。きっとゾウケンは、この先も小父さんと会おうとはしないだろう。偶然出会っても杖のふりをして押し黙ると思う。だって人間性を取り戻したゾウケンが今更何を言えるのか。

 ゾウケンも桜の記憶の事を心配してくれている。ルヴィアの家にある魔術書や私が持ち込んだ魔術書を何度も何度も調べてくれていた。

 人は本当に一括では語れない。

 

 次回のロシア旅行は冬休みになる。あまり来たくない季節だけれど、学生の身分だと長期休暇は限られる。こればかりは仕方ない。

 だからそれまでにと念を押して、内容物の調査と訪問先のリストアップやスケジュール調整をお願いして私とルヴィアは自分達のホテルに戻った。

 そして明日、日本に帰る。エルヴァ達もスイスに帰るだろう。小さなエルヴァはクロエやイリヤに会うために、時々日本にやって来るだろう。だけどエルとエルヴァは来ないと思う。

 だからホテルに戻ると小さなエルヴァの部屋を訪れた。『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』だ。ドアを開けて迎えてくれたのはモードレッドだった。

 

「おぅ、どうした?」

「お酒臭~ぁ。観光と言ってたのに呑んでたの?」

「一応、あちこち観て来たんだぜ? けど、まぁそんなもんかなって。それで皆んな自然と酒場に足が向いたつうか……」

「まぁ、それはともかく、エルヴァは居まして?」

「おぅ、居るぜ。入んなよ」

 

 それで何かの書類を見ていたエルヴァに、私とルヴィアは正直な気持ちを伝えた。

 

「ああ……。日本のお姉様と同じく、こちらのお姉様にも友情を感じて下さっているのですね。ありがとうございます……。そうですね。日本に行くときは、お姉様方に同伴して頂けるようお願いしてみます」

「うん、よろしくね」

「お願い致しますわ」

 

 その後、私達はエルヴァ達の部屋を訪れた。小さなエルヴァに頼んだような要らぬ事は言わない(変なところで頑なになられても困るから。そういうタイプじゃないだろうけど)。

 ただ単に、これで暫くお別れだとわかっているから話しがしたかっただけだ。

 

 コンコン。

 

『は~い、どなた?』

「私。凛とルヴィアよ」

『今、開けます』

 

 カチャリとドアが開いてエルが迎えてくれた。上はTシャツ1枚で、下はホットパンツだけれど前のボタンが止まっておらず、ファスナーも開いていた。パンツ、見えてるぞ?

 そして奥のベッドで胡座をかいているエルヴァは上のロングTシャツで隠れているが、多分下はパンイチだ。寛いでんなぁ。

 エルヴァにしては少々弛過ぎる気もするが、ルヴィアも自室ではこうだから、エルの事も含めて欧州人はこういうものなのかも。

 

「何だか女子会みたいね?」

「まぁ、私と彼女はこんなものですよ」

 

 エルヴァが少し笑いながら言う。その手にはメモとペンだ。

 

「何を話されていたんですの?」

 

 メモに気付いたルヴィアが訊いた。

 

「最初はクルマの話だったのが、流体力学の境界層剥離になって」

「そうそう。乱流境界層に話が変わって、そこから空気の粘性と荷電だっけ?」

「うん。それが最後はマナの粘性になったんだよね」

 

 私とルヴィアは顔を見合わせた。マナの粘性って何だ?

 

「何ですの、それは?」

「量子学か物理学か、或いはオカルトなのか。まだ謎の多い分野の話ですよ。原子核の周りを電子が回っているでしょう?つまりこの世のありとあらゆるモノが何らかの運動で荷電する訳です。それがクルマやバイクでのある速度域以上に於いては、サスペンションなどの細かな蠕動やタイヤと地面の摩擦が電荷を生じさせ帯電し空気を纏わり付かせます。それが流体力学に於ける投影面積とは別の空気抵抗となり得るのですね。そしてそれと似たような法則で、空気中のマナがある運動を行って帯電したモノに纏わり付き運動性能を落とす場合があるのです。そこでマナをある方向に流してやれば性能が元に戻ります。これは人体にも当て嵌りますので、そういうデザインの御札を貼ったりして施術をする呪い師やシャーマンも昔は居たんですよ」

 

 その御札とは槍型や二等辺三角形、或いは野球のホームベースみたいな盾形だという。その尖った部分から荷電したマナを逃すのだという。こんなの知らない。実際魔術師でも知らない人が多いらしい。

 だけど近年は民間人でもこれに気付いている人が居るらしい。だけどエルとエルヴァはこの空気の荷電とマナの荷電を一般人は混同するだろうから神秘の漏洩にはならないだろうと話してくれた。

 何よりその空気の荷電に於ける抵抗はまず誰も体感できないレベルだという。だけど千台以上トラックなどを運用していて、乱流境界層の事も知った上で対策を取っていれば(なんとかジェネレーターがどうとか言っていた)、年間の燃料消費量やタイヤの交換本数で明確にわかるそうだ(前面投影面積の大きな箱型のクルマだと効果が高いとも)。

 あちらの世界のお祖父様がこういうのにお詳しく、そのお祖父様のお言葉では、経験上からタイヤハウスやサスペンションに放電用のアルミ板(放電目的なので角が多いほど良いらしい)を貼ったりする人が70年代から居たそうだ。

 だけどどこから放電させる(どこにアルミ板を貼る)のか、そのノウハウがかなり難しく、ほとんどの人が体感できないのだそうだ。

 エルヴァが言うには、レース用は外装が既にアルミ製の場合が多いかららしい。またお祖父様の青いポ◯シェは塗料が通電性でおまけに表面に微妙なヘアラインが入っているという。こちらは流体力学の話でゴルフボールがボコボコしているのと同じ理屈なのだとか。

 だけどその空気が纏わり付く静電気を放電させるため、タイヤハウス内や外装の裏側にはギザギザのアルミ箔が貼ってあるという。

 そしてマナの方の荷電は魔術師なら絶対にわかるし、魔術回路を持たずともわかる一般人は多いだろうとの事だった。だから当然のごとくお祖父様も実践されていて、そちらの対策もバッチリだという。

 

「ですが、マナが荷電なんて……あり得ませんわ」

「大気中のマナですよ? 周りは窒素や酸素に炭素ですよ?」

「ああ、周囲の気体が?」

「そういう事です。英霊召喚をすれば、召喚陣にかざした方の腕が帯電してピリピリと静電気が発生しますから。要は魔術回路で練った魔力を陣に流している時に帯電するんですね。ですから、大気中のマナが自分に集まるかのような錯覚を起こしますよ」

 

 へぇ~って思うけれど、それが下着でやる女子トークなの? 二人はどこまで行ってもエルヴァだった。私とルヴィアは日本に帰ったら、これも研究してみようと思った。

 

 そしてエルヴァはすっと立ち上がり、エルとともに私とルヴィアを交互にハグしてくれた。

 

「元気で過ごして下さいね。また逢いましょう」

 

 なんだ……。全部お見通しか……勝てないなぁ。

 聞けば二人は衛宮君とも、もう挨拶を交わし終えたそうだ。そこで私達の部屋も訪れてくれていたらしい。また、衛宮君もケイローンさんとの挨拶を終え、今後の修練方法などをメモに録ってあるという。

 参った、皆んなやる事はやっていたのだ。

 

 翌日、私達はホテルをチェックアウトし、空港でそれぞれの搭乗口へと別れた。ナタリアさんと雁夜小父さんは残り、バゼットさんは次の仕事がある北米に向かった。

 私とルヴィアにハサン。それに衛宮君とアーチャー。そして偶然同じ便でランサーとランスロットさんは日本へ帰る。スイスへは小さなエルヴァにモードレッド。そしてエルヴァにエルに衛宮さんと凛さん、ケイローンとヘラクレス(座れないので彼だけ霊体化している)だ。

 今回の旅も充実していた。離陸する時に窓から見えたモスクワの街……。次に訪れる時はきっと真っ白になっているだろう。




次回は日本に残っていたエルヴァの話です。
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