※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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109、新学期

 ケイローンがルーマニアに帰って1週間が経った。

 

「モードレッド?」

「おう、何だ?」

「新学期が始まる前に寮の部屋を移動しないとダメなんです。手伝って頂けますか?」

 

 学校の決まり事なんてのは良くわからないが、9月になるとエルヴァは6年生になる。それでこの6年生からは、それまでのガキばっかりの寮とは別の寮に引っ越すらしい。

 部屋が少し広くなるところは良いが、そこではエルヴァが1番下っ端になる。どこもかしこも周りは目上ばかりになるんだとか。舐められないようにして欲しい。

 と言うのは、そうだな……キャメロットで例えるとわかると思う。そこらで雑魚寝していた下級騎士から、暖炉のある食堂で眠れる中級騎士に昇進したようなものだと思うんだ。

 けどよ、中級に入ったばかりの奴は、暖炉前に陣取る古参から蹴飛ばされて廊下に近いトコで眠るしかねぇ。つまり、下級の頃と変わらず、真冬は震えて眠んなきゃならない。

 なのに平素にやる仕事や役目が増え、それなりの責任も生まれる。おまけに目を瞠って周りを観とかないと、古参の失敗を擦り付けられたりする。

 これでキャメロットを去った奴も多いんだ。残念な事にな。オレが父上に不満を懐いたのは、こういうのを何度も見て来たからだ。

 ただ、昔と現代に違うところがあるとすれば、現代というか学校ってトコは金が思いっ切りモノを言う点だろう。だからエルヴァは途中から下級に入ったにも関わらず、当初から個室持ちだったそうだ。

 

「マスター、下級の頃から部屋持ちだと、キャメロットなら生意気だつってぶん殴られてるぞ?」

「でも、モードレッドなら実力で認めさせるでしょう? 私も成績が良いんですよ。頭とお金と後ろ盾。騎士はそこにプラス腕ですか。あまりそういうのは変わっていない気がします」

「なるほどな」

「ま、学校は軍ではありません。ですので、そういうパワーゲームが平和な場所にも、多かれ少なかれあるのだと気付かない人が多いですが、私は違いますよ」

「そっか。そこがわかってんなら安心だ」

 

 それを聞いてホッとした。クルマはオレが操縦している。

 

「フフフ……だからこの『鈍くて遅いクルマ』なんですよ?」

「どういう意味だ?」

「これってキンキラキンに飾り付けた4頭立ての馬車と同じなんです」

「このかったるいのが?」

「はい。ですが5513ccのV型12気筒ツインターボもモードレッドには鈍重ですか?」

「アクセルを踏んでりゃ走るってのもつまんねぇし、このパネルのピカピカした木は良いとしても、何で後ろのマアエモの前にあるテーブルは大理石なんだ? 重いだろうに」

 

 オレの横にエルヴァ、後ろで寛いでいるのがマアエモだ。ヘラクレスのオッサンは霊体化している。デカすぎて乗れないんだ。

 

「そう腐さないで下さい。この白いマイバッハ57はお祖父様のでなく、私のなんですから。内装も全部、私がオーダーしたんですよ?」

 

 ルームミラーに写ったマアエモが苦笑していた。先に言えよ!

 

「ど、道理でな。高級感があるし、センス良いなって思ったんだ。し、白い革ってのも良いよな?」

 

 とうとう声をあげて笑いやがった。こんなの汚れが目立つだろうと乗る前に言ってしまった自分が憎い。

 

「ええ。で、これが私の騎士としての馬なんです。要はハッタリです。普段はママのシビックやアコードの横で良いですが、学校みたいな騎士ばかりが集まるところはね」

「本日は部屋替えの生徒を手伝うために、保護者やお付きの人が多いからですよ」

 

 ホント、先に言ってくれよ!

 けど、物知らずなオレでも、『ハッタリ用』と聞いてピンと来た。つまりこのクルマは他の奴らを黙らせるだけのモノだったんだ。さすがだぜ、エルヴァ。

 

「お前ぇも、一人前に見えない闘いをやっていたんだな?」

「まぁそうです。昔のお城でもありましたか?」

「あるぜ。エルヴァが言ったろう? 後ろ盾って。どこの王の息子だ、どこの貴族の息子だ、こういうのでスタート地点が変わるからな。ま、そんな貴族や王にもそれぞれ苦労があって、その地位にまで行ったんだけどな」

「ね? ですから苦労なさっている人ほど、無駄に偉そうにしません。使用人にもきちんと挨拶をされますよね」

「そうだよな」

 

 良かった、気を悪くしていないようだ。へそを曲げられると、後でエルとエルヴァに睨まれるからな。そのエルとエルヴァは、この引越に来ていない。留守番つうか、家庭教師から勉強を見てもらっているからだ。

 

『お祖父様の事だから、ソクラテスやプラトンにアリストテレスを召喚すると思っていたのに』

 

 そんなの思うな。マスターと一緒に大爆笑したぜ。

 けど、エルの言葉だったんだが、あいつはイスカンダルのファンらしい事がわかった。だからアリストテレスから学びたかったってのも半分は本気だったようだ。

 で、マスターじゃない方のエルヴァは、日本に残した父上を惜しんで、一時落ち込んでいた。そりゃそうだろ。あっちのエルヴァと父上は仲が良かったからな。

 それにあのエルヴァと接しているせいか、『エル』の父上より話しやすいトコがある。けどよ、また会えるじゃん。そう言って慰めたら、結構いい顔で笑ってくれた。

 

 ああ、オレもバカじゃねぇ。わかっているさ。二度も『家族』と別れる羽目になったんだからな。けど、誰もがそういうのは経験している。だから同情はしない。

 ま、当然と言いやぁ当然だが、日本のエルヴァも良い奴だがコイツも良い奴だ。ともにマスターを支える仲間であり、ダチでもある。だからな? 慰めるくらいはするさ。

 それと……これ以上父上を喚んでくれるなって本音も少しあったのは内緒だ。『エル』の父上やエルヴァの父上が特別なんだ。

 オレと同じ猪突猛進で短絡的なのが本来の父上だ。もし、そういう父上が来たら全部おじゃんだ。真っ先にオレに斬り掛かるのは目に見えている。そうなるとマスターもエルヴァも魔術で父上を倒すだろう。

 オレの気持ちはともかく、それはマスターとエルヴァが辛い。だからエルヴァが『アーサー王』を喚ぶ事はないと思っている。でもな、万一って事はあるからな。

 

 

 

『モードレッド、気を抜くな』

「おう」

 

 霊体化したオッサンだ。あの狙撃の話を聞いて、オレとオッサンは次があると思った。それはエルもエルヴァも同じで、こういう行き先の決まった道ほど危ないと注意も受けていた。

 と同時にエルとエルヴァは『千年錠の死徒』からの接触がどこかであるだろうとも話していた。死徒と言っても敵対者じゃないらしい。

 霊脈の件で、どうやら借りがあるらしいので、万一接触した場合は相手の希望を訊いておいてくれと頼まれていた。

 けど、こんなところで遭うか? 周りは長閑な牧草地で、牛や山羊がのんびり歩いている。典型的なスイスの田舎風景だ。

 だけど横に座るマスターのエルヴァは、その話を信じていた。別に今日とは限らないし、場所がスイスとも限らない。それでも近日中に遭うだろうと。

 

 学校の門を潜ると、あちこちにデカいセダンが並んでいた。

 

「ね? 白いマイバッハなんて私しか居ないでしょう?」

 

 本当だ。ほとんどが黒か銀のベンツェだ。それも祖父さんのより短く小さい。お、あれも祖父さんのガレージで見たな。何だっけ?

 

「あれは? あれも白いな?」

「E66の745Liですね。お嬢様のお友達ですよ。お揃いで白にされたのです」

 

 後でオレがどんだけズレているかをエルヴァに教えられた。普通、11歳の子供は自分専用のクルマなんて持っていないと。例え運転手が雇えるほどの金持ちでも、子供が自分でクルマを持つ事はないって。

 オレ達、騎士の時代なら自分の馬を持つ子供は何人か居たけどなぁ。あぁ、でもそいつ等は領主の子供だった。

 

「お、あの赤いのも祖父さんのと同じだな?」

「ええ、ファントムVIIですね。以前は赤いパークウォードでしたが、昨年からあちらに買い換えられたようです」

「へぇ~」

「さぁ、お嬢様がお待ちです。モードレッドさん、さっさと片付けましょう」

「おう」

 

 それでクルマのトランクからキャリアーなどを取り出し、受付に挨拶してから寮に入った。この受付は門の受付とはまた別だ。何重にもチェックがあるところは、噂に聞いたガリアの城みたいだ。ある意味安心だな。

 家具などは部屋に備え付けなので、持って帰るもの、移動するものとで分けて箱に入れキャリアーに積んでいくだけだ。それにエルヴァがマメな奴だけに、部屋も綺麗だから簡単な掃除で済むだろう。

 案の定、全部終えたら1時間も掛からなかった。ドレスやトレーナー、部屋着にパジャマといった衣類も、新しいのやクリニーング済みなのを、マアエモがクローゼットにしまっていった。

 どうやって持って来たんだって? 魔術だよ。小さなカバンに、フェンシングや乗馬の道具も全部入っていたんだぜ。便利なもんだ。

 そんなこんなでやる事はやった。なのでそろそろ帰るかって時にエルヴァがオレに抱き着いた。

 

「どした?」

「モードレッドも一緒の部屋なら良いのに……」

「マスター……」

 

 この夏、ずっと一緒だったもんなぁ。オレと離れていたのも、あの家族旅行だけだ。オレはちょっぴり受肉した事を後悔した。

 

「けどな、エルヴァ? わかってんだろ? それを乗り越えなきゃいけないって。姉ちゃんのクロエを思い出せよ。あいつは誰にも知られず、10年以上もイリヤの中で我慢してたんだ。スゲェよな?」

 

 それでマスターはぎゅっと腕に力を入れた後、離れて笑顔を見せてくれた。その笑顔はエルヴァと同じだった。こいつも苦労してんのは知ってる。8歳頃まで何度も調整槽に入れられて。

 暗い工房の中で漂いながらジッと我慢していた。それは登城するまでのオレと同じだった。外の世界を空想して、そこで理想の国や理想の父上を思い浮かべて……。

 押し付けていたのはオレだった。そんなのがウマくいく筈がない。あの拒絶は、そんなオレの本性を感じ取っていたからかも。

 だけどエルヴァは賢い。自分の理想を相手に押し付けず……いや、そんなバカげたレベルのもっともっと前。学校で溶け込んで、仲良くなる方法ばっかり考えていたそうだ。

 

『だって、相手を知って仲良くならないと、本当のその人は見えて来ません。それが社会ですよ』

 

 10歳のマスターにこんな事を言われて倫敦に行った。そこからだ。オレの第二の人生が始まったのは。

 

 

 フロントガラスの前でパチュンと音がした。同時にオッサンの気配が消えた。数百m先の小高いところで人らしき影が50mくらい空を飛んだ。

 エルヴァに跳ばされたオッサンが狙撃手を投げたんだろう。足から墜ちて両足を骨折するのか、頭を打って死ぬのかそれは知らねぇ。けど誰も救けない。あそこであのまま放置だ。オッサンの気配が戻った。

 これには理由がある。エルヴァにしてみればそんな『雑魚』なんてどうでもいいからだ。国や組織といった背後も関係ない。襲ってきたから対処した。そして『食えない魚』だから棄ててきた。それだけだ。

 今後も報復や相手の特定などはしないそうだ。襲って来るなら排除はするが、それ以外は徹底的な無視を決め込む。一番ムカつく方法だ。

 

「敵が増えるぞ?」

「お祖父様の電話1本で、これを命じた者の仕事が消えます。それまでの地位や収入も消えます。どこに行っても仕事はありませんし、家族や友人からも見放されます。個人の思惑が通用するほどお祖父様は甘くないです」

 

 食えなきゃ生きていけない。軍上がりでサヴァイバル技術があっても、現代人の……おそらくは欲に溺れた老人が、山の中や孤島で何年も暮らすのは難しいだろう。腹を空かして死ぬか、誰かを襲って食料を奪うしかない。けれど返り討ちだ。

 オレにしたって生前に拐われて、南米辺りに棄てられたらどうなったかわからない。言葉も通じななけりゃ、食った事もないものばかり。毒のある草やきのこを食って死ぬ可能性の方が高い。

 個人は組織に弱く、人は環境や自然に弱い。友好的な奴も居るだろう。だけど、いつまで経っても言葉が通じず、その地元のルールに従わない奴は見捨てられる。一騎当千の英雄でもこういうのが一番参ると思う。

 そしてそれをやって来るのがアインツベルンだった。5年後か10年後か、新しい生活に馴れた頃に誘拐する。言語能力を奪い見知らぬ国へ放逐だ。あの『エル』も同じような事をするらしいから堪んねぇ。

 

 日本に居る父上が教えてくれた為政者や権力者にとっての『一番の恐怖』は、『暗殺』ではなく『誘拐と放逐』だった。あの宝具に取り込まれ、或いは空間転移で、どことも知れないところで棄てられる……。

 言っておく。『エル』のあの宝具を作ったのは祖父さんだ。そしてマスターも杖があれば使えるし、簡易的なものならマアエモも使えるのだ。

 これでも魔法じゃない。魔術なんだそうだ。ホント、堪んねぇ。

 

 

 家に戻るとエルとエルヴァがクルマで遊んでいた。

 

「おい、勉強は?」

「終わりました。それでこれを借りて」

「何だ、それ?」

 

 屋根がなく、タイヤが外に出た、二人乗りの妙に低いクルマだ。速そうって気はしないが、古そうって気はする。

 

「スーパーセブンですよ。多分フレームはケ◯ターハムかウェ◯トフィールドだと思います。エンジンが面白いですね。シエラRSコスワースのターボですよ」

「オランダのドンカ◯ブートにインスパイアされたのかな? アウ◯ィの1.8が載る前の90年代に、コスワースが選べたそうだから。それがシエラと同じエンジンかどうかは知らないけどね」

「ん~、あれはフィエスタのXR2に積まれたケント・エンジンの発展型じゃなかったっけ?」

「そうなの? でもケ◯ターハムならブラックバード、ウェ◯トフィールドならハヤブサのエンジンがあったよね?」

「それは多分ここには置いていないでしょう。コレクション用に避けていると思いますよ?」

「ああ、そうか。そうなるね、お祖父様なら」

 

 注)フォード・フィエスタXR2。欧州フォードのフィエスタにあったホット・バージョン。勿論ハッチバックで欧州のサニーやカローラのような存在だった。前期(第1シリーズ。フィエスタ'76)のXR2は、中古でもそこそこの値が付いている。フェイスリフトされた後期(第2シリーズ。フィエスタ'84)も人気があるが、日本人の目からだとファミリアに似ていると思うかも知れない。後のマ◯ダ121の第3世代は、マ◯ダの外装を纏ったケルン生まれのフィエスタ'96だ。

 

 

 コイツらが何を言ってんのかわかんねぇ。二人はエルヴァとマアエモに挨拶すると出て行った。蛇行しながらけたたましい音を残して。パワーがあり過ぎて真っ直ぐ走らねぇみたいだ。

 

「お祖父様はお二人が可愛くてしかたないんですね」

「そりゃ、お前もだろ?」

「ですけど、今の私はまだ自分で操縦できませんから」

「それも順番だ。今は我慢だぜ?」

「ですね。それはそうと、モードレッドもあれを試してみて下さい」

「お、良いのか?」

「どうぞ」

 

 それで戻ったところで交代して貰った。以前のように、年長のエルヴァが横でレクチャーしてくれる。が、危うく二人して死ぬトコだった。クルマは壊さなかったが、じゃじゃ馬過ぎるだろ! 祖父さん、ホントああいうのが好きだな。

 

 

「おう、戻っとったか。ご苦労じゃった」

「祖父さん」

「お祖父様」

 

 祖父さん、今日は休みだったのか? オレンジ色のこれまた古臭そうなクルマで現れたぞ?

 

「面白いのを出してやったぞ」

 

 オレ達は顔を見合わせた。そしてエルがこんな事を言った。

 

「あれは止めておいた方がいいです」

「何でだ?」

「ナンバーが付いていないでしょう? 敷地内しか走れないモンスターですよ」

 

 マスターのエルヴァは知らなかったみたいで、隣のエルヴァに尋ねていた。

 

「お姉様はご存知なのですか?」

「ええ」

 

 エルヴァが言うには、この家にあるクルマはどれもこれも普段使いで、事故を起こさない限り何に乗っても叱られないだろうとの事だった。

 

「けど、高級なのもあるだろう?」

「本当に希少なモノやコレクション、それと投資目的のクルマはバーゼルのビルで厳重に保管しています。基本ここにあるものはポル◯ェでない限り、フェ◯ーリであろうと、アストンマ◯チンであろうと一声掛ければ大丈夫です。ですが、あのワーゲン(タイプ1)だけは止めた方が良いです」

「理由は?」

「幾らアレが足回りが改善された最終型の1302Sであろうと、今から30年も前のクルマに400ps以上は出ていそうなレガシィのEJ25ターボエンジンは無茶です。少し難しい事を話しますが、トーはそのままならキャンバーもそのままです。乗るなら一人で乗って下さい」

「エンジンを載せ替えてんのか?」

「ええ、それも2500ccのターボに。おまけにこれも軽いし、タイヤが細いですから。リアがブレイクとかフロントが流れるとかの話でなく、前にしか進まないし、その前も真っ直ぐではありません」

 

 ホントだ。これ、曲がらねぇだろうなぁ。

 

「お姉様、お祖父様はこのクルマがお嫌いなんじゃ……?」

「あれ? エルヴァちゃん、それは勘違いですよ。説明しますと、ヒトラーが当時のドイツ国民(国民/人民:フォルクス)のためにとデザインしたものを、ポルシェ博士が実現したクルマ(ワーゲン)の戦後版がこれです。お嫌いなのはヒトラーが他国を侵略したり多民族を虐げたからであって、アウトバーンとクルマの事はお認めになられています。ですのでタイプ1や3もお持ちですよ。ですが今となっては性能も低いですし、安全面にも問題があります。ですのであまり好きではないと仰ったのではありませんか?」

「あ、そうです。嫌いという言葉は使っていませんでした。好きではない、ですね」

「でしょう?」

 

 祖父さんがポル◯ェ好きなのは、その博士を尊敬しているからだった。何人か尊敬する偉人がいるらしいが、その内の一人って訳だ。

 

 注)フォルクス……国民や人民と言うより大衆というニュアンスが近い。スは複数形。

 ワーゲン……単にクルマだとオートとなる。だけど『~用の』というニュアンスを求めるならワーゲンとなる。

 

「悪い事は言いませんから、ガレージに行けば同じセブンでも、もっとおとなしいエンジンを積んだのがありますから、そちらで試す方が無難です。そもそも屋根もなければドアもない、パワステもなければブレーキのマスターバックもない。遊びがないので操作はピンポイント。こんな旧態依然のクルマを上手く走らせようと思えば相当テクが必要ですよ。おとなしいエンジンで挙動を掴みつつ、徐々に馴らすしかありません。できればMX-5(マ◯ダ・ロードスター)やアルファ(アルファ◯メオ)のスパイダーで、リアの感覚をもっと掴んで欲しいところです。まぁ、おそらく今の状態でMR-Sに乗ったとしても、許容範囲の広さに驚いて天上の乗り物に感じる事でしょう。それくらい差があります」

 

 だろうなぁ。たった1ミリ、アクセルを踏み過ぎただけでズルンだもんなぁ。祖父さんのポル◯ェより怖ぇ。つまりオレはエルヴァより遥かに下手だって事だ。

 これを覆すには、指先から足先までクルマを操る感覚を覚えるしか無ぇ。根性とか気合とか、そんなのが通じない。性に合わないが、悍馬を乗りこなすなら、それ相応の付き合い方がある。焦っちゃダメなんだ。

 

 一頻り(ひとしきり)遊んだ後は、いつものようにクルマを門の近くまで走らせる。ちょいと脇道に入るとそこにはスタンドと整備場があるんだ。

 一般の客からは見えない位置だけど、地下タンクへの給油口は門の並びで、少し離れたところにある。また整備場には専属のメカニックが二人働いていた。

 この二人に預けちまえば、クルマはピカピカになって元のガレージに収まっているって寸法だ。エルが言うには、二人は並行世界でもメカニックで、魔術回路がある一族の末端だそうだ。

 代々魔術師でも、それを本業にして食って行けるかどうかは別らしい。闘いが無ければ騎士も無駄飯食いだ。反論はあるだろうが、それを言えるのは土木をやってたランスロットや、王の補助であれこれチェックしていたアグラヴェイン、それと厨房を仕切っていたケイ卿とか、役職持ちの円卓に限られる。

 メカニックって言ってみれば昔の馬丁(厩務員)だ。それをこんな風に一族の中から拾い上げる。祖父さんのやり方はいつもそうらしい。

 

「館の裏手をもっと進めばミニ・サーキットがあります。そこの整備員も、もっと奥にある馬場の厩務員も、庭師も執事も、皆んな一族の人ですよ」

「見捨てないんだな?」

「ええ。回路が失くなって魔術師でいられなくなっても、お祖父様は見捨てません」

 

 エルの言葉にマスターが紅潮している。わかるぜ。誇らしいんだ。そんなマスターの顔色が変わった。

 

「来ましたね」

 

 エルの呟きに返すオレ。

 

「ああ、直接乗り込んで来やがるのか?」

「ですから話し合いでしょう?」

 

 門の方角から見覚えのない青いクルマが走って来る。クラクションを鳴らされた。

 

「クソッ!」

「挨拶でしょうが。どうしてそう好戦的なの?」

 

 だけどよぉ。

 

「うっわ。あのブルーイリアッド。フェイズ2のクリオ・ルノー・スポールV6だ」

 

 3.0リッターでRS(ルノー・スポール)とかいうミッドシップだそうだ。

 ちらりと見えたドライバーとパッセンジャーは、日本で会ったマルガリータだった。

 

「マルガリータ?」

「……の、姉妹ですね。霊脈の件での代理でしょう」

 

 館に戻ったオレ達は祖父さんを交えて、二人のマルガリータと会った。祖父さんが仕切ると思いきや、エルが話し始めた。声が妙に熱っぽい。

 

「単刀直入に尋ねます。あのV6はツインターボ?」

「何じゃ?」

「お二人のクルマが、フェイズ2のクリオRSV6でしたので。しかもパシュパシュと」

「ウエストゲートバルブか。む? 腰高なところを補うために補機類などで少しでも重心を下げようと?」

 

 マルガリータ似の片方が頷いた。

 

「はい。ですがしょせんはMRなのでじゃじゃ馬ですね」

「いやいや、飼い馴らしてなんぼじゃ。で、霊脈の何パーセントを? どこに繋げれば良い?」

 

 祖父さんは随分あっさりだった。

 

「祖父さん、相手の話もろくに聞かずにどうすんだ?」

「たった二人で魔術師の館に来たんじゃぞ? それも儂がクルマ好きなのを知って、ショート・ホイールベースのじゃじゃ馬にターボを付けて」

「青にしたのも、青がアインツベルンの色だからですよ」

 

 ん?

 

「あ! あれが手土産って事か!?」

「サンク(5)・ターボ再びじゃな」

 

 それで霊脈のマナを5パーセントあちらに回す事で契約は締結した。繋ぎ替える座標は祖父さんだけが聞き、オレ達は締め出された。

 その後、一泊していった二人のマルガリータもどきを空港に送って一件落着だった。エルとエルヴァは、あの二人と随分仲良くなっていた。不思議だ。

 帰りしな、一緒に見送ったエルヴァに訊いた。

 

「こうなるのがわかっていたのか? だから敵じゃないって?」

「全部が全部はわかりませんよ? ですが、コーバック・アルカトラスは死徒となっても魔術師だと信じていました」

「どうして?」

「生物としてのあり方が変化しても、魔術師としての業はそう簡単に変わりませんよ。あなたがママと並んでエルヴァちゃんの養育係に任命されても、騎士である事を辞められないのと同じで」

 

 そこだ。受肉したオレは祖父さんからマスターの養育係に指名された。ある意味願ったり叶ったりだったのでホイホイと受けたが、そこは家門のある旧家だ。しきたりやら作法やら覚えなきゃイケない事もままあったんだ。

 マアエモみたいにアインツベルンのメイド服を着る事は免除されたが、その分やらなきゃイケない事も多々あった。給金は十分見合った額を貰えたが、ストレスはかなり溜まっていた。

 それがあっての日本旅行であり、マアエモ名義のクルマだった。そしてそんなオレの気持ちをエルもエルヴァもわかっていたんだな。

 実際、日本からルーマニア、ロシアと渡ってオレは晴れ晴れとしていた。だから横に座っているエルヴァに頼んだ。

 9月。寮に向かうマスターを見送るエルにエルヴァはマアエモと同じメイド服だった。そしてマスターを送っていくオレも。オレはエルヴァの養育係、モードレッド・フォン・アインツベルンだ。

 

 

 それで館に戻るとエルとエルヴァは、メイド長とその上に君臨する『大婆』と呼ばれる謎のメイドに喚び出されていた。マアエモが青い顔をしている。

 

「何かあったのか?」

「わかりません。突然喚び出されてしまって……」

 

 そんなヘマをするような二人じゃない。何よりあの二人は祖父さんも娘として待遇しているし、マスターも実の姉のように慕っている。だから謎だった。

 

「口の訊き方で小言を言われるオレだったらわかるが、あの二人だ。悪い予感はしないぜ?」

 

 やがて戻って来た二人はケーキとお茶のセットを抱えてきた。

 

「どうした? 何があった?」

「フフ……モードレッドの姿ですよ。私達が来てから、あなたがどんどん良い方向に変わったからと、褒めて頂きました」

「それで『エル様』の記憶にある、子供の頃のイタズラなんかを話して。メイド長や大婆を交えて、皆さんで大笑いして来たところです」

 

 エルやエルヴァは何とも思わないそうだが、『エル』は大婆とあまり仲が良くなかったらしい。とは言え、古株である大婆の体調などはとても気にしていたという。ツンデレってやつか?

 そして祖父さんがおとなしいマスターが心配だったように、大婆もメイド長もマスターには積極性が欠けるのではないかとヤキモキしていたそうだ。

 そこでオレが加わって、少し積極性が出て来た。けど、オレがこんなだから別方向の心配事も増えたみたいだ。ところが今のオレはアインルベルンのメイド服を着ている。

 これは養育係として頑張るぞって気持ちを表すためであって、毎日着るぞって意味じゃない。そこを大婆もわかった上で、やっとアインツベルンの一員になったかと嬉しかったそうだ。だからこのケーキとお茶らしい。

 

「せっかくです、頂きましょう」

 

 そう言ってエルヴァがお茶を淹れてくれた。

 

「あら。大婆様、奮発されましたね?」

「ママ、どうやら秘蔵品らしいですよ?」

「やっぱり」

 

 確かに。お茶もそうだが、ケーキもマジで美味かった。

 

「さぁ、このケーキ分、お掃除や調理の仕方を覚えないと?」

「そ、それは無理。……勘弁してくれ」

 

 エルとエルヴァは、マスターにとある礼装を渡していた。それがあるとマスターはオレを自分のもとに跳ばせる。だから以前より安心だった。

 そしてヘラクレスのオッサンは祖父さんの傍に付いている。こうするとマスターも安心だった。オレはキャメロットでは感じなかった『噛み合っている』という充実感を感じていた。

 

 

 

 学園が始まっても、すんなり授業とは行かなかった。始業式でもお姉様は壇上だったし、私達弓道部員も同じく壇上だったからだ。

 全国一には成れなかったけれど、女子の近的は例年通り全国大会に出場を果たしたし、県で敗退した男子も個人は全国に進み、衛宮先輩が3位になった。

 そして驚くべきは遠的だ。団体出場は女子だけだったが、お姉様方が全国2位、個人ではお姉様が1位になった。これに発奮したのか、遠的個人で出ていた衛宮先輩までが全国2位だった。

 惜しい。余りにも惜しかった。実力的には衛宮先輩が勝っていた。なのに最後の一射が的の縁に弾かれた。その記録映像を見た、今年の会場が遠いので応援に行けなかった大勢の部員は落胆した。

 だけどお姉様は、言葉の出ない美綴部長を助けてこう仰った。

 

『あれは失敗とは言えません。会場の空気に飲まれたミスでもありませんでした。衛宮君はあそこで自然と調和していました。おかしな話しですが、あそこで彼が外さなければ、調和がなかった。それは必然だったのです』

 

 矢渡しなんて行事のある弓道だから、これでピンと来た人は多かった。あの日は勝った人の日で、衛宮先輩の日では無かった。その運命に逆らうには、衛宮先輩は良い人過ぎた。だから自然の摂理に逆らえなかったのだ。

 外しにいったのではない。だけど、そうなるしかない運命。それは真剣に弓道を歩んだ者にしかわからない境地だった。

 

『成すがままに』『インシュアラー』『アイ・ブレス・ザ・レインズ・ダウン・イン・アフリカ』『メイ・ザ・フォース・ビー・ウィッズ・ユー』『アイ・ゲット・アップ・アイ・ゲット・ダウン』……世にはこれだけ、人のチカラでは及ばないものを言い表す言葉がある。

 衛宮先輩はそこにハマったのだ。そしてそれは決して非難されるものではない。

 

 

 

 この月のある休日、エルと私はルツェルンへ『yes』の何度目かの再結成ライブを見に行った。場所はステージに向かって右の前だったので、リック・ウェイクマンの機材が丸見えだった。

 相変わらず早い右手のパッセージ。その右腕をフリーにしたいから、いつも右肩上がりで弾いている。アンダーソンの声は歳を経ても変わらない。

 ここからだと遠いけれど、ハウのギターは溜めが多くなった。けれどサウンドは遅れていない。大満足でチューリッヒに帰ったのだった。

 戻ったら、お祖父様に第三リビングに喚ばれた。ここにはホ◯ダのMP4/4が置いてある。制作された6台の内のMP4/4-6だと仰るが、本当のところはわからない。

 そこにアンペッグのアンプだ。前にはリッケンバッカーのベースが立て掛けられ、ES-345と175Dにダン・エレクトロの、エレクトリック・シタールも用意されてあった。

 その奥にはオールドのツイン・リバーヴがあって、正面から右にはハモンドやメロトロン、ミニ・ムーグなどが並べてあった。丸っきり70年代の『yes』だ。

 

「お祖父様?」

「見ただけでわかるんじゃから、それなりに弾けるんじゃろう? やってみんか?」

 

 それで私達はママも交えて『Roundabout』と『Close To The Edge』を演奏した。ドラムがママで、ギターはお祖父様。ボーカル兼ベースが私で、キーボードとコーラスがエルだ。

 私もハウはフルコピしているが、ウェイクマンを完コピしているエルに驚かされる。お祖父様にやってみいと言われた、80年代後半の一番早いソロを見事に再現してみせた。

 勿論、ローランドのD-50だ。音色はパン・フルート。キーにマグネット・コーティングでもしてあるのかという正確無比な速さだった。はっきり言おう。本物の神速とはこれだ。この音符の羅列が剣や槍なら、100パーセント躱せない。

 全盛期のウェイクマンのソロの完コピ。私だと腕の筋が熱を持って動かなくなる。それくらい人の限界を越えた演奏。これをして神域と言わずして何と言う?

 私としてはエマーソンの『石をとれ』のピアノや『展覧会の絵』のシンセが好きだけど、ウェイクマンもやっぱり良い。さすがは『アーサー王と円卓の騎士たち』を作った人だ。

 だけどシンセをエフェクトでなく、ソロも弾けるキーボードとして世に知らしめたのはエマーソンだと思う。それは『タルカス』や『悪の教典#9』が証明している。

 90年代末期の『バーバ・ヤーガ』や『キエフの大門』が入るライブの『タルカス』は何度か観ているが、やっぱり良い。メンバーのまったり感がなんとも言えない。

 はぁ……『アクアタルカス』なら、エルに負けない自信があるのになぁ。

 

「これ、知っとるか?」

 

 そう仰って歌いだされたのは、ボズ・スキャッグスの『We're All Alone』だった。懐かしのAORだよ。私はあちらのお祖父様に薦められてルパート・ホルムズの『Partners in Crime』や、クリストファー・クロスの『Christopher Cross』を買った。

 このクリストファー・クロスが主題歌を歌った、映画『Arthur』のテーマ(ニューヨーク・シティ・セレナーデ)は『エル』がよくお風呂で歌っていた。勿論、姉であるアルトリアに聞かせるためだ。

 英語教師を目指していた姉は『月と現実の狭間に囚われる』という歌詞に随分と感じ入っていた。きっとあれがプロポーズを受けた原因だと思うのは私の考えすぎだろうか?

 この他、ボズ・スキャッグスなら、この『We're All Alone』が入った『Silk Degrees』、続く『Down Two Then Left』に『Middle Man』などを持っていた。お気に入りは『Middle Man』の『Simone』だ。

 

「勿論ですよ。直接は知りませんが、日本ではクルマのCMに使われていたそうです」

「『You Can Have Me Anytime』とか『Look What You've Done to Me』とかもな」

「へ?」

 

 さすがはレグノのCMに、赤と黒のデイトナを貸したというだけはある。本当にディープだ。だけど声質が合わないので、ピアノの前に座り『Phil Collins』の『Against All Odds』を弾き語りで演った。

 

「おお、黒チビ(本当にこう仰った)。上手いな。この方が合う」

 

 その後、エルとともに『Roberta Flack』の『Killing Me Softly with His Song』や、『Carole King』の『It's Too Late』に『You've Got A Friend』を歌った。

 するとエルがピアノを代わって、一人で『Charlene』の『I've Never Been to Me(愛はかげろうのように)』を歌った。上手かった。選曲もシブいけれど歌声が良い。お祖父様もべた褒めだった。そうしてその日の夜は更けた。

 

 

 

 始業式の翌日、朝練前に美綴部長が1年生へ発破を掛けた。秋の新人戦に向けての心構えなどだ。大きな大会は終わったけれど、この夏に芽が出た1年生はここからが勝負だ。

 

「ここで伸ばしたい、自分もレギュラーになってインターハイに出たいという志のある者は、この8月末から9月中旬までがチャンスだと思ってくれ。引退の近い3年生の先輩方からの、有り難い申し出だ。試験や最終進路相談が始まるまでの間、皆んなをみてくれるという。例年にない事だぞ? 各自、そこを肝に銘じて指導を請うように」

 

 そこで私の前に並んだのは、いつもの清水結菜、小島夕佳、麻上美衣子の三名に、迫水澪と袴田琴音を加えての五名。この五人は恒例だから良いのだが、他にも数名の女子がいて全部で十人は居た。

 さすがにこれは偏り過ぎだろうと見てみれば、男子までが並んでいた。

 パッと目に入ったのは田上クン。試験場で出逢った子だ。下の名前は記憶にない。けれど梅昆布が頭に浮かぶ。どうしてだろう?

 その後ろにも1~2名の男子が。他の3年生を見やれば、『最後なんだから見てやって』と顔に描いてあった。美綴部長も衛宮副部長も顔の前で手を合わせていた。仕方ないなぁ。

 一人ひとりだと時間が過ぎるばかりなので、数名ずつみていった。最初は清水さん、小島さん、麻上さんの三名。本当に上手になった。

 特に危なっかしかった小島さんが伸びている。清水さんも的付けが良くなった。麻上さんは下半身が安定してきた。自主練をちゃんとしているようだ。

 この子が弓道をやっている事を秘密にしていた理由は、お祖母様に口止めされていたからだった。やっと聞き出せた私は、麻上さんに内緒でお祖母様に会いに行った。すると……。

 

『美衣子は幼い頃から運動の苦手な子でしてね。これではいけないと私が弓道を指導致しました。ですが、ご指摘の通り今までのツケが下半身に出ています。ですが、どこの子も身内の言葉は聞きません。そこで身近な先輩からご指導を頂けたのならと期待しておりましたのよ』

 

 それで私から自転車やウォーキングの話を聞き、彼女なりに考え、この夏は毎日夕方5kmの散歩と、1週間に一度の割合で自転車で走っていたそうだ。今は10kmから20kmは走っているという。

 どうもこの辺りにエルマが絡んでいるらしいが、何かあったのだろう。またエルマはここに並んでいない。それはエルマの目指す射が私の射と異なってきたからだ。

 エルマは清水さん、小島さん、麻上さん達三人組や、次にみてあげる迫水さんと袴田さんと仲が良い。ある意味、弓道に関しては親友の桜ちゃん以上に話しているかも知れない。

 また物怖じしない性格なので、今も薫から指導を受けている。そういうところから自分の射が見えてきたのだと思う。

 この2学期から放課後の練習も始まる。そこでは中等部生も一緒だから使える射場が限られる。その意味でも9月いっぱいの朝練の時間は貴重なのだった。

 

 

 それは8月の終わりだった。放課後弓道場に向かうと、見学者が大勢集まっていた。私は薫に尋ねた。

 

「何事でしょう?」

「それ、本気で言ってるのか?」

「へ?」

「へ、じゃない。テレビの取材だろうが?」

「え~、マネージャーから聞いていません」

「お前のマネージャーって誰だよ?」

「私です」

 

 えっと声の方に振り向けば、制服姿のトロンメルだった。夏休み中最後の編入試験に受かり、2学期から1年E組に編入した。

 

「エルマ……じゃないな?」

「そのエルマの妹、つまり私の妹です。この子達、三つ子でしてね。この子はトロンメル。一番下の子です」

「真ん中は?」

「ドイツに残りました。お見知りおきを遠峰薫先輩」

「おお。けど、マネージャーは冗談だろ?」

「はい。個人のマネージャーはありませんが、弓道部のマネージャーは私です」

 

 え?っとなった私は、思わず薫と顔を見合わせた。

 

「あなた、陸上部は?」

「席は置きます。長距離なんて走法が固まれば皆んなで走る意味がありませんから。エルマと5km。その後に一人で5km走っています。それで十分ですよ」

「ま、まぁ、それを陸上部が認めてくれるのなら……」

「現部長も顧問の先生も認めて下さいました」

 

 黒豹を脅したな? けれど先生までが?

 

「じゃ、弓道部では弓を引かないのか?」

「いえ、ご指導頂けるなら喜んで引かせて頂きます」

「おお、良い新人が入ったな?」

 

 だけど私は懐疑的だった。この子は『走る人』だ。多分だけれど、エルマや桜ちゃんから聞かされ興味半分で入ったと見た。ただ、掃除などは億劫がらずにきちんとする子なので、エルマもわかっていて誘ったのだろう。

 そしてその真意は、異なる運動から体幹などを見直したいとでも考えたからだろう。この子はあちらで小さいながらビジネスを展開していたという。きっとそこや『エル』との事に絡む心理面からタイムが頭打ちだったのだと思う。

 

「現状を打破したいから弓道部を利用しようと?」

「やる限りは真剣にやります」

「わかりました」

「キツイな、お前? 妹だろう?」

「この子は『走る人』です。『走る事を諦めた』私だからわかるというか」

「そうなのか?」

 

 ともかく私達は道場へ行き更衣室に入った。私と薫は弓道着だけれど、トロンメルは体操服だ。着替え終える頃、掃除か何かで遅かった、エルマや桜ちゃんがやって来た。

 道場の片方(上座)に見学者がぎっしりで、その前にカメラが陣取っていた。こうすると観客が背景に入らない。その代わり1つ目の射場が潰れていた。

 体操や弓具を整え終えると、以前もお会いしたディレクターが、軽いミーティングの後に私を第2射場へ促した。そして第3が薫、第4に美綴さん、5、6も女子の上手い子が選ばれて入った。

 欲しいのは真剣な練習風景だという。左の看的所からもカメラが突き出ていた。だけど気にならない。だから私はいつも通りに弓を引いた。

 

 カシュッ! パーン!

 

 これだけ大勢の人が集まっているのに、『よし』という声は部員からだけ。局が見学者へ事前に話してあったのだろう。一通り撮影が終わると、今度はインタビューだった。場所を移動して、安土の裏の巻藁前だ。

 綺麗なお姉さんがあれこれ質問してきては、マイクを突き出している。

 

「同級生の方に聞きますと、アインツベルンさんは、どこであっても緊張せず、とても度胸のある方だとお聞きしています。実際、試合でも緊張はありませんでしたか?」

「ありません。弓道は他の武道や、ボクシングなどの格闘技と違い、直接の相手が居ません。常に相手は的と自分です。自分は自分の味方ですし、的は動かず襲ってきません。ですから怖くはないです」

「だから、緊張しないと?」

「はい、そうです」

 

 この後遠的の仲間や、近的の選手にもインタビューがあった。桜ちゃんやエルマもインタビューを受けていた。桜ちゃんは補欠とは言えレギュラーだ。だからわかる。けれどエルマは私の妹だからと取材されていた。

 そして目敏くディレクターは体操服のトロンメルを発見してしまった。

 

「お二人ともアインツベルンさんの妹さん?」

「はい。エルマ・フォン・アインツベルンです」

「トロンメル・フォン・アインツベルンです」

「お二人が弓道を選ばれたのは何故でしょう?」

「それは勿論仲良しの姉がやっていたからです」

「同じです」

 

 何と優等生な受け答えだろう。

 

「エルマもトロンメルもお前と同じで、全然物怖じしないな?」

「まぁ、そういう血なのでしょう」

「言ってろ」

 

 その『血』は、誰よりもスイスに行った『エルヴァ』に流れている。物怖じしない? 緊張しない? そんなのは些末な事だった。私は『エル』に統合され消えるか、或いはあの時に死んでいた身だ。

 だから怖いものは無かった。むしろ、恐れてチャレンジする心を見失う事の方が怖かった。それは『エル』への裏切りであり、生かされた喜びを蔑ろにする愚行だった。

 自分にできる『精一杯』を余すとことなく出し尽くす。その結果があれだっただけだ。そしてその結果を得て今更ながらに思う。私は遠い母国へ行った『エルヴァ』に弓道を続けて欲しかった。

 だから彼女へ渡すべく、竹の弓と矢を弓師の方に頼んである。出来上がれば、必ず届けよう。ああ……やっとわかった。『エル』はこの感覚を私やミトやパミにも懐いているのか。

 それが分割思考や並列思考を独立させた術者の気持ち……。それはホムンクルスの鋳造と似ているようで異なっている。だってその作品は我が子のようであっても、自分ではないからだ。

 そうか。私の『死』は『エル』の中で何かが『死ぬ』事だったのだ。もしかしたら彼女は『姉のイリヤ』とともに弓道をしたかったのかも。記憶と記録を一部削られている私だけれど、そんな気がした。

 

 

 

 お祖父様の電話以来、こちらにちょっかいを出す者は途絶えた。どこの誰に電話したのか、一切謎だ。そしてお祖父様から新しい依頼が来た。

 一つはわかる。とある宝石への魔力注入だ。これはあちらで凜が行っていたので、内容は知っている。そのとある宝石とはアンモライトだった。

 ファースト・ネーションズのハイダ族。そこのシャーマンだった人の子孫に伝わる家宝だった。それがある特定の月夜に奇跡を起こすと信じられていた。

 現実は何代か前までのご先祖様は魔術師だったのだ。だけどその奇跡があったお陰で激動の時代にも部族は纏まり、土地を追われても生き残れた。

 だから軽く発光する程度でも十分。今も奇跡はあって精霊が見守って下さっているのだという信仰こそが重要だったのだ。

 だけど時は過ぎ、現代のシャーマンの子孫は奇跡を起こせない。だから家宝のアンモライトに魔力を込められる魔術師が必要となった。術式は既に刻まれているので、簡単な呪文で起動できる仕掛けだった。

 問題は琥珀や真珠などと同じ生物由来の宝石である点だ。中でもアンモライトは魔力が貯まり難く抜けやすい。だから年に1回、凜は格安で魔力を込めに通っていたのだった。

 こういう仕事は専門家に任せるべきだ。なので私達はそのまま日本に居る凛とルヴィアにこの仕事を丸投げした。今月の18~20日が連休らしいので、それに合わせてカナダのバンクーバーへ飛んでくれるそうだ。

 アンモライトは厄介だけれど、二人ならどうにかするだろう。何より凜はこれを一人で行っている。

 それは儲けが少ないからでもあるが、実は先住民に伝わる魔術が学べるという大きな特典があって、それを拡散できないから一人なのだった。それはきっと、二人にとって大きな財産となり、良い経験になる筈だ。

 だって凜が魔法に至ったのは、この仕事を数回こなした後だったからだ。絶対に何か関連がある。そう思うからこそ、凛とルヴィアに引き受けて欲しかった。

 国際電話では二つ返事だったので助かった。詳しい内容と資料はメールで送った。

 

 二つ目はエルと私だけでなく、モードレッドへの依頼でもあった。三人で北米に行き、数人の人物と会って取り引きを纏める事が主な仕事なのだが、内容は見事にバラバラ。

 Aは脅しても良し、殴りつけてでも契約書にサインさせろ、Bには誠心誠意真心を込めて対応し、何とか気に入られろ、Cはこちらと取り引きする事に拠る旨味をしっかり話せ……と、まぁこういう話しだった。

 要は対応の仕方が異なるので、三人で知恵を出し合えという意味だ。後日もっと詳しい資料がお祖父様から届くそうだが、前途は不安だなぁ。

 まぁ、タダ飯は頂けないので、やるだけやろう。そうして翌週、準備を終えた私達はロスアンゼルスに飛んだ。

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