ロサンゼルス国際空港からほど近い駐車場に行くと、指示通りクルマがあった。そのクルマはフォ◯ドのエクスカージョン。7人乗りのフルサイズSUVで、おそらくアメリカ人以外が初めて見ると腰を抜かす大きさだ。
全長5760mm、全幅2030mm。重さは3トン超え。こんな化け物を6.8リットルのV10トライトン・エンジンが引っ張る。
その出力は310hp(約314ps)だ。トルクも425フットポンド(約59キロ・メートル)もあり、フォ◯ドでも限られた車種にしか積まれていない。姉妹車はスーパー・デューティ・トラック。
注)日本の駐車場にあると無駄にデカいと思うエクスプローラーで、全幅1800mmちょいの全長4800mmだ。姉妹車はエクスプローラー・スポーツトラック。この上が全幅2000mm強、全長5200mm前後のエクスペディション。姉妹車はリンカーン・ナビゲーターやFシリーズ・トラック。つまりどれもピックアップトラック・ベースのSUVだ。これより大きかったダッジ・ラムバンは2003年で終わったし、シボレーやGMCのサバーバンはあまり売れていない。ト◯タのセコイアもまず見掛けない。カリフォルニアでは実質、最強最大のフルサイズSUVがエクスカージョンだった。燃費も1リットル何キロではない、1ガロン数キロの世界だ。何故こんなモノが存在するのか。その理由はもう少し後で出てくる。
「私らみたいなホビットやコロボックルが乗るとなるとデカ過ぎですよね?」
「ホビット? コロボックル? 何だそれ?」
「私らのこと。モードレッドも私達より1センチ背が高いだけでしょう? 胸は……」
「お前な? チビって意味かよ……」
後ろのエルとモードレッドが仲良く遊んでいる。長い空旅から開放されて自由気ままだ。クルマは私の運転で、105号線を東に走っていた。
4速オートマはつまらなさそうとモードレッドは運転を渋った。エルも明日するからと避けたので、私が運転している。目指すはロサンゼルスの郊外、ハンティントン・ビーチだった。
道路がロスの中心部と南部のロング・ビーチを結ぶ110号線を横切った。
「今、左がエラく明るかったな?」
「あっちがロサンゼルスの中心地ですよ。有名なハリウッド・サインもビバリーヒルズもあちらです」
「だけど、この110号線が地獄への一本道なのよ」
「どういう意味だ?」
「この道路沿いに危ない地域が多いからですよ。ドジャースタジアム界隈からサウス・ロサンゼルスに掛けて、チャイニーズ、アフリカン・アメリカン、メキシカンのストリート・キッズやギャングが毎晩殺し合っています」
冗談でなく本当だ。銃の規制が一番厳しいカリフォルニア州でも有数の犯罪都市がサウス・ロサンゼルスだ。映画では不明だけれど、きっとポール・カージー(狼よさらば)はうっかりここに引っ越したのではないか?
105号をほとんど端のベルフラワーまで走って、右へ曲がり605号を南下した。州道22号で左折し、39号で右折すれば突き当りがハンティントン・ビーチだ。
「エルヴァ、どこかに寄れないかな? お腹が空きました」
「イン・アンド・アウトで良いですか?」
「ええ」
「何だそれ?」
「カリフォルニア発の有名ハンバーガー・チェーンですよ。裏メニューというか、あれこれアレンジができて食べごたえがあるのが魅力です」
「美味しいから一番人気なんですよ」
「へぇ~。一番人気って事は他にも色々と?」
「ええ。ガッツリ系のファットバーガーや、四角いシェイクシャックとか。他にもあるけれど西海岸に来たのなら、エルヴァの言ったイン・アンド・アウトで決まりです」
と言うか、北米の東部はホットドッグとピザ、中部はピザの宅配とチキン、西部はバーガーと決まっている。歴史的にそういう発展の仕方になったのだ。
かの有名なマックを創設した兄弟も、最初のお店はカリフォルニアだった。ケンタッキー州は音楽の聖地ナッシュビルを擁するテネシー州の上だけれど、東部というより南部や中部の文化圏だ。
つまり南部で育てられた牛や豚が、ソーセージやパティといった加工肉となって東西に送られている。これは西部の開拓時代からそうだった。そういう歴史を歩んだことで、システムとして完成してしまったのだ。
不健康だ、野菜を食べろと他国の者は軽く言う。行けばわかる。国土のほとんどが荒野で、農地があっても小麦が先だ。でなければパンすらままならない時代があったのだ。
例え揚げてあってもポテトは野菜と言い切るのは、そのポテトも限られた穀倉地帯から出荷され加工されたものばかりだからだ。
中部だと海に出るのにクルマで2日は掛かる。図鑑とテレビ以外で魚なんて見たこともないという人が本当にいる。それがアメリカだった。
「ふ~ん。じゃ、そこにしようぜ」
それで私達は39号沿いにあったイン・アンド・アウトに入った。無意識でクルマを止めたらエルに大事な事を指摘された。
「バックで駐車しちゃダメだって。北米は頭から突っ込まないと」
「そうでした」
「こんな6m近いクルマをサッとバックで入れられるあなたも大概だけど」
「やっぱ、ここまでデカいと難しいよな? オレはエルヴァに感心するぜ」
「多分、空間把握能力が私より高いんですね。それはアーチャーの?」
「どうでしょう?」
こればかりは自分でもわからなかった。店内は明るく、ヤシの木をあしらったデザインがあちこちにある。
「何があるんだ?」
「基本はハンバーガーかチーズバーガー。それとパティとチーズが2枚のダブル・ダブルね」
これに裏メニューで、パティとチーズが3枚の×3や4枚の×4があって、特製のペッパーを追加したり、ピクルスにグリルオニオンを追加して特製ソースがたっぷり入ったアニマル・スタイルなどが頼める。
このアニマル・スタイルはポテトでも可能なので玉ねぎ好きはチャレンジしてみよう。この他にも裏メニューはあるが、お店のウリはアニマル・スタイルとピンク色のレモネードだろう。
またバーガーは注文を受けてから作ってくれるので、レタスもトマトもシャキシャキなのもウリだ。ポテトは2ドルもしないのに、デフォでアホみたいに盛られているし、ケチャップに塩コショウも掛け放題。
付け合せ的なグリーンペッパーのピクルスも取り放題で、サウザンアイランド・ドレッシングも無料で貰える。それなのに大して美味しくもないレストランのようにチップを求められたりしない。
北米では頭を切り替え、ハンバーガーにホットドッグ、それとピザを食べる方が安くて美味しい場合が多い。魚介はどうだろう。日本の魚介を知っているとそこまでして食べるものではないと思う。
それよりも調理場が確保できるなら、スーパーで良いからお肉を買うべきだろうね。とにかく安いから。肉質もどんどん良くなっていて、今は欧州より良いものが手に入る。
付け合せはカップのマッシュポテト。これはどこでも売っている。味付け味なし、とにかく色々。パンも意外だろうけど、ベーカリーを選びさえすれば、かなり美味しいのが手に入る。
できれば東部のドイツ人が居るところだけれど(似たような理由でホットドッグやピザは東部の方が美味しい。デリカッセンのようなお店も東部に偏っている)。
注)デリカッセン……英語のデリシャスと同じで美味しいという意味。その昔、『美味しいものが揃っているよ』というドイツ系移民の売り子の言葉から、惣菜屋をデリカッセンと呼ぶようになった。
またパンなら、もう通り過ぎちゃったけれどウェストミンスターの外れにある、リーズサンドイッチというバインミーのチェーン店が安くて美味しい。ベトナムのサンドイッチだけれど、大根ナマスが堪らない。お薦めですよ。
「×4をペロリと。父上を超えたんじゃない?」
「お前な、ホントそういう言い方はヤメてくれ……」
この二人、何故かケンカにならない。私とモードレッドという組み合わせとはニュアンスの違う仲の良さがある。時刻は夜の9時。客層のガラが悪くなって来たけれど、絡んで来る人は居ない。
そこがサーファーのメッカ、ハンティントン・ビーチだろう。お祖父様がロスの中心街でなく、ここに別宅をお持ちなのが良くわかる。
北米の親族(亡き兄ブルーノの子孫)は概ねテキサス州などの南部にお住まいだが、お祖父様ご自身はこうして西海岸や東海岸に別宅をお持ちだった。
遅い夕食を終え、目的の家の前庭にクルマを入れると、思ったより小さな家に驚かされる。それはビジネス目的のような長期滞在を想定しない、親族と会うためだけの家だからだ。
それでも常駐のメイドが数人居るところがお祖父様と言うかアインルベルンと言うか。このクルマもその内の誰かが空港近くの駐車場に届けてくれたものだった。
エンジンを止め、荷物を下ろしドアを開けると3人のメイドが迎えてくれた。この3人の顔は憶えている。お祖父様の別宅は北米の東西にあって、東部はボストン郊外で西部がこのハンティントン・ビーチだ。
そして3人の内、1人はそのボストン付きの人だった。私達のサポートのために応援に来てくれているのだろう。思わず尋ねてしまった。
「あの……ボストンの?」
「はい、その通りです。何か?」
「ご姉妹の方は?」
「ご存知なのですね? 大丈夫ですよ。2週間分の食料を冷蔵庫に用意していますので」
どういう事かというと、それぞれの家を姉妹というか同型のホムンクルスが管理しているのだが、必ず1人は家に残る必要があるのだった。
その理由は稼働に必要な魔力を確保するためだ。それは一見変だが見方によれば画期的という、実にお祖父様らしい方法だった。つまり姉妹の片方が家にいれば、もう片方にも自然に魔力が流れるようになっている。
一つ充電していれば、二つ目はどこであっても充電不要で使える……半永久的に稼働させるためだ。ただしここまで強力なパスを持たせて鋳造してあるので、片方が停止するともう片方も停止する。
これを死ぬ時は同時にというお祖父様なりの慈悲と解釈するか、冷酷無比と解釈するか。そこが魔術師としての分かれ目だろう。
「モービル・ホーム(トラベル・トレーラー)は?」
「用意できています。今夜中におクルマに繋いでおきます」
「お願いします」
全長30フィートを越えるホテルのツインより広い2軸のトレーラーハウス。それを牽引するのにエクスカージョンが必要だったのだ。明日からそれを引っ張って、東部から北上して数ヶ所を巡る。
北米はその広大な土地と歴史的背景から、モービル・ホームとそれをサポートする施設がとにかく充実している。遊休地にあるトレーラーパークに並ぶ銀色のエアストリームは西海岸のアイコンだ。
そんな風に旅から旅の果てに西部へたどり着いた人もいれば、定置したモービル・ホームで生涯を終える人もいる。誰もが食事にありつくために働くが、誰もが家やアパートを買うわけではない。
あくせくと新築ローンを支払うために働くのか、それ以外の喜びを得るために働くのか。ライフ・スタイルは数々の選択をこなし時間が過ぎた後に確定する。そしてその責任は選択した自分にある。
それがわかっているから、この国は今も『自由』であり続けられるのだ。
翌朝、朝食後に私達はモービル・ホームを見学した。そこでガスの設置場所や予備との付け替え方、水道タンクへの供給口、排水の排出口などをレクチャーして頂いた。
残念がらホームはジュラルミンの輝くエアストリームではなかったけれど、左側から入ってすぐにキッチンとリビングがあり、このリビングが外側に向かって拡張できた。
しかも対面のテーブルが二ヶ所で、テーブルを片付けてソファーを倒せばベッドになった。右手の牽引ピンがある方は、主寝室でベッド下へ外部から予備のガスボンベやガソリンが収納できるようになっていた。
オーブン付きキッチンの横は備え付けの冷蔵庫と冷凍庫、そして電子レンジがある。その横がシャワールームとトイレ。少し低くなった部分を潜れば、奥に主寝室と変わらない広さのゲストルームがある。左右に二段ベッドがあるので4人部屋だ。
その手前の少し下がった部分は荷室兼簡易ベッド。リビングの二つあるテーブルでも4人眠れるから、最大10人以上がベッドを確保できる。床でも良いならもっとだ。
「お祖父様も大概ですね。こんなのに3人って……」
「もっと小さくてもいいから、エアストリームが良かったです」
「スポーツの20フィートくらいか、フライング・クラウドですね?」
「そうです」
「まぁ、快適そうで良いじゃん」
「どこが? 最初の目的地はオークランドよ?」
それはサンフランシスコのイースト・ベイにある街で、全米屈指の犯罪都市だった。
「オクゥランドとオゥクランドの違いってわかる? モードレッド?」
カリフォルニアのオークランドとニュージーランドのオークランドの違いだ。Oakland と Auckland。これから向かうオークランドはOの次のaが『円唇後舌め広めの狭母音(Near-close back rounded vowel)』という発音方法になる。
巫山戯ているのかと思うだろうが、国際音声記号ではそうなっている。その違いを精密には間違っていても日本語発音で使い分けたエルは凄い。
私達は3人のメイドにお礼を述べ、昼前に出発した。勿論ボストンの彼女には早急に飛行機で帰って欲しいとお願いした。
「で、そのオークランドで何をやれって?」
「薬物の売人を止める事です。抵抗するなら始末しろとも」
「ん? それをお前らに? 違和感あるな?」
「落ちぶれた親族の末裔です。見捨てないとは最後の線も引くという意味ですよ」
「ああ、そういう意味もあったのか。つまり大きくなったらエルヴァも……」
「だからですよ。エルヴァちゃんのためと私達が泥をかぶる覚悟があるのかどうか、そこを見たいのだと」
「なるほどな。説得が無理ならオレが斬ろう」
「証拠を残してどうするんですか? 闇から闇に葬らないと」
物騒な事を話しているが、エルも私も最後は強力な暗示しかないと考えている。だけど何か理由があって、クスリを売っていた……そういう気がしてならない。
お祖父様の事だ。もっと早くからこの情報を掴んでいたと思う。なのに放っていた。そのタイムロスはどこから来ている? とにかく会ってみない事にはわからないことが多かった。
「それに『どんな手を使ってでもこちらの提示する条件を呑ませろ』とのお話でした。私とエルヴァは魔術師ですよ?」
「なるほど~。やっと飲み込めたぜ」
「それにオークランドは港町です。きっと良い魚が手に入ります」
「お前らのその魚に対する熱意はどっから来てるんだ?」
「食欲?」
「可愛いツラして、身も蓋もねぇ」
父上もそうだが、モードレッドも自分の事をわかっていない。運転席で私は笑ってしまった。あ!
「エル! 今日はあなたが運転するって……」
「その積もりだったんだけれど、あなたったらササッと運転席に座るから」
あちゃ~。仕方ない、どこかで代わって貰おう。
「でさ、バークレーの Tokyo Fish Market に寄りたいの」
ああ、確か60年代からある老舗のスーパーだ。お魚の品揃えが良いって聞いた覚えがある。オークランドの目の前がサンフランシスコなのに、フィッシャーマンズワーフでなくそこを狙っていたのか。シブいね。
けれど、これだけの調理器具が揃っていて、しかもオークランドの後は内陸だから正解かも。
「了解、そこに寄りましょう」
「そんで、アイツが運転を続けんのか?」
「シッ……。あの子、あんなに抜けてるって今まで気付きませんでしたよ」
「だよな~。普段少食だから、そこまで食い気があるとは気付かねぇよ」
「人ってさ、色んな欲があるでしょう? それを律するのにね、欲を置き換えるんです」
「魔術か?」
「そう。ロシアでもそうだったから」
「ん?」
「生理。そこもあってのアレですよ。ところが機能が高過ぎて。私も彼女も溜まる溜まる。それもあってあの二人のテントを離して貰ったんですから」
「あ~……」
凛と士郎さんはスイスの家が広過ぎて、どうしても馴染めなかったらしい。それでお祖父様からの支援で、今は欧州を転々としていた。
これは士郎さんの事もあったが、フンボルト君のためでもあった。お祖父様はフンボルト君を将来の幹部と考えていて、士郎さん達と同行させる事で、双方の視野が広がると願っているのだった。
期間は1年。主にお祖父様の会社がある国を回る。ある意味抜き打ちの視察という効果も期待しての事らしい。
「1年後は日本に行くのかな?」
「そんな気がするな。けどアイツも少しずつ変わって来てたよな?」
「ですね。1年後が楽しみです」
「だな」
クルマはハイウェイの5号をひたすら北上している。この分だと到着は夜の6時だ。まだまだ明るいから良いけれど、それまでに予約してあるトレーラー・パークに入らなきゃならない。それにどこかのレスト・エリアでエルヴァと代わってあげないと。
窓の外を流れる私達を追い越すクルマ。本当に日本車が多くなった。ホ◯ダにト◯タにス◯ル。SUVもあればセダンもある。マ◯ダのミアータもあれば、その間をポル◯ェやB◯Wも走っている。
北米のメーカーは、今や南部のピックアップ・トラック需要で保っているって話は本当だね。けれどこのエクスカージョンの力強さだけは、どこの国のクルマにも負けないだろう。
走る事が可能な道は限られるけれど、トラックやバンも好きな人ならこの良さがわかると思う。だってさっきからエルヴァはとても楽しそうだもの。
「なぁ? クルマ、持って来てくれたか?」
「ええ、何台か。以前のとお祖父様提供の幾つかを」
「それが楽しみなんだよな。仕事なんてチャチャッと終わらせようぜ」
「ですね。その分、頑張って下さいよ」
「おう、任せとけ」
2時間後、エルヴァはクルマをレスト・エリアに入れた。お手洗い休憩と昼食だ。メイド達が作ってくれたサンドイッチを頬張る。
「やっぱ、こっちのメイドはあっちのメイドと違うな?」
「ですよね? 味付けがびっくりです」
手作りのドレッシングだと思うけれど、入手できる食材がスイスとは違うから食べていて新鮮だ。これは今朝の朝食もそうだった。
それでも気をつかってくれていたのはわかる。半ば朝食はシリアルだと思っていたから。それがカリカリのベーコンに目玉焼き、そしてポテトとサラダにトーストだったのだ。
そんなのと思うかも知れないが、こんなのが今のアメリカの家庭では中々食べられない。不思議だろうけれど、都会の賃貸で家やアパートを借りている人ほどそうなる。
要は出て行く時にお金を取られるから、キッチンを汚したくないのだ。なので外食やテイクアウェイが増える。都会はどんどんと台湾化していると思うのだ(台北あたりの人々は基本外食だ)。お持ち帰りの中華も増えて来たしね。
サンフランシスコ市警のハリー・キャラハン刑事も今なら、ボックス中華を頬張ってマグナムを撃つのだろうか?
「やっぱり映画でも有名な、犯罪の多いトコなのか?」
「昼間はそうでもありませんよ。大きな野外コンサートが開かれたりして、ウェストオークランドのような一部地域を除いては比較的安全だと思います。ですが夜は気を付けるべきですね。若い女の子だけの外出なんて以ての外です」
「つまり、餌になろうと?」
「そういう事です」
それは私がエルヴァと運転を代わって、1時間くらい経った頃だった。
左のミラーに猛烈な速度で迫ってくるクルマが写った。そしてその後ろには青い回転灯を光らせた、名も知らぬジョン&パンチ達。
「おお! CHPのハーレーだけでなく、パトカーにヘリまで?!」
「感心してないで、右に寄せて!」
「何だ? 捕物か?」
横を抜けるクルマに魔術を掛けた。エルヴァの方はガンドだ。逃亡しいてるクルマのタイヤが四輪同時に爆発し、クルマは腹を擦りながらアスファルトの上を滑って行った。そしてそのまま中央分離帯に激突し、ガードを乗り越え横転した。
私達の前でパトロールがバイクやクルマを止め、ホルスターから拳銃を抜き出した。
「チッ! 3インチのパイトン(パイソン)じゃないのかぁ!」
「それは80年代から90年代までのCHPですよ」
「おお! ドンパチが始まるのか?」
「ドンパチ……。ブリテン人からそんな言葉が出るなんて……」
警官に取り押さえられた男は惨めな姿だった。ズボンのお尻がエラく膨らんでいて、裾からは茶色い汚物が垂れていた。
「エルヴァ!? お前、ガンドでそういうのって残酷だぞ?」
「ヘリはテレビ局にも映像を回すでしょう。全米にウ◯コタレと知れ渡ります。良い抑止です」
「かも知んねぇけど、酷ぇ」
「かの徳川家康公は漏らしながら一軍を率いたそうです」
「誰だよ、それ?」
「日本人から武器を取り上げた最低の男です」
「やっぱりな」
かなりいい加減な事を話しているけれど、銃社会のここで話すところがエルヴァだね。
逃亡犯に手錠がハメられたところで、警官がクルマを動かしていいよと合図を出してくれた。
「テンキュー、グッジョブ、アワヒーロー」
「全然心がこもっていない……」
それから4時間後、私達はなんとかリッチモンドの高台にあるトレーラー・パークにクルマを止める事ができた。受付の夫妻はとても親切だった。
輪留めをして、ハウスの脚を伸ばして固定し、上水、下水のパイプを指定された設備に挿した。これで準備OK。
眼下には夕陽で赤くなったリッチモンド橋が見えた。サン・パブロ湾にサンフランシスコ湾も綺麗に見える。
「ここは景色が良いですね?」
「でしょう? ネットで調べたんですよ」
モードレッドが別の橋を指差してエルヴァに尋ねていた。
「あれは?」
「あれがゴールデン・ゲート・ブリッジで、左奥がサンフランシスコ・オークランド・ベイ・ブリッジですよ」
「へぇ~。島も三つほどあるな?」
「ええ、右の大きな島がエンジェルアイランド、左の橋が上を通る島がイェルバ・ブエナ・アイランド、そして真ん中の小さな島が……」
「アメリカのアヴァロンですよ」
「マジで?」
「ウソウソ。名前はアルカトラズ島。その昔は監獄島だったんですよ」
「犯罪者を英雄と言っちまえばそうなるか……。騎士も人殺しには変わんねぇもんな」
ここの父が召喚したのはやっぱり……? 私はエルヴァと頷きあった。
実はこのトレーラー。外部に幾つか蓋があって、入り口後方の蓋を下ろせば、外部キッチンになっている。それでもってコンロだけでなくオーブンや冷蔵庫まで備わっている。
つまりそちら側にテーブルや椅子を出せば何でも出来るのだ。
「贅沢すぎませんか?」
「クッ……ブリテンにこれがあれば……我々はまだ戦えた!」
「誰の真似だよ! けどこういうパイプをブリテンだとどこに繋ぐんだ?」
「おお、冷静な返し」
「調理場は見事だけど、この冷蔵庫はどうやって冷やすんだ?」
「これもガスですよ」
「火を使って冷やす?」
「そうです」
「魔術より意味不明ですよね?」
本日は夜も遅いので、軽くお肉やコーンを持ち込んだ七輪で焼いて、ビールを飲みながら語り合った。お魚のマーケットは明日だ。
ただし今夜、アルコールが抜けた頃にパークを抜け出して、夜のオークランドに向かう。
深夜2時、周囲のトレーラーが寝静まった頃に私達はパークの柵を乗り越え外に出た。そこでお祖父様から託されたクルマを出した。
456M GT。こういう仕事ならアストンマ◯チンの∨12ヴァンキッシュやジャ◯ーのKXなどが思い浮かぶけれど、それらはどれもオートマで、このフェ◯ーリは6速マニュアルだった。
「凄ぇ! 操縦させてくれ!」
「良いですよ。えっと……ヘルメットとクッション用の毛布を……」
「絶対に事故らねぇよ!」
下道を80号線沿いに南下し、オークランドに入る。一番やばいというウェスト・オークランドでクルマを仕舞い、3人でプラプラと歩いた。
「何人だ?」
「5人。金銭目当てか体か……」
「やるぞ?」
「はい」
「おい、か……」
お金を出せとでも言いたかったのか。男は全部言わないで姿を消した。この瞬間に認識阻害と防音の結界を張った。
「どこ行った?!」
「何をやった!?」
そんな男達の頭の上から先程の男が質量を伴って降って来た。直撃を受けた3人と墜ちて来た男は複雑骨折だろう。医療費、高いのに……。男達は全員、保険も入ってなさそうなメキシカンだった。
残る1人が拳銃を取り出す前に、エルヴァが干将で男の腕を斬り裂いた。ワラワラと湧いてきたメキシカン数十人をモードレッドが素手で全員叩きのめした。
「この男を知っていますか?」
私は腕の腱を斬られた男に写真を見せた。
「し、知らねぇ」
ナイフで男のズボンを切り裂き股間を顕にした。
「本当に? 残る人生が玉無しになっても?」
ピタピタとナイフをあてる。バックのスキナーだ。
「コイツで鹿の皮を剥ぐのに何分必要だと思いますか?」
カチャカチャと煩いのは男の歯だった。
「ダメです。コイツは本当に知らないようです。そこらで呻いている男達も」
思考のハックが済んだエルヴァが言った。ハズレか……。
「お前ら、明日は5千人くらい用意しろ! 武器はミサイルでも何でも良いぞ? 全員相手にしてやっからよ!」
それ、英霊が言っちゃダメだ。けれど良い釣り針にはなっただろう。5千人って狂っているとしか思えないものね。
パークに戻って眠る前に、テレビを付けた。北米中が揺れる大事件が起こっていた。内戦だろうか。装甲車が何台も何台もひっくり返り、燃えていた。アナウンサーが興奮しながら話している。
『あの燃える装甲車は軍ではありません。このアメリカに麻薬を送り込んでいたカルテルの軍です。カルテル側に入っていた軍人も警察も全員逃げられないよう、組織の者と一緒に鎖で縛られています。誰がこれをやったのか、一切が不明です。ですが、ですが、私は声を上げて皆さんにお伝えしたい。ヒーローは居ます。スーパーマンは居たんです!』
何だ、これ……?
「こんなのって……?」
「英霊しか考えられねぇぜ?」
「誰かが正義感に駆られて召喚した?」
「かも知れねぇけど、装甲車を破壊でなくひっくり返すってどういう事だ?」
「アルさん……?」
「オッサンはスイスで祖父さんに付いてるだろ? それに、あの祖父さんがここまでするか?」
神秘の秘匿は今のところ守られている。だけどお祖父様とは到底思えない。
「モスクワで別れたバゼットさんはどこへ行くと言ってました?」
北米だ……この件が絡むの?