あれこれ気になるけれど、私達は依頼を優先しなければならない。なので翌朝パークの管理人ご夫妻に連泊を申し出て、切り離したクルマで、バークレーへ買い物に出掛けた。
「ついでにガソリンを入れておかないと」
見付けたセルフ・スタンドで、ガンを給油口に差し込み、オートストップが入るまでにたっぷり3分以上掛かった。
「トラックかよ、こいつ?」
「湯水のようにガソリンを飲みますねぇ」
「燃費は気にしませんけれど、走行距離に不安が出ますね?」
「次はどこだって?」
「次も犯罪都市です。メキシコの件といい、気になりますね」
「そういう風に世界全体が動いている?」
「まさか。正義に駆られた魔術師なんて想像できません。あれは別件でしょうし、何か裏がありますよ」
「儲けに繋がるとか?」
「大統領選かな?」
私の言葉でエルが呆れた。普通はそこを疑うでしょう?
「ゴルゴじゃないんだから」
「でも不法移民問題も、今回の件であちらが内戦状態になればある程度食い止められますよ?」
「逆じゃないの? それこそ祖国を見限る人が多くなると思う。チャイニーズもコリアンもそういう事なんだから」
「あ、ブリテン難民って居たのかな?」
「カムランで死んじまったから知らねぇよ! けど、難民か……ちょっと考えちまうな」
その後、予定通りバークレーのトーキョー・フィッシュ・マーケットでお魚を買った。入って驚いた。お米もあれば清酒に焼酎、パックのお寿司まで置いてあった。
お菓子コーナーもあれば野菜に調味料のコーナーも。それもかなり充実している。これはドイツのデュッセルドルフかヘルシンキの東京館なみだ(ヘルシンキではあきたこまちやそうめんがあった!)。
実はあちらのルヴィアが日本通なのは、東京館にあった。マヨラーな彼女はヘルシンキでもキ◯ーピー一択だったのだ。それにふりかけやお味噌まで揃っているし、湯呑や急須も置いてある。
『新しいポッドですのよ、エル姉様』
急須と湯呑で紅茶を飲むスイス人の私(『エル』の記憶)。シュールだったなぁ。それと使い方を知らなかったのか、寿司巻き用の巻きすをコースターにして急須と湯呑を置く姿。ダメ、思い出しただけでお腹が痛い……。
だけどヘルシンキに行く観光客はマーケット広場の方が楽しいかも知れない。ここでならフィッシャーマンズワーフが観光名所になっているように。
だけどこういうところで暫く滞在するなら、このトーキョー・フィッシュ・マーケットは最高だった。お魚が切り身で量り売りなのは少々驚くが。
この他にアルカトラズへ向かう桟橋のある港にモントレー・フィッシュ・マーケットというのがあったと思うのだけれど。
「そこは卸し専門です。小売もしてくれますがパウンド売りですから。そこの小売専門がこのバークレーにもあったと思います」
それで行ってみたら、鱒(トラウト)が1パウンド9ドル99セントだった。4~5匹でこの価格は安い。それで買ってみたら、干物の開きみたいに腹から開かれていた。
「これだからメリケンは……」
「魚も捌けないダディなんてダディじゃない!」
「お前ら、何を怒ってんだ?」
「丸ごと1本のお魚が売っていないんですよ」
「切って内蔵を処理してある方が楽だろうが?」
「堕落ですね」
「堕落だね。滅びろブリテン」
「ウッセェ! とっくに滅んだよ!」
「ですが、カルパッチョやハーブ焼きにもって来いのお魚がゲットできました。たくさん作りますから、しっかり食べてくださいね?」
「おう」
その後パークに戻ると、テレビで緊急ニュースが流れた。やはりメキシコからで、10近くあったカルテルの半数が壊滅したと報道されていた。
「ど、どういう事?」
「これが世界の選択ですね」
「ボケてないで、本当にどういう事? まさか士郎さん?」
「いえ、彼にここまでは無理でしょう。魔導師の方のシロウさんでも単独だと無理です。こんな同時多発的に作戦行動が取れるのは軍の特殊部隊か……」
アサシンの部隊だ。それも100人200人じゃない。5~600人も投入できれば可能というレベルだろう。さらにそこに主力となる英霊……。
そんな事ができるのは『エル』1人だけだ。だけどここは並行世界だ。それをする理由がない。ならこれは一体……?
「そんなに気になるならお祖父様に電話を入れるなりして確認を取るか調べて貰えば?」
そうだなぁ。お祖父様の線はないだろうから電話を入れてみるか。けれどお祖父様は捕まらず、執事に託けて貰うしかなかった。
「落ち込むなって。お前ぇ1人が暗くなろうが、どんちゃん騒ぎしようが、物事は進んでいく。なら、もっと離れて見ようぜ? その方がお前ぇらしい、冴えた考えが浮かぶと思う」
モードレッド……。口いっぱいにカルパッチョを……飛んで来るんだけど……。
「……ま、まぁ、そうですね。ウジウジしても始まりません。ありがとうございます」
「良いってこった」
だから大量に頬張って話しなさんな。顔を拭きながらそう思う私だったけれど、彼女の言葉は嬉しかった。
深夜に備えて仮眠を取った。コーヒーを啜りながら再びテレビをつけると、アフガニスタンのニームルーズ州やパキスタンのバローチスターン州などで大規模な火災が起きていると報じられた。
「火災って。燃えるようなものってあの辺りにあるの?」
「エルヴァ、そうじゃないです。あなたが寝ている間、私は少しテレビを見ていました。そちらのニュースではメコン川上流の山岳地帯で広範囲な山火事が起きていると報じられていました。繋がりませんか?」
「あ! ゴールデン・トライアングルとゴールデン・クレセント! じゃ、メキシコの次は……」
「「コロンビア!」」
エルと私の声が揃った。『黄金の三角地帯』と『黄金の三日月地帯』、そしてメキシコとコロンビア。これらはどこも麻薬の生産地なのだった。
開花後、花弁の落ちた芥子坊主を傷つけるとアルカロイド(オピエート)の樹脂が垂れてくる。これをヘラで掻き集め、乾燥させたものが生アヘンだ。
その樹脂を精製すればモルヒネ。合成物にオキシコドンやコデインがある。更に不純物を取り除き、高純度に精製したものをヘロインという。
麻薬と一口に括ってしまいがちだが、モルヒネ、オキシコドンにコデインは劇薬ではあっても、末期的症状から来る激痛を和らげる強力な鎮痛剤でもある。
古くはメソポタミアやエジプトのファラオの時代から、医薬品として扱われていたのだ。あの覚醒剤(メタンフェタミン)と似た効果があるアンフェタミンも国によっては医師が処方する立派な薬だ。
南米のそこらに生えているコカの木の葉は、煎じて飲むと高山病に罹りにくくなる。と同時にお茶やコーヒーなどと同じく嗜好品として普及していた。
だけど、どこかの誰かはこの葉からアルカロイドを抽出しコカインを作った。
また、これらとは別系統でベニテングダケ(キノコ/イボテン酸)やペヨーテ(サボテン/メスカリン)、タービナ・コリボサ(ヒルガオ/リゼルグ酸アミド)などを儀式に用いるシャーマンが昔から居た。
この別系統はその後、リゼルグ酸ジエチルアミドに集約され、LSD(Lysergsäurediethylamid)として知られた。
賢い人(善人とは言わない)はその効果(精神向上)より、強力な依存性に着目した。ビジネスの勝利はマーケットを制する事だ。そしてそこには品質と魅力、それに見合った価格設定が必ず必要だ。それがあって初めて客はリピーターとなる。
だけどその強力な依存性は客を100%リピーターに変える事ができた。そしてその依存性は価格破壊(一方的な値上げ)すら容認せざるを得ない効果があった。
麻薬が世界中で禁じられる理由はそこにある。使用から来る幻覚を見ている状態や過度の興奮状態で外を彷徨かれたり、クルマなどを運転されても困るのだが、それはアルコールでも言える事だ。
恐ろしいのは抜け出せない依存症にこそある。またそれがあるから、依存性がタバコより少ないと言われる大麻を解禁しろという声があるのだ。
と同時にイスラム諸国以外では容認されるアルコールの存在。イスラムでも認められる喫煙。これらが麻薬とそれに近い化合物などの垣根を曖昧にしている。脱法ドラッグやグレーなキノコは今後も失くならないだろう。
昨夜と同じ夜中の2時。エルの出したクルマに私とモードレッドは驚いた。
「昨日と同じので良いじゃねぇか。どうして?」
「誰かに見られていたとも限りません。それでですよ」
「だからってこれは……」
それはポル◯ェの古い930ターボだった。おそらくゲトラグ5速の最終型。元のモデルは89年のターボSだと思う。外装はフルカーボン。元のシャーシをバラして補強や強化をしてあるのだろう。
多分足回りも換えられているだろうし、タービンも怪しい。言ってみればお祖父様の964のプロトタイプみたいなものだ。モードレッドが嫌がったので、今夜は私が操縦した。足の良さは発進してすぐにわかった。
「これ、サスのリンクから変わってる。すごく踏ん張る。きっと996のサスを参考に一品物で全部入れ替えていますね。なのにエンジンは空冷のまま。それでも冷却が効いているのか安定しています」
「風の魔術の併用ですね。エンジンルーム内では、小さな嵐でも吹いているのかも」
キャンディ・アップル・レッドに塗り替えられた5マイル・バンパー付きの輸出仕様だけど、大きなエアダム・スカートと交換してあり、これまた大きなオイルクーラーが覗いている。
フェンダーは大きく膨らみ、フロントは多分225/50。リアは335/40はあるだろう。しかもホイールが17インチだし。でも昨夜のフェ◯ーリも今夜のこれも、ちゃんとカリフォルニア・ナンバーを取ってあった。
しかし……良い色だ。ドライカーボンの織目が透けて見えていて、おまけに綺麗に揃っている。この外装だけで幾らするんだろう?
「普段はこちらでお乗りなのかな?」
「そういう事でしょうね。盗難対策に魔術でスイスへ持って帰るだけで。そういう諸問題を考慮してのご提供だと」
なるほど、それは考えられる。フェ◯ーリも煩かったけれど、こいつもバタバタバラランと煩い。だけどリッチモンドからの下りでお尻を振り過ぎる。
「えらいオーバー(ステア)だね? ほら、一度思い知ったんでしょう? まずは解析を掛けなさいな」
そうだった。
「あ!」
ダンパーやスプリングにカムなどは当然として、コイツはブースト圧が可変だった。しかも、何かの装置を付けて空間を跳ばしているのだろう、これまた可変で前軸に駆動力を回せるようになっていた。
「本家がやる前から四駆?!」
走りながら魔力を送って弄っていくとオーバーステアが消えて、弱アンダーになった。キツいコーナーでもゼロカウンターで抜けて行く。
「これ964でもそうじゃないの? だからモードレッドだと乗りこなせない、違う?」
「それならそうと仰るでしょう。ただ、この装置は入れていそうですね。でもそれは緊急用というか乗り味を変えるためでしょう。なので、これも普段はRRで乗られているのだと思います」
「ああ、オレも祖父さんはそういう人だと思うぜ。普段は滑らせつつ抑えるのを楽しんでいるんだと思う」
そこでブースト圧を最小にして、RRに戻してみた。
「どう?」
「た、楽しい……」
ほんの少しブーストを上げて調子を見てから、モードレッドに代わってあげた。
「おお、凄ぇ。こんなに楽しいもんなんだな……」
「私にも運転させて下さい。後ろは狭いですよ」
ポル◯ェ然り、RX-7然り。この手のクルマの後席は狭い。
そしてエルがモードレッドと代わるやいなや、横合いから腕に覚えがあるぞと言わんばかりのオーラを放ったクルマが数台現れた。
狭い後席から何だと見やれば、硬派なヤル気満々な人達だった。おそらくリーダー格は二人。1台はメタリックブルーのニ◯サンの240SX。S13シルビアの姉妹車180SXの北米版だ。
この北米の240SXにはS13系とS14系があるが、そのリトラクタブルライトでS13系だとわかる。外装から見る限り、KA24DEを積んだ後期型だろう。
なのに排気音はドロドロと唸っている。V8に換装してあるのか……とんでもないね。
噂をすれば影なのか、2台めはラメの入った真っ黒なマ◯ダRX-7だ。赤城の白い彗星ならぬシスコの黒い稲妻といった風情だ。ドロドロドロドロと直管の排気音が響く。
だけどバトルにはならず、彼らは私達の後ろをおとなしく走っていた。が、バークレーを抜けるところで1台が前に出て、こっちに来いと合図を出して来た。
「どうします?」
「やって来んなら、やり返すまでだろう?」
それでRX-7の後に付いて行くと、サンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジを渡り始めた。本当にシスコに行くの?
「この橋を渡った先があいつらのテリトリーか?」
「わかりませんけれど」
橋を渡り終えると、先導車はくるっと道を回って、港沿いの道路に出た。長い直線がある。ゼロヨン? 確かにそこでは皆んな飛ばしていたけれど、対決という雰囲気ではない。やがて彼らは左に入り、とある直線の前でクルマを止めた。
「下り勝負だ。シスコ名物だぜ?」
RX-7の人が言い放ったそれは、直線だけのローラーコースターだ。指定された信号をどちらが速く駆け抜けられるか。勝負の内容は単純だけれど、危険度がゼロヨンの比ではない。
何故なら路駐のクルマは多いし、夜中でも交差点を一般車が横切っている。そして遠くに暗い海が見える一本道。明るいうちなら、映画でも見覚えがある人が居るだろう。カーチェイス・シーンの聖地なのだ、ここは。
サスの柔らかいアメ車が跳ねて、着地で火花を散らすシーン。そんな坂を使って信号デスマッチをやろうというのだ。
それで私が唖然としていると、エルが私とモードレッドをクルマから降ろした。
「あ、あなた?」
「受けますよ。女は度胸です」
その顔に私達は黙るしかなかった。それくらい気合の入った顔だったのだ。降りた私達を見て、各々もクルマから降りてきた。メンバーの中には女の子も多い。リア充チームだな。
全員白人か黒人なので、昨夜の人達とは別だろう。また、お金がないとクルマには乗れないんだなという、哀しい現実が垣間見えた。
ぶっちゃけ、このグループは結構裕福なのだと思う。着ている服も履いている靴も、連れ立っている女の子も、どれもこれもが昨夜のメキシカンとはダンチだった。ってか、あのメキシカンはむさい男ばっかりだった。街の雰囲気も妙に暗かったし。
当然ながらここに集っている走り屋さん達は明るい。このゲームを楽しんでいる。敵意も何もなく、私達に冷えたコークを手渡してくれるくらいだ。
やがて『Go!』の掛け声とともに、アスファルトに黒いスジを残して2台のクルマがスタートした。案の定火花を散らして、猛スピードで坂を駆け下りて行く。
「凄ぇ! あの子、ビリーの前を走ってんぞ!?」
この勝負はジャンプ後の着地姿勢だろう。後軸重量が強いRRのポ◯シェは必然的にジャンプ後の姿勢が悪い。何よりマフラーなどを擦っている。
当然エルなら強化を掛けているだろうし、サスの減衰力や前後のトルク配分もその都度変えているだろう。
だけど……後輪が接地してからの姿勢はRX-7に軍配が上がる。軽い車重に軽いエンジン。そしてこの手の走り屋には珍しい、ストロークのありそうなサスが入っていると想像できる車高。完全にシスコ仕様だ。
なのにエルの操縦するマシーンは終始前を走り、その車間距離を開いていってる。
「受けてくれてアンガトな。ビリーも女の子相手に本気にはならないよ。けど良いクルマだと思ってさ」
私と同じで争い事に向かない人なのだろう。けれどこの勝負は見えないよ?
「あなたの240SXも良いですね? あれはV8に換装してあるんですか?」
「わかる? やっぱ声を掛けて正解だ」
クルマ好きには、クルマ好きにしかわからないオーラがある。要はそういう事だった。けれど見知らぬ人に声を掛けて来るところがアメリカンだ。
そこからマイキー(240SXの彼)や仲間達と和気あいあいと談笑していた。やがてエルとビリーが戻って来た。
「参った、マジで上手いな。こんな女の子は初めてだ」
ほとんど港まで走ったそうだ。勝った理由は明白。ブーストアップだ。彼らがこのクルマを発見した時、あのクルマはブーストを下げてあった。しかも930だ。どこの誰が四駆だと思うだろうか。
エルとビリーが握手をしていた。そして私達をここに誘ったもう一つの理由を教えてくれた。
「あんたら、オークランドの方に行こうとしてたろ? あっちは今ヤバい。メキシカンの奴らがピリピリしていて。何でもたった3人に仲間が20人以上やられちまったらしい。ついでに言うと、その3人は身長が5フィートくらいの女の子だったらしくてな」
当然私達はコクンと首を傾げ、『初めて聞きました、何ですかそれ?』という顔をした。だってそうでもしないと着いて来そうな気がしたのだ。
その後、ゲームとコークのお礼を言って私達は橋を渡った。渡りきる手前のバイパスで右に入った。そこから先がウエスト・オークランドだ。
クルマを仕舞い、メモリアル・パークから18thストリートへと南へ歩く。デ・フレメリー・パークを抜けて、ローウェル・パークを目指したところでわらわらと人が集まって来た。
「5千人は集めろって言っただろうが!」
ものの数十分で全員を叩きのめした。モードレッドは30数発弾丸を喰らっていたけれど、ケロッとしている。受肉はしても一度は世界の外に出て神秘を体現した存在だ。現代の武器は通用しない。
「けど、ウザいというかちょびっと痛い」
干将莫耶で捌ききれず、私も数発喰らっている。けれど当たった痛みがあるだけで、弾が食い込む事はなかった。ただしエルは本当に生身なので、魔術防壁を強めにかけて私やモードレッドの後ろにいた。
相手にしたのは一人頭100人というところだけれど、200人の男達が結界を張った公園内でのたうち回っている。怒号も銃声も外部には聞こえない。だからサイレンも聞こえてこない。
男どもは徐々に数の論理が覆されている現実、自分達の方が逃げ場のない檻の中に居る事実に気付いたようだ。まだ意識のある男にエルが写真を見せた。
「こいつを知っていますか? 庇うならこうだから」
エルは思考をハックして、倒れている者達の中からその男の親友を私に拾い上げさせ────。
「5……」
『5』でいきなり、お腹にナイフを刺した。カウントダウンの『5(ファイブ)』は『Go』って意味なの?
「4……」
2本目のナイフを刺した。
「ヤメろ! ヤメてくれ!」
「3……」
次に3本目。
「知っているなら場所を早く話しなさい。そうでないと彼女は止まりませんよ?」
「何だよ……お前ら……」
「2……」
「わかった! わかったから! レオは俺達にお前達を消せって言い残して、サクラメントにバックレた!」
ハックしてわかっているのにエルもパフォーマーだなぁ。勿論彼の親友のお腹は綺麗なままだ。それ以外の怪我は負っているけれど。
エルは2時間公園から出るなと、全員に強力な暗示を掛けた。そして私達はそのレオのアジトに乗り込み、残された少量の白い粉とはした金を押収した。
「行き先は本当にサクラメント?」
「怪しいですね」
ガサゴソと調べていると、ベッドの脇に落ちていたメモに気付いた。
「セントルイスにミルウォーキー?」
「ブツを売り飛ばして、海外逃亡?」
「その線でしょうね」
セントルイスやミルウォーキーも治安の悪化が叫ばれて久しく、ストリートギャングも多い。つまり買い手となる相手がいるって事だ。
私達はトレーラー・パークに戻って、翌朝早々にチェックアウトした。途中でトレーラーとエクスカージョンを仕舞い、フェ◯ーリでオークランド空港に向かった。飛行機でセントルイスに入るのだ。
ジェファーソン・ナショナル・エクスパンション・メモリアルにある、ゲートウェイ・アーチを眼下に見下ろし私達は、ミズーリ州の外れ、ミシシッピ川とミズーリ川の合流地点にほど近いランバート・セントルイス国際空港に降下した。
ちなみに州の名前になっているミズーリ川やイリノイ川はミシシッピ川の支流だ。そのイリノイ川周辺からミシガン湖の南のシカゴ、エリー湖の南のクリーブランドは、あの『キャンディ キャンディ』の舞台だ。
どうしてそんな事を知っているのかというと、これまた『エル』の記憶だが、彼女の初等部からの友人が『面白いよ』と貸してくれたマンガが、その『キャンディ キャンディ』だったのだ。
実はその子のお母様が嫁ぎ先にまで持って来た大切な本だったと判明して、お返しする際は菓子折りを持って行った。そこで教えて下さったのだ。メリー=ジェーン看護学校はインディアナ州にあって、聖ヨアンナ病院はシカゴにあると。お母様はマニアだった。
また、『エル』自身がというか『私』がジーン・ストラトン・ポーターのファンで、『そばかすの少年』や『リンバロストの乙女』を愛読していた。それもあって北米のこの辺りは以前から気になっていた。
そちらの舞台となるリンバロストの森は、作者の出身地であるインディアナ州のモーガン=モンロー州立森林公園やブラウン州立公園であろうと睨んでいるのだけれどどうだろう?
目的地の川向かいはイリノイ州のイーストセントルイスで、ミズーリ州のセントルイスと並ぶ全米屈指の犯罪都市だった。また、このミシシッピ川を行き来する蒸気船を眺め、自身のペンネームをマーク・トウェイン(船が座礁しない最低限の深さ水深二尋(by the mark,twain)から取られた)とした作家はこの州の出身である。
セントルイスから南、州の東半分は彼の名を付けた国立公園が広がっている。犯罪都市として有名だが、ミズーリ州そのものは近隣のカンザス州やインディアナ州と並んで、アメリカの古き良き文化を色濃く残す土地であると同時に、物価がかなり低いので留学生などに人気がある。
そしてこの街での楽しみは、元の世界の父『衛宮切嗣』に教えて貰った日本食のレストランだった。
『シロウ君や君達(姉のイリヤと『エル』の事)の料理に馴れると、見る目が厳しくなったのか、出先の和食レストランなんて食べられたものじゃない。だけどセントルイスで入ったレストランは良かったなぁ。うん? 仕事相手に誘われてさ。僕一人なら迷わずハンバーガーかホットドッグだ』
こんな父だったが、バーガー・ショップでは必ずサイド・メニューのサラダを摂ってくれていた。今の父は煮魚でもお浸しでも何でも食べてくれる。もう一度お料理を作ってあげたいが、それは日本に居る彼女を困らせるだけの叶わぬ願いだ。
空港を出た私達は隙かさず結界張って、フェ◯ーリを出した。空港からだと少し北上し、動物園を越えた辺りにそのお店がある。
「逃亡先がセントルイスかミルウォーキーかわかんねぇつうのに、迷わずセントルイスを選んだのはやっぱり食い気だったのか……。お前ぇら、わけがわかんねぇ」
「失礼な。美食家やグルメとか言いようはあるでしょう?」
なお、アメリカの国民食ハンバーガーは、このセントルイスで1904年に開かれた万博で初めて紹介されたという。それでセントルイスをハンバーガー発祥の地と思っている人は多い。
当然こういうのは諸説あり、1885年にウェスコンシン州の人がミートボールを潰してパンに挟んだのが最初と言う説や、1900年にコネチカット州のとあるお店で出されたのが最初という説もある。
いずれも万博より数年早いのがミソであり、おまけに建国から日が浅いのに、100年ほど前の事が曖昧な点がどうにも怪しい。
おそらく、ハンバーガーという食べ方は共時性的に生まれていたと思うのだ。ドイツのハンブルグから新大陸へ渡った労働者達が加工された挽き肉を焼いてパンに挟み食べていた。
『そいつは何だ?』
『(英語? わかんねぇ……向こうでも食ってたありふれた食いもんだからなぁ。そうだ!) ハ、ハンブルグ……』
『ハンバーガー? へぇ~』
元は生の肉を使ったタルタル・ステーキを挟んで食べていたけれど、不衛生なので焼くようになった。その焼いた挽き肉入りサンドイッチを、海を渡った地で作ってみた。するとそれが評判になった。それだけだろうと思う。
着目すべきは、南部から食用牛やお肉がやって来るというシステムだ。食用牛だと輸送費が高い上に病気などのリスクがある。けれど香辛料を混ぜた加工済みの挽き肉は多少日持ちがした。
また、移送先でバラした食用牛や食用豚なども、収入の乏しい労働者が贖うとなると安いクズ肉の方がありがたい。挽き肉然りソーセージ然りだ。
ハンバーガーもソーセージも安い部位をいかに食べられる味にするかが重要だった。というのも英国の産業革命は効率性をだけを求め、労働者の心を見ていない。この点を新大陸の経営者はしっかり見ていたのだと思う。
美味しいものを食べないと人は意欲が湧かないのだ。あるマンガに良い事が描いてあった。『(好きな時に)トンカツをいつでも食えるくらいが丁度いい』と。
武士は食わねど高楊枝ではやっていけないのだ。だから皆んな『心のランチ(定食)』がある。人様の好き好きを他人がどうこうは言えないのだ。
私だって『天ぷら定食』を食べたい時もあれば、『お造り定食』を食べたい時もあるのだ。だから『おでん定食』も『お好み焼き定食』もありだと思う。
フィシュ&チップスに持参したソースとマヨネーズを掛けて、おにぎりが欲しいなと思う時もあれば、ブレックファーストの時にお味噌汁が欲しいと思う時もある。
「あなただって、父上に逆らってお豆腐のお味噌汁をゴクゴクと……」
「わーった! わーったって! こういうウンチクから入って来るタイプは怒らすとホント怖ぇ」
モードレッドを言い負かして多少固唾を下げた私に、エルがクルマを止めろと言った。彼女は空港で鳥型の使い魔を放ち、上空からレオが見張っていたのだ。
本名レオン・フォン・アインツベルン。今だにフォンが残り、アインツベルンを名乗る遠い遠い親族。普通に考えれば海を渡ったブルーノの兄の子孫のはずだが、どうも違うような気がしてならない。彼か、彼の前の代でアメリカに来たような気がするのだ。
「何か見つけた?」
「はい。少し待って下さい」
そう言い残して彼女はクルマを降りた。何だ何だと私達もそこらにクルマを駐車して、彼女の後を追った。するとそこは……。
「ちゅ、中古車屋さん?」
「何を考えてんだ、あいつは?」
まったく考えが読めない。敷地に入ると彼女は2台のクルマの間をウロウロしていた。
「何だ、あいつは?」
「迷っている?」
それはどちらも今はなき『ジオ』というGMのブランドだった。1台は『ストーム』という2ドア・クーペ。
もう1台は『トラッカー』という小型SUVだ。解析しないと程度はわからないが、もし良好なら買って損はないだろう。下手なアメ車よりずっと良い。
『ストーム』は日本名を『PAネロ』と言う。これまた乗用車から撤退した『い◯ゞ』の、あの『ジェミニ』を元にしたスペシャリティカーだ。
日本には1.6リットルのDOHCターボがあったが、どうもエルの見ているあれは北米版の最終型、1.8リットルのNAのようだ。そう思ったのはライトのデザインがリトラクタブルでなかったからだ。
しかも近づくとクーペでなく、これまた珍しい2ドア・ハッチバックだった。いわゆる正統的なシューティング・ブレイクだ(本来のシューティング・ブレイクは2ドアのワゴンを指す)。
そのメタリックグリーンは少々褪せているが、まだまだシャンとしている。日本では鳴かず飛ばずだったが、北米では28万台以上も売れ、カナダからも販売してくれと要望が出るほどの名車でもあった。
そして『トラッカー』は日本名を『エスクード』と言った。北米であらぬバッシングを受けた(アイアコッカの日本潰し)『サムライ(ジムニー)』に代わって出た、ミニマム・SUVのハシリだった。
その足回りとフレームは本格的で本気のクロカンと比べても遜色はない。しかもボディが1トン強とめちゃくちゃ軽い。日本版のようなV6こそないが、1.6リットルの直4でも日常だと不満は出ないだろう。
このクルマの後席の天上はソフトトップ(レジントップ)で、座席を外せば荷台になる。コンバーチブルだ。幌は新品に付け替えてあるようだが、内部に腐食はない。
「解析を掛けましたが、どちらも掘り出し物です。どうしましょう?」
「金があるなら両方買えよ」
それで本当に買ってしまった。北米では『乗り出し幾ら』というのはない。支払い手続きが済めば即決だ。保険加入も自分でできるし、警察への登録や新しいナンバー交付も自分で行なえる。
だからトレーラーまで運ぶと言って、支払い後にエルとモードレッドでお店から乗り出した。勿論、途中で取り込んですべて完了だ。
スイスでの登録は難しいだろう。けれど敷地内で遊ぶならどちらも丁度いいサイズだ。どちらもマニュアル・ミッションだし、価格も2台購入でかなり値引きがあった。
だけど、レオの潜伏先が不明な現状ではとんだ道草とも言い難かった。何故なら情報が揃うまで、2~3日はセントルイスで滞在する予定だったからだ。
大きな取り引きなら噂になる。そこを掴もうという作戦だった。勿論、地道に探すのも諦めないが。と言うのは、こちらは飛行機だが、あちらはブツがあるだけにクルマしか使えないからだった。
「まぁまぁでした。エンジンもオーバーホールすればもっと回るでしょう。多少のヤレも自分で溶接します」
「自分でスポット溶接するんですか?」
「あのですね、EG6への思いはあなただけの記憶ではありませんよ?」
そうだった……。彼女もまた『私』だった。
「ああ……。モバイル・ホーム・パーク(トレーラー・パーク)はミルウォーキーの方が評判の良いところが多いですね」
「セントルイス近郊には無いんですか?」
「あるにはありますけれど、評判はあまり良くありません。良いところはマーク・トゥウェイン国立森林公園の北西部です。ここから44号線をオクラホマの方へ走った途中」
何百キロ離れている? この手のガイドブック検索はエルに一任していた。トレーラーには食料もたっぷり残っているし、泊まれれば良いと今回は妥協する事にした。
そこから件(くだん)の日本食レストランに入った。
「らっしゃい!」
ウェルカムでない! カウンターの奥から大将の威勢のいい声が届いた。めっちゃジーンと来た。何度も言うが私もエルも、ついでにモードレッドも今はスイス国籍だ。
スタッフは人種の坩堝。アジア人が多いだろうか。英語の発音にクセがあったので、「3人ですが、席はありますか?」と日本語で尋ねてみた。
すごく驚いていた。私達3人の容姿を見て日本語を話してくるとは夢にも思わないだろう。席は運良く空いていて、すんなり座れた。
メニューは、お寿司に天ぷら、コロッケなどの揚げ物に焼き魚と煮魚……色々あるなぁ。日本の清酒に地酒まであった。あの父が薦めてきただけはある。
ではではと、お造り(刺し身)と天ぷらの盛り合わせと、ワインを頼んだ。エルも焼き魚と何かの煮物、それとワイン。モードレッドはフライの盛り合わせとワインだ。これを皆んなで突き合う。
飲酒運転? ここはミズーリ州のセントルイスですよ? アメリカでも有数のワイン生産地でタバコの生産地でもある。就業中に飲酒しているからと従業員を解雇すれば不当だと判決の出る州なのだ。
勿論、カリフォルニアだと私達の容姿からこういう場では身分証の提示が求められる。実際21歳以上でないと公共の場での飲酒は禁止されている。
だけど、ミズーリ州はそこまで煩くない。また、飲酒運転も21歳以上であるなら、血中アルコール濃度が0.008%未満だと違反にならない。
法は正義のためにあり、その正義は味方に付けた者の勝ちである。『正義の味方が救えるのは正義が味方した者だけ』。逆です、お父さん。
利用する側に価値がある間だけ、そいつは正義でいられるだけです。用が済めば悪でも何でもレッテルを貼って放逐です。
「そんな事もわからないほど子供だったんですね」
「まぁね。社会経験皆無ですから」
「お前ぇらの父ちゃんが気の毒だぜ……」
「けど、この天ぷら、結構イケる」
「だな? ここはアタリだな?」
「うん。こんなお店、中々ないと思います」
これで暫く肉・ジャンク・肉・ジャンクの生活にも耐えられる。良くも悪くも日本育ちの記憶と経験だけはどうにもならない。この辺がモードレッドは上手に切り分けていると思う。
『アレはアレでウマいが、コレはコレでウマい』。単純なようでいて中々言えないものなのだ。短期の旅行でなく長期滞在となれば特に。
国際結婚の難しさはこういうところにもある。例えば九州の人と、東北の人が結婚するとしたら? 味付けからお味噌の種類、手に入る食材、これらが全部変わって来る。狭い日本でもそうなのだから、欧州なんて凄まじい。
ところがこんなに国土の広いアメリカなのに、そこまで違う料理は南部に限られ、後はたいてい画一的だ。ピザの深さがどうこうとか、ホットドッグにケチャップなんてヌルいとか、どうでもいいわ、そんなの。
「でもよ。一度で良いからシカゴのピザとホットドッグを食いたいぜ」
結構CMを見ているモードレッドだった。
かなり満足した私達は酔い醒ましを兼ねて、ゲートウェイ・アーチ国立公園(ジェファーソン・ナショナル・エクスパンション・メモリアル)へ電車で向かった。
その辺りがセントルイスのダウンタウンで夜になるとガラの悪いのがうろつき出す。
だけどアメリカ英語での『ダウンタウン』は下町の意味でなく、『アップタウン(山の手の意味に近く、高台の住宅地を指す)』と対比したビジネス街・オフィス街を指す。
ニューヨークのマンハッタンもアップタウン=高級、ダウンタウン=低級ではない。あちらは北が内陸に近く南が海という意味と、地図上の上、真ん中、下という意味で使われているだけだったりする。
だけど決まってダウンタウンは商業地で経済の中心になる。つまり夜になるとビルの照明は落ち、人通りが極端に少なくなる。それで夜は治安が悪いとなってしまう。
だけど下町というイメージは無かった。それが形成されたのは映画などで、華やかな表通りでなく裏通りがピックアップされるようになってからだろう。
自動車修理工や配管工、そういうブルーワーカーも、オフィスで働く人々を支えるなくてはならない存在だ。だからスポットライトを浴びる事に何ら問題はない。
だというのに言葉は変遷してしまった。トドメを刺したのはビリー・ジョエルのアップタウン・ガールだろうか。日本だとユーミンのダウンタウン・ボーイ。
言葉の意味合いが変わって来るのは時の流れだけれど、あの日、姉のイリヤは部屋にこもってこの曲を何回も何回も掛けていた。
何かあったのだと思うけれど、理由は聞いていない。もし良いところのお嬢様とうだつの上がらない男の歌だと解釈したら、それは母と父じゃないか。
だから何を言い出すかわからない自分を抑えるために聞かなかった。二人が中3だった頃の話しだ。
下見を終えて、程なく私達はトレーラー・パークを目指しクルマを走らせた。もうその段階でエルは管理人に電話を入れていて、クルマを入れ替えていた。
「キタナイ~手ばかり使う奴だと~騎士王は文句ばかり言うの~♪」
「人質をとった工場の跡地~二人を見事に仕留めてやった~♪」
「何の歌だよ!?」
入ったトレーラー・パークは管理人こそ愛想は悪いが、設備は中々良かった。フックアップ(電源を取ったり上水パイプを繋いだりする事)もパネル形式でわかりやすい。
カリフォルニアより良いかも。あっちは電源が樹の下とか、蛇口と2m離れているとか繋ぐ時にちょっと困ったものだった。汚水に関しては相変わらず地面の穴だ。蓋を開けるとプ~ンと畑のフレグランスが鼻孔をくすぐる。
……どうして私ばっかりこの役なんだ? ハウスを固定するジャッキ・アップも車止めも、出発の時に皆んなのウ◯コが流れた汚水パイプを洗っているのも私だけだよね?
「やっと終わった~」
「ご苦労さま。下拵えは終わっているから。サラダも切っておくから、あなたはテレビでも見て寛いでいて」
「それより、エルヴァ。汗をかいたろ? 先にシャワーを使えよ」
「あ、ありがとうございます」
それで私はシャワールームに向かった。
「ホント、人が良いな。あいつは」
「あれこれ細かい事を考えたりするのは私と同じだけれど、あくどい事を思い付いても、それは出来ないタイプなんですね。だからあなたが必要でした。彼女に人は殺せません」
「させたくない、の間違いじゃないか?」
「それもありますよ。でも、あれだけ黒化英霊やサーヴァントと闘える子が、先日も誰一人殺さずに」
「それであのナイフか?」
「ええ。試していました」
「言いたかないが、アーチャーに飲まれ掛かっている?」
「いえいえ、それはありません。元からああいうタイプです。それがわかっていたから『エル様』は私を遣わし、お祖父様はあなたの参加を要望した。そういう事ですよ。それに……」
「それに?」
「日本の彼女と同じ存在です。きっとエルヴァちゃんにも良い影響を与えていますよ」
「そうだな。オレだけじゃ行き過ぎてしまう場合があるもんなぁ」
『臨時ニュースをお伝えします! コロンビアで内戦が勃発! コロンビアで内戦が起きました!』
「大当たりだな?」
「やっぱりか……」
そんな事を話しているとは露程も知らず、私は気持ち良くシャワーで汗を流していた。
「どう見ます?」
「あり得ないです。今の社会構造でここまで出来る組織が想像付きません」
シャワーを浴び終えた私はモードレッドと交代して、先程あったニュースの内容をエルに教えられた。
「でも、サーヴァントなら……?」
「出来る出来ないといった能力的な観点からなら、実にその通りだと思います。ですが……」
「マスターですね。複数と考えれば召喚だけなら可能かも知れませんが、単独となると時計塔でも超一流の人に限られます。そして次に人道的観点、社会通念的観点から魔術師の取る行動とは到底思えません」
「そこです。唯一可能性があるのは『エル』ですが……」
「ですが『エル様』のメリットが見えて来ません。あなたや日本のあなたのため? 動機が薄い。そもそもスケールが大き過ぎます」
「はい。残るは『儀式』です」
「ん? 何の?」
「置換ではないかと」
「何の? あ!? 他の幾つかの世界の歴史を変えようと? そんな事をしたら抑止が動きますよ?」
「ええ、ですから当てずっぽうです。あくまでも可能性の話ですから」
そこへシャワーを終えたモードレッドが現れた。毎度毎度、ほぼ濡れたまま。髪もびちゃびちゃだし、ブラもパンツも着けていない。
まぁ、お互いの裸は何度も見ているからうろたえはしないけれど、もう少し良識が欲しい。
「そうじゃねぇだろ?」
「どういう事です?」
「お前らの元という、あの『エル』とは到底思えないって意味だ。それとそろそろ誰かが解明するんじゃねぇか?」
「何を?」
「『世界』のあり方だ。ちまちま英霊を喚ぶより、『世界』に働きかけて動かす方が楽だろ?」
「つまり、今のこれは抑止が動いているって事ですか?」
「そうだ」
それが出来ればの話だけれど、確かに効率は良いし証拠も残さないだろう。
「何より今のオレ達も、知らない間にそう動いているんじゃないか?」
私とエルはギョッとした。
テレビはオークランドで起きた集団乱闘事件を報じていた。
その前日の事件も含めれば250人以上が重症。死者は14人。エルヴァはそれを聞いて暗い顔をした。
『不殺の誓い』は『エル様』のものだ。そしてその思いを引き継いでしまっている日本とこちらのエルヴァ。その罪は私が被ります。だからあなたは後ろを見ないで前を見なさい。だってあなたの、その後ろにはエルヴァちゃんが居るから。
深夜2時。私達は再びゲートウェイ・アーチ国立公園に向かった。今回もお祖父様が用意して下さったクルマだ。
「また、違うクルマか。今度は何だ?」
「多分、こっちが本命で、先日までのは予備ですね?」
「そうです」
それは乗り降りしやすい4ドア・セダンだった。いや、セダンと言うよりサルーンの方が似合うか。レ◯サスのS160系GS。日本名はアリスト。その四つ目タイプだった。
エンジンは2JZ-GTE。3リットルのツインターボ。なのにオートマという少々残念な仕様だ。色は白で内装も白い本革。そのシートにはビニールが被ったままで、内装のウッドパネルもピカピカだった。
「まるっきりの新車ですか?」
「そう、数マイルも走っていません。つまりあなたの言った通りで、これが本来の仕事用です」
「かったるそうなクルマだな?」
「オートマですしね」
「なら、操縦は二人に任せるぜ」
「了解」
ここまで来るとミシシッピ川をイリノイ州に向けて走るクルマの姿がちらほら見える。
「あれはフレイトライナーですね。やっぱり北部に近くなると多いですね」
「あっ、ケンワース発見」
「本当だ。西部しか走っていないと思ったら」
「南部だとピータービルトばっかりだものね」
「何だよそれ?」
「アメリカの三大トラックメーカーです」
「ガードで屋根と後ろの箱しか見えねぇのに当たってんのかよ!?」
一頻り(ひとしきり)遊んだ頃に公園脇に近づいた。
「売買ですね」
「タバコを渡しただけじゃないのか?」
「あのタバコの箱にパケが入っています。代金は、ほら」
「あのマッチか。持って帰りやがった」
後席のエルヴァが空間転移して売人の男を拐って戻った。白人だ。
「な、何だ!」
「声を出さず静かにしろ」
エルヴァが喉元にブッチャーナイフをあてた。私は運転席から振り向いて、男に写真を見せた。
「その男の事を何か知っているか?」
「知らねぇ!」
「ふ~ん。連絡があって、会うのは二日後ね。それから?」
「な、何だ……何で……。オ、オレは下っ端だ! 聞いただけなんだ!」
下っ端は下っ端でも上から数えて何番目の下っ端だ。こういう下っ端の仕事もするのに、上からの信頼が厚く大きな取り引きにも立ち会える奴。お前みたいな奴を見付けるために使い魔で見張っていたのだ。
「ギャ~~~ッ! 腕が、腕が……こ、殺さないで……」
手首を押さえている。手首でも落とされたのか。エルヴァの見せている幻覚だろうが、その痛覚は本物ですよ。エルヴァも殺したくないからって先に手を打って来たりして。
「それで取引場所は?」
「二日後の夜9時に川向いの公園。そこから55号線でミルウォーキーでしょう」
「こいつはどうする?」
「暗示を掛けて放しましょう。取り引きの時に暴れて貰います。エルヴァ、それで良い?」
「……はい」
エルヴァは渋々頷いた。