結局、翌日と翌々日のスケジュールが空いたので、私達はその両日を観光にあてる事にした。というのはトレーラー・パークからの景色がイマイチだからだ。
設備は良いけれど、全然キャンプ気分にならない。日本の月極かコインパーキングで泊まっているかのような気分になる。エルが言うには数百kmも走れば良いところがあるらしいけれど、そこは遠いからなぁ。
ちなみにその風光明媚なトレーラー・パークは、スプリングフィールドとブランソンの間くらいにあるらしい。このスプリングフィールドは造兵廠のあったマサチューセッツ州のスプリングフィールドや、イリノイ州の州都とは別で(アメリカには同じ地名がやたら多い)、あのルート66(今は廃線)発祥の地とされている。
そしてミズーリ州の南端と言っても良いブランソンは、この州随一の家族向け保養地で、シルバー・ダラー・シティというかなり大きなテーマパークがあるらしい。
仕事だから仕方ないけれど、バカンスでモバイル・ホームを牽引するなら是非行きたいと思う場所だ。だけどいざ行けるだけの時間が取れたとしても、多分エルは反対するだろう。
触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らずだ。セントルイス自体には問題ない。危険度が高いのは川向うのイースト・セントルイスであって、ミズーリのこちらは北部以外安全だ。
問題はこのミズーリ州という土地が歩んだ歴史と、私の肌の色に因となり得る要素があるのだ。
この州は合衆国となる前、元々フランス領だった。いや、正確に言えばアメリカの真ん中にあるほとんどの州はそうだった。それをナポレオンから買い上げたのが、第3代大統領のトーマス・ジェファーソン(州都の名は彼の名から取られた)だった。
それでルイジアナの北部にルイジアナ準州ができ、後に南部のルイジアナが独立して、北部はミズーリ準州となった。こんな風に二転三転しても入植者達は生きていかねばならない。
なので植民地時代からのワイン作りやタバコ栽培を発展させた。それで今も名産地となっているのだが(カリフォルニアの場合は気候風土からそうなった)、裏返せば植民地時代やその後の準州時代にも美味しい思いをしていた人が大勢居たのだった。
そしてその経済は激安の労働力によって賄われる。即ち奴隷制だ。この奴隷制を当時の欧州は容認していた。その尖兵はスペインでありフランスだったわけだけれど……ホムンクルスを鋳造し労働力としていたアインツベルンである私には、何も言う資格は無い。
また、それとは別に新しいアメリカのあり方を模索していたリンカーンのような人達も大勢居た(ただし奴隷開放の父リンカーンもネイティヴ・アメリカンには非情だった)。
だけどやがてそれは対立構造となった。大きくは南北戦争なのだけれど、このミズーリ州は州内でも対立が激化していたのだ。
そういう諸々が今も尾を引いていて、日常では気付かずとも他者を排除しようとする心理が微妙に見え隠れしている。先程のスプリングフィールドなんて南北戦争時代の激戦地だ。それで多くの南軍死傷者が出た。
その後、自由を得たアフリカン・アメリカンが気に食わなかったのか、奴らが白人女性をレイプしたとのデマが流れた。それでリンチに遭ったり殺されては堪らないと、街からアフリカン・アメリカンがほとんど消えてしまった。
このミズーリ州の南、ルイジアナ州の北がアーカンソー州で、かのリトルロック高校事件が起きたところだ。そしてミズーリ州の左(西)がそのブラウン判決の争点となったカンザス州だ。
そして驚くべき事に、ジム・クロウ法といった一滴でも有色人種の血が混じった者はもはや白人ではないという考えがほんの数十年前までは当たり前だったこと。そんな人種差別を撤廃しようと訴えていたのは北部の共和党議員で、それに反対するサザン・マニフェストに署名していたのが南部の民主党議員だった。
彼らは南軍だったアラバマ州、アーカンソー州、フロリダ州、ジョージア州、ルイジアナ州、ミシシッピ州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、テネシー州、テキサス州、バージニア州の11州から選出され、その署名人数は101人である。(この列挙した11州の中のアラバマ州は、何と2000年まで異種族間の婚姻を認めていなかった)
全米ライフル協会は共和党の支持母体であるが、『インディアンは消滅されるべき劣等民族である』と議会で平然と言い放ったアンドリュー・ジャクソン大統領も、日本に核を落としたルーズベルト大統領も、ホワイトハウスでいかがわしい事をしていたクリントン大統領も民主党だ。
リベラルを謳ったり、やたら保守を訴える者ほど胡散臭いものはない。
誰しもが気の小さなライオンや藁の案山子(かかし)と友人になれる訳ではない。だから触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らずとなる。
モニターやスクリーンに映るアメリカだけがアメリカではない。南部の田舎では、90年代までスタンド(売店)に白人用受け取り口と有色人用受け取り口が普通にあったのだから。
あのエディ・マーフィがスクリーン・デビューする前、白人に化けて黒人が降りた後のバス内の様子をギャグにしていたのは、ほんの数十年前まで有色人種と白人には明確な線引きが実在していたからだ。
「洗い物をしながら何か口ずさんでいるなと思えば『True Colors』?」
「『Ebony and Ivory』の方が良かったですか?」
「ショパンの『黒鍵』を弾けもすれば、教会の『黒鍵』も投影できますでしょうに。それよりそろそろ出掛けましょう」
「はい」
映画の『ランボー』はカナダで撮影されたが、原作小説の舞台はイリノイ州の南、ミズーリ州の東にあるケンタッキー州だ。チキンで知られるけれど、ここも南部に属し保守的な人が多い。
ベトナム帰還兵だったランボーが阻害され、狩りに来た警官や州兵に民間人を次々と殺し(原作は殺している)、最後はかつての上司トラウトマンに射殺される結末は、正に因果応報の虚しさを表していた。
原題の『First Blood』は最初の血という意味だ。これは誰が仕掛けたのかという意味でもある。警官のティーズル? 州兵? それとも田舎街特有の閉鎖性? いや、社会に適応できないマシーンを作り出してしまったのはアメリカそのものではないか?
「ハァ……何も考えずに済む守護者の方が楽でしょうね」
「なんつう事を言うの? そこから抜け出したいと散々悩んできた人達を知っているというのに」
「料理と同じで、プロに成りきれないからです」
「らしくもない……。そんなに嫌だった?」
「ええ」
嫌だった。不法な入国は断罪されるべきだと思うが、私自身はメキシカンにもヒスパニッシュにも思うところはない。むしろまともな職に就けない2世3世が居るから、南部の経済が回る事を知っていた。
誰も口に出さないが、彼らは自らアメリカに飛び込んできた奴隷だ。拐われて船に積み込まれたのではない。だから、富める国を羨んでも、食べていけるのなら真面目に働くべきだ。
なのに一時の大金を得ようと犯罪に手を出す。その心の弱さも引っ括めて惨めだなと憐れみを感じる。だけどその罪を罰するのは、決して私ではない。私は14という数字を忘れないだろう。
「だから。お前ぇは考え過ぎなんだって」
「痛い……」
頭にチョップを入れられた。
「あれはオレがやったんだ。お前は峰打ちで骨を折ったり、動けないよう筋を斬っただけだろう?」
わかっている。そしてモードレッドほどの達人でも斬らずにはいられなかったあの人数。だけど『First Blood』は私達が突きつけた。
クルマは昨夜の公園近くに止めた。そして3人でゲートウェイ・アーチに登った。地上階の博物館から入り、特殊なゴンドラに似たトラム(5人乗りの個室が4分掛けて、列車みたいに8両編成で登っていく)に乗って頂上まで登ると、小さな窓から外を見渡せる。
高いところからの景色は気分を晴れさせてくれる。エルは窓の外の使い魔と交信していた。そして3分掛けて下に降り、博物館を見学してから外に出た。
「博物館の入館料とセットだと思ったら、トラムだけで1人7ドルですか?」
「その7ドルにビジターセンターの維持費も入っているんですよ。多分博物館の維持費や光熱費も」
高いのか安いのか。ちょっと考えてしまう。この後、エルのおごりでミシシッピ川のリバーボートクルーズを楽しんだ。蒸気船のレプリカに乗って揺られていると、『リバーワールド』を思い出す。
注)『リバーワールド』……フィリップ・ホセ・ファーマーのSF小説。第二部の主人公サミュエル・クレメンズはマーク・トウェインの本名だ。アメリカでは昨年の2003年にTVドラマ化され、ケーブルテレビで放映された。原作は奇想天外でかなり面白い小説だ。
手摺りに掴まったエルが突然『The Beach Boys』の『All Summer Long』を歌い出した。肩を小突かれたので一緒に歌った。
こんなオールディーズを私達が知っているのは、映画で聞いたり、安売りされていたCDを買ったり、父や父に近い世代の人がそういうのをクルマで流したりしていたからだ。
そもそも父の世代が生まれた頃の歌なので、父達も直接聞いた訳ではない。それでも繰り返し繰り返し世代を越えても伝わる歌は凄いと思う。
「唐突ですね? どうされました?」
「シスコではこれを口ずさみながら坂を走っていました」
彼女が何を連想してその歌をチョイスしたのかがわかった。映画の『アメリカン・グラフィティ』だ。気分はホットロッドだったのだろう。あの映画の舞台がサンフランシスコだったから。
「エルヴァ、そういうあなたがそこから連想するのはリトル・デュース・クーペでなくエリミネーターでしょう?」
大当たり。カ◯サキのそれじゃなく『ZZ Top』の『Eliminator』。あのジャケットのクーペだ。リトル・デュース・クーペは1932年モデルで、エリミネーター・クーペは1934年モデルだった。
「ところで、シカゴでの取り引きは?」
元々、北米での仕事は三つの契約を取り付ける事にある。一つが今追っているレオンを麻薬から引き離す契約。これは魔術を使った一方的な強制契約となる。
二つ目は今言った、シカゴでのクルマ引き取り。そちらはお祖父様のコレクション用で、L88エンジンを積んだC2型シェビー(シ◯レー コルベット)だ。
60年代のホモロゲーションを得るための限定モデルで、市販されたのは僅か20台。当然、現存している数はもっと少なく大変な貴重品だ。
それをお祖父様がオークションで落とし、ある人に預かって頂いていた。それを持って帰るだけの、言ってみればエル向けの仕事だ。どこが契約だって? 一応、受領書にサインを書くからね。
三つ目はミシガン州デトロイトでの取り引き。こちらはクルマも関係なければ犯罪とも関係ない。ある一家を引っ越しさせるだけだ。契約は別の州での家屋購入のみ。資金もたっぷりある。
ブルーノの子孫とも関係なく、昔々、新大陸に渡った友人の子孫だそうだ。デトロイトの治安が悪くなっているので、心配なのだそうだ。
仕事もあるだろうし生活の事もあるだろう。だけどこれは私でもわかる。日本車に押されているだけではない。ビッグ・スリーはメキシコなど人件費の安い国へ工場を作っている。
そうなると、この先デトロイトに未来はない。おそらく10年後には破綻する。そこを理解を促すよう話すのか、もう既に危機感を持たれているのか、それは会わない事には不明だが、割合楽な仕事だろう。
Johnny come lately~。船を降りてアイスを舐めているとそんな歌が聞こえた。『ジョニーが最近来た』のではない。英語の慣用句で『新参者』という意味だ。
「アメリカの歌って面白いな?」
モードレッドは殊の外溶け込んでいる。いつかエルヴァちゃんが言ったように、彼女にブリテンは狭かったのだと私も思う。
「モードレッドはアルトリア姉さんには会っていないんですよね?」
「お前らの姉ちゃんの父上だろ? 話はちらほら聞いているけど、会ってねぇな。どうした?」
「あの人の趣味」
「趣味? バイクじゃなかったか?」
「それもありますが、もう一つがサーフィンですよ」
「カリフォルニアで見掛けたあれか? 意外だ。逆に避けると思っていた」
加護の事だ。セイバーもそうだがアルトリア姉さんも水の上を走れる。つまり沈まないので、泳ぎを覚えなかった。だけど教師を目指した姉さんは、大学時代に野外活動センターなどでアルバイトをしていて、泳ぎを覚えようと考えた。
そこから特訓してある程度泳ぎが上手くなったところで、市民プールの監視員や海洋センターなどでもアルバイトをするようになった。
この時のニックネームが人を救ける方の『セイバー』だった。そんな木の札を首からぶら下げて子供達のキャンプを手伝ったりしていたのだ。
凜は運良くアルトリア姉さんのアルバイトと重なって、自然学校の1週間一緒だった。その前後に今度は友人に誘われサーフィンにハマった。
で、王様と結婚後にハンティントン・ビーチより南のサン・クレメンテに別荘を建て、長期休暇があればトラッセルズの波を楽しんでいた。
オーストラリアのシドニー郊外にも別荘を建てると言って土地を探していたけれど、あれはどうなったのだろう? 狙っていたのがドラマのロケ地で、地名がアヴァロンだった。良い波が立つらしい。
この『アヴァロン』という地名は世界のあちこちにある。だけど、姉は自分が空想していたアヴァロンはニュージーランドのミルフォード・サウンドが近いと話していた。そこにはノルウェーに負けないフィヨルドがあった。
その近くに川と渓谷があり、冬(南半球だから暑い)にハイキングすると最高なのだそうだ。その渓谷と川の名を『アーサー』という。冗談だと思い地図を調べたら本当だった。
『どういうアレで付けられた名なのであろうな?』
『オーストラリアもニュージーランドも英国連邦下ですから』
『気恥ずかしいぞ』
『マーマイトに飽き足らず、ベジマイトやビタマイトを作る人達ですよ? 信仰でなく習慣でしょう?』
『アーサー王伝説は習慣なのか!?』
『エル』の中で聞いていた会話だけど、彼女はやはり変だ。
ちなみにトラッセルズはサン・クレメンテから外れたところにあって、ビーチからクルマを止められる場所まで30分近く歩く羽目になる。
おまけに地元サーファーの隠れスポットだったのが、何かの大会に使われるようになって一気に有名になり地元民は辟易としていた。なので地元サーファーと揉める事もあるという。
それもあっての別荘だが、多分『エル』もあの海には入っていないだろう。まず飲み物を買いに行くにも、お手洗いに行くにしても駐車場まで戻るしかない点。
そしてサン・クレメンテ自体が小さな街だから、それなりのお買い物をしようと思えば、4~50kmは走ってハンティントン・ビーチに行かないといけない点が不便だった。
だけど、2002年型のカリフォルニア向けカミンズ・エンジンを積んだ、4ドアの赤いダッジ・ラム2500にサーフボードやウエットスーツを無造作に放り込んであちこちを走っていた。
別荘のガレージには小型のエアストリームに、カ◯サキのジェットスキーを積んだトレーラーも置いてあった。ああいう姿を知っているだけに、モードレッドもハマりそうな気がする。
「そうだな。そういうのも色々やってみたいな。ふ~ん、面白い父上だな」
この後、皆んなでホットドッグを頂いた。驚くなかれ、このホットドッグもこのセントルイスで生まれたという説があるのだ。
焼きソーセージを売っていたドイツ系移民のアントノイネ・フォイヒトバンガーが、妻の助言からお客の手が火傷しないようパンに挟んで提供するようになったのが始まりだとか。これは1880年頃の話だ。
もう一つの定説は1867年にニューヨークでパンを販売していた、これまたドイツ系移民のチャールズ・フェルトマンがお客の要望で開発したという話。
このフェルトマンはやり手でこの後どんどんと支店を増やした。そこの使用人と言うか弟子の一人があのネイサンズなので、後の説の方が信憑性が高い。
なおホットドッグという名前自体はもう少し後に、ダックスフンドみたいだからという理由で付けられたらしい。
だけどミズーリ州が西部の入り口というだけはあって、ハンバーガーもホットドッグもまぁまぁイケるものが簡単に手に入る(オーソドックスなものがという意味。大味は大味だ)。
行った事は無いけれど、カンザス・シティもこんな感じだろうか?
注)カンザス・シティはカンザス州側にもあるが、大きく栄えているのはミズーリ州側。セントルイスと似たような事になっている。
私もエルもこの時はコークだったのだが、モードレッドはビールを飲んでいた。銘柄は「バド◯イザー」だ。この気の抜けたような味が私達には合わないのだけれど、モードレッドは飲みやすいと言っている。
ちなみにこの会社の本社もセントルイスにある。また『Budweiser』とは、ビール大国チェコのブドヴァイゼル・ベルゲブロイやブドヴァイゼル・ブドヴァルに肖って付けられた名なので、商標訴訟にまでなった。
だから欧州では「バド◯イザー」は名乗れず、「バド」や「ブッシュ」で売られている。日本では「バド◯イザー」が先に商標を取ってしまったのでかなり遺恨があり、今も世界のあちこちで係争中だったりする。
「アメ公は本場のピルスナーに勝てると思っているんですかね?」
「けど、軽く飲めて良いじゃん」
「今はキ◯ンのラガーか、ア◯ヒのスーパー・ドライが良いです」
「あんな苦いだけのが? それは変ですよ?」
エルはドイツの地ビールみたいなコクのあるタイプが好みだった。わかりやすく言うとヱ◯スみたいな。ではチェコやドイツのビールが美味しいのかというと、これが千差万別で全体的には気の抜けたようなタイプが多い。
冷やさずに飲む常温タイプなんて、馴れない人には難しいと思う。逆に日本のは冷やす前提なので、喉でキレる、苦味が強いタイプばかりだ。
今は夏なのでドライが欲しかった。それだけだ。
クルマのところに戻った。ぽつんと止まっている白いGS。だけど街から浮く事もない。もうそれくらい、今のアメリカは日本車や欧州車が走っていて溶け込んでいる。
それだけ良き時代のマッスルなクルマが消えたからだとも言えるけれど、ごついピックアップは走っているので、アメリカのクルマが消えたわけではない。
私個人の考えだけれど、きっとそれは80~90年代を通じて、スポーティなクルマがコルベットに集約されてしまったからだと思う。つまり国内淘汰が終わったのだ。
だけどクラ◯スラーなんかはプロウラーやクロスファイアを出したりしているし、以前からヴァイパーやSRTもある。今のアメリカ社会に合うのかどうか不明だけれど、フ◯ードは5年ぶりにサンダーバードを出していた。
だから、そろそろドカンとマッスルなクルマが出てくる気がする。
エルがクルマに取り付けていた使い魔をチェックしていた。私も底に付けていた使い魔をチェックした。
「何かあるか?」
「ええ。プラスチック爆弾が仕掛けられています」
「やっぱり顔を見られていましたね。トレーラーを一旦片付けて正解でした」
「どうすんだ?」
「当然、このまま警察に通報ですよ。相手の動きが少しでも鈍れば」
「起爆は点火系と連動でしょう? このまま片付けて、私達も隠れましょう。何だったら、どこかで起爆させて雲隠れしても良いです」
「死んだと思わせんのか?」
「そうです」
それで私達は起爆装置に工夫をして、警察署の前で人通りが途絶えた瞬間に爆破させた。魔術による防護壁を張りつつ、起爆と同時にビルの上に転移した。
映画みたいに前輪が跳ねるような派手さはない。だけど爆発でガソリンに引火したのか、残骸はメラメラと燃え上がった。中にはエルが持ち歩いていた、『素体の元となる肉』を置いてあった。万一の場合にと、お祖父様に持たされていたそうだ。
勿体ない……これならクルマも安い中古で良かったよ。そもそもクルマを特定されたのも、あのタバコとマッチを交換していた男が、夜の街を徘徊する若者に注目されていたからだ。
つまり、自称下っ端は『顔の広い』奴だった。だから転移で拐ったところを見られずとも、女の子3人からイタブラれるシーンは無駄に興味を惹かせてしまう結果となった。
追われるレオンにしてみれば、シスコで仲間や部下を壊滅させた『アインツベルンの天使達』なのは明白だったろう。
大勢の人が集まり消火活動が始まる頃、私の目は野次馬の輪からそそくさと立ち去る男を捉えていた。年の頃は20代後半。どうしたものかと躊躇していたら、エルが術式を編みながら転移した。
僅か0.5秒。認識阻害の術をその身に纏いながら、ターゲットの男の真後ろに転移し、思考を瞬間接触でハックして戻ってきた。
「ここの取り引きが中止になったらどうしようと思っていましたが、やはりあるようです。焦ってミルウォーキーに行かず正解でした。ですが顔は完全に割れています。死んだ事にできるならGSも無駄ではありません」
「『アインツベルンの天使達』ですか?」
「ええ。チャーリーズ・エンジェルのもじりでしょう。固有のコードもありました。モードレッドは……」
「オレに? 何て?」
「『ジェミー』或いは『T-800』と」
バイオニック・ジェミーとターミネーターだ。敵ながらセンスが良いなぁ。守護者となって抑止に従事する英霊は、過去からやって来たターミネーターそのものだろう。アラヤ側となれば特に。
そして私は『Black Cherub(黒い智天使)』だった。ダンテの神曲に出てくる『堕ちた熾天使(ルシファー)』に加担した天使の事だ。
「センス、良いなぁ」
「黒い天使とか言われて平気なのか。お前ぇのセンスに驚くぜ。けど、話はわかった。今度は雷(いかずち)の魔術を掛けてくれ。それを纏ってあいつらの前に出てやる」
「カリフォルニアの知事に訴えられますよ?」
「何でだよ?」
この当時の知事が誰だか言うまでもないだろう。そしてこの知事の愛車がハマーのH1だった。そこらの4tトラック顔負けだ。さすがにアメリカでも大きかったのか、今はやや小振りなH2というのもある。
ところでエルに聞いたのだが、『エル』はデュトロのルートバンを乗り回しているという。何を考えているんだアイツは?
確かに元がハイエースだから大きい割に小回りが効くだろう。だけど18歳の女の子がお買い物用にそんなの買うか?
その後私達は、認識阻害の術を掛けつつ要所要所に監視用の使い魔を設置して、セントルイス郊外でミシシッピ川渡った。イリノイ州で潜伏するのだ。
途中、中古車屋でホ◯ダのアコード・セダンCD3型を買った。3人が乗れるなら何でも良かった。どちらかといえば、セダンよりバンかSUVを探していた。
理想はシボレーのステップ・バン。P-10でもP-30でも走れば良かった。だけどカリフォルニアと違い、需要がないのかバンは置いていなかった。
カリフォルニアならワーゲンのT1・T2どころかT3(ヴァナゴン)の専門店があるのに。ジープもそこいらで走っていた。グランドチェロキーにラングラーなどだ。
注)ステップ・バンなどのウォークスルーバンを北米ではマルチ・ストップ・トラックという。フォ◯ドのバネット、ダッジのルートバン、GMCのヴァリューバンなどなどだ。80年代まで作られていた車種もあったので、90年代まで結構見掛けたのに、2000年代に入ってからとんと見掛けなくなった。この手のものが好きな人には堪らないモデルの目白押しだ。レストアにも向いていると思う。またトラックやトラクターの会社も出していたので珍しい物もあった。例えばインターナショナル・ハーベスター社のメトロ・バンなんて70年代まであったバンは、ワーゲンのT1より可愛いと思う。
だけどこのお店の色なのか、そういうのは一切なく都会的なクーペやセダンばかりが並んでいた。また、比較的日本車が多いようにも感じた。
そこで目に止まったのがアコードのセダンだった。4速オートマの1.8リットルで92年モデルだ。走行距離は10万マイル(約16万キロ)をゆうに越えていて、12万5千マイル(20万飛んで1千キロ)だった。
前オーナーの職場が遠いのか、遠出をよくする人だったのか? そういう要素もあるだろうが、それだけ国土が広いのだ。だからアメリカで売られている中古車だと、これくらいの走行距離はザラだった。
むしろ最安価格帯のクルマなのに、内装は綺麗な方で、ボンネットを開けたエンジンルームにもサビ一つ無い。ガレージ保管で大切に乗っていた証拠だ。外装には走行傷が多少あるが、大きな傷や修理跡は無かった。
ただ、こんな低価格帯のクラスに赤いエンブレムは無いだろう。恥ずかしいよ?
それでも気を取り直してエンジンを掛けさせて貰えば、至って快調で異音もない。聞けば前オーナーは近所の人で、自分でオイル交換をきちんとする几帳面な人だったらしい。
「ワン・オーナー?」
「ああ。先日、新型のAccordに買い替えてね。それでウチに来たわけ。色は女の子に向かないかも知れないけど、程度は良好だ。値段も手頃だし、どうかな?」
「買います」
くすんだような青味がかったシルバー。ハンドルはメーカー不明のスポーツタイプに付け替えられていて、サスも替わっていた。余程クルマが好きな人なのだろう。このF18Bエンジンは回り方が違っている。
何より解析を掛ければ、足回りのブッシュ類が交換してあった。普通はそのまま売るだろうに。だけどこのオーナーは自分で交換してから手放した。シャンとした姿で送り出したかったのだ。
赤い『H』はジョークや愛嬌ではなくなった。なんて愛されたクルマなのだろう。
「タイプRの意味じゃなく、『特別』って意味だったんですね?」
「はい」
「馬を大切にする奴は良い奴だ。いい買い物をしたな?」
「ええ」
そして私達はイースト・セントルイスに使い魔を放ち、人通りのないところでトレーラーに乗り換え、パークに飛び込みで入った。
その近くにある道路を斜めに北上し、エドワーズビルや州都のスプリングフィールド、ブルーミントンを通った先にシカゴがある。この道こそが『ルート66』なのだった。
要は発祥の地としてミズーリ州も謳っている(間違いない事実だ)が、イリノイは始発点であり終着点であるシカゴを擁するる上に、今も当時の国道沿いにあったカフェが残っている事もありアメカジ好きの聖地のようになっていた。だから雰囲気のあるお店は地元の人より観光客の方が多かったりする。
たかだか国道一つでどうしてそこまでと思うだろうが、これは街道というものの重要性を人々が知っているからだ。開拓時代の移民は元欧州人だ。都市と都市を結ぶ街道は流通のために必要不可欠な存在だと骨身に染みている。
そして幌馬車が西へ西へと進み、住みよい場所に新たな街を作った。だけど街を一歩出て街道をポツンと進めば、周囲に灯りはなく、誰に襲われるかもわからない。
そして多くの人が使う主要な道路へと発達すれば、道路沿いに商店が建ち街に変化する。そこを期待してたくさんの人が関わった。
何より彼の国は合衆国なので、道路などは州や郡の管轄だ。また、多くのカウンティ(郡)を抱く50のステート(州)はそれぞれの成立年が異なり、ユナイテッド・ステート(合衆国)に加盟するまでには時間差がかなりある。
そういった歴史的背景と開拓精神が折り重なっているのだった。
注)ユナイテッドの語源はユニオン(同盟)。連帯を表すユニティからの派生語だ。
そんな『州』のエピソードで面白いのは、『州の食べ物』だろうか。大抵どの州もそういうのが決まっている。
イリノイ州なら『州の軽食』という名目で指定されていて、それがポップコーンなところ。ミズーリ州は『州のフルーツ』があって、それはブドウ。『州のデザート』にはアイスクリーム・コーンが指定されている。
アメリカは2000年代に入ってから、この手の指定が盛んになった。大概は特産品や名産物が指定されるが、88年と早い時期から『州の食事』なんてのを指定していたオクラホマは奇想天外だ。
バーベキュー・ポーク、チキン・フリード・ステーキ、ソーセージとグレイビー、ビスケット。本気かと悩んでしまう。だけどケンタッキーはフライドチキンでなく、今年ブラックベリーを指定した。真面目だ。
バーモント州はリンゴとアップルパイ。あのカレーのCMと名前には意味があったのだ。
ね? 『州の代表的な食べ物』を決めませんかという話がここまでバラバラになる。それが州の独立性であり、個々人の独立性だ。
だからアメリカの子育ては個性尊重。褒めて褒めて伸ばしていく。家族間もそうなら友人関係や雇用関係もそうだ。
いや、雇用関係は少しシビアかな。あの国では面接でウザいくらい自己アピールをするのが当然だ。自分のスキルと個性を買って貰う訳だから。
なので同じ年の同じ日に入った人でも、週給やボーナスに随分と開きが出る場合が多い。だけどそれが個人の能力差だろう? となる。
チップもその授業員のスキルに対して支払うものであってサービス料とはまた違う。チップの多い店員は尊敬の対象だ。そしてチップ制があるから、お店は人件費を低く抑えられる。
裏返せばチップの発生しない飲食店は、サービス料の高い店以外居心地がそんなに良くない。
ドイツでもスイスでも日本でも、お店に入れば『こんにちは』『おはようございます』『ありがとう』と皆んな言う。それが当たり前だからだ。人が人に敬意を払うのは当然だ。その最低限の会話であり始まりが挨拶だ。
それを躾けられて育ったから、姉のイリヤも『エル(私)』もマウント深山では特別可愛がられた。マアエモ・ママもルオン・ママもお買い物の時はどちらかを連れて行きたがった。サービスが全然違うらしい。
こんな風に文化が全く違うので、幾ら個性の尊重だ、チップが発生しないからと、愛想もクソもないファストフードはどうなのだと思う。
スマイル0円ならぬ、スマイル・ゼロ。つたない英語で『え~と、え~と』と悩んでいると『ヤレヤレ』と手を広げられて『次の人~』と飛ばされかねない。それがアメリカだ(最近はマシらしい)。
だけどこれだけは言える。お客は神ではない。フィフティ・フィフティの関係だ。ここを勘違いしている『井の中の蛙』が日本には多いと思う。
モービル・ハウスを設置したは良いが、テレビの電波がイマイチだ。パークの位置が悪かった。だけどこういう辺鄙なところの方が敵には見付かり難いだろう。
それに、あちらが動くのは明日以降だろう。今は私達が死んだと思って気を抜いている筈だ。
「普通ならここで攻めに出るべきでしょうが、相手の居場所が不明なのが痛いなぁ」
「そこはしょうがないでしょう。地道に一つ一つ潰すしか手はありません」
「オレは早くシカゴに行きたいよ」
ガイドブックでとうとうシカゴの三大名物を把握したモードレッドだ。今はスペアリブの写真に目を輝かせている。
注)シカゴの三大名物とはディープ・ディッシュ・ピザとホットドッグ、そしてスペアリブの事だ。5~7センチは厚みの有りそうな、チーズたっぷりでカロリーもたっぷりなピザ。あばら骨だらけのケチャップ味のバラ肉。野菜やピクルスをたっぷり入れてもケチャップは厳禁のシカゴスタイル・ホットドッグ。実は有名店以外でも美味しいので困る。スペアリブだけでなくステーキも美味しいし、豚肉料理にも良いレストランがある。シカゴはアメリカでも有数のグルメ都市なのだ。また、カフェや美術館なども充実していて、内陸の観光地として昔から人気がある。個人的感想だけど、純粋な都市観光ならニューヨークやロサンゼルスより楽しいと思う。
暇だった。とにかく動きがないし、こちらも動けない。少々イライラし始めているのはエルだ。
「落ち着けよ。待つのも戦いのうちだぜ?」
「わかっています。わかっていても、これが中々自制が効かず……」
一番気の短そうなモードレッドが、ポテチをパリパリ齧って余裕だ。一番落ち着いている。
「狩りと同じさ。焦ったら獲物を逃がす。それが一番デカい……そうそう『損失』だ。だろう?」
「お見逸れしました。あなたにそれを言われるとは」
ペコリと頭を下げるエル。それを見てニカッと笑うモードレッド。私にも彼女のマスターであるエルヴァちゃんと似た要素はあると思うのだけど、エルの方がエルヴァちゃんっぽいんだよね。だからこの二人は本当に仲が良い。
そしてそんな退屈な時間の果てに、とうとう取り引きの夜はやって来た。
「どうだ?」
モードレッドがエルに訊いた。
「受け取り側が6人。レオンの方は2人ですね。多分、あのパネルバンの外装が二重になっていて、その間に隠してあるのだと思います」
「ラダーのフレームに仕込むんじゃなくて?」
これは私。
「政府軍の検問を突破して武器を密輸する革命軍ではありませんよ。そもそもレオンの販売網とここの販売網は州が異なります。そして市警察は動いてもFBIが動いていない点。本当の黒幕は、南米から各州の売人に卸している者……。即ち多くの運び屋を抱えている者と察せられます。いや……裏はもっと深いのかも」
「ですね。ストリート・ギャングばかりで、掟なのか何なのかマフィアが動いていません」
「ですよね? 旧来のマフィアのルートを切った結果こうなった?」
「いえ、新興勢力と言いますか……。私は産地直売が頭に浮かびました」
「なるほど。その内、ネット通販でフルーツみたいにキロ幾らでヘロインが?」
「そうなり掛かっているのでは? 一般の運送屋を使う方がリスクは少ないです」
「偽装が完璧ならね。あ。そこに魔術師が絡むのか……?」
「ええ、そう考えます。ニュースの産地壊滅はそういう流れもあったのでは?」
「なるほど。エルヴァ?」
「はい?」
「バゼットさんも動いていた。という事は『お父さん』も……」
「可能性ありますね」
段々と見えて来た気がする。
「やっぱりだ。クルマを交換した。どっちを追う?」
「セダンの方。レオンを追います。ですが使い魔をあのパネルバンに」
「空間を跳ばして貼り付けました。あなたは放っていた使い魔に帰還命令を」
「了解」
それで私達は黒いセダン(おそらくグランド・マーキーだと思う)を追った。予測通りマーキーは55号線に乗って北上し始めた。間に数台のクルマを挟んでひたすら走る私達のアコード。
最初のレスト・エリアでグランド・マーキーに使い魔を貼り付ける事に成功。それがあって私達は適度な距離を取って追走できた。その後も数回の休憩を取り、5時間半後に私達はミルウォーキーに入った。
「シカゴは素通りかよ?」
「これが片付いてからですよ」
「しゃあねぇなぁ」
ミルウォーキー。ミシガン湖のほとりにあるウィスコンシン州最大の都市であり、ハーレーの本拠地であり、あのミルウォーキー・ツール生誕の地であり(※)、ブリュワリー(ビールの醸造所)が立ち並ぶ事でも知られている。
シカゴとも近く、食のシカゴ、ビールのミルウォーキーと考えている人も多い。ウォーターフロントとしてちょっとした雰囲気の風情ある街だ。
私の感覚だとマルセイユやシドニーなどと違い、どこか北海道の小樽っぽく感じる。きっとミュージアムやマーケットが充実していて、そこに並ぶ展示品や商品に気がそそられるからだ。
リバーウォークも倉庫街の運河っぽく感じる。だけどお寿司屋さんはない。それでもミルウォーキーに惹かれるのはあの『ラスカル』の舞台だからだ。
『ハイジ』の村近くで、似たような育ち方をした記憶のある私だ。実は『エル』として、ここには何度か来ていたのだった。
※)ウィスコンシン州はイリノイ州と並んで工具メーカーが多い。有名どころではスナップオンがある。
使い魔は発振器とは違い信号を見失わないし、私のは発見されて取り外されても自分で追跡する。何よりそれを取り外すにはそれなりの技術がいる。レオンには無理だろう。そして車内の会話を逐一私に報告してくれる。
『ここまで来りゃ安全だ。お前もご苦労だったな』
『いいえ。で、兄貴、残りのブツは?』
『お前を売って終わりだ』
『俺? どういう意味です?』
『お前、自分を人間だと思っていたのか? 『Aufhören zu schlafen』』
変な言葉だ。眠らないで? 何かのキーだろうか?
『お、俺……?』
『覚醒したか。そうだ。残念ながらお前は人間じゃない。自立したトランクさ』
な!? 子分か弟分かは知らないけれど、あいつは人形だったのか! 橙子さんから流れたとは思いたくないが、何度もこうして人手を渡っているのだろう。
『先方には連絡が付いた。今夜でお前とはおさらばだ』
『兄貴……』
『悪いな』
『え……?、あ、兄貴……』
ん? 何をした?
『ほぅ、これはまた別嬪になったな。精々可愛がって貰いな』
『あ、兄貴……』
『神殿を築くのはお前だ』
声が女になった! そういう人形か……。
『覚えちゃいないだろうが、お前との熱い夜は、まぁまぁ楽しかったぜ?』
ハァ……。そっちも可能と……。高性能過ぎる。絶対に出どころは橙子さんだ。となると戦闘力も高いだろう。普通に考えて手放すか?
使い魔が受信している声をエルやモードレッドにも聞こえるようにした。
「エルヴァ、相手の者を殺して現金だけを奪いとってトンズラ。この線は?」
「あり得ますね」
「神殿ってなんだ?」
「10年ほど前にこのミルウォーキーで、最悪な事件がありました……」
「Milwaukee 924 North 25th Street,Oxford Apartments。神殿の住所」
そして私とエルは『食人鬼ジェフリー・ダーマー』の事をモードレッドに話した。お薦めはしないが、調べる気があるなら調べて欲しい。吉良吉影以上のリアルな異常者を。
「この場合は『皆殺し』の意で『神殿』と?」
「もしくは戦闘モードに切り換えるためのコマンドかも」
「悪党だろうが何だろうが、見逃せないだろ。レオン以外は全員ふん縛って、そういう奴に渡せば良い」
「ですね。そんなのを暴れさせちゃ神秘の拡散になる」
「ええ、行きましょう」
その夜、取引相手のビルに私達は先回りした。会話から北23番地あたりと読めていたからだ。そこは例の神殿の2本筋違いで、住んでいる人には悪いが立派なスラム街だった。
目的のビルの前で、18~20歳くらいの二人に声を掛けられた。
「おい、金を出……」
その青年はビルまで5回転はしてノビてしまった。モードレッド……いきなり殴るのは……。
「このアマ……」
仲間をノされたもう一人が威嚇してきた。よく体を鍛えていて、胸も厚ければ腕も太い。その腕には漢字で『河豚』と彫られていた。フグってなんだよ? 『海豚(イルカ)』と間違えた?
「エルヴァ、頼むぜ?」
そう言い残して、もう1人を殴ったモードレッドは単身でビルの中に飛び込んだ。仕方なく私はマッチョの相手をした。
「覚悟は良いですか? ミスタ・ドルフィン?」
「お、おま、何で俺のニックネームを?」
当たっていた。ダブル・ニーミングも疑っていたので掴まれるのが嫌だった。なので後方に跳んでの連続倒立回転から街路樹に飛び、それを足場にして三角飛び蹴りをした。それも身体を捻ってのソバットだ。
見事に入った。顎に有段者の蹴りを食らったドルフィンはそのまま脳震盪を起こしてぶっ倒れた。だけどそれ以上はしない。家庭環境とか生活環境とか、こういう風に落ちぶれた背景が一発で見えて来るオーラを放っているというか、そういう顔だった。だからモードレッドはこっちに回したのだ。
溜め息を吐き見上げたビルから、銃声に悲鳴にガシャンと何かが割れる音がする。挙句の果てに窓から人が降って来た。
頭から落ちないよう、風の魔術で回転を与えて骨折で済ませてあげた。エルはとっくに防音と人避けの結界を張ってくれている。暫くしてモードレッドが見知らぬ男を抱えて出て来た。
「そいつ?」
「ああ、こいつだ。おっと。エルヴァ、来たぞ」
パッツンパッツンなTシャツに、ダブダブなジーンズの金髪女が襲って来た。レオンの弟分だろう。とんでもなく美人だが、目がイッてる。振り回す腕をモードレッドが軽くいなしたら、街路樹にラリアットをかまし、その勢いのままへし折った。
ここでエルが走り始め、途中で転移した。私の使い魔を通じて、どこかで見ているレオンを発見したようだ。応援に行きたいが、この場の事態の収拾が先だ。
私も干将莫耶を投影して、金髪美人を迎え討った。
「グギャー!」
人とは思えぬ甲高い叫び。切り飛ばした腕が宙を舞う。そこで担がれた男も事態を飲み込んだようだ。
「レオンの野郎が裏切ったのか?!」
「だからそう言ってるだろうが! 寝とけ、馬鹿!」
モードレッドが担いでいた男の頭を殴った。ゴスンと鈍い音がして、男は気を失った。頭蓋骨挫傷とかしてないよね?
そんな事を考えながらあの弓を投影し、ランクの低い矢を射た。
そして矢は金髪女に刺さり爆発した。爆散した女は跡形もない。そこへエルが戻って来た。レオンをクルマごと取り込んだという。
「どうするの?」
「このままスイスに連れ帰りお祖父様に預けます。これが一番無難でしょう?」
「違ぇねぇ」
全員に暗示を掛けて警察に通報した。ここまでお膳立てしたんだから、今度は見逃さないでね、『市警』さん。