※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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115、ラテンの空

 その夜のご飯はミートボール・スパゲティーとポテトサラダだった。そこにギョウザとチャーハンだ。組み合わせが謎過ぎる。

 感想を述べると、まずミートボール・スパゲティーが、肉々しい見た目と裏腹にとても美味しい。『Trader Joe's』で買った、チューブ入りトマト・ペーストを使っているそうだが、ハーブや香辛料の組み合わせはミアータさんのオリジナルで、絶妙なのだ。

 パスタはスイスでもよく食事に出ているし、調理上手なメイドも多い。だけど『この感じ』はまず出ない。

 

「このミートボールは?」

「私やお嬢様方が出ている間にモニカが作っていました」

 

 挽き肉から自分で味付けし、丸めて作っているらしい。だけど野菜は入れず、肉感だけを求めている。それがわかっているから、ミアータさんはピーマンやタマネギを多めに使ってミートボール・ソースを作られたのだ。

 ソースの味がボールの味を阻害していない。ボールの旨味を更に盛り立てている。この辺の呼吸が姉妹ならではだろう。

 ここでダイニングの棚の上に横置きされたJBL4312から、知っているイントロが流れた。お二人は食事の時、いつも音楽を掛けているのだ。このテレキャスのカッティング……。

 

「オハーヨー、ゴザイマァ~ス、Good mornin'Everybody!」

 

 いきなり挨拶したのはエルだけど、キョトンとしたミアータさんとモニカさんに説明したのは私だ。

 

「ああ、このTatsuro YamashitaのSPARKLEがオープニングに使われていたラジオ番組が日本にあって。そのDJが海外の方でこういう挨拶をされていたのです」

「Tatsuro Yamashita?」

 

 お祖父様が? お二人は知らずに掛けていたらしい。と言うか、機器から流れるのはレコードやCDの『FOR YOU』でなく、誰かがテープにミックスした自己流ベストだった。

 

「友人がミックスしてくれたテープです。日本の80年代の曲ばかりが入っているそうです」

 

 なるほど。ご友人は日系の方なのかな? YUMINGにOFF COURSEにANRIとか、父の世代が馴染んでいた音楽ばかりが流れてくる。

 

「先日から思っていたんですが、お二人は普段からこういうのを?」

 

 エルからの質問だが、これは私も思っていた。聞きたいのは献立やレシピに音楽の好みでなく、それらを引っ括めた普段の生活だ。たまにしかいらっしゃらない、お祖父様やご友人方をお迎えする以外はどうされているのだろうか?

 

「そうですね。ここの維持管理だけでも十分な給金を頂いていますし、ご近所にはそのような住み込みのハウス・キーパーだと話してあります。また、それとは別に在宅でデザイナーのアルバイトをしています」

 

 モニカさんのお話だと、やはりミアータさんは幾つかのショップやメーカーがスポンサーに付くローカル・プロだった。そしてその顔を活かして、お世話になっているショップのオリジナルTシャツなどのアパレルや、キャップのロゴをデザインしているのがモニカさんという訳だ。

 なのでお二人とも、この街に根付いている。友人も多く、週末はホーム・パーティに行ったり来たりの気ままな生活なのだとか。

 良いな、それ。おチビちゃん辺りが知れば、こういうユル~い生活に憧れると思う。ウエスト・コーストもアメリカだ。開拓の最果てだった土地だ。だから自己責任と個性の尊重は徹底している。

 だけど、ニューヨークで見たどこか切羽詰まったようなピリピリ感はない。今回はサウス・ブロンクスには行かなかったけれど、それでも滲み出ていた。

 一見華やかなりしブロードウェイからもそれは感じられた。ケネディ空港に近づけば、より強く感じられた。あの空港を選んだのは便の有無だけではなかった。

 安全面を考慮すればジョン・F・ケネディ国際空港でなく、ニュージャージーのニューアーク・リバティー国際空港を使う。旅慣れた人の常識だ。

 だけど私とエルはクルマからだけど、今現在のブルックリンを見たかったのだ。だからロウアー・マンハッタンからトゥ・ブリッジーズへ向かいブルックリン橋を渡った。

 セントラルパークから、マジソンスクエアガーデン見たさに7thアベニューを使ったのは失敗だった。その先に見えるべき2つのビルが見えない。胸が痛くなったので、パークアベニューを通ってブルックリン橋に向かった。

 本音を言えば『ダンボ(Dumbo/Down Under the Manhattan Bridge Overpassという倉庫街)』から橋を眺めたかったし、道路の上の歩道を歩きたかった。

 それはこの橋がマンハッタンとブルックリンを象徴する有名な橋だったからだ(色んな映画に登場していて、『Saturday Night Fever』のオープニングや『Once Upon a Time in America』などの使われ方が特に有名)。

 アトランティック・アベニューからワシントン・アベニュー、イースタン・パークウェイと抜けて、ブラウンズヴィルやイースト・ニューヨークを走って空港に向かった。

 その車窓から見える人々の顔。余裕がないのだ。他人に無関心というか。それは地方から出て来て馴染むのが精一杯という人が多い東京に近いかもしれない。

 ニューヨークには自由があるという人が居る。果たしてそうだろうか? ともすれば街に飲み込まれ喰われてしまう恐ろしさ。そこから脱却したい、何としても自分という個人を維持したい欲求の裏返しが自由に見えるだけだと思う。

 地図を見ても歴史を学んでも納得行かない。どうしてこんな狭い中洲のような土地が、世界有数の経済都市になったのか。あまりにも不可思議だ。

 人種の坩堝、ビッグアップル……言葉は色々あるけれど、誰かが意図的に行った何かの実験ではないかとさえ思う。そんな言いようのない不安を皆んな抱えている。

 常にヒエラルキーとカーストに曝されている。ビルの上から見下ろす者は上ろうとする者が居ないか目を光らせるし、下からビルを見上げる者は、成り代わろうと野心を燃やすか、諦めて無為に生きるのみ。

 だから他人に構っていられない。魔術回路がないにも関わらず、いっぱしの魔術師みたいな顔をして道行く人々。それが私の懐いたニューヨークの印象だ。

 対してこのカリフォルニア、特に南は時間がゆったりと流れ、人々がお互いを気遣いながら日々の生活を楽しんでいる。景色も何もかもが違うのに、それはスイスととても似ていた。

 人が人として仮面を被らず、自由に生きている。お祖父様がここに別宅を建てた意味が改めてわかった。

 

 食事中の会話でお二人から、このロスの海岸付近の街々には、ローカルなビールの『brewery(醸造所)』が幾つかあって、お祖父様がそこで出逢った人々と語らいながら呑むのを、とても楽しみにされているのだと教えられた。

 

「美味しいんですか?」

「それもありますが、お館様はそれだけを楽しみにされている訳ではありません。誰とでも気軽に、身分を越えて話し合える場だからですよ」

 

 ガード下にある場末の居酒屋? アテはおでんと煮込みだけみたいな?

 

「おつまみは持ち込み自由です。お店の駐車場にフードバンが出ていますので、そこで買う人が多いですね」

 

 へぇ~、行ってみたいな。

 

 

「このギョーザ、ウメェ」

 

 私とエルがジーンとしていたらこれだ。

 

「そこはラー油と酢醤油でしょう? チリ・ソースで喰うなよ?!」

「スミマセン、お嬢様。ラーユって何でしょう?」

「あ、それはですね……」

 

 それで私がラー油をモニカさんに説明した。

 

「お嬢様、この黒いのは何でしょう?」

 

 今度はミアータさんだ。チャーハンを指差している。うん? ヒジキ?

 

「これって、ヒジキと枝豆が入っているから『ジャバニーズ』なんだ?」

 

『ジャバニーズ』と入れると、健康的だと思って買う人が増えるのがカリフォルニアだった。

 

「ああ、スシ・ロールの内側にあるノリのようなものですか?」

 

 まぁ、海藻の一種だけれど……スシ・ロールねぇ……。カリフォルニア・ロールの事だろうなぁ。サンペドロの卸しで鮮魚を手に入れて、お礼にとお寿司や刺し身を造っても気味が悪いだろうしなぁ。

 勿体ないけど、フレンチで作るしかないだろうね。

 

「ローズ・ボールにはマリーも出店しているのよ。ミアータ、よろしく言っておいて」

「OK」

 

 そちらにはモニカさんのお友達がお店を出しているらしい。この週末は本当に楽しみだ。

 

「ミアータさん? 豚肉の美味しいのを売っているところはありませんか?」

 

 エルだった。何だろう?

 

「ポークですか。塊で?」

「いえ、薄切りで」

「薄切りですか? どんなお料理を?」

「ポークジンジャーです。わかりやすく言うと日本風の料理です」

 

 ああ、豚の生姜焼きをお二人にと……なるほど。

 

「ならトーランスかガーデナに行けば、ニジヤにミツワ、マルカイといった日系スーパーがあります。そちらですとご希望のポークが手に入る可能性が高いと思います」

 

 ふむふむとエルがメモを録って地図と照らし合わせていた。そっかスケートパークでも東洋人のキッズを見掛けたけれど、チャイニーズやコリアンだけでなくジャパニーズも居るんだね。

 

「トーランスはコスコもありますよ」

 

 コスコとはコストコの事だ。この頃は福岡と幕張、多摩と尼崎くらいしか日本になかった。流石はロサンゼルス。随分前からあったようで、ロスのハリウッド・サインの向こう側、バーバンクにはアイケア(イケア)までがあった。

 日本では一度80年代に撤退していて、再進出後の1号店が船橋にできたのは、2年後の2006年だ。バーバンクとローズボールのあるパサデナは近い。行ってみるのも良いかな。

 そう思ったのは、この家の家具が随分とお洒落だからだ。そんな家具の上や棚にお二人のお写真やお祖父様のお写真が飾られているところがアメリカだ。これはお祖父様の趣味ではないと思う。間違いなくミアータさんとモニカさんの趣味だ。

 そしてそれはきっと、ローズボールのフリーマーケットやアイケアで揃えたのだと思う。

 

「一度に全部は無理でしょうけど、パサデナの裏手がエンジェルス国立森林公園で、その北側にディープ・クリーク・ホット・スプリングスという温泉があります。かなり歩くそうですが、お風呂好きなら訪れてはいかがでしょう?」

 

 私達がシャワーでボヤくのをミアータさんもモニカさんもご存知だった。日本の生活に馴れるとね。ホント、肩まで浸かれるお風呂が恋しいんですよ。

 

 

 

 モスクワの空港からアムステルダム、ロサンゼルスを経由して、私がメキシコシティ空港に降り立ったのは30時間以上過ぎた後だった。

 

「ふむ。アムステルダム→ロサンゼルス間が長かったですね。ロサンゼルスなどに寄らず、直行便で行ければ良かったのですが……」

 

 先立つものが乏しい場合は、節約あるのみです。しかし、ホトホト疲れた。早くホテルで寛ぎたい。その前に屋台か何かでタコスかトルタ(メキシコ流サンドイッチ)を仕入れておきたい。

 なので拾ったタクシーに、繁華街に向かってくれと言った。やがてそういう界隈に景色が変わった。すると信号待ちで、タクシーの運転手が振り向いてこう言った。

 

「悪いがお客さん。降りたけりゃ1000ペソ(約4500円)払いな。でなきゃダバラッ……」

 

 ああ、すまない。無意識で殴り飛ばしてしまった。金額的にはそれほど阿漕なボッタクリではないのだが、観光客価格にしてみたら少し高いか。

 こちらこそ悪いが、自分のクルマのウィンドウを自分の頭で突き破った修理費と治療費には34ポンド以上掛かるだろう。いや、明日からの休業分を数えれば大損だったな。まぁ、拾った客が悪かったと諦めてくれ。

 終わった事は仕方ない。私は顎の砕けた運転手を見向きもしないで、屋台が見える方向へ歩いた。

 

 ここはメキシコシティ。タクシーなどたまにボッタクリがあるが、昼間の治安はまぁまぁだ。今回私はさる人物からの依頼で、このメキシコの情勢を観察する事になっている。

 具体的な事は今ひとつ不明なのだが、それでも私がこの仕事を引き受けたのは、依頼者がとても信頼の置ける人物だからだ。

 そしてその依頼者を動かした人物(真の依頼者)が、何人かの仲間を用意していた。その中の数人と、この街で落ち合う事になっていたのだ。

 15ペソ(約65円)で買ったトルタを頬張りながら指定されたホテルに向かって歩いていると、50m程先で人だかりができていた。その真ん中で見知らぬ誰かが3m程宙に浮いて落ちた。

 何があったと駆け寄ってみると、男達20数人に囲まれたスーツ姿の女性が、手近な5~6人をたった1人でノシていた。む? 背後から銃だと?

 

 私はすかさずその銃を構えた別の男の懐に潜り込み、アッパーをお見舞いした。やはり3m程相手が浮いて落ちた。私は自分と同じ赤毛の女性の背中に自らの背中を当てた。

 見なくともわかる。きっと同じファイティングポーズで背中側の敵を威嚇している事だろう。それが落ち合う相手だった。『バゼット・フラガ・マクレミッツ』。私の並行世界存在だ。

 

「いきなりトラブルですか?」

「違う。そちらと勘違いされたのでしょう。まったく……」

 

 ああ、相手はそういう手合か……。どこの者達だろう、心当たりが多過ぎて全然頭に浮かばない。何だか相手にも彼女にも申し訳ない。だから協力して全員を倒した。

 

「ほら、ポリスが来る前にずらかりますよ」

 

 メキシコシティはあちこちにポリスが立っている。なのに誰一人来ないのは、このノビている奴らの誰かが張った結界が効いているからだ。

 となると相手の正体は……欧州の魔術協会と揉めていたあそこの残党か。エーデルフェルト理事からの依頼で壊滅した積もりがまだ残党が居たとは。調査が甘かったな。

 私達は直行せず、裏道を迂回しながら件のホテルに入った。チェックインの後、最上階の部屋に彼女が案内してくれた。中に入ると1人の人物が待っていた。

 既に何度か見ている顔だが、ロシアで出会った彼ではない。彼は倫敦で私を完膚無きまでに叩きのめした彼女の従者だった。

 私に今回の仕事を依頼してきた人物の名は『遠坂凜』。並行世界を渡る魔法使いだ。そして彼女に依頼代行を請願した真の依頼者が、彼女の友人であり彼の主人である『エルヴァ・フォン・アインツベルン』、私を倒した唯一の魔術師だった。

 

「お久しぶりです」

「ああ。君とは擦れ違うばかりで、ほとんど会話をしていなかったな。自己紹介は今更だから省かせて頂く。今回は私が指揮を執る事になる。よろしくな、バゼット」

「ええ、お願いします」

 

 私は彼と握手した。

 

「それで他の者は?」

「仲間は何チームかに分かれていてな。ここ以外にコロンビアや東南アジアと中近東に飛んでいる」

「一体何を? 信用は致しますが、そもそも『観察』とは?」

 

 このスイートルームは、リビングとベッドルームが分かれているだけでなくキッチンも備わってた。彼は私を手で制し、そのキッチンに消えた。

 

「まずはお茶を入れよう。その後に話す。暫く待っていてくれ給え」

 

 メキシコはハーブティーが主流だ。一般的なマーケットで手に入るのは、確かカモミールとレモングラスがほとんどだったと思う。紅茶もあるにはあるがとても飲めたものではない。

 やがて倫敦にある名店に負けぬお茶が出て来た。温度、香り、味、どれを取ってもこれ以上はないというレベルだ。こういう比較は良くないが、ロシアで彼が入れてくれた以上だろう。そしてこの葉のクオリティの高さ……。

 

「お察しの通りだ。妹に持たされてね」

「やはり彼女が関係するのですか?」

「凜が君にアポを取り、こうして私が指揮を執る訳だからな。だが、彼女はアサシン達を指揮しての、『黄金の三角地帯』と『黄金の三日月地帯』の観察担当だ」

 

 黄金の……? 私は再度問うた。

 

「その『観察』とは?」

「これから起きるであろう事象の観察だよ。事の発端は妹の夢見にあった。理由も何も現段階では何とも言えんが、これから2週間以内に麻薬の生産地が壊滅する」

「は?」

 

 思わず彼の顔をまじまじと見た。『夢見』……未来視の一種で、いわゆる『予知夢』だ。

 

「予知夢ですか?」

「有り体に言えばそうだ」

「いや、彼女のアレは『予言』のようなハズレがない。完全な『未来視』であり、彼女が口から言葉にして出せば、それはもはや決定した『予定』だ」

「そこまで……?」

 

 いや……倫敦で彼女は私の動きを完全に読んでいた。勿論、目の前のもう一人の私を先に知っているのだし、それで学習していたとも言える。

 だが、そう簡単には言えない『動き』であり『戦法』だった。彼女は戦闘者としても一流だった。なのでその『先読み』をして『予知』であるとは認めたくない自分が居る。あれは鍛え上げた達人の持つものだと。しかし、今はそれよりもだ。

 

「その……麻薬の生産地が壊滅するのですか?」

「ああ。どういう過程を踏み、どのように壊滅するのかはわからん。しかもそれがこの世界だけの現象でないという。この世界に近い座標にある並行世界すべてで起きるらしい……」

「な、何故そのような?」

「そこがわからんから観察するのだ。それにこちらとしても、君に余計な先入観を与えたくなくてね。君自身の目を通した客観的事実をこちらは知りたいのだよ」

「要は情に流されず、どこまでも第三者として冷静に事実だけを見詰めて欲しい訳です」

 

 もう一人の私の言葉だ。

 

「あなたは……?」

「私自身が今はエルの部下であり、リンの友人でもある。その分、余計な情報も持ち合わせている。あなたを起用すべきとエルに進言したのは私です。と同時に、あなたに妙な不安を与えたくもなかった。だから並行世界の私と彼がチームに入ると、先に知らせてあったのです」

「理解して貰えたかね? つまりこれから起きるであろう何かを止めろとか対処しろというのではない。何がこの座標で起きているのか、その原因をこちらは探っている。きっと大勢の人が被害に遭うだろう。だが……」

「余計な手出しはせず、『観察』に徹しろと……?」

「そういう事だ」

「この流れですとコロンビア以南も?」

「ああ。別の観察者を起用して、仲間が向かったよ」

 

 そうか、事前に知らされていた以上に『仲間』は多いようだ。そこまでの人員を投入するという事は、その事象は必ず起きるのだろう。

 私達は今後どう動くべきなのかを検討し、まずはシナロア州のクリアカンに向かう事に決まった。

 

 

 

 ロシアから戻った僕は、一緒に暮らしている祖母の話で飛び上がった。

 

「何だって、お婆ちゃん?」

「だからエルンスト様が、フンボルトを使いたいと仰っているの。だからあなたは今の会社からバーゼル本社へ栄転よ」

 

 僕は慌てて会社に電話を入れた。だって栄転って事はないだろう。どちらもお婆ちゃんの長年の友人であり、親戚というか本家の総裁である、エルンスト会長の会社には違いない。違いないけどまったくの別会社だよ?

 バーセルの会社は、製薬事業が主な業務だけど、薬品だけでなく健康食品やサプリメントなども扱っている世界有数のメジャー・コーポレートだ。

 対する僕が入った会社は、ネッカースウルム(ネッカーズルム)にあって、バイエルンに本社のある自動車会社の部品を供給する下請け会社だ。

 この下請け会社の本社もバイエルンにあって、僕は父の薦めでそこを受けた。そしたら受かった、それだけだ。

 

 僕はバイエルンの出身だ。幼少期から何の取り柄もない平々凡々な人間だった。だから早々にギムナジウム(進学コース)から外れ、家具職人である父の跡を継ぐべくレアルシューレ(実技コース)に入った。

 だけどそこでも芽が出ない僕は、結局ハウプトシューレ(基幹学校。就職コース)に組み込まれた。そしてそこでわかったのが、僕は木工に向いておらず金属加工に向いている事だった。

 

『フンボルト。お前は私と違ってお婆ちゃんの血が濃いんだ。ママの実家の秘密は知っているだろう? お前は錬金術師向きなんだよ。だが、今の時代それでは食べていけない。だからそういう金属加工の仕事を目指しなさい』

 

 それが父の言葉だった。そして僕は学校の先生に、金属に関わるレアルシューレに入りたいと話した。紆余曲折はあったけれど、無事僕はレアルシューレを卒業し、高等専門学校から今の会社に就職できた。

 ただ配属はバイエルンでなくネッカースウルムだった。だけど運良くその街には母方の祖母が暮らしていた。そうして居候を認めて貰い今の僕がある。

 

 だけどさっきの話だ。僕が製薬会社? どうしてまた?

 

「会長? フンボルトです。僕がバーゼルにってどういう事ですか?」

『おお、フンボルトか。元気かね?』

「ええ、それは」

『知りたいのは理由じゃろ? 君は儂の娘に会ったじゃろ?』

「ええ。ロシアで……。以前お聞きしていた通りでした。あの子は天才です……」

『うむ。とは言え、アヤツは11歳になったばかりの子供じゃ。端的に言えば、この先お前のような優秀なスタッフが必要となる。そのスタッフにな、正式に加わって欲しいのじゃ』

 

 お婆ちゃんの頼みもあって、断りきれなかったロシアへの霊脈探査のパートタイマー。バカンスを利用して参加した訳だけど、何がどうなったのか、僕は相当会長か、或いはお嬢さんに気に入られたらしい。

 やった事といえば、クルマの修理や倉庫にある機械のパーツリストの見直し、それと運転に操作……そのくらいだ。

 

『謙遜するな。お前さんは満遍なくメカに強い。それと周囲をよく見ている。そういった諸々を確認したくて、ロシア行きに誘ったんじゃよ』

 

 そういう事だ。当然ながら守秘義務は厳しいけれど、見合った以上の報酬は約束されていた。しかも祖母から聞かされた『神秘』をまざまざとこの目で見、体験できた。

 

『でだ、フンボルト。お前さんに頼みがある。あの二人、『トオサカリン』と『エミヤシロウ』の水先案内人を引き受けて欲しいんじゃ』

 

 それで僕はリンとシロウを伴って、1年間諸国を巡る旅に出る事になった。行く先は主に会長がお持ちの会社の支社や営業所などがある国や街だ。

 これは名目上、僕とリン達が抜き打ちの検査官になっているからだ。こうする事で僕達にも、幾ばくかの収入が入るし、旅の予算を確保できるからだ。

 何より正体不明な検査官や査察官が、いつどこで現れるかわからないという状況が、気の抜けやすい他国の支社の士気を高める。そこに期待しての会長の案だった。

 

 こんな風につらつら話しているけれど、やはり会長は只者じゃない。僕も知り合って間近で見て気付いていた。シロウは、かなり問題を抱えている。

 その生い立ちなどもリポートを預かって目を通しているし、直接会って聞きもした。と言うのは彼らの方からネッカースウルムを訪れてくれたからだ。

 そこで僕達が行くべき場所にプラスして、彼のためになるであろう場所をミックスしてプランを練り直した。そのGOサインが出たのが、ロシアから戻ってちょうど1週間後だった。

 その間、リンとシロウには祖母の家に滞在して貰った。と言っても時系列的には今日で3日目、会長からGOサインの返事が届いたのが昨夜だ。そして本日、僕達はドイツからスペインに飛んだ。

 

 

 

 僕達が降り立ったのはバルセロナのエル・プラット空港だ。スペインのカタルーニャ地方は南フランスの更に南で美食の地、芸術の地として知られている。

 またバルセロナは、92年にオリンピックが開かれたので耳にした人は多いだろう。だけどこの地方がスペイン最大の工業地であり、製薬会社などの密集地だと知っている人は少ない。

 あの自動車メーカーのセアトもこのカタルーニャだ。造船はガルシア、武器はバスクと、ほぼ主要産業が北部に集中している。

 そのせいか、フラメンコや闘牛などの華々しいイメージとは裏腹に、南に行くほど貧困層が増える。どこの国でもそういうのはある。だけど会長はこうメールをくれた。

 

『フンボルト。シロウをできる限りスラムに連れて行け。それも可能な限り中近東から遠いところの。そこで何を感じ、何ができるのか。その助言をオマエが与えろ。オマエが思うままに』

 

 それが会長の真のメッセージだった。一応、シロウのパートナーであるリンにはメールの内容を話した。だけど全文は見せなかった。それはエルからのアドヴァイスがあったからだ。

 正直に言おう。僕はロシアで出逢ったエルヴァに惚れた。会長の養女の方じゃない。親族の一人で不思議な魔術を使う子だ。

 肌の色は違うけれど、エルとは姉妹だと聞いている。そしてエルは『奥手』なエルヴァと僕が話し合える機会を何度も作ってくれた。彼女は協力者だったんだ。

 それ以来僕はエルと何度もメールをやり取りしている。そんな彼女がシロウとリンに協力して男を上げろと言ってきた。そうすればエルヴァが見直してくれるぞと。

 だから僕は燃えた。何としてもこの旅でシロウに感じ取って欲しい。何を選択し、どう生きるのかも自由だけれど、自分を見失わず、自身も充実した人生を歩んで貰いたい。

 その事をリンが一番望んでいて、彼を知る人達が皆んな望んでいた事だったとわかって欲しいんだ。だからこそ、この旅を実のあるものにしていかなきゃならない。

 そしてその活動報告を会長とエルに送る。それは会長も認めている事だった(エルヴァとの事を認めている訳ではないだろう。そもそも告白もまだだし。先は長いと思う)。

 

「ここがバルセロナ……」

「暑いわねぇ」

「ドイツより暑いだろうけど、君達の国よりはマシだろう?」

「まぁね。湿度は低いし。それでも今日は30度近くない?」

「28度くらいはありそうだね。さぁ、ホテルに行って荷物を置こう。そこで着替えて視察だよ」

 

 そして僕達は支社を2時間くらい掛けて視察した。それっぽい質問を敢えてリンにさせた。それは彼女がスペイン語を知らないからだ。だから応対する相手の英語力が問われる。

 更に日本語で僕に話し掛けろと言ってあった。母国語であるドイツ語と学校で学んだ英語は話せても、日本語なんてちんぷんかんぷんだ。フンフンと頷くだけだ。だけど相手はそれで適度に身構える。要はハッタリだった。

 視察を終えホテルに戻った僕達は、スーツからカジュアルな衣服に着替え、早々と街のバルに繰り出した。明日にはここを出るからだ。

 それは妙な付け届けや接待を躱すためと、僕達の本当の目的地がここではないからだった。次の目的地はラテンアメリカだ。ブラジルとメキシコを廻って北米に入る。その次に東南アジアと南西アジア。

 会長の会社がある中で比較的『危険度』の高い地域だ。殺人事件が多い訳ではない。だけどスリや強盗は多い。そしてその犯罪動機は決まって金だ。イコール、貧民窟が存在する理由となる。それが僕が立てた計画だった。

 会長の『中近東は避けろ』という意味は、金銭目的以外の宗教や思想で行われる犯罪がある地域にシロウを行かせるなという意味だ。

 書物程度だけど多少は『ブッキョウ』を知っている。大きな本屋に行けば『ゼン』の本も少しはある。それでも『シントウ』なんてまずない。それが普通だろう?

 逆に日本で育った、しかも思考の方向性に偏りのある彼がだよ、『イスラム』の何がわかると言うんだ?

 たまたま目に入って救けた相手がテロリストだったら目も当てられない。『そうじゃない、人の命に貴賤はない、今救けないでいつ救けるんだ?』と、事前に行った仮の話で返した彼を僕は哀れんだ。

 それは宗教家の発想だ。社会も経済も世界情勢も何も見ていない。なのに世界平和が夢なのか? 蔑みこそしなかったけれど、その精神の幼さに驚いた。

 それでも匙は投げられない。先に会長やエルに賽を投げられているからね。

 

「この味付け、良いわね?」

「だろう? 格式張ったレストランじゃ、ここまでガーリックやパプリカを効かせないからね。シロウもそんなピンチョス(串に刺したおつまみ)だけでなくタパス(小皿料理)を頼みなよ?」

「ありがとう、フンボルト。こういうところは初めてで」

「バルはともかくバーで飲んだ事は無いの?」

「無い。倫敦に居た頃も、家飲みばかりだった」

「まぁ、こんな可愛い彼女が居るんだから、その気持ちはわからなくもないけれど。でもさ、シロウはもっと遊ばないとな」

「そうそう、言ってやって」

「なら遠慮なく。浮気しろとか言ってるんじゃないぞ? 息抜きでこうやって飲みに出たりしろよって事だ」

「そういうのは、まだ早いっていうか……合わない気がする」

「まぁ、合う合わないはあると思うよ。けど出てみないと、こういうエスケイシャーダとは出会えない」

 

 エスケイシャーダとはバカラオという鱈の身をほぐして、ビナグレッチソースで和えたものだ。

 

「それは良いけどさ。フンボルトのそれ以外の料理、ポテトばっかりじゃないか?」

「だからだろ? このガーリック入り白マヨとパプリカ入り赤マヨが掛かったパタタス・ブラバス(ポテトフライ)とか、豆とツナが入ったエンサラディージャ・ルサ(ポテサラ)とかドイツじゃ絶対に食えないぞ? こうやって同じ食材でもここまで変わるんだなって学習するのさ。結婚して子供が出来て……これが我が家の料理だって伝えられたら面白いだろう? そう思わないかい?」

「子供に伝えるのか?」

「そうさ。すると子供はドイツ料理とは違ったものもあるんだと知る事になる。そうやって目を開いて欲しいし、その開く感覚を子々孫々に伝えて欲しいんだ。だから僕は色んなものを見たり味わったりしたいんだよ」

「それでエルヴァに惚れたのよね?」

「そう。彼女はそれをあの年齢で知っている。立派なものだよ」

「もう~、全然隠さないし照れないのね?」

「君達日本人がシャイ過ぎるんだよ」

「でもさ、年齢差は気にならない?」

「高々10歳だ。何より若い方が嬉しいじゃないか」

「堂々と言うわね?」

「だよな?」

「すぐ隣に彼女達のテントがあるのに、おっ始めた君らにそれを言う資格はないね」

「だ、誰に聞いたのよ!?」

「守秘義務があってね」

「もう~~。あの二人は話さないだろうし……ケイローン辺りから聞いたランサーかしら……?」

「そんな詮索なんてしてないで、もっと食べなよ。ほら、シロウもビールを。それともワインが良いかい?」

「じゃ、ワインを」

「私も」

 

 そんな風に騒がしくも楽しいバルセロナの夜が更けていった。

 

 

 

「少し聞いて頂けますか?」

 

 それはホテルのレストランでディナーを摂っていた時の事だ。

 

「何かね?」

「……ええ。私は今まで目の前の相手と闘うばかりで、その背後にあるものや動機といったものを考慮しなかった」

「だろうな。組織の一員となればそうならざるを得んだろう」

「はい。ですがフリーランスの今となれば……」

「目もあれば耳もあるだろう。足りないのは観察したものを言葉にできるかどうかだ。今回に限らず、君のような人物に仕事を依頼する相手は少しでも情報が欲しい。となると君が無意味だと思う事も、相手には重要な情報の場合がある。そこを見極められるかどうかだな」

「と言いますと?」

 

 おや? この世界のバゼットのみならず、こちらのバゼットまで食いついた。計算通りというやつか……。

 

「そうだな……。バゼット、君は空港からこのホテル付近まで何でやって来た?」

「タクシーです」

「車種を覚えているか?」

「いえ。それが何か?」

「空港で気付かなかったか? どの国もそうだと言えるが、どれもほぼ同じ車種だったろう?」

「言われてみればそうですね」

「そうだ。倫敦なら黒いオースチン、ニューヨークだと、他のクルマもあるがクラウンビクトリアがほとんどだ。それと同じようにこのメキシコシティもほぼ車種が決まっている。それはニ◯サンのTSURU(ツル)だ」

「それは何ですか?」

「面白い事に、このメキシコでの日本のニ◯サンは絶大な人気があってね。TSURUは日本で言うとサニーのメキシコ版なのだよ」

「それが一体?」

「君が判断するんじゃない。判断するのは依頼者だ。わかるかね? 目や耳に届いた情報を、君は無意識に取捨選択しているのだ。君の依頼者が必ずしも一義的な依頼人とは限らないのだ。まぁ、仕事が調査目的なら、その調査対象を明かさないはずがない。しかし、例えばだ。君が倒した相手がある人物の用心棒だったとしよう。そいつがガードしていた相手がその車種をここで生産している工場の責任者だった。君の依頼主の、その後ろに居たのはこの国に新たなクルマを売りたい人物だった……。さて、そのボディガードの居なくなった責任者はどうなるのかね? 君が組織の一員であるならそれでも構わんだろう。しかしそのクルマを売りたい依頼者以外の依頼者は、仕事振りと同時に人間性も問うて来るぞ? また、空港で見た車種だけでなく、他のクルマの事を報告するだけでギャラが変わってくるかも知れん。フリーランスだと、そういう場合も往々としてある事は肝に銘じておき給えよ」

 

 この世界のバゼットは驚いた顔、こちらのバゼットは何かに気付いた顔。そうだ。アサシンを使ってエルは、そういう裏事情も精査している。だから君はこれまで悩む事がなかった。

 しかし、この世界の君自身を見て感じるものがあったようだな。まさにエルの計算通りだ。

 そうだな……飛行機でなくクルマで移動しても良いな。それを盗もうと網に掛かってくれれば、暗示をかけて内部情報源にもなってくれるだろう。

 それに2~3台潰したところで必要経費だ。良し、そうしよう。

 

 

 

 今朝、と言うか日付が変わったばかりの深夜に出発し、サンペドロの『Saturday morning fish market』に到着した私達は、ガレージで見付けたクーラーボックスが満杯になるまでお魚を買った。

 新鮮で美味しそうなお魚が安く大量に手に入ったと、思う……。

 

「オジさん! このカツオ(ツナ)は皮付き無いの?」

「皮なんて誰も喰わないだろう?」

「タタキにしたいのに!」

 

「オジさん! このマグロ(ツナ)の腹側はありませんか?」

「あんな脂っこいトコどうすんだ?」

「トロを知らない?」

 

 結局手に入ったのは小振りな、多分身の色からメバチマグロの背中1本分とカツオの背中1本分、それとハマチ丸々1本にサーモンの柵が2本だった。

 夏でも脂の乗ったハマチやサーモンがあるのがカリフォルニアだ。

 

「これ、何のカツオでしょう?」

「わからないですね。けれどテンタクラリア(寄生虫)が居ないみたいで良かったです。で、本当に炙るつもりですか?」

「当然です」

 

 ポン酢とネギににんにくは手に入ったけれど、皮なしで炙るのか……。

 

「ほら、戻りますよ。モードレッドを待たせているのですから」

 

 モードレッドにはクルマの番をして貰っていた。申し訳なかったけれど、これだけ手に入ればそれなりの海鮮丼が作れる。きっと彼女も満足だろう。

 ミアータさんとモニカさんにはカルパッチョかムニエルだな。ナマズも買ってくれば良かったかな(ナマズは白身で泥抜きをしっかりすれば臭みもない。ほとんどが切り身で売られているので、調理しやすい万能魚だ)。

 

「戦果はあったか?」

「上々。活きが良いので戻ったら海鮮丼でも作りましょう」

「そいつは良い。早かったからいい加減腹が減ってきた」

「では、戻りましょう」

 

 ハンティントン・ビーチの家に近づくと、前庭に白いト◯タのカムリが止まっていた。先代のXV20系だ。ニューヨークなどのイースト・コーストだとよく見掛けたけれど、ウエスト・コーストだと珍しい。誰のだろう?

 

「お客さんでは?」

 

 エルも私も万一の場合の使い魔を置いていった。だから来訪者に敵意はないのはわかる。中に入るとリビングで黒髪の男の子が二人、携帯ゲームで遊んでいた。躾が良いのか大人しい子達だ。

 声を掛ければニッコリと笑顔を返してくれた。その奥のキッチンでモニカさんが黒髪の女性と談笑している。

 

「ハロー」

「ハロー。レツとカツのママ?」

「そうそう、キッカはお昼寝で家に置いてきたの……って、ウチの旦那が聞いたら喜ぶだろうなぁ。どストライクな世代だから。それとウチは本当に一姫二太郎でね。長女はこの子達の姉なのよ」

 

 へぇ~。日本人というより日系の人なのかな。随分とオープンな人だ。

 

「マ、マリー? お嬢様?」

 

 あ、この人がマリーさんなんだ? 漢字で書くなら真理とか麻里だろうか。

 

「あなたがマリーさんですか?」

「そうよ。あなた方がモニカやミアータのボスのお嬢さん方ね? 私は二人の友人で伊吹万里といいます」

 

 万里の長城の方の万里だった。

 

「お嬢様方は日本語も話せますよ」

「本当に?」

 

 そこから、挨拶から一歩出た会話が始まった。エルが紅茶を入れている間に私はマリーさんやモニカさんと日本語を混じえて話していた。と同時に、クーラーボックスから本日の戦果を冷蔵庫に移し替えていた。

 時刻はまだ朝の8時だ。どうしてこんな早くから?

 

「この後、明日の事でローズボールに行かなきゃいけないの。打ち合わせがあるのよ。それで今日明日と下の子供達の事をモニカにお願いしてあったのね」

 

 なるほど。マリーさんは旦那様のお仕事の都合で、このハンティントンビーチにやって来たそうだ。この街で暮らし始めて10年になるという。

 お子さんはここに居ない9歳の長女と、7歳の長男、そして5歳の次男だという。という事はだ。お子さん達は米国籍も持っている事になる。

 旦那様はIT関連のお仕事らしいが、マリーさんは独身の頃、アパレル関係のお仕事をされていたらしい。それで今は小さいながらも古着屋を開いているそうだ。それでローズボールか。

 

「ミアータさんは?」

「多分、乾燥機を回しているんじゃないかしら」

 

 マリーさんはモニカさんの友人だと聞いていた。今は3人とも友人同士なのだろうけど、ここはミアータさんが気をつかったというところだろう。

 そして子供達はいつの間にかモードレッドと遊んでいた。彼女は良いところがたくさんある。人見知りが強く、口調もキツいけれど、根は素直で真面目な性格だ。真面目過ぎてセイバーの事を生前は消化できなかった。

 裏返せば子供っぽい。その分、根っからの子供好きで面倒見がとても良かった。あの2回目の美遊ちゃんの世界でもそうだった。だけど、今のこれは腹が空いたぞという無言のアピールでもある。

 さぁ、早速料理に掛かろう。お茶を入れ終えたエルがお米を研ぎ始めた。炊飯器なんてこの家には無いので、必然鍋焚きだ。まぁ、蓋さえあれば雪平鍋であろうとフライパンであろうとお米は炊けるものだけど。私もハマチを出して処理を始めた。

 

「モニカ? 彼女達、随分と手馴れてない?」

「お料理上手なんですよ。和食も作れるそうです」

「和食? 何を作るの?」

「朝からあれですけど海鮮丼です」

「海鮮丼!? うっわ。呼ばれていっても良い?」

「どうぞ、どうぞ」

 

 30分後、マグロとハマチの海鮮丼とハマチのアラ汁が完成した。さすがにバーナーがないのでタタキは無理だった。だけどマリーさんが帰られたら、エルが魔術でサッと炙るだろう。

 ちなみに米酢をまだ買っていないので、今朝は寿司飯でなく白米だ。そこはマリーさんにも指摘された。だけどネタがマグロとハマチなので生臭みがない。

 貝類があったら白米の海鮮丼はきつかったと思う。子供達は馴れているのかパクパク食べてくれた。勿論、子供達のアラ汁には、汁とネギだけで骨は入れていない。

 

「ご馳走様。ズケズケ言っちゃったけれど美味しかったわ。良かったら明日のローズボールに来てよ」

「その予定です」

「あら。なら、打ち上げのパーティにも是非参加して?」

 

 という事で、私達3人はパーティに誘われたのだった。マリーさんが帰られた後、私とエルとでハマチのムニエルを作り、モニカさんとミアータさんに朝食を摂って頂いた。

 アラ汁が無理なのはわかっていたので、お味噌を溶かす前のを半分取ってあった。そのアラと骨をキッチンペーパーで受け取り、濾過した汁を岩塩にコショウ、ハーブやバターで整えてスープにした。

 全部売り切れ、片付けもタタキの仕込みも終わったところでエルが部屋に戻った。2時間ほど仮眠を取るという。半英霊と元英霊の私とモードレッドはそこまで眠くならない。なので子供達と午前中、庭でずっと遊んでいた。

 

「あなた達のお家はどこにあるの?」

「アーバインだよ」

 

 ハンティントン・ビーチの隣で、ジョン・ウェイン空港に近い住宅街だ。とにかくロスの宅地は高級住宅の立ち並ぶ中心部からどんどんと広がり、ハンティントン・ビーチやアーバインなど南東に行くほど閑静になる。

 その分、移民も多いけれど街は至って平和だ。

 一方、ロスから西は州立公園などの森林地帯が多くなり、街が飛び飛びになる。ロスの南、ロングビーチは昔からの港町で、その並びに漁港のサンペドロがある。

 その西隣りの岬、ランチョ・パロス・ヴェルデスはビバリーヒルズと並ぶ超高級住宅地で、1邸1千万ドル(日本円で約10億)以上の家ばかりだ。

 日系のスーパーがあるトーランスやガーデナとの上、イングルウッドや110号線で向かい合うコンプトンはロサンゼルス一危険な街と言われるが、昼間はそうでもない。

 ただロス市内に一番近いのに家賃が安い。それで昔から低所得者が多く住むようになったという経緯がある。それはこの地域の上空で、各空港に着陸する飛行機が待機したりするので騒音が激しいからだ。

 そして地域の治安は、そこに住む人々の歴史とコミュニティありきだ。イングルウッドやコンプトンが今も悪い噂が絶えないのは、住民の質と釣り合いの取れる新たな住民しか来ないからだった。

 これはどこにでも言える事ではあるけれど、やはり類は友を呼ぶとは真実だ。また日本語には、もっと的確な表現がある。『腐ったみかん』と。全面賛同はしないが、否定もしない。それは水と同じく、高きから低きに流れるのが人の性だからだ。

 そしてそれを予見し予め取り除く(他所へ暗示で送る)『エル』の行為は、結局、害す事でしか解決策とできなかった過去の父や義兄よりマシだろうと思っているからだった。

 

 

 

 まぁ、予測もしていたし覚悟もしていた。だけどここに来てから目まぐるしく変わる環境に、馴れてしまった自分に驚く。士郎と一緒に居たらこうなるのも当然だと諦めてはいるけれど。

 

「黄昏れているね、リン?」

「黄昏れているってよりも呆れてんのよ」

 

 今、私達はブラジルのサンパウロに居た。言語は異なるのに先日まで居たバルセロナと雰囲気というか空気感が変わらない。士郎が飲み物を買いに走っている間の一コマだ。

 私とフンボルトは人口が2000万を越えようかという南米随一の大都会のど真ん中、ゴシックな大聖堂がある教会の前で士郎を待っていた。

 

「ブラジルって、スペインと違ってイマイチわかんないトコね?」

「まぁね。ポルトガルの支配だったから、スペイン領だった他の国とも違うし、何よりEU感が無いんだ。それが違和感になるんだと思うよ」

 

 ああ。それだと、妙に納得できる自分が居た。ここは大陸が違うんだなって実感できた。

 

「悪い、待たせた」

 

 士郎が漸く戻ってきた。

 

「遅~い!」

「悪い、悪い。ドリンクを売っている人に英語が全然通じなくてさ」

「EUじゃないって言ったろ? 汗だくで3つも抱えて帰ってきてくれたんだから」

 

 そっか……言葉が通じなかったんだ。

 

「それに声を掛けてくれた日系の人も、俺の日本語が通じづらいみたいでさ」

「そんなのあるの?」

「あるに決まっているだろ。何世だよ、その親切な人は。祖父母の言葉でカタコトを覚えたとか、その程度だろ? それでもシロウを助けようとしたその勇気を褒め称えるべきだよ」

「だぞ? 遠坂? で、お礼を言ったりしていたら余計に遅れた」

「わかった、私の想像力が足りなかった。ここは本当に南米なのね」

 

 昨日到着して、仕事は明日。だから、観光しようとこうやって出歩いている私達だった。

 

「お昼はどうする? 少し歩けば市営市場があって、そこのモルタデッラサンドというハムサンドが有名だとこのガイドブックにはあるけれど」

「じゃ、そこにしましょう」

「んで、夜はシュラスコで一杯だ。な、シロウ?」

「フンボルトって、食い気が多いな?」

「当たり前さ。人はものを食べることで活動できるだけじゃない。そこから得られる幸福感こそが明日への活力になるんだよ?」

「納得だ」

 

 士郎はアタリが柔らかく、わかりやすく表現してくれるフンボルトにとても気を許していた。あの士郎がと思うくらい、二人の仲は良好だった。

 そして私達は市場に向かって歩いたのだった。

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