※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

26 / 79
119、投影開始

「で、何? アーチャー?」

「今から幾つかの事を蒸し返させて貰う。その件で衛宮士郎よ」

「何だ?」

「これは貴様を貶める話ではない。どこまでも呪術師や、呪術に通じた魔術師なら理解できる話だ」

「勿体振って、何なんだよ?」

「あの炎で照らされた空に漆黒の孔があったのを覚えているか?」

「……ああ」

「なら、あの孔から零れ落ちる泥は?」

「それも覚えている」

「ええ。聖杯の依代にされていた慎二を、その泥を渡って救けたんだから」

「そうか。なら、あの泥の正体は知っているか?」

「何か、呪いのようなものよね?」

「そうだ。あの正体はサーヴァントの成れの果てだ」

「サーヴァント?」

「あ、そんな事を聞いた覚えがある」

「なら、話が早い。あれは第三次聖杯戦争でアインツベルンが喚び出したアヴェンジャーだ」

「アヴェンジャー?」

「イレギュラーなエクストラ・クラスなのさ。真名はアンリ・マユ」

「ウッソ!? 神霊クラスは喚べないんじゃ……?」

「普通は喚べん。なので召喚されたのは拝火教が信仰されていた、中東のとある村で『この世すべての悪』というレッテルを貼られ、人身御供として蔑まれ切り刻まれ殺された若者の亡霊だった。なので初戦で敗退したそうだ。ただの亡霊なので最弱もいいところだ。問題はそれが聖杯の中で沈殿した事だった。その呪いだけを背負って」

「それが……?」

「そうだ。そのマイナスの信仰のみが、聖杯を汚染し中で増幅した。その結果があの災害だったのだ」

「ゲッ……! あれってそんなのだったんだ?」

「そうだ。君ならレジストできると思うが、よくもそんなところを渡ったものだな?」

「慎二を救けなきゃって必死だったから」

「その甘さが君の魅力だ。私も自分の知る『遠坂凛』には助けられたものだ」

 

 フンボルトの美点は、こういう時にジッと大人しくしていてくれるところだ。私は彼に黙礼した。

 

「でだ。私はジイサンに救けられる前に燃え盛る中を彷徨い歩き、おそらくその泥をかぶっている。ジイサンが若死したのも、その呪いの泥をまともにかぶっていたからだ。きっとそのままなら死んでいたのだろう。だが、ジイサンはある奇跡のアーティファクトを持っていた。そしてそれを私に埋め込んでくれた」

「え?」

「やはり知らなかったか……。騎士王の失われた鞘だ。『全て遠き理想郷(アヴァロン)』と言ってな。セイバーが側に居てくれたなら、どんな傷でも忽ち治る。身に覚えがあるだろう?」

「あ!」

「あ……」

「そうだ。それがあったから第五次で生き残れた。それがあったから、あの火傷も治ったのだ。ジイサンが私を見つけたのは、セイバーが消えて1時間経つか経たないかだったのだと思う。その余剰魔力があったればこそだな」

「そういう事か……」

「そうだ。そしてここからが本題だ」

「ん?」

「私は日本を出た後、紛争地を渡り歩いた。そして行き着いた先が中東だった。何故だろうな? テレビであの飛行機が突っ込むビルを見たからだろうか? たしかにそれもあるのだろう。だが本当の理由は呪いだった。聖地巡礼だったのだ」

「アンリ・マユの……?」

「そうだ。空っぽになってしまった人間に、まともな自分の意志などあるものか。初めて見たものを親と思う雛鳥のように、初めて得た感動を忘れられなかった。それと同じだ。火傷で瀕死状態だった7歳の子供が、大人でも余命5年の大病に掛かった……そんな呪いだったのだ」

 

 一度言葉を区切り、皆んなの顔を見た。予想通りの顔だ。こういう観点から考えた事は無かったろうからな。

 

「そして、その埋められた『鞘』がアンリ・マユの侵蝕を食い止め、火傷を負った身体を癒やし、更には空っぽの精神を満たしていった。あの固有結界は本来なら私や貴様程度が扱える代物ではない。『鞘』がその術を扱うに足る者へ、私達を作り変えたのだ」

「ああ!」

「そっか……そういう……」

「そうだ。リン?」

「何?」

「セイバーに返していないのであれば、そいつの身体にはまだ『鞘』が残っているのだろう?」

「あ、そっか。そうなるわね?」

「だろう? 出来れば今後もそのままにしておけ。投影するのは構わんが、取り出さずそのままにしろ」

「どういう?」

「わからんか? 私はセイバーに返したのだ。いわば精神(こころ)の義手や義足を返したのと同じなのだ。だからこんな『守護者』なぞに陥る運命に突き進むしかなかった」

「鞘がなくなった事でアンリ・マユの……」

「そういう事だ」

 

 再び3人の目が大きく瞠られた。

 

「伝承も異なる角度から見てみろ。騎士王を騎士王たらしめんと『呪い』続けた『鞘』だ。そんな特大の宝具を10年も身体に埋めていた……」

「そっか、士郎の場合は10年以上。頑固さはそれが原因……」

「ま、待てよ遠坂? アーチャー、そうなのか?」

「よくよく振り返ってみろ。あの災害でリセットされて、再プログラミングされたようなものなのだぞ? 普通の者はな、救けられた事に感謝はしても、その行為に即憧れる事はない。後で振り返り、成長とともに学び、その職業なり、あり方なりをより正しく深く知ってから目指そうとするものだ。つまり考えた上で選択するのだ。自分に向いているのか、自分にもできるのか、長い人生に於いて、それを選んで食べていけるのか、と。だが私や貴様のそれは第三者が見れば、幼稚園児がテレビのヒーローに憧れているのと何ら変わらん。これはかつての私が目指していたモノや、貴様が目指しているモノを貶しているのではない。その願いは崇高だ。それは間違いない。だが、願いにはそれが本当に出来るのか、出来ないのかの判断や、それを達成するにはどうするのかといった過程を見付けるための計画が必須だ。わかるか? 当然あるべき取捨選択する過程、それがすっ飛ばされているから可怪しいのだ」

「だから、俺はそれで悩んで」

「だからだ。だから何故それを悩む? 衛宮士郎よ。一人で無理なら二人、二人で無理なら三人と仲間を増やそうとは考えんのか? また、個人が動くより組織の方が、より確実に大勢の人々の支えになる。より良いアイデアも出る。ましてやそれが公的機関なら」

 

 この辺りまでは学園を卒業し、時計塔まで行った衛宮士郎ならわかるだろう。

 

「そういう目をするな。わかっている。そんな組織からも、零れ落ちる人こそを救ってあげたい。ギリギリの中、警察も消防も……いや、軍も動けない状況というのはある。貴様の考えはわかっている。かつての私も同じだった。サヴァイヴァーズ・ギルト、PTSD、精神疾患……何と言われようとも、それでもそんな……もうどうしようもない、絶望の中で息絶えるしかない人を救いたい……それだけは真実であり、偽りない願いだった。そうだ……それはあの日のお前であり、私だ。お前もバカでないなら気付いていたろう? 救いたかったのは『誰か』ではない。あの日の自分自身だった。それを達成したのがジイサンだ。だから憧れた。聖杯の泥とか呪いとか関係ない。それを美しく感じたから、ただ憧れた。そして、その理想はすべての民に幸あれと願った騎士王の願いと同質化していった」

「ああ!」

「う……そうなるのか……」

「人はそう単純なものではない。画一的でなく多面的だ。お前を貶め、心を折る言葉だけでもたくさんある。褒める言葉はリンに任せるが、それも一つではなかろう。それと同じで、お前も私もこうなる要素が、一つでは無かったという事だ。で、あるならばだ。『正義の味方』という理想も一つではない。当然そこに至る道もな」

「え?」

「先程まで居た義妹の言葉だ。まず『救い』とは何だ?」

「そこから!?」

「そうだ、リン。あの義妹はそこから考える人間だ。単純に考えれば『救い』とは『幸福』だ。明日も生きて行ける、明日からもコツコツと自分なりの小さな幸せを重ねられる。そういった持続性を感じさせてくれる『幸福』が『救い』なのだ。宗教でもそうだろう? その場の救いでなく、来世の、或いは死後の『幸福』。それを説くから意味がある」

「あ。だから炊き出しであって、教育なんだ?」

「そうだ。持続的な『幸福』とは自分で掴むものだ。そのための教育だ。NPOなどでもそう唱えているところは多いだろう? そしてそこに向かって頑張れる心を取り戻す一番の近道は、三大欲求の一つである食事が最良なのだ。だから世界一の金持ちを目指している。起業するのも、数は限られるが社員となった人達が食べて行け、安定した生活を営めるようにするためだ。より正確に言えば、国家の枠を取っ払った経済を回せる人間をあの子は目指している。当然その道は困難だろう。しかし、定義すら曖昧な『正義の味方』や、その存在意義が理想と異なり固定化されてしまう『英霊』や『守護者』になるよりは遥かに現実的だ。何より偽善と言い切れるのは採算が取れているからだ。そうなるように事業を展開している。そうなると彼女に協力したいという個人や団体、果ては政府機関も出てくる。それが本物の『正義』なのだ。わかるか? 『味方』などと宣うのは、矢面に立たず、2列目3列目で良いと言っているようなものなのだ。そのような輩は、責任を取らぬアマチュアのアルバイトだと言い切るのだよ」

 

 これで泣かされた『衛宮士郎』は多いからな。眼の前の奴も涙目だ。

 

「彼女はイリヤと同じでジイサンの実の娘だ。イリヤ以上の父親似だよ。そしてジイサンでも諦めたその道を、血を流さずに達成すると私は信じている。持って産まれた頭脳に才能、計画力に実行力、プロジェクトを纏め上げるリーダーシップに人材を伸ばし彼らのチカラを引き出す話術やケア……それらすべてをフルに投入してくる。仲間になりたいと申し立てても、学園生時代の自分なら面接どころか書類選考で落とされるだろうな」

 

 リンのどこまでも大きくなる目というのは何だろうな? ともあれ……。

 

「ところが私はエル……即ち義妹に出会うまでは、そういう考え方があると気付けなかった。なのでお察しの通り、時計塔でリンと別れた後、中東に向かい……やがて反政府軍の戦士となり、自分の国でもないのに、その国の人を殺して殺して殺しまくった。まるで供物を捧げるかのように。投影も厭わず使った。そして最後は処刑だ。衛宮士郎よ、それが私の末路だ」

 

 衛宮士郎は項垂れた。だが……。

 

「アーチャー、話してくれてありがとう」

 

 リンとともに頭を下げ、絞り出すかのような声での礼。だが、それだけ言えれば現段階では上等だろう。だがあちらの世界での真実を知れば自殺ものだろうな。

 ツインタワーは今だニューヨークにそびえ立ち、一党独裁の共産国家も、独裁者も存在していない。虐げられた民は解放され、自分達の国家を創っているのが現状だ。

『魂の改竄』とまでは行かないが、精神の『掌握』を行った結果だ。大衆、人民、民衆、国民、警官、軍人……それらすべてが独裁者、或いは独裁政党にNOを突き付けたのだ。

 惨めなものだぞ? 自分以外の全員が弾劾してくる独裁者なぞ。最早アレはイジメだな。あの子が中2から中3に掛けての話だが、それをして世間では『1年革命』と呼ばれている。

 この余波で先進国の報道機関……新聞社にテレビ局、それとラジオ局が再編された。これは大手広告代理社にも及び、日本の場合は放送法など法律まで改変され、キー局の内、4局までが海外資本……つまりあの子の息が掛かる会社に変わってしまった。

 ま、これも仕方ない事だ。首を絞めたのはそれまでの自分達なのだから。1局変われば、後は雪崩だった。政治のカラクリ、外国人献金などの暴露。

 野党・与党を問わず、国家を切り売りする者が軒並み新聞に叩かれ、アナウンサーに叩かれる。驚くべき事はその方が視聴率が高い点だった。

 また、アサシン達が集めた情報がロンダリングされバンバン流れた。なので『働かない』政治屋、政策を語れぬ政局屋は軒並み選挙で落ちた。

 これらがEU、北米、アセアンなどで一斉に起きた。

 昔、AUOがこう言った。『人が増え過ぎた』と。私の知る英雄王も同じ事を言った。最早一人の者がどうこうできる範囲を越えていると。

 大統領を公選する、或いは首相任命を行う政党政治には良い面も多いが弊害もある。どちらも大衆に迎合せざるを得ないし、特に政党政治はメディアに弱い。それはハードルが高いからだ。

 一議員として当選し、連続当選を重ね党内での地位を確保し、党が過半数を取って与党となり、更に党内選挙で勝ち抜かねばならない。

 ここまでハードルが高いのに国家元首にはなれない。国家元首は王、或いは大統領だからだ。そして意外にも大統領になる方が若干ハードルが低い。

 勿論、国によって異なるので一概には言えないだろう。しかし客観的に見た場合、そう判じざるを得ないと思う。その理由は、落としやすさに尽きる。

 基本、一議員が立候補するのと同じなのだ。また政治に金が掛かり過ぎる点も悪しき風習と言えるだろう。だから議員の世襲や後援者への配慮、忖度が目に付く。

 そのために政策は票田からの総体意志で決定されていく。誰に入れても同じという諦観、低い投票率はこうして生み出される。

 しかし、このような浮動票を個人で動かせたら?

 誰も演説を聞きに来ない、誰しもが罵声を浴びせ『お前のような政治家に国家を動かす事は無理』だと突き付ける。これで心が折れぬ者は居ない。それが『掌握』の怖さだ。

 私だけではない。アルトリアもセイバーも義妹を否定したい気持ちはある。それはないだろうと。だが、英雄王は『現代ではそれが必要なのかも知れぬ』と言った。それだけ人が増え過ぎたのだ。

 現実問題として、すべての人を満足させる答えなどない。だが、それに近づくためにできる事はある。そうであれば我慢しようと考えてくれる人もあれば、次に繋がるのであればと思う人も居る。

 要はその政策が未来を広げ、夢を与えてくれるかどうかだ。しかし人は増え、希望や願いは多種多様になった。こうなると教育レベルの低い、マナーやモラルが疎かな国家ほどどうしようもない。

 ある意味では、ロシアも中国の共産党もそこに関してのみ評価している経済人も居るだろう。かの鄧小平は天安門の後、こう言葉を残した。『50年後にわかるだろう』と。

 まぁ、それならば一党独裁を止めて、選挙制にし、もっと教育にチカラを入れるだけで済む。科挙の例を上げるまでもなく、学ばせたらあの国に集う者達ほど恐ろしいものはないのだから。

 と同時に食糧問題と環境問題だ。これがあってエルはコントロールできても、最早地球が抱えられる人口を越えつつあると観ていた。

 今後、どれだけ人が努力しようと、惜しみなく援助をしようとも、赤道直下にある国々と南米にアフリカは貧しいままだという。

 これは教育制度だけの問題でなく、本来なら人が経済的活動をするには不向きな環境だからだ。誰だってそうだ。クソ暑い中だと30分も仕事なんてやってられない。

 そう思ったから人類は北へ北へと版図を広げたのだ。悪い言い方だが、過酷な環境で生きている人は自ら動けない人だ。彼らはその子孫なのだ。

 だから昨今目立ち始めた移民にエルは警鐘を鳴らしていた。北米然り、EU然りだ。それと真逆の動きをするのがリベラルな人権派だった。

 

『人権は国家が国民に対して保障するもので、他国の者なんて関係ありませんよ。軒先貸して母屋取られるといった未来が見えて来ますね?』

 

 まさにそうだと思った。

 

『ならばどうすれば良いのだ?』

『試験を受けさせます。勿論受け入れる国の言語で』

『誰も受からんではないか?』

『その国の言葉も学ばず、どうやって職を得て、どうやってコミュニケーションを取るのです? 裏返せばそこまで勉学に勤しんでいたのなら、自国がもっとマシになっていました。技術や教育を与えても数年でそれが廃れるなら、それはそこまでの人達だったというだけです。部族同士殺し合い、自分以外の『神』という幻想を懐いて死んでいく方が似つかわしいですよ』

 

 ここまで言う奴だ。それでもシオニズムから端を発したイスラエル建国と、その際に起こった西岸地区やガザ地区などの問題には、あまり大きく首を突っ込んでいない。

 精々、食料の配布や医師団の派遣程度だ。その理由は問題の火種が彼女の生まれる前からあった事、それと一応オスロ合意で纏まっているからだった。

 また、もし武装組織を作ろうとする者が居たとしても、そういう奴は忽ちアサシンに囚われ、強制飲酒させられトンカツの味を覚えさせられる。

 そしてその、旨そうに酒を飲んだりカツを喰うビデオが、街頭に止まった荷台に大きなモニターを積んだトラックで流されるのだ。

 現首相も議長もバカではないし、レバノンのシーア派もバカではない。彼女を襲えば、近代兵器が通用しない『英霊』がその命令者を確実に拉致し、魂の奥底から自らの宗教を否定する人間に改造してしまうからだ。

 要は『魂の改竄』なのだが、これをされた者は堪らない。当然ビデオに撮られているから、解放されたその日より祖国の、部族の、宗派の裏切り者となる。

 

 またあの子には『史上最強の漢』がスタンドの如く側に張り付いている。どのような特殊部隊も、どんな格闘技家であろうとも『彼』の醸し出す闘気の前では裸の赤子同然だ。

 あの夜道で出逢った、絶対的な死……。バーサーカーより怖い。バーサーカーならば、今でも5~6回は倒す自信がある。だが相手がヘラクレス……それもエルと組んだアルさんだと、酒を用意し、旨いモノを作るから見逃して欲しいと、あるまじき言葉を無意識に吐きかねん。

 そんなアルさんとは別のヘラクレスをここのエルヴァは喚んだという。あの幼き子は何を求め、何を目指すのだろうか。

 

 

 

 

 スラーで授与式を終えた私は、倫敦で一度先輩と合流して話し合い、そのまま倫敦に残った。それは今世界で起きている異変に対して、前もって時計塔の意見を纏めておくためだった。

 なので、凛さんとルヴィアへの位階証書は、倫敦の別宅に常駐しているエーデルフェルトの執事さんに預けておいた。執事さんは責任を持って日本へ届けると確約して下さった。

 当初は懐疑的だったロードも、いざ異変が起きるとプラハやアトラスと連絡を取って下さったり、政府機関の動きを抑制したり情報を探ったりして下さった。

 きっとこの倫敦にも抑止の介入はあっただろう。だけどそれは人の感じ取れるものではない。また、この現象が麻薬に関する事のみであるなら、その規模の小ささから益々表立った動きは見えて来ないだろう。

 

「しかし、あれだね? 魔法使いともあろう方がロンドンバスを利用するとは」

「以前来た時の、ビジター・オイスターカードが残っていましたから」

「そこだよ。お得になるとは私も耳にしている。だけど、この手のプリペイドカードを利用する魔術師は珍しいと思うのだが?」

「それをライネスさん、現代魔術科を率いるあなたが言いますか?」

 

 一般的な魔術師はこういう公共の乗り物をあまり使わない。だけど現代魔術科の学生は、赤バスでも地下鉄でもじゃんじゃん使っていた。

 便利なものならパソコンでも携帯電話でもサクッと使う。そこが現代魔術科の良さだと思う。

 

「率いると言っても責任を負わされているだけで、あれはエルメロイはエルメロイでもアーチボルトのものだ。傍流のアーチゾルテでは、いつ寝首をかかれ取り上げられるか知れたものではないよ」

 

 今日の私はライネス・エルメロイ・アーチゾルテさんと、エルメロイⅡ世先生のフラットで軽く打ち合わせをしていた。その後、お茶でもどうかとライネスさんとグレイさんを誘って、バスで繁華街に向かっていたのだ。

 当然バスは赤いダブルデッカーだけど、最近珍しいAECのルートマスターだった。現行のデニス・トライデント・2よりルートマスターの方が味がある。

 そんなバスの2階でウエストミンスター橋からの景観を楽しんでいる私だった。向かうはウエストミンスターの時計塔周辺やナイツブリッジにチェルシーでもなく、コヴェント・ガーデンだった。

 ここに渦巻きタイプの美味しいペイストリーを揃えた、紅茶でなくコーヒー専門のお店があるのだ。先日合流した先輩に教えて頂いたお店だが、あの人がお薦めならばとライネスさんも乗ったワケだ。

 

「ふむ。お茶派の私でも、このペイストリーならコーヒーも悪くないと思う」

「拙もそう思います」

 

 このお店のペイストリーは生地が固いショートクラストでなく、何重もの層があるパフだった。食感としてはデニッシュに近い。

 先輩はデニッシュが好物だ。それも本場モノでなく、ベリーやキューイなど果物が乗った日本のパン屋さんに並んでいるようなタイプ。それはここのペイストリーを褒めるはずだ。正にそういうタイプだったから。

 だけどコーヒーのサードウェーブってよくわからない。アメリカから来た言葉らしいのだけれど、そんな厳選した豆に拘り、挽き方に拘り、抽出方法にも凝った専門店なんて日本に幾らでもある。

 そもそも先輩がドリップでなくサイフォンを使う人だった。それも魔術の実験用具を改造したもので、アイス用の水出しコーヒー器具も礼装制作が得意なフィオレさんのお手製だ。

 また先輩はエスプレッソも好きで、イルサのエスプレッソメーカーを長年愛用されていたりする。そんな人からコーヒーの事も教わっていたので、サードウェーブがピンと来ないのだった。

 

「ところで、キメラ(動物科)は同じ貴族主義派でね。兄者は言わなかったが、教授のダヴェナントがロードのガイウスリンクを通して苦情をな……。いや、あなたでない事はわかっているよ。論文のあの人だろう?」

 

 先輩は私が襲われた事を今も怒っていた。だけど……。

 

「決して害したりはしませんよ。ただ、1年はあの方の掛けた幻術に怯えて下さい」

「幻術なのか!? 礼装か、そういう装置?」

「いえ。脳に直接書き込まれているんですよ。それも蚊のような蟲に刺されて」

「脳に直接……蟲を使って術を送るのか!?」

「ええ、その効力が前回のロンドンから数えて約1年です。先輩方がベルフェバン代理と会談中、留守を預かっていた私が襲われて。それで腹を立てているんですよ」

「な!? あのタヌキども……。しかし、実行犯をよく見付けたものだね?」

「こちらは並行世界の教授陣の全データを持っていますから。魔術の痕跡と波長を追えば」

「あ~……。それでも、殺されないだけマシなのか……」

「ともかく。ライネスさんは動物科が何を言おうと、のらりくらり躱して下さい。そして最後の最後に蟲刺されだと教えれば良いですよ」

「動物科が蟲刺され……。遣る瀬ないなぁ……」

「ですけど、あの術式を外部から解呪できるのは、たぶん今の時計塔ならフラット君だけですよ?」

「げっ」

「ラ、ライネスさん……」

「落ち着き給え、グレイ。ここにあの『アホウ』や『ワンコ』は居ないから」

 

 ライネスさんはあの日の先輩が言った日本語部分を調べていたようだ。発音は怪しいが、この姿勢は立派だと思う。こうして彼女は学んで、やがては本当の意味で現代魔術科を率いる人になるのだろう。

 その後、カフェを出た私達はピカデリーでウィンドウ・ショッピングを楽しんだ。あれが良いこれが良いとお喋りしながら洋服を試着し、グレイさんにライネスさんが帽子を、私がブラウスをプレゼントした。

 

 

 

 私とモードレッドは、ホームセンターの『Lowe's』と『The Home Depot』をハシゴしていた。目的はウィックパン、できれば中華鍋が欲しかったからだ。

 このところ、やっとテフロン加工の危険性がちらほら耳に入るようになった。なので昨今は売れ筋のメーカーほど、PTFE・PFOA・PFOSを避ける製品を出しつつあった。

 当然優秀なモニカさんやミアータさんはそういうフライパンに買い替えていた。それが MEYER だ。父が舞弥さんを呼ぶときのようなブランド名だが、カリフォルニアに昔からある大手企業だった。なので何の問題もない。

 元々お鍋は多層のビタクラフトやオールクラッドをお使いになられるような方々だから、圧力鍋もキチンとしたのを使われていた。だから、こちらも問題ない。煮物、蒸し煮、蒸し焼きと大抵の洋食はこれらで作れるだろう。

 焼き魚用の網なんてお二人に必要ない。だってそういう食生活ではないのだし、何よりキッチンのグリル台は上がコンロで下はオーブンのいかにもアメリカンなタイプだ。

 あんなところでサバを焼いたら、ケーキを焼けなくなってしまう。だから魚の切り身は、蓋付きの多層フライパンでソテーやムニエルにするのが欧米人の常なのだ。

 だけど、少々油が跳ねようとも、タークのフライパンでガッツリ焼いた料理があっても良いと思う。これは多分、後の掃除の手間だけでなく、外で行うバーベキューでガッツリ焼くという欲求が満たされるからだと思う。

 そしてお二人の野菜摂取はサラダとシチューにスープと限られていた。だから『煮込み』は完璧だった。歴代のアインツベルンのメイドと同じくポトフは絶品だ。

 圧力鍋で使わない方がいい食材もきちんと把握している。一番向いているのは根菜類と、鶏丸ごとの煮込みなどだ。私はそこに『炒める』という技法を加えたかった。ずばり言うと野菜炒め。

 聞け。マッシュポテトもフレンチフライ(フライドポテト)も緑黄色野菜ではないわ。あれは炭水化物であって豆と同じ穀物だ。

 ポパイは正しい。あれくらいほうれん草を食べなさい。かぼちゃで遊んでないで繊維質をしっかり摂りなさい。バランス良く食品を摂りなさいよ。ここに来てから切にそう思う私だった。

 

「こんなんで良いのか?」

「理想は山田製作所の鉄打出し片手鍋(北京鍋)ですが、この鉄製(メーカー不明)でも十分ですよ」

 

 鉄の鋳物とくれば、ダッジのオーブンやスキレットだけれど、炒め物には合わないんだよね。この街には結構中華のお店がある。調理場では何を使っているのだろうか。アメリカに道具屋街はないのだろうか?

 そうして買い物を済ませ歩いていると、店先でピニャータをやっているところがあった。ピニャータとはスイカ割りのように目隠しして、棒でくす玉を割るメキシコ由来の行事だ。

 アメリカでは誕生日に行われる場合が多いと聞くけど、こんな風にお店のイベントとして行う場合もある。

 

「何をやってんだ?」

「多分ですけど、開店何周年かの記念でしょうね。あれが割れたらプレゼントが貰えるとか、それがパーティ開催の合図だとか、内容はマチマチでしょうけれど」

「ふ~ん。なぁ、釣りって面白いのか?」

 

 うん? ああ、そういう意味ね。

 

「強いて言えば駆け引きの面白さでしょうか? 狩りなどと同じで。でも、食べられるものにしておきたいですね」

「なんだ。わかってんじゃねえか。気付いてたのか?」

「ええ。馴染みのある波長の魔術師と英霊ですね」

「ふふん。多分知ってるヤツなんだろうな。けどよ……釣ってみないか?」

 

 それで私はタイミングを見計って結界を張った。

 

 

 

 話を終えて店を出た瞬間だった。ある範囲から外の音が遮断され、その外は真っ暗だった。

 

「結界!?」

「やばいぞ、遠坂。これ、多分、外が見えていないのは俺達だけだ」

「リン、シロウ?」

「フンボルトは動くな」

 

 いつもの格好に転身し、干将莫耶を握ろうとすれば、莫耶がいきなり爆ぜた!?

 

「何ッ!?」

 

 次の瞬間足元に矢が刺さり、そいつも爆ぜた……何だ?

 しかしそれが失敗だった。こちらの視線をそこに集中させたのだ。衛宮士郎の干将莫耶が砕け、リンの『ヒッ』という短い悲鳴で決着が付いた。

 空間転移。その褐色の肌はあのエルヴァとまったく同じ顔。ここのエルヴァと、モードレッドだった。そう認識した瞬間に二人がリンや衛宮士郎に突き付けていた剣を消した。

 なので私も干将を消した。すると辺りの景色が透けて見えて来た。これはマズイと慌てて普段の服に切り替える。

 

「キャッチ&リリースですよ」

「釣られたか」

「カリフォルニアはバス・フィッシュでも有名ですから」

「この近郊なら、ロスの北にあるキャスティーク湖やカシータス湖だな」

「詳しいですね?」

「以前、アルトリアに教えて貰った。君こそ知っているかね?」

「何をです?」

「ここの海がサーフィンに適しているのは、沖にチャンネル諸島のサンタカタリナ島があり、それが大きな波を消し、適度な大きさに変えてくれるからだ」

「ええ。それは知っていますよ?」

「そのサンタカタリナ島にある街の名がアヴァロンだよ」

「へ?」

 

 やはり知らなかったか。その意味は『大洋の明るい宝石』或いは『祝福された人々の美しい島』だ。あの島をリゾート地にせんと買い取った投機家の義妹が、ウェブスター辞典から拾って名付けられた名なのだ。

 まぁ、それはそれとして……義妹から剥離した思考の一つが受肉したエルヴァ。そのエルヴァのコピーだという眼の前のエルヴァ。

 この子は私の『投影魔術』に干渉した。何と周囲に被害が及ばぬ魔力量を瞬時に計算し、莫耶にその規定の魔力が溜まり切る前に『壊れた幻想』を発動したのだ。

 他人の魔術に干渉するのも凄まじいが、このコントロール性の高さも凄まじい。そして日本のあの子は、こういうのを見せなかった。だから気付かなかった。なのにこちらのエルヴァは見せてきた。

 

「手の内を明かすような真似をどうして?」

「心残りだったからです。秘密にするつもりは無かったのに、見せるチャンスがありませんでした」

「そうか……」

 

 次にエルヴァはリンと衛宮士郎に頭を下げ、フンボルトにも謝っていた。

 クロを形作ったカードのオリジナルは私だ。そしてエルヴァやクロエも。そしてこのエルヴァを含めた4人がオリジナルの私に干渉できるという事か。

 いや、クロとクロエはまだまだ先の事だと思うが、エルヴァなら『魔術の波長が合う』可能性が高い『衛宮士郎』にも干渉できるのだろう。

 言葉にすると薄っぺらく聞こえるだろうが、これはとんでもない事だ。他人の魔術に干渉するなんてのも堪らないが、仮にも英霊の私にまで干渉して来るか。元々、エルが得意な事ではあったが……。

 

「取り敢えず、家に来られますか?」

「そうだな」

「では、キーを」

 

 道を知らんのだから、これは仕方ない。なので私はエルヴァにクルマを指し示した。そのSUVはメキシコ製のシボ◯ー・タホだった。

 ドライバーのエルヴァは当然運転席に座る。その横の助手席はモードレッドに奪われた。なので私とフンボルトが2列目、リンと衛宮士郎が3列目に座った。

 そして店の駐車場からクルマを出したエルヴァは、何故か別の……それも世界最大の大手ハンバーガー・チェーンでドライブスルーした。

 買ったものは一番安い、ただのハンバーガーとポテトだ。それもアメリカ以外ではまず見ないピクルス増量で10個も頼んでいた。

 

「どうするのだ、そんなものを?」

「そんなもの? アメリカ否定?」

 

 そういう積もりで言ったわけではない。が、絡んで来るな……。何か考えでもあるのだろう。今のは我が義姉と言っても過言ではない、通称『巫女のイリヤ』を彷彿とさせる発言だった。

 しかし……帰って来んな、あの義姉は。今も日本のエーデルフェルトで居候しているらしいが、風の噂ではエルヴァの姉となった『英霊のイリヤ』と意気投合したという。まぁ、精々羽を伸ばしてくるが良い。

 

「あ。ロー・アイアスを出すときは今度からキャプテン・アメリカで」

「言うわけ無かろう!」

「盾はトモダチ」

「違うぞ?」

「うっわ、剣以外は仲間外れ? いけないんだ~」

「義姉みたいな言い方をするな」

「そうそう。お豆腐や白菜に、お肉やお魚をチリ味で」

「水炊きの具を使った、チリ・ノー・ビーンズのチリコンカーンとでも言いたいのか? ほとんどそれはチゲ鍋だろうが?」

「あ……」

 

 妹よ、随分とアメリカナイズされたな……。リンも衛宮士郎も笑っている。一人置いてけぼりなフンボルトも意味を聞いて笑っていた。

 やがて着いた家は敷地がブロック一角あった。同じオレンジ・カウンティでも、もっと南や山の方ならわかるが(日本の大学などもあるので)、こんな住宅密集地でこれは凄い。

 それもエーデルフェルトのように強引な地上げをしていないのがわかる。これはこの街の開発とともに土地を確保していたのだ。

 実のところ、私は元の世界のノイン老がハンティントン・ビーチに別宅を持っているとは聞いていたが、一度も伺ったことが無かった。それは義妹のエルがマリブに別荘を持っていて、カリフォルニアならそこばかり行っていたからだ。

 ビバリーヒルズやランチョ・パロス・ベルデスには劣るが、マリブも別荘地として有名なところだ。

 特にマリブ・ビーチに面したところは超高級住宅地だが、あの義妹はそういう場所には金を出さない。もっと山手の高台に庭とベランダにプールが二つもある家を建てていた。

 理由は驚きだが、数年に一度凄まじい高潮があり、ビーチ沿いの家だととんでもない被害に遭うのだ。それならばプライベート・ビーチなぞに拘らず、カリフォルニアの空と海を眺めながら、真水のプールで楽しもうというワケだ。

 正直、サンタ・アナが吹く頃が、毎年怖いところだ。この秋から初冬に掛けて吹く季節風が、乾燥しきった樹々から発する山火事被害を拡大させるのは最早恒例行事と言って良い。

 が、そこは計算して土地を買ったと言っている。何を計算し、それでどう被害に遭わんのかサッパリだが。何れにせよアメリカにあるもう一つの別荘も、フロリダのココア(ココア・ビーチではない)なのでハリケーンが怖い。

 私としてはスペイン南部のコスタ・デル・ソルの別荘や、ミコノス島やサントリーニ島にあるノイン老から譲り受けたという別荘の方が落ち着く。

 サントリーニ島は火山が怖いが、あの絶景は本当に素晴らしい。中学生時代の凜が魂が抜けたと絶句したのも無理はない。それ程までに美しい。

 

 それはともかく、エルヴァは私達を玄関先に残し、まずは屋内に居たこの家の管理者に声を掛けた。出て来た二人のメイドは我々を快く歓迎してくれた。

 どうやらここのノイン老(ノイント老)が、我々の事を知らせてあったようだ。

 更にありがたい事に、西海岸に滞在する間はここを拠点にし、北米を回る間はここを拠点の一つとして使って良いとの申し出まであった。

 リンも衛宮士郎も感謝していたが、フンボルトの喜びようが半端なかった。これは滞在中にプッシュがありそうだ。そして私はこういう恋愛について口を挟むつもりは毛頭ない。

 並行世界は違うとはいえ、この数日でやはりフンボルトは信頼できる男だと思ったし、聡明で律儀なところは何ら変わりなかった。

 これがエルならフンボルトのためにも反対するところだが、日本のエルヴァと変わらないこの子ならばフンボルトと合うだろうと思えた。

 リビングで寛がさせて頂いていると、階段をここのエルが降りてきた。遂に出会ったという感じだ。

 

「おやおや。リンさんにシロウさん、それとフンボルトさん。お久しぶりです。それにどこのアーチャーさんかと思えば、お兄ちゃんではないですか。あの件で『エル様』から?」

「君はエルを『エル様』と呼ぶのか?」

「それはそうです。あの方は私の造物主なのですから」

 

 う~む……。ここに来るまでにクルマの中でエルヴァから、エルの方が『エル』の記憶を多く持っていると説明を受けていたのだが……。その制限が緩い理由はこれか……。

 これでは丸っきり自分と容姿の似た『人形(ホムンクルス)』だ。が、このエルヴァやスイスのエルヴァのためのアドバイザーとして、敢えてそうしたのだろうな。

 とは言えかなり個性の違いを感じる。義妹の『エル』は魔道のためなら自らの身体に手を入れる事を厭わんが、ピアスやタトゥーはしない。

 これは対外的な面もあるが、両親や乳母と暮らしているからでもある。だからだろう、別人格を与えられているミトとパミもそういう事はしない。なのにこのエルはピアスの穴を空けていた。

 ちらりとエルヴァを見れば、やはり空けていない。こういうのは日本のあの子と同じで生真面目なのだろう。『エル』は年間1兆ユーロ以上も金を回す。日本円で言えば120兆円だ。

 そんな彼女がミトとパミを自分の両腕だと言い、47番こと日本に居るエルヴァを自分の良心だと言った。そして眼の前のエルヴァは、あのエルヴァの分身だ。

 コンフリクトが起きないのが不思議だが、そこは『エル』ならどうにでもなる。今は彼女が、起きてしまったこの『現象』をどう考えているかだ。

 

「君達……特にエルヴァに訊きたい。あの一連の『現象』をどう捉え、考えている?」

 

 エルとエルヴァは顔を見合わせた。このタイミングでメイドが全員分のお茶を運んで来た。いつもなら率先して私がいれるところだが、どこに茶葉があるかも不明だし、何よりアメリカには良い茶がない。

 なので、カップに口を付けて残念な味だと思っても言わない。むしろこのアメリカでと考えれば、かなり良い方の茶葉だとさえ思った。

 こういう事をリンも知っているのか何も言わなかった。一口啜った後、やがてエルヴァが話し始めた。

 

「今から話す事は、あくまでも私個人の考えであって、エルは関係ありません。当初、私はアラヤだけが動いていると思っていました。ですがこの規模です。なのに一次報道の後の二次報道が弱いですし、街を歩く人々の噂にもほとんど上っていません。そこで私はこう考えました。これはガイアに属する英霊も動いていると」

「つまり?」

「確かに切っ掛けは、どこかの誰かによる世界のシステムへの介入でしょう。でも、これは『座』を持つ過去の英雄すべてが願った事でもあったのかな……と」

「能動的に動いた側面もあったのではないかという意味か?」

「はい」

 

 エルヴァはそこで一度区切った。エルの意見を促したのだと思うが、リンが質問した。

 

「あなたは『誰』が介入したと思う? 特定の誰かでなくていいから、どういうタイプが思い浮かぶ?」

「それはズバリ……エルのようなタイプでしょう」

 

 このエルを、眼の前にいるエルとはリンも考えていない。明確に『エル』だと受け止めた事だろう。と同時に、バーガーショップで出会った、義妹の『エル』ではないと確信しただろう。

 本人もチラリと言っていたが並行世界存在が限りなく怪しい。根拠となるものが何もないのだが。ここでエルが発言した。

 

「もしかして皆さんは『エル様』とお会いされました?」

「ああ。エルヴァやモードレッドから大歓迎を受けたよ。バーガーショップの駐車場でな」

 

 ヘヘンと鼻の下をこするモードレッド。舌を出し、次いで顔の前で手を合わせ、ペコリと頭を下げるエルヴァ。この対象性は面白いな。

 

「それで……納得しました。それなら、私の考えも話しておきます」

「ええ、どうぞ」

 

 仕切るな、リン。とは言え、このエルは何を話すのだろうか。

 

「崖の上の岩だと思いました」

 

 は?

 

「つまり様々な並行世界で、恨みの籠もった願いが蓄積されて膨らんでいた。それが崖の上の岩です」

 

 ああ、そういう意味か。

 

「そして多分この岩は、数百年後に落ちたのだと思います。それを誰かが早めたか、或いは岩を塞き止めていた小さな石を外したのだと。更にもう一つ。この岩というか願いは、今だからこの規模で済んだとも言えるのでは? つまり遠い未来で人類を滅ぼす方向に動く可能性のあるガイア側のガス抜きでもあったと。そもそも私にとってのハルマゲドンは、ガイアとアラヤとで起きる戦争で、負けるのはアラヤだと考えていますので」

 

 元アラヤの守護者だったこの私が、目眩を起こした。何故ならその考えは、義妹並みに真に迫っていると思えたからだ。その理由を話そう。

 まず、アラヤはガイアと敵対する立場にはない。ガイアの中の霊長類担当と言えばわかるだろうか。なので人類がこの惑星破壊の因となり得るのなら、我々アラヤもガイアに加担する事となる。それがホシの意志だ。

 しかし通常は人類総体の意志で動いている。それがアラヤだ。ところがこの地上には人類だけが生きている訳ではない。陸上には動物も居れば昆虫なども居る。また海中には魚貝類などが居るだろう。

 そしてそれぞれの種が生き残るために様々な手を打っている。その最たるものが種の保存、つまり子孫を残すというものだ。イルカやクジラ、ゾウにライオン、あの夏に煩いセミもそうだし、プ~ンと悩まされるカもそうだ。

 要はガイアと引っ括めてしまっているが、カにはカの守護が存在しているのだ。それは勿論、個々のチカラは知れているだろう。

 しかしターゲットが人類となればこれほど怖い相手は居ない。何故なら今までの歴史の中で一番人類を抹殺したのはヒトラーでもスターリンでも毛沢東でもない。あのカなのだ。もっと言えばカが運ぶ病原菌だ。

 もし人類が滅ぶとすれば、それはウィルスによってだろうと断言する科学者も多い。つまりガイアが人類を不要と判断した場合、何も人型の『英霊』が動くわけではないのだ。

 一番怖いのは病原菌を運ぶ昆虫であり、そのウィルスを人体に送り込むカであり、伝染能力のあるウィルスそのものなのだ。ペスト然り、コレラ然りだ。

 わかるかね? つまりはガイアが本気で動けばアラヤの守護者など何の役にも立たんという意味だ。また悲観論ではないが、このままだと大きなしっぺ返しがあるではないかと危機感を抱いている人も居るだろう。それはある側面で正しい。

 巨大隕石が墜ちるのならそれは運命だ。このホシさえ無事なら生物はまた栄える可能性もある。だが森林の伐採などはそこに居る生物を殺す事だ。それに対して、いつまでガイアが黙っていてくれるのかだ。

 ガス抜きか……悪人を人身御供にした『儀式』だ、これは。そしてこれはある種の呪術だ……。岩を止めていた石を外したのは、並行世界の『エル』なのだろうか?

 謎も多いが見えてきたものもある。

 私が黙り込んでしまったので、リンも黙した。一度お開きにして、また機会を作って話し合うしかないだろう。それまでにまた何か新しい情報が掴めるかも知れん。

 なので私の方から、次回に回す旨を伝え、当面は各々の仕事を進めようと促した。

 メイドの案内で荷物を各自の部屋に置いた。その後下に降りるとエルヴァとモードレッドがキッチンに居た。よくよく見ればワッフルメーカーでワッフルを……何だこの匂いは?

 

「エルヴァ、君は何を焼いている?」

「買ってきたハンバーガーですよ。試食します?」

 

 焼き上がったその丸く凸凹したものを皿に受け、私の前に差し出すエルヴァ。むむぅ……仕方ない。

 

「こ、これは!?」

「意外と美味しいでしょう?」

「あ、ああ……」

 

 新食感だった。パリッ、サクサクッとしたパン生地の中に濃縮されたパティの肉感。ケチャップも再度加熱された事で深みが出ており、このピクルスがまた堪らん。増量した意味がここでわかった。

 

「豚まんやあんまんだと中身が出てイマイチな見栄えになりますが、アンパンやジャムパンだと面白いですよ」

「以前、義姉のイリヤにホットサンドメーカーで焼かれたアンパンを貰ってな。あれはあれで美味かったが、このワッフルメーカーも面白そうだ」

「残念ながら、アメリカにアンパンがないんですよね」

「まったくだな」

 

 次に彼女はすっかり冷えてしまったポテトをワッフルメーカーへランダムに敷き、バターの小片を乗せて蓋を閉じた。

 

「イケるのか?」

「揚げたてのポテトには負けるでしょう。でも、朝食向きになるかも」

 

 そして焼き上がったポテトをモードレッドに差し出した。

 

「お、これはこれで良いな?」

「でしょう?」

「何故こんな事を始めたのだ?」

 

 思わず私は尋ねた。

 

「これから貧困が故に、マフィアに従わざるを得なかった芥子畑の農家や、悪事と知っていても小売で生計を立てざるを得なかった最下層の人々が食料に困るのが目に見えています。そこでお金を配ったり食べ物を配ったり出来るほど私が大金持ちなら良かったのですが、現実はそうではありません。ならアレンジ料理を広める事で現地の人にも食べやすいものが、NPOなどから配られたらなと。米食文化も無いのにお米を送っても意味はありませんから」

「食えさえすれば、人は生きていけるぜ? 金持ちのゴミを漁っても良いじゃねぇか。食ってウマいと感じて、明日も頑張ろうって気になれたら。だからそんなレシピを書いたコピーを配るんだとさ」

 

 そこで階段の方向から大声が上がった。

 

「て、手伝わせてくれ! 俺もレシピを考える!」

 

 声の主は当然ながら衛宮士郎だった。その横に立つリンを押しのけてフンボルトが飛んできた。

 

「き、君はやっぱり僕の思った通りの人だ! エルヴァ、僕も手伝うよ!」

 

 エルヴァが皆んなに頭を下げた。頼むからゴミで試さないでくれな? だが私や衛宮士郎にしかできない事もある。いや、エルヴァはできるな。

 

「衛宮士郎?」

「なんだ?」

「貴様は刃物以外は投影できんのか?」

「え?」

「鍋や鉄板や、こういうワッフルメーカーは投影できんのかと聞いている」

「あ!」

「鉄や鉄の鋳物の底や蓋の裏など、どうでもいい部分に潰した刃を付ける。そしてそれを剣だと思い込む」

「そんなので?」

「そんなのでも、どんなのでも良いから、とにかくやってみろ。同調開始(トレース・オン)────」

 

 どうだ。三本の脚が少し槍っぽいダッチオーブンだ。次にビリヤニ鍋、その次には釣り竿を投影してやった。その昔スエズ湾やアカバ湾でよく釣りをしたものだ。

 そしてきちんと調理したのに、キャンプの仲間は誰も手を付けなかった。食い馴れぬものとはそういうモノだ。私はエルヴァの発想がとても嬉しかった。

 だから私は、衛宮士郎に調理器具の方へも気を配れという意味で投影したのだ。奴もそれに気付いたのか一つ投影しては消していた。

 これは馴れぬ事での失敗もあろうが、完成度の高い設計図のみ残しておきたいからだ。重く邪魔になるものを無理して今投影すればバカだ。

 送り先、或いは受け渡し場所が明確になった時点で良い。なんなら現地でリンにでも結界を張って貰って行っても良い。発想は柔軟に、そしてできる範囲の事をきちんとこなす事だ。

 それならば不良品を投影する事もないし、本当の意味で喜んで貰えるだろう。明日への活力を与える事。正にモードレッドの言う通りなのだった。

 

「馬鹿、スキレットの柄を尖らせるな。この場合は柄とフライパンの繋ぎ目、その裏にエッジを作るのだ。そこだと調理中は熱いので触れることもない。また、窪みを作ってやるとより良いな」

「はい!」

 

 フン、素直だな……。だがそれで良い。私の轍を踏むなよ、士郎。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。