※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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120、兆候

 流石はお兄ちゃん、理解が早い。フィリピンの『パグパグ(残飯を再利用した食べ物)』だけじゃない。どこの国でも最底辺の人は生きていくために、そんなのを口にしなきゃイケないのだ。

 ハイチやドミニカ、バリなども海から流れてくるゴミや、先進国から送られてくるゴミがもう処分しきれない。何の産業も農作物もない国は、そういうゴミを受け入れて幾ばくかのお金を得て国をギリギリで回している。

 私達がこうやって『バーガー1個1ドル? 安いね~』なんて話している間にも、どこかの人々は飢えて死んでいくのだ。それも確実に子供から。

 皆んなそれぞれの人生があって、家族や友人達との他愛ない、でも楽しい会話があって、様々な喜怒哀楽といったドラマがあるのだ。産まれた国が悪かった? 政治が悪い?

 理由が一つだけなんて、そんな単純なものじゃない。誰だって生きる権利がある。明日に希望を懐く権利がある。なら誰かが、その悪しき芽を摘まなきゃならない。固定化されて自助努力では抜け出せない『貧困の文化』や、『貧困の悪循環』から脱却できる道を示さなきゃならない。

 本来ならそれは、その国の政府の役割だ。だけど途上国の政府は、一般国民と同じで知識レベルが低く、社会を回すだけの知識も知恵もない。

 その典型的な例がジンバブエだ。国内経済の中での唯一のノウハウ供給源だった白人を追い出した事で、モノがなくなりハイパーインフレを起こし経済が破綻した。

 

「エルヴァ、顔が怖い」

 

 エルに窘められ、お兄ちゃんが頭に手を置いた。ポンポンと。どうやら私は怒りながらウィックパンを振っていたらしい。出来たのはブロッコリーにコーン、ホウレソウが入った肉野菜炒めだ。

 お肉は贅沢にも牛肉。1ポンド6ドルしなかった。約450gの厚さ1インチ超のステーキ肉が700円だ。それがアメリカだった。味見してくれたお兄ちゃんが褒めてくれた。

 

「うむ。これにチリソースを合わせれば南米の人にも合うだろう。何より野菜が多く摂れる点が良い。油炒めは脂質が多いだとかどうとかより、暑いところならまずはしっかり食わんとな」

 

 士郎さんは設計図が完成したのか投影を一旦終え、凛さんやフンボルト君とテーブルでレシピを検討していた。

 

「フンボルト? 先日のブラジルは、冬というか初春だったのよね?」

「そうだよ、リン。南半球だからね。けれど赤道に近いベネズエラやコロンビアはもっと暑いだろうね」

「だから野菜でも肉でも火を通したレシピでないと」

「冷蔵庫は投影できないの?」

「バカ言うな、遠坂。仮にできても、電源が無いじゃないか」

 

 貧困国は士郎さんが指摘したように、インフラが整っていない。また、国際社会の中での地位や信用が低い。だから信用創造できない。つまり紙幣価値が低い。

 という事は、市場として魅力がないので、起業する者が居たとしても投資する第三者が集まらない。貧困国が貧困から抜け出せない要因は、このように第一歩を踏み出すチャンスが与えられないからだ。そこには必ず担保となる天然資源か、それに代わる『何か』が必要だ。

 その『何か』を『拡大し続ける市場、増え続ける消費者』とウマく演出したのが中国だ。しかも共産主義という看板を最大限に利用して、金は出しても口は出すなとばかり海外資本をコントロールした。

 20世紀の冷戦時代は猫を被り、国交正常化というプロパガンダで少し門戸を開き、徐々に徐々に資本を取り入れた。そして21世紀に入れば本領発揮だ。

 それが大方の世界だろう。あのしたたかさとスパンの長い遠望な計画はお見事だと思う。実際これくらいしないと15億に迫ろうかという国民が食べていけない。

 戦争責任という名目でせっせと貢がされた日本や、巨大マーケットという幻想を抱かされたアメリカなどは体の良いカモだった。

 人権や人道なんて言葉も食べていけてだからね。この一点だけでも中国はロシアより凄まじいと思う。だから『エル』はそのアガリをEUとロシア、アメリカで回せるように『革命』を演出した。

 そのもう一つの理由は、あの国を世界の『工場』にしてしまうところにあった。つまり『マーケット』でなく、そのエリア内で需要と供給が完結してしまうようにしたのだ。

 十分に食べていけ、国際的に通用しない貨幣でも、自国内で金持ちになれるのなら意外と不満は出ないものだ。更に周辺国も期間工のごとく出稼ぎに出て潤うようにした。

 要は一軍マーケットと二軍マーケットに世界経済を分けたのだ。今彼女はその手法で中南米に手を入れ始めていた。

 

 だけど私もエルも『エル』じゃない。そこまで出来ないし、やろうとも思わない。けれど伸ばせる範囲で手を伸ばし、困っている人を助けたいと思う。

『救けたい』じゃない。『助けたい』だ。それが私の限界だ。

 

「問題は食材を得るための財源ですね? 一丁、そこいらのお金が余っていそうな魔術師から引っぱりますか?」

「それも考えましたが、取り敢えずはお祖父様と相談です。私としては『エル』がアサシンを使って……」

「ギャングやマフィアから、どさくさ紛れに現金を強奪している? 可能性は高いですね」

 

 この後、エルがお祖父様とメールをやり取りすれば、本当に『エル』からお金が振り込まれていた。それをそっくりお祖父様は、エルが持つ口座に移してくれた。

 私もエルも今は高校生ではない。なのでお祖父様からクレジットカードを持たされていた。それも複数枚。

 まずエルがオレンジと黄色の二つ丸がマークの会社、それのゴールドを持っている。これだけが自分の口座に紐付けられたカードだ。そしてVから始まる4文字の会社のプラチナと、百人隊長のブラック持っていた。

 彼女はクルマもこのカードで買っていたんだよね。年会費や入会審査クリアは当然ながらお祖父様のチカラだろうけど、18歳の子供によく発行してくれたものだ。

 対する私が持っているカードは4文字の会社のゴールドと、二つ丸のマークの会社のプラチナ、それと百人隊長のプラチナだった。

 最初の1枚だけが自分の口座に紐付けられていて、二つ丸と百人隊長はお祖父様の口座だ。つまり(後者は特に)ルヴィアと同じく家族カードなワケだ。

 私は二つ丸のカードでクルマを買った。百人隊長は、そのステータスの割りに使えないお店が多いのが困る。特に途上国などで。まぁ、そういう地域ではトラベラーズチェックもままならないので、現金ニコニコが基本なのだけど。

 ところが現地通貨に換金し、余ったお金を自国通貨(スイス・フラン)か、その他のハードカレンシー(基本ドルかユーロのキーカレンシー)に戻した時のガッカリ感が凄い。

 ビッグマックはどこで食べてもビッグマックで、その価格がその国の物価や賃金の目安となるとされているが、あのチェーンが無いところは本当に無い。

 何よりあれを食べるなら、牛丼やうどんとオニギリのセットで良いやと思う人もいるだろう。それと同じで、どこの国にもそこそこ安くてお腹が膨らみ、まぁまぁ美味しいものというのがある。

 その典型的な食べ物が、ファストはファストでも屋台モノだ。そして炊き出しボランティアは、その屋台の延長でもある。なので私は炒めものとは別に粉モノも考えていた。

 

「なるほど。そう考えるのか」

「余った貰い物の素麺を温かいにゅう麺にしたり、パスタ代わりにソースと搦めたりしませんでしたか?」

「ダシの煮麺はあるけど、スパゲッティの代わりに?」

「ええ。中華ダシでラーメン風にしたりとか。パクチーを浮かべれば東南アジアっぽくなって面白いですよ」

「ああ……。そういうのが、俺は欠けてるんだなぁ。君の話、ホント面白いな」

「彼女は物識りだぜ、シロウ?」

 

 なんだ? フンボルト君? エルとモードレッドがニヤニヤと見ている。もう~……。

 

「例えば、そうだな……。エルヴァ、お金とは何だろうか?」

「その政府、或いは共同体が発行する借用書」

「な? 即答だろ?」

「へ?」

 

 フンボルト君も人が悪い。こんなの今の士郎さんにわかるはずがない。その昔、英国の哲学者・倫理学者・経済学者だったアダム・スミスは、彼の著書『国富論』の中で貨幣について物々交換の代わりを果たすものと定義づけた。

 そしてその先の、貨幣に拠って生み出された『新しい概念』を語らなかった。それにより、貨幣にも価値があると人々は勘違いしたのだ。

 本当は貨幣に価値があるのでなく、その券を発行する国家への信頼が価値を生み出しているのに過ぎない。これを信用創造という。

 何より物々交換の次にあったのは金本位制だった。こちらはその希少性が価値を持っていたのだ。しかし現在では、殆どの国家の貨幣は紙幣か硬貨だ。つまり紙切れかそこらにある金属だ。

 おかしな話だけれど、日本の1円玉を10キロ集めれば、およそ10万円になる。100円玉なら2万ちょいだ。そして1キロのアルミ塊は約100円ほどで流通している。

 つまり金貨や銀貨の時代と異なり、貨幣(硬貨)そのものの価値は知れているのだ。価値があるのは信用や信頼の方だ。私達はその信用や信頼を担保としてモノと交換(売買)しているのに過ぎない。

 だから国家のデフォルト(財政破綻)が怖いのだ。だけどハードカレンシーとされるドル、ユーロ、円、英ポンド、スイス・フランなどは、何があっても紙屑になりはしない。それこそ『北斗』の世界のように政府が潰れない限りは。

 為替の変動で多少は上下しても、それはそれらを担保する国家への信頼が絶大だからだ。中でもスイスと日本が強い。何故なら発行している国債が、ほぼ国内で買われているからだ。

 これを中央銀行が買い上げ、貨幣の発行権を持つ政府とマッチポンプすれば無限にお金を生み出せる。

 こんな真似は、多国家共同体であり為替に縛られるユーロには絶対に出来ない。おまけにユーロに加盟している個々の国は自国通貨を放棄しユーロで統一した。

 どういうことかと言うと、自国通貨ではないので、財政黒字化を目指さないと欧州連合からの借入すらままならないのだ。となると、おそらく加盟前から公共投資が難しかった国は、余程頑張らないと財政破綻する。

 そうなる絵しか見えて来ない。するとそうなった国へ欧州中央銀行がユーロを貸す。国民は助かるが、借金は欧州連合が失くならない限りその国に残るのだ。いずれは国が乗っ取られるだろう。

 このカラクリに気付いたからスイスはEUに参加しなかった。英国が自国通貨を棄てずにユーロへ参加したのもこれがわかっていたからだ。

 

 また、国債の海外保有率が高いアメリカでも無理があるだろう。何よりドルは世界一強い貨幣だ。どこの国であろうと外貨準備はドル建てだし、先進国なら米国債を持っている。

 つまり信用が高い。なので国内でマッチポンプをしなくともお金が生み出せてしまう。更に言えばどこかの首相や大統領に『買え』と電話すれば終わる。貨幣の信用創造とは異なるが、これもまた信用創造と言えるだろう。

 それに返済のポーズはとっても、本気で返す気なんてないと思う。返す相手の格を見ている。格下ならこうだ。『誰が守ってやっているんだ?』だ。

 国家の経営は民間企業の経営とは異なる。自国通貨という武器、武力という武器、総人口という武器。この何れかが使える条件を持っているかどうか、使いどころを知っているかどうかだ。

 当然それぞれに、使うに当たっては難しい条件がある。だけどそのハードルが比較的に低いのが、日本とアメリカ、そしてインドと中国なのだ。

 貨幣とは信用だ。日本は良いものを作り、決して倒れない。その信用があるから国債が買われ、その代金が市場を潤す。そういうモデルになっている。

 ならアメリカは? こいつは絶対に殴ってくる。決して見逃してくれない。この信用があるから国債を買わされる。そういうモデルになっているのだ。

 ではインドと中国は? ルピーも元も貨幣として弱い上に、中でも元なんて固定相場だ。だけどこの両国はデフォルトすると、とんでもない数の『思想が偏り、どこの国とも相容れない風習を持った』難民を吐き出すのだ。

 そしてその難民が行き着く先は、決まって金のある国だ。これが怖いのだ。だから人口も武器になると言えるのだった。

 余談だが歴史上最初に信用創造をしていた国家は古代メソポタミアだ。粘土板にその記録が残っている。何とそれは、この世に流通する貨幣(金貨や紙幣など)が生み出される前だった。

 あのギルガメッシュ王が信用創造という概念を生んだのかどうかは知らないが、借りたものを返さなければ確実に殺しに来るだろうというのはわかる(このような歪とも言える『信用』が存在する点を、経済学者も歴史学者も語らない)。

 

 こんな事をつらつら考えると、日本の失われたン年って、官僚がバカな政治家を騙してわざとやっているとしか思えない。

 今なら貨幣を刷って通貨にせず、政府が事業を請けた会社への振り込みを中央銀行に指示するだけで済む。つまり流通紙幣(しかも自国通貨)をコントロールできるのでインフレなんて起きないのだ。

 そもそも生産(供給)の方に限界があるので、極端にバランスが崩れる事もない。いや、バブル以降デフレ傾向にある日本などは、災害が起きる度に財政出動が楽々行える。公共事業が災害対策としてどこまでも計上できる。こんな心強い国は他にはない。

『エル』も、そんな風に世界や各国政府をコントロールしていた。私の記憶だとあちらの世界では、1ドル149円だった。ト◯タもニ◯サンも大儲けしていて、あの世界の日本はかなり潤っていた。

 課税も所得税のみで、消費税は98年に廃止されていた。ただし、嗜好品や高級品に於ける物品税は復活していたし、法人税も所得税と同じく累進でかなり高い。

 そもそもこの消費税という間接税は、合う国と合わない国があるのだ。国民全世帯の所得が高ければ、消費税は有効だろう。つまり日本円で言うなら最下層でも年収500~600万もあるならば。だけどそんな国はまずない(平均所得が600万という国ならある。それはスイスだ。格差が大きく平均値どころか中央値を下回る大衆が大勢を占める国家の方が多い。そんな国での消費税導入はあり得ないと思う)

 それでも好景気に湧くあちらは、ある一定の高税収を維持しているので、貧困に喘ぐ国への借款やODA(政府開発援助)が手厚く、NPO(非営利団体、非営利法人)やNGO(非政府組織)などの活動も活発だった。

 なのであの世界の人々はどこの世界よりも『幸せ』で『満足度』が高かった事は間違いない。『エル』はこのような介入を、地政学的見地から出来ると判断し得る国であるならば迷わず行っていた。

 その理由は所得格差をあまり大きくしないためだった。戦争は必ずこの格差に不満を持つ大衆と、そこに乗っかる先導者(ポピュリニスト)が切っ掛けとなって始まるからだ。

 これも『エル』が、経済学に地政学、社会科学を同時に観ているからだった。だから彼女は、我田引水を目論むレント・シーカーやロビイストを注意深く見張っていた。

 特に政府に潜り込もうとするエセ有識者だ。アサシンを使って行動をすべて見張っていた。それで少しでも一般大衆が眉を顰める行為があれば、その証拠をバラ撒くか息の掛かったメディアで流した。

 なのであちらの日本に派遣法はないし、アメリカの大統領は一期で席を空けた人が多い。ロシアの大統領はそのままだが、『1年革命』をプッシュしたのは誰かに気付いているので黙っている。

 私は今まで『エル』の中で何度も並行世界を体験している。その都度、新聞を買ったり本を買ったりして凜のように世界の違いを探ったり調べたりしていた。

 その経験があったから、流された時もそんなに慌てなかったのだ。なのでここでも新聞を見たり、教科書を見たりしてやはり違いを調べていた。

 さすがにエルヴァちゃんが居るとは夢にも思わなかったけれど、決して居ないと信じていた並行存在の一例を知り、他にも居る事が判明した。

 だから今回の『現象』も、どこかの『エル』が『合成の誤謬』をした結果では無いかと疑っていた。というのは『エル』は自分自身を信用していないからだ。

 彼女は英才教育を受けた成功者だ。なのでどこかの『認識共同体』の思考に染まったり、『経路依存性』に陥ったりしないかを恐れていた。そこで思い付いたのが私のような『反対派』の存在だ。

 自分の思考の中で反対を唱える者。言ってみれば脳内野党。時には頭の中でブツブツ言うなと外に出され、議論の果てに取っ組み合いになった事もある。

 外は外でも真冬に薄着のまま外へ放り出された事もあった。それが私が覚えている唯一の聖杯戦争期間中の記憶だ。何か散々酷い扱いを受けたような気もするが、でも普通に考えれば反対ばっかり言う相手って煙たい存在だと思う。

 だからかな。反対を唱えるにしても、きちんと理由がある場合に絞っていたし、論理的に筋の通った話し方を心掛けていた。その分、本をたくさん読んで勉強した。それで色んな考え方があるのだと識った。

 幼い頃……ママが買って来てくれたオスカー・ワイルドの『幸福な王子』や、マーク・トウェインの『王子と乞食』を眠る前に読んであげた事がある。

 身体は『エル』のものだ。その彼女の目を通して本を読み、眠りかかった彼女の意識に聞かせてあげた。たいてい10分掛からず彼女は眠った。それで私は彼女の身体を借りたまま、最後まで読んでいた。

 睡眠不足になっては可哀想なので、短時間の睡眠で疲労回復できるよう朝方に魔術を使っていた。そのせいなのか、酷い目にばかり遭うからか、多分回復系の魔術は私の方がウマいと思う。

 実は『エル』に公立の小学校を薦めたのは私だ。彼女はエルヴァちゃんと同じで生粋のお嬢様だ。だけど将来起業するのは確実だった。

 なので雇われる人の気持ちや、世の中には本当に様々な人が居るのを識って欲しいと思った。誰もがお金持ちじゃない。産まれた家が貧しくて、親が教育に熱心でなくて、周りに住んでいる人や学校の友達も似たりよったりで。

 そんな小さなコミュニティの中で皆んな生きている。それはお金持ちも一緒だ。お金持ちばかりの名門校を卒業して起業……。『普通』の人の感覚がわからないままで良いの?

『エル』はきっとエルヴァちゃんにそんな罠に嵌って欲しくなくて私を造ったのだと思う。となると少しは感謝されてるのかな?

 なので社会勉強だからと、アサシンの護衛付きでスラムを調べに行った事もある。その時は出力されたエーテル体だったから、別段殺されても問題はなかったのだけれど。だけど『エル』がアサシンを5人も付けてくれた。

 なのに酷い目に遭う事が多かった気がする。実際私はこのエーテル体だった頃、2回銃で撃たれた経験がある。本当に痛かった。だけど本体である『エル』が死ねば、思考の全員が死ぬ。なので身代わりは皆んなやっていた。

 一番最悪なのがミトの爆殺だ。勿論それもエーテル体の頃だけど、あの子は木っ端微塵を体験していた。あれは痛いって感覚があるんだろうか?

 パミもトリンキンも、愛称を持たない子も、皆んな何かしら怖い思いを体験している。それだけ『エル』は、生命を狙われていた。

 私は日本でも、何かとっても怖い思いをしたような、お尻が痛かったような記憶が薄っすらとある。どこかから落ちて尻もちでも搗いたのか。覚えていないけれど。

 

 

 ところで余談だけれど、おそらくこういう経済を、その昔の田中角栄のような政治家は叩き上げた感覚で掴んでいたのだと思う。だから『日本列島改造論』なんてものをブチ挙げられたのだと。

 日中国交正常化も、この『お金が生み出せる』という事に佐藤栄作が気付いたからだろう。だから詫び金でも慰謝料でも何でも来いとなったのではないか? 考慮に入れる必要がなかったのだと思う。

 それはきっと、ただただ、当時のアメリカと同じく中国というマーケットが、自国の儲けのための食い物に出来ると考えただけなのだと思う。私はこれをあくどいとは思っても、当然だと考えている。

 時は1970年代。大阪万博を終え、中国も台湾(中華民国)がパビリオンを構えていた事実を知っていただろう。だけど何も言えない未開の後進国が当時の中国だったのだ。

 ところが、田中角栄はロッキードに絡む事件で逮捕され、政治の世界から追放された。この件以降、日本の各航空会社はボーイングに偏って行ったように思える。

 このスキャンダルを分析するに、まずはロッキードの脇が甘かったと思う。リーク先を疑うなら競合機種を売っていたマクドネル・ダグラスであり、軍用機部門に進出したかったボーイングだろう。

 当時の背景を調べると、まずダグラスDC-10型は不具合が多く、あってはならない事故を何度も起こしていた。一方、ジェット旅客機を初めて開発したロッキードのトライスターにはこれといって不具合はなかった。

 なのに、初めてだから『様子見』されたのか、販売が不調だった。DC-10のような拡張性が無かった点も敬遠された理由に数えられるだろう。

 だから賄賂という行為を始めてしまった。元首相がとかフィクサーがどうとかは、どこまでも国内問題だ。それより企業はライバル企業を潰してなんぼだ。マクドネル・ダグラスとボーイングは勝ったのだ。

 時は過ぎバブルが弾けた頃、マクドネル・ダグラスはボーイングに買収されてしまった。そしてロッキードは軍用航空機専門となっていた。戦略はこんな風に長いスパンで考える。でないと最大の戦果が得られない。

 だけど真の敵は、同じアメリカでなくヨーロッパからやって来た。エアバスが一気に広まったのだ。皮肉だけれどそれが商売の常だろうね。

 このエアバスだが、『エル』はお祖父様にそそのかされて、A310-300を2機所有していた時期がある。

 空港使用料、整備料、パイロットへの人件費などなど……。結局1年で手放した(自分の会社に売却した)。そしてお祖父様に叱られた。『どこのアホがプライベート・ジェットにそんなデカイのを買うのだ?』と。

 だけど、内心嬉しかったのではないかとママ達は話していたとか。とうとうそこまでになったかと。

 

 なお、ある種のブランドを持つ国家は少ない。アメリカにスイスに日本などなど。なかでもハイテクで金持ちの国といえば日本を真っ先に浮かべる人が途上国に多い。

 お兄ちゃんはその昔、日本人であると知れただけで、行った先の国の人々から線を引かれたという。『どうせお前は……』『だってあんたは……』。寂しいけれど、そんな目で見られていたという。

 それはそうだと思う。焼け出されて悲惨な目にあった幼少期は本当にお気の毒だと思うけれど、貧しく、今苦しい人にとっては『正義の味方』も『金持ちの道楽』でしかない。

 そんな積もりがなくとも、そう見られてしまうのだ。魔術と同じで、趣味や道楽と割り切れば楽なのになぁ。だけど一番痛いと思うのは、経済援助できるだけのお金を用意できないところだ。

 貧困や災害で心が折れた人々に必要なのは、まずは食料に飲料水、次に住処であり職を得るまでの援助であり現金だ。貧乏人が貧乏な国に行って、剣を振り回して『正義』って……すっごくシュールだ。

 だってそんな『一般の大衆』を『危険に陥れる』ような『悪党』が存在する国って何? それはどういう『ケース』?

 私はチベットやウイグル、それと一時のカンボジアにアフガニスタン……そういった独裁政治やテロリストが支配するケースと自然災害以外思い浮かばない。

 だけど地震や火事で人助けした経験は無いんだよね。ここが矛盾というか呪いなんだと思う。それと時代や世代を越えて、そういう自然災害でのボランティアなら、応援してくれる人や団体があったと思う。

 なのにあの人は民族・部族紛争や宗教紛争に首を突っ込んだ。これが呪いだ。そんな部族や宗教観の問題なんて、あちらを立てればこちらが立たずな、最悪のケースだろう。

 なので『自分は正しいのか?』なんて相当悩んだみたい。本当、若い間の苦労は買ってでもしろって言葉が日本にはあるけれど、こういうのはいらないよね?

 そんな自分から苦労を背負いに行き、失敗ばかりしていたお兄ちゃんだけど、『エル』から依頼された仕事は完璧にこなしていた。

 またそれが一番楽だったろうと思う。『誰』と『誰』をどう救うとか考えずに、『あれとこれを食い止めろ』だけで、その『誰も彼も』が皆んなセットで怖い思いや辛い思いをしなくて済むのだから。

 そんな『起きるかも知れない災害』を予測し、人を派遣する『エル』。昔は、そういう演算の一部を担っていた筈なのに、細かな部分があまり思い出せない。でも、彼女のとは少し違うようだが、『空間転移』が使えたのはありがたかった。

 凛さんもそういう転移が使えて、士郎さんが満足できる『何か』の場所へ一瞬で送れたのなら。士郎さんもその一回で満足できると思うのだけれど……甘いかな?

 

 

「ねぇ、エルヴァ?」

 

 フンボルト君だ。

 

「こうやって手を合わせて『ナマステ~』ってのがあるだろう?」

「私の肌が濃いからインドやネパールの人だと?」

 

 ちなみに『インドの人』が『インディアン』だ。コロンブスは最初にカリブをインドだと思った。その勘違いから来ているのだ。

 だから現代ではネイティブ・アメリカンを『インディアン』と呼ぶのはおかしいとなった。でも当のネイティブは『インディアン』で良いと言っちゃった。

 本当に人が良い。世界中見渡しても珍しい。ユダヤも、中華や朝鮮も被害者振って、露骨な被害者ビジネスが横行している。そんな中で、彼らはギリギリの譲歩の上でカジノを開いていた。

 アルカトラズの立て籠もりなどもあったし、多くの土地を奪われもしたけれど、真っ当な商売を見付けたのは偉いと思う。

 昔、中1の冬だったと思う。家族で札幌の雪まつりを見に行った。翌日か翌々日だったかな? どこだったか忘れたが、アイヌの資料館へ見学に行ったのだ。

 私は『ビヨボン、ビヨボン』と鳴るBGM、あの楽器の音が物悲しいなと思っただけだ。けれど、『姉のイリヤ』と『巫女のイリヤ』は随分と熱心に資料やパネルを観ていた。あれは何だったのだろう?

 

「違う違う。あの『意味』だよ」

「挨拶の意味?」

「そう」

「ああ、それは確かサンスクリット語のナマスカールの省略形で、『あなたに帰依する』という意味ですね。メイ・ザ・フォース・ビィ・ウイッズ・ユーのような『ともにあらん事を』系と違っていて、また面白いですよね?」

「面白いのは君の方だ。そもそもあれの元になった、ミサの『The Lord be with you』は挨拶じゃない。『May God bless you』だと、くしゃみの時の言葉になるし※」

 

※)『God bless you』や『Bless you』と省略して使う。お大事にという意味。スペインだと『Jesus(ヘスース)』か『Maria(マリーア)』。ドイツは『Gesundheit(ゲズンドハイト)』。健康にって意味だ。

 

「だよな? どうしてそんな答えが返って来るんだ。しかも日本語っぽく区切ってさ」

「な! タイの爽やか『サワッディー』の方が面白いですよ!」

「『爽やか』はいらんだろうが?」

「クク……ワハハハハハ……。最高だよ、エルヴァ」

 

 何故か皆んなに笑われた。理不尽だ。でも世の中は理不尽な事も多いが、不思議で面白い事も多い。

 タイで『キンカーオルーヤン(もうご飯食べた?)』が挨拶だと知った時は驚いた。某チェーンの店先でロナルドが『ワイ』という合掌ポーズを取っているのにはもっと驚いた。

 また、オーストラリアには『Burger King』がなくて、代わりに『Hungry Jack's』がある。だけどここがローカライズされていてフロリダ臭が薄い。結構イケるのだ。

 それはアメリカと同じくお肉の国なので『オージーバーガー』という独特の概念があるからだ。さっきの『Hungry Jack's』にも『オージーバーガー』はメニューにあるけれど、普通にハンバーガーを扱っているカフェに入ってもボリューム満点の『オージーバーガー』があったりする。

 度肝を抜かれるのは『クロコダイルバーガー』だ。ワニのお肉のハンバーガー。『姉のイリヤ』が知らずに食べて美味しいと絶賛していた。さっぱりした鶏肉だと思ったそうだ。

 余程、良い部位のお肉に当たったのだろう。普通のワニ肉は少し癖のある臭いがあり、それを消すためにミンチにして香辛料などと混ぜてパティとしている。

 だけど『イリヤ』は1枚肉だったという。シドニーにあったお店らしいが、未だにどこなのかわからない。ちなみにカンガルーは鹿肉に近い味で、脂のない赤身だ。柔らかく臭みもないので、バターソースで食べると美味しい。

 つまり『エル(私)』はカンガルー派だったのだ。高1の冬休みに二人で、折り畳み自転車を担いでパースに行ったのも懐かしい。勿論、お目当てはロットネスト島のクアッカワラビーに遇うためだ。

『イリヤ』がカメラを向けるとニコッと笑顔で数匹寄って来て、お互いが交代でクアッカワラビーと一緒に写った。絶滅が危惧される動物なので、触れる事も食べ物を与える事も禁止だ。

 なので、抱っこなんて以ての外だ。だけど、向こうから寄って来るんだものなぁ。やっぱり抱っこしたかった。あの可愛さは反則だ。

 アルゼンチンのマルティージョ島は、中2の冬に母や美遊にアルトリア姉さんと行った。マゼランペンギンやLinuxのディストリビューション・パッケージの名にもなったジェンツーペンギンが見れた。『イリヤ』は反抗期で来なかった。

 ウェッデル海のポーレット島にも行った。これは『エル(私)』一人だった。アデリーペンギンが大量にいて臭かった。生魚ばかり食べるのだから、そんなものだろうけど。

 ちなみにアルトリア姉さんは、新婚旅行で王様と南極クルーズ・ツアーを体験している。二人で6万ドル近く掛かったらしい。それも凄いね。

 

 そんなこんなで、おやつと言うより夕飯代わりで良いやと思えるほど、お互いの試作品を品評しながら試食した。何も炊き出し用に拘らず、自由に意見を交換してレシピを作ったので面白いものがまま散見された。

 皆んな2~3品は作ったのだが、それぞれの料理で人気が高かった物を挙げてみよう。例えばレモン水に通したハマグリを、キッチンペーパーで水気を取ってパン粉をまぶして揚げた、ハマグリバーガー。お兄ちゃんのアイデアだけど意外に美味しかった。

 士郎さんは乾燥パスタを茹でた後、ケチャップで炒め、更にオムレツに詰め込んだ。このオムソバはアイデアこそありきたりだけど、絶妙に美味しかった。

 エルはご飯を鍋で炊き、先日のハマチのアラから取ったスープと豆で炒め煮していた。それを器に盛り、目玉焼きを乗せていた。これ、ペルーのタクタクという料理のアレンジだ。

 そして私のもペルーで被った。細切りにしたお肉をピーマンやタマネギ、そしてフライドポテトとで炒めたものだ。ロモ・サルタードと言って、ご飯にもパンにも合うペルーではありきたりな料理だった。

 どれもこれもお互いに、更に工夫できる、もっと材料費を浮かせるといった具合にアイデアがバンバン出た。とても有意義な試みだったと言えるだろう。

 

 そんな楽しい時間が終わりを迎えたのは、ある電話があったからだ。受けていたモニカさんがこう告げてくれた。

 

「お嬢様、アコードの修理が終わったそうですよ」

 

 これを待っていた。そのアコードをフンボルト君に貸す事で、彼や士郎さん達がお祖父様から受けた仕事を支援できる。何故ならお兄ちゃんのクルマを早急にどうにかしないといけなかったからだ。

 どうやらメキシコのギャングから強奪したらクルマだったのだ。だけど、アメリカはとにもかくにも車社会だ。クルマがなければ移動すらままならない。そうなると正規で購入したアコードは最適だった。

 そして私達はダコタでスノーフィールドの下見をする予定だ。今回はお兄ちゃんもそちらに行きたいと言っていた。『エル』への報告は終わっていて、暫く自由なのだそうだ。

 ちなみにエルのクルマを使わない理由は排気量とトルクにあった。お祖父様のアレ(2軸の超大型)ほどは必要ないが、1軸の手頃なキャンピングトレーラー(トラベルトレーラー)を手に入れようかと、エルと話していたのだった。

 それで私達は明日、トレーラーを扱うRVショップに行こうと決まった。対するフンボルト君はアメリカにあるお祖父様の会社や営業所に工場のリストを見直し、最善のルートを探す事になった。

 凛さんと士郎さんはビーチへ遊びに行くそうだ。ただ、サンフランシスコへは今週中に向かうらしい。そうやってそれぞれの予定が埋まっていった。

 

 

 翌日の午前中、私とエルはRVショップに向かった。モードレッドは一人でスケートボード・パークに行った。私とエルが選ぶなら文句は言わないそうだ。

 ダコタを交差点にあるRVショップに入れた。ここのはお祖父様のと同じブランドのFRP製を扱っている。もう一軒近所にショップがあるが、そちらはエアストリームの専門店だった。

 小柄な女の子の3人旅なので、就寝スペースはベッドとベッドになるテーブルセットがあれば十分だ。前々からこのショップの前を通っていたので、ある程度の大きさやデザインは決めてあった。

 なので見せて貰うモデルは限られていた。重要なのは内装とキッチン。冷蔵庫やレンジなどの装備品やサニタリーの充実度だ。

 三つ目のモデルでエルと私は唸った。奥に備え付けのシングルサイズ2段ベッド。その横がサニタリー・スペース。その手前にキッチンと冷蔵庫。オーブンも電子レンジもある。

 そしてリビング&ダイニングは4人掛けだが、当然ベッドになる。しかもこの部分が、お祖父様のと同じくせり出すのだ。そしてそのダイニングの奥に少し高さのあるダブルかクィーンサイズベッドがある。

 正直その大きなサイズのベッド分、スペース効率が悪いのだけど、モードレッドには良いと思った。だって彼女、粗野で粗暴だけど、妙なところで育ちの良さが滲み出るのだ。

 戦場だと不平不満なんて言わないのだろうけど、意外にも平時の寝床には拘りがあったりする。

 外観を見ても外からアクセスできるキッチンはなかった。でも、小型冷蔵庫と倉庫があった。ちょうどクィーンサイズベッドの下だ。かなり広いので予備のプロパンやガソリンタンク、アウトドアグッズが置ける。

 

「これ、シングルの家族向けなんですかね? メインのベッドが車両に対して横って珍しいなぁ」

「だね? ママが子供と旅行するってイメージ」

「これ、カタログに載ってるレギュラー・モデルでなくオーダーメイドなんだよ。注文したは良いけれど支払いが難しくなったらしくて、キャンセルになったんだ。だから、もし買ってくれるならサービスするよ」

 

 不良在庫って事だものね。でも、私達にはピッタリだ。装備も良いし、レイアウトもデザインも良い。

 

「サービスの内容は?」

「10パーオフに、プラス、ダコタに牽引装置をタダで付けるよ。どう?」

「買った!」

 

 税を入れて支払いは約3万ドルだった。勿論カード払い。おそらく10%引きでも、同サイズのトレーラーより高いだろう。だけど内装と装備を考えれば納得できる。きっと本来の売値は3万5千ドルはしていたのだと思う。

 各種書類にサインし終えれば、2時間弱で牽引装置が取り付けられると聞いた。なので、そのままクルマを預け、私とエルはショップの近隣を歩いた。

 

「エアストリームも観ていきますか?」

「駄目だって。やっぱり~ってなったら悔しいでしょう?」

「それは言えますね。おや?」

 

 突然立ち止まったエルはとあるお店を指差した。それは自転車屋さんだった。

 

「ここ、カリフォルニアですよ?」

「わかっていますよ。それでもです」

 

 どういう事かと言うと、カリフォルニアはビーチクルーザーやマウンテンバイク発祥の地であって、欧州のようなスポーツモデルをあまり見かけないのだった。

 私が通学用に買ったサーリーはミネソタ州、トレックなどはウィスコンシン州と、ほぼ工具メーカーがある州に偏っていた。

 探せばどこかで買えるのだろうけど、注文しても何日掛かるかわからない。だけどスイスで乗る分に欲しいなとは考えていた。きっとエルも同じ気持ちなのだろう。

 頷きあった私達はショップに入って、色々見させて頂いた。結局買わなかったけれど、この国土が広過ぎるアメリカという国の特殊な文化を再確認できた。

 東と西で時差4時間。タクシーやバスの中を縫って走る、メッセンジャーのピスト。方やサーフボードを括り付けてビーチへ向かうクルーザー。

 こうやって改めて考えると、アメリカはそれぞれの州がドイツやフランスのアメリカン共同体なのだと気付く。ドイツでも高地と低地では文化が違う。

 スイス東部のドイツ語圏出身の私は、アインツベルンの故郷でもある、黒い森を擁するバーデン=ヴュルテンベルク州の人となら意外と話が合う。

 だけど同じ高地ドイツの、バイエルン州の人だと何か違うと感じてしまう。これが中低地の人だともっと違和感がある。また、スイス西部のフランス語圏の人よりは話がわかる気がする。

 そしてオーストリアの人には親近感がある。きっとバイエルンの人もそうだろう。そんな入り組んだ感情を、何世代にも渡って感じているのがヨーロッパに住む人々の偽りない気持ちだ。

 もんじゃ焼きか大阪風お好み焼きか、或いは広島風お好み焼きか。カレーや肉じゃがのお肉は豚肉か牛肉か、或いは鶏肉か。それって裏返せば、それだけ多種多様な食材が日本なら手に入るって事で、その手に入りやすさ(流通価格)の違いでしかない。

 直線で僅か50km。京都と大阪くらいしか離れていないチロルの直ぐ上、ドイツ最南端で育った『姉のイリヤ』と、スイスで幼少期を過ごした『エル(私)』とでは、方言も風習もかなり違っていたのだ。それが欧州だ。

 そして私はアメリカに来て、本当の意味でのユナイテッド・ステーツの意味を実感した。ニューヨークだとダコタみたいなピックアップ・トラックは走っていなかった。セントラルパークに横付けして少々恥ずかしかったくらいなのだ。

 なのにカリフォルニア州からウィスコンシン州まではどこでもピックアップ・トラックを見かけた。パタリと見なくなったのは、ミシガン州(デトロイト)から東に出てからだった。

 マンガや小説ならありそうだけど、実はアメリカにノンストップの大陸横断鉄道はない。そもそも建国して200有余年、アメリカは一度も国鉄というものを持たなかった。

 線路も東海岸と西海岸に偏っていて、国土の中央部には殆どないし、走っているのはディーゼル機関車(日本のDD51型みたいなカッコいいのがアメリカには多い)が引っ張る貨物列車ばかりだ。

 サンフランシスコに近いサクラメントからシカゴに向かうだけで、列車だと夜行の寝台で1泊から2泊掛かる。だから航空機が発達し、クルマが発達したのだ。

 え、クルマは距離と時間のバランスが……。そういう人は碌な鉄道網もない州で、空港に行くまでの時間と待ち時間、それと隣の州まで行く時間を考えて欲しい。

 カリフォルニア州だけで、ほぼ日本と同じ面積で南北の長さは本州と変わらないのだ。そして郊外に出れば山か砂漠だ。そうなると平坦な道路が繋がっているだけで大したものだと思う(ロシアは道がないし、あっても凸凹だ)。

 だからクルマは基本州内か、隣か、その隣の州まで向かう交通手段に限られる。それ以上となると、皆んな飛行機を使う。それがアメリカだ。そして欧州連合は、そのアメリカに対抗するために擬似的な合衆国を作ったのに過ぎないのだ。

 問題は通貨だろう。EUは保って20年だと私は見ている。どうだろうか?

 

 

「エルヴァ?」

「はい?」

「この機会を活かしてフンボルト君がアプローチしてきたら、あなた真剣に考えなさい」

「……」

 

 それなぁ……。フンボルト君も子供の頃からの『お兄ちゃん』だ。勿論、この意識は『エル』の中に居た頃の、ミトやパミから流れて来た感情だ。

 特に『エル』とパミは『お兄ちゃん』だと、強く感じている(ミトにとっては大切な部下という意識の方が強い)。つまり私にとっては人からの借り物の感情なのだ。

 それはわかっている。だけど『エル』もパミもミトも、フンボルト君の結婚式に出席していて、奥さんとも仲が良く、赤ちゃんまで抱っこしているのだ。

 その記憶があるのに? この世界でもあの奥さんが、どこかに居るかも知れないのに?

 

「エルヴァ。あなたはもう『エル様』の分割思考の一部ではありません。それは私も同じです」

 

 わかっている。エルヴァちゃんの年齢が違うように、ここは違う世界だ。だから人と人の関係性も変わって当然だ。だけど…………。カフェで迷うばかりの私だった。

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