※この作品はR-18です。

プリズマ☆エルヴァ 第三部 霊脈篇   作:炭団

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この回はかなり手直ししています。
何故なら基本的なプロットはこの騒動の前に温めてあったからです。つまり自粛した文だという事です。
まさか恐れていた事がここまでになるとは。
間違っているとわかっていても続けざるを得ない緊縮財政、その弊害による人々の殺伐とした心。
今の30代以下の人は、伸び伸びと未来に夢を持てない時代を生きている。そんな国なのに名目上のGDPは世界2位。
それはもう、数字だけの虚構でしょう。最悪はFTAで自国通貨の発行権が行使できないように裏取引された可能性もあります。
ですが、それでも負けない。絶対に覆して平穏な生活を取り戻す。そういう願いを込めて話の方向を変えました。


121、動向

 随分とエルヴァが困った顔をしていたので、これは言い過ぎたと反省した私は、カフェを出て彼女にランチを奢った。入ったのは白いオジさんが立っているあの店だ。

 お目当てはフライドフィッシュとチキンサンドのミール(セット)だった。その昔『エル様』は間桐鶴野から、こう教えられたそうだ。

 

『ケンタッキーが日本に上陸したのが先だった思うけど、70年代から80年代に掛けてかな? ロング・ジョン・シルバーズってフィッシュ&チップス専門のチェーンがあったんだ。そこのフライドフィッシュは美味しかったよ』

 

 食べた経験があるんだ? それよりも、その頃の白いオジさんのお店は旧名のままで、まだ三文字にイニシャライズされておらず、フライドフィッシュもフィッシュケトルという名だったという。

 なおケトルにはヤカンという意味の前に恒温器具という意味がある。おそらく長細い台形にカタチを揃えてあった(見栄えを良くするためだろうけど、魚の身と思えば不自然だ)ので、フランス料理の魚料理用恒温鍋と引っ掛けた名だったのだろうとの話だった。

 なお、ロング・ジョン・シルバーズは今もアメリカで展開されていて、バーガー以外のファストフードという選択肢を白いオジさんとともに残してくれていた。

 その選択肢にドーナッツを入れないのは、大手だけでなくローカルなお店がどこにでもあるからだ。

 

 それはともかく勇んでカウンターに行けば、何とフライドフィッシュがない。そんなの扱ったこともないと言うから、日本だけのメニューだったようだ。マジか……。

 それで仕方なくバーガーと2ピースのチキンを2つ頼んだ。片方はオリジナルで、もう片方はクリスピーだ。このクリスピーは日本にまだ無かったので試したかった。部位はウイングとブリースト、ドラムとサイだった。

 

「ウイングとキールが良かったのに」

「よくもまぁ、そんなパサパサしたところを」

 

 エルヴァが選んだのは(アメリカでは3ピース以上の注文なら部位が選べる。その代わり部位ごとに値段が異なる)、ブリースト(胸)というリブとキールがくっついたジャンボな部位だ。これがあるのでキールとリブがアメリカには無い。

 ただしキール部分がバスンと真ん中で切られているので、軟骨(サンカク)が無かったと思う。そもそもアメリカ人は南部のソウルフード以外、内蔵料理というのがない。

 スーパーの鶏肉も、皮なしパックなんてものもある。皮だけとか心臓やボンジリとか売っていない。それにモモ肉よりムネ肉の方が価格が高い。基本鶏肉の脂を嫌うのが平均的なアメリカ人だった。

 

「この皮が良いんですよ」

 

 それはわかる。でも、食べ応えありそうだ。それでなくともアメリカのニワトリはデカい。日本のニワトリとは別の生物ではないかと思うくらいにデカい。それの胸だから女の子用のお弁当箱以上の大きさがある。

 

「食べ切れるんですか?」

「今朝はシリアルだけでしたので」

 

 そうだ、昨日食べ過ぎたから。その分お腹が空いていたようで、エルヴァはペロリと平らげていた。脂で汚れた手を洗い終わったところで私はネバダ州の地図を広げた。

 

「そのスノーフィールドってネバダに?」

「まぁ、そうです。ワイオミングやアリゾナやユタの方が良かったですか?」

「どういう意味で?」

「イエローストーンやデヴィルズタワー、グランドキャニオンやモニュメントバレーがありますね」

 

 ロスからラスベガスがクルマで約3時間だ。そこからグランドキャニオンへ約2時間。そこから更にナヴァホの居留地(保留地)を2時間走るとモニュメントバレーに行き着く。そして私が言う霊地、スノーフィールドはラスベガスから北へクルマで2時間ほど走ったところになる。

 なおワイオミング州のイエローストーン国立公園から南東へ百数十キロ行けば、ウィンド・リバー居留地(保留地)がある。映画で有名になったデヴィルズタワーや、お隣のサウスダコタ州にあるラシュモア山も元々はネイティブ・アメリカンの聖地だ。

 言ってみれば御神体や御本尊だ。それをマッシュポテトにしたり、自分達の土地を奪った『野蛮』で『無知』な侵略者を束ねていた見知らぬオッサン4人の、無駄にデカイ顔を彫ったりした。

 ツインタワーに旅客機で突っ込むくらい野蛮なテロ行為だ。他人の文化を知ろうともしないで有無を言わさず、武器で大勢の仲間や家族を殺戮し、挙句の果てに草木も生えない土地に押し込み、狩猟部族に農耕を覚えろという。

 それも食料として大切に数を考えながら狩っていたバッファロー(バイソン)を、あの野蛮人どもは絶滅寸前にまで追いやった。しかも押し込んだ土地さえも年々削られていく。

 だから生きていくためにカジノを開いた。それさえ成功している部族は少ない。サウスダコタは今も係争中だ。クリストファー・コロンブスという魔物のような男が大陸に来なければ。

 逆の立場になって考えればそうなってしまう。私達の罪は永遠に拭えないほど大きい。

 写真家のエドワード・シェリフ・カーティスが残した数多くの写真は、行き過ぎた演出と先入観があったとは言え、30年にも渡って重いカメラとガラス乾板とで貴重な文化を記録していた。

 全部の部族は無理だけれど、私はせめてスノーフィールドの人達には食べて行ける道を開きたいと考えていたのだった。

 

 

「どこですか? そんなスノーフィールドなんて地名が地図にありませんが?」

「このボールド山とパプース湖の間の、グルーム乾燥湖がある辺りです」

 

 エルヴァに地図の上を指差してあげた。

 

「砂漠ですね? 確か先生があちらでここを……」

「思い出しましたか。そうです。あちらの世界では魔導師の先生が、その土地のファースト・オーナーです。それを今回、私達がファースト・オーナーになろうというワケですよ」

 

 何度も並行世界を渡っている先生のお話や、『エル様』の記憶からもここで間違いない。そしてそこはかなり少数のネイティブ・アメリカンしか住んでいないのだった。それくらいそこは荒れた土地だ。

 合衆国政府が承認している部族はおよそ500(連邦政府承認部族)。州の政府が承認している部族はおよそ20(州政府承認部族)。既に同化されたか、独自文化が消滅したとされ、認定を取り消された部族は数が不明(終結部族)。

 そして一度も承認を受けていないとされる少数部族は確実に200以上あった。スノーフィールドの部族もこちらに入る。

 

「その土地は、ある世界だとネイティブの人が追いやられ、政府がラスベガス並みの街を築いています」

「え?」

「つまりそれだけ、神秘が政府の上層部にも知られている世界だという事です」

「なるほど……」

「またある世界では、そこに空軍の基地があり、立ち入り禁止区域になっています。おそらく核ミサイルの保管場所か何かの実験場なのでしょう。そのせいか様々な噂がありますね」

「例えば?」

「ロズウェル事件に代表されるような宇宙人やUFO関連の噂です」

 

 エルヴァが驚いているが、無理もない。その世界での基地の名は『グルーム・レイク空軍基地』と言った。別名『エリア51』。そんな真下に北米きっての良質な霊脈が存在している。

 それは最初『エル様』も知らない未知の霊脈だった。ただ先生だけが知っていて、基地もなく手付かずの状態だったので、『エル様』に買い取らせたのだ。

 基地があるとまず無理だ。『グルーム・レイク空軍基地』は『ネリス空軍基地』飛行訓練エリアの中なので一切中に入れない。

 ところがここと『エル様』の世界では『ネリス空軍基地』の東半分がゴッソリとな失くなっていて、飛行訓練エリアからも大きく外れていた。

 私は起動して自我が確立してから、これをずっと考えていた。そしてその、魔術師以外にはほとんど意味がないけれど、私達が手に入れれば大きな財産となる霊脈と霊地。

 それを何とか、政府や魔術協会の目を盗んでというか、先んじて所有権を得なければならなかった。なのでルーマニアでもロシアでも、内心は焦っていた。

 どちらも素朴な人が多くて素敵な国だ。特にロシアは外から見るのと、行ってみて感じる事のギャップが大きい。政府とは別で、人々はとても暖かく居心地のいい国なのだ。それだけに出国は後ろ髪が引かれた。

 だけどスノーフィールドの事だけは頭の隅にいつもあった。スイスに戻りアメリカに渡って、その焦りはピークに達した。だって目的の国に行っちゃったからだ。それで調査の機会を伺っていたら、今回の大事件だ。

 こうなると政府も協会もそちらに意識が向かう。まさにチャンスだった。

 私はこれに賭けていた。この霊脈事業を足掛かりにして更に大きなビジネスを起こしたいと考えていた。その第一歩がこれから始まるのだ。

 

「エルヴァ、そろそろトレーラーに」

「そうですね。戻りましょうか」

 

 その後私達はトレーラーが連結されたダコタで家に帰った。

 

「これか。中々良いな」

「お兄ちゃんはテーブルベッドになりますが」

「十分だ。霊体化しても良いしな。大きい方のベッドに二人で?」

「そこはモードレッドです。私達は奥の二段ベッドです」

「贅沢だな。まぁ、彼女はスイスのあの子から借りているようなものだから、仕方ないのかも知れんが。で、出発は?」

「今日は残りを買い出しに当てて、明日にでも」

「了解した」

 

 買い物には私のクルマ(トラッカー)を出した。スーパーを2軒ほど廻って食料などを買い込んだ。運転は私がした。

 後席に居たエルヴァが呟いた。

 

「『エル』は儲けたのかな……」

 

 その『エル』は私でなく『エル様』の事だ。儲けるチャンスは数回あると思う。メキシコの場合を例にして説明しよう。

 一つはヘッジファンド。そんなのがあるのか無いのか知らないけれど、メキシコ政府と麻薬カルテルを天秤に掛けたプランで、政府側に投資していた場合。

 次が株。密造や密売で幾ばくかのお金を得ていた人達からお金が回らなくなるので、貧困層は暫く生活が苦しくなると思う。けれど、先が明るくなったので株価は一気に上がる。アメリカも懸念材料が減った事で株価が上がるだろう。

 ブリックス(BRICs)でも南米にあるブラジルは、コロンビアなどの影響で株価が上昇する。するとメルコスールに加盟する南米諸国が増える。

 こちらのニュースは確実にEUにまで波及する。オフショア市場のヘッジファンドを活性化させるだろう。となると、各国政府の舵取り次第で数年は好景気になる。

 あちらのロシアの好景気が続いているのは、『1年革命』前に周辺国から半導体のノウハウをアサシンを使って奪い、ロシアで半導体事業を立ち上げたからだ。

 マニアックにもオーディオや楽器アンプに細々と使われる真空管事業を保護しながらだ。半導体は今現在で世界の65%のシェアを持っている。

 それと元々東へ広げていた光ファイバー事業と食料品の輸送ルート、更にはパイプラインの敷設拡張事業、これが効いている。

 政情不安が消え、人口が増えるばかりの今のロシアは、食料供給ルートと光に絡むインフラ事業を『エル様』に頼らざるを得ないのだ。

 そして味方に付ければ見返りが望外なまでに大きい。『1年革命』後、ロシアの領土は大きく南へ広がったし、かなりの不凍港を手に入れられたからだ。

 つまりあちらでは、南北アメリカ大陸の覇者がアメリカで、そこに中南米諸国と、オーストラリアにニュージーランドがくっ付いているカタチだ。

 そしてアフリカ大陸を除くもうひとつの大陸、ユーラシア大陸の覇者はEUとロシアで確定したのだ。勿論、両者の間に立ち、裏で糸を操っているのはハーウェイであり『エル様』だ。

 誰が呼んだのか、今のハーウェイ一門を『西欧財閥(新財閥)』という。その中心に居るのがアインツベルンなのだった。当然そうなる前の、抵抗勢力(旧財閥)の反発は凄まじいまでに大きかった。

 何度も生命を狙われた。だけどその悉くが阻止され、実行犯は『掌握』されるか『魂の改竄』を受けて寝返り、相手(依頼者)を付け狙った。

 経済界を裏で操っていた者達は手を引いた。神秘という存在を知り、時計塔に泣きついても既に遅く、門前払いされるだけだったのだ。

 なので最早、あちらの世界では国家間の戦争の危険が失くなった。国内での小さな諍いがあっても、それも政治レベルで収まった。

 そんな方がこちらに現れたのは、決して観察だけではないだろう。どうも相当儲けていそうだ。だけどそれをして拝金主義とは言い切れないところが何ともはやなのだ。

 あの人が許せないのはいつだって『停滞』だ。食料や飲料にお金、こういったものがそれぞれの収入に見合った適価で流通すれば、決して国民は疲弊せず幸福を得られる。またそうなれば国家も困らないのだ。

 どういう事かと言うと、それはズバリ富の集中化だ。お金を稼ぐ事も貯める事も悪徳ではない。だけど社会に対する奉仕精神を持たない者が集中させると、無用な野心を抱き始めるのが問題だった。

 そして得てしてそういう者は、決まってフィクサー気取りで政府や政治家への圧力を掛ける。それもダイレクトに行うのでなく間接的に、何十という手をこっそり打つ。

 それで局所的なバブルを起こしたり、デフレやインフレ、スタグフレーションを起こすように仕向ける。それは株や為替、ヘッジファンドを自分有利な相場に持って行くためだ。

 その行き過ぎた金銭欲の影で首を吊らねばならない人や、更なる貧困に喘ぐものが出ようとも気にしない。そういう者達の隠れた意図で地球温暖化が叫ばれたりする。

 で、御用学者やマスコミが北極や南極の氷が溶けて、水没する都市が出て来ると不安を煽る。頭がおかしいのか? 高校の物理からやり直せと思ってしまう。

 まず、北極の氷が全部溶けても水位は上がらない。ジュースの氷が溶けたらコップから溢れるのかって話だ。南極の氷の場合もまず水位には影響がない。

 広大な海の水位を上げるほど熱膨張させるには、人類が地上に生息できないほど暑くならないと無理なのだ(お風呂場で実験すればわかる)。そしてそうなる確率は、地球に巨大隕石や小惑星が墜ちるのとそう変わらない。

 一人頭のCO2の排出量も、ほとんどの国は90年代と変わっていない筈だ。増税などして経済を停滞させた方が削減効果が高いのが明白だ。そこで元々排出量の少ない国から『買う』なんて事が出来るようにした。

 つまりあれはEU(の自動車業界)が、アメリカや日本の自動車業界を堕とすために考えた罠なのだ。だからアメリカはサッサと京都議定書から逃げた。

 ロシアなんて温暖化してくれとまで言った。その方が住みよい国土になるからだ。

 こんな嘘っぱちの議定書に合意した当時の日本の内閣はアホだろう。正しい手を打たなければ、プラザ合意の時と同じ様に日本企業はカンバン方式で下請けや孫請けを泣かすだけだ。

 単純な話し1ドル300円の時代なら、製造コストに200円掛けても儲けが出た。それが1ドル200円、100円と落ちていけば製造コストを抑えなければ利益が出ない。

 だから真面目な日本人は半泣きなって考え働いた。様々なコスト削減の工夫の多くは、絞りに絞ったアイデアの産物だ。だけどそこにはサービス残業のような悪弊も産まれた。

 そうして日本は世界一対外純資産の大きな国となった。プラザ合意のアメリカからのメッセージは『輸出の黒字を減らして、こちらの赤字を少しは消してくれ』だったのに。

 そのために必要だったのは、輸出を減らして内需を拡大する事だったのだ。減反なんてする必要なんて無かった。地方交付税を増やし、お米も野菜もじゃんじゃん作って食料自給率を上げ、石油などの必要な輸入に絞るのでなく、もっと幅広く輸入を拡大しなければならなかったのだ。

 だけどそうはしなかった。庶民が苦しもうとも日本は外貨獲得こそが正義だと輸出を増やし続けた。今後もアメリカは厳しい協定や合意を迫るだろう。それは自動車だけでなく、お肉や野菜、戦闘機にミサイルと多岐に渡るだろう。またEUも似たような罠を張って来る。だって世界の政治経済がわかっていないんだから。

 こんな風に国家は自国の産業を守るため、あの手この手を使ってくる。だけどこれ事態は社会奉仕に繋がっている。ゴミの分別と同じで、全員がそういうマナーを守ろうとすれば、確かに世界がより良い方向へ変わるからだ。

 何度も言うが、政府が自国の産業を守るのは当然の事だ。それに拠って何万人もの人の生活を守れるとなれば、汚い手を使うのも頷ける。と同時に、自国の経済を回し発展を促す企業は個人を守る事より先に立つという事実も忘れてはいけない。

 つまり、ざっくりと経済貢献度(納税額だけではない)の順で、大企業(と、そこに集う人々)、中小零細個人事業などなどと明確に区別されてしまうのだ。

 例えば2隻の船が沈みそうになっていたとする。片方には400人の、従業員が100人以下の零細事業主や個人事業主ばかりが乗船している。対するもう片方には100人の、従業員が万を超える大企業のオーナーが乗船していたとする。

 条件は船舶の修理が不可能で、この危機に間に合う近くの救助艇は1隻のみだ。また、その救助艇には最大でも200人しか乗船できないものとする。

 さぁ、どう? あなたが政治家ならどう判断する?

 国家を運営するというのはそういう事だ。だから政治家は時にあの人が? と思うような事を、新聞どころか大衆に批判されても行う場合がある。

 国家を存続させるためには個人よりも他の大勢だ。多くの人のために少数を切り棄てるなんてケースが普通にある。父やお兄ちゃんが散々悩んだ事を嘲笑うかのように、今も世界のどこかで少数の人々が、政治的判断で切り棄てられている。

 夢を見るのもいいが、それが現実だと知っていた方が良い。いい大人なら。

 私もエルヴァもそういう意味で政治家には向かない。特にエルヴァはそうだろうと思う。その場の数の論理でなく、明日の社会への影響力や、国家を営む上での影響力はどちらが大きいか。その背後の人員はどちら多いのか。

 そんな事を頭で理解できても、とても行動に移せるものではない。それが人間だ。どちらがベストで、どちらがベターだとか考えられない。その選択が社会正義だとわかっていても無理がある。

 と言うのも、私やエルヴァだと200人乗船できるのなら、400人の内の100人は救けられると即座に考えてしまうからだ。でも、そんなのどうやって選ぶの?

 ところが報道に知られさえしなければ、次の選挙も大企業の社員がこぞって票を入れてくれるだろう。なので口を塞ぐ意味でも、400人は最初から見捨てると判断できる人が政治家なのだろう。人道も人権も国家という後ろ盾があってこそなのだから。

 よりベストを言えば、飛行機でゴムボートでも材木でも何でもバラ撒く事だ。海を汚すなんて環境問題は後で良い。とにかくそこにしがみついて、新たな救助艇が到着するまで生き延びて欲しいと言える人。

 それで死んでしまった人の遺族やメディアはきっと騒ぎ立てる。そしてその政治家は落選する。間違いなく。そんな愚かな選択(投票)をしてしまうのが大衆の常だ。

 そこに大衆が気付いた時はもう遅い。もう、そのベストな判断ができる政治家は戻ってこない。悪貨が良貨を駆逐するのは歴史の真実なのだから。

 そして人々はポピュリズムに踊らされ、何の政策も提言できない愚かな政治家(政治屋/政局家)に投票する。すると数字しか見ないロボットのような官僚が政策を提案するしかない。

 やがて人々は重税に苦しみ、疲弊し、暴動が起き、戦争が起きる(プライマリーバランスを守るってそういう事だ)。

 

『人間の本質は石器時代から一歩も前に進んじゃいない』

 

 それはあなたの世界観が狭かったから気付けなかっただけだ。人は進んでいる。貧富の差はあれど、誰もが生きていけるように……そう願って少しずつ政治形態が今のように変化したのだ。

 円卓なんて議会制君主政治の始まりだったじゃないか。その先の戦争や恐慌や疫病なんて地獄を味わった果てに、今の議会制の民主主義があるのだ。島育ちの世間知らずなガキがしでかした失敗を後悔して他人に手を掛ける……。

 実におぞましい。そんなもの善悪の前だ。正義でもなければ、そんな発想に至る段階で人でなしだ。でしょう?

 私やエルヴァが出来るのは、社会的弱者と見做される母子家庭や父子家庭、障がい者などの人が受け入れられ、住みよい社会になって欲しいと願う事と、そういう届きにくい声を為政者や経営者に届ける橋渡しになる事、そんな程度だ。

 ちっぽけだよ? 何もできない子供だよ? それでも、社内に育児施設を設け、シングルマザーやシングルファーザーを受け入れ、求人に障がい者枠を設けて、トイレ掃除でも倉庫番でも良いので、貧困層などと区別せず、より幅広く労働者を受け入れる。そんな会社や社会にしてくれと訴える事はできる。

 そんな優しい社会と会社。それを救われた100人の経営者が1人でも多く目指してくれるのなら。そのためなら涙も流そう、頭も下げよう。その400人の、或いは300人の方々をこの手にも掛けよう。その時はエルヴァに救助艇の100人を誘導してもらう。悪は私だけでいい。

 

 だけど自分の利益のために、相場を動かそうとする者は絶対的な悪だ。それは言ってみれば、聖杯を設置して霊脈を塞いだのと同じだからだ。『エル様』も私もそういうのが許せない人間だった。

 では何故人はここまでお金のためにトコトンまでの利己主義になっちゃうのか? それは今の金融システムと教育が古いからだ。

 まず人は社会を識り、様々な人が生きている事を識り、儲けた分を僅かながらでも社会への貢献や奉仕、或いは伝統文化や伝統芸能保護のために役立てようと考えられるようでなくてはいけない。そういう観点が圧倒的に欠けて来ているのが現代人だ。

 次に、金融システム(貨幣システム)の更新だ。私は共産主義を否定しているのと同じく、弱肉強食を強いる資本主義も否定している。

 自分が食べている食料はどうやって食卓に並ぶのだ? お魚なら釣る人が居て、多くの漁師さんからそれを買い上げる卸元があって、それを業者が競りで買って、小売店に並ぶ。

 勿論、モノに拠ってはもっと複雑な経路もあるだろう。大型トラックで県や州を跨いで大量に運ぶ人、中型トラックで都市から都市に運ぶ人、小型トラックでスーパーなどの小売店に運ぶ人……などなど、数え上げたらきりがない。

 農作物を作る人、運んでくれる人、毎日それを並べて売ってくれる人、そして食材を使って料理にしてくれる人。そのすべての人に感謝するから『いただきます』『ごちそうさま』なのだ。

 世界中のどこに行ってもこんな美しい言葉がある国はない。こんな民族だから戦後の焼け野原から復興できたんだなって思う。

 弱者にも手を差し伸べられる、ある種の自由経済に基づく社会主義的な社会が理想だと私は考えている。例えるならそれは国民全員に医療保険が行き渡るような社会システムだ。それを実現しているのが『日本』なのだ。

 そんな理想的な国なのに、現実の政府は貨幣システムを理解できていない。なので、官僚と同じくプライマリー・バランスに拘っている。帳簿と同じく左右が揃っていないと駄目らしい。お小遣い帳ですか?

 国民からの税収(パパのお給料)が仮に30万円としたら、食費や教育費や水道光熱費やその他諸々(予算)で消えていく。しかも家のローン(国債発行残高)が残っている。だからこれを返済しよう(プラマイゼロにする)となる(普通の考え)。

 今は苦しいけれど、頑張ってローンの返済が終われば、その後は入った分(お給料)のお金が使えるよ(プライマリー・バランスが取れた状態)。だからお小遣いは我慢してね。

 

『そうだ◯◯、ママの言う通りだぞ。パパの知り合いにも、ローン(国債発行残高)が返せなくて破産(デフォルト/財政破綻)した人が居る。そうなったら惨めだぞ? そもそも自分の給料以上の借金を背負うのは駄目だろう』

 

 こうして子供は『自己責任論者』になるんだろうね。家計簿ならパパの言う通りで何も間違っていない。だけど国家の財政はお小遣い帳や家計簿ではない。

『そんなの当たり前だろう?』 いえいえ、中小零細をすっ飛ばして、大企業の帳簿もママが付けている家計簿も基本は同じなのだ。

 単式簿記か複式簿記か、確定申告に必要あるかないか、その際に必要とされる帳簿がどういったものかの違いはあるけれど、収入と支出(固定費と生活費)のバランスが取れていれば良い。

 固定費は住宅ローンや水道光熱費など毎月定額のものだ。重要なのは生活費だろう。ここに食料品や医療費、娯楽費などの変動する項目を置く事だ。そしてこっそりパパのお酒とタバコの金額を小さく隅っこに書いておく。

 タバコもお酒もスーパーで買い、領収書付きレシート出だして貰う。そしてその1年間の合計金額を、ママはパパと話し合わなきゃならない。

 そうして◯◯ちゃんの塾やお稽古ごとの費用や、ママ友とのランチ代をフェアに交渉する。だけどパパの飲み会費用は交際費として別途計上してあげる。それが家庭円満の秘訣だ。

 だけど国家の財政は家計簿とはぜんぜん違う。その最たるものが、国家と中央銀行は同じものだというところだろう。わかりやすく言うと、日本政府の子会社が日本銀行なのだ。

 

 だから次の条件を満たした場合無敵なのだ。

 一つ、自国通貨の発行権を持っている事。

 二つ、その通貨がハードカレンシーである事。

 三つ、国債が海外でなく自国内で買われている事。

 

 この三つを満たしているのならば財政出動なんて何の問題もない。まず一つ目の条件を満たしていても、二つ目の条件を満たせないと、国際的な信用度が低くなる。

 となるとその国の貨幣価値も低いので、国債が国内で回らない。そんないつデフォルトしてもおかしくない、誰も魅力を感じない国債は金利が変に上がる。すると益々国内の買い手が付かない。

 海外の、それも野心と冒険心のある投資家しか買わないだろう。なのでデフォルトする可能性が益々高まる。こういう悪循環に陥りやすいのだ。

 だけど一つ目と二つ目を満たすその『信頼』は絶大だ。特に二つ目。これは『自由経済社会に於いて安定した高GDPを維持している』という証でもあるからだ。

 ここに引っ掛かって、『元』はハードカレンシーにならない。一党独裁である限り、総ての数字が嘘と見做される(事実、そうだろう)。

 GDPとは国民総生産と言われるが、その内訳は『個人消費』『民間投資』『政府支出』『輸出-輸入』で算出される。『個人消費』はいわば『家計』だ。ここが高ければ、それだけ裕福な国家だと言える。

『民間投資』は『設備投資』とも言い換えられる。言ってみればその国家に於ける企業の基礎体力を表している。『政府支出』は『財政出動』。先の二項目が低いのにここが高ければ怪しい。だけど先の二項目も高いなら、ここの高さは政府の健全さを示す指標となる。

 4つ目の『輸出-輸入』は文字通り、輸出で得られた上がり(儲け)から輸入品で消費した金額を引いたものだ。本当の意味でプライマリー・バランスを取りたいのは実はここで、プラマイ・ゼロがベターだ。

 だってそうなれば、対外的にフェアな国家運営をしている事になるからだ。ただし、輸入項目は生活必需品(食料や衛生用品)などを低く抑える事が大切だ。

 つまり国内自給率を上げ、嗜好品や高級品で外貨を稼ぐ事が肝要なのだ。蒔絵や金箔細工に螺鈿細工などなど、あなたの知らない、日本が世界に誇れる伝統芸は多岐に渡る。

 それを万年筆などの筆記用具や、馬鹿らしいけれどクルマのボンネットやバイクのタンク、果てはキッチン・ウェアに施して付加価値を高める。アニメ以外でも売り込みようはあるだろう。

 だからこそと言うか、そこまでせずとも信用と信頼、つまり実績のある国家の貨幣をして『信用創造』と言うのだ。では無条件に財政出動が出来るのか?

 まずそれはない。前提条件としてデフレである事、次にデフレから微インフレになったところで政府が引き締めるコントロール性が問われる。

 その国の政府が試算して出したインフレ率より重要なのは、その政府が自国の『ブランド』を正しく認識し、国民がそこに向かって努力しているかどうか、その姿勢なのだ。

 

 それがあって初めて『信用』が強固になる。そしてそれを維持できるのなら、実は国債を発行する手間も要らない。

 要は法整備して、政府が中央銀行(日銀)に借用書を書く、そして中央銀行(日銀)がその金額分を各都市銀行に『事業資金用として、市井の企業に低金利で貸し出せ』と言えばいい。

 更には新聞やテレビなどでこの方式を最低5年は続けると発表すれば、効果は大きいだろう。そうなれば民間企業が勝手に5ヵ年計画を立て、設備投資などに使う。

 それと同時に、政府は公共事業を民間企業に発注する事が大切だ。高度成長時代の老朽化した橋などをドンドン新しくするのだ。そうするとたった5年で間違いなく民間は潤い、税収が上がる。

 だけど国の借金が……。返さなくて良いの、そんな物。だって中央銀行(日銀)は国家の子会社なんだから。マッチポンプで良いの。むしろそうやって変わった新しい世界は、いかにお金を回すか、どこにお金を出すかが重要になると思う。

『停滞』させてはいけないのだ。一世代の個人という人間の有効活用時間は80年×365日×24時間だ。それよりも短い人がほとんどだろう。

 それら貴重な人材を有効に活用し、文化と文明を明日へ繋げて行けるプランを持つ……そんな国家経営戦略が組める官僚と政治家。そういう人が必要となるのだ。

 また、工芸技法も技術も専門学校を出ていれば、あるラインまでは得られるかも知れない。だけどその上のツウがわかる領域へは誰しもが行けるものではない。

 ネットの普及で今後は益々そういうツウの領域が見捨てられるだろう。だけど一度失った工芸や技法は取り返せない。これは地道な基礎研究や土木建築などにも言える。それを少しでも記録しアーカイブ化して、貴重な技や知識を残す。

 私はそういったノウハウの蓄積と記録化こそが、これからのネット社会を生きる人の未来のために必要な事なのだと考えている。またそれが、人々の人生をより有意義にするのだと思う。

 だからこそ、無駄と思えるようでも、予算を回して回して回す事が重要だ。緊縮は干上がっていくばかりの池と同じだ。そこで国民という小魚が、口をパクパクしながら泳いでいる。

 自分が少しでも長くその池に居座ろうと思えば、他者を押しのけるしか無い。そして押しのけられた弱者を『自己責任だろう?』と切って捨てる。それがあまりにも悲しい。

 合理的と言えば合理的だが、そんな大脳皮質に縛られた考えはどこかおかしい。きっと、私は魔術師失格だ。だけど他者の生命も自分の生命も等しく同じだ。

 そうでなければ人造生命など開発できない。アインツベルンの歴史はそこから端を発しているのだから。人を奴隷にできない、それは間違っている。だからホムンクルスだったのだ。

 だからこそだろう。今のアインツベルンは鋳造したホムンクルスの人権も認めている。それは当たり前の流れだった。

 

 話を戻そう。だけどその池が整備(公共投資)され、餌(お金)がちゃんと得られるなら。そうすれば零れ落ちそうな、名もなき名人や研究者にも回ると思う。そんな優しい『世界』のシステムが、これからは必要なのだ。

 そしてそれを成す好条件が揃っている国家が、200ヶ国近い国々の中でスイスと日本だけなのだ。極端な話し、期間を設けてアメリカ人が日本車を1台買う度に同額のドルを日本政府が米政府に渡せば良いとまで思う。

 そうすれば対米黒字が一気に減るし、日本企業は潤うし、ビッグ・スリーは泣くだろう。だけどそれでロビイストを政府に幾ら送り込んでも、『でも、合衆国は儲かっている』で終わってしまう。

 そこからが企業努力だ。どうやって日本車や欧州車に負けない魅力あるクルマが作れるのか。ニーズに合ったクルマが作れるのか。そこを考えなきゃならない。

 ピックアップトラックはカッコ良いけれど、あの大きさじゃ日本の農道は走れないし、山の中の畑には入れないのだ。牛肉にしても売りようはあるだろう。

 

『サシの入った神戸ビーフも良いが、ガッツリ食べたい時はこっちじゃないか?』

 

 な~んてハリウッドスターが、奥歯をキシキシさせてステーキを噛み千切る。そんなCMを日本で流せば良いと思うのだけど。ここに政府が介入すれば広告代理店の独占と、一部の意向を汲んだ偏向的な放送も減ると思うのだけど。

 

 

 家に戻るとリンさんにシロウさん、そしてモードレッドも帰って来ていた。リンさんとシロウさんはビーチで遊んだ後、ネズミーに行ったそうだ。

 日本にもあるけれど、そのサイズはやはり狭い。その点、LA(といっても場所はアナハイムでハンティントンと割合近い)は、アメリカンサイズなので結構広いのだ。

 また、アトラクションの待ち時間が思った以上に短い点も驚くだろう。キャラクターの出没率も高いし、『ニューオーリンズ・スクエア』など、ここだけにしか無いエリアやアトラクションもある。

 

「城が低いから、何あれって思ったら。日本のとは違うのね?」

 

 上機嫌でネズミーでの出来事を話すリンさん。日本のお城はシンデレラ城で、アナハイムは眠れる森の美女の城だ。だけどフロリダ州オーランドのワールドに行けばもっと大きなシンデレラ城が見られる。

 またあちらはサブパークまで全部回ろうと思えば4~5日は掛かる。スケールがぜんぜん違うのだ。だけどロスにはロスにしか無い味があって……ああ、これ『エル様』の記憶だ。

 あの方はパリのネズミーで剣を抜いて、ブリテン国王証明書を受け取っていた。6年生の思い出で、当時大学生だったアルトリア姉さんの前で抜いて、マーリン役のホストの人から王冠を被せられ記念写真に収まったのだ。

 

『やっと……王を辞められた……。後は頼むぞ、エル?』

 

 本当に言われた。モードレッドには言えないけれど(『エル様』が話したらしく、一部知っているらしい)。ハッキリ言って子供向けのアトラクションだ。抜けるかどうかもチャレンジャーが子供ならそこそこ抜けていたとか。

 だけどアルトリア姉さんは抜かなかった。遊びだとわかっていても、心底ホッとしたという。それだけ国を背負うという責務は重かったのだ。

 リンさん達のお話の次にモードレッドが今日あった事を話してくれた。

 

 

「ガキンチョどもがウゼェ」

 

 そんなニコニコと文句を言われても。スケートボード・パークで、家臣候補? にいっぱい慕われたようだ。そんな中で彼女はケリィとまた会い、とあるお寿司屋さん(スシ・レストラン)を紹介して貰ったそうだ。

 

「そこの店は結構イケるらしいぜ。行ってみないか?」

 

 それで予約電話を入れて、夕方、皆んなしてクルマ2台で件のお店に向かった。入ったお店は内装がモダンで、とても清潔感があった。

 木製のカウンターは色調が明るく、日本の喫茶店みたいで重厚感はない。けれど、こういう雰囲気の方が入りやすいだろう。

 テーブルに案内されたところでざっとメニューを見れば、カリフォルニア・ロールだけでなくきちんと1貫から握り寿司があった。

 お造り盛り合わせに、煮魚の一品料理、サーモンのカルパッチョにオイスターとウニのオードブル、イカのリングフライに海老の頭のテンプラまであった。

 メニューのプライスを頭の中で素早く換算すると、地方(金沢や小樽)のちょっと良い寿司屋さんと変わらない価格で、ネタ次第だけど納得できる範囲だった。

 さっそく各自お好みのものを2~3品とドリンクを注文した。おつまみは枝豆にラー油と鷹の爪をまぶしたもの。テーブルに届いた時にギョッとした。

 思わず「シャイゼ!」と声を上げたら、お兄ちゃんとフンボルト君にミアータさんとモニカさんに睨まれた。エルヴァの方は日本語で「これって、自家製の食べるラー油?」と呟いた。

 するとカウンターの中の東洋人のお兄さんが英語でこう言った。

 

「ああ、日本の枝豆を知っているんですね? 違和感あるかも知れないけど、こっちじゃその方がウケるんですよ。でもそんなに辛くないし、ちゃんと味見して作っていますから。もしどうしてもって言うなら塩茹でもお作りしますよ」

 

 だから私達は「試してみますね。いただきます」と日本語で返した。シロウさんはともかくリンさんは瞳が青い。それ以外のメンバーは、もろ日本人とは掛け離れた容貌だ。

 だから日本語で返って来た返事に、お兄さんも他の従業員の方も微笑んだ。商売ってやっぱり人の魅力が一番大きな要素だと思う。

 枝豆はお兄さんの言った通りで、一口含んで豆を押し出すとペッパーの刺激的な辛さは控えめで、掛かっている鷹の爪で各自調整して食べるようだった。そしてそのコクと言うの?

 

「養肝漬の中身?」

「それを言うなら伊賀漬けだな」

 

 エルヴァの疑問にお兄ちゃんが答えた。養肝漬は白瓜の中身を抜いて、シソや大根、キュウリや生姜を細かく刻んで詰め、丸ごとたまり醤油で漬けた伊賀地方の特産品だ。

 輪切りにして食べるのが普通だが、これとは別に中身だけの漬物もある。そちらは伊賀漬けという。

 

「そうそう。でも生姜の風味が強くて。あれ、何だっけ? 和歌山の……」

「おかず生姜!」

 

 シロウさんの疑問にエルヴァが答えた。リンさんは、なんでそんなの知ってんのという顔をしていた。ちなみに和歌山はミカンと梅(梅干し)だけでなく、生姜の特産地でもある。なので生姜のお漬物も多いのだ。

 うん、これはこれで中々だ。冷やっこの上に豆板醤を乗せて食べる方法があるが、あれだと豆板醤の塩辛さが勝ち過ぎるんだよね。

 その塩辛さを想像していたら、ペッパーはあくまでも風味づけで、ラー油のコクで食べさせるちゃんと計算された料理だったのだ。食前酒代わりのビールが半分ほど空になった。運転はエルヴァとお兄ちゃんだ。ご愁傷さま。

 次にブリカマの塩焼きと、お刺身の盛り合わせ、それとお寿司の盛り合わせの第一陣が届いた。ブリカマはエルヴァと私が頼んだ。うん、美味しい。

 

「イリヤみたいな顔して、なんでそんなところを美味しそうに食べるのよ?」

 

 元の世界の姉もお魚好きなので何ともだけれど、聖杯戦争しか知らない『イリヤ』だとそうなるだろうな。

 お刺身はマグロにサーモン、タイにブリ(ハマチ)だ。醤油も昆布ダシが効いていて風味がいい。ワサビも本わさびだし、ガリも和歌山産だろう。何よりネタが新鮮だ。良いお店だ、ここ。

 お寿司は、ヒラメ? オヒョウ? がイマイチだったけれど、マグロとサーモン、ハマチと茹でエビ、それとウニにタコが良かった。タコは海苔が巻いてあり、ウニはちゃんとした軍艦だ。そこにカリフォルニア・ロールがセットになっている。

 

「しまった~。内巻きでなく外巻きを頼めば良かった~!」

 

 だってサーモンが殊の外良くて、海苔の風味と一緒に食べたく思ったのだ。

 

「それだとカリフォルニア・ロールにならんだろう?」

 

 お兄ちゃんはそう言うが……。

 

「聞いてみろよ。案外巻けるんじゃないか、この店なら」

 

 そうモードレッドに言われたので、外巻きの鉄火巻きを頼んでみた。するとそれまでお寿司を握っていた白人のお兄さんが、サクを切っていた東洋人(おそらく日本人)のお兄さんと交代した。

 出て来た鉄火巻きは海苔がぴしっとしていてとても風味が良かった。

 

「こんなに良い海苔を使っているのに、内巻きにして風味を消すなんて……」

 

 カウンターの中でお兄さんが苦笑していた。お兄さんの気持ちはわかっている。この国には、これがわかる人が少ないのだ。商売だからお客のニーズに合わさなきゃならない。

 ここハンティントン・ビーチはチャイナもコリアンもメキシカンも居るが、他人の文化を真似る者は少ない。ちゃんと自分の国の料理を、アメリカ人が食べやすいように自分達で工夫している。全部が全部とは言わないけれど、それでも他の州よりはマシだと思う。

 カリフォルニア・ロールもそういうニーズから、こちらで日本人が考え出したお寿司なのだった。

 

 

 

 やがて10月になろうかという連休前の夜、私とルヴィアは太平洋上で機内の人だった。行く先はカナダのメトロ・バンクーバー。正確にはその都市圏を構成するバンクーバー市の隣、サレー市だ。サレー市は6つの地区から成り立ち、私達が向かうのは一番南にあるサウス・サレーだった。

 仕事内容は簡単で、そこに住むネイティヴの家を訪ね、アンモライトで造られた装飾品に魔力を籠めるだけ。依頼者はルヴィアの家から出発し、ロシアで再会したエルとエルヴァからだった。

 彼女達を疑うわけでは無かったが、一応念の為に日本で私達の方のエルヴァに訊いてみた。

 

『その仕事は憶えていますよ。あちらでは師匠の凜が一人で行っていました』

 

 そんな切り出し方からエルヴァに話を伺った。それは貧しいネイティヴ・カナディアンの物語だった。アメリカのインディアンの話なら時折耳にする。

 高校生ともなればある程度は調べたりもできる。そこに辛く苦しく悲しい多くの物語があったことも察せられる。それと同時に、スペインやポルトガルが侵略した中南米の悲劇にも思い到れるようになる。それが成長だ。

 だけど、意外なほどカナダに住むネイティヴ・カナディアン(正しくはファースト・ネーションズ、もしくは単にネイティヴ)の話は聞かない。アラスカなど北部のネイティヴ・アメリカンであるエスキモー(イヌイット)より耳に入る情報は少ない。

 それをエルヴァは淡々と、でも懇切丁寧に教えてくれた。フィンランドには定住する白人文化とは異なる、北部の遊牧民ラッピの物語がある。また、日本には北海道のアイヌの物語に、沖縄などのウミンチュの物語がある。

 フィンランド南部のフィン人(侵略した白人)も、海を越えて襲って来たヤマトンチュ(大和人)の事も詳しく聞かせてくれた。

 正直に言おう。結局彼女は彼らから支払われる成功報酬を抑えてくれと言っているのだ。でも、仮に得られるものがあったとしても旅費と滞在費は持って欲しい。

 すると、そこは大丈夫だと言ってくれた。ルヴィアは眉を寄せたし、私もそんな事を言う自分が嫌だ。だけどそこは譲れない。

 

『リン……。いえ、がめついとは申せませんわね。私も同じ考えなのですから』

 

 そうなのだ。赤字のビジネスなんてあり得ないのだ。だけどエルヴァはニコリと笑って、その意味でも学んできなさいと送り出してくれた。

 手を振る、エルマとトロンメルはわかってんの? 私達をハグしてくれたエルヴァとマルガリータが印象的な旅立ちだった。




エルヴァ達の世界がそうだとは断定しませんが、月の裏側にムーンセルを設置せざるをえなかった理由の欠片を描くのがこの物語のもう一つのテーマでした。
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