セレニケは一睡もできなかった。魔術を使わずとも自己暗示で睡眠は誘発できる。それを敢えてせず、自己の思考に埋没して朝を迎えた。
召喚には領主様やセイバーにライダーが立ち会ってくれた。それは父の命令でも懇願でもなく、単なる興味本位だったと思う。それでも、それが運だったのだろう。
アサシンは契約を前に私を殺そうとした。だけど他のサーヴァントに阻まれ捕らえれた。そこで領主様が直々に話され、彼女の思いなどを訊かれていた。
そして彼女が聖杯を求めていない事、正当なハサンを継げなかった自分が何故喚ばれたのか不明である事などが聞き出せた。かなり手こずってだけれど。
だけどその話から私は、いや、私達も聖杯を求めていない事、ただただ一族の被った汚名を返上したいだけである事を切々と語った。
彼女はある人物に劣るとされて、教主に選ばれなかった過去があった。だけど彼女は恨み言を一つも言わなかった。ただ、自分の信心が足りないから、自分の修練が足りないから、それだけを話してくれた。
そして他者を恨まず、自分の信じる道を往けと言った。きっと彼女は信仰の意味で話したと思うが、私はそれを魔道と解釈した。
求めるものも信じるものも異なるけれど、そこで一度はわかりあえたと思った。が、甘かった。アインツベルンのアサシンが、その彼女の時代の教主だったとは。
斥候に出た彼女はその事実に直面し、抑えていた感情が爆発した。そして自殺にも等しい、無謀な戦いを挑み消えていった。
交代で見張っていて、イリヤとランスロットが出ている時でした。
『なぁ、納得行ってるのか?』
『ああ?』
『だから、そのライダーの斃し方』
『ああ、そういう意味な。そこはあれだ。まず、大地に降りたままで飛ばなかったのはあいつの勝手だろ? それにだ、槍を交える事に拘ってくれたトコは感謝しても、コイツは戦争だ。あの手この手で戦力をもぎに来るのはお互い様だ。もしそれが想定外だっつうなら、ただ強いだけの腕自慢だ。戦局を読めないバカで、国を動かすチカラがないって事になっちまう。だろう? モードレッド、こいつはセイバーならわかる話だぜ?』
『父上なら? どういう?』
『魔力供給ですよ。その昔、供給が儘ならず苦戦を強いられた事がありました。謂わば兵站を絶たれた軍と同じです。今回のライダーもそうだったとランサーは話しているのですよ』
『アイツ、魔力が足んなかったのか!?』
『そうさ、それをお前には感じさせななかった。アレはアレで大したもんだ』
『それが英雄の誇りですよ』
モードレッドがほとほと感心した顔をしています。
『どこでそんなの気付いたんだ? 飛ばなかったからか?』
『それもあるけど、オレも魔術を使えるからな。それでわかっちまうんだ。この戦争はかなり小規模なんだよ。そのユグド何とかって一門とアインツベルンの闘いでなく、アイス何とかって家とアインツベルン、つまり家同士の闘いなんだ。嬢ちゃんらじゃないんだ。そういう魔術装置を使うにしても、普通なら3騎も4騎も支えられるもんじゃねぇ。つまりマスターの供給出来る魔力の範囲でアイツは全力だった。一兵卒が気に食う食わないのチッコイ話しに貶めず、奴はヤツで本気だった、オレ達も本気だった、それで良いんだよ』
今度こそ納得した顔でした。そうです、ここがわからねば。
『モードレッド、それと前回あなたはやり過ぎたのです』
『やり過ぎた?』
『これは非難でなく結果論ですが、相手のセイバーに前回想定外のダメージを与えた、そこを警戒されたのです。魔力供給の配分がそれで変わったのだと思います』
『ああ……。けどあれは借りたグラムあっての事だ。クラレントだと通用しなかったと思う』
『そこですよ。その初戦からそのような剣を選択し戦いに臨んだ。それがあなたの運です。相手にはそれが無かった』
『持ち替え用の柄モノをホイホイ用意してくれるマスターなんて、まず居ないからなぁ』
『そこも魔術師としての実力の差ですよ』
『そうなっちまうわな。何よりオレ達は対英霊の経験が、それなりにあっからよ』
『そうだよな』
夜明け前にエル達が起きてきました。
エーデルフェルトのクルマは夜明けまでに白い方が取り込んでいた。そして今朝は、駆けつけてくれた二人にサングラスと帽子を渡してもいた。これはエーデルフェルトの名を出さないためだった。
「アイスコルの情勢を話してくれた本音は、救済或いは手心を加えて欲しいからですか?」
「そこも本音でしょうけど、本当の目的はこちらと知己を得る事でしょう。『自分達を見て欲しい。その上でフィオレさんの脚の問題について何某かの助言が欲しい』……ざっと、こんなところでしょうね」
「私の記憶違いでなければ、確か彼女は……?」
「ええ、エル様の世界では何人か抱えている礼装専門家の一人です。刻印を複製改良し、魔術回路とバッテイングしないようにしていました。その上で元の刻印を時計塔に通っている弟さんに移植して」
「弟クンは、確かエルメロイ教室でしたよね?」
「はい。先に話しますがここも同じです。それとあなたの記憶にあるかどうかはわかりませんが、勘当覚悟で弟さんに刻印を譲り、北米に渡る世界も多いようです」
「ああ……。それだけ悩まれていたと……?」
「そういう事です。そこでルヴィアの妹さんが一肌脱いだ訳です。それとルヴィアの思惑も透けて見えますね」
「と言うと?」
「ロシアの霊地ですよ。参入を諦めさせたでしょう? ならばと妹さんを使って、共同参画とまでは行かずとも、ある程度美味しい立場に食い込もうと。実際、あちらではそうなりましたからね」
「それ、初耳ですよ。本当に?」
「ロシアとは直接関係ありませんが、マナの5パーセントをフィンランドにも流れるように根を繋いでいます。その対価は今までの付き合いというか、事業面で大きな助力が小父様の方からありましたからね」
「野菜と養殖の魚をバーターした、北欧のルート?」
「それは微々たるものです。それよりもノルウェー沖の油田ですよ。フィンランドのみならず、スウェーデンもノルウェーもその歴史からロシアと余り仲が良くないでしょう? それと重要なのは、天然ガスのパイプラインです。あれも南部の都市に流れるだけで」
「ああ……一番割りを食っているのがスウェーデンとノルウェーですよね。あれって確かデンマークとドイツ経由で」
「そうです。それでエル様はバルト海経由の大型パイプライン開発を小父様とされている訳ですね。それと北極海経由のパイプライン開発。あれは将来起こり得るアメリカへの牽制です。それとこれも」
「?」
「パイプはある期間が過ぎれば交換しなければなりません。となると国土の下を通るパイプはメンテが大掛かりになります。ですが海底だと新しいのを沈めて繋ぎ替え、古いのを引き揚げるだけです。するとその先にあるのは?」
「EUのラインの独占?」
「そこまでアコギではありませんよ。目的は英国の独立阻止です。いまだにポンドに拘るのはそういう事ですから。結局、そのポンドで国を切り売りしていますのにね?」
聞いていて頭がクラクラした。やはりエルはそういう奴だった。そしておそらく、これは記憶を消されているのでなく、ハナからこういうのを知っているのはパミやミトなどのごく少数なのだと思った。
誰しもが皆んな、何某かの悩みを抱えている。だけど自分の元だったエルだけは超然としている。エルヴァちゃんにもその萌芽は感じるが、まだまだ時間が掛かるだろう。
それがマナであれ天然資源であれ、1番の供給元となればそれは強烈なチカラとなる。と同時に、どこの誰よりも強力な武力行使が可能な戦力を併せ持てば誰も手も足も出なくなる。
何故なら核廃止を訴える人はいても、英霊召喚廃止を訴える人は居ないのだから。そんな事を考えていたら、ルヴィア(仮名)とフィオレが起きてきた。
ルヴィアが巻き毛にしているのは、この妹さんとお揃いだったからだ。車椅子のフィオレと、その彼女の世話を甲斐甲斐しく行う妹さんを見て思う。フィオレの年齢は私の一つ上。つまり妹さんと二つ違い。けれど二人の仲はとても良かった。朝の挨拶を交わし終えると教えてくれた。
『私も以前は身体が弱かったものですから、フィオレには何度も助けて頂いたのです』
二人は同じ寮住まいで隣同士だったのだ。普段の生活に支障はないものの、発作が一度でも起きると後は治まるまで、ひたすら耐えなければならない。
食事どころか呼吸もままならない、魔術回路から来る疾患。あの才能溢れる姉の何倍もの魔術回路がある。だけどその全本数の質が良いわけではなかった。
これは個人差や相性もあるけれど、往々にして持って産まれた回路が、内蔵や筋肉、或いは皮膚に影響を及ぼし、本人に何らかの苦痛を与える場合がある。
大なり小なりこういう問題を抱えている魔術師は多いのだが、特に生活に支障が出る場合、これを『回路性疾患』と呼んでいた。そして症状が様々なので対処法も様々なのが困りものの特徴だった。
それでも家系を調べると、ご先祖に似たような症状を抱えていた人が居たりして、そういう処方が残っていたりする。だけど稀に彼女のような、その家にとって『初めての人』が現れたりする。
こればかりは仕方ない事で、それだけ魔術回路が効果の高いものに変質しているという意味でもあった。だけどルヴィアは一人割りを食う形になった妹に、長い間申し訳なく思っていた。
それがエルの提供したクスリで、ここまで元気になった。なら親友もと考えるのは当然だろう。そしてその親友の症状も典型的なものだった。
この場合は代々継いで来た刻印にある。持って産まれた魔術回路と刻印の相性が悪いのだ。そして彼女の魔術回路は両足に偏っていた。
世には腕だけとか片足だけとか、回路の位置が偏った人も居る。普通は胴体の一部、それもリンパ節に添うように存在するものだ。
むしろ全身に張り渡るのはホムンクルスと私達くらいなもので、両足だから変という事はない。ただ、胴でなければ『偏っている』とはよく言われる。それは事故などで四肢を失えば魔術師でなくなるリスクがあるからだった。
そしてこれは刻印にも言える事で、腕に入れる遠坂とエーデルフェルトも『偏っている』。だけどガンドもそうだし、宝石に魔力を込めるのには腕は都合が良い。それもある意味で選択だった。
そんな家の刻印が魔術回路とバッティングを起こし、疾患を伴う場合は『刻印性疾患』という。凛のように痛み止めで体臭が変化する場合は『刻印性症候群』にも入らない。
何故なら味覚や視覚、聴覚に影響を及ぼす場合も、この刻印移植には多いからだ。どの家もこれで悩む。そこで活きるのが常時発動型の『置換魔術』だった。
五感に来るような大きな弊害を、足の小指や耳たぶの運動能力に置き換える。昔からあった方法だ。そしてフィオレの抱える『刻印性疾患』は、魔術回路のある両足の運動機能を奪うものだった。
ここまでの症状になると『置換魔術』は使えない。何故なら魔術行使イコール機能障害だからだ。となると刻印を一から作り変えるしかない。
そしてエルは並行世界で、そのフォルヴェッジ家の刻印を何度か作り変えていた。その保管用複製もあるはずなので、持って来てくれれば私でも治せる。時間を許して貰えるなら、培養槽のある工房で半年後には作れるだろう。
そこで私は悩んだ。現状日本にいる彼女を差し置いて、安請け合いをしても良いものか。後々彼女を縛る問題とならないかをだ。
この時かも知れない。私も彼女のように『違うエル』として生きる道があるのでは無いかと最初に思ったのは。
妹達を起こし、フィオレとルヴィアが持ち込んでくれたロフリーク(チェコのコッペパン。1本10円くらいと安い、日常的な食事用パン)でホットドッグを作った。
付け合せは丸ごとキャベツのザウアークラウトだ。ルーマニアやブルガリアでは千切りにせず、丸のままで漬けたザウアークラウトがある。それを刻んで付け合わせにした。
『そちらの寡黙な方は?』
父の質問だけど、ボディガードの事だ。
『私はエーデルフェルトの使用人です。今回は運転手ですよ』
運転手? ボディガードでなく? そんな風に父や獅子劫さんの頭にハテナが浮かんでいるが、この二人は礼装制作の達人だ。フィオレもルヴィア(仮)も、その礼装を身に着ければボディガードなんて必要ないだろう。
『じゃ、問題はここまでの道中?』
『そうですね。ウチのお嬢様はまだ免許がありませんので。ですからフィオレ様と交代です』
私も白い彼女もエッと思ったが、この世界のフィオレは運転免許を持っていた。
『改造した福祉車両?』
『いいえ、普通の自動車ですよ。私が開発した装置を取り付けるだけなので、取り外せば健常者も使えます』
本当に魔術も何も使っていない、単なる装置でチェコでも審査済みだという。そんな彼女の愛車はポーランド製のフィアット126elxだった。
私がTWだから、思わず内心でオペル・コルサとちゃうんかい? と突っ込んだ。(日本名はヴィータ。某トレンディ・ドラマで有名になったクルマ。ヒロインと同じ赤ばっかり売れたという)
だけど126elxも負けてない。あの有名なヌォーヴァ500(ルパンのアレ)の後継機種で、ポーランドでは数年前までライセンス生産されていたのだ。リアエンジン、リア駆動の4速マニュアル・トランスミッションの可愛いクルマだ。
ちなみにパミは500よりも600派で、中でも600ムルティプラが好みだった。ドイツでレストア中のがガレージにあったのを憶えている。
この600の排気量は何も600ccではない。633cc、767cc、843ccと3種類のエンジンがあり、その最高峰はアバルトが制作した1000TCRや1000TCベルリーナコルサなどの982ccだ。
知らない人は知らないだろうが、リアのエンジンフードが直管のタコ足で開きっぱなしのレース用だ。プアーンとバイクみたいなけたたましい音を響かせて、現在も愛好家がヒルクライムの草レースで走らせたりしている。
お祖父様も数台お持ちで、レースに出ていらした。エルはその600のソ連版、ザポロージェツ(現ウクライナ)のZAZ-965に968の1.2リットルエンジンを積んでいた。
この600は西ドイツのNSU(アウディの前身)やオーストリアのシュタイアーでもライセンス生産されていた名車で、西欧ではヌォーヴァ500より有名だ。
なのに日本ではヌォーヴァ500ばかりが取り上げられる。いかにアニメの影響が大きいかが良くわかる事例だろう。
似た理由で英国のBMCミニ(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)も、晩年の主な輸出国は日本だった(その頃はローバー傘下だったのでローバー・ミニとも言う。現在はBMWから新型が出ているのでクラシック・ミニという言い方もある)。
それでもたまに倫敦で見掛けるだけマシだ。ワーゲンのタイプ1はドイツでまず見ない。ゴルフかポロに代わってしまった。
(このミニのクーパー・モデルは、60年代の998ccのレース用レギュレーションモデルを指し、クーパーSは1071ccと1275cc、並びにごく少数の970ccモデルを指す。どれもオースチン・ブランドとモーリス・ブランドがある。あのモンテカルロ・ラリーを制したAJB44Bミニ・クーパーは、モーリス製で1275ccモデルだった。なので1997年以降のインジェクションとなったミニ・クーパーはメイフェアやケンジントンと同じく内装や小物などを含めた単なるグレード名でしかない。とは言え97年限定のスポーツパックLTDはカッコ良い。内装は99年限定の40周年記念モデルだけど。それはともかく当然クルマの名もミニ・クーパーは間違い。だけどミニを見てミニ・クーパーという人は多い。モンテカルロ・ラリーを知らなくとも言うのだから、凄まじい刷り込みだ。現在のユグドミレニアに対する印象と似た構造だと思う。なおBMWミニのクーパーSを凜が乗るとか話していたけど、スーパーチャージャーで163psも出ているのに大丈夫なのかなと心配になる)
私も女の子なので、こういう小さくて可愛いクルマも好きだったりする。だけど日本の軽自動車じゃないんだよね。レトロで愛嬌のあるデザインでないと。そうでないならインドかブラジル辺りで生産されているジムニーが良い。
と……そんな事より、オートマでないのに、手でアクセルだけでなくクラッチも切る装置には驚かされる。彼女の礼装は超一流とは知っていたけれど、クルマを運転するフィオレに出逢ったのは初めてだった。
『あなたもいずれ免許を?』
『はい。取りたいと思いますわ』
『何かお目当てのクルマでも?』
『昔は母の乗っていた323の4WDターボが好きでしたが、今ならミツ◯シの……』
『ランエボ?』
『はい』
あなたが乗るんかい!? と並行世界の姉に代わって突っ込みたかった。だけどこういうレースカーが好きだという人は欧州には本当に多い。
会社にも好きな人が多くて、あのフンボルト君も通勤はアウディのRS4だけど(このクルマに触発されてミトは青いパサートワゴンを買った)、休日はお祖父様から譲られたNSUのTTS(タイプ67f)で草レースに出ていた。
このTTSはリアエンジン・リア駆動のTTのエボリューションモデルで、やはりリアのエンジンフードをパカッと開けて走るレース用だった。
一度、南ドイツで開催されたフンボルト君が出るという草レースへ応援に行った事がある。フンボルト君はクラス優勝したのだけれど、無過給無差別級で表彰台に登っていたのがノイントのお祖父様だったので驚いた。
そのクルマはBMWの2002で、エンジンは545用のV8を改造したものだった。400ps出ているとか言うから巫山戯ているのかと思った。
ボコンと出たオーバーフェンダーに目一杯の幅のタイヤ。リアの大型ウィングにアンダースポイラー。前も大きなエアダムスカートで、空気をかき分けて坂を登っていく。
動きがまるでチョロQだ。なにせシケインでは内側の前輪が浮くのだ。そんでもって予備のクルマが、E30にE60M5のV型10気筒を積んだものだった。あり得ない。
これは2004年初頭の話しだ。そのV10はどこで手に入れた?
それはさておき、TTSが、あのアウディTTの前身である事を知っている人は少ない。けれど熱いファンクラブもあって、レストアしている人もそこそ居る、ノッチバックの2ドアセダンだ。
一度調べて欲しい。めちゃくちゃカッコ良いから。リッターバイクみたいな排気音で目の前を通り過ぎれば、惚れてしまう事請け合いだ。
それでもって、こういう事を知ると、いかにソ連が東ドイツを下に見ていたかが良くわかる。仇敵ドイツだったからどうでも良かったのだろう。一番西の同盟国だったし。
ベルリンの壁崩壊の記録映像を見ると、空冷2ストロークのトラバント601だらけだ。憲兵隊まで601。婦警さんのミニパトなのかと。
トラバントは英国のリライアント・ロビン並にどうでもいいクルマの代表格だ。Mr.ビーンやジェレミーでなくともバカにするだろう。
そんな朝食後、とても大きな結界が張られ、城砦から一人の英霊が出て来た。身の丈がゆうに3mを越えていそうな、真っ黒な大男だった。
ぱっと見、バイパーZB-Ⅰ(SRT-10)の8.3リッターV型10気筒を思い浮かべた。でも中身はバイパーV10でなく、カミンズのトラクター・ヘッドか建機用ディーゼルターボだった。
咆哮する大男の周りに骸骨の兵隊がゾロゾロわんさかと湧いて出た。そしてその兵を従えるのでなく、走って追い越して先陣を切るのだ。
『あの兵は宝具だろうか』
『でしょうな。数十人は踏み潰してこちらに来ますぞ』
『雑魚と本命って感じだな。雑魚はともかく本命がヤバそうだ』
駆けていく英霊達はヤバそうだと言いつつ、その雑魚を蹴散らし『本命』と斬り結んだ。あちらの持つ巨大な戦斧が、あの石斧剣を思い起こさせる。
この段階でエルマの馬の背に私達が飛び乗り、上空に避難している。杖を持った二人は自分で飛んでいた。
「バーサーカーかな?」
「バーサーカーだろうね。うっわ! セイバーに群がった骸骨兵が爆発した!?」
「斧から炎が出ているよ?!」
「あれも宝具……?」
転身している私は馬の背から、姉さんが空中に構築していた魔力の台に飛び降りた。一種の見えない櫓だ。そこから『偽・螺旋剣(カラドボルグⅣ)』を放った。
お兄ちゃんがシロウさんに触発されて造ったカラドボルグⅡの改良版だ。正解。Ⅱならあの戦斧で弾き返されていた。だけどⅣはしっかりと戦斧を破壊した。
『◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆~~~~~~~~ッ!!!!!!!』
めっちゃ怒っている。だからといって側に居た骸骨兵を粉砕する事は無いだろうに。おまけに辺り構わず、自兵を投げつけて爆発を起こしている。それ手榴弾なのか?
しっかし硬い大男だ。普通に斬り掛かっただけなら、セイバーの剣もランサーの槍も皮膚が弾いていた。おまけに足は早いし、仲間の骸骨兵を置き去りにしてモードレッドを追いかけている。やる気満々だ。
おチビちゃん達の魔力弾が多少は通るので、武具でなく純粋な魔力の方が効くみたいだ。ならやってみるか。バルムンクを投影し、矢に改造して引き絞った。
それを放ち、相手の目の前で『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』にするのでなく、魔力の塊に戻してみた。すると面白いように相手が怯んだ。だって腕が吹き飛んだからだ。
『何だ、あいつ?』
耳に届く誰かの声。その疑問は『何者だ』という意味と、あれだけ物理攻撃に耐性があるのに『どうして魔力弾なら通るのだ』という二つの意味があったと思う。
魔力弾に関しては不明だ。だけど何かを思い付いたのか、エルマが宝剣を一挺飛ばすと……。そうランクも高くないのに胴体に深々と突き刺さった。そこで白い方から念話が来た。
〈何となくですが、征服王が話してくれた人に似ています。もしかしたらダレイオス三世かも〉
ああ……。仲間に裏切られて殺された悲運の人だ。そして祖父だっけ? 女王ニトクリスの墓を暴いたらバビロンの宝物庫への勝手口があったとか。
それがあって再三に渡る戦費を得られた。それでもって大王の好敵手足らんと無茶をしてきたけれど、それが臣下には理解できなかったのだ。
そんなファラオへの哀悼の意味と『血は繋げてやるぞ』との願いもあって、娘さんを后に迎えたんだっけ。だけどやっぱりそれも非難轟々だった。姉のアルトリアと同じで、やり方が時代より早かったんだよね。
『ダズ、エニバディ、リメンバー、ラフター?』
白い方から。どうして日本語のカタコト発音なの?
『バラガット、サムグッド、ニュース、リッスン』
だから同じような発音で返してやった。そうかダレイオス三世は『お金を出しても買えないもの(大王との再戦)』を求めているのか。死んで狂気に染められても、ただそれだけを……。
エルメロイⅡ世先生にしてもそうだよ。大王は罪作りな人だ。どれだけ人に影響を与えているのか。骸骨の兵士が戦象に変わっても、そこには驚異も恐怖もなく、ただただ大王に染め上げられてしまった人の悲しい末路が浮かび上がるだけだった。
荒野のようになった城砦前の戦場跡。消えゆく英霊は『アレクサンドロス(三世)……』とのみ呟いて光の粒子となった。
〈死んでないよ。令呪というより自分で選択した戦略的撤退だよ〉
ギョッとした。
『惚れていたんだろうな』
『あんだよそれ。気持ち悪いぞ?』
『そこがわかんねぇ、お前ぇじゃないだろ? アイツにとってのちっこい嬢ちゃんが、その大王だったわけだ。見た目じゃねぇぞ? 新しい世界を見せてくれる相手だったんだよ』
『ああ……そういう意味か……』
そこで満身創痍のモードレッドが目を閉じた。彼女なりの黙祷なのだろう。ランサーもセイバーにランスロットさんも目を閉じた。
完全に勘違いしている。彼らが死んだかどうか感知できない、そんな事があるのか。
〈背負った国のしがらみで戦うしか選択肢が無かった。どこか違う世界で出会えたなら、親友だったかも知れない二人。それはなんて悲しい現実でしょう。口には出せませんが『その現実が夢だったなら』と幾度も思った事でしょうね〉
それが私にもわかるだけに、より一層悲しかった。
結局、死んでいないという事実はブリーフィング中に確認できた。フィオレが霊体やエーテル体を測定する礼装で、上空から測ってくれていたのだ。
『あの戦場に居たサーヴァントは、こちらを除けば2体です。それで何らかの……いえ、魔術ですね。それであのサーヴァントの外殻を覆っていたのだと思われます』
『じゃ、アイツは死んでないのか?』
『ええ、死んだと見せかけた撤退でしょうか』
『キャスターだろうか?』
『そういう宝具?』
全くもって不明だった。魔力はあったし、十分感じられた。だけどこれはサーヴァントが活動している中では、普通に感じる範囲だった。ただ、骸骨兵なんかもワンサカ居たあの状態だと誰がどう発しているかは不明だ。
そして次に、先程の闘いで誰も宝具を発動していない点だった。もしこれがキャスターの魔術なら、出力レベルが違うので案外わかるものだ。それを隠そうと思えば、あんな開けた城砦前は無理だと思う。
となると最初からそういう隠蔽効果のある宝具を発動し、バーサーカーに掛けたまま城砦から出てきた可能性がある。
『つまり、そのキャスターだか何だかも、一緒に出ていたって事なのか?』
『あの骸骨の中に紛れてたんだろうなぁ』
ライダーの件があったから、あちらも慎重になって来たのだろうか。それは良いとして、本当に『キャスター』なの?
ランサーに意見を求めても防音結界以外は起点も何も感じないそうだ。だけどだからと言って『キャスター』の宝具と考えるのも安直な気がする。
むしろ、この備えがあったから倫敦での工作に集中できている、そんな気がするのだ。つまり『キャスター』は倫敦からまだ戻っていない。
その根拠は、当然あのユーラシア最大の霊脈にある。あくまでも私怨の決闘として時計塔に介入させない行動からも明白だが、その行動の理由は霊脈の存在を秘匿したいからだ。
だから知っている者で雌雄を決しようと考えた。ここは理由として真っ当だろう。霊脈の権利を巡って家同士が争うなんて、長い歴史の中では何度もあった事だから。ん?
『エルマ、アサシンに調べさせて下さい。この森って『呪われている』とか『怪異が起きる』などの伝承や伝説がありませんか?』
『あ、その線はありそうだ。起点が森の外周よりでかいかも知れん。その辺も調べさせてくれや』
エルマへの指示にランサーも乗った。そこで白い方がこんな事を話した。
『トロイの木馬って本当はただの攻城櫓で、あの地帯って霧の発生が多かったらしいですね?』
『魔術師が絡んでいたと?』
『ええ。これもそうではありませんか? 戦力は英霊だけではないでしょう? 使えるものは使って来ますよ。それが家同士の戦いです』
一族の魔術師の協力か、或いはその術を借りた……どうもその線だ。敵地である事を認識してはいたけれど、伝承などの下調べが甘かった。
地質魔術や天体魔術を警戒して緯度や地理、星座の配置は見ていたけれど、伝承に関しては吸血鬼に目を奪われ過ぎていた。
これはルーマニアやブルガリアが農業国で、農産物を買い付ける事はあってもマーケットとしては購買力の弱い地域と見做して軽視していた弊害だ。
いや、待てよ……なら、エルは『いつ』ユグドミレニアを滅ぼした? どうやら記憶の曖昧な第四次の頃のような気がする……う~ん……。
こうなるとあちらのアサシンが自爆してくれたのはラッキーだったかも。気配遮断を見破られると実に不味い。彼らも重要な戦力なのだから。
『眉間のシワ』
『へ?』
『あなたも日本に残した彼女も、思い詰めるとシワが出ますね?』
そう言って笑う彼女の笑い方は、ビデオで客観的に見た自分とまったく同じだった。だけど悩んでもシワは寄らないらしい。不思議だね。
それでもってアサシン達とは別に、ルヴィア(仮)とフィオレも翌朝から民間伝承を調べてくれる事になった。ありがたい。何より彼女達を戦場から離しておける。勿論、護衛に数名のアサシンを付けるよう指示した。
そのお陰で翌日の午後から続々と、この地方に残る伝承が集まった。民間伝承(レジェンダ)のみならず、お伽噺(バスム)に叙事詩(ストリガトゥーレ)、悲歌(ドイナ)に古戦場に残る歌(バラード)なども集めてくれた。
ルーマニアが『ローマ人の』という意味の『ローマニアン』が訛ったものだというのは知っていたが、ローマのストリガエ(邪悪な女性の精霊)やストリゲス(カラスやフクロウに変身して夜な夜な生き血を吸う女性型の魔物)とほぼ同じ伝承が残っている事に驚かされた。
ルーマニアではその両者をストリガ(ストリゴイ)と言い表す。本来このストリガ(叫ぶもの/夜歩くもの)からストリガエやストリゲスという言葉に変化したのに、その語源が残っていて意味もそう変わっていないところが面白い。
『このムロイ(不死者)やムロニ(吸血鬼)なんてのは、ストリゴイの言い換えだ。元々ワラキアはドラキュラに関係なく、吸血鬼の話が多い。それはローマから離れた田舎で迷信深い素朴な者が多いのと、埋葬方法などに甘いところがあったからだろう』
獅子劫さんだ。
『甘いところ?』
『ああ。欧州では大昔から遺体を埋葬するだろう? あれはバクテリアに食わすためでなく、元々は目に触れなくするためだったんだ。別にやましい事をしていなくとも、臭いものに蓋をする心理は誰にだってある。だけど宗教的に復活の望めない火葬は厳しい。それで土葬が今も残る訳だが、これが望まない細菌などの温床になりやすいんだ。それが雨水とともに井戸や畑に流れてな』
『風土病? それが民間伝承とくっついて?』
『そうだ。ヴァンパイヤと来れば、その前段階のグールもセットだ。映画で流行ったゾンビなんて、このグールそのままだろう? それでハリウッドのあるアメリカも土葬で、キョンシーなんかがあった東南アジアのあの辺りも土葬だ』
必ずしもそうとは限らないが、この手の風土病は得てして経口摂取から最初は感染する。そして2次拡散以降だと接触感染も増える。これは怖い。一度でもそういう病が拡がれば、人々の脳裏に強烈な印象を残す。
医学も何も発達していない当時なら、憶測が憶測を呼んで子々孫々に語られたろう。経験則に基づく『あれを飲むな、これに触れるな』といった類のタブーが。
『と同時に、魔術師の隠れ蓑になりやすい土地柄なんだ。俺は死霊使い(ネクロマンサー)であって、死体使いじゃない。けど、そういう奴らが住み着くには適した土地だったと言えるだろうな』
当のアイスコル家は黒魔術を扱っている。遠い祖先はそういう死体使いだったのかも。